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2006年05月01日
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有松英羲
 今法制局長官の椅子に踏ん反りかへつてゐる有松英義氏が、まだ三重県知事をしてゐた頃、恰《ちやう》ど今時分月が瀬の梅を見に出掛けた事があつた。
 その頃月が瀬には、俥《くるま》に狗《いぬ》の先曳《さきびき》がついて、阪路《さかみち》にかゝると襷《たすき》に首環《くびわ》をかけた狗が、汗みどろになつてせつせと悼の先を曳いたものだ。
 有松氏はずつと前から、自分の管内にさういふ忠実《まめ》な狗が居る事を自慢にしてゐた。で、その日も出迎への律の先に鱇躍《かいつくぱ》つてゐる暹《たくまし》い狗を見ると、
 「これだな、例の奴は。」
と言つて、属官を振かへつて、一寸にやりとした。
 だが、狗はその折華族の次男と同じやうに雌の事を考へて無中になつてゐたので、知事の愛矯に一向気がつかなかつた、よしんば気が注《つ》いた所で、相手を夢にも有難いお客とは思はなかつたに相違ない。
 有松氏は俥の蹴込《けこみ》に片足をかけた。その瞬間俥のすぐ前を雌狗が一匹通りかゝつた。先曳の狗はそれを見ると、後藤内相のやうに猛然と起《た》ち上つた。
 機《はずみ》に俸がずるくと引張られると、知事は後《あと》の片足を踏み外していきなり前へのめつた。属官は可笑《をか》しさを噛《か》み堪《こら》へるやうな顔をして飛んで側《そぱ》へ往つた。
 知事は真紅《まつか》な顔をして起き上つた。属官は自分の疎忽《そこつ》のやうにお辞儀をしい/\フロツクコートの埃を払つた。フロツクコートは綺麗になつた。だが、肝腎の顔は何《ど》うする訳にも往《ゆ》かなかつた。有松氏の顔は名代の痘痕面《あばたつら》なので、その窪みに入り込んだ砂利は、おいそれと手《て》つ取早《とりばや》く穿《ほじ》くり出す事が出来なかつたのだ。
 有松氏は月が瀬に着く迄何一つ喋舌《しやべ》らなかつた。花を見ても石のやうに黙りこくつてゐた。そして県庁に帰ると、属官を呼ぴ出して、月が瀬の狗は動物虐待だから、屹度差止めると厳しく言ひつけた。
 月が瀬名物の狗の先曳はそれで御法度《ごはつと》になつた。それから幾年か経つた今日この頃、花は咲き、人は法制局長官になつて、どちらもにこ/\してゐる。





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最終更新日  2006年06月01日 22時38分26秒
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