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あい・らぶ・いんそん

別離4

別離4

イヌクは一人静かに、本を読んでいる。

時折襲う激痛を薬で抑えながら、静かにその時を待つ日々を送っているのだった。

ふと、窓の外に目をやると青く輝く海と、スジョンと過ごしたプールが

見えた。

イヌクはせめて想い出の中で、最後の時を迎えようと思っていた。

故郷に帰れば母を悲しませる・・・いまさら故郷に帰ることもできず、

一人静かに死を受け入れる決心をしていたのだった。

いつでも呼べるように看護婦を住み込ませ、毎日2回程様子を診に医者

がやってくる。

暫くすると目が疲れ、イヌクが本を閉じた。

静かに目をつぶり、開け放たれた窓から聞こえる、波の音と潮風を感じ

ていた。

「イヌクさん・・」

スジョンの声が、潮風にのって聞こえて来たような気がした。

イヌクは静かに目を開けて、そして又ゆっくりと目を閉じた。

空耳かと思い、波の音に耳をそばだてると

「イヌクさん・・スジョンです」

と、すぐ後ろからスジョンの声が聞こえ、イヌクは驚いて振り向いた。

そこには紛れもなく、スジョンが立っていたのだった。

「どうした・・?」

信じられない様子で、イヌクが立ち上がりながらスジョンを見つめた。

「あなたのそばに・・・いさせて・・。」

見る見るイヌクの目から涙が溢れた。

「ジェミンは?」

「ええ・・あの人が行っても良いと・・。」

イヌクはスジョンを、夢ではないかと抱き寄せた。

それは夢での幻でもなく、確かにスジョンのぬくもりがあった。

「ほんとうに良いのか・・・ほんとうに・・・」

イヌクはスジョンを抱きしめながら、暗闇から射し込んだ一筋の灯りに

すがる思いだった。

「もう・・諦めていたよ」

スジョンはイヌクとの想い出が詰まったこの部屋で、イヌクを見送らな

ければならないことを思うと、胸が張り裂けそうに苦しかった。

「イヌクさん・・」

二人はじっと抱き合った。

やがて夕陽が空を赤く染めて、色鮮やかに海の向こうに沈んでいく。

かつてバリで過ごしていた日々のように、二人はテラスに出て夕陽が沈

むのを静かに見守っていた。

「俺も、あの夕陽のように静かに逝きたいな。」

イヌクがぽつりと言うと、スジョンは、イヌクの手を力強く握った。

「味噌チゲ作りましょうか?」

スジョンが泣き笑いをするようにイヌクに言うと、イヌクは嬉しそうに

スジョンの肩を抱いた。

「懐かしい味だな・・」



それから数日の間、時折イヌクを襲う激痛を薬で紛らわしながらも、穏

やかな日々を過ごしていた。

「不思議だな・・・おまえといると、まるで何もかもが夢だったように

思うよ。」

スジョンはただ静かに笑った。

「俺を許してくれないか。ニューヨークではおまえを苦しめた・・・。」

「もう良いの・・もう忘れましょう・・。」

「スジョン・・・おまえに会えて幸せだったよ。」

「どうして?あなたを裏切ったり、こんなに辛い思いをさせたわ」

「俺に愛を教えてくれた。苦しかったが、心からおまえを愛せた人生だった。」

「ヨンジュさんだって、愛していたでしょ?」

イヌクは懐かしそうに笑って答えた。

「そうだな・・あのころは愛していると思っていたが、あれは愛じゃな

く打算だったような気がするよ。若かった・・・。いま思えば、ヨンジュ

も可哀想な女だったな。誰もかれも、金という魔物に踊らされていたの

かも知れないよ。そういう・・おれもだが・・」

二人で様々な想い出話をしては、泣いたり笑ったりする他愛のない時間が過ぎてゆく。

「もう休みましょうか」

見るからに疲れている様子の、イヌクを気遣った。

「時間が・・・もう少し欲しいな・・・おまえともっとゆっくり、話が・・・」

そう言いながら、イヌクの意識が薄れていった。

「イヌクさん・・イヌクさん」

スジョンは急いで看護婦を呼んだ。

「先生を呼びますから・・。」

看護婦は来るなり言った。

「イヌクさん」

スジョンは大声を上げて、イヌクの名を呼んだ。

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