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廂髪《ひさしがみ》
九州医科大学の大西克知博士が鉄瓶のやうな疳癪持《かんしやくもち》である事はいつだつたか茶話で書いた通りだ。実際博士の疳癪玉は、眼医者にしては惜しい持物で、あれを競馬馬にでも持たせる事が出来たら、騎手《のりて》は険呑《けんのん》な代りに屹度素晴しい勝を得る事が出来る。 先日《こなひだ》もこんな事があつた。その日は博士は朝から少し機嫌を損じてゐて、何家《どこ》かの若い夫人が診察室に入つて来た折は、恰《まる》で苦虫を噛み潰したやうな顔をしてゐた。 さうとも知らない若い夫人は、一寸|矯態《しな》をつくつて博士の前に立つた。博士は指先で充血した眼の上瞼《うはまぶた》を撮《つま》んで、酸漿《 ほづき》のやうに引《ひつ》くり返さうとしたが、直ぐ鼻先に邪魔物が飛び出してゐて、どうも思ふやうにならない。 邪魔物といふのは他でもない、若い夫人の廂髪なのだ。夫人はその朝病院に往《ゆ》くのだと思つて、心持廂髪を大きく取つてゐた。(女といふものは、亭主を貶《けな》されても、髪さへ賞めて貰へばそれで満足してゐるものだ。それ程髪は女にとつて大事なのだ。) 博士は邪魔物の廂髪を頻《しき》りに気にして、やきもきしてゐたが、とうと持前の疳癪玉を爆《はじ》けさせた。 「え\、この廂が邪魔になる。」 と言つて、手の甲でぽんと跳ね上げた。廂髪は白い額の上で風呂敷のやうに顫《ふる》へた。 若い夫人は気を失はんばかりに吃驚《びつくり》した。夫人に取つては、自分の髪の代りに、亭主を蹴飛ばされた方が幾らか辛抱が仕善《しよ》かつたかも知れないのだ。 でも、仕合せと眼病は癒《なほ》つた。若い夫人は手土産を提《さ》げて博士の宅《うち》へ礼に往つた。博士は蒼蠅《うるさ》さうにお礼の口上を聴いてゐたが、 「私が癒したのぢやない、大学が癒したのだ。」 と言つて、手土産を押し返した儘ついと立つて見えなくなつた。博士は何処へ往つたのだらう。若い夫人は自分の旒舳髪に隠れたのでは無からうかと思つた。その日の髪はそれ程痲が大きく結つてあつた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年04月19日 20時50分36秒
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