2005年11月10日

薄田泣菫「森の声」

 自分は今|春日《かすか》の山路《やまみち》に立つてゐる。路の左右《みきひたり》には数知れぬ大木が聳《そそ》り立つて、枝と枝との百絡《ももから》みになつた木叢《こむら》には、瑞葉古葉《みつはふるは》がこんもりとして、たまたま下蔭《したかけ》を往《ゆ》く山守《やまもり》の男達《をとこたち》が今日の空合《そらあひ》を見ようとしたとて、白雲《しらくも》の往来《ゆざミしかひ》ひとつ見付けるのは容易なことではない。何といつても承和《しようわ》の帝《みかと》が禁山《とめやま》の御宣旨《こせんじ》あつて以来《このかた》、今日まで斧斤《をの》ひとつ入らぬ神山《かみやま》である。夏が来て瑞葉がさし、冬が来て枯葉が落ちる。落ちた木の葉は歳々の夢を抱いて、そのまま再び地に朽ち入つてしまふ。かうして千年の齢《よはひ》を重ねてみれば、一体の山の風情が、そんじよそこらの出来合の雑木林と趣を異にしてゐるのも無理はあるまい。大気は冷《ひや》つこい、山の肌はいつも下湿《したしめ》りがしてゐる。ありふれた山では秋でなうては嗅《か》がれぬ土の香《にほひ》が何やら物さびた調子を帯びて、しつとりと薫《くゆ》る。その昔そこの延根《はひね》では人麿《ひとまう》が躓《つまつ》いたかも知れぬ、ここの古樹《ふるき》では往きずりに行基《きやうき》の袖《そて》が触れたかも知れぬ。目路《めち》の限りに連なるすべての物は、自然に対するわれらの渇仰《かつかう》と驚嘆とが白熱の高調に達した往時《そいかみ》の代《よ》より、そのままに呼吸を続けてゐるのである。
 大いなるかな、春日の森。海原《うなばら》をつくり、焔《ほのほ》の山をつくり、摩西《キゥセ》をつくり、鯨の背骨をつくつた大自然の手は、ここにまた春日の森を造つてゐる。杉は暁方《あけがた》の心あがりに天にも伸びよと丈高《たけだか》に作つたものらしい。櫟《いちゐ》は月曜の午前《ひるまへ》、健心《すくよかこころ》の一瞬に産み落したものらしい。竹柏《なき》は夕暮の歌であらう。馬酔木《あせび》は折節の独り言かも知れぬ。いつれも持前の性分を思ふがままに見せて、側目《わきめ》も振らずすくすくと衝《つ》き立つてゐる。大空は微笑《ほほゑみ》を湛《たた》へて額《ひたひ》の上にある、第一の光明はわが掌《たなごころ》にといつたふうにいつれも骨太《ほねぶと》の腕《かひな》をさし伸べてゐる。地《つち》に生れて天《そら》を望むといふのは思ふだに痛ましい。痛ましいに違ひはないが、その昔|嫩葉《ふたは》を芽ぐんだ日の初めより、有《も》つて産れた各がじしの宿命である。木はその宿命を楽しんで、自らの代《レよ》の終るまでは、ほんの一日たりともその努力を休めぬ。時は皐月《さつき》の半ば、水銹沼《みさびぬ》の藻草《もくソご》も花を飾らうといふ今日この頃である。薄曇りのした蒸し暑い正午《ひる》過ぎの温気《うんき》に、葉は葉の営みをし、根は根の勤《いそし》みをし、幹は幹の業《なりはひ》を励む、まことに烈《はげ》しい生活の有様である。
 大杉のひとりがいふ、「あまり高くなり過ぎて、いかにも心寂しい。雲の襞《ひた》がうるさい、電光《いなづま》など落ちてくるとよい」。馬酔木の若木がいふ、「背低《せいひく》も厭《いや》になつた。地湿《ちしめ》りの香《にほひ》が鼻につき過ぎる。昨日を忘れる術《すべ》はないか知らん」。老樹《おいき》の櫟がつぶやく、「生命《いのち》にも少し飽いたやうだ。鷲《わし》はどこへ往《い》つたか知らん、良弁《ららへん》を落したままでいまだに帰つて来ぬ。待つほどに千年の夏は経《た》つた、あまり短い月日でもなかつた」。竹柏がまたいふ、「どうやら言語《ことば》が欲しうもなつてきた」。
 空には雲も薄らいで、そろそろ日直《ひなほ》りがしはじめたらしい。初夏《はつなつ》の気力に満ちた白光《しろひかり》が、一線《ひとすち》さつと黒ずんだ竹柏の木叢を洩《も》れて、花やかに樹々の幹に落ちる。すると鳶《とひ》色がかつた樅《もみ》やら、白味の勝つた櫟やら、干割れた竹柏の樹の肌合が、陰鬱《いんうつ》な森の空気にくつきりと浮き上つて、さながら古寺《ふるでら》の内陣で手燭《てしよく》の火影《ほかけ》に、名匠の刻んだ十二神将の脾腹《ひはら》でも見るやうに、引《ひ》き緊《しま》つた健《すご》やかな気持で眺められる。かかる時にもし木立の深みで、啄木鳥《きつつき》の木肌《こはだ》を穿《うが》つ音でも渡らうものならば、自分はきつと春日仏師がいまだに堂籠《たうこも》りして仏像を刻んでゐるのかとも思ひ疑つて日がな一日それに聞《き》き惚《レへ》れたかも知れぬ。
 ふと女の吐息するやうな容子《けはひ》がして、ほろほろと頸《うなし》に落ちかかるものがある。手に取つて見ると萎《しな》びかかつた藤の花らしい。さても奈良には、皐月も半ばは過ぎた今日この頃、いまだにこの紫の花の咲き残つてゐることか。見あげると太杉《ふとすぎ》の木隠《こかく》れにすくすくと伸びあがつた老樹《おいぎ》の藤が、さながら女の取り乱したやうに茎葉《くきは》を掻《か》き垂れて、細長《ほそなが》の腕《かひな》を離れじとばかり傍《あたり》の樹々に纏《まと》ひかけてゐる。異木《ことき》のなかにこの囁《ツづヒさや》きを聞かなかつたのも無理はない。藤は忍《しの》び音《ね》に泣いてゐるのである。                             〔明治41年刊『落葉』〕





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最終更新日  2005年11月12日 23時14分51秒
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