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ペルーアマゾンの泥染めとシピボ族の人々

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2024.04
2018.11.30
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私は長年彼らの布を買い取ることで、彼らが伝統の泥染めの手法を続けることで生活できるよう、最低限の「ギリギリ支援」をしている。多すぎてはいけない。

最初は「支援のために買い取っている、応援してほしい」と協力を願ったけれど、最近では「支援」という言い方をするとき自分の中で違和感を感じる。ほっておいても「良いものだから買う」ストレートな勝負ができる素晴らしい工芸なのに支援なんていうべきじゃないと思うようになった。実際、大したことはしていない、応援して支えてるだけ。

良いものを作るなら私は買おう。やりたければやればいい。無理に続けて欲しいわけじゃない、続けるかどうかは彼らが決めること。






ただ、20年もの間、私は必死に戦った。彼らが自分たちの仕事に対する品質のことだ。
私が思うに、同じ泥染めの手書きの模様でも、見るからに価値のあるものと、子供が描いたようなものが混ざっていることがあった。部分的に他の人に手伝わせる時、違いはみれば分かる。下手でも丁寧なものには良いものがある。できの具合を安定させることはあまりに難しかった。

その不思議な幾何学模様は誰もが描けるわけではない。丸ごとコピーはできても、すぐに習得することはできない。布に模様を描くのはシピボ族の女性の仕事で男性はしない。

何よりも。下手の前に、この模様のイメージが湧くかの能力の問題がある。身近な例を見るとシャーマン家系の遺伝&伝承のようにも思える。薬草の目薬という説明をされるがアヤワスカとは関係はない。それが、天から降りるという神秘の模様か、何かを真似て描く落書きなのかは一目瞭然。


彼らはもともと、良いものも悪いものも同じ値段で売ろうとする性質があった。
単にやることが雑というかシンプル。
私は通常彼らから特別に卸値で仕入れているわけではない。彼らはお金のこととなると頭が冴え、値下げ交渉をしても譲ることはあまりない。

ずっと言い続けていること。
「良いものは評価され高く売れます、悪いものは売れません。」
「良いものを作れば私は買い続けます」「
「大事に作らずに雑に作ったものは欲しくありません」

頭がクラクラするほど、同じことを繰り返し、毎回伝え、お金のことで言い合いをし、嫌な気分になり、やっと「良いものを作るべき」と、分かってきたかと思う。
それくらい、単純なことでも、何度も繰り返し、伝え、バカみたいに言ってきた。

美しいものは誰でも分かる。
お客さんにも一目で判断できること。

私はいつも雑な作品を見ると、本当にムカムカして気分が悪くなる。
大切に作られたものとの差は、誰の目にも見えるはずで、それは表面に浮き出ている。
それをどうにかしたくて、ずっとやってきた。

今は満足させてくれるものばかりなので、文句を言うことはない。






最近のテレビ番組でシピボ族の泥染め布を大量に買い取って視聴者にばらまいているというが、
私がこれまで見たことがないようなものばかりで
一体どこにそんな品質の、変なものが存在しているのか、知りたい。

執拗に売りつけられるということも特徴的なところだけど、言いなりになってナンでも買う外国人が出ればバカにされるだけだ。本当にやめてもらいたい。(過去の下書きより)





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最終更新日  2018.11.30 18:00:12
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