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2006/03/03(金)10:26

薄田泣菫「茶話」「ニツク・カアタア」

明治世相百話(リンクのない新着テキスト)(160)

ニツク・カアタア  飛田《とびた》遊廓の漏洩問題については主務省と府の当事者と互《たがひ》に責任の塗《なす》りつこをして、自分ばかりが良い児《こ》にならうとしてゐる。  ニツク・カアタアといへば、活動写真好きの茶目連は先刻御存じの探偵物の主人公だが、以前巴里にこの名を名乗つて大仕事をする宝石商荒しがあつた。巴里の宝石商といふ宝石商は、ニツク・カアタアの名前を聞くと、怖毛《おぢけ》を顫《ふる》つて縮み上つたものだつた。時の警視総監は刑事中での腕利《うできゝ》として知られてゐたガストン・ワルゼエといふ男にこの宝石荒しの探偵を命令《いひつ》けた。  ワルゼエはよく淫売狩をも行《や》つた男で、何でもその当時巴里で名うての白首《しろくび》を情婦にして、内職には盗賊《どろぼう》を稼いでゐた。その頃流行の探偵小説から思ひついて、ニツク・カアタアといふ名で宝石屋荒しを行《や》つてゐたのが、実はそのワルゼエ自身なので、上官の捜索命令 をうけた時は流石《さすが》に苦笑《にがわらひ》をしない訳に往《ゆ》かなかつた。所が間《ま》が悪く徒党《なかま》の一人が捉《つか》まつたので、到頭|露《ば》れて逮捕せられてしまつた。  自分は知事や警部長などいふ、役人を親戚《みうち》に有《も》たないやうに、神様をも伯父さんに持合はせてゐないから、はつきり見通した事は言はれないが、世の中には随分巴里の宝石屋荒しのやうな事は少くないと思ふ。呉々《くれ/゛\》も言つておくが、自分は知事や警部長や神様やを伯父さんには持つて居ない。自分の伯父さん達は何も知らない代りに、何も喋舌《しやべ》らない人ばかりさ。

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