近代日本文学史メジャーのマイナー

近代日本文学史メジャーのマイナー

Calendar

Archives

Recent Posts

Freepage List

Category

Profile

analog純文

analog純文

2025.05.04
XML
カテゴリ:明治期・耽美主義
  『少将滋幹の母』谷崎潤一郎(新潮文庫)

 以前から本ブログで何度か同じことを書いたように思いますが、こうして一応日本近代文学限定の読書報告をしていて、好きな作家が3人いますと言い続けています。
 今に至ってもこの3名です。

  夏目漱石・谷崎潤一郎・太宰治

 一応我が陋屋の本棚には、岩波・中公・ちくまのそれぞれの全集があります。
 ところが実はわたくし、3人とも、完璧には全巻読破できていないんですね。その理由は各々の作家についてにいろいろにありますが(例えば漱石全集は「文学論」「文学評論」がむずかしくって私にはよくわからないなど)、一言でいえば、どなたも人気作家だから、全集の巻数が多くてついていけないんですね。(なさけなー)

 そんな情けない理由なのですが、今回の作家、谷崎潤一郎においても(これも以前より何度か述べていますが)、大昔、大学の文学部卒業の際の卒業論文が『蓼食う虫』だったので、確かにその収録巻までは全部読みました。(しっかりメモまでつけて。)

 でもそのあとは、実はぽつぽつ読書なんですね。ずぼらな私は、取り上げた作品を分析するには、そこまでの作家の過去作品の読解だけでいいじゃないか、とズルして考えたんですね。
 まー、えーかげんなこの思考は、そのまま私の書いた卒論内容に反映したわけですがー。

 というわけで(何が「というわけで」なのかよくわかりませんが)、私は、本小説を読むのは多分3回目だったと思います。
 といっても、高校時代と大学時代の読書ですから、もう霧の彼方のような遥か大過去であります。だからこの度読んで、まるで初読のようにとっても面白かったです。(あ、わかった。これが言いたかったんだ。)

 特に前半(「その四」で滋幹の母が拉致されるあたりまで)は、ゆっくりとたゆたっているような書きぶりが、お話の進むテンポにそれとないユーモアとゆとりを生んでいるようで、読んでいてとても心地よかったです。

 「筆者」を前面に出して随筆的な書きぶりで始まりますが、物語が進んでいくと、それは一種戯作的な描写になっていきます。
 この戯作的な描写にゆったりしたものが感じられるのは、わたくし思ったのですが、さらに進んでいくと現れてくる性愛的な展開に対して、筆者が小説を作る技巧としてだけではなく、筆者自身の人生観的なものとしてある種の全面的な信頼感を抱いていて、筆者自身が寄り掛かりながら、安心して描いているからじゃないか、と。
 なまじっか、筆者の他作品をいくつか読んでいると、特にそんな思い(期待?)が強いのかもしれませんが。

 というのは、本作には、本筋と並走しながら深い関係を作っていく平中の好色逸話が描かれています。この逸話は、筆者も作中で述べているように、芥川龍之介も短編小説にしているんですね。
 私も既読の短編小説ですが、この度本棚から取り出して、もう一度さくっと読んでみました。で、気が付いたんですね。
 平中の造形が全然ちがう、と。

 もちろん、芥川は短編小説で、こちらは長編小説の、それも重要登場人物であっても主人公ではない人物、という違いのせいもありましょうが、とにかく「芥川・平中」は、とってもシニカルでナルシスティックで神経症的であります。

 「芥川・平中」は、例えば、ねらいの女性の閨に忍びもうと庭で潜み人の動きが絶えるまで待っている時など、(雨夜ではあるのですが)雨のことでも考えるとしようと、「春雨、五月雨、夕立、秋雨、……」と「雨」を列挙していきます。

 またクライマックスの「おまる」の中身を見る場面でも、いよいよという段になってこんな風に考えます。

 ​「この中に侍従の糞がある。同時におれの命もある。……」​

 芥川らしいといえば芥川らしい、自意識から逃れられない「芥川・平中」であります。

 それに比べれば、例えば「その四」に描かれる、老大納言が左大臣に操られるかのごとくに最愛の若妻を差し出す場面など、苦悩とか自意識などは吹っ飛ばしての、思わず掛け声の掛かりそうな見事な場面づくりとなっています。

 三島由紀夫が、作家として自らの老後に強い不安を持つと書いた文章に、そんな自分と対比して、谷崎潤一郎の作家的資質は、全く老いを恐れることはなくうらやましい限りだと書いていました。
 それは、より具体的に書くと、谷崎独自の性愛における被虐的嗜好(おのれはつまらないものとして美しく若い女性の前にひたすらひれ伏すという構造)が、老いそのものも自己薬籠に入れてしまうような資質とでもいえるでしょうか。(事実、谷崎は老人の性を描いた日本文学史の先駆者となります。)

 本書には上記に少し触れた「その四」の展開と、最後「その十一」の展開の、二つのクライマックスを持ちますが、どちらの場面も、恐ろしいような名描写が実に長い尺で描かれています。
 我々は、その描写に運ばれるままに読書の快感を堪能するとともに、鬼気迫るその物語作家の天才性に、まさに舌を巻くばかりであります。

​​​
 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 
   ​にほんブログ村 本ブログ 読書日記





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025.05.04 11:07:09
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Favorite Blog

週刊 読書案内 藤… New! シマクマ君さん

やっぱり読書 おい… ばあチャルさん

Comments

analog純文@ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

© Rakuten Group, Inc.