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Neko@ ロータス ラウンジ 第2回  こんにちは。 第2回も、読ませていただき…
NEKO@ Re:ロータス ラウンジ――法華経への旅 第1回 そもそも法華経って何?(12/04) すばらしい、ブログを見つけることができ…
nori@ Re:全国各部協議会での名誉会長のスピーチ 下-2(01/27) 調べることがあり、参考にさせていただき…
2015/02/15
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第8章 心こそ大切

 8-7 心の師とはなるとも心を師とせざれ

 大いなる境涯革命のためには、揺れ動く自分の弱い心に左右されるのではなく、「心の師」を求め、「心の師」となる生き方が大切であると強調しています。

池田SGI会長の指針】………………………………………………………………
『一生成仏抄講義』から              (2007年1月刊) 

「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)――。心は不思議です。心の世界は、どこまでも広がります。また、どこまでも広がります。また、どこまでも深めることができます。 心は、澄みわたる大空を自在に飛翔(ひしょう)するがごとく、大歓喜の生命を現すこともできる。
 万物を照らしゆく清澄(せいちょう)にして燦々(さんさん)たる太陽のごとく、苦悩する人々を慈(いつ)しみ、包み込むこともできる。
 時には、師子の如く、正義の怒りに震(ふる)え、邪悪を打ち破ることもできる。
 まさに、心は劇のごとく、パノラマのごとく、千変万化に移りゆきます。
 そして、この心の最大の不思議は、仏界の涌現です。迷いと苦悩に打ちひしがれていた人も、わが心の舞台で、大宇宙と融合(ゆうごう)する仏の生命を涌現することができる。この大変革のドラマこそ、不思議の中の不思議です。

 仏法は、万人の「心」の中に、偉大な変革の可能性と、無上の尊極性を見いだしました。大聖人は、その結論として、衆生の心を妙法蓮華経の唱題で磨きぬけば、いかなる迷いの凡夫も仏の生命を開き、いかに濁悪(じゃあく)の穢土(えど)も清浄の国土に変えていけることを示されました。
 妙法蓮華経とは「衆生本有(しじゅうほんぬ)の妙理」、すなわち、あらゆる生命に本来具(そな)わる、ありのままの真理の名です。
 それゆえに、私たちは、南無妙法蓮華経の唱題行によって、「闇鏡(あんきょう)」のごとき凡夫(ぼんぷ)の「一念無明の迷心(めいしん)」を、「法性真如(ほっしょうしんにょ)の明鏡(みょうきょう)」へと磨き上げて、仏界の生命を現していくことができるのです。
 すなわち、本有の妙理をわが生命に現し、自身の心に秘められた無限大の可能性を開いていくことができるのです。

 「妙法蓮華経」はまさに己心の法であり、 一人一人が唱題による己心の瞬間瞬間の変革を積み重ねることによって、それが生命の根本的変革に、そして人生全体の変革すなわち一生成仏に、さらに広宣流布という人類の大変革の潮流となっていくのです。
 そして、そのあらゆる次元の変革の躍動がすべて、妙法蓮華経なのです。

 さて、妙法蓮華経が己心の法である以上、どうしても触れておかなければならない課題があります。それは、「無明(むみょう)の迷心(めいしん)」と「法性真如(ほっしょうしんにょ)の妙心(みょうしん)」との関係です。
 自身の心といっても、凡夫の弱き心に従ってしまえば、心の可能性は急速にしぼみます。それどころか、心から悪も生じます。ここに一念の微妙な問題がある。
 一生成仏が、衆生自身の心を鍵としている以上、人間がもつ「心」の弱さを克服していかなければならない。それが「信心」でもあるのです。
 凡夫の心は、常に揺れます。その揺れる自身の心を基準にしてはならない。
 そのことを訴えているのが、有名な「心の師とは・なるとも心を師とせざれ」(御書1088ページ)との金言です。

 大聖人は、この「心の師」との経文を幾度となく引用され、門下の信心の指針とされています。言うならば、この「心の師」とは、人生の羅針盤(らしんばん)であり、信心の灯台でもあると言えます。
 時に随って移り動いてしまう凡夫の弱き心を「師」としてはならない。どこまでも、自身の心を正しく導く「師」が必要となるのです。「師」とは法であり、仏説です。釈尊自身、自ら悟った法について「法を師として生きぬく」ことを誓い、生涯、その誓願を貫き通したことを誇りとしている。それが、釈尊が弟子への遺言として強調した「法を依り処とせよ」との生き方にほかならない。

 「心を師」とするとは、「自分中心」です。最終的には、揺れ動く自分の心に振り回され、わがままなエゴに堕(お)ち、あるいは無明の淵(ふち)に沈んでしまう。
 これに対して「心の師」となるとは、「法中心」です。そして、この「自分」と「法」を結びつけるのが、仏法の師匠の存在です。

 仏法で説く師匠とは、衆生に、自らの依り処とすべき「法」が自分自身の中にあることを教えてくれる存在である。法を体現した師匠、法と一体となった師匠を求め、その師匠を模範と仰いで弟子が実践していく。そのとき、初めて「心の師」となる生き方が実現するのです。
 言い換えれば、私たちの一生成仏には、衆生の持つ「心の可能性」がどれだけ広いかを教え示す「法の体現者」であり、「法と一体化」した「師」の存在が不可欠となるのです。

 私も、現代において日蓮仏法の広宣流布に生きぬかれた戸田先生という如説修行の師匠がいて、自分自身があります。私の胸中には、いつも「心の師」である戸田先生がいる。今も日々、瞬間瞬間、胸中の師と対話しています。これが「師弟不二」です。
 常に、自分の心に、「心の師」という規範を持ち、「心の師」の説のごとくに戦う人が、「法根本」の人です。日蓮仏法は、どこまでも「師弟不二」の宗教です。
(8-8につづく)







Last updated  2015/02/15 05:52:28 PM
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