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ペルーアマゾンの泥染めとシピボ族の人々

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2017.07.12
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カテゴリ:シピボ族の暮らし
昨日も、集落のベロニカさんと電話で話した。電話と言ってもFacebookのMessageからインターネット電話を発信するものだ。
私はもともと電話が嫌いで、シピボ族のテレサやベロニカやレオニダが日本に電話をしてきても、メッセージのみでやり取りを続けていた。
ベロニカは私のメッセージに対して、ボイスメッセージで返してくる。タイプ打ちが苦手なのだろう。リマでは娘の、集落からは息子のスマホからネット回線で画像のやり取りもできる。

なんて便利な時代だろうか。私が彼らと付き合い始めた頃は、集落に一つしかない公衆電話から呼び出してもらうしか方法がなく、常に回線状態が悪かった。

桟橋近くの売店から、集落の隅まで響く放送で「テレサ アグスティンさん、リマのアヤババから電話です」と放送が繰り返され、それを聞いて走って駆けつけるのに5分以上かかり。
そのため電話の受け手は「放送で呼ぶので5分後に掛け直してくれ」という。私は5分を待つ間にうっかり電話をかけ直すのを忘れ、テレサが一日中公衆電話の前で待っていたという笑い話はしょっちゅうだった。

彼らは原始的なようでいて、新しいものをすぐに吸収しようとする本能がある。それは当たり前のこと。誰だって便利なものを手に入れたいと思う。

街からボートでも一時間ほどというサンフランシスコ集落に住むテレサの親族たちの間では携帯電話が普及しいつの間にか一人一台の携帯電話を手に入れていれるようになっていった。

考えてみると、(2000年前後か?)私が通い始めた頃、集落には電気がなくて、テレサの家では「ケロセネ」の灯油ランプを使って灯りをとっていた。電気がなかったので、もちろん携帯電話は使えない。充電できないからだ。当時デジカメが普及を初めた頃で私は使い慣れないデジタルカメラを充電するために遠くまで歩いてベロニカさんの家に通っていたことを思い出す。

電気がない暮らしというのは、慣れていない自分にとって、本当に大変なことだった。
うっかり真っ暗になってしまうと何もできなくなった。
夜になってからでは夕飯の支度がしたくても何ひとつできないのだった。

だから彼らは夕方になる前に、というか遅めの昼頃に大量に食べてお腹の中に溜め込むんだろう。
夜は食べないのだった。そんなこととは知らずに暗くなってから活動しようとすると蚊や葉切り蟻に襲われる。蚊帳の中でじっと過ごさなければならないんだ。
しばらくして夜が更けてくると蚊がいなくなり、外に出て満天の星空を見上げてのんびり過ごすことができる。それは素敵な時間だった。辺りには電気がほとんどなく黒い空いちめんの星が一層明るく感じた。

その時テレサさんは「私は電気なんかいらない。今の生活のままが好きだ」とはっきり言っていた。私はそれが嬉しくて、そうだよね?このままでいいと思うよ。とても素敵だよ。と励ましたけれど。

次に訪問した時には裸電球の電気が取り付いていた。


灯りがあれば、夜でも働ける。






最終更新日  2017.10.19 15:20:44
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