2006/03/10(金)14:02
電話
「あなたの電話鳴ってるわよ。」
と彼女は言った。
「鳴らしたいだけ鳴らせておけばいい。」
と僕は言った。
彼女は僕を飽きれた目で蔑むと、電話を僕に取って渡した。
「出なさいよ。どうせ何か問題でも起きたんでしょ。」
僕はあからさまに嫌な顔を彼女にぶつけ、空気をこちらに引っ張った。
窓のカーテンは静かに舞っている。
彼女と話すくらいならこのカーテンと踊っている方がまだマシだ。
僕はそれきり彼女と口をきかなかった。
「もう、勝手にしなさいよ。」
彼女はあっという間に衣類を身に着けると、ドアノブが壊れるくらい思い切りドアを開いて飛んでいってしまった。
僕は大きなあくびをした。
窓を眺めると、彼女が地面を踏みしめて帰るのが見えた。
「君のような女には会いたくなかったよ。」
と僕は独り言を言った。
男を振り回す女は現実に存在する。
女に悪気はなくても、その女が生きているだけで男は踊ってしまうのだ。
なんて厄介な生き物だろう。
罵ることも叱ることも出来ない。
その女が通った後の道には何も残らない。
全てを破壊しつくし去っていくのだ。
僕は十八になるまでそんな女が現実に存在するとは思ってもみなかった。
しかし、それは確かに在るものなのだ。
現実の中に在るものなのだ。
そんな女が僕から去っていくと、身体の隅々に憎しみが沁み込んでいった。
「帰れ、二度と来るな。」
と壁に向かって言ってみたが、もちろんさらに憎しみは増した。
自分のこれまでの時間、金、労力がすべてこのような女に使われていたのかと思うと、死んでしまいたい気持ちになってくる。
なにせ女には悪気は無いのだ。
やるせない。
どうしようもない。
箪笥の引き出しの中から写真を全て出して、一枚一枚引きちぎった。
僕の人生の中にあのような女は一瞬たりとも入り込んできてはいけないのだ。
僕はある種の世界では完璧なのだ。
その中に不条理な生物が入り込んでくる。
そして汚していく。
自らでなく周りだけをほどけないくらいからませて、最後はどこかに消えてしまう。
なら始めから僕の前に現れないでくれよ。
君のせいでなにもかも完結してしまった。
僕は眼下を歩いている彼女に向かって、ちぎった写真をばら撒いた。
全ての断片が秋の夕陽に溶けていく。
彼女はこちらを見た。
そして、口元を手で隠し、大きな涙を流しながら走っていった。
「ざまあみやがれ。」
と僕は独り言を言った。
その瞬間、僕は何かを捨てた気がする。
何もかも変わってしまったのだ。
あの女は今は悲しんでいるが、明日には仲間に励まれていることだろう。
明後日には彼氏を作ってどこかでベッドを揺らしているのだろう。
僕はヒール。
女はベビーフェイス。
とんだベビーフェイスがいたもんだ。