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晴ればれとBlog

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「新・人間革命」と私

2018.12.06
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「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

​地域を照らす励ましの太陽に​


教育本部長 高梨幹哉さん


 全国津々浦々に、「平和の世紀」「生命の世紀」を開く人間教育の潮流が広がっていったのだ。人類の闇を破り、未来を照らし出すことができる光は、「教育」という太陽である。(第24巻「人間教育」の章)

 
時代背景
 創価の源流を継承する教育部が1961年(昭和36年)に誕生して以来、山本伸一はその育成に精力を注いできた。75年(同50年)8月12日には創価大学で行われた教育部の夏季講習会で「未来社会を潤す人間教育の、豊かな水脈を」と念願。77年(同52年)2月6日、伸一は創価学園生との懇談に続いて、東京教育部の第1回勤行会に出席する。
 
 「教育本部原点の日」の淵源である教育部夏季講習会が行われた1975年は、学会が年間テーマに「教育・家庭の年」と掲げた年でした。
 教育にとって何よりも大事なことは、子どもたちの声を、精神の心音を「よく聞くこと」――講習会で池田先生が示されたこの指針は、全ての大人が立ち返るべき教育の原点にほかなりません。
 当時、私は創価大学3期生として、徹して一人の学生を大切にする創立者の姿に人間教育の神髄を学ぶ毎日でした。
 その時の感動が、卒業後、高校教諭となった私にとって、どれほど大きな力となったことでしょう。
 「教育部員は、一騎当千の勇者であり、社会を変革する大きな使命を持っている」――これが一貫して変わらぬ先生の期待であり、確信です。
 「教壇の教師」として児童・生徒の成長に尽くすだけではない。地域にあっても、さまざまな悩みを抱えた親子を支える「地域の先生」として奮闘する。そんな一人の教育部員の存在が学校を変え、家庭を変え、社会をも変えていく――ゆえに「教育こそ、人類にとって、最も力を注ぎ込むべき大切な事業」であると、先生は、つづられているのです。
 しかし一方で、日本における家庭・地域の教育力の低下が叫ばれて久しいです。2002年に教育部が「教育本部」へと拡充して以来、全国の教育本部の友は、学校教育に加えて、「幼児・家庭教育」「社会教育」にも注力してきました。
 私たちが近年、「家庭教育懇談会」を推進している理由も、親御さんたちが互いに何でも話し合える ”場” を作り、地域の教育力を高めていきたいとの思いからです。ひとたび太陽が昇ればすべてが明るく照らされるように、私たち一人一人も「あの人に話を聞いてもらえるとホッとする。希望がわく」と思っていただけるような ”励ましの太陽”でありたい。
 明年は先生が「教育の目指すべき道――私の所感」を発表されてから35周年。私自身の人間革命の姿で ”報恩の証し” を示す時であると、決意を新たにしています。



  (2018年12月6日 聖教新聞)







最終更新日  2018.12.06 22:33:08
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2018.12.04

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

​​ 異体同心の誓いを生涯貫く
文化本部女性部長 津田千鶴子さん
 
 城の石垣というのは、同じ形の石ではなく、さまざまな形の石を組み合わせ、積み上げていくから、堅固であるといわれている。野球をするにも、優秀なピッチャーばかり集めたからといって、勝てるものではない。「異体」すなわち、いろいろな人材が必要なんです。 〈第13巻「光城」の章〉 

 
時代背景
 1968年(昭和43年)秋、中部、四国、九州、関西、東京で芸術祭が開かれることになり、芸術部員は新しい人間文化を創造しようと準備にとりかかった。山本伸一は成功に一番大切なこととして、個性を尊重しながら団結することを挙げる。迎えた本番は、劇やバンド演奏、合唱などが心を込めて披露され、各地の芸術祭は大成功に終わった。
 
 「光城」の章には、芸術部への励ましがつづられています。特に、山本伸一が、最高の価値創造には個性を生かしながら団結する「異体同心」の精神が大切と教えている場面が心に残りました。
 異体同心――これこそ、私が接する文化本部(芸術部、学術部、ドクター部、文芸部、スポーツ部、富士交響楽団、創価合唱団で構成)の同志に、今も脈打つ精神だと思います。使命の舞台は、人それぞれ。しかし、皆が多忙な仕事の合間を縫って“後輩を自分以上に”と激励に走り、心一つに前進しています。その中で見事な実証を示す友が、一人また一人と誕生しています。
 その団結の源は、池田先生への感謝の心です。先生は常々、激しい競争の世界で奮闘する文化本部の友に対して、時には「環境に負けるな」、時には「応援しているよ」と語られながら、激励を重ねてくださいました。そうした中で、多くの友が、さまざまな苦難を勝ち越えてきたからこそ、“自分が池田先生から受けた心を伝えたい”と勇んで励ましに走っていけるのだと感じています。
 この章では、芸術部の人材グループ「ヤング・パワー」の結成の淵源についても描かれていますが、結成50周年を迎えた本年、1期生のメンバーが集い合いました。半世紀を経た今も、師匠への誓いにあふれています。
 小説『新・人間革命』を読み返すたびに、感動を新たにしています。それは、全ての人の幸福を願われる先生の慈愛が詰まっているからだと思います。私は今、この小説の指導を記したカードを作成し、悩みを抱えるメンバーに「100万遍の題目に挑戦しよう」と語り、渡しています。10万遍を達成するごとに、カードを1枚渡していくのですが、その中で皆が悩みを解決させています。まさに、先生の紡がれる言葉の力だと感じます。
 「礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」(御書187ページ)との仰せのままに、文化の力で広布を進める文化本部。その友と励まし合い、さらに団結を固めながら、人類に希望を送る人間主義の文化を創造していきます。​​


  (2018年12月4日 聖教新聞)







最終更新日  2018.12.04 21:27:12
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2018.12.03

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

音楽隊長 橋本英明さん

 虚栄や、技術や、才能を超越して、清純にして、怒濤をも打ちくだく情熱と、信心のほとばしる音律こそ、大衆の心を打たずにはおかないとの、強き強き確信をもって前進されたい・・・・(第17巻「緑野」の章)

時代背景

 各地域が特色を生かし、新たな歩みを開始する「広布第2章」の闘争が繰り広げられた1973年(昭和48年)。山本伸一は6月、各県への激励を進めた。福井、岐阜への訪問の後、群馬へ。スポーツ大会に出席する前には、6,000人の同志と記念撮影。さらに、地域の交響楽団で奮闘する同志と懇談し、文化運動に尽力する友を励ました。
 世界各地に、人間文化の花が咲き薫ってこそ平和の緑野は広がっていく――「緑野」の章には、山本伸一の不動の信念がつづられています。
 また、さまざまな苦難に負けずに音楽活動に力を注ぐ友に、「音楽は人間と人間の心を結ぶ、世界の共通語です。人間主義の哲学を根本に、平和の心を、歓喜の共鳴音を広げていってください」と万感の励ましを送る場面も描かれています。
 音楽隊の結成を提案してくださったのも、池田先生です。
 当初、周囲は結成をこぞって反対しましたが、戸田先生は「大作がやるんだったら、やりたまえ!」と賛同され、1954年(昭和29年)5月6日に音楽隊が誕生したのです。「師弟不二の楽団」として出発したことこそ、永遠に変わらぬ私たちの誇りです。
 結成当時の隊員はわずか十数人。音楽に素人のメンバーもいましたが、池田先生の期待を力に変え、歴代の先輩たちは学業、仕事、学会活動、練習にと血のにじむような努力を重ねてきました。
 そうした中、今や日本では100を超える楽団を抱え、吹奏楽では「創価グロリア吹奏楽団」や「関西吹奏楽団」、合唱では「しなの合唱団」、マーチングでは「創価ルネサンスバンガード」が全国大会で「日本一」や「金賞」に輝くなど、日本有数の音楽団体に発展しています。さらに、その流れは国境を超え、30カ国・地域以上に連帯が拡大しています。
 その原動力は、どこまでも池田先生のご指導にあります。音楽隊訓に「苦しい同志に、悩める同志に、希望を与え、勇気を与える」とあります。
 2014年から、東日本大震災や熊本地震などの復興支援の一環として、「希望の絆」コンサートを開催。これまでの公演は、130回を超えます。楽団員一人一人が、真剣な祈りと練習を重ねながら、コンサートに臨んできました。その中で、私たち自身が成長させていただいていると実感します。
 明年は結成65周年を迎えます。さらなる挑戦を重ね、広布推進の妙音を奏でてまいります。​


  (2018年12月3日 聖教新聞)







最終更新日  2018.12.03 21:09:26
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2018.11.26

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

​​師弟こそ一切の勝利の源泉
社会本部長 忍田和彦さん

 仏法の哲理を社会に開き、時代の建設に取り組むことは、信仰者の使命である。それには、一人ひとりが人格を磨き、周囲の人びとから、信頼と尊敬を勝ち得ていくことだ。人間革命、すなわち、人格革命こそが、そのすべての原動力となるのである。
                        〈第24巻「灯台」の章〉
 
時代背景
 信心根本に社会に貢献しゆくことを目指し、社会部、団地部、農村部(現在の農漁光部)、専門部の設置が発表されたのは、1973年(昭和48年)10月のことであった。
 山本伸一は77年(同52年)2月2日、社会部の集会で職場の勝利者となる要諦を語り、17日には農村・団地部の集会へ。友は自覚を深め、社会の灯台と光り輝いていく。
 
 社会部と専門部からなる社会本部。両部ともに先月、結成45周年を迎えました。結成当時は第4次中東戦争によるオイルショックの影響で、日本経済が危機に陥っていた時代。その中にあって、社会に希望の光を送る柱として誕生しました。
 「灯台」の章には、その歴史とともに、私たち社会本部が心に刻むべき指針がちりばめられています。例えば「信心は一人前、仕事は三人前」との言葉です。仕事をやり抜くだけでも、容易ではありません。しかしメンバーは、仕事に果敢に挑戦しながらも勇んで学会活動に駆け付け、自らを鍛えています。そこに、立場は関係ありません。たとえ企業の重役であっても皆と同じように、一兵卒として友のために汗を流し、満々たる生命力で仕事に戻っています。
 その地道な積み重ねが社会での信頼につながっていくことを、あらゆる分野で働く友が見事に証明しています。特に近年は、女性の活躍も目覚ましい。組織でリーダーを務めながら動物園の飼育担当として信頼を勝ち取った友や、信心根本にパイロットを目指して奮闘する女性もいます。
 そうした活力は、どこから生まれるのか。​​
 池田先生は、この章を通して、教えてくださっています。「私は、青年時代から“すべてに勝ち抜いて、戸田先生の正義を世に示すのだ。先生のために戦おう。先生にお喜びいただこう”と決めて戦った。つまり、師弟の道に、私の力の源泉がありました」と。
 事実、「池田先生のご期待に応えたい」「先生に勝利の報告がしたい」と語る友の多くが、のちに社会で成功していく姿を何度も見てきました。まさに、師弟こそ勝利の源泉だと確信します。
 先生は先月、私たち社会本部の友らに対して、“道なき道を開き、勝利の実証を示してきた辛抱強い戦いがあればこそ、学会への揺るがぬ信頼が広がった”とたたえてくださいました。先生がつくられ、先生が常に最大の期待を寄せてくださる社会部と専門部。その誇りを胸に、「仏法即社会」の道を、さらに切り開いてまいります。


  (2018年11月26日 聖教新聞)







最終更新日  2018.11.26 21:33:14
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2018.11.20

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉


本社代表理事 原田光治さん
言葉で希望を送る聖教の使命

​ 人間革命という、一個の人間の生命を変えゆく平和革命の武器は、魂を触発する言葉である。言葉は生命である。言葉は光である。言葉は希望である。わが生命の泉が涸れ果てる瞬間まで、力の限り、語りに語り、書いて書いて、書き続けるのだ!​


〈第10巻「言論城」の章〉


時代背景
 「勝利の年」と名づけられた1965年(昭和40年)。聖教新聞の元日付から、小説『人間革命』の連載が開始された。週3回刊だった同紙の日刊化の準備が進む6月、山本伸一は本社の代表と懇談する。“聖教を世界の言論城に”と激励。同年7月15日付の紙面から日刊となった。これと相前後して、海外でも機関紙・誌が発刊されていく。
 
 本章には、言葉で希望を送る聖教の使命、また、自らペンを振るい続けておられる池田先生のお心がつづられています。
 私が本社に入社したのは1967年。日刊化から2年、昼夜を分かたぬ業務が続いていました。
 活版印刷の時代です。敷き詰めた活字に特殊な厚紙を押し付けてできる「紙型」を、毎日、空路と陸路で全国の印刷所に届けなければなりません。皆が1分1秒を争い戦っていました。
 池田先生は、そんな本紙に魂を込めるように、日々、小説『人間革命』の連載を続けてくださっていたのです。うなりを上げて進む広布の指揮を執りながら、日刊になった聖教を見守り育む日々が、どれほど激しいものだったか。「言論城」の章を読むたび、心からの感謝が湧いてまいります。


 入社2年目から約4年間、先生の随行記者を務めました。ある日、取材を終えて急いで記事を書き上げ、先生のもとへ。先生はそのまま私と一対一で向き合い、「を」と「て」が判読できないほど下手な字につかえながら、全て読んでくださいました。至らない記事の内容を厳しく指摘された後、“良い文章を書き写し、それが身の丈になってはじめて記者の基本ができるんだ。それも全て広布のための苦労じゃないか”と、駆け出しの私を温かく包んでくださいました。
 私だけではありません。編集、印刷、広告、業務の担当者一人一人が、どれほど訓練をいただいたことか。そして、先生が、全国の通信員や無冠の友の皆さまに、どれほど心を砕いてこられたことか。まさに、池田先生の「手作り」でつくられた聖教新聞なのです。
 小説『新・人間革命』第1巻で、山本伸一は「聖教の記者が、各国の大統領や識者にインタビューしながら、仏法の平和思想を堂々と論じていくことが日常茶飯事になる」と断言します。
 その通りの“聖教新時代”が到来しました。
 明年1月には本紙が2万号を迎え、秋には世界聖教会館が完成します。師の心が脈打つ本紙を、読者の皆さまと共にさらに発展させていきます。


  (2018年11月20日 聖教新聞







最終更新日  2018.11.20 19:22:12
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2018.11.16

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

​​SGI女性部長 笠貫由美子さん
世界平和は一人への励ましから

 伸一の平和旅は、生きる希望を失い、人生の悲哀に打ちひしがれた人びとに、勇気の灯を点じることから始まったのである。それは、およそ世界の平和とはほど遠い、微細なことのように思えるかもしれない。しかし、平和の原点は、どこまでも人間にある。 〈第1巻「旭日」の章〉

▼時代背景
 1960年(昭和35年)10月2日、32歳の山本伸一は、世界広布の第一歩としてハワイへ旅立つ。上着の内ポケットに納めた第2代会長・戸田城聖の写真に手を当てる伸一――恩師の遺言である世界広布の扉を今、開くことを思うと、心は躍った。当時、世界は東西の冷戦下。人々は核の脅威や内乱におびえ、貧苦と病苦にあえいでいた。
 世界平和といっても、眼前の一人を徹して励まし抜くことであると教えてくださっています。
 「旭日」の章では、米軍人と結婚してハワイへ渡り、異文化の壁などの不遇を嘆く女性を伸一が励ます場面があります。
 「あなたが幸せになることは、あなた一人の問題にとどまらず、このハワイの全日本人女性を蘇生させていくことになるんです。だから、悲しみになんか負けてはいけません。強く、強く生きることですよ」
 先生の激励により、地涌の使命に目覚めた女性たちが、新たな人生の旅立ちを開始したのです。また同章では、この歴史的な初の海外指導をハワイから開始された意義も、つづられています。
 「戦争の辛酸をなめた人ほど、平和を渇望している。いな、最も不幸に泣いた人こそ、最も幸せになる権利があるはずだ。そうであるならば、太平洋戦争の開戦の島であり、人種の坩堝ともいうべきハワイこそ、世界に先駆けて、人類の平和の縮図の地としなければならない。また、それができるのが仏法である」
 初訪問時、池田先生のハワイ滞在時間は、わずか30数時間。その中で祈りを込め、心血を注いで海外初の地区を結成されたのです。先生手作りのハワイには、温かな創価家族のスクラムが固く築かれています。
 本年、アメリカの青年大会「正義の師子・5万」では、ハワイにも若き友が大結集。会場では、草創からの“パイオニアメンバー”約100人が皆を熱烈に出迎えるなど、うるわしい光景に友人にも感動が広がったと伺いました。
 小説『新・人間革命』の最初の章のタイトルとなった「旭日」のごとく、希望の旭日が赫々と昇るように、世界中で後継の弟子が澎湃と雄飛する時代になりました。全て池田先生の不惜身命の闘争あればこそと、心の底から感謝が込み上げます。
 2020年「学会創立90周年」は、池田先生の海外平和旅から60周年の佳節。世界広布の師弟の大ロマンが描かれた『新・人間革命』を学び深めながら、自身の使命に生き抜いてまいります。 ​​



  (2018年11月16日 聖教新聞)







最終更新日  2018.11.16 19:25:03
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2018.11.09

​「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

創価学園・東京学園長 中川恵夫さん


“創立者との絆”を永遠に

 ​学園生は、かけがえのない、私の宝です。私の命です。大切な、大切な私の子どもです。どんなことをしても、生徒を守ります。生徒のために戦い抜きます。それが私の決意です。​

                               〈第12巻「栄光」の章〉


時代背景
 1968年(昭和43年)4月8日、東京・小平で創価高校・中学の第1回入学式が行われた。これは、初代会長・牧口先生が弟子に託した創価教育の具体化であった。山本伸一は創価学園に幾度も足を運び、生徒をわが子のように励ます。この創価学園を原点に、創価教育は大学、小学校、幼稚園へと展開。卒業生は全世界を舞台に活躍していく。
 
 創価学園の建設の経緯や開校の模様などが描かれた「栄光」の章を開くたびに、創立者である池田先生は、開校当初から今に至るまで、常に変わらぬ期待と慈愛を学園生に注いでくださっていることを実感します。
 特に後半部分では、どこまでも一人の生徒を大切にされてきた様子がつづられており、私たち教職員は、それを創立者自ら、創価教育のあり方を示してくださった“教育実践”として受け止めてきました。だからこそ、この章をいつも心に刻みながら、創立者と同じ思いで学園生を育もうと誓いを新たにしています。
 私は2期生として、創価中学校に入学し、創価高校、創価大学に進学しました。他校の教員を経て、1986年に学園に赴任。学園時代を含めると、38年にわたり学園建設に携わっていることになります。その中で感じることは、“創立者と学園生の絆”の強さです。
 「栄光」の章では、第2回栄光祭の折、創立者が学園生に「獅子から育った子は、全部、獅子です。この創価学園から育った人は、皆、栄光輝く使命を担った存在です」と呼び掛ける場面があります。そうした限りない期待を抱き締め、学園生は日々、自らの使命の舞台を開くために努力しています。それは卒業しても変わりません。「学園時代の誓いのままに頑張っています」と語る卒業生の姿を、数え切れないほど目の当たりにしてきました。花開く時期は違えど、皆が創立者との絆を胸に、自らの使命の花を咲かせようと奮闘しているのです。この創立者との絆こそ、永遠に失ってはならない学園の根本精神だと思います。
 学園は昨年、創立50周年を迎えました。創立100周年に向け、ますます発展しゆく学園を築くため、学園生一人一人に、さらなる決意で創立者の心を伝えていきます。また、東西の創価高校が指定される文部科学省の教育事業「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」などを通し、開校の目的である「日本の未来を担い、世界の文化に貢献する、有為の人材を輩出」するために、全力を尽くしてまいります。


  (2018年11月9日 聖教新聞)







最終更新日  2018.11.09 19:11:06
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2018.11.03

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

​​鼓笛部長 櫻井広枝さん
目的の自覚が大きな力に

 世界で一番、崇高な目的をもっている鼓笛隊じゃないか。だから、皆がその目的と使命を自覚すれば、結果的に見て、自分たちが考えもしなかったような、大きな力が出せるようになる。〈第14巻「使命」の章〉
                  

時代背景
 1969年(昭和44年)7月、アメリカのパレードなどに日本の鼓笛隊が出演。見事な調べで観衆を魅了した。
 その成功の陰には、山本伸一の励ましがあった。同隊の結成は56年(同31年)7月22日。当時はファイフ(横笛)の音が満足に出せず、“スースー隊”と呼ぶ人もいたが、伸一は“世界一になろう”と常に希望を送り続けてきた。

 何のために鼓笛隊があるのか。そして、何のために演奏するのか――。学業や仕事、学会活動などとの両立を超え、“三立”“四立”をしながら懸命に練習に励む鼓笛隊のメンバー。その友と「使命」の章を通し、鼓笛隊に対する先生の深き心を確認し、師弟の誓いを新たにしています。
 この章の新聞連載が始まったのは、2003年のこと。15年たちましたが、今でも開くたびに、“池田先生は、ここまで私たちのことを分かってくださっているのか”と感動が込み上げます。とともに、鼓笛隊員が活動の中で壁に直面した時、その全ての答えは“ここにある”と実感します。​​


 私自身、この章がスタートした03年に鼓笛隊に入隊。高校2年の時には、学校と週4回の鼓笛隊の練習に加え、家計を助けるためにアルバイトをすることに。息つく暇もない毎日に心を失いかけたこともありました。そんな時、鼓笛隊の先輩から励ましを受け、この章を深く学んだことは、私の宝の思い出です。
 この章で、先生は「学会の鼓笛隊は、広宣流布のためにある。世界の平和と、人びとの幸福のためにある」とつづられています。忙しさや現実の課題に流されるたびに、この言葉から勇気をもらい、前進することができました。そして、大学進学が困難な状況にあっても、一歩も引かずに全てに挑戦し経済苦を克服。創価大学への進学を果たすことができました。


 今、この信心の確信と鼓笛隊の誇りを、共に薫陶の青春を歩む鼓笛姉妹に伝えています。
 山本伸一は、鼓笛隊の担う崇高な目的と使命を自覚した時、自分でも考えられないほどの大きな力を発揮することができると語っていますが、鼓笛隊として永遠性の確立へ進む今、一人一人が深く胸に刻むべき大切な精神だと感じます。
 この章を通し、先生が教えてくださったことこそ鼓笛隊にとっての永遠の指針です。これからも先生手作りの鼓笛隊との誇りも高く、世界中の鼓笛姉妹と共に師の心を学び合いながら、どこまでも“平和の天使”の使命を果たしてまいります。


  (2018年11月31日 聖教新聞)







最終更新日  2018.11.04 00:34:18
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2018.11.01

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

​​アメリカSGI アディン・ストラウス理事長   
生命尊厳の輝く新時代を

 組織といっても、あるいは運動といっても、それを支えているのは、一人ひとりの人間である。その人間が一念を転換し、使命に目覚め立ち、最大の力を発揮していくならば、全てを変えることができる。(第12巻「新緑」の章)

時代背景
 1967年(昭和42年)の5月、山本伸一はアメリカ、ヨーロッパ歴訪の旅に出発した。最初の訪問地であるハワイでは、寸暇を惜しんでメンバーとの対話を重ねるなど、個人指導に全精魂を傾ける。その後、ロサンゼルス郊外を訪れ、アメリカに総合本部の設置を発表。友は、本格的なアメリカ広布の時の到来を感じ、闘志を爆発させる。
 池田先生の7度目のアメリカ訪問となった1967年。「新緑」の章には、その時の模様が山本伸一の姿を通して描かれています。
 当時、アメリカ社会は激しい乱気流の中にありました。ベトナム戦争や経済変動、人種差別といった人間を分断する問題が山積し、多くの若者が幸福を築く方途を見いだせずにいたのです。そんな中、伸一はアメリカの友に“幸福の実現や社会の変革といっても、一人一人の心の変革から始まる”という人間革命の哲理を教えました。そしてこの時期、多くの青年が入会し、アメリカ広布の礎が築かれたのです。
 冷戦期などの激動の時代を経たアメリカは、今なお銃の暴力や貧富の格差、排他主義の拡大などの課題を抱えています。また近年の飛躍的な科学技術の発達は、人々に良き人生をもたらしているというよりも、むしろ孤立と分断を生み出しています。このことを、とりわけアメリカの多くの若者が実感しています。
 このような現代だからこそ、今再びの決意で私たちが一人一人に生命尊厳の哲学を語り、さらなる希望の潮流を開こうと約し合いました。その決勝点として、青年大会「正義の師子・5万」を9月23日に開催したのです。
 この日に向けて、青年部は池田先生の指導を学び、友人に励ましを送りながら自身の人間革命の戦いに挑みました。私自身も、メンバーの訪問・激励にまい進しました。
 そして、迎えた当日。目標としていた“5万人結集”を達成することができたのです。中には、数千キロも先の会場まで向かわなければならない参加者もいました。それでも、これだけ多くの青年が集い合えたのは、各地で一人立つ友が真心の激励に徹し、青年たちの心を結んでいったからにほかなりません。また今回の戦いを通して、多くの若人が病の克服や一家和楽の実現など、社会の荒波にも負けない体験を積むことができました。
 人間革命こそ希望の社会を築く力!――この確信のままに、新たに加わった青年たちとスクラムを組み、「世界広布の先駆」を走り抜きます。​​


  (2018年11月1日 聖教新聞)







最終更新日  2018.11.01 18:46:23
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2018.10.22

​「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉

壮年部書記長 松山満信さん 


 私もまた、壮年部です。どうか、皆さんは、私とともに、学会精神を根本として雄々しく立ち上がり、創価の城を支えゆく、黄金柱になっていただきたいのであります。
                                  (第10巻「桂冠」の章)
 
時代背景
 1965年(昭和41年)3月5日、山本伸一が出席し、学会本部で壮年部の結成式が行われた。”信心即生活”の実証を、一人一人が現実に示していく「本門の時代」――壮年部の結成により、その本格的な布陣が全て整った。
 創価の大柱が厳然と立ちゆくことを願い、万感の期待を寄せる伸一の師子吼が、壮年の胸深く轟きわたる。

 ”壮年が立てば、本格的な広宣流布の時代が幕を開ける” ”広宣流布という壮大な建築の柱は壮年である”――池田先生が壮年部の結成を誰よりも心待ちにされ、活躍に期待された心境を「桂冠」の章に、つづってくださっています。
 結成から52年。今、全国各地でブロック5勇士が立ち上がり、王城会や太陽会をはじめ、壮年部が雄々しく地域広布に励む姿に、池田先生が願われた壮年の陣列が、堂々と構築されていることを痛感します。
 派手で目立つことはなくとも、地域や職場、また組織の中でもあらゆる分野で柱となり、使命の天地を厳然と死守している方が大勢います。その壮年の姿を通して、後輩や後継の青年部も陸続と育っています。
 かつて池田先生は、「石は焼けば灰となる金は・やけば真金となる」(御書1083ページ)との一節を通して「身も心も焼き尽くされるような苦しみを経てこそ、男は本物となる。仕事の危機や大病等、厳しい試練を耐え抜いて、黄金の柱と立つのだ」と壮年部に教えてくださいました。
 現実の荒波と格闘する壮年を断じて勝たせたいとの師の深い慈愛が、結成式での山本伸一の言葉にも込められています。
「一生は早い。しかも、元気に動き回れる時代は、限られています。壮年になれば、人生は、あっという間に過ぎていきます。その壮年が、今、立たずして、いつ立ち上がるんですか! 今、戦わずして、いつ戦うんですか!」

 試練を超え人生の円熟期や総仕上げを迎えた壮年には力がある。そのすべてを広宣流布のために生かしていくのですと、大切な黄金の時を戦う壮年部に池田先生は、呼び掛けられています。
   小説『新・人間革命』に描かれた山本伸一の激闘を鑑として、学び実践することで、どんな苦難にも負けない師弟の闘魂がほとばしることを私自身、強く実感します。生涯求道の壮年部として、日々、小説を読み深めながら、共戦のスクラムを一層強め、人間革命の勝利劇を、つづってまいります。​


  (2018年10月22日 聖教新聞)







最終更新日  2018.10.22 21:50:34
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