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analog純文

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2026.06.28
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  『帰れない探偵』柴崎友香(講談社)

 今回私が読んだのは、文庫本ではありません。いわゆる新刊書であります。
 ほぼすべての物事について、最新の流行というものに疎い私でありますが、そんな私にも、なかなか評判が良い本という情報が入ってきて、まだ文庫になっていない新刊書を図書館で予約しました。実は、居住市と隣りの市と、二つの図書館に予約したんですね。

 すると、片方の市では恐ろしいような三桁の予約順だったのが、もう一方の市ではなぜかかなり少ない予約順で、数か月待ったら順番が巡ってきて、そして、この度読了したという小説であります。
 冒頭すぐに、探偵をしている一人称の女性が、帰る家がなくなったというんですね。そこのところはこう書いてあります。

 わたしは今、自分の部屋に帰れない。いくら探しても、部屋が見つからなくなってしまったのだ。新しい街で心機一転と構えた、探偵事務所兼住居。五階のいちばん奥にひっそりある小部屋で広いバルコニー付きという、まさに探偵にふさわしい場所だった。
 そこに帰れなくなった。

 と、こうあります。
 だから、「帰れない」というのは、ここから読むと、いわゆるシュールレアリスム的に「帰れない」という、まー、パターンでかなと思いますね。

 少し前に読んだ小説には、家の玄関のカギ穴が(カギ穴だけが!)突然無くなっていたという設定がありました。遥か昔の、安部公房が芥川賞を受賞した作品『壁』は、ある朝自分の名前がなくなった、というお話でしたね。

 なるほどねー。主人公はある日いろんなものを失うんだなー、と思いながら、読み始めました。しかしこの小説は、そんなシュールレアリスム的にはそのあと展開していかないんですね。
 帰れない家のもどかしさについても、時々文中に出ては来るものの、そもそもこの探偵は、世界探偵委員会連盟(!)というものに所属していて、一つの事件(幾つかのまとまりの事件)が一応解決すると、連盟の指示で、別の国に行ってしまうんですね。つまり、最初の帰れなかった家は、基本的にはもうどうでもよくなるわけです。

 別の国、というのは、具体的な国名は書いていないのですが、読者に十分想像する要素がちらちらと提出されています。どうもこの探偵の母国は日本らしい、そして、アラブ地方、北欧あたり、東南アジアっぽい所、そしてアメリカ東海岸、西海岸などに、お話の度に移っていくということが読者の頭に浮かびます。
 なるほど、これらの国々は、現在見事に人類史的なホットスポットばかりではないですか!

 しかし、そんなホットスポットの国々で、主人公は、普通の探偵小説的ではほとんどない、アクションシーンも、謎解きも、ほとんどない、文中にも探偵家業というよりはなんでも頼まれ屋とある、そんな仕事をします。いや、本当はもう少しスリリングな、国家重要機密を巡ってのやり取りなどもしているのかもしれない(そんな仄めかしはあります)けれど、描写としてはそれが大きく取り上げられることはありません。

 ただ、そんな仄めかし(国家や巨大企業などとの対決とかの仄めかし)は、特に作品の中盤以降、作品の雰囲気ににじみ出てくる暗いトーンとしてずっと流れています。
 そして、それが、ほぼ無風状態であるかの如き探偵の日常生活の中に挟まってちらちらと描かれるものですから、私としては読んでいて、主人公の決定的な危機が、次のページ、次の行から今にもおとずれるのではないかとはらはらして、それが作品全体を覆っている不安感、不安定さになっています。
 なるほど、我々が探偵家業と想像するのと異なった日常生活を描きながら、ずっと曇り空のようなどんよりしたスリリングな物語になっていると思いました。

 終盤に、「帰れない家」が象徴しているのであろうこんなこんな事が書かれていました。
 まず簡単にまとめると、主人公が母国(日本みたいな国)を出て一年後に、巨大災害が起こり、続いて新型ウィルスによるパンデミックが起こります。国家は非常警戒態勢を発令し、人々の移動と通信を制限、そして国の統治体制ががらりと変わります。新しい体制は、国際的な条約や機関からすべて脱退すると発表します。
 この後、原文ではこう続きます。

 新しい体制は、他国では通用する元のパスポートのままの入出国は認めておらず、直ちに新しい体制の国に所属するよう求めている。そしてわたしは帰れないまま、友人たちとは通信の制限もあるし、新しい体制にすんなりと慣れたように見える彼らと連絡を取りづらい気持ちもあり、音信不通のままだ。こちらから一方的に彼らのSNSなどを見てはいる。
 わたしが生まれ育ったそこは、そのときも平和だったし、それから今に至るまで平和だ。なにも起きていない。

 帰れない家、というのは、こういうことだろうと思わせる個所でありますが、それらも含めて考えると、本小説は、いわゆるディストピア小説かなと思います。作中至る所に、記憶、記録、事実、歴史、監視、変化そして国家についての不安な考察があります。

 私はそんなに詳しくはないのですが、帰る家が見つからないというきっかけも含めて、文中にもちらりとその名が出てきますが、これはやはりカフカの作品が、本作全体を覆っているような気がします。

 冒頭にも書きましたが、本作は力作という評判であるようです。
 私はそれを否定するものではありませんが、わがまま勝手な思いながら、確かに何かのリアリティある強固な雰囲気はあるものの、その雰囲気をそう評価するものであるのかについて、最後までよくわかりませんでした。
 わからないままに読ませるというのが、ひょっとしたら一番の狙いであり、評価の対象であるのかもしれないとしても……。


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Last updated  2026.06.28 08:33:05
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Comments

analog純文@ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  シマクマさん、コメントありがとうござ…
シマクマ君@ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  昔、この作品が出たころ読んで面白かっ…
シマクマ君@ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文@ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君@ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…

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