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2019/12/06
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​〈世界の識者の眼〉 カンピーナス大学・ハビビ博士 

「一人」の中に偉大な力が! 
 

小説「新・人間革命」に輝く励ましの心


 池田先生の小説『新・人間革命』の連載が完結して1年余り。現在、海外13言語に翻訳され、研さん運動が世界各地で進んでいる。ここでは、同書を愛読するブラジルのサンパウロ州立カンピーナス大学客員教授のモハメッド・ハビビ博士に、その魅力などについて語ってもらった。(聞き手=髙橋毅)



 モハメッド・ハビビ(Mohamed Habib)
 1942年生まれ。昆虫学博士。エジプト・アレクサンドリア大学農業工学部卒。ブラジル・サンパウロ州立カンピーナス大学で博士号を取得し、86年から同大学の教授、2012年から客員教授に。同大学の生物学研究所所長、国際関係室長、地域社会活動推進局長等を歴任し、大学と地域社会の発展に尽くしている。
新しい道を指し示す


 ――明年の1月26日でSGIは発足45周年を迎えます。ハビビ博士がSGIを知ったきっかけを教えてください。
  


 ハビビ博士 まず私は、SGIについて語れることを誇りに思います。なぜなら、SGIは世界平和の模範(もはん)の団体であるからです。


 今から20年ほど前、私はカンピーナス大学の教授として、環境科学や持続可能な開発などの講義を担当していました。しかし、戦争や暴力が絶えず繰り返されている現代社会にあって、“私の授業は学生たちに、ただ学問的な知識を与えているにすぎないのではないか”というむなしさを抱いていました。


 そんな時、出会ったのがSGIメンバーの学生たちでした。彼らに薦められるまま、私は池田SGI会長の書籍を手に取りました。著作を初めて読んだ時、自身の生命が躍動するのを感じました。それは、自分の教えてきた学術的なものと、自分が教えていきたい精神的なものが融合(ゆうごう)した瞬間(しゅんかん)でした。


 さらに「SGIの日」記念提言や各界の識者との対談集を通して、池田会長が平和、文化、教育、人権、環境保全などのテーマについて、多岐にわたり語っていることに驚嘆(きょうたん)しました。そこには、テロや貧困(ひんこん)、飢餓(がき)、地球環境等の問題解決につながる“重要なヒント”がちりばめられていたのです。
 私はムスリム(イスラム教徒)です。会長とは宗教は異なります。しかし池田会長は、私に新しい道を指し示してくれる人生の指導者です。


 会長の著作を学んでから、私は「何のために」との目的観をもって講義するようになり、今までにない充実感を得ました。と同時に、学生たちと触れ合う自分自身の使命の大きさに気付かされたのです。


 現在は、客員教授としてカンピーナス大学とサンタセシリア大学で「平和の文化のための社会」という講義を行っています。これは、大学に元々あった授業ではなく、私が大学側に提案して実現したものです。会長の平和哲学を、もっと多くの学生たちに伝えていきたいと思います。



 ――カンピーナス大学では2008年8月、ブラジルで初となる「ガンジー・キング・イケダ――平和建設の遺産」展が開催されましたね。


 博士 この展示は、キング博士の母校・米モアハウス大学キング国際チャペルが主催し、カンピーナス大学が共催しました。多くの市民が足を運び、大きな反響を呼びました。


 インド独立の父・ガンジー、アメリカ公民権運動の指導者・キング博士、そして池田SGI会長。3人は国も宗教も異なりますが、“勇気ある一人が立てば、世界は変えられる”ということを教えてくれています。


 中でも、私は池田会長は別格だと思っています。その理由は二つあります。


 第一は、池田会長の運動が「世界」にわたっている点です。ガンジーは非暴力によるインド独立を目指し、キング博士はアメリカの人種差別撤廃を目的として命を懸(か)けました。ただ、彼らの運動はインドやアメリカという地域に限定されていました。


 しかし、池田会長は人類を幸福に導(みちび)くため、54カ国・地域を訪問し、対話による平和創出の道を世界に開いてこられたのです。



 第二は、「時」を超えて、あらゆる人々へ希望を送っている点です。会長は半世紀以上にわたる執筆闘争を通し、数多くの著作を残しました。


 これにより、私たちは差別や暴力、紛争などの諸問題に対して、乗り越える“すべ”を得たのです。その一例が1983年から毎年、会長が発表している「SGIの日」記念提言です。


 つまり池田会長は場所や時間に縛(しば)られることなく、人類を救っていく希望の道、そして未来永遠にわたる平和の道を示されているのです。



平和の魂を青年が継承


 ――池田先生の著作の中で、特に心に残ったものは何でしょうか。
 

 
 博士 小説『新・人間革命』です。「小説」として書かれていますが、これは池田会長の人生史そのものだと思います。


 会長は「ああしなさい」「こうしなさい」と教え込むのではなく、「何のため」という原点を読者に何度も振り返らせることによって、自分の頭で考え、行動するよう促しているのです。

 私が『新・人間革命』を読んで感銘(かんめい)したことは2点あります。


 一つ目は、「青年」に光を当てている点です。


 人間は、五つのライフステージがあります。「乳幼児期」「学童・思春期」「青年期」「壮年期」「高齢期」です。この五つの発達段階で青年期は、ちょうど真ん中に当たります。
 青年期は勇気や情熱がみなぎり、自由な精神にあふれ、限りないパワーを秘めています。そして自身のアイデンティティーを形成していく上で、重要な時期といえます。


 “平和の種”は国や世代を超えて継承されてこそ、花が咲きます。だからこそ、青年を育てていく必要があるのです。



 二つ目は、友情を重んじ、励まし合うことを促している点です。友人を大切にすることは一見、簡単なことのように思えるかもしれません。


 しかし現代は、激しい競争社会です。“誰かが勝って、誰かが負ける”という構造が常態化し、他者と分かち合う力が弱くなっています。こうした中で、励まし合うことは、実は非常に困難なことなのです。


 池田会長は互いに励まし、支え合いながら、全員が人生の勝利者になってほしいと願われています。その通りに、励ましの世界を広げているのが、SGIなのです。


 私の「手」を見てください。それぞれの「指」は長さや形は異なりますが、それが「一つの手」となることで、物を持ったり、つかんだりすることができます。


 これは人間の社会にも通じます。互いの違いを認め、尊重し合うことが平和を築き、戦争を止める唯一の方法なのです。



 『新・人間革命』の行間から感じるのは、全ての人間がもつ限りない可能性を、池田会長が信じ抜いているということです。おそらく、会長もご自身を“特別な人間”だとは思っていないのではないでしょうか。


 会長は、小説『人間革命』『新・人間革命』の主題をこうつづっています。「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」と。


 この「一人の人間」とは、読者一人一人のことを指しているのだと思います。誰もが世界を、未来を変えていけるだけの力をもっていると、会長は訴えられているのではないでしょうか。


 『新・人間革命』をはじめとした池田会長の著作を通して、私たちは今、地球的視野に立ち、何をなさなければならないのかを語り合い、行動することが求められているのです。


(2019年12月 6日 聖教新聞)







Last updated  2019/12/07 03:54:20 PM
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2019/12/02
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小説「人間革命」きょう起稿55周年
池田先生が随筆「創価の陣列に力あり」贈る


小説『新・人間革命』の挿絵を担当した内田健一郎画伯が、「創価学会 世界聖教会館」の誕生を祝して描いた「聖教創刊原点の誓い」

 池田大作先生の小説『人間革命』の起稿から、きょう2日で55周年を迎えた。この日に当たって、先生は全同志に「随筆 『人間革命』光あれ」<創価の陣列に力あり>を贈った。 ​​


 先生が『人間革命』の執筆を開始したのは1964年12月2日。太平洋戦争で凄惨な地上戦の舞台となった沖縄の地で筆を執った。 
 人類の宿命転換を目指したペンの闘争は続編の『新・人間革命』へと続き、昨年9月8日に本紙での連載が完結。その1周年に当たる本年同日に「創価学会 世界聖教会館」が竣工した。 
 今や全世界で活発に行われる同小説の研さん運動。起稿の原点に思いをはせ、今いる場所で、全員が人間革命の光を放っていきたい。

世界聖教会館で全国通信員大会
 世界聖教会館の完成を祝賀する全国通信員大会が1日、同会館4階の礼拝室「言論会館」で盛大に開催された。
 池田先生はメッセージを贈り、創価家族の一人一人に光を当てゆく通信員の使命の深さを強調。無量無辺の智慧と力を発揮し、堂々と民衆の正義の大行進をと訴えた。
 
 本社の小島編集総局長の後、手塚光次さん、江尻みよ子さんが体験発表。荻田報道局長は「聖教新聞『通信員の誓い』」を発表し、師と共に世界に誇る聖教城をと語った。池田主任副会長は“生涯、一通信員”の思いで言論闘争を続ける師に続き、希望を届ける紙面作成に尽力をと励ました。



(2019年12月2日聖教新聞)









Last updated  2019/12/02 11:58:23 AM
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〈社説〉2019・12・2 小説「人間革命」執筆55周年

「地涌」の自覚が宿命転換の力
 沖縄は、太平洋戦争で本土決戦の“捨て石”とされ、最も凄惨な地上戦が展開された「慟哭(どうこく)の島」である。なればこそ、この地を、永遠なる平和の幸福島にせねばならぬ──それが池田大作先生の決意であった。
 その誓いのもと、先生は、55年前の1964年(昭和39年)の今日12月2日、沖縄で小説『人間革命』の執筆を開始した。その主題は「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」である。
 私たちは、経済苦や病気、家庭不和、孤独や劣等感など、さまざまな苦悩を抱えている。また、戦争や自然災害など、自身の力を超えた大きな困難に巻き込まれることもある。そうした現実に直面した時、人は“命”や“運命”を感じ、失意や絶望の淵に沈んでしまうのが常である。
 しかし、創価の同志は、小説『人間革命』『新・人間革命』をひもとき、「我、地涌の菩薩なり」との使命を自覚することで、無限の力を引き出し、宿命を使命に変えてきた。法華経に説かれた地涌の菩薩とは、苦悩する末法の衆生を救済するために、広宣流布を誓願し、出現した菩薩である。この地涌の菩薩の自覚こそ、戦時中、軍部政府の弾圧によって投獄された第2代会長・戸田城聖先生の「獄中の悟達」にほかならない。
 捕らわれの身となった戸田先生は、初代会長の牧口常三郎先生と共に戦おうと決めてはいたが、獄中生活の苦しみは大きかった。当時の心境を詠んだ歌には、「つかれ果て/生きる力も/失いて/独房の窓に/母を呼びにき」とある。しかし、やがて歌に大きな変化が表れる。嘆きは希望になり、苦しみは勇気となっていく。「安らかな/強き力の/我が命/友と国とに/捧げてぞ見ん」
 戸田先生は、唱題を重ね、法華経を身読する中で、地涌の使命を自覚し、広布に一人立つ決意を固められたのだ。まさしく、偉大なる人間革命の軌跡である。一念の転換は、苦悩を歓喜へと変える。
 私たちもまた、悩める友のために弘教に励む時、わが胸中に、地涌の菩薩の大生命がみなぎり、何ものをも恐れぬ、勇気と智慧と力があふれる。そして、いかなる宿命の嵐も、勝ち越えていくことができるのだ。小説『人間革命』には、信心で「越えられない難などない」(第10巻「険路」の章)とある。
 果敢に苦難に立ち向かう姿は、友の希望となり、仏法の功力の証明となる。
その激闘の中でこそ、私たちは広宣流布の担い手となり得るのだ。この世に不幸がある限り、広布前進のドラマは続く。 

(2019年12月2日 聖教新聞 社説)






Last updated  2019/12/02 10:54:59 AM
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2019/12/01
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​識者に聞く――SDGs推進へ 深まる国連と高等教育機関の連携 ​​


 池田先生は本年1月に発表した「SGIの日」記念提言で、国連のSDGs(持続可能な開発目標)を推進する上で大学が果たす役割を強調し、「国連アカデミック・インパクト(UNAI)」の取り組みに言及した。
 国連グローバル・コミュニケーション局でUNAIの責任者を務めるラム・ダモダラン氏に話を聞いた。(聞き手=南秀一)

 ――UNAIは、どのような経緯で始まった取り組みなのでしょうか。
 


 UNAIはグローバル・コミュニケーション局が担当するプログラムで、2010年に発足しました。国連が掲げるさまざまな目標の実現に向けて、世界の高等教育機関と国連との連携促進などに取り組んでいます。


 国連は常に、その使命を果たすことを支援してくれる存在を求めています。単に応援するのではなく、時には批判も交えて協働してくれる存在です。


 大学の研究は、どんな分野でも国連の活動と関連しています。公害対策を例に取ると、自動車の燃料を環境に優しいものにしようとすれば、化学が関わってきます。化学と国連がすぐに結び付く人は少ないかもしれませんが、こうして考えてみると、よく分かるでしょう。


 UNAIには現在、約1300機関が参画するに至っています。学術界が国連にとって素晴らしいパートナーであることは、この10年の歩みが証明してきたと思います。


 
――昨年からはSDGs推進のハブ(中心拠点)の役割を担う大学を選定しています。選ばれた大学は、どのような取り組みをしているのでしょうか。


 
 アルゼンチンのブエノスアイレス大学は、「目標12」の「つくる責任 つかう責任」を推進していますが、一例として“責任あるお祝い”というキャンペーンを行っています。これは、卒業式などの場で食べきれないほどの料理でお祝いする習慣を見直し、余った食べ物を市民団体等を通じ、食に困っている人々に提供する取り組みです。


 
――ダモダラン氏は大学が担う役割の一つとして、人類の共通の善に貢献することを挙げておられます。改めて、高等教育機関の使命とは何でしょうか。


 
 物事の捉え方は一つとは限りません。さまざまな事実に基づく議論の積み重ねこそ、知性が紡いできた歴史です。


 私たちが目指しているのは、論理や科学、結果に基づく議論を促すことです。今、人々は目の前の出来事にあまりにとらわれすぎている印象があります。ポリオのワクチンも、発明されてから社会に還元されるまでには時間を要しました。
 ですから、たとえすぐには結果につながらないとしても、未来への責任として、必要な議論を続けていくことが重要ではないでしょうか。
 

 
――創価学会学生部では先日、学生を主な対象に、SDGsに関する意識調査を実施しました。


 
 調査結果を拝見し、SDGsを知らない人の多さに正直、少し落胆しました。ですが日頃からSDGsに携わり、深い理解のある青年たちと接している私のような人間にとって、これは貴重な情報です。誰もが理解しているわけではないということを、改めて認識させてくれたのですから。
 


 そしてそれはSDGsだけでなく、人権や世界の難民・避難民、移民の危機的状況についても同じことが言えるでしょう。


 
 一方、SDGsを知らないという学生も、大半は知りたいという意思や関心を示しています。その意味では希望を感じています。
 


 世界市民教育の分野でSGIは先駆的取り組み
 ――これまで交流を重ねた中で、SGIの活動をどう評価されていますか。
 


 私がSGIを初めて知ったのは、国連広報局(当時)に勤め始めた1996年でした。3年後の99年には、国連総会で「平和の文化に関する宣言」が採択されましたが、その折に開催されたイベントでSGIの取り組みを知り、深い感銘を受けました。以来、SGIによる国連支援に深い敬意を抱いています。
 


 池田会長は本年1月に素晴らしい提言を発表され、国連アカデミック・インパクトを推進させる方途に言及してくださっています。
 


 その提案は傾聴すべきものです。提唱された「SDGsのための世界大学会議」についても、実現に力を尽くしていきたいと考えています。
 

 
――SGIの活動のどのような点に注目されていますか。
 


 国連の取り組みの中に「世界市民教育」というものがあります。これはまだ新しい概念ですが、SDGsにも反映されています。SGIは二つの点で、この分野で先駆的な取り組みをしていると思います。
 


 一つは、特定の科目の学びよりも具体的な価値の尊重を育むことを教育の土台に置いていることです。これこそ、世界市民教育の核となるものです。
 


 もう一つは、教育における信頼、実践、知識の獲得の連続的な位置付け方です。


 教育は一般に知識の獲得から始まるものと考えられがちですが、SGIでは自分自身への信頼に始まって、地域、世界に信頼を置くことが出発点にある。その信頼に立って慈悲や優しさ、寛大さ、気付きを持って他者と関わっていくという実践があり、知識はその後に来る。ここにSGIの注目すべき理念と特色があると思います。


(2019年12月1日  聖教新聞)


国連アカデミック・インパクトJapan

創価大学の取り組み
原則6:人々の国際市民としての意識を高める
原則7:平和、紛争解決を促す
原則8:貧困問題に取り組む
原則9:持続可能性を推進する
原則10:異文化間の対話や相互理解を促進し、不寛容を取り除く







Last updated  2019/12/01 06:00:07 PM
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2019/11/26
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​​​白ゆりの輝き〈婦人部のページ〉

皆が宝の人材 励ましの光を幾重にも​
「ヤング白ゆり世代」と共に希望の前進!

「ヤング白ゆり世代」の使命や今後の婦人部の活動について、永石全国婦人部長、沼倉全国婦人部書記長と代表の友が語り合った。併せて、地域・社会で活躍する「ヤング白ゆり世代」のメンバーを紹介。

永石貴美子 全国婦人部長、沼倉千佳代 全国婦人部書記長、池上純代 中国婦人部長、

川浪マチ子 総千葉婦人部長、石田弥生 東京・豊島総区婦人部長

新しき時代を築く主役

 永石 いよいよ明「前進・人材の年」の出発の時に当たり、励ましのスクラムを原動力に、新しき広布の歴史を築くため、婦人部の中で40代までを「ヤング白ゆり世代」と総称することになりました。

 沼倉 若いメンバーが生き生きと輝き、今いる場所で広布を拡大する時、どれほど平和と幸福を広げ、地域・社会を変えていけることか。
学会創立100周年(2030年)を担う人材が、各地から陸続と躍り出ていけるよう取り組みたいと思います。

  池上 婦人全体が、最高最強のチームワークで励まし合い、皆の力を出し合いながら、"新しい時代を開く"との決意で出発していきます。

 永石 「ヤング・ミセス」も含め、その世代の全ての人に光を当て、励ましを送るため、ヤング・ミセスは、全国組織としては発展的に解消となります。中央委員長だった西由美子さんも「同世代の全ての同志と励まし合いながら、広宣流布に進んでいけることが本当にうれしいです」と語っていました。

 川浪 ヤング・ミセスで頑張ってきた皆さんこそが、「ヤング白ゆり世代」の要となって、新時代を開いていってほしいですね。

 沼倉 宝の一人一人を大切に育むには、私たち先輩が、時代や社会は変化の連続であることや、ライフスタイルも多様化していることを、よく理解することが大事です。

 永石 池田先生は、「人材の育成、教育の在り方は、時代とともに異なってきています。自分が受けた訓練を、そのまま後輩に行うべきではありません。これからは、賞讃(しょうさん)、激励(げきれい)の時代です。多種多様なあらゆる努力を的確に評価し、褒(ほ)め、讃(たた)えていく。それが、勇気となり、意欲を育(はぐく)んでいきます」と教えてくださっています。

 石田 一人一人が置かれている立場や環境をよく分かってあげることも大切ですね。

 池上 仕事、子育て、地域や学较の活動などに奮闘する中、壁にぶつかったり、人間関係の悩みに直面したりしている人も多いと思います。

 沼倉 その悩みに寄り添い、苦楽を共にしながら、信心の確信を深め、共に勝利していくには、全てを受け止め、どこまで真剣に祈ってあ げられるかが大切ですね。

 川浪 ”どれほど使命の深い人たちか”と、後輩を尊敬していくことです。

 石田 それは同時に私たちの境涯革命への挑戦ですね。

相手の側に立った配慮

 沼倉 ある地域では、支部婦人部長以上全員を「チー厶太陽」と名付けて、「ヤング白ゆり世代」に太陽の励ましを送ろうと、「祈って 会っ て 共に実践 共に勝利」との合言葉を決めました。

 川浪 ”共に"というのが素晴らしい。北風ではなく、太陽が大切ですね(笑い)。

 永石 皆さん"短期決戦"は得意ですが(笑い)、人材育成は、じっくり時間をかけ、”時を待つ"ことでもあります。現状がなかなか変わらなくても、目の前の一人を大切に、祈りの中に入れて、真心の励ましを送り続けていくことが大事です。

 池上 総広島婦人部では2010年から、40代までの婦人部員を「2030年命宝会」として光を当て、メンバーへの訪問・激励に取り組んできました。

 沼倉 会合は、どのように行っているのでしょうか?

 池上 地域によって環境も人数も違いますので、基本的には本部などの"顔が見える"単位で開催しています。会合では、話す側と聞く側という”一方通行"にならないよう、グループディスカッシヨンを取り入れるなど、”皆が主役"の会合を意識しています。

 石田 東京・豊島でも40代までの婦人部を「エスペランサグループ」と称し、激励に力を入れてきました。今後、ヤング・ミセスと合流して「豊島ヤング白ゆり世代」として活動します。昼と夜それぞれに支部や本部単位で小説『新・人間革命』の読書会をもつなど、メンバーが参加しやすいように工夫していきます。

 永石 同の集いに共感し、触発を受けて立ち上がる人も多いです。そうして成長し、励ます側の人が増えていくことが大事ですね。池田先 生は「子育てや人間関係の悩みなど、若い婦人たちのさまざまな相談にのってあげてください。皆が自分の悩みを乗り越える希望がもててこそ、力を発揮することができるからです」とつづられています。

 沼倉 訪問・激励の際も、未入会のご家族がいる、小さなお子さんや受験生がいるなど、ご家庭の状況をよく理解しながら伺い、配慮していくことが大事です。

 川浪 総千葉では数年前から”午後10時30分以降、電話だけでなく、メールやラインなども控えよう”と、リーダーから意識革命をしています。

 永石 いいことですね。多忙な中で学会活動に参加している人もたくさんいます。会合や打ち合わせなどは、終了時間を決めて厳守する、終了後も早めに解散するなど、価値的に「時間革命」をしていきましょう。

「新・人間革命」と共に
 川浪 長年、総千葉では 『新・人間革命』を学ぶ「旭日学校」を続けています。 現在は、副役職の先輩幹部が担当に就いて、共に学会精神を学んでいます。少人数で懇談的に研さんする中で”師弟に生きる人生の素晴らしさを学んだ”若いメンバーの成長速度に自分も負けていられないと、毎回、喜びの声が上がっています。

 永石 『新・人間革命』を読むというとは、「師匠との対話の扉」を開くことにつながります。明年も婦人部は、池田先生の心を学び、実 践する「私の人間革命運動」に挑戦する中で、自身の師弟共戦の歴史をつづっていきたいと思います。

 池上 広島のある「ヤング 白ゆり世代」のご家庭では、娘さんが高校の読書時間に『新・人間革命』を読むようになったそうです。娘さんは小説を読み進めるたびに、山本伸一の生き方に感動。夕飯時、家族に今読んでいる章の感想を語るようになりました。今では、両親を含めた3世代6人がそれぞれ、読了に挑戦しているそうです。

 石田 わが家では、携帯電話の無料アプリ「radiko」を使って、『新・人間革命』のラジオ朗読を家族で聴いています。いつでも、どこでも利用できるため、地域の同志も活用しています。

 池上 仕事や介護、子育てなどで、思うように活動に参加できない方も多くいらっしやいます。たとえ会合に出られない時でも、『新・人間革命』をひもとき、自身の信心の糧としていくことが大切です。”ーぺージでも”と、小説に触れ合えるよう、励ましの言葉を掛けていきたいと思います。

 沼倉 学会活動は、自他共の幸福に生きる心を鍛え、福運を積むことができます。悩みを抱える時も、多忙な生活に埋没しそうな時も、学会活動に参加し、“人のため”“広宣流布のため”という目的観を持って生きる中に、真の充実と幸福があることを、共に学びながら、慈愛の太陽となって、温かな励ましを送り続けましょう。
 
 永石 池田先生は「人材は自然に育つものではありません。人材を育成しようとする先輩幹部の、誠意あふれた行動によってのみ、後輩たちの人材たろうとする使命の自覚がなされていきます」と教えてくださっています。私たち婦人部は、地域の総合力を発揮し、「ヤング白ゆり世代」の皆さんと共に、地域・社会に人間革命の希望の哲学を広げていきましょう!



大阪 交野万葉圏・天の川支部 園田 安奈さん(白ゆり長)
美容師として闘病患者に寄り添う


 午前9時。「おはようございます!」と、園田安奈さんの爽(さわ)やかな声が店内に響く。夫の健太郎さん=副支部長=と共に経営する大阪・交野市の美容室「ボレロ」。園田さんは美容師兼マネジャーとして店を支えている。「お客さまの満足された笑顔が最高の喜びです」
 愛媛県宇和島市出身の園田さん。友人関係で悩んでいた中学時代、池田先生の『青春対話』に出あい、“人の役に立てる仕事がしたい”と思うように。高校卒業後、看護師を目指し大阪の専門学校に進学した。
 夢をかなえ、看護師として医療の最前線で奮闘。「予防医学」の重要性を痛感し、大学に進学し、猛勉強の末、保健師の資格も取得した。
 保健師として、乳幼児健診から健康相談、生活習慣病の予防教育など、地域の健康を守るため、懸命に走り回った。
 一方、美容師の健太郎さんは9年前に独立し、店舗を構えた。学会活動も人一倍、頑張る夫の帰宅は、いつも深夜……。園田さんは次第に“夫のお店も支えながら、3人の子どもたちも守りたい”――と思うようになった。
 保健師を辞めるかどうか悩んでいた時、背中を押してくれたのは、地域の婦人部だった。「あなたにしかできない使命が必ずある。家族のためにと祈って悩んだ結論なら、そうしてみたら。今は、点にしか見えないことも、いつか線になってつながる日が絶対にくるから」
 店の経営に携わるようになった園田さんは自らできることを探し、勉強していった。カラーリングやヘアケアの認定資格、着付け師の師範。先日は、ついに美容師の資格も取得することができた。
 ある日、常連客の婦人から、抗がん剤治療で髪が抜けてしまうため、美容室に来られないことを伝えられた。園田さんは「私にも何かできないだろうか」と真剣に考え、医療用ウイッグ(かつら)の事業化に奔走した。
 「必死で努力してきたことが少しずつつながってきています。医療従事者の経験を生かし、一人でも多くの人を笑顔にしていきます」
 学会では白ゆり長のほか、地区の未来部担当者や会館守る会としても活躍する園田さん。「地域でも、学会の中でも、一人を大切にし、希望を届けられる人に成長していきます」と、園田さんは瞳(ひとみ)を輝かせながら語る。

 愛知 中央区・池田支部 大野 恵美子さん(支部婦人部長)
名古屋市PTA副会長などを歴任

 明るく、飾らない人柄。持ち前の行動力で自身の体験を通しながら友を励ます大野恵実子さん。「信心をしてきて、今が一番、幸せです」と笑顔で語る。
 大野さんは夫・友和さん=副堅塁長(副ブロック長) を折伏して結婚。地域の婦人部に励まされながら、地道に学会活動に取り組んできた。
 長男・良太さんも誕生し、幸せに包まれていた大野さん。しかし、次第に良太さんの成長が気になるように。同じ年頃の子と比べると、明らかに言葉が少ない。勇気を出して専門医のもとへ。医師から「発達障がいの疑いがあります」と告げられた時、大野さんの頭は真っ白になつた。
 信じたくないという気持ちと、育てていけるのかという不安……。母(小笹泰子さん=婦人部副本部長)や地元の同志がすぐに駆け付け、寄り添うように励ましてくれた。
 大野さんは、「自分らしく、この子と一緒に成長していこう」と、息子の個性を尊重しながら、共に成長する思いで向き合ってきた。
 良太さんは小学校、中学校と普通学級に進学。一見、障がいがあるように見えないことで、周囲から理解されないことも多かった。少しでも息子の成長をそばで見守ろうと、PTA役員なども積極的に引き受けてきた。
 小学校、中学校の母親代表やPTA役員を長年務め、名古屋市の小中学校PTA協議会副会長も歴任した。「重責を担うたび、”できるだろう か"と不安に襲われました。でも、学会活動で学んだことが全て生きました」と大野さんは振り返る。10年前から始めた「読み聞かせボランティア」は、今も続けている。
 目が回るほど多忙な毎日も、「信心を根本に知恵と工夫を凝らしながら挑戦してきました」と大野さん。学会でも白ゆり長、地区婦人部長などの役職を務め、友の激励に奔走してきた。
 現在、良太さんは20歳。今年、男子部大学校2期生となり、「学会活動が楽しくてしょうがない」と喜々として活動に参加する。長女、次男も学会の庭で伸び伸びと育つ。
 大野さんは語る。
「私は、長男の障がいがあったからこそ、信心と向き合えて、母として強くなれました。くじけそうな時、何度も激励してくださった池田先生、学会の同志への報恩感謝を胸に、地域広布を進めていきます」
​​


(2019年11月26日 聖教新聞)







Last updated  2019/11/27 11:57:23 AM
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SDGs――持続可能な未来へ共に考える 

静岡県立大学の鬼頭宏学長にインタビュー

 国連が本年発表した報告書によれば、世界人口は2050年までに20億人増の97億人となり、21世紀の末ごろには約110億人でピークに達することが見込まれている。
 一方、高齢化と人口減少が進んでいる国の数も増えていると指摘されており、日本もその一つである。
 こうした人口規模や構成の変化は、国連が定めた「SDGs(持続可能な開発目標)」の達成にも大きな影響を与える。
 私たちは、混迷の時代をどう進むべきか――歴史人口学の研究者である静岡県立大学の鬼頭宏学長に、青年部の代表が話を聞いた。

インタビュアー
林総静岡女子部長
馬渕総静岡学生部長

人口減少時代を迎えて
 馬渕総静岡学生部長 世界的に人口の増加が続く一方、日本では減少が進んでいます。増加と減少のメカニズムは、どういったものなのでしょうか。
 
 鬼頭学長 放っておけば基本的に人口は増え、地域に食べ物がなくなれば止まるという考え方があります。イギリスの経済学者マルサスが「人口論」で理論化したものですが、人口増加が続けば食料生産が追いつかないために、いずれ増加は止まり、まかなえる人口まで抑制される。食料の水準が人口を決めるというわけです。
 しかし、技術革新が起きて人々を養える力(収容力)が増すと、人口が増えるのです。そして、その技術が社会に普及し尽くすと、再び人口は増えなくなる。こうして増加と減少を繰り返してきたという見方があります。
 日本もこれまで少なくとも4回、波を描いて人口増減の循環を繰り返しており、現在は2010年をピークに人口減少の局面に入っています。
 

人口減少は社会変革のチャンス
 林総静岡女子部長 人口減少という事態をどのように捉えていけばよいのでしょうか。
 
 鬼頭 先日ある会議に参加した折、「静岡が抱えている一番の問題は、労働力不足だ」という話が出ました。経営者はいるし、機械もある。仕事もあって物をつくれば売れるけれども、働き手がいない、と。
 
 人口減少が進むと、労働力と消費が減ります。財政が困窮し、台風や洪水等で被害を受けても堤防や道路を修繕できず、社会資本が維持できなくなるかもしれない。すると災害に弱い社会になり、持続可能な社会ではなくなってくる。その意味でも人口減少への対応は必要です。
 
 しかし、人口が減少していく時期は、「社会を大きく作り変えるチャンス」でもあります。ヨーロッパでは14世紀に人口増加が止まりました。そこにペストの流行が重なって人口が減少したわけですが、この時、社会では人々の労働の価値が高まりました。
 領主の元で働かされていた農奴の存在が、人手不足によって重視されるようになり、賃金が上がって自立した農業経営者になったりもした。社会の仕組みに変化が起きたのです。
 これは一例ですが、人口減少は決してマイナス面だけではありません。現在、男女の賃金格差が問題視されていますが、労働力の減少はそうした格差解消の一助になることも考えられます。
 
「なんとかしなければ」が次代を開く
 馬渕 人口減少を停滞や閉塞とばかり捉える必要はない、ということですね。
 
 鬼頭 そうですね。人口が減少した時代は「次の準備をした時代」「技術革新が進んだ時代」であるといわれることがあります。
 
 現在もロボットやIT技術をさらに活用するという議論がありますよね。背景の一つには労働力不足があります。当然、研究者は好きで研究しているということはありますが、機械化を進めたいという社会的ニーズが、大きな後押しになっているでしょう。
 
 もう一つの事例に、イギリスの産業革命があります。多くの発明が生まれて社会の機械化が進み、産業革命に至ったと言われますが、それは「結果」です。
 産業革命前、イギリスは多くの移民を出し、人口増加が停滞していたのですが、それは森林伐採による耕地やエネルギーの不足が理由の一つでした。つまり、資源や人手が足りずに“なんとかしなければ”という事態が次の社会を開くステップにつながるのです。

未来は自分で描こう
創価学会平和委員会が制作した「平和の文化と希望展」。少子高齢化が進む社会で希望をもって生きるために、一人一人の価値観や行動の変革を促している(2015年11月、東京で)

 林 新しい社会を開くチャンスである一方で、若い世代が展望を描きづらい社会であるように思います。
 
 鬼頭 『幸福論』の著者であるフランスの哲学者アランは、「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」と言いました。
 
 “どうしようもないな、困ったな”ではなく、“社会をよりよく変える機会だ”と思考していくことが大切ではないでしょうか。
 
 アメリカの科学者アラン・ケイは「未来を予測する最善の方法はそれを発明すること」だと言っています。
 どうなるのだろうかと悩んでいても仕方がない。未来はこうするのだと自分で設計して、図面を描いてしまう。それに向かって実現していくのだ、と。
 “自分はこうしていきたい”という気持ちがあれば、新しい局面が開けてくるのではないでしょうか。その上で、間違った未来を描かないように、若い世代の方々には歴史をしっかり学んでほしいと思います。
 

皆が生きがいを持てる世界を
 馬渕 今後の社会の指針として、SDGsは「誰も置き去りにしない社会」を掲げています。創価学会学生部でも先日、学生を主な対象にした意識調査を実施したところです。
 
 鬼頭 調査結果は、私も拝見させていただきました。
 
 “このままでは人類社会、文明が続いていかない”という意識は現在、広く共有されてきているように感じます。1960年代から80年代にかけて、人口が過剰であることが世界的に注目されるようになりました。
 その一方で70年代には、「いつまでも、もつのか」ということが大きな議論となりました。国連の報告書や世界的な研究機関である「ローマクラブ」が発表したリポートなどで持続可能ではないことがうたわれ、現在のSDGsにつながってくるわけです。
 人生の価値は長い短いという「時間」で決まるものではなく、社会の一員として貢献し続けることができるかどうか、「生きがい」を持ち続けられるかどうかに掛かっていると思います。
 それは「社会との関係」を常に持っていくことと深く関係しているでしょう。SDGsを実現させていくことが、まさにそこにつながっていくのだと思います。

SDGsは未来への重要な指標
 林 未来をより良くしていくために、青年の使命は大きいと思います。池田先生は本年の「SGIの日」記念提言で、大学は社会の“希望と安心の港”として大きな役割があると指摘しています。鬼頭学長は公立大学協会会長も務めておられますが、大学の使命とは何でしょうか。
 
 鬼頭 創価大学では早くからSDGsに取り組んでいらっしゃいますね。本学もさまざまな取り組みを行っていますが、最近、公立大学は地域の施策を体現できるものでなくてはならないという思いを強くしています。
 地域の目指すものや人材の在り方を的確に読み取って育てていく。そうした地域作りの拠点になっていきたいと思っています。
 産業を興すとか労働力を供給すればいいというのではなく、広い意味での地域の豊かさです。それはGDPの成長だけでは測れない豊かさであり、21世紀のビジョンを考える上で、SDGsは重要な指標になる。
 その意味からもSDGs実現のために、他の大学、地域とつながる活動を展開していきたいと考えています。

​(2019年11月26日 聖教新聞)







Last updated  2019/11/26 05:40:06 PM
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2019/11/24
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​​連載   負けじ魂ここにあり──​わが生命の学園生 第24回 関西校​
関西創価学園と創立者・池田先生(2003~05年度)

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 関西の地に創価の学舎が誕生して30年余り。卒業生は、1万人になろうとしていた。


 創立者・池田先生は、平和・文化・教育のための行動を一段と大きく展開。
国内外の識者らと会い、次々と語らいを重ねていた。


 そうした激務の中、時間をこじあけるようにして、たびたび学園生と出会いを結んだ。 


 先生は学園生に、こう信頼を寄せる。「皆さん方のために、世界へ続く道を完璧に開いておきます。私が開いた『平和と人道の連帯』の正道を、皆さん方が、さらに大きく、豊かに、無限に広げゆくことを願い、期待し、信じております」

関西創価高校の代表が参加したパラグアイ国立イタプア大学の名誉博士号授与式で、スピーチする池田先生(2005年4月、東京都内で)



 2004年11月10日。秋に色づく東京・八王子市の創価大学のキャンパスを、関西創価高校の3年生20人が歩いていた。翌春、創大・女子短期大学への進学を予定する生徒の代表である。学長や学部長と懇談などを行う研修のため、関西から訪れていたのだ。


 池田記念講堂付近を散策していた時だった。講堂脇の坂の下からゆっくりと車が近づいてきた。後部座席の窓が開くと、そこには池田先生ご夫妻の姿が。


 “先生だ!” 


 集まる生徒たちに、先生は次々と声を掛けていく。


 「お母さんによろしく。お母さんを大事にね」


 「皆のことを、ずっと待っていたんだよ」


 「とても優秀だね。頑張りなさい」


 温かな振る舞いに、学園生の笑顔がはじける。皆、思い思いの決意や感謝を述べた。交流はわずかな時間だったが、先生の慈愛は若き心に深く強く刻まれた。

温かな振る舞い


 藤田将大さん(高校30期)は、法学部進学予定者の代表として参加した。小学校から学園で学び、東京校と中継で結んで行われる行事では、画面越しに先生の姿を見ることが多く、どこか遠い存在のように思っていた。


 「物理的な距離は関係ありませんでした。先生は常に学園生のことを気に掛けてくださっているのだと実感しました」


 “成長した結果で応えたい”と、藤田さんは創大で一層、勉学に励む。3年次には交換留学でアルゼンチンに渡った。 


 しかし帰国後、就職活動で苦難に直面する。リーマン・ショックで不況の嵐が吹き荒れたのだ。藤田さんは300社以上にエントリーし、次々と試験を受けるも不採用が続いた。ようやく内定を勝ち取ったのは32社目に受けた大手製薬会社。創大の新卒として初の採用だった。 


 就職後は営業マンとして奮闘し、ある指定難病の薬剤で全国一の売り上げを7年連続で達成。藤田さんの入社をきっかけに、創大出身者の採用も続いた。現在は、グループ会社の非常勤取締役も務める。



偉くなれ!


修学旅行で創価大学を訪れていた関西創価小学校の6年生を、包み込むように励ます池田先生。小柄な子には、「私もね、6年生の時は、小さかったんだ。同じだよ」と温かく(同年9月16日)


 2005年9月16日、創大の本部棟前。ここでも、池田先生と学園生との忘れ得ぬ出会いが刻まれた。


 集まっていたのは、修学旅行で訪れていた関西創価小学校生。そこへ、先生の乗った車が到着する。先生は手前で車を降りると、歩いて児童たちの元へ。


 「よく来たね!」


 「会えて、うれしい」


 「みんな優秀だ」


 先生は、その場にいた6年生110人全員と握手を交わし、一人一人に声を掛けていく。


 「負けちゃいけないよ」


 「親孝行するんだよ」


 藤井伸夫さん(高校37期)は緊張しながら、自分の所まで先生が来るのを、今か今かと待っていた。 


「1年生の時からお会いするのを、楽しみにしていました!」 
 藤井さんが元気いっぱい叫ぶと、先生は「そうか」と抱き締める。


 「偉くなりなさい。偉くなってまた会おう。創大に来るんだよ。お父さん、
お母さんを大事にね」


 藤井さんは大阪に戻ると、感動のままを両親に話した。


 しかし、困ったことが一つ。幼い頃から医療の道を志していたため、他大学への進学を考えていたのだ。藤井さんは母の勧めで、思いの丈を書き、先生に手紙を送った。すると、すぐに返事が。 


 「学園を出れば、創大を出たのと同じだから、わが道を堂々と歩み抜きなさい」


 藤井さんは青春の決意のまま勉学に挑み、私立大学の歯学部を経て、昨年から国立大学の付属病院に勤務する。口腔外科の歯科医師として、夢への第一歩を踏み出した。 


 「“偉くなってまた会おう”との先生の言葉を胸に、患者の心までケアできる一流の歯科医師に成長していきます!」

青春の生き方


 リー幸代さん(中学34期)も、創大での励ましを胸に刻む一人。池田先生の柔らかな手の感触を、今も鮮明に覚えている。


 先生はあの日、リーさんに「お父さん、お母さんによろしくね」と語った。


 アメリカ人の父と日本人の母のもとに生まれたリーさん。学園に入学して以来、両親は、創立者と娘の出会いをずっと念願していた。 


 “本当に先生は何でもご存じなんだ”。家に帰って報告すると、両親も一緒に喜んでくれた。


   
顔を太陽の方へと向ければ影は後ろに回る。
   常に正しく朗らかに、希望に燃えて前へ!



 中学を卒業後、リーさんは家族でハワイに移った。学校の授業は当然、英語。
友達もなかなかできなかった。


 “ずっと学園だったら良かったのに……” 
 寂しい生活の中で、励みとなったのは、学園時代に友人たちと学んだ、池田先生のスピーチやメッセージ。


 とりわけ、中学の入学式に寄せられたメッセージを繰り返し読んだ。その中で、先生はニュージーランドの先住民マオリの言葉「顔を太陽に向けよ! そうすれば、影はあなたの後ろに回る」を通して訴えた。 


 「これが、青春の生き方の真髄です。悩みに負けたり、悪い縁に紛動されたり、小さな感情に流されたりして、暗く、わびしい影に入ってはなりません。
常に、正しく、明るく、朗らかに、前へ、また前へ、希望に燃えて進みゆくことです」


 “暗くなっちゃいけない!”。奮起したリーさんは、4年間の予定だった高校を2年で卒業。奨学生にも選ばれ、短期大学で美術史を学んだ。


 現在は、ホテル内にある服飾店で働く傍ら、ハワイの隠れた魅力を紹介するテレビ番組でリポーターとしても活躍する。


 番組で取り上げた店や地域が旅行客でにぎわい、現地の人々にも喜ばれている。


 正しく、明るく、朗らかに──心にはいつも先生の指針が輝いている。



 2005年11月、先生は、関西学園歌「関西創価 わが誇り」を贈った。



  見つめむ未来に


     父ははの


  笑顔の誓いを


     忘れずに


  師弟は共に


     世界をば


  関西創価よ


     常勝の


  おお大関西


     永遠に勝て 



 学園生は希望の未来を見つめながら、わが人生の“常勝の道”を力強く進んでいる。 


 (月1回の掲載を予定)



【池田先生の主な足跡】(2003年4月~06年3月)


2003年


〈5月9日〉 


 「随筆 新・人間革命」<「平和の園」関西創価学園>を発表。「関西創価の同窓のスクラムこそ、私の命であり、また私と妻の宝である。さらにまた、わが家全員の夢であり、そして、我ら関西家族みなの希望でもある」とつづる


2004年


〈9月15日〉


 修学旅行で東京を訪れていた関西創価小学校6年生を激励(新宿区内)。

「万歳と 皆で叫ばむ 創価小 未来の偉人よ 負けずに育てと」との和歌を贈る 

 

〈11月10日〉


 翌春、創価大学・女子短期大学への進学を予定している生徒の代表を激励(創大)


2005年


〈3月3日〉


 関西創価学園の草創期をつづった、小説『新・人間革命』「希望」の章の新聞連載が開始(~5/23) 

〈4月29日〉 
 パラグアイ国立イタプア大学の名誉博士号授与式に高校2年生が出席(東京・渋谷区内) 

 

〈9月16日〉 
 修学旅行で東京を訪れた小学6年生を激励(創大) 



〈11月8日〉


 中学3年生らの創大研修で、関西学園歌「関西創価 わが誇り」の歌詞を贈る(本紙発表は11月11日付)



(2019年11月24日 聖教新聞)








Last updated  2019/11/26 06:13:05 PM
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2019/11/19
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​​女子部 華陽タイム
ロマンカードにつづられた御文を解説


【開目抄】
御文
 我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし(御書234ページ7行目)
 
●通解
 私も、そして私の弟子も、いかなる難があっても疑う心がなければ、必ず仏界に至るのである。
 
解説
 「この御文の身読が、創価学会の永遠の生命線です。常にこの御文に立ち戻り、前進していけば、私たちの信仰は不滅の輝きを放つからです」――池田先生は、かつてこのようにつづられました。
  2020年「ロマンカード」につづられた「開目抄」の一節は、学会精神の根幹ともいうべき御聖訓です。
 本抄は、文永9年(1272年)2月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡でしたためられ、門下一同に与えられました。
  当時、大聖人一門に対する迫害が激しさを増し、退転する人が続出していました。
  大聖人は本抄で、いかなる大難に遭おうとも、また、たとえ諸天善神が自分を守護しなくとも、民衆の幸福のため、不惜身命で妙法を弘め抜くとの「誓願」を明かされています。
  そしてこの一節において、弟子たちに、師と同じ心で、何があっても「疑わず」信心を貫けば、必ず成仏の境涯に至ると仰せです。
 
題目根本に人間革命の大道を
 私たちの生命は本来、妙法蓮華経の当体です。そのことを確信して題目を唱え抜く時、妙法の無限の力が、自身の生命の上に現れます。
  しかし、心が妙法に対する根本的な迷い、すなわち「無明」に覆われると、その力を現すことはできません。
  ゆえに大事なことは、妙法への「信」を貫くことです。
  決意をして前に進もうとしても、恐れや不安が出てくることがあります。苦難に直面して、たまらず嘆きたくなることもあるでしょう。思い通りにいかず、疑いが起こることもあるかもしれません。
  しかし、そうした時こそ信心を奮い起こし、「疑う心なく」との仰せを胸に題目を唱え抜けば、無明は打ち破ることができ、本来、具わる仏界が輝きます。勇気も、忍耐も、智慧も、慈悲も、無限に引き出し、発揮していくことができます。信心さえ敗れなければ、一切を勝利へと転じ、大きく幸福境涯を開いていけるのです。
 
 池田先生は女子部への真情をつづられました。
  「日々、題目を唱え抜き、日本一、世界一、幸せだといえる人になっていただきたい。いかなる状況にあっても、最後は、信心を貫いた人が絶対に勝ち、福運に満ちあふれた人生を歩むことができると、私は断言しておきます」(『新・人間革命』第30巻<上>「雄飛」の章)
  学会創立90周年へ、師弟の誓願を光らせながら、唱題根本に「人間革命」の大道を前進していきましょう!


(2019年11月19日  聖教新聞)







Last updated  2019/11/19 05:00:09 PM
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2019/11/17
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​​11・18「創価学会創立記念日」特集<下>
インタビュー 田原総一朗さん

 11・18「創価学会創立記念日」特集 下 は、ジャーナリストの田原総一朗氏(たはら・そういちろう)へのインタビューを掲載する。民衆運動としての創価学会と、その社会的役割などについて語ってもらった。(聞き手=佐口博之、歌橋智也)

民衆運動としての創価学会
学会は人間を励ます共同体
 ──高度成長期の時代から創価学会に注目してこられました。

 僕が創価学会を初めて取材したのは、東京オリンピックのあった1964年(昭和39年)です。
 当時、学会は、まさに破竹(はちく)の勢いで伸びていました。謗法払(ふぼうばら)いの厳格さなどもあって、世間の風当たりが強かったにもかかわらず、拡大している。このすさまじい勢いの要因は一体、何だろう? それが取材の動機です。
 あの時は、ある会社員の女子部の方を紹介してもらい、彼女を中心に取材をしました。なぜ学会員になったのか、なぜそんなに一生懸命なのかといろいろ聞きました。
 どうして女性に取材をしたかというと、今もそうですが、日本では女性への根強い差別がある。女性は弱者です。だから学会の中で女性がどう扱われているかに興味があったし、女性が不満を持つような団体ならだめだろうと思ったからです。でも学会は違いました。

座談会の社会的な意義とは?
 ──座談会も取材されています。

 僕が一番、関心があったのは座談会ですよ。何度も行きました。これが学会をどんどん発展させている要因だと思いましたね。
 高度成長の時代、東京にいろんな地方の人がやって来る。大企業に入った人たちは労働組合もあるんだけど、そうじゃない人たちは組合もないし、友達もいない。だから孤立してしまう。そういう人たちを学会が受け入れ、励ましていったんです。
 座談会は、だいたい20~30人くらいの小さな集まりですよね。そこで、いろんな人が「信心して、こんなことがあった」とか「最初はうまくいかなかったけど、こうやって成功した」といった体験を、赤裸々にしゃべる。一種のコミュニティーです。何よりも、人と話し合うことができる。悩みの相談に乗ってくれる。こういう存在が大きいんです。
 座談会に出ると気持ちが前向きになるんですね。学会の人って、皆さん、明るいですよ。とても素直で、ひねくれていない(笑い)。お題目をあげているから、すごく元気なんです。

宿命は変えられる
 ──座談会は“地域のオアシス”のような集いです。

 今の日本社会で重要な問題の一つは、都会にコミュニティーがなくなってきていることです。だから、いわゆる「引きこもり」になってしまう人たちが増えている。300万人くらいいるんじゃないかともいわれています。
 でも“下手に心を開いて人に話をすると、だまされるんじゃないか”と疑ってしまう。ところが、学会の座談会はそういう心配がいらない。何でも話せる。心から信頼できる相手がいる。これが大きいですね。
 もう一つ、学会員を取材する中で「宿命転換」という考え方を知りました。
死んでからじゃなくて、生きているうちに宿命を転換して、幸せになるという思想です。
 人生、少なからぬ人たちが苦労している。貧乏だ。病気になる。仕事を失う。
こうした悩みを乗り越えて、生きがいのある人生を送りたい。何のために生きているのかをつかみたい。信心することで、それを得ることができる。
 しかも、そういうことを“上から目線”ではなく、座談会で皆が平等に語り合う。
池田名誉会長も上からものを言うことは絶対にしない。これが学会の良さだと思う。

池田名誉会長への取材
 ──池田名誉会長に2度、取材されています。

 大組織のリーダーだから、きっと近寄りがたい雰囲気で、理屈っぽいことを滔々と言われるんだろうと思っていたんです。
 でも、実際にお会いすると、そんなことは一切なかった。偉ぶったところが全くなく、年下の僕の話をよく聞いてくれた。気が付いたら、僕ばかりが話していました。
 この点は、パナソニックの松下幸之助さんやソニーの盛田昭夫さんなどとも共通しています。人の話を聞くのが非常にうまいんです。
 僕は名誉会長に「なぜ創価学会に入ったんですか」と質問しました。
 名誉会長は入信前、第2代の戸田会長(当時、理事長)の会合に参加します。戦後の本当に貧しかった時代です。
 戸田会長は戦争中に国家神道に反対して不敬罪(ふけいざい)などの容疑で逮捕・投獄される。当時、政治・思想犯とされた人たちは、投獄されると転向する人も多かった。ところが戸田会長は、獄中で苦しい目に遭(あ)っても最後まで信念を貫(つらぬ)き、転向しなかった。だから、この人の言うことなら信用できると思った、と言うんです。つまり、日蓮仏法の教義云々ではなく、戸田城聖という人物を信用して入信したんだ、と。
 こうした率直な話に、僕は非常に感銘を受けました。名誉会長は、自分を良く見せようという下心がない。失礼な言い方かもしれませんが、本当に素直な方だと思います。

「三世の生命」はある?
 三世の生命についても聞きました。多くの宗教では、前世があって、現世があって、来世があると説く。でも、前世も来世も見た人はいない。それなのに何で「ある」と言うんだ。証拠はないじゃないか、と。
 そうしたら名誉会長は、分かりやすく、こう言われたんです。
 「あるかどうかは、分かりません。でも、あると思った方がいい。来世がないと思って悪いことばかりして、もし、来世があったら大変だ。来世があると思って良いことをして、なかったとしても、いいじゃないですか」と。
 なるほど、これは面白い。大事なのは生き方なんだと。理屈で僕をねじ伏せようなんて様子は、みじんもなかった。非常に好感を持ちましたね。
 どうも世間では、学会員が名誉会長のことを教祖のように崇めている、と思っている人もいるようですが、全くそんなことはない。何でも本音で話せる、実に人間味のある方だなと、取材を通して強く感じました。

一人一人とのつながり
 ──学会にはこれまで、いくつもの試練がありました。

 僕はね、言論・出版問題(1970年頃)の時などは、申し訳ないが、創価学会は潰(つぶ)れるんじゃないかと思いましたよ。でも、そうはならなかった。
 その理由を探ろうと、婦人部の皆さんに話を聞きました。「なぜ、学会はれなかったんでしょう?」「なぜ、学会員は池田会長を信用するんでしょう?」
と。
 そうしたら、「池田先生は教祖でも、単なる指導者でもないんです」という。
そして、口を揃えて「私と池田先生のつながりなんです」と答えるんです。
 “池田先生は私たちを「一対一」で大事にしてくださる。その振る舞いを見れば、自分のことなど全く考えておらず、皆が幸せになるにはどう励ませばいいかしか考えていないことが分かる”と。
 学会員一人一人が、リーダーとしての名誉会長じゃなくて、「私の池田先生」と捉えている。この答えが圧倒的に多かった。僕は改めて、「これは、すごいことだ」と思いました。だから、乗り越えられた。
 「大阪の戦い」といわれる1956年(昭和31年)の参議院選挙もそうです。
誰も勝てると思っていなかったのに勝っちゃった。なぜだろう?
 あの時、名誉会長は大阪中を回り、一人一人に会って、一人一人と、どうやったら大阪が良くなるのかを語り合った。そして、一人一人が名誉会長を信じ、あんなに大きな輪になった。そして、予想を覆して勝利したんです。

世界で共感呼ぶ「宿命転換」の思想
アメリカ・ボストンでの座談会
 ──今、創価学会は世界宗教へと進み始めています。

 創価学会では今、「他宗」という言葉を使うようになりましたね。これが大きいと思う。海外には当然、キリスト教やイスラム教などがある。名誉会長は他宗の人たちとも積極的に対話をし、友好を広げてこられました。
 もう一つは「宿命転換」の思想が共感を呼んでいると思う。宿命は決まったものではなく、現世で転換できると教えている。これが世界で伸びている大きな要因でしょう。
 それを広げるための座談会です。皆が心を開いて話をして、コミュニティーをつくる。“いろいろと失敗したけど、こうやったら、うまくいった”といった前向きな話が聞ける。すると“それなら自分にもできる”と、皆が人生に希望を持てるんです。これには、人種や言語の違いは関係ない。

青年の指標となる「新しい言葉」を
インドネシアの座談会
 ──今後の学会への期待をお願いします。

 もうかつての「貧・病・争」はなくなりました。これからは、別の意味で難しい時代になります。人口が減る一方で、人が100歳以上生きる時代です。
 そんな今の社会を日本人は「黄昏」だと思っている。たとえば経済も1989年(平成元年)、日本の企業が時価総額で世界のトップ50社の中に32社も入っていた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ですよ。でも昨年、トップ50社の中で残っているのは1社だけ。あとは全部、落ちちゃった。中国にも韓国にも負けている。
 僕はね、新しい時代には「新しい言葉」が必要だと思っています。黄昏だなんて思っちゃいけない。今こそ、100年、200年、持続可能な社会を築くためにどうすればいいか、ビジョンを示さなければいけない。
 だから、学会には「新しい言葉」を発信してほしい。夢を持てるような言葉です。それが青年の指標になり、未来を創造する力になります。
 人生100年時代には、生きる意味が問われます。人々がその答えを見いだすためにも宗教の力が重要です。僕は創価学会に、それを期待するのです。

 
田原総一朗氏が著した『創価学会』(毎日新聞出版)

 たはら・そういちろう 1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学卒業後、岩波映画製作所を経て、東京12チャンネル(現テレビ東京)に入社。77年、フリーに。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」等でテレビジャーナリズムの新しい地平を開く。98年、城戸又一賞を受賞。著書に『日本の戦争』(小学館)、『日本人のための新「幸福論」』(三笠書房)、『ヒトは120歳まで生きられるのか』(文春新書)など多数。

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(2019年11月17日 聖教新聞)









Last updated  2019/11/17 04:00:06 PM
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2019/11/12
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​​創価大学 箱根駅伝への道(上)
自分に負けない強さをつかんだ

 第96回箱根駅伝の予選会(10月26日)を5位で通過し、3年ぶり3度目の本戦出場を決めた創価大学。チームの主力である、主将の築舘陽介選手(4年)、米満怜選手(同)、ムソニ・ムイル選手(同)、スタッフへのインタビューをもとに、創価大学の「箱根駅伝への道」をたどった。

ドキュメンタリームービー「創価大学 箱根駅伝への道」​(3:57)

2015年 初陣──目標は「出る」から「戦う」へ
 2015年の第91回箱根駅伝。
 初出場の創価大学の総合順位は20位。
 当時、高校駅伝の強豪・佐久長聖(長野)に在籍していた築舘陽介選手は振り返る。
 「箱根に出ることよりも、箱根で戦うことを目標にして、進学を決めました」
  
 翌16年4月、築舘選手や大牟田(福岡)の米満怜選手をはじめ全国の舞台を駆けた有力選手が創価大学へ。さらに、ケニアからムソニ・ムイル選手も加わり、この年の新入生は“黄金世代”と期待された。
  
 「強豪校から、創価大学を選んで来てくれた学生たちが多い世代でした。何としても晴れ舞台に立たせてあげたいという強い思いがありました」(久保田満コーチ)

2017年 躍進──黄金世代が原動力に
 17年の第93回箱根駅伝。
 創価大学は予選会を3位で突破し、2年ぶり2度目の本戦に返り咲いた。
 往路順位は9位、総合順位は12位。
 躍進の原動力になったのが“黄金世代”だった。2区のムイル選手は7人抜き、8区の米満選手は区間3位。ルーキーながら、大舞台で、その実力を証明した。
  
 一方で、その躍進の様子を、複雑な気持ちでテレビ観戦していた部員がいた。
予選会突破に貢献した築舘選手である。
 「箱根で走ることを夢見て、手の届くところまできたのですが、それが空回りしてしまい、スランプに陥りました」
  
 築舘選手は箱根駅伝前にチームを離れ、実家で休養していた。“何のために進学したのか”と落ち込んだ。どんな顔でチームに合流すればいいかも分からなかった。
 「でも、皆が温かく迎え入れてくれたんです。本当にうれしかったです。このチームのために尽くし抜こうと決めました」

2017・18年 試練──負けて当たり前だった
 チームの躍進は続いていくかのように思われた。だが、第94回、第95回はいずれも予選落ち。試練の2年間だった。
 「悪い意味で、1年目のイメージが残ってしまい、チームとしても乗り切れない、苦しんだ部分がありました。皆の気持ちが同じ方向を向いていなかった」(築舘選手)
  
 「負けて当たり前の雰囲気がありました。自分自身、2年時は故障、3年時は副主将としてチームを引っ張れず、先輩たちに申し訳ない気持ちでした」(米満選手)
 ムイル選手も右のアキレス腱を故障し、昨年1年間、レースに出場できなかった。「苦しかった。走れないことが一番つらかったです」と胸の内を語った。

2018・19年 情熱──主将に選ばれたのは“一番悔しかった”選手
 第95回の予選会を終え、現4年生が、チームの最高学年に。スタッフが主将に指名したのは、築舘選手だった。
 「チームを変えられるのは誰かと考えた時、つらい経験を乗り越えてきた築舘しかいないと思いました」(瀬上雄然総監督)
  
 「一度は断りましたが、瀬上さんから、“築舘は、苦しんでいる部員の気持ちが分かる。築舘らしくやってほしい”と言ってもらい、心が決まりました」(築舘選手)
  
 当時、チームには故障者が多かった。築舘選手は「一人も置き去りにしない」との信念で、声を掛け続けた。リハビリ中だったムイル選手にも、片言の英語で“力を貸してほしい”との思いを伝えてきた。
 「誰よりもチームが好きで、箱根駅伝に向けて、一番、熱い気持ちを持っている自負があります。自分のスタイルは、泥臭く毎日、コツコツやること。“小さな積み重ねが箱根につながる”と語ってきました」
  
 米満選手は「築舘は練習でも生活面でも皆の模範です。“もう一度、箱根へ”という機運を高めてくれました」と言う。
 主将の情熱はチームに波及していった。

2020年へ 助走──新体制が分析した課題
 さらに本年2月、創価大学は、榎木和貴新監督を迎えた。瀬上総監督、榎木監督、久保田コーチ、渡部啓太コーチの新体制となった。スタッフは、これまでのレースデータを分析。課題を明確にし、長距離の基本である“足づくり”に重点を置いた。
  
 「思いは強く感じましたが、レースの結果に結び付いていませんでした。“自信をどう付けていくか”を考え、練習状況や目標確認など、選手とのコミュニケーションを多く取っていきました」(榎木監督)
  
 箱根駅伝予選会への“助走”と位置付けた本年6月の全日本大学駅伝予選会。練習での手応えはあったが、順位は12位に終わる。この結果が新たな変化をもたらした。
 「“自分がやらなきゃ”という焦りが先行し、ミスにつながった。“どうすれば勝てるか”を考え抜きました」(米満選手)
 「米満や後輩たちに負担を掛けてしまいました。“このままではいけない”と4年生の目の色が変わりました」(築舘選手)

 4年生がチームでどのような役割を果たせるかが大学駅伝を勝ち抜くポイントだ。その真価が発揮されたのは夏合宿だった。
 「4年間、競技してきた中で過去最高の練習を積めました。早く自分たちの力を試したいと思える状況でした」(築舘選手)
  
 夏合宿を終えた選手たちは、9月の法政大学競技会で、続々と自己記録を更新。
榎木監督も「負荷が大きい練習をクリアしてくれましたので、自信をもって、予選会に送り出すことができた」と振り返る。

進化──攻めの走りで失速を克服
 迎えた第96回箱根駅伝予選会。
 4年生5人が出走した創価大学は、序盤から攻めの走りを見せた。「後半15キロ以降の失速」を克服し、終始、力強いレースを展開した。結果は堂々の5位。再び本戦の切符をつかんだ。
  
 「4年生を中心に、“3年分の思い”をぶつけてくれました」(久保田コーチ)
 この思いは、選手やスタッフだけではない。“応援団”も同じ思いだった。
 「昨年、一昨年と負けた時も、変わらずに応援してくれた多くの方々がいました。予選突破という結果で、恩返しできたことをうれしく思います」(築舘選手)

 そして、いよいよ、新春の箱根路に「創価のタスキ」が戻ってくる。
 瀬上総監督は「榎木監督が描くレースを展開できるよう、チームを支えていきます。そして、最後まで諦めない走りで、1月2日、創立者のお誕生日をお祝いしてまいります」と語る。
 今年のチームスローガンは「やるじゃん創価」。築舘選手は意気込む。
 「試練を乗り越えて、自分に負けない強さをつかみました。チームはまだまだ進化しています。全国の皆さんから『やるじゃん創価』と言ってもらえるような結果を残していきます」



(2019年11月12日 聖教新聞)

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