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ペルーアマゾンの泥染めとシピボ族の人々

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2013.04.11
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3月中旬から末まで子供の春休みに合わせて18年ぶりのメキシコに行ってきました。学生時代の青春をともに過ごしたメキシコ人の親友たちとも再会を果たし、あっという間の滞在期間でした。

古代文明の栄えた地というのは、食文化も奥が深いく独特なものがあり、ペルーもメキシコも他にないロマンと楽しみ方がありました。ついでに、趣味のコレクションで原産の野菜やくだもの調査も充実し大満足です。遺跡や出土品を見ても、中南米という陸続きの大陸における文明のつながりをイメージできたり、本当に興味深いことばかりでした。







最終更新日  2013.04.11 07:55:33
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2012.01.24
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ペルー(リマ)のお正月休み=夏休みってことで、多くのリマっ子はビーチへ!どこにも行かなくてもリマの気候は快適で家でゆっくりするだけでも十分。

仕事の延長でシピボの村でゆっくり過ごすことも考えていたけど、結局は「リフレッシュ=泥染のことから離れる」とハッキリ応えが出てて、気軽に行ける場所=中央アマゾン=トロピカル地帯に決めた。

瑞々しい緑の森に飢えているのを感じた。4700mのアンデスを超えた向こう側は森林地帯、バスで8時間ほどの穴場。っていうか、ぜーんぜん観光地にならない。

アンデスの道.jpg


サン・ラモンという小さな村は、リマの発展と比べると見捨てられているかのように貧しく何もないところだ。夜は薄暗く店があっても品ぞろえがひどく悪い。こういう田舎町に来ると、先の選挙結果で分かったように、ペルーの高度成長を手放しで喜ぶ富裕層よりも、なんでもいいから「革命」を求める、貧しい人々が多いということが分かる。




それはそうと、目的はいつもの「隠れ家=宿」。舗装道路が終わる町はずれに緑あふれる植物園=宿がある。宿を切り盛りする姉妹の母親が、森から採取しては集めた趣味の観葉植物が所狭しと庭につややかに繁っている。

あちらこちらで順番に花を咲かせ、来るたびに新しい発見を楽しませてくれる。



マイク.jpg



その植物の種類といったら、わくわくするほど果てしない。水をやらなくても一年中十分に雨の恵みがあり、植物たちは元気にどんどん育つ。


DSC_0237.jpg


この宿を利用するのはこれで4回目くらいだが、この宿が主人の趣味で植物収集が庭を植物園化し、必要になって宿ができた。いつの間にかそうなったというストーリーが、とびきり気にいっていた。

植物学者じゃないけれど、植物を愛して止まない人。たぶん、学者よりもすごい人。私はそんな観葉植物園の創造主にいつか会ってみたいと、最初から思っていたんだ。


ロウの花.jpg



レセプションにいる娘のエリサに、何度も植物の名前を質問していたところ「分かった。ちょうどママが来るから紹介するからお庭ツアーをしてもらったらいい。ママも喜ぶわ」と。
ついに創造主に会う。私にとっては憧れのスターに会うような喜び。




現れたのは、清楚な白いワンピース姿の白髪のマリアおばあちゃま。新しい白い運動靴もワンピに合わせて個性的!しゃべる前から溢れるオーラ。ずっと前から知り合いだったような優しい親しみやすさ。



DSC_0188.jpg



ちょうど宿を出なければならない朝のことだった。宿の敷地内をゆっくりと隅から回る。マリアさんの
おしゃべりは息もつけないほど次から次へと続く。いつどこからどんなふうに連れてきた植物なのか、植物の名前や学名、どんな性質なのか、お庭の歴史も果てがない。

「時間は大丈夫?もうこのくらいにする?もう少し先まで行こうかしら?」時間がないことを気にしながらも私が望むと喜んで応じてツアーは続いた。お友達にもらったり外国から持ち込んだりした植物も自慢だった。

草木に窓際を隠すロッジのデザインを全てじぶんがやったというのも驚きだったし、ベラウンデ元大統領がその小屋に泊まったことがあるというのにもビックリした。その部屋は「皇帝」という特別室でベッドの土台がコンクリートだった。



ピコロロ.jpg





今まで全然気がつかなかったのだけど、宿のある敷地の奥に扉があって、そこがマリアさんの住居&プライベートなお庭だった。秘密のお庭に案内してくれるという。予測もできなかったことだった。

お庭はうっそうと草木が茂り、木が大きく成長して庭の小道を隠すほどのジャングル状態になっていた。それでも何がどこに植えてあるのか確実に把握していて、どんどん森に踏み込み崖のようなところまでしっかりとした足どりで進む。ところどこで枯葉を落としたり、蔓を整えたり手入れをしながら歩いた。80歳とは、信じることができなかった。


テラスで.jpg




伝えたいことが後から後から溢れだして、しゃべるのが追いつかない、ひとつひとつ説明したいことがありすぎる、だから途中からどんどん別の話が始まっちゃう。私も興味を持ってくれる人がいると、そうなることがあるから、そんなマリアさんの気持ちがよく分かった。

もっともっと一緒に過ごしたい!話を聞きたい!取材したい!何か手伝いたい!!私は胸がいっぱいになった。こんなことは久しぶりのことだった。


ブーケ.jpg




これからも定期的に来て花や植物のコレクションを写真に記録していこうと思ってる。

あの日あった花は次の時にそこに咲いているはずはない。
植物もそこにずっとそこにあるとは限らない。

マリアさんの娘のエリサが言った。
「植物は人間と同じ。」
「いつまでもずっと同じじゃない。成長もするし、いつ死ぬか分からないし、新しい命が生まれるかもしれない。


マリアさんがずっと手入れができるか分からない。

「手入れを人に任せるとすぐに雑草と間違えて大事な草をとられてしまう」
と言ってプンプンしたマリアさんが恋しい。



マリアさん.jpg




マリアさんの植物園を大切に守り伝えるためにも、私はマリアさんの植物の写真を撮ってアルバムを作りたい。

これも使命感じちゃったから仕方ないこと。勝手にやるだけだけど楽しみが増えた。







最終更新日  2012.01.25 06:57:37
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2011.07.31
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リマからアンデスへ向かって走る。途中4700mの峠TICLIO=ティクリオを超える時はいつも息苦しくなる。睡眠薬で無理やり眠る作戦だったがあまり効き目がなく目が覚めた。ヘアピンカーブの連続、崖っぷちを大きなバスは行く。対向車とすれ違う時にはハラハラするが、酔って苦しみたくないから必死で眠り過ごす。

中央アンデス方面への小旅行はソファベッドの夜行便バスで往復2泊し、現地で2泊、もうこれで十分に満喫&リフレッシュできる。最近の長距離バスは各社快適さを競っていて、ちょうど飛行機のファーストクラスのようなゆったり感でぐっすり休める。飛行機の狭いエコノミークラスよりも長距離バスが私には楽ちん。夜10時に出発し明け方6時には現地に着き、早々からチェックインできて丸一日滞在できるのも魅力&得した気分。

La Merced の15分ほど手前の、普通は通り過ぎるであろうような小さな町、SAN RAMON。実は100年も昔日本人移民が入植している土地だ。コーヒー農園をやったらしい。
このあたりのトロピカル地域はコーヒーの有名な産地(チャンチャマヨ州)でもあり、近年コーヒー産業が好調。

アンデスの峠の向こう側はトロピカル気候で、その先に森林気候があり、その先にアマゾン地帯となる。この時期は深夜に沢山雨が降り次の朝すっきりと晴れるようで、草木が洗われ生き生きとしているのも印象的だった。


宿は、門をはいると植物園の中にいるみたいな感じで、小屋が珍しい観葉植物が生き生きと茂る中に隠れるように点々とある。植物博士だった宿のオーナーが、自分が住んでいた頃から収集した草木が育って自然に増え植物園みたいになった。知人が泊まりに来るようになり、ベッドが足りなくなって仕方がなく宿を始めた。年々訪れる家族が増えて、今も少しずつ増築している。


不思議の花.jpg



朝から宿のプールを独占し子供たちは疲れも忘れている。とにかく天気が素晴らしい。
青空に白い雲。
すっきりしない曇り空のリマの寒さから飛び出してくると、この太陽の有難さが身にしみる。



プールを独占!.jpg



十分に遊んでから、宿からモト・タクシーでこのあたりの観光名所である「チロル滝」のトレッキング出発点に向かう。森の道は緑で瑞々しく日本の山道と似てるように思う。植物は違うだろうけど。どのくらい歩いたのかな、往復で3時間くらいかな。
美しく青い輝きを閃かせてモルフォ蝶がひらひら舞うのを何度もみた。きれいな毛虫もね。


チロル滝に到着.jpg




宿にいるだけでもプールと卓球とビリヤードと植物園で誰も不満はない。
でもせっかくだからどこか近所を散歩しようと宿の人に聞いて夕方散歩に出た。



小さな山間の集落.jpg



「すぐ近くに古い橋があって、山を登っていくとサン・ラモンを見下ろせるよ」
宿を出てずっとまっすぐ行くだけ。「PUENTE DE LA VICTORIA=勝利の橋」があった。1945年に建造されたらしい吊り橋だった。


1945年の古橋.jpg


橋を渡って少し坂道を歩いたら見晴らしのいいところがあって町の方が見下ろせた。そこに美しい虹が出た。
そんなきれいなものを、私は久しぶりにみた。
旅はするもんだなあ。


サン・ラモンの虹.jpg


今回は仲良しの子供たちと一緒に行ったのでひとりっこのうちの息子も大はしゃぎで休む暇なく遊びまくった。特別どこへ行くでもないのに、よくそこまで楽しめるなと感心するほど楽しんでいた。


子供にとっても大人にとっても、瑞々しい緑のある空間と太陽は、かけがえのない有難いものだと実感した旅だった。







最終更新日  2011.08.01 15:40:33
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2009.04.24
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この前中央アマゾンを旅行した際に、「アシャニンカ族の集落を訪問」した。
周辺の町の旅行会社や宿でもツアーを出しているので地元ではメジャーな観光地というところか(他に滝くらいしかないから)。

何かしら新しい発見があるのかもしれない、と小さな期待をして、ツアーに申し込んだ。
けど、よく考えて、植物園もゆっくり行きたいし、ツアーより自由の方が良さそうだからとツアーをキャンセルしてタクシーと交渉して半額で行ってきた。

そこは街道から森への道に入ったところの小さな集落で、観光客を迎えるべく、広場の周りにずらりと民芸品店が並び、アシャニンカ族らしき人々が民族衣装で踊りや歌を披露していた。

ここでの名物はどうやら、民族衣装を観光客に着せて、顔に赤い化粧を施して、一緒に踊ること。みんな嬉しそうに踊る。




売っている民芸品は、木の実のアクセサリーなどはシピボ族らのものと何も変わらない。

その他にずらりと並んでいたのは、ナイロン製のシピボ族の幾何学模様のプリント布で作られた色とりどりの布バッグで、それなりによくできているものの、それらは紛れもない工業製品で、アシャニンカとの関係があるとは思えないものだった。

よりによって、なぜ、アシャニンカ族が、シピボ族の工芸である文様のついた、しかもナイロンのプリント生地をふんだんに使っているのか。

何よりも、踊りを踊っている者たちも、集落の長らしき者も、そのプリント模様のクシュマ(貫頭衣)を使用していること。アシャニンカ族特有のコットンを茶に草木染めしたものを身にまとっているのは数人だけ。


土産物を売っている女性(正当な独自の民族衣装)に質問した。
「あなたたちはアシャニンカなのに、なぜシピボ族の模様の、しかも、プリント生地を使ったものを売っているのですか?アシャニンカ族がシピボ族特有のものを使用することに何の抵抗もないのですか?」
「そうなのよ、私はあまり良いとは思ってないわ。あのプリントの生地は宣教者が反物で寄付してくれたものを使っているの。あなたその意見をもっと言って言って!」
「言って、っていわれても、誰に・・・???」
「あの人、私の夫なの」と「長」らしきいかにも偉そうな人物を指した。

観光客を集めてもっともらしい説明とアシャニンカ族についての話をし終わった「長」らしき
人物に同じ質問をした。ちょっと怖い顔で「こっちにこい」と人気の少ない場所に連れて行かれる。きっと彼らの思いを、現状を、深意を、何かしら聞けるのか・・・?でも、こわっ!

どきどきして、そのこわい鋭い目を見つめた。
そしたら
「僕は旅行ガイドなんだ」
「!??????????????」
「実は今、リマ在住のパートナーとホームページの立ち上げをやってて・・・現地のことは何でも僕に聞いてくる、外国の人にも宣伝したいんだ・・・・・(話は延々続き)・・・」
私はポカーンとしてて、でも、話を切るようにして
「私が興味があるのは、アシャニンカとシピボとの違いをどう考えるのかということで・・・」すると
「全くどうでもよい。関係ない。どっちも同じようなもの」
とはっきりと言ってのけた。
あまりに分かりやすく、よく理解できたので、私は笑うしかなかった。

私が何を期待したのか。

民族の誇りというものは全くないのかどうか、確かめたかったのか。

ここには、何もなかったのだ。
多分、生き残るのに精いっぱいだ。
観光客に喜んでもらって、買い物をしてもらうために頑張っている。

布カバンはピンク、青、緑、と、いかにも化学的な色だというのに、堂々と「すべて草木染めでこの地で私たちが染めています」と言ってのける。ひとつひとつ、どんな植物で染めるのか質問すると、それぞれを答えた。でも、そんな緑に染まるはずないでしょうに・・・

自分自身がなんでそんなにむきになっているのか不思議なくらいショックが大きかった。
しかし、それが現実だった。

その厳しさを見つつ、シピボ族の誇り高さを改めて感じるのだった。


「アシャニンカ」というCDを「君にあげる、後でメールでやりとりしよう、日本人の友達ができて嬉しい」と嬉しそうに握手された。


なにもなかったけど、おおきなことをまなんだ。



追伸・とはいえ、観光地だから観光客のためのことをしている土地なわけで、むきになる私の方がおかしかったのかもしれない。もちろんアシャニンカ族らしい生活をしている集落はペルー中にはいくらでもあるわけで・・・
ただ、ナイロンのプリントは許せないんだよな~でもこれも仕方がないことも分かっている。「アマゾン風の演出」を「安く」するために、必要とされているものなのです、はい。










最終更新日  2009.04.24 14:06:59
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2009.04.21
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この花の名前は知らない。
宿のレセプションに飾ってあった。
庭で育てたものではなく、別の土地から切ってもってこられた珍しいものだということだった。この世にはいろいろある。

このトロピカルなこの宿では、観葉植物の色とりどりの「葉」だけを上手に「生け花(葉だけど)」にしてテーブルを飾っていた。なるほどなかなかよい。


旅はいつも新しい発見があり、気分もリフレッシュする。



13年くらい前、「一年間南米を旅してきます」と宣言した時、大学の教授に「旅の目的はないのか」と聞かれてずっと悩んだことを今も考える。

私は「行きたいから行くだけです」としか言えなかった。

「旅に目的が必要なのか?」「自分の目的何だったのか?」
そんなことを大真面目に考えて書き綴った旅の記録が「私の南米ひとり旅」という自費出版本だった。サブタイトルは「人生は楽しまなくっちゃ!」だった。今となってはただ懐かしい。

当時女の子が南米をひとり旅するのは珍しかったが、南米は広いから1年以上旅を続ける旅人は意外といた。アジアや中近東などをじっくり回ってから南米までたどり着く人も多かったが、世界一周チケットで回ってる人には会わなかった。


がしかし、どういうわけか最近は「世界一周チケット」で旅をしている若者が多いような気がする。


ずいぶん時が過ぎてしまったのだけど、先月だったか、旅人カップルが安宿の書き込みを見たと言って電話をくれて、「泥染めを見たいのです!」というのでその日のうちに来てもらった。

なんと「世界一周ハネムーン」中のカップルですでに1年以上旅を続けているという。かわゆい若奥様が泥染め布や木の実の小物をむちゃむちゃに気に入ってくださって、後でお二人の旅の報告をするブログでアマゾン屋を紹介してくれた。感激!!なぜか次の日の日記でトシローさんが紹介されてます(笑)。

世界を回り、ガラパゴス島へ行って、イースター島にも行って・・・モリモリ沢山!!超ハッピー!!これまでありとあらゆる国を回ってきた彼らが「南米が一番面白い」と言ってくれた。この長旅を楽しそうに、幸せそうに、ずっと仲良く過ごしている彼らの様子が、あまりに新鮮で美しくまぶしかったので、何も買い物しなくていいからと思いつつお茶を出して長話をしてたら最後になって「あの色々買いたいのですけどもっと見ていいですか?」と。長旅ならば荷物になるからなるべく買わぬものかと思ったが、結局たくさんのお土産を購入していってくれたのでした。・・・

・・それはなんと!結婚式の引き出物!世界各地のお土産を後日郵送!しかも、前もって「どこの国のお土産が欲しいか」各自にリクエストしてもらったのだという。なんと!なんと!


いやはや、こうしてリマで生活していると、現役の旅人との出会いはほとんどないのですが、たま~にこういうことがあり、素敵な出会いに感謝しています。

久々に出会ったナイスカップル! 末永くお幸せにね!!


・・・話がどんどん長くなりました。ほとんど「逃避」です。さよなら。






最終更新日  2009.04.21 15:04:23
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2009.04.17
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ペルーでは4月9日(金)から12日(日)まで「聖週間=イースター」で連休でした。
今年の元旦に行ったばかりの同じ場所(SAN RAMON)に再び行ってリフレッシュしてきました。

いつもの胸のムカムカは旅行中にはすっきりしているのに、帰宅するとすぐにもとに戻る。やっぱり小さなストレスなんだろうか。大したことないからいいんだけど、なんじゃこりゃ、です。

リマの砂漠地帯から内陸へ中央道路をアンデスへ向かって進む。はげ山の景色が緑になってきたかと思うと再び草木が少なくなる。4800mの峠を越えてアンデスの向こう側まで来ればそこはトロピカル気候の瑞々しい緑が待っている・・・


アンデスを超えて.JPG


このアンデスの「峠」はTICRIOといって、「世界一高いところを走る鉄道(ギネス記)」の通り道でもある。ところどころで線路と幹線道路が交差する。

私は常に高山病になりやすく、峠を超える頃には大抵ぐったりとしている。「早く超えてくれ~」と祈りながら深呼吸を続ける。そして毎度「もう二度とアンデスを超えるまい、旅をするなら海岸線を行くべし」と秘かに誓う。

なのに。

セハ・デ・セルバ(アマゾンの裾)と呼ばれるこのトロピカルな森林地帯がやめられない。
土砂崩れがあろうとも、雨が一日中降ろうとも、この瑞々しい緑に包まれていたくなる。

観葉植物であふれた庭のあるREFUGIO(隠れ家)という宿で、持ち込んだワインとつまみを夜ごとに楽しむ「ゆっくりするため」の休暇であった。

ロウ細工のような花.JPG

ロウ細工のようなこの花は、森林地帯の庭で見かける「バストン・デ・エンペラドール(皇帝の杖)」。








最終更新日  2009.04.17 14:40:46
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