1901年、東京専門学校(のちの早大)に野球部ができました。
挑んだ初陣の相手は、当時の強豪・学習院。試合は学習院の優勢裡にすすみ、9回表まで3-6。当然の経過というべきだったが、9回裏、東京専門学校のラッキーな安打もあって逆転し、ついに7-6の奇跡的な勝利。
逆転勝ちを収めた選手は、大いに喜び、学校へ戻って掲示場に二畳大の大きな紙に書いた。
「我が校野球部は学習院と戦い、これを粉砕せり」。
書いたのは、この試合に出場していなかった盛岡中出身の弓館芳夫(ゆだてよしお)。勝利の高揚か、それとも確信か。この「奇勝」が、やがて早稲田野球の原点になったと大和球士は記している。