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晴ればれとBlog

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「新・人間革命」と私

2020.08.29
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​<心に刻む珠玉の言葉>
「新・人間革命」と私
総神奈川長 山崎一久さん


 「学会においても、幾つかの転機があり、乗り越えるべき節があります。いかなる時でも、私たちが立ち返るべき原点は、初代会長の牧口先生が言われた“一人立つ精神”であり、広宣流布の大精神であります」<第30巻(上)「大山」の章>


〈時代背景〉
 山本伸一は1979年(昭和54年)4月24日、県長会の席上、会長を辞任することを発表。5月3日、本部総会が、多数の宗門僧が出席して重苦しい雰囲気の中で行われた。終了後、伸一は、わが誓いと弟子たちへの思いを「大山」「大桜」と揮毫。神奈川文化会館で同日に「共戦」、5日には「正義」と大書し、広宣の大道を進むことを誓う。


今こそ「正義」の心で立つ!
 本章では、邪智の謀略から民衆城を守り、新時代を切り開くため、山本伸一が第3代会長を辞任する経緯と真情が明かされています。池田先生がどれほどの思いを胸に、世界広布の新世紀を開かれたのか――試練の今、同章を改めて熟読し、心から感動しました。

 伸一は1979年(昭和54年)5月3日の本部総会後、横浜の神奈川文化会館へ。その夜、“どんな立場になろうとも同志のために戦い続ける”との誓いを、「共戦」の書に託します。さらに5月5日には、「正義」と揮毫。脇書に、「われ一人正義の旗持つ也」と書くのです。
 


 世界に連なる大海原を望む神奈川文化会館で記されたこの二つの書は、総神奈川の全同志にとって、永遠に輝く魂の指針となっています。


“いざ”という時にこそ
 冒頭の引用の言葉は、会長辞任に先立つ4月14日に行われた、同会館の開館記念勤行会における指導です。
 


 先生は、嵐の時に誕生した神奈川文化会館に、この年だけで64日間も滞在されました。そして、会館で出会った友を包み込むように激励。ピアノの音色に励ましを託し、草創の功労者宅を訪問しながら、次なる峰への力強い指揮を執ってくださったのです。
 


 先生は同章に「いかに行動を制約されようが、広宣流布の戦いをやめることなど、断じてできない。また、絶対にあってはならない。広布の使命に生き切る人が仏法者なのだ」と記されています。
 


 コロナ禍にあっても、弱い心を障魔に付け入られ、同志の絆が分断されることがあってはなりません。“いざ鎌倉”という時にこそ、一人立って戦えるかどうか、そこに信心の真価が問われます。


 
 私自身、常に“いまできることは何か”を己に問いつつ、率先垂範の決意で訪問・激励に全力。一度のオンラインの集いや電話一本に全精魂を込め、同志の皆さまの話にじっくり耳を傾けながら励ましを送っています。
 


 どんな難関をも絶対に乗り越える強き祈りと報恩感謝の戦いで、先生が手作りで築かれた総神奈川の民衆城を、さらに輝かせてまいります。


(2020年8月29日  聖教新聞)







最終更新日  2020.08.29 11:46:32
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2020.08.25

​<心に刻む珠玉の言葉>
「新・人間革命」と私
創価学園・札幌創価幼稚園長 坂本充康さん


​ 教員たちも、創価の幼児教育の新しい道を開こうと、懸命であった。(中略)幼稚園のモットーである、「つよく ただしく のびのびと」を実現していくために、子どもたちのもっている無限の可能性を尊重し、自主性、主体性を引き出す教育をめざし、研究していった。​<第23巻「未来」の章​


<時代背景>


 1976年(昭和51年)4月、創立者の山本伸一は開園を迎えた北海道・札幌創価幼稚園を訪れ、教職員に“皆が創立者の気持ちで挑戦を”と訴えた。入園式にも出席し、園児と愛情こもる交流を重ねた。創価幼稚園は札幌に続き、香港、シンガポール、マレーシア、ブラジル、韓国にも開園。それぞれの幼稚園は各国・地域で高い評価を得る。


22世紀を開く太陽の子のため


 「未来」の章には、創価幼稚園の園児の幸福を願う創立者・池田先生の真心が詰まっています。


 教職員の私たちは毎日、同章の読み合わせを行い、園児と向き合ってきました。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う休園期間も、その姿勢は全く変わりません。


 “創立者の心を体して、園児のためにできることをしよう”と教職員で話し合い、「絵本の読み聞かせ」「体操」「紙芝居」等を収録した動画を制作して配信。クラスの担任は各家庭に電話し、園児一人一人に「元気にしているかな?」と愛情を込めて、話し掛けてきました。これらの対応に、保護者から「動画の映像を見ながら、親子一緒に体操を行い、楽しいひとときを過ごしています」「○○先生の声を聞いて、子どもが、とても喜んでいます」など、多くの反響の声が寄せられました。


 同章の研さんを通して教員のあり方を学んできたからこそ、すぐに園児のために行動を起こすことができたのだと思っています。



来夏の「新園舎」完成に向けて


 また同章には、激務の中でも、園児に心を尽くす創立者の姿勢に感銘し、教職員も、より良い保育のために奮闘する様子が描かれていますが、その情熱は、しっかりと受け継がれています。


 来夏の完成に向けて建設が進む幼稚園の「新園舎」の設計図は、全教職員の意見を集めて作られました。皆で手分けをして、全国各地の幼稚園を視察。「心の根っこを育む おとぎのお城」との設計コンセプトを掲げ、園児がお友だちと安心して、思いっきり遊べるように、工夫を凝らしたデザインが完成しました。


 また、「最高の環境が整う今こそ、より充実した教育を」と保育内容も再検討。「つよく ただしく のびのびと」との創立者が示したモットーを実現するべく、現在、園児の自主性や社会性、そして、創造性を育む「遊び」を中心とした保育への転換に取り組んでいます。


 22世紀を開く使命深き“太陽の子”のために、さらに挑戦を重ねて「世界一の創価教育の城」を築いていく決意です。


(2020年8月25日  聖教新聞)







最終更新日  2020.08.25 19:25:10
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2020.08.24

<心に刻む珠玉の言葉> 「新・人間革命」と私
総埼玉婦人部長 塩野明子さん

​​​ 戸田への囂々(ごうごう)たる非難が渦巻くなか、(山本)伸一は、難局を打開しようと、粘り強く交渉にあたった。けんもほろろの応対や、罵声(ばせい)を浴びせられることもあった。しかし、誠実に、勇気をもって、説得の対話を重ねた。(中略)烈風(れっぷう)に向かい、敢然​(かんぜん)と弟子は進んだ。​<第23巻「敢闘」の章>
 ​​​


<時代背景> 
 1976年(昭和51年)8月29日、山本伸一は埼玉・大宮市民会館で「ロワール埼玉に常勝の詩」をテーマに開催された「’76埼玉県文化祭」に出席し、励ましを重ねる。この数日前には、文化祭に臨む埼玉の青年を激励。かつて戸田城聖の経営する信用組合が業務停止になった際、苦境を乗り越えるために埼玉の地で奮闘した思い出を語った。
 


“師弟の埼玉闘争”から70年の節目
 埼玉の同志を思う池田先生の期待と真心が詰まった「敢闘」の章を改めて読み、感動で胸がいっぱいになりました。


 特に心に刻むのは「’76埼玉県文化祭」に臨む青年への激励で、山本伸一が埼玉での怒濤の日々を述懐する場面です。
 1950年(昭和25年)8月、戸田城聖先生の経営する信用組合が業務停止に。伸一は事業の活路を開くために埼玉・大宮方面へ足を運び、師を支え抜きました。そして最大の苦境を乗り越え、翌51年(同26年)、ついに戸田先生の第2代会長就任の日を迎えるのです。
 


 本年は、この“師弟の埼玉闘争”の開始から70年の節目です。私自身、壁にぶつかるたびに、この歴史を学び、挑戦を重ねてきました。


 女子部から婦人部に進出して以降、母と父の病や、両親の看病をしながらの二人の子どもの育児など悩みの連続でした。しかし、苦闘の中で勝利を開いた池田先生の闘争とその心に触れるたび、“私も負けてなるものか!”と勇気が湧き、広布に生き抜く中で悩みを乗り越えることができました。
 


 師の心を学び、実践し、広布と人生の勝利を開く――そこに『新・人間革命』を研さんする意義があると思います。 


 総埼玉婦人部の「ロワール平和大学校」では、『新・人間革命』を毎月1巻ずつ研さん。コロナ禍の中でもSNSを活用して感想を語り、励まし合う中で、師弟の精神で立ち上がる友が誕生するなど、歓喜のドラマが次々と生まれています。
 


“埼玉の月”へ希望を拡大
 いよいよ下半期のスタート。学会創立90周年となる「11・18」へ勝利の上げ潮を築く重要な9月は、9・12「埼玉の日」の意義をとどめる“埼玉の月”です。この時に当たり、私たち埼玉は、9月を「青年の心で 新たなる前進! 『希望拡大』月間」としました。


 9・29「埼玉青年部の日」35周年を迎える後継の友を先頭に、9月27日の「世界青年部総会」を大成功で飾るとともに、一人一人が「私の前進が、広布の前進」との決意のままに仏縁や励ましを広げ、師弟常勝の新たな歴史を開いてまいります。


(2020年8月24日  聖教新聞)







最終更新日  2020.08.24 09:47:37
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2020.08.22

​<心に刻む珠玉の言葉> 「新・人間革命」と私
三重総県長 松尾信秀さん


 一人ひとりと会って対話し、心を結び合っていく。そして、友情のスクラムを組み、広宣流布へ、崩れざる幸せの城へと、共に歩みを運んでいく――それが創価学会の運動である。<第27巻「正義」の章>
 ​


<時代背景>
 1978年(昭和53年)、創価学会は“合唱祭”の開催に力を注ぐ。信仰で得た人生の喜びや、友の幸せのために生きる誇りなどを歌声で表現し、地域や社会に希望を送るためであった。山本伸一は同年4月23日、三重の合唱祭に出席した。24日には、激務の合間を縫って草創の功労者宅を訪ねる等、激励に奔走。リーダーの在り方の範を示す。


 
今こそ信心を深める好機
 「正義」の章には、出席する会合の開始時間が迫る中、山本伸一が三重の広布の功労者を“玄関先のあいさつだけでもいいから”と、訪ねて励ます場面が出てきます。その中で同行した三重の幹部に語ります。
 
 「“もう一軒、もう一軒”と、力を振り絞るようにして、黙々と個人指導を重ねていくんです。それが、幸せの花を咲かせ、組織を強化し、盤石な創価城を築くことになります。ほかに何か、特別な方法があるのではないかと考えるのは間違いです」
 コロナ禍の中で読み直し、改めて個人指導に挑む大切さを感じました。会合で集まれず、電話や手紙、SNSでの励ましが中心になるという前代未聞の状況でも、「一人一人とつながり、心を結び合うことが学会活動の肝心」と訴えています。
 


 三重総県では、心を一つに前進しようと皆で題目に挑戦した結果、3月からの合計が10億遍を大きく超えました。総県・県のリーダーは、SNSを活用してオンライン会議を随時開催。活動内容を協議し、各地のエピソードを共有しています。
 


 自発的にメンバー一人一人に希望を送ってくださる同志の奮闘も光ります。池田先生のご指導と感染症への対策法を記したチラシを作成して同志や友人に送っているメンバーや、地区部長のあいさつ、活躍者や進学者の紹介等を載せて、読むだけで座談会に参加したような気持ちになれる資料を作成し、配布しているリーダーもいます。



 私も広布の勢いを後退させてはならないと誓う中、各地のリーダーと今まで以上に連携を密にして、地域の黄金柱である壮年の皆さまに励ましを送っています。また7月には、昨年知り合ったご婦人を妻と共に激励し続け、御本尊授与をすることもできました。
 


 今は真の弟子の在り方を再考し、自身の信心を深めるチャンスであると痛感しています。これからも工夫しながら一人でも多くの同志と会い、「今こそ師弟不二の弟子の信心が問われる“まことの時”」と呼び掛けながら、自他共の幸福のために行動できる連帯を拡大してまいります。


(2020年8月22日  聖教新聞)








最終更新日  2020.08.22 11:16:23
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2020.08.20

「新・人間革命」と私
総兵庫長 広崎高司さん


〈心に刻む珠玉の言葉〉 
 仏法は勝負です。最後は、必ず勝ちます。決して、悲観的になってはならない。何があっても、堂々と、明るく、朗らかに生きていくことです。
<第4巻「春嵐」の章>


〈時代背景〉
 1961年(昭和36年)、学会員への不当な村八分が各地で深刻さを増していた。兵庫・青垣町(現・丹波市)のある地域では、住民が順番で行うことが慣習とされていた神社の守り番を拒否したことに反発が起こり、学会員宅の水道が止められるなど、不当な弾圧が発生。友はこうした事態に屈せず、不正を糾弾し、和解を勝ち取っていく。


「戦おうじゃないか!」との師子吼
 「春嵐」の章には、1961年(昭和36年)、兵庫の青垣(あおがき)町と三田(さんだ)市で起こった村八分事件の模様が描かれています。
 三田市では、ある学会員の青年が他宗寺院の報恩講の費用支払いを拒否したことに住民らが反発。信教の自由や人権を奪う、憲法に反する地区規約を成立させてしまいます。しかし友は、同年3月に、山本伸一が全国の同志に呼び掛けた「我々は、戦おうじゃないか!」との師子吼を前進の力に変え、不正に負けることなく信心を貫き、最後には和解を勝ち取っていくのです。


 
正法正義のゆえに競い起こる「三類の強敵」を打ち破り、信心で勝利した草創の広布史を改めて学び、何があっても不退の決意に立ち、信仰の力を信じ抜く重要性を学ばせていただきました。


「兵庫の日」へ共戦の心で前進
 兵庫は、95年(平成7年)の阪神・淡路大震災をはじめ、さまざまな苦難を経験してきましたが、そのたびに池田先生の万感の励ましを受け、全て乗り越えてくることができました。
 


 いかなる障魔が競い起ころうとも、「我々は、戦おうじゃないか!」との強盛な信心で立ち上がり、勝利の歴史を打ち立てていくことが、私たち兵庫の使命であると確信しています。
 


 今、コロナ禍の影響で学会活動の形態もさまざま変化していますが、友は知恵を出し合い、目の前の一人を励まそうと奮闘しています。
 


 ある地域ではオンラインの集いを推進する中、これまで家族の介護があり、家を空けることができないメンバーが“オンラインなら”と参加できるようになりました。
 


 また私自身も、離れた地域で異なる会合が行われる時も、移動せずに、複数の会合に参加することができ、これまで以上に多くの同志とつながることができました。こうした時だからこそ、新たな広布の流れを見定め、今、できることを懸命に価値創造していきたいと決意しています。
 


 10・15「兵庫の日」、そして学会創立90周年の本年の「11・18」へ、兵庫は師弟共戦の心で、異体同心の前進を開始してまいります。


(2020年8月20日  聖教新聞)







最終更新日  2020.08.20 13:07:03
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2020.08.06

〈心に刻む珠玉の言葉〉
「新・人間革命」と私 鳥取総県長 鳥飼賢治さん


 各支部を支え、直接、第一線の会員と接する機会が多いのも、地区の幹部である。その人たちが確信を深め、力をつけ、賢者になっていくならば、広宣流布は大きく加速していく(中略)彼は、地区幹部の励ましにこそ、「本門の時代」の新しき飛躍の鍵があると考えていた。<第10巻「言論城」の章>


<時代背景>
 1965年(昭和40年)、聖教新聞で小説『人間革命』の連載がスタート。山本伸一は、恩師の精神を永遠に残すべく言論闘争を開始した。


 また、年頭から全国を奔走し、九州、大阪に次いで訪問した鳥取・米子でも同志に真心の励ましを送った。6月には、日刊化の準備が進む聖教新聞社を訪れ、聖教を世界最強の「言論城」にと訴える。


励ましこそ新しき飛躍の鍵
 本章に描かれる、山本伸一の初の米子訪問は、急きょ実現したものでした。地区部長会に出席した伸一は、その前年に米子支部長が事故で他界したことについて、仏法の上から指導し、同志の不安と迷いを晴らそうと、渾身の激励を送ります。
 また伸一は、地区部長会の参加者との記念撮影に臨み、さらに170人全員と握手を。これが、その後に全国で行われる池田先生との記念撮影会の淵源となりました。


 「地区幹部の励ましにこそ、『本門の時代』の新しき飛躍の鍵がある」との指針のままに、私も5年前に総県長に就いて以来、地区部長をはじめとする友への訪問・激励に力を注いできました。


 その中には、1965年(昭和40年)の地区部長会に参加した草創の先輩方もいます。“私が来たからもう大丈夫だよ!”との先生の言葉に触れ、どれだけ生命が変わっていったかを、皆が口をそろえて語られます。


 一番苦しんでいる人のところへ行き、希望を送るのがリーダーの使命であることを、教えていただきました。


地域に尽くしてこそ広布が
 また本章には「広宣流布とは、言論戦である。仏法の真実と学会の正義を訴え、論証し、同志を勇気づける言論なくしては、広布の前進はない」ともつづられています。
 


 私が鳥取の男子部長だった1991年(平成3年)9月、先生は米子文化会館で開かれた「山光総会・音楽祭」に出席してくださいました。青年部としてかつてない聖教の購読推進を成し遂げ、先生にお応えした青春の金の思い出です。
 


 先生は私たちの奮闘をたたえてくださり、さらに“地域の人を大切に”と語られました。
 


 以来、地域に尽くしてこそ広布の伸展があるとの精神で、役職に関係なく、多くの友が地域貢献に汗を流してきました。私も自治会長などを務めてきました。“聖教拡大の鳥取”の伝統も、地域の信頼と友情が広がったからこそと実感します。
 


 地域の“幸福責任者”である地区部長と共に、未来を担う人材を育てながら、一人一人が光り輝く「模範の鳥取家族」を築いてまいります。


(2020年8月6日 聖教新聞)







最終更新日  2020.08.06 13:35:57
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2020.08.03

〈心に刻む珠玉の言葉〉

「新・人間革命」と私 四国青年部長 豊岡賢一さん



 広布の道には、常にさまざまな障壁が立ちふさがっている。それでも、自他共の幸せのために、平和のために、進まねばならない。たとえば、陸路を断たれたら海路を、空路をと、次々と新しい手を考え、前進を重ねていくんだ。<第30巻(上)「雌伏しふく」の章>​


〈時代背景〉
 1979年(昭和54年)4月24日に山本伸一が第3代会長を辞任した後、四国では伸一の訪問を希望する声が強くなっていた。実現が難しい状況の中、四国の友は自分たちから赴くことに決め、翌80年(同55年)1月14日、大型客船「さんふらわあ7号」で神奈川の師のもとへ集った。伸一は苦難に負けない尊き同志をたたえ、励ましを送る。


先生のもとへ


 四国の友が船で山本伸一のいる神奈川へ駆け付けた模様が描かれた「雌伏」の章は、四国の同志にとって大切な章です。


 当時は悪侶らの陰険な迫害の渦中。池田先生の行動が制約される中、広布の先輩方は“私たちが先生のもとへ”と行動を起こしたのです。同年5月にも、徳島と愛媛のメンバーがそれぞれ一度、神奈川を訪れています。


 その際に先生は、自ら出迎え、友と握手するなど励ましを送ってくださいました。さらに後年、当時を振り返って「一番大変な時に、まっ先に私のもとに来てくださったのが四国の方だった」と語ってくださっています。


 忘れてはならないのはこの時、四国の同志がすぐに学会理解を広げる行動を展開したことです。香川では池田先生の平和行動を紹介する展示を開き、徳島では友人参加の小単位の会合、高知では歓喜あふれる信仰体験の発表大会を開催。愛媛は男子部を先頭に壁を破る折伏に挑みました。


 その奮闘に応えるかのように、1981年(昭和56年)11月には先生が徳島と、香川の四国研修道場を訪問。この時につくられたのが、破邪顕正の魂あふれる学会歌「紅の歌」でした。師弟の麗しき絆がそこにあります。


師弟共戦の熱い思いを継承


 この四国の師弟共戦の歴史を学ぶ中で、「師を求める」模範の姿は、ただ師の事績を学ぶだけではなく、師の偉大さを宣揚する行動と勝利にあると痛感します。それは困難な状況にあってこそ、なお強くあらねばならないでしょう。“求道の航海”から40周年となる本年、私は青年部員一人一人とその精神を分かち合ってきました。


 また四国青年部は今、小説『新・人間革命』の感想を共有する取り組みで互いに触発を与え合っています。コロナ禍の中でも男子部、女子部、学生部それぞれが工夫を凝らしてオンラインで励ましを拡大。“先輩の温かい言葉に奮起し、人間革命の挑戦ができました”と喜ぶ青年の輪がどんどん広がっています。


 四国青年部は「どんな時でも先生のために、先生と共に」という熱い思いを受け継ぎ、広布拡大にさらに前進します。


(2020年8月3日 聖教新聞)







最終更新日  2020.08.03 17:35:07
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2020.07.23

「新・人間革命」と私   島根総県婦人部長 矢壁妙子さん

心に刻む珠玉の言葉


 “出雲いずもをはじめ山陰地方は、その伝説のうえからも、景観のうえからも、光り輝く太陽の国といえる”(中略)伸一は、そう考えるならば、島根、鳥取は、本来、「山陰」というよりも、「山光」というべき天地ではないかと、ふと思った。〈第18巻「師恩」の章〉


時代背景


 「広布第2章」の本格的な開幕となる1973年(昭和48年)、山本伸一は仏法を基調とした社会建設の時と捉え、広宣流布の大闘争を誓う。9月には島根・鳥取の同志による「山陰郷土まつり」に出席するため島根を訪問。友は前年の「昭和47年7月豪雨」によって被災した苦難をものともせず、舞台では不死鳥のごとき不屈の闘魂が躍動した。


「山陰」を「山光」にとの歴史的提言
 1984年(昭和59年)5月21日、池田先生は、旧・島根文化会館で“山陰を、光り輝く地の意義から「山光」と申し上げたい”と呼び掛けてくださいました。


 その深い真心に、目の前が一気に開けたような歓喜が全身を包みました。


 歴史的な「山光提言」発表の日は「山光島根女性の日」の淵源にもなっています。


 本章では73年(同48年)9月、島根を訪れた山本伸一が“「山陰」を「山光」に”と思索する場面があります。島根・鳥取を希望の天地とするためには、「太陽の仏法たる日蓮仏法を広宣流布し、諸天善神が威光勢力を増して人びとを加護する、福光に満ちた楽土にしていくことだ」との師のご期待に、地域広布への決意を一層、強くしました。


 また、本章で描かれた「山陰郷土まつり」には、私にとっても特別な思い出があります。


 小学2年の時に父を病で亡くした私は、母と島根へ転居。引っ越した家が火事で全焼するなど、当時は一家の宿命の真っただ中にありました。そんな時に母と“郷土まつり”に参加し、初めて池田先生にお会いすることができたのです。


 78年(同53年)には、「島根未来会」の一員として結成式に参加。師との原点の誓いを貫き、経済苦などの困難を乗り越えることができました。


永遠に輝く人材山脈を構築


 本章に「師への報恩の道」とは、“弟子が師匠以上に成長し、法のため、社会のために尽くし抜くこと”と。
 

「山光魂」がみなぎり、誇りに満ちあふれる島根には、師の心をわが心とし、地域に根を張り、率先して貢献の汗を流し続ける同志が大勢います。


 今月の大雨により島根も甚大じんだいな被害に見舞われる中、勇んで友を励まし、人々の幸福を祈り抜く同志の姿は、地域を照らす希望の太陽そのものです。その胸中には、池田先生への報恩感謝の心が燃え続けています。


 試練を迎える時代には、新しい価値創造の人材が求められていると思います。


 ヤング白ゆり世代や青年部、未来部の友へ「山光」に込められた師の思いを今こそ伝え抜き、永遠に輝く人材山脈を築いてまいります。


(2020年7月23日 聖教新聞)







最終更新日  2020.07.23 21:46:45
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2020.07.09
​​「新・人間革命」と私 関東男子部長 野中弘志さん

〈心に刻む珠玉の言葉〉
 皆さんが抱えているそれぞれの悩み、苦しみは、必ず勝ち越えていくことができる。それはなぜか――信心をもって苦悩を克服することで、仏法の大功力を証明していくのが、私たち地涌の菩薩の使命であるからです。 <第29巻「力走」の章>

〈時代背景〉
 1978年(昭和53年)11月23日、東京・信濃町の創価文化会館内の広宣会館で、第1回となる「関東支部長会」が開催された。山本伸一は、広宣流布の最前線で奮闘する各支部の支部長・婦人部長に心から感謝し、その功労をたたえつつ、活動を推進していく上でのリーダーの在り方や、注意すべき事柄について具体的に語っていく。

“どんな悩みも信心で必ず勝ち越えられる”
 「力走」の章を改めて読み、山本伸一が関東支部長会で語った言々句々が胸に迫ってきました。
 中でも“皆さんは自らもさまざまな苦悩と闘いながら、同志を励まし、広布に邁進されている”“どんな悩みもこの信心で必ず勝ち越えられる”との言葉は、深く心に刻まれています。

 この章が聖教新聞紙上で連載されていた2016年4月、私と妻は不妊の悩みに直面していました。そうした中で、小説『新・人間革命』を通した池田先生の日々の励ましは、心の大きな支えとなり、困難に立ち向かう原動力となりました。
 
 そして18年9月、新聞連載が完結。その翌月に関東の地で開かれた全国男子部幹部会では、完結後初となる“全国男幹”を新たな拡大の歴史で飾ろうと、総埼玉男子部長として限界突破の戦いに挑みました。結果、関東男子部として“日本一”の弘教を達成。その5日後に待望の第1子が無事に誕生しました。
 師を求めて広布に生き抜く時、いかなる悩みも乗り越えていけることを確信しました。

敢闘精神で地域に希望を!
 こうした原点を胸に、昨年9月に関東男子部長に就いてからは、同志の激励に奔走。埼玉・千葉・茨城・群馬・栃木の関東5県を車で回り、一日の走行距離が350キロに達したこともあります。
 その中で感じるのは、各県の友が『新・人間革命』を学ぶ中で師の心を感じ、広布と人生の山を力強く登っているということです。
 
 『新・人間革命』を学び、一人一人が山本伸一の自覚で戦いを起こす。ここに新時代の師弟の道があり、希望の未来と広布の勝利を開く一切の要諦があると感じます。
 
 「力走」の章には、伸一が“今、戦わずして、いつ戦うのだ! 時は今だ! この一瞬こそが、黄金の時だ!”と自らに言い聞かせて敢闘精神を貫く場面が描かれています。コロナ禍によって人々に不安が蔓延する今こそ、関東男子部が師の心に連なり、敢闘精神を赤々と燃やして立ち上がる時だと思います。一人一人が今できる励ましに全力を尽くし、地域の希望と輝いていきます。
(2020年7月9日 聖教新聞)
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最終更新日  2020.07.09 11:22:27
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2020.07.07

​​「新・人間革命」と私 フィリピン婦人部長 コンスエロ・コンさん


〈心に刻む珠玉の言葉〉
​​ 何ごとにも平坦な道はない。しかし、苦労があるから強くなれる。苦難がまことの信仰を育む。労苦が魂を鍛える。嵐に向かい、怒濤(どとう)に向かって進んでいくのが、広宣流布の開拓者だ。(中略)私と同じ心で、同じ決意で前進しよう。​​
<第9巻「新時代」の章>


〈時代背景〉
 1964年4月、戸田城聖先生の七回忌を大勝利で迎えた山本伸一。その法要の席上、小説『人間革命』の執筆構想を、さらに5月3日の本部総会では、次の7年間の目標を発表した。同12日、伸一は、アジア、オセアニアに向けて出発。同日、経由地であるフィリピン・マニラの空港で、わずかな待ち時間を活用して草創の友3人を激励した。​​


苦難や労苦が魂を鍛える
 池田先生は“行動第一”“激励第一”の師匠である――「新時代」の章を読み、改めて込み上げてきた確信です。


 どうすれば、悩める友の心の暗雲を払えるか。苦境の中で戦う同志に、希望の光をともせるのか……瞬間瞬間、全精魂を傾け、目の前の「一人」を励まし続ける師の激闘に思いをはせる時、感激で胸が熱くなります。
 本章には、山本伸一が各国で広布の草創を駆ける友を、全力で激励する場面がつづられています。マニラの空港での一シーンは、その象徴の一つです。
 待ち時間、およそ1時間半。フィリピンは“経由地”にすぎません。
 その中で伸一は、文字通り寸暇(すんか)を惜(お)しみ、待合室で友を励ますのです。「一人立つ人がいれば、必ず広がっていく。それが広宣流布の原理だよ」――師の言々句々は、弘教が進まず、悩みながらも健気に奮闘する同志にとって、どれほどの勇気と励みになったか計り知れません。
 
 1964年当時、私は幼少期。わが家が入会したのは、それから十数年後のことです。以来、経済苦も度重なる宿命の嵐も、全て信心で乗り越えてきました。
 
 小説『新・人間革命』を通して、広布の基盤を築かれた先輩方の苦労や心情に迫ることができます。池田先生と“心で対話”し、師弟の絆を強めることができます。
 
 ――これは、未来永劫(みらいえいごう)に変わらぬ“不朽(ふきゅう)の理(ことわり)”ではないでしょうか。
 わが国でも現在、新型コロナ禍にあって予断を許さない状況が続いています。マニラ首都圏などの都市では、感染拡大傾向が依然として止まりません。
 困難な時ですが、フィリピンSGIは、御書や『新・人間革命』の学習会をオンラインで推進。ネット環境が整っていない地域の友とも、電話や手紙などを活用しながら、励ましを送り合っています。
 
 人類の未来への道標であり、幸福勝利の人生を歩む“指南書”ともいえる『新・人間革命』と共に歩み、全てを価値創造して、必ずや難局を打開していきます!


(2020年7月7日 聖教新聞)







最終更新日  2020.07.07 19:31:49
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