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“ガス抜き”初老日記 (analyzer的独白)

2007.05.02
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カテゴリ:野球&スポーツ
横浜ベイスターズ仁志敏久手記

 不屈のリードオフマンは「今のこの思いを、口に出しただけで消えていくのはもったいない」とペンを執った。トレードで巨人から横浜に移籍した仁志敏久内野手(35)が、30日に迫った古巣・巨人との開幕戦(横浜)を目前にした心境を、サンケイスポーツにつづった。因縁、リベンジ…と周囲は騒々しいが、巨人で過ごした11年間を糧に再び飛躍を誓うベテランの心は、澄み切っている。


 『人生いつ、何が起こるか分からないから頑張っておけよ-』
4年前、桑田真澄選手にかけられたこの言葉が、頭から離れない。当時、不振やケガに悩まされ、自暴自棄になっていた私にかけてくれたこの言葉が、思いがけず現実になった。ベイスターズのユニホームを着て、巨人を相手に迎える開幕は、1年前には想像もできなかった。だが今の私は、新天地での希望に満ちあふれている。

(中略)

 桑田選手の言葉の意味を、今はよく理解することができる。昨年、気持ちを切らさずやって来られたのも、この言葉に支えられてきたからである。大事な言葉を残してくれた先輩も、試練を乗り越え、38歳のルーキーとして海を渡った。どんなときでも精いっぱい生きるべきである。必ず報われるときが来るはずだから-。(横浜ベイスターズ内野手)

心の揺れ素直に
 仁志が今回の紙面のためにつづった草稿は、原稿用紙19枚に及んだ。その中にはトレードを待つ間の心の揺れも素直に振り返った。いくつか引用してみると-。


仁志がトレードを思い描き始めたのは昨年3月。願いはしても現実的になれなかった。
「ベテランの域に入る高年俸の選手となれば、現実的に相手探しだけでも容易ではない」
トレードが無理なら引退、と心に決めて巨人・清武球団代表との話し合いを重ねた。
「清武代表とは口論となることもあったが、私自身が介入できるはずもないのだから任せるしかない。(引退か移籍か)どちらに転んでもと思っていたはずだったが、いざとなると自分自身の弱さを痛感する」
待つ身のつらさを十分に味わうことになる。
「携帯電話に清武代表からの連絡が入った。“いい方向に話が進んでいるから”。知人たちとの外食の最中の出来事だったが、笑顔があふれる反面、涙を抑えることに苦労した」
崖っぷちを意識した昨年11月6日、トレードは成立した。
→サンスポ全文はこちらで


 ちょっと古い「仁志選手の手記」を今日発見しました。仁志と桑田の関係が見えます。この想いがあったから桑田の退団騒動のあの晩、巨人の選手たちが誰もマイクに向かってコメントしない中、仁志だけが立ち止まって桑田応援のコメントしていたんですね。あの時の仁志はカッコよかったなぁ。いま精一杯やっているベイスターズ仁志選手はもっとカッコイイ。ぜひ優勝して、2回もあと1本で届かなかった打率3割を達成してください。






最終更新日  2007.05.02 17:45:18
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