【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

フリーページ

2006年03月15日
XML
画《ゑ》の催促
 流行《はやり》つ子《こ》の画家《ゑかき》が容易に絵を描《か》いて呉れないのは、昔も今も同じ事だが、竹内栖鳳氏などになると、頼み込んでから、十年近くなつて今だに描いて貰へないのがある。
 さういふ向《むき》は、色々手を代へ品を更《か》へて時機《をり》さへあれば絵の催促をするのを忘れない。到来物《たうらいもの》の粕漬《かすづけ》を送つたり、掘立《ほりたて》の山の芋を寄こしたりして、その度《たんび》に一寸《ちよつと》絵の事をも書き添へておくが、画家《ゑかき》などいふものは忘れつぽいものと見えて、粕漬や山の芋を食べる時には、つい思ひ出しもするが、箸を下に置いてしまふと、今の好物も誰が送つて来たものか、すつかり忘れてゐる。
 画家《ゑかき》の胃の腑が当てにならない事を知つた依頼者は、近頃では妙な事を考へ出した。それは画の催促に出掛ける折、妙齢《としごろ》の娘を一人連れ立つて往《カ》くといふ事だ。
 「先生、画をお頼みしてから、もう十年になります。実は此娘《これ》が嫁人の引出物にといふ積りで、夙《はや》くからお願ひ致しましたのですが、娘《これ》も御覧の通りの妙齢《としごろ》になりました。就いてはこの暮にでも結婚させたいと思ひますが、何卒《どうぞ》そこの所をお掬《く》み下すつて・…:」
 かう言つて勿体らしく頭を下げる。
 どんな画家《ゑかき》でも、自分が物忘れをしてゐる間《うち》に、稚児輪《ちごわ》が高島田になつたと聞くと、流石に一寸変な気持もする。とりわけ襖越しにそれを聞いてゐる女房は、つい身に詰まされてほろりとする。女房の口添《くちぞへ》は粕潰や山の芋と違つて、画家《ゑかき》の忘れ物を直ぐ思ひ出させる効果《きしめ》がある。
 「まあ、お気の毒どすえなあ。宅《うち》で忘れとる間《ま》に、あんな大きうおなりやしたのやさうどす。描いてお上げやすいな、早く。」
 「さうだつてなあ、大急ぎで一つ描《か》くかな。」
といふやうな訳で、絵は苦もなく出来上る。
 その絵を引出物に、娘もめでたく輿入《こしいれ》を済ませたらうと思つてゐると、つい鼻の先の新画展覧会に、その絵が大層もない値段で売物に出てゐるのが少くない。なに、絵が無くとも娘は結婚出来る世の中だ。結婚は済まさなくとも、児《こ》を生む事の出来る世の中だ。
 それを知つた栖鳳などは、近頃は娘を連れて来ても一向相手にならない。そして絵の具は高いが、箪笥《たんす》は廉《やす》いさうだから、結婚するなら今の間《うち》だと教へる。親といふものは、娘の結婚を「妙齢《としごろ》」よりも、箪笥の値段で定《き》めるものだといふ事をよく知つてゐるから。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月16日 21時58分09秒
コメント(0) | コメントを書く
[リンクのない新着テキスト] カテゴリの最新記事


PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

愛書家・網迫

愛書家・網迫

お気に入りブログ

ドラゴンボールで「… New! hongmingさん

コメント新着

 北川 実@ Re:山本笑月『明治世相百話』「仮名垣門下の人々 変った風格の人物揃い」(10/04) [狂言作者の竹柴飄蔵が柴垣其文、又の名四…
 愛書家・網迫@ ありがとうございます ゼファー生さん、ありがとうございます。 …
 ゼファー生@ お大事に! いつもお世話になります。お体、お心の調…
 愛書家・網迫@ わざわざどうも 誤認識だらけで済みませんでした。お礼が…

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.