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ペルーアマゾンの泥染めとシピボ族の人々

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2017.11.06
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カテゴリ:アマゾン訪問記
以下は1997年に初めてシピボ族のテレサさんと出会い、現地で泥染めを知った時の記録です。






ろうそくの灯りと満天の星空の下で

~人間らしいシピボ族の暮らし~

                                      文・写真:あや


 テレサというおばちゃんがいる。おかっぱのサラサラの黒髪が腰まであって、ナイロン地で派手なピンク色の丈が短いブラウスに、細かい幾何学模様の刺繍が入った布を腰に巻いて、1キロくらいある何重にもなった白いビーズのベルトで腰布を抑えている。アマゾン地帯のシピボ族の典型的スタイルだ。ナイロンのブラウスはそんなに古い伝統ではないらしいが、亀の甲羅のようにも見える幾何学模様は何百年もの歴史があるらしい。髪を天然の染料できれいに真っ黒く染めているためか、45歳にはとても見えない。
 テレサはリマで民芸品フェリアのある時期に、シピボ族の伝統的な民芸品である泥染めの布を持ってやってくる。田舎者が都会で自分の垢抜けない服装を気にするのと同様に、彼女の仲間の多くはリマに出てくるときには洋服を着る。しかしテレサはいつも、民族衣装に冬でも素足にサンダルといういでたちで、リマの高層ビルが立ち並ぶ大通りとバスの渋滞の中、居どころを失いながらも堂々とした歩き方をする。
 目的地まで延々歩いていくという民族衣装姿の彼女を、私は自転車の後ろに乗せて、現代社会の都会の中を私はひたすら走った。文明化と彼女の暮らしのギャップを想像しながら…。



「サンフランシスコ」のテレサに会いに行く
 
 今年の6月、そのテレサおばちゃんを訪ねて、アマゾンジャングルの街プカルパから船に乗って一時間半ほどの、「サンフランシスコ」というシピボ族には似合わない名前の村へ遊びに行った。(乾季は船着場から乗合タクシーで悪路40分程でも行ける)

 船着場でボートを降りると小さな道があった。いったいどっちに行けばテレサの家にたどり着くのか分からない。川岸で子どもたちが水浴びをしているのを見ながら通りすぎると、ひとりの女の子が私に気付き水から上がって追いかけてきた。「テレサおばあちゃんのところに行くんでしょ?」小さな手で私の手を握ると踊るように私を引っ張っていく。川から200メートルほど草むらの中の小道をいくと、崖のように急な坂がある。「アーヤ!」と呼ぶ声。崖を上がったところでその本人、テレサが待っていた。





 村にたった一台あるはずの公共電話に、何度かけても通じず、前日にプカルパの船乗り場であるカヤオ港へ行き、シピボの女性を見つけて(民族衣装ですぐに分かる)、「テレサって知ってますか?私が明日行くと伝えてください」と伝言したのが、ちゃんと伝わっていたのだ。集落の人々はほとんど親戚にあたり、互いを知らない人はいないそうだ。
 テレサの家は木造のこじんまりした一軒家で、板場の奥に6畳くらいの部屋があり、そこに蚊帳を四方に吊って寝るのだ。彼らは木の床に直接布をひくだけらしいが、私のためにどこからかマットレスとかけ布団を運んできた。日中は暑いが朝晩は意外と冷える。彼女にとっては「仕事場(板場)が狭い」とのことで、お金を貯めて増築を計画している。材木をいくらで買って、屋根用の葉を取ってきて…と、「そんなに簡単にできるの?」というようなものなのだが、土地と自分の家を持ち、夢というより現実的な生活改善計画を持つ彼女に少し嫉妬してした。私なんて賃貸アパート暮らしだ。



勉強机のような木の机と、手作りベンチが太陽の下に出ていて、そこにとりあえず落ち着くと、「こりゃあいいなあ…」と、太陽にきらきらと光る緑の木々を見渡しながら大きく深呼吸をした。



私を案内してくれたテレサの孫だというメリーは、ワンピースにおかっぱ頭が可愛くて、色黒な肌とエキゾチックで大きな瞳が魅力的だ。黙って私を観察していたかと思ったら、ふとすぐそこの巨大な木にひゅるひゅると登っていき、下からは見えないくらいずっと上の方にぶら下がっていた、大きな緑色の果物のつるをひっぱってもぎとって降りてきた。無口な少女のおてんばぶりにあっけにとられる。
 その果物は「アノナ」とよばれるチリモヤの野生種で、大きさは直径20cmくらい、表面は柔らかいとげが出ており、中に真っ白い果肉がつまっている。味はチリモヤ同様、ほんのりと甘く上品な香りがする。
 実りは豊かさを感じさせる。11月には庭に取りきれないほどのマンゴーが枝もたわわに実をつけるという。






「その辺」で「なんとか」する暮らし

近所の人だろうか、無愛想なおじさんが通りかかり黙ってピラニアみたいな魚を数匹置いていった。テレサの家は川へ出る道に繋がっているため、たまに人が庭先を通っていくのだ。良いタイミングで魚がきたのでさっそくお昼ご飯にするという。

 台所はどこかしら?と思っていたら、大きな木の下で、その辺に転がっていた薪を持ってきてまな板にし、「クチージョ(ナイフ、包丁)がないわねえ」といいながら(いつも置き場所を決めていないらしい)、その辺にあった柄のないナタで魚の内臓を取り腹に切り目を入れた。火を炊く場所も特定しているわけでもないらしく、やはりその辺に薪をいくつか並べて火をつけた。フライパンに油を入れて、魚を丸ごとフライにして塩を少しふって出してくれた。付け合わせにバナナのフライがついた。外に出ている木の机が実は唯一の食卓だ。
 なんともかんとも、その時その時であれこれなんとかやっているのでおかしくなってしまった。食べ残しや魚の骨などは、その辺にポイと捨てた。裸足で歩いているくせに、自分の家の周りに捨てるなんて…。でも彼女は「大丈夫。犬や豚が来て、1日で全部きれいになっちゃうんだから。ごみとして残るものといったらバナナの皮だけ」と、けらけら笑った。
 家の裏にもバナナの木がある。まだ熟していなくても、甘く熟していても、うすく切って油でフライにしても、主食として食べられる。魚は男たちがカヌーに乗って釣ってくる。
それが全て。そして、それで十分生きていけるはずだった。
 しかし、食べて生きていることだけでは人間は気が済まないものらしい。何かをして、お金を稼いで、生活を少しでも向上させたいと願う生きものなのかもしれない。


泥染めという芸術品

現実的に子どもの養育費にもお金が必要だ。いつの頃からかシピボ族の女性たちは、伝統的な手法を受け継いで、泥染めの布や素焼きの壷、木の実のアクセサリーなどを民芸品として観光客相手に売るようになった。「サンフランシスコ」の民家の軒先でも、ひっそりと民芸品を並べているけれど、1日に1人お客が現れれば良い方だ。だからプカルパの街へ出たりリマへ行商に行ったりするわけだが、そう簡単には売れない。売れないと布を買えない。買えないと仕事ができない。見ている限りではのんきな生活に見えるのだが、現状は厳しいらしい。





さて私を前にして、テレサが泥染めの仕事を披露してくれた。最初から最後まで、その時間の掛かる手作業の工程を見ていたら「こりゃあ大変だ」と、深いため息がでた。
木の表皮を煮出した染料で茶に染めた布に、竹の棒切れのようなもので泥をのせるような感じでいきなりフリーハンドで線を描いていく。一本一本の線を手作業で引いて何日もかけて出来あがる、世界に一枚しかないオリジナル作品なのである。それまでは特に興味も価値も感じていなかったのだが、一枚の泥染めの布に対して妙な愛着がわいてきて、その芸術性もゼロから再評価することとなった。


ろうそくの灯りと満点の星空の下で

 二本の広い道の両脇に高床式の家が並んでいて、小さなキオスク(店)が一つと公共の電話がひとつある。数年前から電気が来るようになった。村のメイン通りに、不似合いな電柱が立ち並んでいた。
 たまたま私が滞在したときには停電中だったため、日が沈むと辺りは真っ暗闇になった。真っ暗闇であっても地元の人々にとってはそれが当たり前のことなのだ。
 月明かりと満天の星空の下で、持ってきていたろうそくに灯を燈し、自然の中での当たり前の生活。
 庭先で、星空をみながらしばらくぼーっとする。電灯の灯りがないから、夜空は星が溢れて降ってきそうなほどで、青白い天の川が浮かび上がって見えた。何も余分な音がない。することもない。



 暗闇のなか、ほったらかしの木造机の上にあぐらをかいているテレサと私。
「普段、夜はなにしているの?」
「なーんにもしないわよ。こうして星を眺めて、あとは寝るのを待っているだけ」
 そしてけらけらと楽しそうに笑った。
 彼女の言うことが、あまりにも単純で、あまりにも素朴で、あまりにも当たりまえのような気がして、そりゃあいいやと、一緒になってたくさん笑った。
 彼女がけらけらと笑うとき、いつも気持ちがすっとする。小さな悩みなんてないような、自然の中で生きている、天然のおおらかさと強さがある。


 明るくなったら目を覚まし、お腹がすいたら食べ、太陽の下で仕事をして、暗くなったらさっさと眠ってしまう。それが自然で、あるべき人間の生活だったのか。
何週間も、できれば何ヶ月もそこで暮らして、その生活に溶け込んでみたかった。でも、数日いるうちに、たまには肉を食べてはどうだとか、なべがもっと必要だとか、あれがあったらいいのに、と「便利な文明」をそこへ持ちこもうという考えが自然に起きてきた。

 素朴に昔ながらの生活をしている人々も、外部と接触するうちに次第に文明化を望むようになる。それがいいことなのか、残念なことなのか、私にはどうしてもよく分からない。

 実りのある大きな木々に囲まれた彼女の一軒家の環境は、騒音と人ごみの中で疲れ切っていた私にとって、まさに求めていた別世界だった。逆に、ここの人たちにとっての「都会」は、どんな別世界に見えるんだろう。

 なにはともあれ、なーんにもないところで、なーんにもしないで過ごす楽しみを、久しぶりに思い出させてくれたのが「サンフランシスコ」のテレサさんなのだった。




おわり               
ペルー情報誌「JARU創刊号に掲載」2000年 (一部修正)
 







最終更新日  2020.07.08 12:10:32
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