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2006年05月01日
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蓄音機
 尾崎咢堂氏はまた政談の蓄音機吹込を始めたらしい。大隈内閣の総選挙当時にも、氏は今度と同じやうな事をやつた。そしてそれを方女に担ぎ込むで、自分の代りに喋舌《しやべ》らしたものだ。この方が汽車賃も要らねば、旅宿《はたご》賃・もかゝらないのだから、地方人に取つて、どれ丈《だ》け便利か判らなかつた。
 その吹込蓄音機は、尾崎氏の徒党《みかた》に随分担ぎ出されたものだが、反対党で居て、それを選挙の道具に使つたのは国民党の高木益太郎氏|唯《たつた》一人きりだ。
 高木氏は演説会の会場前へいつも高木尾崎立会演説と大きく触れ出したものだ。物好きな傍聴人が、軍鶏《しやも》の蹴合《けあ》ひを見るやうな気持で会揚へぎつしり詰《つま》ると、高木氏は例の尾崎氏の吹込蓄音機と一緒に演壇へぬつと出て来る。
 で、先づ先輩からといふので、その蓄音機をかける
と、尾崎氏の吹込演説は感冒《かぜ》を引いたやうな掠《かす》めた声で喇叭《ラツパ》から流れて出る。
 いい加減な時分を計つて、高木氏が一寸指先を唇に当てると、蓄音機は礑《はた》と止つて、高木氏が一足前へ乗り出して来る。
 「唯今尾崎君はあんな風な事を言つたが、吾々江戸つ子の立揚から見ると……」
と、江戸ッ子自慢の聴衆《きゝて》が嬉しがりさうな事を言つて、小《こ》つ酷《びど》く尾崎氏の演説をきめつける。
 で、幾度かこんな事を重ねて、高木氏の最後の駁論《ぱくろん》が済むと、氏はくるりと蓄音機の方へ向き直る。
 「何《ど》うだ尾崎君、君の説は僕の駁論のために滅茶滅茶になつたが、異見があるなら、言つてみ給へ。こゝには公平なる江戸ッ子諸君が第三者として聴いてゐられるんだから。」
と勝ち誇つた軍鶏《しやも》のやうに一寸気取つてみせる。弾機《ばね》の弛《ゆる》んだ吹込蓄音機は黙りこくつて、ぐうともす、つとも言はない。
 高木氏は一足前へ進んで、
 「どうだい、尾崎君、恐れ入つたかね。議論があるなら言つてみ給へ。参つたのだつたら何も言はなくともい丶。」
と扇子の先で、蓄音機の喇叭を二つ三つ叩いてみせる。喇叭は悲しさうな顔をしてくるりと外方《そつぽ》を向く。
 「どうです、皆様《みなさん》、尾崎君もあんなに恐れ入つて恥かしがつてゐますから、まあ今日はこれで許してやりませう。」
といふが落《おち》で、演説会は閉会となる。かくて高木氏は高点を収めて安々《やす/\》当選した。






最終更新日  2006年06月05日 23時05分05秒
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