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2019/04/24
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カテゴリ:広布史

​長編詩「永遠の常勝関西を賛う」​


民衆は勝った! 弟子は断固と勝った!


 関西が
  ありて楽しや
    師弟不二

私は

人間が好きだ。

皆と朗らかに生き抜く

ありのままの庶民が

大好きである。

私は

気取り屋が嫌いだ。

特権を振りかざして

威張り腐った貴族が

大嫌いである。

おお 関西!

いずこにもまして

深く愛する「人間の都」よ!

わが人生の宝と光る

魂の永遠なる故郷よ!

ああ 常勝関西!

大関西!

誰人にもまして

固く信じ合える

「元初の親友」よ!

関西は明るい。

関西は温かい。

関西は正しい。

関西は賢い。

関西は鋭い。

そして

関西は逞しい。

関西は強い。

これは

師匠・戸田城聖先生も

話しておられた。

悪逆のナチスと戦った

ドイツの劇作家ブレヒトの叫びを

私は忘れることができない。

「賢明なひとびとは

 ひとを賢明に、

 善良なひとびとは

 ひとを善良に、

 勇敢なひとびとは

 ひとを勇敢にする」

その通りだ。

それが関西の友だ!

常勝の師弟こそが

皆を常勝にするのだ!

仏法の眼目は何か。

正義であり

信念である。

そして

信念であり

勝利である。

邪悪を打倒し

大善へと

善導する力である。

また仏法の眼は

人の心がわかる眼である。

善悪がわかる眼である。

勝利のための眼であり

幸福のための眼である。

邪義を糺す

正義の眼である。

永遠を見通す

大法則の眼である。

そして

仏法の心は何か。

それは

絶対の平和の建設である。

絶対に戦争を廃絶しゆく

怒涛の如き

厳しく正しき魂である。

御書に説かれた

「立正安国」の世界の

実現のために

労苦しゆく心こそ

尊厳な生命なのである。

関西に誕生した

伝教大師は

正しい仏法を求め

実践する人こそ

国宝なりと

断言された。

この永遠不滅の大正道を

この人生究極の大聖業を

心と心に抱きながら

偉大なる

世界市民が連帯する

人間共和国こそ

我らの大関西なのだ!

関西は

広宣流布の先頭に

立ち上がってきた。

大関西は

あらゆる迫害を乗り越え

打ち破り

妙法広布の大道を

創り上げたのである。

 関西の
  勝ち抜く心の
   その深さ
  讃天も誉めなむ
    諸仏も讃えむ

あの「法華経」に説かれる

地涌の菩薩の群像が

大地から躍り出て

真っ先に行ったことは

いったい何であったか。

それは

師匠と仰ぐ釈尊への

感謝の尊敬礼拝であった。

最高の礼儀を尽くして

わが尊き師

わが偉大なる師を仰ぎ

讃歎申し上げたのであった。

そして

本門の弟子たちの指導者

すなわち

第一に上行菩薩

第二に無辺行菩薩

第三に浄行菩薩

第四に安立行菩薩という

四人の大菩薩は

師・釈尊に申し上げた。

その第一声は──

「師は健やかであられるか。

 師を煩わせる者はいないか。

 師はお疲れではないか」と。

ひたぶるに師を案じてやまぬ

弟子の赤誠の聞いであった。

地涌の菩薩とは

師弟の道の真髄を

体現した生命なのだ。

初代・牧口先生と

二代・戸田先生の師弟は

この通りであった。

二代・戸田先生と

三代の私の実像も

この通りであった。

この尊極の師弟を乱す者は

いかに幹部たりとも

堕地獄である。

今は惑世末法である。

乱闘や戦争や喧嘩などの

闘諍が絶え間なく

人間の行為ではなくして

動物の行為が渦巻いている。

そういう世界にあって

広宣流布を成し遂げゆく力は

どこから生まれるのか。

それは ひとえに

師を思い

師を護り

師に応えゆかんとする

弟子の誓願の一念で決まる。

これが仏法の極意であった。

ともあれ大関西こそ

大法私通の大指導者であられる

戸田城聖先生を師として

師の御心のままに

創価のため!

広布のため!

平和のために!

不惜身命で立ち上がった

師弟城なのた。

まさしく大関西こそ

師匠が深く深く決意していた

「絶対勝利の信心」を

弟子が実践し

証明してみせる宿命の天地だ。

試練と戦い

苦難を勝ち越え

偉大な師匠の正義を打ち立て

宣揚しゆく

永遠の常勝の都なのだ。

 関西と
  共に共にと
    今世かな

私は関西で

広宣流布の旗を

大きく振った。

東京を 中部を励ました。

戸田先生は喜んでくださった。

関西は古来

歴史を回天させゆく

大舞台であった。

「此れこそ
 宇治川を渡せし所よ
 是こそ
 勢多を渡せし所よ
 名を揚るか
 名をくだすかなり」

蓮祖は

仏法勝負の覚悟を

そして

広宣流布と人生の

大勝利の方程式を

かくの如く説かれた。

ともあれ

真剣勝負である。

この心を忘れずに

戦い抜くところに

勝利がある。

私の大好きな若武者・義経が

鵯越の奇襲で勝った

一ノ谷の戦いも

関西であった。

大桶公・楠木正成に

わが子・正行が後継を誓いし

崇高な父子の劇も

関西の桜井の天地であった。

大関西は

多くの歴史の

厳しき勝敗の戦場となり

人間同士の修羅場の絵巻が

繰り広げられていった。

時代は動き

時代は回り

時代は前進する。

この激しき

戦闘の大地にあって

名高い英雄たりとも

果たし得なかった

より次元の高い

より次元の深い

「常勝」という奇跡を

半世紀を超えて

私と打ち立ててきたのが

誉れの関西である。

世の武将らの戦いは

天下を取るためであった。

貪欲な権力の葛藤であった。

一族の興亡のための

狂乱的な転戦であった。

これに対して

広宣流布は

全人類が等しく

幸福になり

平和になりゆく

犠牲なき戦いである。

人生は勝負である。

社会も勝負である。

仏法は勝負である。

広宣流布も勝負である。

幸福になるか

不幸になるか。

自分に勝つか

弱さに負けるか。

平和と希望の楽土を築きゆくか

混乱と苦悩の流転を続けるのか。

仏が説かれた通り

この婆婆世界は

仏と魔との

職烈な攻防戦だ。

如説修行抄に宣わく。

「或はせめ返し

 せめをとしすれども

 かたきは多勢なり

 法王の一人は無勢なり

 今に至るまで軍やむ事なし」


青春時代

体の弱かった私は

師に生命を捧げ

戦う弟子の模範を遺して

広宣流布の戦場に

死ぬ覚悟だった。

「師弟不二とは

 斯くなるものである」との

実像を残したかったからだ。

恩師・戸田先生は

私の心に気づいて止められた。

「お前は死のうとしている。

 それは困る。

 断じて生き抜け!

 俺の命と交換するんだ」

師の厳愛の叱咤に

私は渾身の力で奮い立った。

この師のために

断じて生き抜くのだ!

断じて戦い勝つのだ!

広宣流布の血脈は

弟子の勝利にこそ

流れ通うからだ!

 大関西
  常勝祈らむ
     師のために

昭和三十一年-

戸田先生は

ご自身の体調の衰えを

意識されながら

日本の平和の運命を開く

非常に重要な布石を

次々と打っていかれた。

大衆に尽くし抜く

清廉な人材を政界へと

参議院選挙の支援も

その一つであった。

全国区に四名。

そして

東京地方区と

大阪地方区である。

世帯数から見ても

歴史と伝統の上からも

東京は絶対に勝てる。

大阪は必ず負けると

皆が分析していた。

戸田先生のもと

最高幹部が協議して

それぞれの責任者が人選された。

東京の中心者として

任命された幹部は慢心して

戦う前から祝宴を行う

ありさまであった。

結果は惨敗である。

戸田先生の嘆きは

あまりにも深かった。

先生の寿命をも縮める

痛手となってしまった。

敗北必至とされる

大阪の指揮を託されたのは

私である。

──大阪は勝てるわけがない。

これで

朝日の昇るが如き

池田君の人望も落ちるだろう。

ざまあみろだという

底意地の悪い

東京の幹部もいたそうだ。

しかし私は

師・戸田先生のため

愛する関西の同志のため

わが学会の未来のため

民衆の新時代のため

法華経を将軍学として

一念に億劫の辛労を尽くしつつ

ただ勝利へ向かって出陣した。

恩師は 東京の本部。

私は 関西の本部。

いる場所は離れていても

心は一体であり

戦いは不二であった。

夜半 電話の前に正座しては

先生が眼前におられる如く

一日また一日の前進と勝利を

つぶさに報告申し上げた。

それはそれは

厳粛な時間であった。

ひとたび先生の来阪となれば

自由自在に師子王の

大指揮を執っていただくために

万事万端の準備を整えた。

偉大なる師匠と

関西の同志の結縁のために

深い深い祈りを重ねた。

師匠に常随給仕し

一心不乱に戦い抜く

私の弟子の修行をば

関西の全同志は

そのまま生命に焼き付けた。

「よき弟子をもつときんば
 師弟・仏果にいたり
 あしき弟子をたくはひぬれば
 師弟・地獄にをつといへり」

真の弟子の戦いを

私から学び取ったのが関西だ。

よき弟子の道を

私から受け継いだのが関西だ。

そして この創価の魂を

世界に伝えているのが関西だ。

格好だけの弟子はいらない。

狡賢い弟子はいらない。

要領と口先だけの

臆病な弟子も全く必要ない。

 関西の
  同志は私の
     心かな

トルストイは喝破した。

「そのためには死んでもいいと
 思う何かを持たない人間は、
 不幸な人間である」

私は

そして関西の我らは!

広宣流布の前進のために

命を賭けた。

庶民の幸福と勝利のために

骨身を惜しまず戦った。

悪意と無理解の矢のなかを

忍辱の鎧を着て

勇気と誠実を武器に

「かしこへ・おしかけ」

「ここへ・おしよせ」

猛然と突入していった。

私には

そして関西の我らには!

邪悪な魔軍を打ち倒し

正義と真実に屈服せしむる

「信心の利剣」があるからだ。

敵さえも味方に変え

不可能の壁を破る

「法華経の兵法」があるからだ。

ああ! 我らは打ち立てた。

永遠に崩れることなき

一万一千百十一世帯の折伏の

歓喜と栄光の大金字塔を!

そして遂に

我らは勝ち取った。

「"まさか"が実現」と

日本中を驚嘆させた大勝利を!

苦楽を共に戦った

関西の あの友この友

そして

けなげな父母たちのことは

私の心から

永遠に離れることはない。

 常勝の
 大関西の
  母たちの
 勝ちゆく功徳は
  三世の果てまで



 揺るぎなき
  創価の柱の
      関西城

蓮祖は仰せになられた。

「師子王は
 前三後一と申して
 ありの子を取らんとするにも
 又たけきものを
 取らんとする時も
 いきをひを出す事は
 ただをなじき事なり」

いかなる戦いであろうと

絶対に油断しない!

ひとたび戦いに臨めば

常に勝つ! 必ず勝つ!

この勝ち誇りゆく

師子王の躍動する勢いを

日本 そして全世界の

会同志に漲らせてきたのが

わが大関西である。

常勝には

常勝の必然の因果がある。

我らの関西には

絶対勝利への鉄則がある。

第一に──

「師弟不二」の呼吸がある。

広宣流布の大師匠に

心を合わせるならば

力が出ないわけがない。

道が開けないわけがない。

師弟の一念のギアが噛み合えば

汝自身の本然の生命が

無限に力を増しながら

回転していくのだ。

第二に──

「法華経の兵法」がある。

「湿れる木より火を出し
 乾ける士より
 水を儲けんが如く」

強盛に祈り抜く決意の信心だ。

そして

永遠の常勝の経典である

御書を拝して

生き生きと随縁真如の智を

社会に光らせ

厳然たる勝利を決しゆくのだ。

第三に──

「異体同心」という

強く美しき団結がある。

関西には上も下もない。

師弟を根本として

皆が平等である。

広宣流布の大願のために

全員が一兵卒である。

ゆえに勝利の方向に

驀進していけるのだ。

この清く正しき和合を掻き乱す

狡賢き幹部や増上慢の幹部

卑劣な心を持った

不真面目な連中をば

断固と叩き出さずにはおかない。

第四に──

「破邪顕正」の勇気がある。

「いよいよ
 はりあげてせむべし」と


敵陣に切り込む行動である。

「一」言われたら

「十」猛反撃をする

正義の言論戦である。

「声仏事を為す」

これが仏法の真髄だ。

勇敢なる声の響きこそ

常勝の痛快なエンジンだ。

第五に──

「電光石火」のスピードがある。

組織の生命線たる連絡も報告も

それはそれは素早い。

完壁な声と心の連携だ。

その一丸となっていく実像が

大関西の機敏さであり

迅速にして常勝の組織である。

だらだらしない。

打てば響くリズムがある。

何のためか?

勝つためである!

この皆の目的観が

常に明確であるからだ。

第六に──

皆が「行動第一」の同志である。

皆が勝利の責任を担い

一人立つ実践の師子である。

傍観する卑怯者などいない。

 「常勝関西とは

 自らが常勝することなり」と

皆が強く自覚しているからだ。

そして第七に──

「負けたらあかん!」という

勝利への執念がある。

関西の友は

敗北の惨めさを

皆が知り抜いている。

断じて目の色を変えて

「やり切る!」

「戦い切る!」

この燃え上がる闘魂」そが

関西魂なりという誇りがある。

その一念三千の脈動が

梵天・帝釈をも

大きく揺り動かしてゆくのだ。

 決然と
  歴史も輝け
   大関西
  正義と勇者の
   握手 握手で

あの日 あの時

天晴れなる関西の大行進に

庶民の団結を笑っていた輩も

びっくり仰天した。

「法華経の行者に値いぬれば

 いろを失い魂をけすなり」と

喝破された通りの狼狽であった。

嫉妬に狂った三類の強敵は

私と関西を標的とした。

昭和三十二年の七月三日。

まったく事実無根の

選挙違反の容疑で

私は不当に逮捕された。

それが「大阪事件」である。

奇しくも

わが師・戸田先生が出獄された

同じ七月の三日の

同じ夕刻七時であった。

権力の狙いは邪険にも

戸田先生の逮捕であった。

学会の壊滅であった。

既に衰弱の激しかった師が

再度の投獄となれば

死にもつながりかねない。

それゆえに

大阪拘置所の独房に囚われた

若獅子は一切の矢面に立った。

正義の師匠を護り抜くために

過酷な取り調べも

巌の如く耐え忍んだ。

この獄中の私と共に

関西中の同志が戦ってくれた。

悪口罵詈を浴びせられて

動揺する臆病者など

わが関西にはいなかった。

「室長は完璧に潔白や!」

「無実の室長を

一日も早く釈放せよ!」

民衆の憤怒は

十重二十重の大波の如く

傲慢なる権力の石壁を叩き

激しく震撼させた。

 出獄の
  その日 忘れぬ
   関西の
  同志の誓いの
   なんと嬉しき


五十年前の七月の十七日──

鎖から解き放たれた愛弟子は

師を伊丹空港でお迎えし

そして 横暴な権力を糾弾する

不滅の大阪大会へ向かった。

北大阪の中之島・中央公会堂には

全関西の尊き戦友が集った。

関西と一体で伸びてきた

中国からも 四国からも

そして

九州など西日本の全域から

さらにまた

東京など東日本からも

わが同志は駆けつけてくれた。

豪雨を物ともせぬ

この真正の同志と心一つに

「正義は必ず勝つ!」と

私は宣言したのである。

この日

戸田先生は師子吼なされた。

「破折すべきは

 徹底して破折せよ!

 黙っていれば敗北だ。

 肉声こそ最大の言論である。

 正義が嘘八百に

 負けてたまるか!」


昭和三十一年──

それは 我らの常勝の原点!

昭和三十二年──

それは 我らの不敗の原点!

「戦いは

 絶対に勝たなあかん。

 負けたらあかん!」

関西の母たちは

熱い尊い涙で誓った。

常勝の黄金柱たる壮年部も

若き革命児の男子部も

創価の花の女子部も

結成まもない英知の学生部も

全関西が総立ちで決心した。

ドイツの革命詩人

ハイネは謳った。

「民主主義の敵どもの陰謀を

 水泡に帰せしめることが、

 わたしの一生の使命であった」

ともあれ

大阪事件は

宗教への弾圧であった。

民衆運動への迫害であった。

憲法で厳然と保障された

国民の基本的人権への

重大なる侵害であった。

民衆が積極果敢に参加してこそ

民主主義ではないか!

民衆が存分に声を上げてこそ

民主主義ではないか!

民衆の幸福に尽くすことこそ

為政者の使命ではないか!

無慈悲な権力者は

貧しい庶民の苦悩の声など

聞こうともしなかった。

民衆が暗く沈黙したままで

民衆が弱々しく不幸なままで

どうして健全な世界が創れるか!

幸福にして

平和な世界が創れるか!

わが愛する学会を圧迫し

庶民の結合を分断することは

民主社会の根幹を

破壊する所業だ。

本末転倒の狂気の沙汰であった。

大聖人は仰せである。

「少少の難は・かずしらず
 大事の難・四度なり」

「王難すでに二度にをよぶ」

王難こそ

法華経の行者の証明である。

濁悪の現代に

法華経を正しく行ずるゆえに

初代・ニ代ともに王難に遭った。

そして第三代は

どこよりも宿縁深き

関西にて王難に遭ったのだ。

この三代の忍難私通こそ

蓮祖の正統であり

大望人に直結する

創価学会の

名誉の刻印なのである。

大阪事件の決着は

四年半にも及ぶ

壮絶な裁判闘争となった。

味方である弁護士からの

有罪は覚悟せよとの

信じ難い宣告さえも覆し

私と関西の同志は戦った。

関西の気高き母たちは

私の妻と同じ心で

祈りに祈り切ってくれた。

丑寅の勤行も

人知れず続けてくれていた。

 世界一
  大関西の
   婦人部は
   勝ちに勝ちたり
    常勝 光りて

私の大阪裁判と同じ時期

法廷闘争を貫いていた

アフリカの人権の闘士

マンデラ大統領は言った。

裁判とは──

「心の強さが試される

 闘いであり、

 道義を守る力と

 道義にそむく力との

 ぶつかり合いなのだ」

その通りである。

正義の人々が

冤罪で陥れられてきた

暗黒の流転を断ち切るために

私は勇敢に真実を叫び抜いた。

厳正なる裁判長の審判を信じ

邪悪な虚偽を一つ一つ

完壁に打ち砕いていった。

昭和三十七年の一月二十五日。

判決公判のその日

裁判長の凛とした声が

大阪地裁の法廷に響いた。

「池田大作は無罪──」

それは

私一人の勝利ではなかった。

信念の殉教をなされた

牧口先生の勝利であった。

先師の仇討ちを誓った

戸田先生の勝利であった。

そして

私と恐れなく立ち上がった

関西の同志の勝利であった。

関西は永遠に

いかなる権力の魔性をも

悠然と見下ろし勝っていく

常勝正義の原点を

晴れ晴れと確立したのだ。


 偉大なる
  大関西の
   わが弟子は
  正義の剣持ち
   断固と勝ちゆけ


師・戸田先生は厳しかった。

忘恩の弟子

背信の弟子に対しては

あまりにも厳しかった。

学会のおかげで偉くなりながら

暗闇のように貧しかった自分を

大きく変えてくれた大恩を

畜生の如く仇で返すとは

何ごとか!

それは

堕落していった議員を

見ればわかる。

学会の最高幹部でありながら

師匠を侮り

自身の驕慢に狂って

多くの同志から

顰蹙を買った連中もいた。

牧口先生の時代も

一部の側近たちが

そして

戸田先生の時代も同じく

当時の理事長はじめ

多くの幹部たちが

師匠を裏切り

罵声を浴びせながら

立ち去っていった。

そしてまた

同志の真心に支えられて

大きな信用と

大きな社会的地位を受けながら

恥知らずにも慢心を起こし

その大恩を

鬼畜の細く踏みにじるとは

何ごとか!

皆様ご存じの輩だ。

事実 驕り狂った

増上慢の恩知らずは

その人生の終末は

決まって侘しく哀れだ。

現在もそうであるし

因果の理法に照らして

未来もまたそうであろう。

仏法の明鏡は厳しい!

妙法の因果律は厳しい!

師は断言なされた。

「学会を裏切ってみろ!

 学会に対抗してみろ!

 これは

 大聖人に仇をなすことだ。

 正義の民衆に仇をなすことだ」

その傲慢な

のさばり返った姿は

もはや人間ではなくして

犬畜生の如き心と姿に

変わっていったのだ。

 語り継げ
  愛する関西
   あの人と


ブラジルの文豪

アマード氏は言った。

「民衆は けっして

 だまされはしない」

「英雄の姿を知っている。

 それは自分の姿だからだ」

このアマード氏は

大関西を模範に前進してきた

常勝ブラジルSGIの

深き理解者であられた。


私が第三代会長を辞任した

昭和五十四年の四月二十四日。

その夜 守口門真文化会館では

大阪の緊急本部長会が行われた。

わが関西長の西口君は

私の和歌を烈々と朗読した。

かつて学会の最高責任職である

理事長を辞任された戸田先生に

私が捧げた一首である。

 古の
  奇しき縁に
    仕えしを
  人は変れど
    われは変らじ

そして関西長は絶叫した。

「たとえ池田先生が

 会長職を辞めても

 関西の私たちの師匠は

 永遠に池田先生です!」

その晩 夜を徹して走り

東京の私のもとへ飛んできた

大関西の青年がいた。

藤原君たち七勇士である。

「なんで

 先生が辞めなあかんのや!」

「我々は 誰が何と言おうと

 池田先生と共に戦うんや!」


邪宗門と反逆者らが

結託した魔軍の謀略は

あまりにも非道であった。

会合に出るな。

聖教新聞に載せるな。

先生と呼ぶな......。

私と会員の絆を引き裂かんとする

卑怯きわまる

陰湿な離間工作であった。

偉大なる学会の組織を

尊き学会の使命を

そして

学会の力ある運営と全財産を

盗み取ろうとする

陰険なる陰謀が始まったのだ。

私を辞めさせ

次の会長を狡賢く造り上げ

その途端に

巨額の金を寄こせと脅した

悪辣な裏話を誰が知るか。

それほど狡猾な連中が

宗門と結託し

何人かの悪党と組んで

企んだのが私の引退劇である。

その記録は明確に残されている。

しかし 関西の弟子たちは

毛筋ほども揺るがなかった。

頭を上げて胸を張り

強く強く また正しく

師弟の誉れを

叫び切っていったのである。

御聖訓には仰せである。

「金は大火にも焼けず

 大水にも流されず

 また朽ちることもない。

 鉄は水にも火にも

 ともに耐えることができない。

 賢人は金の如くであり

 愚人は鉄の如きものである」

おお!

わが信頼する大関西こそ

金の中の真金の

賢者の連帯であった。

明るく

そして正しく美しき

虹色に磨かれた

魂の光線のなかに

偉大なる勝利と栄光を

光らせていった。

 常勝の
  歌声忘れじ
     常勝城

この昭和五十四年の七月には

豊中の関西戸田記念講堂で

関西の合唱祭を開いた。

山本伸一作「常勝の空」を

声の限り歌ってくれた。

参加できぬ私に代わって

妻と

関西創価学園の教員であった

長男が出席した。

熱き血潮の

常勝大阪の門真の友が

「先生のもとへ

 馳せ参じようじゃないか!」と

学会本部に勇み来られたのは

昭和五十五年の早春であった。

彼らは叫んでいた。

冷酷で卑劣な連中に対して

彼らは勇敢に呵責した。

「大正義の人を陥れる

 悪魔よ! 増上慢よ!

 残忍な奴らよ!

 反逆のお前たちは

 必ず打倒され 苦しみ戦いて

 自分自身の断頭台に行くのだ」

常勝の善友は最後に

正義の師弟の

万歳を叫んで帰っていった。

この創立五十周年の

創価の元旦「五月の三日」を

私は関西文化会館で

変わらざる常勝家族と祝った。

さらに

五月五日の「後継者の日」には

凛々しき未来部の若武者に

「早く生い立て!」と

新時代の栄光の旗を託した。

そして

昭和五十七年の三月二十二日。

中大阪の長居(ながい)陸上競技場での

関西青年平和文化祭──

不可能を可能とする闘魂は

「六段円塔」とそびえ立った!

壮大な劇であった。

あまりにも偉大な

大芸術の開花であった。

その瞬間

金波銀波の大スタンドに

美事なる「関西魂」の

壮麗にして強烈な人文字が

鮮やかに描き出された。

今でもその光景を

私は忘れることができない。

いな 誰人も忘れることが

できないであろう。

関西は!

私を守りに護った。

関西は!

正義のために戦い勝った。

青春の希望に燃え上がる

常勝関西の大グラウンドは

あまりにも荘厳な

常勝の喜びの

深く固いスクラムに揺れた。

常勝の大空までが歌い

賞讃している瞬間であった。

関西は

学会の根本使命を

よく知っている。

関西は

師弟不二を

魂の奥深く知っている。

関西は

真実と正義の連帯を

知っている。

そして関西は

聡明と懸命な連帯を

知り抜いている。

恩師は言われていた。

「関西は強いぞ!

東京は

個人の優越感はあるけれども

関西には

連帯の優越感がある」

ああ! 関西魂とは

不撓不屈の負けじ魂である。

関西があれば

学会は永遠に微動だにしない。

どこまでも師と共に

広宣流布に生き抜くなかにこそ

最高無上の幸福があることを

関西の哲人たちは

生命の底から知っている!

仏道の最極の到達点は

ここに明快にあるからだ。

法華経にいわく。

「諸余の怨敵は
 皆悉な摧滅せり」

正法正義の陣列は

あらゆる怨敵を

打ち倒すことができるのだ。

法華経にいわく。

「魔及び魔民有りと離も
 皆な仏法を護らん」

広宣流布のためには

いかなる魔軍たりとも

味方に変えることができるのだ。

 勝ちまくれ
  日本広布の
   先頭に
  常勝の旗
   関西 振りゆけ

関西には

固い固い そして麗しき

同志愛が沸騰するかのように

熱く熱くたぎっている。

「しっかりせえや!」と

大東京も 大関東も

激励する温かな声がある。

「わてらが応援するで!」と

大中部にも 東海道にも

一生懸命に大エールを送る。

自分がいかに大変であっても

皆を励ますことを忘れない。

一人も落伍させることなく

共に誉れのゴールを飾るのだ!

それは

真の直弟子の自負があるからだ。

第一の弟子の責任があるからだ。

これが私の作った関西だ。

関西の「常勝」の合言葉は

すなわち

「全創価の完勝」である。

 関西の
 あの日あの時
    歴史かな


おお 関西!

常勝関西!

大阪を中心とした七府県が

晴れやかな新時代の

友情の虹と輝きわたる

大関西のスクラムよ!

今日もまた 明日もまた

あの「威風堂々の歌」を

朗らかに心強く

歌いながら!

轟かせながら!

新たな「平和の文化の都」を

誇りも高く堂々と建設しゆく

憧れの京都の盟友たちよ!

日本第一の琵琶湖を望む

絶景の研修道場では

幾度も師弟の語らいを重ねた。

そして創価の本門の時代へ

広宣流布の大前進の

一歩また一歩を

忍耐強く踏み出してきた

懐かしき滋賀の長者たちよ!

「郷土のルネサンス!」へと

正義の地域広布の先駆を切った

福井の誠実な賢者たちよ!

大善を破壊せんとする者どもと

戦い勝った

至高の同志の方々の芳名は

全国のどこよりも早く

東京牧口記念会館に

永久保管されている。

あの「雨の文化祭」の大舞台

阪神甲子園球場を擁し

大震災の苦難をも

厳然と耐え抜き 乗り越え

世界の希望と光る

青葉茂れる人材の大宝庫

愛する兵庫の尊き英雄たちよ!

冷酷無惨な邪宗門の

弾圧の雪の冬を勝ち越え

私と「春が来た」を歌った

奈良の宝友たちは

万葉のロマンの里から

信頼の対話の花を広げている。

聡明に振る舞い

懸命に生き抜く

私の大好きな和歌山の同志よ!

あの時 高熱を押し返し

「武田節」を

共に歌い 共に舞った

師弟不二にして同志一体の

巨大なる情熱の連帯は

今も変わらず勝ち戦で

全関西を そして日本中を

覆い尽くしている。


思えば──

私の関西への第一歩は

昭和二十七年八月十四日。

庶民の都・大阪に降り立ち

堺の座談会へ駆けつけた。

その二日後には

戸田先生と御一緒に

西大阪の座談会に出席した。

あの千早城の歴史ゆかしき

南大阪へも

広布の天王山を決しゆく

北摂の大地へも

私は逸る心で走った。

民衆の勝利の暁鐘を

わが友と打ち鳴らすために!

昭和四十四年の師走。

寒かった。

しかし 同志の心は熱かった。

あの東大阪での大合唱......。

旧制大阪高等学校の全寮歌

「鳴呼黎明は近づけり」を

皆で高らかに歌った。

 君が憂いに我は泣き

 我が喜びに君は舞う

私と関西の同志の心には

大きな太陽が

大きな月光が

大きな勇気が

大きな希望が

光り輝き

人間の勝利の讃歌とともに

永久に響き残っていくであろう。

真心の菊花が馥郁と薫る

泉州でも

淀川の滔々と流れゆく

新大阪でも

家族の如き友が待つ

京阪の天地でも

共に祈り 共に戦い

共に勝利の歴史を刻んだ。

詩情豊かな交野と枚方の

多くの同志の慈愛に包まれた

わが生命の宝である

関西創価学園の英才たちよ!

伸び伸びと朗らかに

父子の詩を綴りながら

世界へ羽ばたいてくれ給え!

おお!

「大阪の戦い」より

五十年の歳月を経て

関西池田記念会館が

浪速の中央の台地に

常勝の空高く壮麗に誕生した。

我らの誉れの師弟城を

仰ぎ見ながら凱旋しゆく

錦宝の同志の方々は

なんと神々しき顔であろうか!

 日本一
  否や世界
    第一と
   広宣流布の
     大関西かな


広宣流布は──

人類の幸福を勝ち取る闘争だ。

恒久平和を勝ち開く闘争だ。

ゆえに

大関西の戦いは──

世界の未来を決定づける闘争だ。

牧口先生から戸田先生へ

戸田先生から私へ

三代の師弟に相伝された

正しき創価の信心をば

世界に開き

青年へ伝え切っていくのが

大関西の栄光の使命である。

偉大なる関西にこそ

学会の魂がある。

私の心がある。

世界広布を勢いよく

動かす力がある。

英国の宰相チャーチルは

ヒトラーとの攻防戦の渦中

青年を励まして叫んだ。

「断じて負けるな。

 断じて屈するな。

 断じて、断じて、

 断じて、断じて」

我らの胸中にこだまするのは

「断じて」という

絶対勝利の執念しかない!

眼前の山また山を

断じて勝ち登れ!

断じて今日を勝ち切れ!

ほとばしる勇気と智慧で

この決戦を断じて勝ち抜け!

これが関西だ。

これが常勝の兵法だ。

蓮祖は厳命なされた。

「かかる者の
 弟子檀那とならん人人は
 宿縁ふかしと思うて
 日蓮と同じく
 法華経を弘むべきなり」


おお 関西!

全世界が見ている。

全民衆が仰いでいる。

人類の未来が待っている。

大関西の池田門下が築きゆく

二十一世紀の常勝の城を!

そして

永遠不滅の師弟の大城を!

 大開西
  常勝関西
    いざや立て
  私の信ずる

    真の弟子なば



             2007年6月6日

          牧口常三郎先生の生誕136周年を記念して

               学会本部・師弟会館にて  桂冠詩人








Last updated  2019/04/24 02:28:55 PM
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