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2017/01/21
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〈生老病死を見つめて〉「賢者の信心」を貫く

「戦う魂」を持った人が最後は勝つ!

連載「生老病死を見つめて」では、創価学会員が信心根本に、生老病死という「四苦」を乗り越えてつかんだ信仰の確信と仏法の哲理を紹介する。今回は夫の「余命宣告」から亡くなるまでの日々を、一緒に歩んだ婦人の体験を通して考察したい。

心に刻む御聖訓
 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ
(四条金吾殿御返事、1143ページ)

突然の余命宣告に動揺

 日蓮大聖人は、苦境の渦中(かちゅう)にあった弟子の四条金吾(しじょうきんご)に語られている。
 「賢人(けんじん)は、八風(はっぷう)といって、八種の風に侵(おか)されない人を賢人(けんじん)というのである。(八風とは)利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)である。おおよその意味をいえば、利益があっても喜ばず、損(そん)をしても嘆(なげ)かない等のことである。この八風に侵(おか)されない人を、必ず諸天善神は守られるのである」(御書1151ページ、通解)
 信仰とは、何ものにも揺(ゆ)るがない、堂々たる自分を創り上げる力である。大聖人は、さまざまな面から人の心を迷わせ、紛動(ふんどう)させる「八風」に侵されることなく、信心を貫(つらぬ)く人こそ「賢人」となり、人生を勝利できると述べている。だが、迫りくる「死」や「病」といった障魔(しょうま)にも揺るがない生き方を貫(つらぬ)くのは、決して容易(ようい)ではない。
◇ ◆ ◇ 
 山田栄子さん(55)=東京・港太陽区総合婦人部長=の夫・茂さんが亡くなったのは、2014年(平成26年)7月30日のこと。享年55歳。末期のすい臓がんとの宣告から、2年後のことだった。
 茂さんの病(やまい)が判明した時、腫瘍(しよう)は既に5~6センチあり、腹膜(ふくまく)にも転移して手術は困難だった。茂さんから、その事実を伝えられた時、山田さんは頭の中が真っ白になり、涙があふれた。
 担当医からは、「もっても良くて1年、まれに2年」と告げられた。動揺(どうよう)する山田さんや3人の子どもを前に、茂さんは毅然(きぜん)と語った。「大丈夫だよ。御本尊様は絶対だから。必ず治すよ」――それは、いつもと変わらない茂さんの言葉だった。

常に変わらない夫の姿

 山田さんは郷里の愛媛(えひめ)で茂さんと知り合い、23歳で結婚。長男が1歳で、くも膜下出血を発症するなどの試練を乗り越えて、信心の確信を深めた。
 1988年(昭和63年)には茂さんの転勤で東京・港区に転居し、その後、夫妻は広布の最前線で戦い抜いてきた。余命宣告(よめいせんこく)を受けた時、茂さんは副区長。茂さんはその後、抗がん剤治療を開始するが、それは亡くなるまで50回を超えた。
 山田さんは語る。
 「がんによる痛みがなかったのが幸いでした。医者は『絶対に痛みがあるはずだ』と言うのですが、本人はいたって変わらないのです。がんが分かってからも通院で治療し、普段は仕事へ行き、学会活動にも一歩も引かずに挑戦していました」
 茂さんは闘病中、「同志の励ましがあるからこそ病気と闘える。ありがたいね」と語っていた。
 山田さんも夫と共に戦い抜こうと決意し、池田先生の指導を何度も読み返し、唱題に励んだ。だが、抗がん剤治療は必ずしも良い結果を示さず、落ち込むこともあったという。
 そんな山田さんを励ますように、茂さんは語った。「この病は僕の宿命なんだよ。おかげで、本気の題目があがるよ」
 “夫は決して諦(あき)めていない。病魔に負けるものか!”――茂さんの言葉を聞いて山田さんも気持ちを新たにした。
 「苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」(同1143ページ、通解)との御聖訓を心に刻(きざ)み、時間をこじ開けて御本尊に向かい続けた。
 茂さんは医師の予想を覆(くつがえ)し、強い生命力で病魔と闘い続けた。だが、2014年4月に入ると、次第に腹水がたまるようになり、茂さんは休職を余儀(よぎ)なくされる。
 同年5月からは自宅療養となり、山田さんは在宅介護で献身的に支えた。この間、茂さんは亡くなる前日まで、力を振り絞るように自力でトイレに歩いていき、普段と変わらない生活を送り続けた。

悲しみに負けず前進

 山田さんには忘れられない光景がある。
 「亡くなる数日前、夫がかつて折伏した人からお見舞いの手紙が届きました。その時、夫はかなり体力も落ち、食事も十分に取れない状況でした。夫は手紙をうれしそうに何度も読み返しては唱題し、必死に食事を取って体力を回復(かいふく)させようとしていました。その姿に、夫の“生きるんだ!”という強い意志を感じました」
 茂さんの振る舞いは、最期まで変わらなかったという。亡くなる直前、茂さんは山田さんを呼んで「背中をさすってほしい」と頼んだ。山田さんが唱題しながら背中をゴシゴシとさすると、「もうちょっと優しくして」と、茂さんは笑いながら言った。
 そして「ありがとう」と語ると、ゆっくり目を閉じた。これが夫婦で交わした最後の会話になった。茂さんは山田さんにみとられ、苦しむことなく安詳(あんしょう)として霊山(りょうぜん)に旅立っていった。
「夫の葬儀(そうぎ)を終えてホッとすると、強い悲しみに襲(おそ)われました。通りすがりの夫婦を見るだけで涙がこぼれ、“私は二度とこんなことはできないんだな”と思って悲しくなりました。そんな私の支えとなったのは、池田先生をはじめ同志の真心の励ましでした」
 茂さんが亡くなってしばらくしたころ、地元の麻布文化会館で宝寿会(ほうじゅかい)の同志とばったり会った。
 自身も幾多(いくた)の苦難を乗り越えてきた宝寿会の婦人は、山田さんに駆(か)け寄ると何も言わず抱きしめてくれた。そのぬくもりに学会の温かさを感じた。

 夫の死から2年半――。この間、残された山田さん家族は、互いを思いやりながら、悲しみに負けず進んできた。山田さんは仏壇のそばにある遺影(いけい)に日々の出来事を語り掛けながら、学会活動に歩いている。
 「闘病中の2年間は、夫婦や家族の絆(きずな)が最も強くなった時でもありました。夫が、どんな時も常に変わらない姿で家族に接して、病(やまい)と闘(たたか)い抜く姿を見せてくれたから、私たち家族も信心を疑うことなく進んでくることができました。『宿命を使命に変えよう』と、必死で闘い続けたこの2年間があったればこそ、今、病で苦しむ友に心から同苦し、励ましを送っていくことができるのだと思います」

取材メモ

 取材で茂さんの人柄を尋(たず)ねると、一様に「誠実で、常に変わらない人」との答えが返ってきた。茂さんをよく知る、小野正則(おのまさのり)・港太陽区長も語っている。
 「見た目は優(やさ)しい雰囲気(ふんいき)なのですが、本質は強い信念を持った骨っぽい人だったと思います。青年部時代から一緒に戦う中で、広布への強い責任感と行動を目の当たりにしてきました。亡くなる10日前に自宅を訪問した時も、いつもと変わらない笑顔で接してくれた姿が忘れられません」
 池田先生は「いかなる試練に直面しようとも、『さあ戦おう!』『成長するチャンスだ!』と勇(いさ)んで立ち向かっていく、『強い自分』をつくるのが日蓮大聖人の仏法である。この『戦う魂(たましい)』を持った人が最後は勝つのだ」と語られている。
 闘病中に茂さんが記入していた「題目帳」には、きちょうめんな文字で毎日の唱題時間が「5時間」「6時間」と記されていた。
 茂さんは最期まで病魔(びょうま)に負けず、「賢者(けんじゃ)の信心」を貫(つらぬ)いたのだと確信する。その「生」の軌跡(きせき)は、山田さんをはじめ多くの同志の心に、深く刻まれている。(秀)
(2017年1月21日付 聖教新聞)






Last updated  2017/01/21 07:10:12 PM
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