【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

フリーページ

2006年03月20日
XML
欠け皿
 日本の遣英赤十字班が英国へ渡つた時、自惚《うぬぽれ》の強い英吉利人は、
 「日本にも医者が居るのかい。」
と甚《ひど》く珍しがるやうだつたが、決して歓迎はしなかつた。
 一行の食事は一人前一ケ月百円以上も仕払つたが、料理はお粗末な物づくめであつた。外科医の一人は堅いビフテキの一|片《きれ》を肉叉《フオ ク》の尖端《さき》へ突きさして、その昔基督がしたやうに、
 「お皿のなかのビフテキめ、羊の肉ならよかんべえ、もしか小猫の肉《み》だつたら、やつとこさで逃げ出しやれ。」
と虫盤術《まじなひ》のやうな事を言つてみたが、ビフテキは別段猫に化《な》つて逃げ出さうともしなかつた。
 ある時など態《わざ》と縁《ふち》の欠けた皿に肉を盛つて、卓子《テ ブル》に並べた事があつた。それを見た皆の者は絶《むき》になつて腹を立てたが、あいにく腹を立てた時の英語は掻いくれ習つてゐなかつたので、何と切り出したものか判らなかつた。
 一行の通弁役に聖学院《しやうがくゐん》の大束《おほつか》直太郎氏が居た。氏は英語学者だけに腹の減つた時の英語と同じやうに、腹の立つた時の英語をも知つてゐた。氏は給仕長を呼んだ。給仕長は鵞鳥のやうに気取つて入つて来た。
 「この皿を見なさい。こんなに壊れてゐるよ。」と大束氏は皿を取上げて贋造銀貨《にせのぎんくわ》のやうに給仕長の目の前につきつけた。「日本ではお客に対して、こんな毀《こは》れた皿は使はない事になつてゐる。で、余り珍しいから記念のため日本へ持つて帰りたいと思つてゐる。幾らで譲つて呉れるね。」
 給仕長は棒立になつた儘、目を白黒させてゐた。大束氏は畳みかけて言つた。
 「幾らで譲つて呉れるね、この皿を。」
 給仕長はこの時|漸《やつ》と持前の愛矯を取《とり》かへした。そして二三度頭を掻いてお辞儀をした。
 「この皿はお譲り出来ません。日本のお客様の前へ出た名誉の皿でがすもの。」
と言つて、引手繰《ひつたく》るやうに皿を受取つた。そしてそれ以後、縁《ふち》の欠けない立派な皿を吟味して、二度ともう欠皿《かけざら》を出さうとしなかつた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月20日 02時14分47秒
コメント(0) | コメントを書く
[リンクのない新着テキスト] カテゴリの最新記事


PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

愛書家・網迫

愛書家・網迫

お気に入りブログ

コメント新着

 北川 実@ Re:山本笑月『明治世相百話』「仮名垣門下の人々 変った風格の人物揃い」(10/04) [狂言作者の竹柴飄蔵が柴垣其文、又の名四…
 愛書家・網迫@ ありがとうございます ゼファー生さん、ありがとうございます。 …
 ゼファー生@ お大事に! いつもお世話になります。お体、お心の調…
 愛書家・網迫@ わざわざどうも 誤認識だらけで済みませんでした。お礼が…

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.