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NEKO@ Re:ロータスラウンジ 法華経への旅 ​第7回 信解品第四 ​下​(07/30) 『法華経の智慧』を読みました。素晴らし…
anbo@ Re[1]:栄光の日々 5 旭日の千葉(02/19) コメントありがとうございます。
遠藤ひろし@ Re:栄光の日々 5 旭日の千葉(02/19) 参考になりました。ありがとうございます。
通りすがりです@ Re:​​11・18「創価学会創立記念日」特集<下> インタビュー 田原総一朗さん(11/17) 田原総一郎さんのインタビューが掲載され…
2020/02/15
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カテゴリ:信仰体験

​信仰体験〈生きるよろこび〉
25歳で舌がんに。
「僕にしか語れない言葉がある」
 【東京都墨田区】正木伸男さん(33)=男子部副部長(地区リーダー兼任)=は9年前、舌がんを発症した。
 翌年に再発し、絶望の淵(ふち)に立たされた。その後も、がんの転移や転職と、苦難が続く。
 そんな中でも、前を向き続けようと思えたのは、語りたい、語らなければならないことがあったから――。
 
 正木さんが、舌に違和感を覚えたのは2011年(平成23年)5月。社会人3年目、営業マンとしてバリバリ働いていた時のことだった。
 鏡をのぞくと、口の中の右奥にくぼみがある。口内炎と思い薬を塗ったが、2カ月が過ぎても治らない。次第に激しい頭痛に襲われるようにもなった。
 10月、幾つもの病院を回った結果、大学病院で舌がんと診断された。ステージ3。“何度も病院に行っていたのに、なぜ……”。目の前が真っ暗になった。
 大阪に住む母・賢子さん(63)=支部副婦人部長=に電話した。「舌がんだって。今度、手術するよ……」。次の言葉が出てこない。
 「いよいよ宿命転換の時やね。絶対に大丈夫や!」。微動だにしない信心強盛な母の声が、揺らぐ心を支えてくれた。
 
 10月31日。舌の半分以上を切除する舌亜(ぜつあ)全摘出術と、両側頸部郭清(けいぶかくせい)術を行った。手術は13時間に及んだ。
  しばらくして、恐る恐る鏡の前で口を開けてみた。腹直筋(ふくちょくきん)を移植して舌を再建したものの、神経や筋肉の機能はなく、動かせない。左側に残った、わずか小指ほどの舌が動くだけ。
  気管を切開したため声が出ない。点滴などで命をつなぐ日々。日常を取り戻したくて懸命にリハビリに励んだ。
 
 12月、「息子と一緒に闘いたい」と父・光男さん(64)=地区幹事=が、東京への転勤希望を出し3人で暮らすように。賢子さんは、正木さんの食事が重湯から流動食になると、食材を細かく切っては、料理を作ってくれた。
 こうした家族の支えもあり、翌年には職場復帰を果たす。
 だが――。 12年2月、首の手術痕がチクチクした。次第に痛みが強くなる。“まさか……”。時間がたてば治まると自分に言い聞かせたが、検査結果は無情だった。
 「舌がんの再発でステージ4aです。手術を行いますが、今後は再発しても手術はできません」
 医師の言葉に愕然(がくぜん)とした。それでも、心のどこかで“大丈夫なはずだ”と考えたのは、「中学時代の不登校を越え、大学に進学できたから。大学では成績優秀者にもなれた。最初の手術の後も職場復帰できた。今回も努力で乗り越えられると信じていたんです」。
 
 手術以外の方法はないかと、舌がんの書籍や闘病ブログを読みあさる。病院を幾つも回った。だが、調べれば調べるほど、自分の努力ではどうにもならないことを思い知る。
 “何で僕ばかり。もう十分苦しんだ”。限界だった。涙が止まらなかった。
  前に進む勇気をくれた人がいた。何度も通ってくれた男子部の先輩。熱くて、優しい人。先輩自身、仕事や家庭の悩みがあるのに、周囲を笑顔にしていた。
 
 “なんで、いつも元気なんだろう”
 それまでは信心に消極的だった。でも、先輩に相談せずにはいられなかった。病のことを打ち明けると、目をそらさず話を聞いてくれた。そして、いつもの笑顔で「一緒に祈ろう。絶対に負けさせないよ」。胸が熱くなった。
 祈るほどに“大丈夫かな”という不安が、“絶対に大丈夫”という勇気に変わる。そして、手術することを決めた。
 手術の2日前。大学時代の友人が見舞いに訪れた。正木さんは夢中で話していた。信心のこと、池田先生のこと。聞き取りにくい声だが、がむしゃらに語った。
 最後には「絶対に信心でがんを乗り越えるから見ていてほしい」と。いつもは話をそらす友人が強くうなずいた。
  その夜、病室で題目を唱える正木さんの胸にあふれていたのは、かつてない達成感だった。一つ決めたことがあった。
 
 翌日、医師に「声帯は残したい」と伝えた。転移・再発のリスクが高まると説明されたが、「もっと信心のことを語りたかった。もっと題目を唱えたかった。これからの人生は、そう生きようと決めたんです」。
 14時間の手術。困難を極めた。右側の内頸動脈(ないけいどうみゃく)と外頸(がいけい)動脈に、がんが巻き付いていた。1本は合併切除(がっぺおせつじょ)し、もう1本に巻き付いたがんは、医師の懸命な処置で取り除くことができた。
 
 その後、抗がん剤治療と放射線治療に臨(いど)んだ。不安は小さかった。「闘病が単なる苦痛ではなく、同じ悩みを持つ人の心に寄り添える力、自分を成長させる体験になると思うようになっていたから」
 
 がんの治療を終えた後、仕事を辞めざるを得なかった。
 13年6月に現在勤めるIT企業に、1年間の契約社員として採用される。だが、翌年、正社員登用が決まる直前に左肺下葉への転移が見つかった。
 ショックはあったが、嘆くことはなかった。会社に病状を報告し、手術することに。懸命に唱題に励んだ。
 
 池田先生の言葉を読み返し、一歩踏み出す力に変えた。
 「仏法の眼で見るならば、すべてに深い意味がある。嘆いてはいけない。『強き信心』『勇気ある信心』さえあれば、あらゆる困難を、必ず『変毒為薬』していける」
  多くの同志の祈りに包まれ、内視鏡手術は成功。抗がん剤治療は必要なかった。
 退院して出勤すると、上司から「おめでとう! 正社員の採用が決まったよ」と。2度目の失業を覚悟していたが、それまでの誠実な仕事ぶりが評価されたという。
 期待に応えようと懸命に仕事に励み、その年、社長賞を受賞することもできた。
 
 現在、音声・言語障害とそしゃく機能障害がある。
 舌はわずかしか動かせない上、右奥歯も無い。食べ物の大きさを知覚したり、舌で支えて歯で砕いたりできない。飲み物は誤嚥(ごえん)を防ぐため、とろみをつけ、大好きなイチゴもミキサーにかけてから食べる。足りない栄養は、今も胃ろうで補っている。
 言葉は、濁音(だくおん)や一部の母音(ぼおん)は聞き取りにくい。よく聞き返される。
 「それでも、僕は今、とても幸せです。雨が降って、晴れの日には分からなかった、雨上がりの虹が見えたような感じ。人の優しさや、家族のぬくもり、そして、関西創価小学校の時から、中学・高校とずっと信じ、励まし続けてくれた池田先生。人生のかけがえのない宝物に気付くことができた。一度は声を失いかけた僕だからこそ、語れる言葉があると思うんです。一人でも多くの人に語っていきたい」​


(2020年2月15日 聖教新聞)







Last updated  2020/02/15 01:38:52 PM
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