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2019/04/23
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カテゴリ:信仰体験

​信仰体験   関節リウマチと歩む
明るく楽しく。それが実証
11年間の闘病を経て寛解勝ちとる

【横浜市都筑区(つづきく)】それはある朝、前触れもなく起きた。1997年(平成9年)3月中旬。古舘潤子(ふるだてじゅんこ)さん(61)=中川支部、白ゆり長=は、足の裏に強い痛みを感じた。勤め先の産業医に診てもらったが、レントゲンでも「骨などに異常はない」という。だが何日たっても痛みは消えない。あらためて別の医師に診てもらい、病名が分かった。「これは、関節リウマチの可能性が高い」――。
肉体の限界
 当初“ひどい靴ずれ”と思った正体は「関節リウマチ」だった。関節が炎症を起こし、骨が破壊されて関節が変形する病。腫れや激しい痛みを伴い、体を動かさなくても痛みが生じる。
 医師から専門のクリニックを紹介され、治療が始まった。だが処方された抗リウマチ薬は、古舘さんには効果が薄かった。病状はみるみる進行。関節に痛みを感じる箇所は、足に続いて肩、全身へと短期間のうちに広がった。それでも古舘さんは、気力だけで仕事を続けた。
 発症から4年後の2001年、とうとう体が忍耐の限界を超えた。出勤途中、最寄り駅で足を滑らせ転倒。脊椎(せきつい)の圧迫骨折。さらに足首の骨と、ろっ骨も骨折した。
 休職を余儀なくされ、痛み止めが効く数時間以外は、家で“寝たきり”の生活となった。痛みとストレスから、たびたび過呼吸に。発熱の症状が表れ、肺炎にもなった。
 車や救急車で運ばれては、入退院の繰り返し。気弱になる瞬間は、数え切れないほどあった。しかし、古舘さんは希望を失わなかった。励ましを送ってくれる、創価学会の仲間がいたからだ。
 
原点と激励
 5歳の時、両親と共に一家で入会した。思春期には、信心の意味が分からず反発したことも。だが1984年(昭和59年)9月、横浜で行われた第1回「神奈川青年平和音楽祭」に出演したことを契機に、思いが変わった。
 女子部のダンスメンバーとして練習に参加。生き生きと集う青年たちの姿に衝撃を受け、自問した。
 “私は何を目指して、生きていきたいんだろう”
 経済苦もあり、高校卒業後は就職の道を選んだ。大手企業に就職できたものの、そこから“先の人生”は思い描けないでいた。
 懸命に練習し、臨んだ当日。音楽祭に参加した池田先生は、雨の中でグラウンドを回り、出演者を激励した。全魂を込めて青年を励ます師の姿に感動し、古舘さんは青春を信心に懸けようと誓った――。
 自らの原点となった音楽祭から17年。婦人部の友が代わる代わる訪れてくれた。「必ず元気になれる」「古舘さんの体験が、他の人たちの希望にもなる」と。
 ある先輩は、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(御書1124ページ)との御聖訓を拝し、こう励ましてくれた。「病があっても、人生のさまたげにはならない。そのようにしていけるのが、この信心よ」
 その言葉が、自らの心の奥に染み込んでいくように感じられた。
 
母の確信に
 一番苦しいのは、痛み止めの効果が切れる夜の時間。
 そばで寄り添ってくれたのは、母のカツエさん(91)=地区副婦人部長=だった。
 岩手県の山奥で信心を始めた時、家は「貧乏と病気の問屋」と言われる程だった。地域の人々や親族の大半から学会の悪口を言われ、信心に反対された。
 それでも、「毎日、一緒に勤行するために通ってきてくれた同志のおかげで」信心から離れなかった。
 真冬、髪の毛が「パサパサに凍る」厳寒の中を、病弱の父・兼孝さん(故人)に代わって、母は仏法対話に歩いた。家々の2階まで雪の積もる日もあった。やがて父は病を克服し、勤め先の鉱山が閉鎖される中、神奈川の地で職を得ることができた。
 何があっても、仏法対話に励み、多くの友を入会に導いてきた母。心に刻むのは、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)との御文。
 「潤子、お題目よ」
 それが母の口癖だった。娘と共に、病魔と闘う祈りを重ねる。この祈りの中で、古舘さんの覚悟が定まっていく。
 “たとえ先が見えなくても闘い続けてみせる。何があっても、心は負けない”​


頑張れる今
 2002年(平成14年)、首の第一頸椎(けいつい)と第二頸椎がずれる「環軸椎亜脱臼(かんじくついあだっきゅう)」を起こしていることが分かった。頸椎や筋肉に守られている中枢神経が圧迫されると、呼吸障害から命に及ぶ危険もある。手術を勧められたが、医師は「車いす生活になる恐れもある」と。
 古舘さんは手術を決意。その後、手術を乗り越え、リハビリに耐えた。
 この頃「生物学的製剤」を試し始めた。03年から国内で使用され、関節リウマチ治療を劇的に変えた新薬。古舘さんにも奏功し、症状の進行が抑制、改善されていく。
 発症から11年後の08年、復職を果たす。一昨年に定年を迎えたが、現在も嘱託社員として働き続けている。
 また、復職後から現在まで、本紙の配達に尽力。「広布の役に立ち、励ましてくれた皆さんへ恩返しがしたい」と歩んできた。
 今も週に1回、生物学的製剤の注射を続ける。「物を見る時は首を曲げずに、同じ高さに目線を合わす」「足の状態に合わせて靴の形を専門医に調整してもらう」など、種々の工夫を重ねている。
 新薬の登場を経ても根治療法はなく、「寛解(かんかい)を維持すること」がこの病のテーマである。だからこそ、「仕事に学会活動に、明るく楽しく頑張れることが私の実証です」。
 支えてくれた人たちへの感謝を胸に、古舘さんは力強く生きる。


(2019年4月23日 聖教新聞)







Last updated  2019/04/23 11:35:35 PM
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