別離2
別離2やがてジェミンは退院をした。まるで何事もなかったかのように、平穏な日々が続いていく。「そろそろ会社にも顔を出さないとな・・」「あまり無理をしないで」「大丈夫だよ。色々気になることもある・・。」久々にジェミンが出勤すると、社内は大騒ぎとなった。「やっと帰って来てくれましたね。」「いかがですか?傷の方は・・」歩くたびに声をかけられ、ジェミンは幸せだった。「おい・もう今日から仕事か?」パクがニコニコしながらジェミンの部屋に入ってきた。「君のおかげで、あの投資会社はどうやら手を引いたようだな」「そうですか・・・良かったです。ただ,せっかくのチャンスが・・・」「又チャンスは来るさ・・・返って良かったと思おうよ。これから又楽しみが増えた」「色々ご迷惑をかけました。」「何を言っているんだ。もともとは君の力があったからここまで来られたんじゃないか。これからも頼むよ。」「はい」「今日はもう帰った方がいい・・。奥さんが心配するよ。俺が怒られる」パクが 笑った。「えぇ・・それでは、今日は帰ります」ジェミンが会社のドアを開けて出ようとすると、見覚えのある顔がジェミンに軽く会釈した。「少しお話をしても良いですか?」それはサムだった。病院の支払いなどすべてイヌクの指示だといって、サムが手続きをしていた。二人は近くのカフェに入った。「もう傷の方は大丈夫ですか?」「ええ、おかげさまで」「そうですか・・良かった。カンさんにそうお伝えします。」「彼は今どうしているんですか?」あれ以来ほんとうに顔を見ることも、噂を聞くこともなくなっていた。サムは、もじもじと言いにくそうにしていた。「何か?」ジェミンに促されると、思い切ったように話し始めた。「これは、カンさんから口止めされています。でも、どうしてもお伝えしたかったのです。」人の良さそうなサムは、目を潤ませながら話し始めた。「カンさんは今、バリにいらっしゃいます」「バリ?」ジェミンは驚いた。「何故バリに?」サムはコーヒーを一口飲んで、大きく深呼吸をした。「カンさんはもうじき、お亡くなりになってしまいます・・。」「な・・何だって?どういうことだ」ジェミンは突然の話で気が動転した。「カンさんは、ご自分でも死期をご存じでした。最後に、おひとりでバリで静かに死を迎えたいと、ひと月ほど前にバリにお帰りになりましたが、いよいよ・・」ジェミンは自分の耳を疑った。『いいか、チョン・ジェミン・・・スジョンを頼む。もうおまえ達の邪魔はしないから、スジョンを幸せにしてやってくれ。この先・・・どんなことがあっても・・。』別れ際に背を向けてイヌクが言った言葉を、改めて思い出していた。確かにあのとき、イヌクはとても寂しそうだった。しかし、それはスジョンとの別れを思ってではなかったのか・・。自分の死期を知っていて、最後に俺に握手を求めたのか・・。イヌクと交わした握手の感触が、ジェミンの掌によみがえった。ジェミンの心は、イヌクに対する悲しみと痛ましさがせり上がり、大きな渦となって胸を閉めつけた。「どうかチョンさん、お願いです。最後にスジョンさんを、会わせてあげていただけませんか・・。」ジェミンは一瞬、何も答えられなかった。「私はカンさんがニューヨークに来てからの、おつきあいでした。ただの情報屋と言うより、カンさんにはとても良くしていただき、友人の様なおつきあいをさせていただいていました。いつも、いつも何かから逃げるようにお酒を飲み続け、酔えばスジョンさんの名前を呼び・・・いつも寂しそうでとても見てはいられませんでした。今回も絶対に言うなと口止めされましたが、どうしても・・・カンさんはたったおひとりで死を迎えられるかと思うと・・・どうぞ、スジョンさんに会わせてあげてください。お願いします。」サムは何度も、ジェミンに頭を下げた。ついこの間までは憎いライバルだったイヌクが、いつしかお互いの傷の痛みが誰よりも分かり合える相手になっていた。ジェミンの頬に一筋涙が流れた。