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2005年11月10日
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 その夜、龍之介はワイシャツ一枚になってベッドに寝ころんだまま新聞を読んでいた。なんとなく気が落ち着かないで仕事が手につかなかった。
 下の街路ではたえず、電車や自動車の騒音がしていた。東京駅つづきの高架線には、列車がしょっちゅう行ったり来たりしていた。
 室内の温度は華氏八十度に近く、龍之介は毛糸のシャツを着ていたので、肌がじっとり汗ばんだ。
「僕|浴衣《ゆかた》に着替えてもいいですか、貴女もお着替えになったら?」
 龍之介は新聞を投げ出して、起き上がって言った。
「どうぞ」
 道子は坐ったまま煙草《タバコ》をふかしていた。彼女はこのホテルに着いてからつづけざまに、大びらで煙草をふかしていた。
「あなたもお着替えになって、お休みになったら? もう十一時過ぎましたよ」
「ええどうぞお先へ」
 龍之介は洋服をぬぎっぱなしにして椅子の上へ丸めておいて、ホテルの浴衣を着た。室内の温度は、ちょうどいい加減だった。
「あなた、ゼントルマンは、毎朝プレスしたパンツ(注・ズボンのこと)だけは、お召しになっていただきたいわ」
 道子は龍之介の脱ぎ捨てた衣類を畳みかかった。
「いいですよ、そのままにしといてくだされば」
「よかありませんよ、あなたはよくたって、妻のあたしはよかありませんよ」
 妻という言葉をきいたとき、龍之介は、柔かいもので身体をつつまれるような気がした。実際、彼女が、彼の脱ぎすてたくしゃくしゃの衣類を整理しているところは、どう見ても家婦だった。
 道子は、龍之介の洋服を片付けてしまうと、今度は自分のローブを脱ぎはじめた。彼女が脱いだローブをみだれ箱の中へ畳んで入れて、コンビネーションとシュミーズだけになって、ベッドの端に腰をかけてシルクの靴下を脱いでいるところを、彼は眼を細くあけて見ていた。
 それから彼女は、素足にスリッパをはいて化粧鏡の前に立った。それから彼女は軽快に眉《まゆ》をひいたり、ルージュをつけたりした。龍之介は、時々その方を細眼で見ないではいられなかった。うすいシュミーズの下にふっくらした肉の輪廓が生き生きと動いているのが感じられた。
 龍之介は悩ましくなって眼をつぶった。しかし、眼の底に残像がはっきりと残っていた。なんだか、ぬらぬらしたものが、彼の皮膚の上に匍《は》いまわるような気がした。
(未完)
続編が冬木荒之介(井上靖)によって書かれた。『怪奇探偵小説集』ハルキ文庫をお読みください。






最終更新日  2005年11月10日 10時18分50秒
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