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晴ればれとBlog

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ジャズと人生と仏法を語る(全15回・完)

2011.09.25
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「♪魂の人間讃歌 ~ ジャズと人生と仏法を語る」

第12回 家庭から平和のハーモニーを(上)

親子は一体! 共に理想へ 共に幸福に

父母から学んだこと──
ショーター氏: 「皆と仲良く」「広い心を持て」
ハンコック氏: 子供の決断を尊重して応援


 ハービー・ハンコック: 早いもので、この「芸術」と「人生」と「信仰」をめぐる鼎談の連載が始まって、1年となります。この語らいは、音楽家として、人間として、信仰者としての自分の人生を、より深く掘り下げて考える契機となりました。

 ウェインーショーター: 同感です。私にとっても、この鼎談は、人生を変えるような、自分自身との真剣な討議です。実際、この語らいをさせていただくまで、十代のころの自分を振り返り、現在、成長している自分と比較する機会もありませんでした(笑い)。
 わが家には、若き池田先生の肖像画を飾らせていただいています。ハービーは見たかな? 19歳の池田先生が、戸田先生のもとで誓願を立てられた当時の英姿です。若き先生の顔には、決意と献身、そして慈愛が漲(みなぎ)っています。
 一方で、同じ年代の自分の顔は、どのように見えていたでしょうか(笑い)。それは、ちょうど、私がニューヨーク大学に進学したころです。
 その時の私は、仰ぎ見る深遠な智慧を持ち合わせた師など、いないと思っていました。池田先生の存在を知りませんでしたからね。

 池田SGI会長: 若きショーターさんが苦闘と思索を重ね、どれだけ真剣に新たな創造の道を開いてこられたか、よく存じ上げています。
 私自身、8月の夏の盛りに、19歳で戸田先生に初めてお会いした日の感動は、今も忘れません。
 昭和22年(1947年)の8月14日──あの日の先生のまなざしは、いつも、私を見守ってくださっています。1人の貧しい無名の青年を信じ、最も崇高な使命の旗を託してくださった師恩にお応えし抜いていくことが、私の人生です。

 ショーター: 当時、池田先生は、哲学を学ぱれ、世界を平和的、人道的に、よりよく変えていくために何ができるかについて探究されていました。
 その池田先生と戸田先生との出会いがあって、今のSGIがあり、私たちもあるのです。

 ハンコック: 本当にそうですね。私たちは、人生の師匠・池田先生と出会い、妙法を受持したことで、人間としての正しき道を歩み始めることができました。感謝は尽きません。

 池田: あの日の出会いから、私は誓願の人生を進むことになりました。今、同じように、新しい時代を担う青年たちが、日本中、世界中で陸続と立ち上がってくれています。それが何より嬉しく、頼もしいのです。

 ショーター: 池田先生が戸田先生と出会ったころ、私はといえば、どう学校から抜け出すかと考えていました(笑い)。チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーの音楽を聴いたのは、そんな時でした。
 バード(チャーリー・パーカーの愛称)には「音楽は、自分自身の体験、思想、そして英知だ」(ウォイデック『チャーリー・パーカー──モダン・ジャズを創った男』岸本礼美訳、水声社)との言葉があります。今、青年時代を振り返り、あの時に聴いた音楽の魅力と価値創造とが密接に結びついていたことが分かります。今になって、明確に、あの音楽の中に価値があったことが分かるのです。

 池田: 自分は青春の理想を貫いてきた──来し方を振り返って、そう言い切れる人生は素晴らしい。
 また、妙法は「活(かつ)の法門」です。どんな経験でも、自他共の幸福の価値創造のために活かしていけます。
 たとえ、失敗続きの辛く苦しかった逆境も、あの日があって今の自分があると思えるようになるのです。
 お二人の人生の起点には、その才能を温かく育まれたご両親の愛情がありました。
 日本では、この夏、未来部のメンバーが主役となって、家族が一緒に集い合う創価ファミリー大会が活発に行われています。今回は、お二人のご両親の思い出を、あらためて語っていただければと思います。

 ショーター: ありがとうございます。私は両親から、多くのことを学びました。特に、「皆と仲良く生きること」「広い心を持つこと」を教わりました。
 私の記憶では、母は、人の出自などを気にかけたことがありません。社会的立場や人種、宗教で、人をえこひいきすることは決してなかったのです。私たち子どもにも、偏狭(へんきょう)な考えや先入観を持たせるような躾(しつけ)はしませんでした。ですから、私は母が、誰かのことを悪く言うのを聞いたことがありません。誰かが人を傷つけるような言動をすれば、母は、ただちに断固として反対しました。そして常々、私たちに、
 「他人の悪口には耳を作さないことよ」と教えていました。

 池田: いいお話です。それは、人間教育の真髄ですね。
 御聖訓には、「わざわい(禍)は口より出でて身をやぶる・さいわい(福)は心よりいでて我をかざる」(御書1492ページ)とあります。
 お母様は、人間として最も大切な心の宝を教えてくれました。お母様の「分け隔てしない心」「人を尊敬し大切にする心」は、皆の心を大きく温かく包みゆくショーターさんの音楽の中にも生き続けていますね。
 母は偉大です。日々の暮らしのなかで、母が発する励ましの声は、ジャズの即興演奏のように自在であり、明るく心豊かに、家族を勝利させずにはおかないという知恵と力に満ちあふれています。
 時に耳が痛くなるような厳しい叱咤(しった)にも、根底には子どもへの愛情が貫かれています(笑い)。あたかも、ジャズで、ドラムやベースの音律が、一貫して強く深く、正確なリズムを刻み、乱れずに曲を支えていくようにです。

 ハンコック: 絶妙な例えです。私が大学生のころを思い出します。工学を専攻していましたが、二年の終わりに、専攻を音楽・作曲に変えるという、重要な決断をしました。
 両親が学費を捻出(ねんしゅつ)してくれていたこともあり、私は決意を電話で伝えました。すると、両親は理解してくれたのです。
 しかし、そう言いながらも、母は、あまり喜んでいませんでした。電話で話すたびに、母はいつも、「本当に、家に帰ってくる気はないの? あなたの部屋は、まだここにありますよ」と言うのです(笑い)。
 私は、いつも「いいえ、家には帰りません。ここでうまくやっています」と答えました。ポケットに、だったの十二セントしかなかった時でも。前日から何も食べていなくても。

 池田: お母さんは、ハービー青年の声の響きから、すべてを察しておられたことでしょう。子どもが何歳になろうが、親は心配してくれるものです。
 「親思う こころにまさる 親心」とは、日本の幕末、松下村塾という私塾から多くの逸材を輩出した教育者・吉田松陰(よしだしょういん)の辞世の歌の一節です。
 私もアパートで一人暮らしをしていたころ、恩師の事業が大変で給料も遅配が続く時がありました。親には一切話していませんでしたが、母が心配し、家族に託して外食券などを届けてくれたことを思い起こします。

 日蓮大聖人は、「父母の成仏即ち子の成仏なり、子の成仏・即ち父母の成仏なり」(同813ページ)と仰せです。たとえ離れていても、親子の命は、いつもつながっています。生死を超えて、永遠に一体に、生命の幸福と勝利の曲を奏でていけるのです。

 ハンコック: 本当に今思えば、ありがたい父母の愛情でした。私たちがまだ幼い時から、父も母も、子どもたちが人生の方向性を決める時期が来たら、子どもたちの決断を尊重し、応援することで、同意していました。「あなたたちが、なりたいものが何であっても、私たちは応援しますよ」と言ってくれていたのです。

 池田: それは、わが子に対する絶対の信頼であり、最大の愛情ですね。
 仏典には、「父母は、『生』『養』『成』『栄』という四つの働きで、子を護り育てる」と説かれています。一人の生命を生み出し、養い育むとともに、幸福境涯を成就せしめ、使命の人生を勝ち栄えさせてくれる。ここに、父母の人間教育の奥行きの深さがあるといってよいでしょう。

 ショーター: 私の父母も、私が幼いころから、どんなことでも試すのを許してくれました。
 両親は、決して高い学歴ではありません。母は、リウマチ熱のために高校を一年でやめています。陸上競技のランナーで、いくつものレースで優勝メダルを取るような選手でしたが、走るのをあきらめざるを得ませんでした。また、祖母の面倒を見るために働かなければならなかったのです。
 しかし、兄に代数を教えることができるほど、しっかり数学を勉強していましたし、大変な読書家でした。
 小学四年生までの教育しか受けられなかった父も、読み書きはとても上手でした。両親は、家族のために力を合わせて働いてくれたのです。

 池田: 最も気高いご両親の姿です。
 自らは学校に十分に行けなかったからこそ、子どもたちには、できる限り、よい教育を受けさせ、思う存分に学ばせてあげたい。この父母の心ほど、尊く、ありがたいものはありません。
 創価教育は、そうした父母から託された「向学の心」を、生き生きと燃え上がらせていく挑戦です。
 この夏も、わが創価大学では、生涯教育の先頭に立って、通信教育部のスクーリングが真剣に有意義に行われています。そこには、父や母が子や孫と一緒に学ぶ麗しい光景も見られます。

 ショーター: 素晴らしい学びのセッション(共演)ですね。
 わが家は貧乏でしたが、母は、楽しいサプライズ(驚き)を思い描きながら、人生を生きました。私たち子どもは、母が食料やプレゼントを買うのに、家計をどうやりくりするのか不思議に思っていました。母は、いつも私たちに「明日はどんな楽しいサプライズがあるのだろうか」と期待をもたせてくれました。ですから、母の周りでは、いつも笑顔が絶えませんでした。母は〝即興演奏家〟のような人生を送っていたのだと思います。

 池田: よく分かります。お母さんは、日々、嘆きの哀音も、生きる喜びの歌に変え、不安や争いの不協和音も、希望と和楽の交響楽へと高めてしまう大音楽家ですね。
 「誰もかれもが、女性のなかの最もすばらしい人を個人的に知り、また愛し、尊敬している──自分の母親を持っている」(『マーク・トゥエインスピーチ集』金谷良夫訳、彩流社)とは、アメリカの作家マーク・トウェインの慧眼でした。

 わが家も、父が病気で倒れ、家業が傾いて、生活が苦しくなりました。母は「うちは貧乏の横綱」つまり〝スモウのグランド・チャンピオン〟(笑い)と、朗らかでした。その母の明るい笑い声が、私たち家族を、どれほど勇気づけてくれたことか。
 夏のヒマワリ畑では、どの花も太陽の方向を向いて伸ぴていきます。それと同じように、親子が共に大いなる理想や夢の方向を向いて、互いに成長していく。そうした希望のファミリーが、若き生命の無限の可能性を育む大地となるのではないでしょうか。(つづく)
(2011年7月19日付 聖教新聞)






最終更新日  2017.02.28 19:40:39
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2011.08.21
♪ 魂の人間讃歌 ♪  ジャズと人生と仏法を語る

第11回 未来を開く善き縁(下-2)


池田: 今日のSGIへの信頼の広がりは、ひとえに広宣流布のため、即世界の平和のため、民衆の幸福のために、同志の一人一人が良き市民として行動し抜いてきたからこそです。どれほど大変だったか。苦楽を共に戦った人のことは、私は絶対に忘れません。

ショーター: 私はこの仏法の偉大さを、日々感じています。私は「魔及び魔民(まみん)有りと雖(いえど)も皆仏法を護(まも)る」(同1242ページ)という仏法の考え方が好きです。この教えのお陰で毎朝、起きると、「さあ、今日も自身の歓喜の勝利劇のヒーローを演じよう」との決意が湧(わ)いてくるのです。敵意や悪意など悪鬼の働きをも味方にするのが、仏法です。
 私たちがそれらと共存しながら打ち勝つ道は、「一緒に笑わせること」ではないでしょうか。これは、ちょうど、飛行機が離陸する時、空気の抵抗を味方につけるのと同じだと思います。

池田: 一緒に笑わせる──いい言葉です。「立正安国論」では、対話の途中、客人は顔色を変えて反発し、席を立とうとする。すると、主人は「咲(え)み止(とど)めて」(同24ページ)、すなわち笑みをたたえながら客の足を止めて包容(ほうよう)し、諄々(じゅんじゅん)と諭していきます。そして最後には、客人自身が「唯(ただ)我(わ)が信ずるのみに非(あら)ず又他の誤(あやま)りをも誡(いまし)めんのみ」(同33ページ)と立正安国の行動を清々しく決意していくのです。反対者をも味方に変える──まさに究極の座談の模範(もはん)です。

 日蓮大聖人は「釈迦如来(しゃかにょらい)の御ためには提婆達多(だいばたった)こそ第一の善知識(ぜんちしき)なれ、今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人=味方)よりも強敵(ごうてき)が人をば・よくなしけるなり」(同917ページ)とも仰せになられました。
 自分の「一念」次第、「勇気」次第で、一切を善知識に変えていけるのです。
 さらに、世界広宣流布の未来を明かされた「顕仏未来記(けんふつみらいき)」には仰せです。
 「願くは我を損(そん)ずる国主等をば最初に之を導(みちび)かん」(同509ページ)と。
 いかなる人も、御本仏にとっては救うべき存在です。それが仏の慈悲(じひ)です。
 私たちも、すべての試練(しれん)を前進の活力(かつりょく)にし、あらゆる存在を味方に変えていく、広布と人生の痛快(つうかい)な勝利劇を伸び伸びと演じていきたいものです。
 良き友、良き音楽と一緒に!
(2011年7月9日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.08.21 13:58:08
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♪ 魂の人間讃歌 ♪  ジャズと人生と仏法を語る

第11回 未来を開く善き縁(下-1)


「核なき世界」は不可能ではない
すべての試練を前進の力に

ショーター氏:今日も痛快な勝利劇を
ハンコック氏:人生は常に光の方向へ

池田: お2人が度々、訪れて、交流を結んでこられた広島の方々も、この鼎談(ていだん)の連載を大変に喜んでくださっています。
 ショーターさんとハンコックさんは、2002年、原爆ドームを対岸に望む、元安川(もとやすがわ)の親水テラスで、「平和と音楽の夕べ」を開いてくれました。さらに2005年、被爆60年の年にも広島を訪れ、青年部を中心に開催した世界青年平和音楽祭に友情出演されました。お2人とも一貫して、「文化の大使」として平和の大切さを訴えてこられました。

ハンコック: 広島を訪れるたびに、特別な思いが心をよぎります。心が揺さぶられます。言葉には尽くせない思いが去来します。
 原爆の投下で命を落とした人たち、運命を変えられてしまった人たちのことを思わずにはいられません。
 あの犠牲は、私たちの発想を根本から転換(てんかん)させる礎(いしずえ)となるでしょう。
 あの過ちを2度と犯してはならない。「核のない世界」を実現しなければならない。「非暴力の世界」を目指さなければならない──その目標を達成するためにベストを尽くすとの決意を固めなければなりません。

ショーター: 私の広島や長崎についての思いは、すべて、小説『人間革命』の冒頭の一節──
 「戦争ほど、残酷(ざんこく)なものはない。
 戦争ほど、悲惨(ひさん)なものはない」
 に言い尽くされています。そして、この思いは、私にとって、仏法の実践と直接、結びついているのです。

 私は、2005年の平和音楽祭で、広島の青年たちに「まだ間に合う!」と訴えました。それは、「焦ってはいけない」し、「性急に行動してはいけない」という意味を込めたものです。
 人類の歴史は、見方を変えれば戦争や紛争、争いを繰り返してきた歴史であったと言えます。人類は、いまだその宿命を転換できずにいます。しかし、焦(あせ)ると“もう時間がない”“遅すぎる”という思いにかられ、悲嘆して空回りしてしまいます。そうならないためには、将来の目標をしっかり見定め、信念の行動を貫いていくことだと思います。

池田: まもなく、原爆投下から66回目の夏を迎えますが、核兵器の廃絶は、わが師・戸田城聖先生の遺訓です。
 恩師は逝去される前年(1957年)の9月8日に「原水爆禁止宣言」を発表し、人類の生存権を根源的に脅かす核兵器は“絶対悪”であり、その廃絶が世界平和の実現のために欠かせないと訴えられました。
 以来、半世紀以上にわたって、私はこの師の精神を時代精神に高めるため、各国の指導者と対話を重ね、民衆の連帯を広げるべく行動を続けてきました。
 こうした中、昨年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最終文書で、初めて「核兵器禁止条約」への言及がなされたのに加え、“核兵器の使用がもたらす壊滅的な結果を踏まえ、各国に国際人道法の遵守を求める”という画期的な内容が盛り込まれました。
 時を経て今、まさに戸田先生が訴えておられた方向性へと、国際社会の認識がさらに向かいつつあるのです。

ショーター: 時代の変化の兆しが、明確な形になって現れてきたということですね。

池田: その通りです。
 私は今年の「SGIの日」記念提言でも、2015年のNPT再検討会議を広島と長崎で行い、各国の首脳や市民社会の代表が一堂に会して、核時代に終止符を打つ「核廃絶サミット」の意義を込めたものとすることを提唱しました。
 このほど広島市は、長崎市や政府と連携を図りながら、NPT再検討会議の誘致を目指したいとの考えを表明しました。
 もはや機は熟しており、私たち民衆が団結して行動を起こし、「核兵器のない世界」の実現に進まなければなりません。
 日本の青年部は昨年、「核兵器禁止条約」の制定を求める227万人もの署名を集め、国連事務総長とNPT再検討会議議長に提出しました。
 そして現在も、広島・長崎・沖縄を中心に青年部のメンバーが、2015年を目標に掲げて、一年また一年と、「核兵器のない世界」への潮流を強めていくため、一対一の対話を根本に、若い世代の意識啓発に全力で取り組んでいます。
 私は、原水爆禁止を叫ばれた、あの時の戸田先生と同じ思いで、わが後継の青年たちに呼びかけたい。
 座(ざ)して地球の危機を看過(かんか)するのではなく、私たちが生きるこの時代に、「核兵器のない世界」は不可能ではないことを、青年の熱と力で断じて証明しようではないか──と。


ハンコック: 「SGIの日」記念提言は、今年で29回を数えるものでしたね。池田先生は、これまで何十年もの間、人類が生存するためのあり方について、語り、綴り、行動されてきました。一貫して平和の擁護(ようご)者として活動してこられました。
 私も先生に啓発され、音楽を通じ、人々の精神を高めていこう、民衆の歓喜の爆発を起こしていこうと、決意を新たにしています。

池田: 尊い志です。心に灯した平和の火は、明るく燃え伝わっていきます。深く病んだ時代だからこそ、人々の心から、生きる喜び、生き抜く勇気を引き出していく躍動の音律が、ますます大切です。妙法の芸術家の使命は重い。今、日本でも、創価の芸術部の友が奮闘してくれています。
 生命は微妙です。いかなる縁に触れるかによって大きく変わります。
 御書には、「春の時来(とききた)りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆(みな)悉(ことごと)く萠(も)え出生(しゅっしょう)して華敷(はなさ)き栄(さか)えて世に値う気色(けしき)なり」(同574ページ)と説かれます。
 無心の草木も、縁によって開花し、結実し、万物を養育する。人間の生命は、善知識(ぜんちしき)に会うことによって、仏性が現れてくると示されているのです。善知識とは“仏道へ正しく導く善友”のことです。自身が善知識を求めるとともに、多くの人々と仏縁を結んで、善智識となっていくことが、御書の精神に適った仏道修行の正道です。
 次元は少し異なりますが、今回の震災でも、苦境の中で多くの命を支えたものは、人間と人間の絆(きずな)でした。善(よ)き縁(えん)を結ぶことは、自他共に生きる力を強めてくれるのです。

ハンコック: 仏縁といえば、私に信心を教え、SGIに縁させてくれたのは、私のバンドでベースを弾いていた、バスター・ウィリアムスさんでした。ある公演で、彼は驚くべきソロ演奏を披露し、私たちを高揚させたのです。演奏が終わると大勢の聴衆がステージに走り寄ってきました。感動のあまり泣いている人もいました。その衝撃の公演が終了した後、私は思わず彼を楽屋に連れていき、尋ねたのです。
 「君が、何か新しい哲学か宗教を実践していると聞いている。もし、それが、こんな演奏を可能にするのなら、それが何かを知りたいんだ」と。
 バスターは、それについて私に話す機会が訪れることを祈っていたと言って、「南無妙法蓮華経」の題目について話し始めました。彼は、それが「法」であり、宇宙の法則であると話してくれました。
 私は彼の話に多くの希望が含まれていることに好感をもちました。「南無妙法蓮華経」が何かは分かりませんでしたが、バスターは、私が信じようが信じまいが、題目には力があり、効果があると力説しました。それで私は、「まだ信じてはいないが、試すだけでいいのなら、失うものは何もない」と始めてみたのです。

池田: 音楽家として、また人間として、真摯(しんし)に向上の道を求めておられたのですね。
 今、言われた「試してみよう」という勇気が大事です。
撰時抄(せんじしょう)には、「此の度 仏法を心みよ」(同291ページ)と仰せです。
 私が19歳で入信したのも、仏法の深遠な法理を理解し、納得できたからではありません。むしろ宗教は好きではなかったし、懐疑的(かいぎてき)なほうでした(笑い)。しかし、戸田先生の偉大な人格に触れ、そして軍部政府と対峙して2年間投獄されていたことを知り、“この人なら信じられる”と直感したのです。
 ショーターさんは、亡き奥様のアナ・マリアさんから信心を教わったのでしたね。
        
ショーター: ええ。彼女は、ハービーから、この信心を紹介されました。
 私は、彼女がどう行動するのかを見ていました。勤行を実践してしばらくすると、彼女は別人のように変わりました。私は非常に驚きました。その時の私の気持ちは、言葉は表せません。そこで、私にも教えてほしいと頼んだのです。

ハンコック: ウェインは、当初、人間の成長に“決められた形式”は必要ないと考えていたよね。今とは正反対だけど、ちょっと傲慢(ごうまん)な部分もあったかなあ……、いや、ちょっとどころではなかったかもしれない(爆笑)。

ショーター: そうだったね(笑い)。
 しかし、仏法を実践して最初に感じた功徳は、価値ある哲学と偉大な師匠に巡りあえたとの実感です。
 「私は独りぼっちではなく、自分には、牧口先生、戸田先生、そして池田先生という、人生の何たるかを把握された本物の人たちがいる。自分はようやく素晴らしい宗教に巡りあえた」──そう強く実感できたのです。

ハンコック: 本当にそうです。私たちには、池田先生という師匠を持つことのできた福運があります。先生は常に、私たちの方途を照らし、人生を光の方向へと向かわしめてくれます。
 宗教に偏見(へんけん)を抱(いだ)く人の、心の壁(かべ)を破(やぶ)るのは、もちろん大変です。しかし、私たちの振る舞いが、その壁を破ることを可能にします。








最終更新日  2011.08.21 13:57:46
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♪ 魂の人間讃歌 ♪  ジャズと人生と仏法を語る

第11回 未来を開く善き縁(上)

分かち合えば幸福は大きくなる

学会の座談会は
ハンコック氏:人類益のために協力するモデル
ショーター氏:人生や生命の法則を学べる大学

池田: ますます元気な、お2人の活躍、本当に嬉しい。
 ハンコックさん、さきのグラミー賞、おめでとう! しかも、いっぺんに2部門の受賞、あらためて、お祝い申し上げます。通算では、これで14回目の快挙(かいきょ)になると聞いています。全世界の同志が、万歳! 万歳! 万歳! と喜んでいます。

ハンコック: 池田先生、即座に心温まる祝電を頂き、ありがとうございました。どんなに忙しい最中でも、真心の励ましを贈ってくださる先生に感謝申し上げます。度重なる激励に、いつもいつも元気と勇気をいただいております。私は、先生の弟子として勝利できたのです。

ショーター: 本当におめでとう、ハービー! 音楽家として、同志として、共に前進する戦友の栄誉を心の底から誇りに思うよ。

池田: 常に苦楽を分かち合ってこられた、お2人の「友情」と「創造」の誇り高き行進に、私は最大の敬意を表します。
 受賞アルバムを、私は何度も聴きました。偉大な人間の讃歌であり、生命の讃歌であり、そして平和の讃歌です。強く強く心を打たれました。
 ちょうど、授賞式の直後(2月17日)、東京の信濃町では、新しい「創価文化センター」の起工式が行われました。奇しくも、その一角は、かつて一流レコード会社のスタジオがあって、ハンコックさんも30年以上前から、録音を行っていた場所です。来賓の方々も、その縁を聞かれ、感銘を深くされていました。
 来年の秋には完成して、日本そして世界の尊き同志をお迎えする予定です。お2人も、ぜひ、お招きしたい。創価の文化の宝城ですから!

ハンコック: 嬉しいです。精魂(せいこん)を込めてレコーディングを行った、懐かしい思い出の場所です。
 この鼎談(ていだん)でも取り上げてくださったように、今回、賞を頂いたアルバム「イマジン・プロジェクト」は、異文化への尊敬や、我々は皆、同じ「人間」だと認識することの大切さについて表現した作品です。
 池田先生が常々、語られている通り、私たちは同じ「ルーツ」(起源)からきており、同じ「母なる地球」から生まれ出ています。言語や文化の違いはあっても、はるかに似通っている点が多い。ですから、お互いに「人間」として、我々が望むグローバル化(地球一体化)を積極的にデザインして、その建設と創造へ、何かを始めよう! と呼びかけています。

池田: 素晴らしいことです。
 互いに励まし合い、生きる喜びや感動を広げながら、よりよき未来へ、具体的な行動を起こしていく──。そこには、弾む生命の共鳴があり、前進のリズムがあります。
 わが創価の友は、今日も希望に燃え、勇気に燃えて、日本中、世界中で、社会に貢献しています。大震災の被災地でも、愛する地域の復興のために、皆、懸命に尽くしています。
 この誉れの同志に、魂の凱旋曲を贈ってくれているのが、お2人です。

ハンコック: ありがとうございます。
 人々が生命の低次元の境涯から抜け出して、お互いを必要としていることに気づき、皆が真に幸福でなければ誰も真に幸福にはなれないことに気づけるように、人々を励ますため、私たちのやるべきことはたくさんあります。

ショーター: 皆がお互いを必要とするという点は、音楽も同じです。というのも、作曲していると、一音一音が「人格」を備えているように感じます。組み合わさることで、すべての音が動き出し、別の音へ変化し、成長していくのです。そこでは、どの音も、他の音調なしには、完全な音にはなれません。
 これは、SGIの会合や活動にも当てはまるのではないかと思います。そこではあらゆる種類の人たちが、同じ人間として、対話し、自分の考えを述べ合い、研鑽(けんさん)するので、自分自身を磨き、成長できる可能性が一段と高まるのです。

池田: 嬉しい発言です。
 万人成仏の道を示したのが法華経です。その会座で、竜女(りゅうにょ)は、頑(かたく)なに女人成仏を信じようとしない増上慢(ぞうじょうまん)の舎利弗(しゃりほつ)らに対して、「我が成仏を観よ」と叫びました。
 御書には、これは舎利弗を責めた言葉であると説かれています。すなわち、自らと関係のない「竜女の成仏」と思うのは間違いであり、「我が成仏」すなわち自分自身の成仏と捉えていきなさい、との叱責が込められているといわれるのです(御書747ページ)。
 独(ひと)りよがりではない。皆が切磋琢磨(せっさたくま)しながら、共々に成仏という最高の幸福境涯を開いていくのが、私たちの創価の世界です。だから、苦しんでいる人、悲しみに沈む人を放っておけないのです。

ハンコック: 学会の座談会には、対話があります。それは、一方通行ではなく、誰もが自分の人生や生命の法則に関する質問ができる場であります。私たちの座談会では、池田先生の指導を大いに学び合うので、この会合を「池田大学」と呼んでいます。

池田: 人権の闘士・キング博士の盟友であるハーディング博士との対談でも話題になりましたが、アメリカの同志たちの間では、体験を「シェアする(分かち合う)」ことが大切にされていますね。
 幸福や喜びは、独り占めしようとしたり、奪い盗ろうとすれば、消え去ってしまう。分かち合えば、それだけ大きくなり、永続していくものでしょう。
 今、東北をはじめ被災地でも前進と希望を掲げ、座談会が行われています。そこでは被災した同志が、悲しみを分かち合い、励まし合い、歌を朗らかに歌って、再起を誓い合っています。こうした心の復興が、どれほど地域社会の力になっているかわかりません。

ハンコック: 学会活動は、人生に信心をどう生かしていけばよいのかという体験を、まさしく「シェアする(分かち合う)」機会です。
 他の人の話を聞き、「そういう思いで祈るのか!」と、自分では考えなかったような“応用法”を知り、感動するのです。
 私たちは学会活動を通し、メンバーが互いを応援し、支え合い、つながり合うことの価値を学ぶことができます。
 それは決して、上から下へのトップダウンではありません。学会の会合では全員が平等です。幹部などの中心者はいるかもしれませんが、それは他のメンバーより上という意味ではありません。

池田: その通りです。偉ぶっている人は、少しも偉くないんです(笑い)。
 中国の妙楽大師は、「教(きょう)弥(いよい)よ実なれば位(くらい)弥よ下(ひく)く教弥よ権(ごん)なれば位弥よ高き故に」(同340ページ)と述べています。教えが真実であればあるほど、より低い機根の人をも救えるとの意義です。リーダー論に約するならば、信心が深まれば深まるほど、いよいよ、わが身を謙虚(けんきょ)に低くし、より苦労しながら、大勢の人に尽くす生き方です。

ショーター: 池田先生が、そうしたリーダーの手本を示してくださっていますから、深く理解できます。
 座談会は、他のいくつかの宗教に見られるような、いわゆる信仰告白の場とは違います。普通なら、自分自身の中にしまっておくようなデリケートな話題についても、当惑を恐れず、自由に語り合えます。座談会は、参加者が、それまで胸の内にしまって誰にも明かしたことのないことまで率直(そっちょく)に語れる場なのです。
 座談会は、相手の立場に立ち、男女や人種や世代の違い、文化的・地理的な環境の違いによって生じる問題の本質を深く理解していくのに役立ちます。そうした善意と同志を思う精神は、権力や富の獲得のみを願う心とは、まさに対極のものです。
 したがって、座談会は、異なる国の人々が、対話を通してお互いの相違を乗り越え、人類全体の立場に立って力を合わせていくための範例ではないかと思います。
       
池田: 戸田先生は言われていました。
 「社会がいくら暗く、殺伐(さつばつ)としていても、学会の会合だけは、本来、絶対に明るい、自信と勇気に満ちた会合でなければならない」と。
 たとえ行く時には気持ちが沈んでいても、帰りには元気はつらつと、歌を口ずさむような心で帰ることができる。これが、創価の集いです。

 アメリカで、女性として最初に最高裁判所の判事に任命されたサンドラ・デイ・オコナーさんは、語っておられました。
 「社会変革は、立法府や裁判所だけではなく、主に家庭や道ばた、職場において、人々の心を変えていくことにかかっている。私たち一人一人が、成功への重要な役割を担っている」
 私たちは、創価の対話の交響楽を、さらに賑(にぎ)やかに広げていきたい。地道に見えても、ここにこそ、心の支えが見つからない現代社会を蘇(よみがえ)らせる確かな道があるからです。(下につづく)
(2011年7月8日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.08.21 13:57:26
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2011.07.11

♪ 魂の人間讃歌 ♪  ジャズと人生と仏法を語る

第11回 未来を開く善き縁(下)

(下-1からのつづき)

ハンコック: 仏縁といえば、私に信心を教え、SGIに縁させてくれたのは、私のバンドでベースを弾いていた、バスター・ウィリアムスさんでした。ある公演で、彼は驚くべきソロ演奏を披露し、私たちを高揚させたのです。演奏が終わると大勢の聴衆がステージに走り寄ってきました。感動のあまり泣いている人もいました。その衝撃の公演が終了した後、私は思わず彼を楽屋に連れていき、尋ねたのです。

 「君が、何か新しい哲学か宗教を実践していると聞いている。もし、それが、こんな演奏を可能にするのなら、それが何かを知りたいんだ」と。
 バスターは、それについて私に話す機会が訪れることを祈っていたと言って、「南無妙法蓮華経」の題目について話し始めました。彼は、それが「法」であり、宇宙の法則であると話してくれました。
 私は彼の話に多くの希望が含まれていることに好感をもちました。「南無妙法蓮華経」が何かは分かりませんでしたが、バスターは、私が信じようが信じまいが、題目には力があり、効果があると力説しました。それで私は、「まだ信じてはいないが、試すだけでいいのなら、失うものは何もない」と始めてみたのです。

池田: 音楽家として、また人間として、真摯(しんし)に向上の道を求めておられたのですね。
 今、言われた「試してみよう」という勇気が大事です。
撰時抄(せんじしょう)には、「此の度 仏法を心みよ」(同291ページ)と仰せです。
 私が19歳で入信したのも、仏法の深遠な法理を理解し、納得できたからではありません。むしろ宗教は好きではなかったし、懐疑的(かいぎてき)なほうでした(笑い)。しかし、戸田先生の偉大な人格に触れ、そして軍部政府と対峙して2年間投獄されていたことを知り、“この人なら信じられる”と直感したのです。
 ショーターさんは、亡き奥様のアナ・マリアさんから信心を教わったのでしたね。
        
ショーター: ええ。彼女は、ハービーから、この信心を紹介されました。
 私は、彼女がどう行動するのかを見ていました。勤行を実践してしばらくすると、彼女は別人のように変わりました。私は非常に驚きました。その時の私の気持ちは、言葉は表せません。そこで、私にも教えてほしいと頼んだのです。

ハンコック: ウェインは、当初、人間の成長に“決められた形式”は必要ないと考えていたよね。今とは正反対だけど、ちょっと傲慢(ごうまん)な部分もあったかなあ……、いや、ちょっとどころではなかったかもしれない(爆笑)。

ショーター: そうだったね(笑い)。
 しかし、仏法を実践して最初に感じた功徳は、価値ある哲学と偉大な師匠に巡りあえたとの実感です。
 「私は独りぼっちではなく、自分には、牧口先生、戸田先生、そして池田先生という、人生の何たるかを把握された本物の人たちがいる。自分はようやく素晴らしい宗教に巡りあえた」──そう強く実感できたのです。

ハンコック: 本当にそうです。私たちには、池田先生という師匠を持つことのできた福運があります。先生は常に、私たちの方途を照らし、人生を光の方向へと向かわしめてくれます。
 宗教に偏見(へんけん)を抱(いだ)く人の、心の壁(かべ)を破(やぶ)るのは、もちろん大変です。しかし、私たちの振る舞いが、その壁を破ることを可能にします。

池田: 今日のSGIへの信頼の広がりは、ひとえに広宣流布のため、即世界の平和のため、民衆の幸福のために、同志の一人一人が良き市民として行動し抜いてきたからこそです。どれほど大変だったか。苦楽を共に戦った人のことは、私は絶対に忘れません。

ショーター: 私はこの仏法の偉大さを、日々感じています。私は「魔及び魔民(まみん)有りと雖(いえど)も皆仏法を護(まも)る」(同1242ページ)という仏法の考え方が好きです。この教えのお陰で毎朝、起きると、「さあ、今日も自身の歓喜の勝利劇のヒーローを演じよう」との決意が湧(わ)いてくるのです。敵意や悪意など悪鬼の働きをも味方にするのが、仏法です。
 私たちがそれらと共存しながら打ち勝つ道は、「一緒に笑わせること」ではないでしょうか。これは、ちょうど、飛行機が離陸する時、空気の抵抗を味方につけるのと同じだと思います。

池田: 一緒に笑わせる──いい言葉です。

「立正安国論」では、対話の途中、客人は顔色を変えて反発し、席を立とうとする。すると、主人は「咲(え)み止(とど)めて」(同24ページ)、すなわち笑みをたたえながら客の足を止めて包容(ほうよう)し、諄々(じゅんじゅん)と諭していきます。そして最後には、客人自身が「唯(ただ)我(わ)が信ずるのみに非(あら)ず又他の誤(あやま)りをも誡(いまし)めんのみ」(同33ページ)と立正安国の行動を清々しく決意していくのです。反対者をも味方に変える──まさに究極の座談の模範(もはん)です。

 日蓮大聖人は「釈迦如来(しゃかにょらい)の御ためには提婆達多(だいばたった)こそ第一の善知識(ぜんちしき)なれ、今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人=味方)よりも強敵(ごうてき)が人をば・よくなしけるなり」(同917ページ)とも仰せになられました。
 自分の「一念」次第、「勇気」次第で、一切を善知識に変えていけるのです。
 さらに、世界広宣流布の未来を明かされた「顕仏未来記(けんふつみらいき)」には仰せです。
 「願くは我を損(そん)ずる国主等をば最初に之を導(みちび)かん」(同509ページ)と。
 いかなる人も、御本仏にとっては救うべき存在です。それが仏の慈悲(じひ)です。
 私たちも、すべての試練(しれん)を前進の活力(かつりょく)にし、あらゆる存在を味方に変えていく、広布と人生の痛快(つうかい)な勝利劇を伸び伸びと演じていきたいものです。
 良き友、良き音楽と一緒に!

(2011年7月9日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.07.11 16:39:19
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第11回 未来を開く善き縁(下)

「核なき世界」は不可能ではない

すべての試練を前進の力に

ショーター氏:今日も痛快な勝利劇を
ハンコック氏:人生は常に光の方向へ

池田: お2人が度々、訪れて、交流を結んでこられた広島の方々も、この鼎談(ていだん)の連載を大変に喜んでくださっています。
 ショーターさんとハンコックさんは、2002年、原爆ドームを対岸に望む、元安川(もとやすがわ)の親水テラスで、「平和と音楽の夕べ」を開いてくれました。さらに2005年、被爆60年の年にも広島を訪れ、青年部を中心に開催した世界青年平和音楽祭に友情出演されました。お2人とも一貫して、「文化の大使」として平和の大切さを訴えてこられました。

ハンコック: 広島を訪れるたびに、特別な思いが心をよぎります。心が揺さぶられます。言葉には尽くせない思いが去来します。
 原爆の投下で命を落とした人たち、運命を変えられてしまった人たちのことを思わずにはいられません。
 あの犠牲は、私たちの発想を根本から転換(てんかん)させる礎(いしずえ)となるでしょう。
 あの過ちを2度と犯してはならない。「核のない世界」を実現しなければならない。「非暴力の世界」を目指さなければならない──その目標を達成するためにベストを尽くすとの決意を固めなければなりません。

ショーター: 私の広島や長崎についての思いは、すべて、小説『人間革命』の冒頭の一節──
 「戦争ほど、残酷(ざんこく)なものはない。
 戦争ほど、悲惨(ひさん)なものはない」
 に言い尽くされています。そして、この思いは、私にとって、仏法の実践と直接、結びついているのです。

 私は、2005年の平和音楽祭で、広島の青年たちに「まだ間に合う!」と訴えました。それは、「焦ってはいけない」し、「性急に行動してはいけない」という意味を込めたものです。
 人類の歴史は、見方を変えれば戦争や紛争、争いを繰り返してきた歴史であったと言えます。人類は、いまだその宿命を転換できずにいます。しかし、焦(あせ)ると“もう時間がない”“遅すぎる”という思いにかられ、悲嘆して空回りしてしまいます。そうならないためには、将来の目標をしっかり見定め、信念の行動を貫いていくことだと思います。

池田: まもなく、原爆投下から66回目の夏を迎えますが、核兵器の廃絶は、わが師・戸田城聖先生の遺訓です。
 恩師は逝去される前年(1957年)の9月8日に「原水爆禁止宣言」を発表し、人類の生存権を根源的に脅かす核兵器は“絶対悪”であり、その廃絶が世界平和の実現のために欠かせないと訴えられました。
 以来、半世紀以上にわたって、私はこの師の精神を時代精神に高めるため、各国の指導者と対話を重ね、民衆の連帯を広げるべく行動を続けてきました。
 こうした中、昨年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最終文書で、初めて「核兵器禁止条約」への言及がなされたのに加え、“核兵器の使用がもたらす壊滅的な結果を踏まえ、各国に国際人道法の遵守を求める”という画期的な内容が盛り込まれました。
 時を経て今、まさに戸田先生が訴えておられた方向性へと、国際社会の認識がさらに向かいつつあるのです。

ショーター: 時代の変化の兆しが、明確な形になって現れてきたということですね。

池田: その通りです。
 私は今年の「SGIの日」記念提言でも、2015年のNPT再検討会議を広島と長崎で行い、各国の首脳や市民社会の代表が一堂に会して、核時代に終止符を打つ「核廃絶サミット」の意義を込めたものとすることを提唱しました。
 このほど広島市は、長崎市や政府と連携を図りながら、NPT再検討会議の誘致を目指したいとの考えを表明しました。
 もはや機は熟しており、私たち民衆が団結して行動を起こし、「核兵器のない世界」の実現に進まなければなりません。

 日本の青年部は昨年、「核兵器禁止条約」の制定を求める227万人もの署名を集め、国連事務総長とNPT再検討会議議長に提出しました。
 そして現在も、広島・長崎・沖縄を中心に青年部のメンバーが、2015年を目標に掲げて、一年また一年と、「核兵器のない世界」への潮流を強めていくため、一対一の対話を根本に、若い世代の意識啓発に全力で取り組んでいます。
 私は、原水爆禁止を叫ばれた、あの時の戸田先生と同じ思いで、わが後継の青年たちに呼びかけたい。
 座(ざ)して地球の危機を看過(かんか)するのではなく、私たちが生きるこの時代に、「核兵器のない世界」は不可能ではないことを、青年の熱と力で断じて証明しようではないか──と。

ハンコック: 「SGIの日」記念提言は、今年で29回を数えるものでしたね。池田先生は、これまで何十年もの間、人類が生存するためのあり方について、語り、綴り、行動されてきました。一貫して平和の擁護(ようご)者として活動してこられました。
 私も先生に啓発され、音楽を通じ、人々の精神を高めていこう、民衆の歓喜の爆発を起こしていこうと、決意を新たにしています。

池田: 尊い志です。心に灯した平和の火は、明るく燃え伝わっていきます。深く病んだ時代だからこそ、人々の心から、生きる喜び、生き抜く勇気を引き出していく躍動の音律が、ますます大切です。妙法の芸術家の使命は重い。今、日本でも、創価の芸術部の友が奮闘してくれています。
 生命は微妙です。いかなる縁に触れるかによって大きく変わります。
 御書には、「春の時来(とききた)りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆(みな)悉(ことごと)く萠(も)え出生(しゅっしょう)して華敷(はなさ)き栄(さか)えて世に値う気色(けしき)なり」(同574ページ)と説かれます。
 無心の草木も、縁によって開花し、結実し、万物を養育する。人間の生命は、善知識(ぜんちしき)に会うことによって、仏性が現れてくると示されているのです。善知識とは“仏道へ正しく導く善友”のことです。自身が善知識を求めるとともに、多くの人々と仏縁を結んで、善智識となっていくことが、御書の精神に適った仏道修行の正道です。
 次元は少し異なりますが、今回の震災でも、苦境の中で多くの命を支えたものは、人間と人間の絆(きずな)でした。善(よ)き縁(えん)を結ぶことは、自他共に生きる力を強めてくれるのです。(下-2につづく)

(2011年7月9日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.07.11 16:38:47
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第11回 未来を開く善き縁(上)

分かち合えば幸福は大きくなる

学会の座談会は
ハンコック氏:人類益のために協力するモデル
ショーター氏:人生や生命の法則を学べる大学

池田: ますます元気な、お2人の活躍、本当に嬉しい。
 ハンコックさん、さきのグラミー賞、おめでとう!
 しかも、いっぺんに2部門の受賞、あらためて、お祝い申し上げます。通算では、これで14回目の快挙(かいきょ)になると聞いています。
 全世界の同志が、万歳! 万歳! 万歳! と喜んでいます。

ハンコック: 池田先生、即座に心温まる祝電を頂き、ありがとうございました。どんなに忙しい最中でも、真心の励ましを贈ってくださる先生に感謝申し上げます。度重なる激励に、いつもいつも元気と勇気をいただいております。私は、先生の弟子として勝利できたのです。

ショーター: 本当におめでとう、ハービー! 音楽家として、同志として、共に前進する戦友の栄誉を心の底から誇りに思うよ。

池田: 常に苦楽を分かち合ってこられた、お2人の「友情」と「創造」の誇り高き行進に、私は最大の敬意を表します。
 受賞アルバムを、私は何度も聴きました。偉大な人間の讃歌であり、生命の讃歌であり、そして平和の讃歌です。強く強く心を打たれました。
 ちょうど、授賞式の直後(2月17日)、東京の信濃町では、新しい「創価文化センター」の起工式が行われました。奇しくも、その一角は、かつて一流レコード会社のスタジオがあって、ハンコックさんも30年以上前から、録音を行っていた場所です。来賓の方々も、その縁を聞かれ、感銘を深くされていました。
 来年の秋には完成して、日本そして世界の尊き同志をお迎えする予定です。お2人も、ぜひ、お招きしたい。創価の文化の宝城ですから!

ハンコック: 嬉しいです。精魂(せいこん)を込めてレコーディングを行った、懐かしい思い出の場所です。
 この鼎談(ていだん)でも取り上げてくださったように、今回、賞を頂いたアルバム「イマジン・プロジェクト」は、異文化への尊敬や、我々は皆、同じ「人間」だと認識することの大切さについて表現した作品です。
 池田先生が常々、語られている通り、私たちは同じ「ルーツ」(起源)からきており、同じ「母なる地球」から生まれ出ています。言語や文化の違いはあっても、はるかに似通っている点が多い。ですから、お互いに「人間」として、我々が望むグローバル化(地球一体化)を積極的にデザインして、その建設と創造へ、何かを始めよう! と呼びかけています。

池田: 素晴らしいことです。
 互いに励まし合い、生きる喜びや感動を広げながら、よりよき未来へ、具体的な行動を起こしていく──。そこには、弾む生命の共鳴があり、前進のリズムがあります。
 わが創価の友は、今日も希望に燃え、勇気に燃えて、日本中、世界中で、社会に貢献しています。大震災の被災地でも、愛する地域の復興のために、皆、懸命に尽くしています。
 この誉れの同志に、魂の凱旋曲を贈ってくれているのが、お2人です。

ハンコック: ありがとうございます。
 人々が生命の低次元の境涯から抜け出して、お互いを必要としていることに気づき、皆が真に幸福でなければ誰も真に幸福にはなれないことに気づけるように、人々を励ますため、私たちのやるべきことはたくさんあります。

ショーター: 皆がお互いを必要とするという点は、音楽も同じです。というのも、作曲していると、一音一音が「人格」を備えているように感じます。組み合わさることで、すべての音が動き出し、別の音へ変化し、成長していくのです。そこでは、どの音も、他の音調なしには、完全な音にはなれません。
 これは、SGIの会合や活動にも当てはまるのではないかと思います。そこではあらゆる種類の人たちが、同じ人間として、対話し、自分の考えを述べ合い、研鑽(けんさん)するので、自分自身を磨き、成長できる可能性が一段と高まるのです。

池田: 嬉しい発言です。
 万人成仏の道を示したのが法華経です。その会座で、竜女(りゅうにょ)は、頑(かたく)なに女人成仏を信じようとしない増上慢(ぞうじょうまん)の舎利弗(しゃりほつ)らに対して、「我が成仏を観よ」と叫びました。
 御書には、これは舎利弗を責めた言葉であると説かれています。すなわち、自らと関係のない「竜女の成仏」と思うのは間違いであり、「我が成仏」すなわち自分自身の成仏と捉えていきなさい、との叱責が込められているといわれるのです(御書747ページ)。

 独(ひと)りよがりではない。皆が切磋琢磨(せっさたくま)しながら、共々に成仏という最高の幸福境涯を開いていくのが、私たちの創価の世界です。だから、苦しんでいる人、悲しみに沈む人を放っておけないのです。

ハンコック: 学会の座談会には、対話があります。それは、一方通行ではなく、誰もが自分の人生や生命の法則に関する質問ができる場であります。私たちの座談会では、池田先生の指導を大いに学び合うので、この会合を「池田大学」と呼んでいます。

池田: 人権の闘士・キング博士の盟友であるハーディング博士との対談でも話題になりましたが、アメリカの同志たちの間では、体験を「シェアする(分かち合う)」ことが大切にされていますね。
 幸福や喜びは、独り占めしようとしたり、奪い盗ろうとすれば、消え去ってしまう。分かち合えば、それだけ大きくなり、永続していくものでしょう。
 今、東北をはじめ被災地でも前進と希望を掲げ、座談会が行われています。そこでは被災した同志が、悲しみを分かち合い、励まし合い、歌を朗らかに歌って、再起を誓い合っています。こうした心の復興が、どれほど地域社会の力になっているかわかりません。

ハンコック: 学会活動は、人生に信心をどう生かしていけばよいのかという体験を、まさしく「シェアする(分かち合う)」機会です。
 他の人の話を聞き、「そういう思いで祈るのか!」と、自分では考えなかったような“応用法”を知り、感動するのです。
 私たちは学会活動を通し、メンバーが互いを応援し、支え合い、つながり合うことの価値を学ぶことができます。
 それは決して、上から下へのトップダウンではありません。学会の会合では全員が平等です。幹部などの中心者はいるかもしれませんが、それは他のメンバーより上という意味ではありません。

池田: その通りです。偉ぶっている人は、少しも偉くないんです(笑い)。
 中国の妙楽大師は、「教(きょう)弥(いよい)よ実なれば位(くらい)弥よ下(ひく)く教弥よ権(ごん)なれば位弥よ高き故に」(同340ページ)と述べています。教えが真実であればあるほど、より低い機根の人をも救えるとの意義です。リーダー論に約するならば、信心が深まれば深まるほど、いよいよ、わが身を謙虚(けんきょ)に低くし、より苦労しながら、大勢の人に尽くす生き方です。

ショーター: 池田先生が、そうしたリーダーの手本を示してくださっていますから、深く理解できます。
 座談会は、他のいくつかの宗教に見られるような、いわゆる信仰告白の場とは違います。普通なら、自分自身の中にしまっておくようなデリケートな話題についても、当惑を恐れず、自由に語り合えます。座談会は、参加者が、それまで胸の内にしまって誰にも明かしたことのないことまで率直(そっちょく)に語れる場なのです。
 座談会は、相手の立場に立ち、男女や人種や世代の違い、文化的・地理的な環境の違いによって生じる問題の本質を深く理解していくのに役立ちます。そうした善意と同志を思う精神は、権力や富の獲得のみを願う心とは、まさに対極のものです。
 したがって、座談会は、異なる国の人々が、対話を通してお互いの相違を乗り越え、人類全体の立場に立って力を合わせていくための範例ではないかと思います。
       
池田: 戸田先生は言われていました。
 「社会がいくら暗く、殺伐(さつばつ)としていても、学会の会合だけは、本来、絶対に明るい、自信と勇気に満ちた会合でなければならない」と。
 たとえ行く時には気持ちが沈んでいても、帰りには元気はつらつと、歌を口ずさむような心で帰ることができる。これが、創価の集いです。

 アメリカで、女性として最初に最高裁判所の判事に任命されたサンドラ・デイ・オコナーさんは、語っておられました。
 「社会変革は、立法府や裁判所だけではなく、主に家庭や道ばた、職場において、人々の心を変えていくことにかかっている。私たち一人一人が、成功への重要な役割を担っている」
 私たちは、創価の対話の交響楽を、さらに賑(にぎ)やかに広げていきたい。地道に見えても、ここにこそ、心の支えが見つからない現代社会を蘇(よみがえ)らせる確かな道があるからです。(下につづく)
(2011年7月8日付 聖教新聞






最終更新日  2011.07.11 16:37:59
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2011.06.06
共に励まし 共々に征かなむ
創価家族の旅路は三世に常楽我浄


ハンコック: 学会の清々しい「友人葬」のお話を、私は感銘深く伺いました。ジャズ発祥の地・ニューオーリンズに伝わる「セカンドライン」という風習が思い出されます。
 それは、誰かが亡くなって葬儀が終わった後、主要な第一の行列「メーンライン」の後ろに友人や知人が行列を組んで、賑やかにジャズ演奏のパレードをして、死後の幸せを祝福するものです。こういう死者を喜んで送る風習は、西洋にはあまりありません。

池田: 「美しい音楽といえば、一度ニューオリンズの葬式を見てほしい」(『聖地ニューオリンズ 聖者ルイ・アームストロング』外山喜雄・外山恵子著、冬青社)と、偉大なジャズ音楽家のルイ・アームストロングも語っていました。ジャズ発祥の天地ならではの伝統ですね。
 この芸術と文化の街に、私もかつて訪れました〈1974年〉。6年前のハリケーン「カトリーナ」で市の8割が水没し、今も困難に立ち向かっておられると伺っています。復興を深く祈り続けております。

ハンコック: このニューオーリンズでも、SGIの青年部をはじめ多くの同志が、わが地域を希望の楽土に変革しようと、日々、戦っています。あのハリケーン発生直後にも、先生は心からの励ましを送ってくださいました。
 ジャズ音楽それ自体が、人間の精神にとって最も屈辱的な場所で生まれました。しかし、こうした苦悩と悲哀の状況下においても、音楽は、人々に安らぎを与え、苦悩を和らげ、心を和ませてきたのです。

ショーター: 私は音楽には大きな役割があると思います。それは、問題を先送りしようとする傾向性を克服し、「いざ」という時に、声を発する勇気を与えることです。私たちの人間的成長を助けることです。

池田: 大事な大事な使命です。「今」「ここで」「直ちに」人間の生命を励ますことができる。これが音楽の妙なる力です。

ハンコック: 「ジャズ」という言葉には「活気づける」「賑やかにする」といった意味合いもあります。人類普遍の苦悩に対して、芸術や文化は今、何ができるか──この問いに対しては、ジャズこそは人間の苦悩と悲哀に一条の光を投げかける芸術である、といえると思います。

池田: 誇り高い言葉です。人類普遍の苦悩──「生」「老」「病」「死」という四苦への対峙こそ、まさに仏法の出発点です。どんな権力や名声、財力があっても、この四苦という問題から逃れることはできません。だからこそ、正しい哲学に則って、自己の生命に「心の財」を積み、常楽我浄という幸福境涯を開いていくことを教えたのが仏法です。
 その臨終の境涯について、「天(そら)より四種の花ふり虚空に音楽聞え、諸仏・菩薩は皆常楽我浄(じょうらくがじょう)の風にそよめき給へば・我れ等も必ず其(その)の数に列(つら)ならん」(御書1383ページ)とも説かれております。
 これが広宣流布に戦い、信心をし抜いた悠々たる境涯です。
 私たちは生々流転する現実を見極めながら、与えられた生命を大切に、断じて悔いのない、価値ある一日一日を生き切っていくことです。
 ショーターさんも、ハンコックさんも、言語に絶する苦難を、雄々しく勝ち越えてこられましたね。

ショーター: ありがとうございます。私は大惨事を見聞きする時も、それは永遠に続くものではなく、一瞬のまばたきのようなものと思うようにしています。不運な出来事も、また幸運なことも、短い、一過性のものに過ぎません。そしてまた、億万長者になって欲しいものをすべて手にしたとしても、所詮、はかなく過ぎ去るものです。富や財産も、同じく「一瞬のまばたき」のうちに、いつしか消えてしまうものとして捉えるべきです。
 一方、現実と真正面から向き合う「勇気」は、「一瞬のまばたき」のうちに消えてしまうものではなく、もっと本質的なものです。予期せぬ出来事に対しても応戦し、人と社会に価値を提供しながら、今この瞬間を生き切り、前進し、即興の行動をとる──それには勇気が必要です。

池田: その通りですね。
 悲劇の闇に屈しなかった人格こそが、永遠に輝く偉大な創造の太陽を昇らせることができる。お二人の奏でる魂の曲は、それ自体が生命の凱歌です。その妙なる歓喜の響きは、生死を超えて亡きご家族の生命をも包んでおられることと確信してやみません。
 苦しみや悲しみを超えてこそ、悩んでいる人の真の味方になれる。人の何倍も苦労した体験があるからこそ、より多くの人々を救う使命がある。それが「地涌の菩薩」の誓願でもあります。人の痛みが分かるからこそ、どんな苦悩の淵からも、共に手を携えて立ち上がることができるのです。
  
ハンコック: 私は、この仏法を実践して初めて、自分の使命が何なのかを知りました。仏法に巡りあって、人生とは何なのかを根底から見ることができるようになりました。これは素晴らしいことです。
 人間は、自覚するとしないとにかかわらず、自分を犠牲者と感じる場合が多いものです。とくに黒人社会では、まさに、そう言えます。
 この点、日蓮仏法では、私たちの主な関心事は、外的な要因からもたらされる好ましくないネガティブな影響をどう変換していくかにありますね。
 そのネガティブな影響をもたらした原因を捉え直して、わが人生を向上させる新たな原因につくりかえていくことが大切である──そう教えてくださったのが池田先生です。

池田: 現代は「死を忘れた文明」とも言われます。私が対談したハーバード大学のヌール・ヤーマン博士など心ある識者も、“限りある生”すなわち、人は必ず死ぬという峻厳な現実を忘れ、享楽に流れゆく現代社会のあり方に警鐘を鳴らされていました。生命軽視の風潮の温床となっていくからです。
 仏法では、生命は生死不二であり、三世永遠であると説きます。
 御聖訓には、「自身法性の大地を生死生死と転(め)ぐり行くなり」(同724ページ)と仰せです。

 戸田先生は、人間にとっての「死」を、わかりやすく、よく「睡眠」に譬えておられました。
 ──法華経に「方便現涅槃(ほうべんげんねはん)」とある。朝起きて、一日価値ある仕事をして、夜は睡眠によって疲れを取り、また翌日、はつらつと働いていくように、人は死によって、生命のエネルギーを充満させ、若さを取り戻して、再び蘇生してくるのだと達観されていました。
 大宇宙のなかに溶け込んだ死後の生命は、再び現実世界へ、苦悩する人々を救うために、願って師匠と共に、同志と共に、家族と共に生まれてくることができるのです。私たちは、生死を超えて「共に」生き続けるのです。

ショーター: 大聖人の仏法が贈る温かな励ましに、大いなる勇気と情熱が湧いてきます。私たちは、友に希望の音楽を届けていく決意です。
 私は、最愛の娘も病気で失いました。しかし、そのことから、本当に多くの貴重な、何物にも替え難い功徳を得たと確信しています。
 娘の死と妻の死──この二重の悲劇の後も、笑みを絶やさない私を見た人たちが、訝(いぶか)しがって尋ねました。「娘さんも奥さんも亡くなったのに、あなたの人生は幸せなのか」と。
 そこで私は折伏をするのです。「私はこれから、もっともっと生き抜いて、世界一の幸せ者になりますよ」と。
 私は、ますます元気です。それもみな、この仏法を実践しているおかげです。偉大な師匠に出会えたおかけです。

池田: 学会には、肩を叩き、支え合っていける同志がいる。何があっても、励まし合って変毒為薬(へんどくいやく)できる希望の哲学がある。心新たに、一緒にスクラムを組んで目指しゆくことのできる広宣流布の誓願があります。
 かつて私は、草創から広宣流布に戦い抜かれたご一家に、こう言葉を贈りました。
 「君が憂いに われは泣く
  君が喜びに われは舞う
  共に悲しみ 共に勇敢に
  生涯を 戦い進もう」──と。

 創価家族の人生の旅路は、三世永遠に共に進む「常楽我浄」の旅路です。
 広宣流布の大遠征を期して詠まれた戸田先生の和歌を心に刻みながら、いよいよ私たちは決然と行進していきたい。永遠なる前進の曲を奏でながら!

  妙法の
   広布の旅は
      遠けれど
    共に励まし
      共々に征かなむ

(2011年6月4日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.06.06 14:01:14
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(上-1からの続き)


ハンコック: よく分かります。
 あの時、ウェインが、ほとんどの時間を周囲への励ましに費やしていたことを覚えています。
 アナ・マリアさんは多くの人々にとって、大切な友人でした。ウェインは、その人々を慰めることに時間を使っていたのです。ウェインが慰められていたのではないのです。
 ウェインは、強さと勇気を兼ね備えていました。それらの特性は、仏法の実践を通して生命から発するものでした。じっと動かないのではなく、むしろ、この悲劇によって苦しんでいる友を積極的に助けようとしました。私は、その行動に脱帽します。
 ウェインは、自身の振る舞いを通して日蓮仏法の信仰者としての真髄を示してくれたのです。

ショーター: ありがとう! ハービーが妹のジーンさんを飛行機事故で亡くした時も、立派な信仰者の振る舞いで、周りを勇気づけていたことを、私は忘れておりません。

池田: ジーンさんは、現金を自動で引き出せるATMのシステムを開発するなど、天才的な女性だったと伺っています。音楽にも造詣が深く、ハンコックさんと共に作曲された曲で、グラミー賞も受賞されていますね。兄妹で美しい生命の讃歌を綴り残してこられました。

ハンコック: ありがとうございます。妹は、まさに驚異的な人間でした。学問にしろ、スポーツ、音楽にしろ、手を付けたことは何でも、極めてよくできました。旅行雑誌へ手記を寄稿したこともありました。しかし、1985年、飛行機事故で亡くなったのです。
 事故の知らせを聞いた瞬間、私は、何よりも、母のことが心配になりました。母親にとって、わが子に先立たれること以上に悲惨なことはありませんから……。
 しかし、駆けつけてみると、30人近くの人が集つていましたが、惨事で亡くなったにもかかわらず、明るい雰囲気で、皆が妹を偲び、その人生を讃えていました。母も一緒になって、妹のために題目をあげ、妹の生涯を讃嘆していたのです。妹が特別な存在だったことを、全員が確信していました。私には、これこそ彼女が望んでいたものだったと感じました。

池田: 気高き妹さんの人生の大勝利の象徴ですね。 多くの方々から惜しまれ、偲ばれることは、それ自体が「成仏」の目に見える証拠といえます。そのことは、自ずとご家族に感得されていくものでしょう。これは、学会の友人葬で感銘を広げる清々しい光景でもあります。
 ともあれ、人生の途上にはさまざまな試練があります。仏法で「八苦」の一つとして「愛別離苦(あいべつりく)」があげられているように、最愛の家族との死別は、ことのほか深い悲しみです。

 日蓮大聖人は、その悲嘆に寄り添っていかれました。武士のわが子を争いで亡くした母へのお手紙の中では、「たとえ火の中に入ろうとも、また自らの頭を割ってでも、わが子の姿を見ることができるならば、惜しくはないと思われることであろうと、心中が察せられて涙がとまりません」(同930ページ、通解)とも仰せになっています。
 さらに、南条時光の弟が16歳の若さで急死したとの訃報に対しては、「人は皆、生まれては必ず死ぬ定めであることは、万人が一同に承知していることですから、その時になって、はじめて嘆いたり、驚いたりするべきではないと自分も心得て、人にも教えてきました。しかし、実際にその時に巡りあってみると、夢か幻か、いまだに分からないのです」(同1567ページ、通解)とまで綴られています。
      
ハンコック: 胸に染み入る言葉です。妹が亡くなった後、私自身は、なぜか、しばらく涙が出ませんでした。
 私はそのことに不安を覚えていました。“なぜ、泣けないのだろう”と。
 妹ジーンの死からしばらくたって、彼女が好きだったハワイの海に、遺灰をまくことにしました。両親と私、そして私の娘でハワイに行き、遺灰の入っていた骨壷を抱えた時、私は、ついに初めて泣き崩れて、涙を流しました。
 まだ小さかった娘が、嗚咽している私を見て、「お父さん、お父さん、大丈夫?」と声をかけてくれました。私は「ああ、大丈夫だよ、いや、それ以上になったんだよ」と応えたことを思い出します。その時、やっと自分の思いを外に出すことができたのです。

池田: よく分かります。
 御聖訓にも、「故聖霊(こしょうりょう)(亡きご家族)は法華経の行者でしたから、即身成仏(そくしんじょうぶつ)は疑いありません。だから、嘆(なげ)いてばかりいることはないのです。しかしまた嘆かれるのが、凡夫の道理でありましょう。ただし聖人の身の上にも、この嘆きはあるのです」(同1506ページ、通解)とあります。
 仏法は「本有無作(ほんうむさく)」です。ありのままの人間性の発露(はつろ)でいいんです。悲しみが癒(い)えるまで、時間がかかる場合もあるでしょう。しかし必ず、前を向いて、故人の分までも生命力を強くして進んでいくことができます。
 ともあれ仏法では、「悪象等(あくぞうとう)は唯(ただ)能(よ)く身を壊(やぶ)りて心を壊る能(あた)わず」(同65ページ)と明快に宣言されています。「悪象等」とは、現代的に言えば、飛行機事故や交通事故、また不慮の災害などに当たるでしょう。それらによって、心が壊られることは絶対にありません。
 妙法に照らされた生命は永遠に福徳に輝き、崩されることはないのです。(下に続く)









最終更新日  2011.06.06 13:59:59
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♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第10回 永遠なる前進の曲

心は絶対に壊れない!!


ハンコック氏: 大震災での励ましの行動を賞讃
ショーター氏: 愛する日本の皆様と新たな出発を

池田: このたびの東日本大震災に際して、ショーターさん、ハンコックさんから、万感こもるお見舞いのメッセージ(本紙4月11日付)を送っていただきました。
 被災地の皆様方からも、深い感謝の声が寄せられております。本当にありがとうございました。

ショーター: あらためで、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。
 私たちは、今回の大災害に対して、たんなる傍観者でいることなど、決してできません。もちろん、部外者の立場で、今、日本の皆さんが経験している苦しみが分かるなどとは言えません。
 しかし、日本の皆さんが、直面する苦難を乗り越えようとして取られている勇気ある行動と勝利の姿は、よく知っています。心から賞讃したいと思います。愛する日本の皆さんと苦難を乗り越えるため、私自身、共に新たな出発をしようと決意しています。

ハンコック: 私も、ウェインと全く同じ思いです。被災地の同志の方々が、自らも被害に遭いながら、地域の友を励まし、献身されていることに胸を打たれております。
 学会員が常日ごろから行っている励ましの行動、また信仰活動の中で語り合い、育んでいる慈悲の行動は、大震災の日本において、即座に、そして力の限り実行されたのです。

池田: 自身は九死に一生を得るも、最愛のご家族を亡くされた方がおられる。大津波で家も職場も根こそぎ奪われた方も少なくありません。それでも、自分より大変な方々のためにと救援活動に奔走している青年たちに、私はこう伝えました。
 ──よく戦ってくださった。よく生き抜いてくださった。よく耐え抜いてくださった。
 そして、創価の精神を発揮して、人々の大救済に命を懸けて戦い続けてくださっている。感謝しても感謝しても感謝しきれない。
 君たちの体験こそが、学会精神の真髄であり、誉れである。
 君たちの献身こそが、師弟の魂の脈動であり、誇りである──と。

ショーター: 池田先生のご指導のもと、私たちは、いつも人間の生命や尊厳と関わっています。非常時だけでなく、ふだんから、お互いに支え合い、より人間らしく進歩し、成長できるよう助け合っています。
 人類の歴史は一面、「分断の歴史」といえるかもしれません。しかし、私たち創価の連帯には、慈悲の行動を通して、「全人類を結びつける」使命があるのだと思います。

池田: その通りです。今回、世界中から、お見舞いのメッセージをいただきました。一つ一つが、尊き真心の宝の言葉です。
 エマソン協会のサーラ・ワイダー元会長も語ってくださいました。
 「体験を共有することで、人と人との、より深い結びつきも生まれます」「その体験は、必ずしも成功にあふれたものではなくともよいのです。人々が直面する困難や、それを乗り越えようとする挑戦の物語に、心から耳を傾け合うところに、癒やしの力が生まれるからです」
 厳しい試練の中だからこそ、互いに人間の善なる心を胸に深く光らせ、絆を強めることができます。世界の心ある識者も、被災地の方々の人間味あふれる励まし合いの姿に、人類の明日への希望を見出すことができたと、共感のエールを送ってくださっています。

ハンコック:
 本当に想像を絶する大災害でした。皆、「なぜ、こんなことが起こったのか」と問わずにはいられない心境と察します。しかし、何にもまして重要なことは、「私たちは、これから何をすべきか」と共に考えていくことではないでしょうか。

池田: そうですね。日蓮大聖人の「立正安国論」は、ご存じのように。鎌倉地方を襲った前代未聞といわれる“正嘉の大地震”(1257年)を機縁として執筆されました。
 冒頭は「旅客(りょかく)来(きた)りて嘆(なげ)いて曰(いわ)く近年より近日に至るまで天変地夭(てんぺんちよう)・飢饉疫癘(ききんえきれい)・遍(あまね)く天下に満(み)ち広く地上に迸(はびこ)る」(御書17ページ)という客人の悲嘆から書き起こされています。それは、まさしく、当時の人々が抱いていた“なぜ、こんなことが”との思いであったことでしょう。
 その痛切な憤?(ふんぴ)(言い表せぬ憤り)を分かち合いながら、大聖人は対話を進められていきます。そして経文に照らして邪見を正され、遂には客人が共に「速(すみやか)に対治を回(めぐらし)して早く泰平(たいへい)を致し」(同33ページ)との行動の決意に立ち上がるまで導いていかれるのです。
 とくに大聖人は、仏法の明鏡の上から、大地震などの天災、飢饉や疫病に続いて、さらに「他国侵逼(たこくしんぴつ)の難」「自界叛逆(じさかいほんぎゃく)の難」という戦争や内乱を起こすことがあっては断じてならぬと、為政者(いせいしゃ)に厳しく警鐘を鳴らされました。
 とともに、苦難の時代を生きる健気な庶民には、「大悪をこれは大善きたる」「各各なにをかなげかせ給うべき」(同1300ページ)と絶対の希望と勇気を贈られたのです。
 大切なのは、対話を手放さないことです。正しき哲学を打ち立てるために、一歩、前へ踏み出すことです。自分につながる、すべての人々と共に! 今から広がる、明るい未来のために!

ショーター: 本当にそう思います。被災地へのメッセージでも触れましたが、私が妻のアナ・マリアを飛行機事故で失ったのは、1996年の7月17日のことでした。すぐに、池田先生から励ましの言葉をいただきました。
 「奥様は、あなたの心に永遠に生き続けています。2人は永遠に一緒です」「ときには、深い孤独と悲しみを覚えるかも知れない。しかし、苦難が深いほど、人生の真価は輝くのです」と。
 この先生の激励を受けて、私は、ただひたすら題目を唱えました。
 悲しみのあまり自暴自棄になり、自分を破滅させることもあり得たでしょう。恐らく車を暴走させて崖から転落したり、酒に溺れてしまったりしていたかもしれません。
 しかし私は、もし自分が、「人間にとって音楽が意味するもの」を追求し続けなければ、妻は悲しむだろうと考えました。そして、作曲の仕事を続けることが、自分の使命なのだと思えるようになりました。
 先生が断言してくださった通り、妻は私の心の中に生き続けていました。
 「そうだ! 妻を失望させてはいけない。彼女は私かどう生きていくのかを、陰から見守っているはずだ」──そう思ったのです。
 こうして4、5週間後には仕事に復帰し、日本への巡業へと旅立ちました。

池田: 家族を亡くされた方々に励ましを贈るため、あえてご自身の辛い体験を語ってくださいました。胸が強く揺さぶられます。心から感謝します。
 日蓮大聖人は、夫を失った南条時光のお母さんに、“ご主人はきっと霊山浄土でこの世界のご家族の様子も昼夜に見守っておられるでしょう”と励まされました。そして「いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死(しょうじ)ともに仏なり、即身成仏(そくしんじょうぶつ)と申す大事の法門これなり」(同1504ページ)と仰せになられています。
 後継の家族が毅然と立ち上がり、勝ち栄えていかれることが、亡くなられた方の成仏の何よりの証明です。(上-2に続く)
        (2011年6月3日付 聖教新聞)







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