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カテゴリ:明治世相百話(リンクのない新着テキスト)
千歳村の蘆花先生
洋行前の初見参 丈壇の聖者といわれた蘆花《ろか》徳富健次郎氏、市外|千歳《ちとせ》村の邸に閉じ籠って、いっさい客を絶ち俗界と絶縁、京王電車の下高井戸で下車、畑道を約五丁ばかり、生垣を繞《めぐ》らした一軒の平家建て、それが先生のお宅で、ぐるぐる回っても門がない。裏木戸の柱に木札が下って「御用の方は女中へお申し聞け下さい」。 面会不能で通った先生が、なんたる幸いそ、逢おうという御通知、さっそく参上して裏木戸を無事に通過、庭先から奥の八畳の客室へ罷《まか》り通った。なんら気取った装飾もなく、床には名を忘れたが勤王家らしい人の書幅、紫壇《したん》の机を中央に主客相対す、先生は古風なネルのシャツに荒い縞物の綿入れ、薩摩絣《さつまがすり》の羽織という木綿ずくめに当方の|べんべら《、、、、》、いささか面目ない。 艶のよい丸顔で、小肥りのがっちりした体格、一言一句真心の籠ったような話振り、にこにこと優しい目でじっと見られる。私は思わず敬虔《けいけん》の念に打たれてなんとなく胸がいっぱい、この時の印象は深く頭に残っている。用談後は一層うちとけて近々洋行の準備やら聖地巡遊についての話があってお暇、庭先まで送って出られ、一本の若松を指さして、「ちょっと見て下さい、この松はここへ来た当時ほんの小松を自分で植えたのがこんなに大きくなりました」と、多少感慨の体。 『不如帰』でも知らるるとおり、先生の著作を一冊出せば本屋は身上が建て直る。その上に店の格が上るので、なんとかしてと望んでも、それはまず不可能で、その許しを得たのは二、三に過ぎぬ。例の『みみずのたわごと』を出版した書肆の主人が二年余り日参してようやく願いが叶《かな》いましたとは、まんざら嘘でもないようだ。原稿を持って回るソコラの先生とは大違い。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年10月08日 08時10分21秒
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