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晴ればれとBlog

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励まし御書―人間革命の光で  女子部教学室編

2020/09/17
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​〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編
【女子部必読】今いる場所から平和を 
勇気凛々と幸福拡大の前身

 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「今いる場所から平和を」です。友の笑顔が咲き薫り、未来への希望に満ち溢れる“平和の世界”を築くため、創価の師弟は妙法の大哲理を掲げて、一歩また一歩と、行動を貫いてきました。ここでは、社会の安穏を祈り、自他共の幸福のために尽くす生き方について学びます。(創価新報2020年9月号から)


 

​自他共の幸せを願い行動する生き方​


御 文
​​​​ 汝須(なんじすべから)く一身(いっしん)の安堵(あんど)を思わば先ず四表の静謐(せいひつ)を禱(いの)らん者か​​​​(立正安国論、31ページ)
 ​


通 解
 ​あなたは、自分自身の安泰(あんたい)を願うならば、まず世の中の平穏(へいおん)を祈ることが必要ではないのか。
 ​


解 説
 「立正安国論」は、文応元年(1260年)7月16日、日蓮大聖人が、鎌倉幕府の実質的な最高権力者・北条時頼(ほうじょうときより)に提出されました。
 


 打ち続く自然災害、飢饉(ききん)、疫病(えきびょう)など、人々を苦しめる災禍の根本原因が、法華経を否定する「謗法(ほうぼう)」にあることを見極められた大聖人が、人々の心に正法を打ち立てるべきことを記して、時の権力者を諫(いさ)められた「国主諫暁(こくしゅかんぎょう)の書」です。
 


 掲げた御文では、自身の幸福を願うならば、まず、自身を取り巻く社会の安穏を祈るべきであると仰せです。
 


 不幸に覆われた社会で、自分だけの幸福を実現することはできません。ゆえに大聖人は、個人の幸福の実現のためにも、広く社会に目を向け、平和と安穏を真剣に祈ることが大切であると示されました。
 
 
平和と幸福の社会といっても、それを創るのはどこまでも人間自身です。また、一人一人の“真の幸福”とは、自らの内面に、何ものにも揺るがない“仏の境涯”を築くことです。
 


 自身の宿命転換に挑みながら、目の前の友の幸福を祈り、励ましを送る中で、私たちは自らの境涯を大きく広げています。さらに、社会が直面するさまざまな困難にも、また、直接関わりがない人々の苦しみや悲しみにまでも、思いをはせ、幸福を祈る心は、まさに“仏の心”“仏の境涯”であると言えます。


 
社会の安穏を祈り、今いる場所で自他共の幸福のために尽くす実践が、わが生命を変革し、境涯を開きます。そして、この一人の「人間革命」の前進から、平和と幸福の社会も築かれていくのです。師弟不二の心で世界平和を祈り、縁する友に励ましを広げていきましょう。
 


小説『新・人間革命』より
 (方面の記念幹部会が、山本伸一の出席のもと開催されます)
 


 ここで、「東洋広布の歌」の大合唱となった。九州の同志は、いや、全学会員が、「東洋広布は 我等の手で」と、この歌を高らかに歌いながら広宣流布に邁進してきたのだ。
 


 東洋広布を担おうと、アジアに雄飛していった人もいたが、大多数の同志の活躍の舞台は、わが町、わが村、わが集落であった。
 


 地を這うようにして、ここを東洋広布の先駆けと模範の天地にしようと、一軒一軒、友の家々を訪ねては、仏法対話を交わし、幸せの案内人となってきた。創価の同志は、地域に根を張りながら、東洋の民の安穏を祈り、世界の平和を祈り、その一念は地球をも包んできたのだ。
 


 そして、伸一が海外を訪問するたびに、大成功を祈って唱題を重ねた。一方、伸一は、皆の祈りを生命に感じながら、“全同志を代表して平和の道を開くのだ!”との思いで全精魂を注ぎ、走り抜いてきたのである。この師弟不二の心意気が、東洋、世界への広宣流布の未聞の流れを開いてきたのだ。
 
(第29巻「清新」の章


​師弟誓願の道を「二陣三陣」​


御 文
​​​​​​ 妙法蓮華経の五字・末法の始(はじめ)に一閻浮提(いちえんぶだい)にひろまらせ給(たも)うべき瑞相(ずいそう)に日蓮さきがけしたり、わたうども二陣三陣つづきて迦葉(かしょう)・阿難(あなん)にも勝(す)ぐれ天台・伝教にもこへよかし​​​​​​(種種御振舞御書、910ページ)
 ​


通 解
 妙法蓮華経の五字が、末法の初めに全世界に広まっていく瑞相として、日蓮が先駆けしたのである。わが一門の者たちは、二陣、三陣と続いて、迦葉や阿難にも勝れ、天台や伝教にも超えていくのだ。
 ​


解 説
 「種種御振舞御書」は、日蓮大聖人が建治2年(1276年)に身延で認められ、門下の光日房に与えられたとされていましたが、詳細は不明です。
 


 師と同じ心で、大願に生き抜く“後継”の弟子が、陸続と続いてこそ、世界広布の未来は限りなく開かれます。
 


 掲げた御文で大聖人は、釈尊の滅後、誰も弘めることのなかった妙法蓮華経の五字を、末法において御自身が“先陣”を切り、弘めたのであると述べ、弟子たちへ、この大闘争に「二陣、三陣と続いていきなさい」と呼びかけられています。
 


 いかなる大難にも屈することなく、万人成仏の妙法を弘め抜いていかれたのが大聖人です。この大闘争に連なり、広宣流布に尽くしていくことが、どれほど偉大な実践であるか。
 

 
続く御文で大聖人は、それは、釈尊の直弟子である迦葉や阿難、また、像法時代の正師である天台や伝教を超えるほどの、最高に尊い実践であると示されました。
 


 今この時に、広布後継の青年部として生まれ合わせた、一人一人の使命と福徳は計り知れません。
 


 池田先生はつづられています。「若き生命には無限の可能性がある。一切の苦難や試練を乗り越えゆく勇気がある。誓願のスクラムを広げ抜く熱と力に満ちています。
(中略)
 


 大聖人に直結する我らは、いよいよ『二陣、三陣』と、人類が渇仰してやまない平和と人道の大哲理を、勇気凜々と語り弘めていこうではありませんか!」
 


 誓い光る青年の連帯を幾重にも広げ、「平和の世紀」を切り拓いていきましょう。
 


小説『新・人間革命』より
 新しき時代の主役は青年である。青年が、いかなる志をいだき、どれほど真剣に学び、果敢に行動し、自身を磨き鍛えているか――そこに、未来の一切がかかっている。
(中略)
 


 伸一は、次代のリーダーたちの、新たな前進と活躍に心から期待を寄せ、長文の祝電を送った。
(中略)
 


 「アメリカの青年も/ドイツの青年も/またイタリアの青年も/そしてフランスの青年も/イギリスの青年も/東南アジアの青年も/皆 真実の平和のために立ち上がった
 


 わが真の同志たる日本の青年部の/すばらしい団結とすばらしい成長と/すばらしい勝利の連続の歴史を/祈り待ってメッセージとしたい」
 


 そこには、“青年よ、立て!”との、伸一の魂の叫びが込められていた。
 


 彼は、広宣流布即世界平和のために、地球上の創価の青年たちが、スクラムを組み、先駆となって、生命尊厳の人間蘇生の哲理を広げていってほしかったのである。
 
(第30巻〈下〉「勝ち鬨」の章)








Last updated  2020/09/18 07:59:16 AM


2020/08/28

〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編

【女子部必読】​希望を広げる対話〈2〉 目の前の“一人”を大切に​


 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「希望を広げる対話」です。人との交流や触れ合いが限られる状況の中でも、友の幸福を祈り、真心をこめた一言一言から、友情の絆が深まり、幸の仏縁も結ばれます。ここでは、“今いる場所”で、目の前の一人を励ます実践について研さんしていきます。(創価新報2020年8月19日付から)
 


御 文
 ​​​​​​其(そ)の国の仏法は貴辺(きへん)にまかせたてまつり候ぞ、仏種(ぶっしゅ)は縁(えん)に従(よ)って起る是(こ)の故に一乗(いちじょう)を説くなるべし​​​​​​(高橋殿御返事、1467ページ)
 ​


通 解
 その国の仏法流布は、あなたにお任せする。仏種は縁によって起こる。その故に一乗(法華経)を説くのである。


 
解 説
 「高橋殿御返事」は、駿河国(するがくに)(静岡県中央部)富士方面の中心的な弟子に与えられたお手紙の一部(断簡)と考えられていますが、詳細は分かっていません。



 掲げた御文の「其の国」とは、本抄をいただいた門下の、住む地域一帯との意味です。現代でいえば、住んでいる地域や、職場、家庭など、自身の関わるあらゆる場所と拝することができるでしょう。



 大聖人は、弟子への限りない信頼をこめて「その地域の仏法はあなたにお任せします」と仰せです。



 妙法を持つ人が“今いる場所”こそ、師から託された、広宣流布の使命の舞台なのです。



 大聖人は、続いて「仏種(ぶっしゅ)は縁(えん)に従(よ)って起る」と述べ、一人一人に具わる仏の生命が、妙法に縁することによって現れるとの道理を示されています。
 
 
相手が永遠の幸福の道を歩む第一歩は、私たちが「仏種」を植える対話から始まります。



 ゆえに大事なことは、縁する人と誠実に友情を築き、祈りを根本に、真心の対話で仏縁を結んでいくことです。



 自分にしか語ることのできない友人もいます。だからこそ、私たちが師弟の誓いを胸に、目の前の一人を大切に励まし抜いていくことは、何よりも尊い広布拡大の実践となるのです。



 池田先生はつづられています。


 「『友情の開拓』が『広布の開拓』です。『励ましの拡大』が『善縁(ぜんえん)の拡大』です」

 ときには、電話や手紙で送る励ましの言葉も、必ず真心は通じ、妙法の縁は広がります。自分らしく、勇気の仏縁拡大に挑戦し、幸福勝利の門を開いていきましょう。
 


小説『新・人間革命』より
 対話は、人間の最も優れた特性であり、それは人間性の発露である。



 語り合うことから、心の扉は開かれ、互いの理解が生まれ、友情のスクラムが広がる。



 対話とは、心に虚栄(きょえい)の甲冑(かっちゅう)を纏(まと)って、空疎(くうそ)な美辞麗句(びじれいく)を投げかけることではない。赤裸々な人間として、誠実と信念と忍耐をもってする人格の触発だ。



 仏教の智者(ちしゃ)の言(げん)には、「声仏事(こえぶつじ)を為(な)す」(御書400ページ)と。諸経の王「法華経」は、仏陀と弟子たちとの対話である。日蓮大聖人の「立正安国論」も、主人と客との対話として認められた。



 対話は――励ましの力となる。希望の光となる。勇気の泉となる。生命蘇生の新風となる。そして、人間の心と心に橋を架(か)ける。

(第29巻「常楽」の章)


(2020年8月28日 聖教新聞)







Last updated  2020/08/28 02:19:30 PM

​〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編
【女子部必読】希望を広げる対話〈1〉 ほめたたえる心に功徳が

 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「希望を広げる対話」です。人との交流や触れ合いが限られる状況の中でも、友の幸福を祈り、真心をこめた一言一言から、友情の絆が深まり、幸の仏縁も結ばれます。ここでは、互いに励まし合い、自他共の心に希望を広げゆく対話の精神を研さんしていきます。(創価新報2020年8月19日付から)
​

​ 
御 文
​​​​ 金(こがね)はやけば弥色(いよいよいろ)まさり剣(つるぎ)はとげば弥利(いよいよと)くなる・法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる​​​​(妙密上人御消息、1241ページ)
 ​


通 解
 金は、焼けばいよいよ色がよくなり、剣は、研げばいよいよ良く切れるようになる。法華経の功徳を讃えるならば、ますます功徳が勝っていく。
 


解 説
 「妙密上人御消息」は、建治2年(1276年)閏(うるう)3月、日蓮大聖人が身延(みのぶ)で著され、門下の妙密上人に送られたお手紙です。妙密上人について詳しいことは分かっていませんが、夫妻で純粋な信心に励み、何度も大聖人のもとに御供養をお届けした功労の門下であると考えられています。

 掲げた御文で大聖人は、「金」は、焼いて不純物を取り除く精練を繰り返すことで輝きが増し、「剣(つるぎ)」は、何度も研ぐことでより切れ味が鋭くなると述べられています。そして同じように、「法華経」は、ほめたたえることで、いよいよ功徳が大きくなっていくと仰せです。
 

 
二十八品から構成される法華経は、全体で見ると、法理そのものが説かれている部分は少なく、むしろ、その妙法の功徳がどれほど素晴らしいものであるかを、称賛(しょうさん)する言葉が多く説かれています。妙法を称賛する心、また、妙法を持ち弘める人を称賛する心に、功徳が増していくのです。



 私たちで言えば、日々、自らが信行学に励むこと、そして、信心の喜びをありのまま語ることが、妙法をほめたたえる実践です。また“目の前の一人”を、心から尊敬し、たたえる言葉や振る舞いは、仏の生命を賛嘆(さんたん)することに通じるといえるでしょう。



 池田先生は語られました。


 「妙法の素晴らしさを讃えれば、功徳も、いよいよ大きくなる。『真心からの賞讃』があるところには、福運も歓喜も倍加する」



 尊敬と励ましの心から、自他共に、福徳がいよいよ増すことを確信し、希望の語らいを広げていきましょう。
 


小説『新・人間革命』より
 (女子部員との懇談の場で、山本伸一が語ります)

 皆さんは、「激励」というのは、年長者が、年少の人に対して行うものであるかのように、思い込んでいませんか。

(中略)

 

「激励」は、決して年長者からの一方通行ではなく、世代、立場を超えて、双方から発信できるんです。若い人が、先輩や年長者を励まし、奮い立たせることもできます。人柄や能力、生き方の姿勢など、相手のすばらしさを賞讃することも、大きな励ましになります。

(中略)



 人間は、たとえ、自分より年下の人であっても、“いつも自分のことを思ってくれ、一生懸命に励ましてくれる”“信頼し、尊敬してくれている”という人がいれば、嬉しく、力強いものです。



 人間は、人との絆のなかで、勇気を得るし、希望を得ていきます。その麗しい励ましの絆を、社会の隅々にまで広げていくのが、広宣流布ともいえます。

(第25巻「人材城」の章)



(2020年8月28日 聖教新聞)







Last updated  2020/08/28 02:18:24 PM
2020/07/19

​​​【女子部必読】周囲と力を合わせる〈1〉 

学会は最高の「善知識」の連帯


連載〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編


 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生のご指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「周囲と力を合わせる」です。困難に挑もうとする時や、新しい道を開こうとする時、一人では行き詰まってしまっても、周りの人と力を合わせれば、乗り越えていけることがたくさんあります。ここでは、「善知識」である創価の同志と歩む、苦難に負けない生き方を築くことを研さんしていきます。(創価新報2020年7月15日付から)

御 文
 ​​夫(そ)れ木をうえ候には大風吹(おおかぜふ)き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ​​(三三蔵祈雨事、1468ページ)
 

通 解
 そもそも、木を植える場合、大風が吹いたとしても、強い支えがあれば倒れない。もともと生えていた木であっても、根の弱いものは倒れてしまう。
 

解 説
 「三三蔵祈雨事」は、建治元年(1275年)、あるいはその翌年に、日蓮大聖人が身延(みのぶ)で著され、駿河国(するがのくに)(静岡県中央部)富士郡西山郷の門下・西山殿に与えられたとされています。

 今回学ぶのは、「善知識」という強い支えがあれば、必ず苦難や試練を乗り越えていけることを教えられた、本抄の冒頭の一節です。

 植えたばかりで、まだしっかりと根を張っていない木でも、頑丈(じょうぶ)な“支え”があれば、強く吹き付ける風を耐(た)え忍(しの)ぶことができます。一方、もともと生えている木でも、根が弱ければ風に倒れてしまいます。

 このことを通して大聖人は、続く御文で、人間も「弱く不甲斐(ふがない)ない者であっても、助ける者が強ければ倒れない。少し壮健(そうけん)な者でも、独(ひと)りであれば悪い道では倒れてしまう」(御書1468ページ、通解)と仰せです。
 
 仏道修行に励む中では、さまざまな形で、それを妨げる障魔(しょうま)の働きが起こります。ゆえに、仏法の正しい実践を貫(つらぬ)けるよう、励まし、導(みちび)いてくれる「善知識」の存在は、何よりも重要なのです。

 釈尊は“善き友と一緒に進むということは、仏道の半ばではなく、仏道の全てなのである”と述べました。
 善き友と語り合い、力を合わせて進んでいく。大変な時こそ、一人で抱え込まず、皆で支え合い、共に壁を乗り越えていく。その中で、私たちは正しい信心を全うし、真実の勝利の道を歩み抜いていくことができます。

 互いを「善知識」として尊敬し合い、どんな苦難にも負けない創価のスクラムを光らせながら、希望の未来を開いていきましょう。
 

小説『新・人間革命』より
 (県幹部会の席上、山本伸一が語ります)

 私たちが信心に励むのは、人生のあらゆる試練や苦難に打ち勝って、幸せになるためです。それには、何ものにも負けない強さが必要です。

 では、強さとは何か――。
 よく、「人生の確かな目的をもった人は強い。信念のある人は強い。まことの友人をもった人は強い」と言われますが、その三つの条件は、すべて私たちに、創価学会のなかにそなわっています。

 私たちには、一生成仏、広宣流布という高邁(こうまい)なる目的がある。そして、日蓮大聖人の仏法を持つなかに、自他共(じたとも)の崩(くず)れざる幸福があるとの、不動の信念があります。また、心から信じ合える同志がおり、仏法兄弟として励まし合っていける友情のスクラムがある。

 いわば、私どもは、自分を強くしていける最高の条件をそなえており、それを事実のうえに示し、幸せになるための信心なんです。(第26巻「法旗」の章)

◎感想をお寄せください→ youth@seikyo-np.jp​​​


 







Last updated  2020/08/28 02:20:28 PM

​​【女子部必読】周囲と力を合わせる〈2〉 

“自己中心”の心を乗り越えて

連載〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編

 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生のご指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「周囲と力を合わせる」です。困難に挑もうとする時や、新しい道を開こうとする時、一人では行き詰まってしまっても、周りの人と力を合わせれば、乗り越えていけることがたくさんあります。ここでは、信心根本に団結して進む大切さを学んでいきます。(創価新報2020年7月15日付から)

御 文
 ​​​​​​​​​​​総じて日蓮が弟子檀那等(でしだんなとう)・自他彼此(じたひし)の心なく水魚(すいぎょ)の思(おもい)を成(な)して異体同心(いたいどうしん)にして南無妙法蓮華経と唱(とな)え奉(たてまつ)る処(ところ)を生死一大事の血脈(けつみゃく)とは云(い)うなり​​​​​​​​​​​(生死一大事血脈抄、1337ページ)
 
通 解
 総じて日蓮の弟子檀那らが、自分と他人、彼と此という分(わ)け隔(へだ)ての心をもたず、水と魚のように親密な思いを抱(いだ)き、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを生死一大事の血脈というのである。
 

解 説
 「生死一大事血脈抄」は、文永9年(1272年)2月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡(さど)で認められ、門下の最蓮房(さいれんぼう)に与えられたとされています。もとは天台宗の学僧だった最蓮房が、「生死一大事の血脈」について、大聖人に質問をしたことに対する御返事です。

 「生死一大事」とは、生死の苦悩を解決するための、根本の大事の法という意味です。また、「血脈(けつみゃく)」とは、仏から衆生へ、師から弟子へと法門が伝えられるさまを表しています。
 大聖人は本抄の冒頭、この、成仏のための根本の重要な法とは、「妙法蓮華経」にほかならないと仰せです。
 そして、衆生がその血脈を受け継ぐために重要な“信心の姿勢”の一つが、「異体同心」であることを教えられ、広宣流布を目指す大聖人門下のあり方を示されたのが、今回学ぶ一節です。
 
 「自他彼此の心なく」とは、自分と他人を切り離して考える差別や対立の心を持たないこと、つまり“自己中心”の心を乗り越えていくことです。

 次に「水魚の思を成して」とは、切り離すことのできない水と魚の関係のように、互いをかけがえのない存在として、信頼し、支え合っていくことです。

 そして「異体同心」とは、個性や特質、立場が違う一人一人(異体)が、目的や価値観を共にしていること(同心)をいいます。

 皆が自分らしく輝きながら、広宣流布の大願に向かって、心一つに祈り、前進する中に、生死一大事の血脈は正しく流れ通うのです。
 師弟不二の信心を根本に、同志と仲良く励まし合い、異体同心の団結を築きながら、朗らかに前進していきましょう。
 

小説『新・人間革命』より
 「自他彼此の心」とは自分は自分、他人は他人というように、自分と他人とを差別する、断絶した心である。
(中略)
 皆の心がバラバラに分断された、そんな集団に仏法の血脈が通うことはない。ゆえに大聖人は、そうした生き方を厳しく戒められたのである。

 また、「水魚の思」とは、切っても切れない同志相互の、密接不可分な関係を、深く自覚することである。互いに、広布の使命に生きる同志を、なくてはならない尊い存在として支え合い、敬(うやま)い合(あ)っていくことが、「水魚の思」の姿といえよう。
(中略)
 一般的に、団結というのは、目標を成就するための一つの手段と考えられている。しかし、正法をもって万人を幸福にするための「異体同心」の姿は、それ自体が人間共和の縮図であり、広宣流布の実像である。いわば目的ともいえよう。そして、「異体同心」で進んでいくならば「広宣流布の大願も叶(かな)うべき者か」(御書1337ページ)と仰せになっているのである。(第17巻「緑野」の章)


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Last updated  2020/08/28 02:21:02 PM
2020/06/21

​​〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編
【女子部必読】社会で信頼を築く〈2〉​「仏法即社会」の実証を示す生き方​​​


 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生のご指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「社会で信頼を築く」です。私たちを取り巻く社会の状況は、日々変化の連続です。しかし、そうした中だからこそ、今いる場所で誠実を貫く振る舞いが、周囲にも幸福を広げます。ここでは「仏法即社会」の実証を示すための方法を学んでいきます。(創価新報2020年6月17日付から)
 


御 文
​​​​​ 智者(ちしゃ)とは世間(せけん)の法より外に仏法を行(おこなわ)ず、世間の治世(ちせい)の法を能(よ)く能く心へて候を智者とは申すなり​​​​​(減劫御書、1466ページ)
​

 
通 解
 智者とは、世間の法から離れて仏法を行(ぎょう)ずるのではない。


 世間において、世を治(おさ)める法を十分に心得(こころえ)ている人を智者というのである。


 
解 説
 本抄は、建治2年(1276年)ごろに、日蓮大聖人が身延で認められたお手紙です。内容から、駿河国(するがのくに)(静岡県中央部)の門下・高橋六郎兵衛入道(ひょうえにゅうどう)の没後、その縁者に送られたものと考えられています。



 大聖人は本抄で、末法における真の「智者」とは、善と悪の「根源」を悟(さと)ると共に、善と悪の「枝葉(しよう)」、すなわち、現実の中で、幸・不幸として現れる善悪のありさまを、すべて知り尽くした人であると教えられています。



 さらに、掲げた御文の直前、法華経法師功徳品第19の「皆実相(みなじっそう)と相違背(あいいは)せず」との経文、また、天台の「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」との釈(しゃく)を挙(あ)げ、生活や社会の事象すべてが、そのまま仏法であることを示されました。



 このことを踏まえ、今回学ぶ御文では“智者とは、世間の法から離れて仏法を行ずるのではなく、実際に世を治める法を心得ている人である”と仰せです。

 

「仏法即社会」とも言われるように、仏法は、社会の繁栄のための根本を説き示す教えであり、決して社会からかけ離れたものではありません。



 どのような場所にあっても、仏法の智慧に基づき、努力と挑戦を重ねていく中で、現実を幸福の方向へと変革していく――これが、仏法の「智者」の生き方なのです。



 “仏法の智慧の光”は、苦悩の渦巻く現実社会の中でこそ燦然と輝きを放ちます。最高の妙法を持った喜びと使命を胸に、自分らしく、目の前のことに、一つ一つ勝利しながら、友と社会を希望で照らしてまいりましょう。
 


小説『新・人間革命』より
 (新年勤行会の開会前、出会った学会員と記念撮影を行い、山本伸一が語ります)



 御本尊を受持し、真剣に信心に励む皆さんは、どんなに大風が吹いても、絶対に消えることのない松明を持っているんです。その松明は、希望と勇気の光を放ちます。この信心の松明をますます燃え上がらせ、社会を照らし出していく使命が、皆さんにはあるんです。お友だちを励ましてあげてください。皆の心に希望の光を送ってください。勇気の火をともしてあげてください。人を励まし、幸せにしていくなかに、自身の幸福もあるんです。



 “大変だな。苦しいな”と思ったら、“だからこそ、私が立つのだ!”“だからこそ、宿命転換するのだ!”と、自分に言い聞かせてください。今年は、合言葉は“だからこそ!”でいきましょう!
(第26巻「法旗」の章)




◎感想をお寄せください→ youth@seikyo-np.jp


(2020年6月21日 聖教新聞)







Last updated  2020/08/28 02:21:43 PM

​​​​〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編
【女子部必読】社会で信頼を築く〈1〉 人間性が輝く自分を目指して

 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生のご指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「社会で信頼を築く」です。私たちを取り巻く社会の状況は、日々変化の連続です。しかし、そうした中だからこそ、今いる場所で誠実を貫く振る舞いが、周囲にも幸福を広げます。ここでは“人間性の輝き”を放つ自分になるための生き方を研さんしていきます。(創価新報2020年6月17日付から)
 


御 文
 主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ(崇峻天皇御書、1173ページ)
 


通 解
 主君に仕えることにおいても、仏法に尽くすことにおいても、世間における心掛(こころが)けにおいても、「素晴らしい、素晴らしい」と鎌倉の人々の口にうたわれていきなさい。
 


解 説
 本抄は建治3年(1277年)9月、日蓮大聖人が身延(みのぶ)で認められ、門下の四条金吾に与えられました。金吾は、法華経の信仰の故に主君から疎(うと)まれ、窮地(きゅうち)に陥(おちい)ったものの、病(やまい)に倒れた主君の治療(ちりょう)にあたることになり、信頼回復の好機を得ます。その報告に対する返信のお手紙です。

​​​​

 大聖人は、主君と信頼関係を築くためのこまやかなアドバイスをされた上で、根本的には金吾が「人生の勝利者」になることこそ重要であると教えられ、そのための具体的な指標を三点示されています。



 はじめに「主の御ためにも」と仰せです。


 これは“主君に仕(つか)える姿においても”との意味で、現代の私たちで言えば、職場での振る舞いや、仕事に対する姿勢と拝せます。
 


 「仏法の御ため」とは“仏法に尽くす、信仰者としての心・姿”です。また「世間の心ね」とは“世間における心掛け”すなわち、地域や社会の中での振る舞いや、縁する人々との交流であると言えます。



 大聖人は、信仰者として目指すべき勝利の姿が、これらのいずれの場面においても、人々から「素晴らしい」と讃えられる“人間性の輝き”にあることを教えられているのです。



 題目根本に人間革命に挑み、「目の前のことに全力で取り組もう」「皆のために尽くしていこう」と誠実に行動する中で、人格を磨き、周囲に信頼される自分へと、必ず成長していくことができます。



 それは、信心の「実証」を示すことであり、同時に、自身の生命に限りない「心の財」を築くことでもあるのです。日々題目を唱え、誠実な振る舞いで信頼を広げていきましょう。
 


小説『新・人間革命』より
 (全国県長会議の席上、広宣流布を担う人材の生き方について山本伸一が語ります)



 「まず皆さん自身が、社会の誰が見ても立派だという、人格の人に育っていただきたいんです。誰からも慕われ、信頼される人間革命の確たる実証のうえに、広宣流布の確かな前進もある。時代は“人格の時代”に入ったことを銘記していただきたい。



 信心の深化は、人間性となって結実し、豊かな思いやりにあふれた、具体的な言動となって表れます。その人間性こそが、今後の広宣流布の決め手となっていきます」



 仏法の偉大な力は、何によって証明されるか――実証である。病苦や経済苦、人間関係の悩み等々を克服した功徳の体験も、すばらしい実証である。同時に、自分自身が人間として、ここまで変わり、向上したという人格革命があってこそ、仏法の真実を証明しきっていくことができる。
(第28巻「勝利島」の章)
 


 
◎感想をお寄せください→ youth@seikyo-np.jp


(2020年6月21日 聖教新聞)







Last updated  2020/08/28 02:22:18 PM
2020/02/10

​​​​​連載〈励まし御書―人間革命の光で〉 女子部教学室編

大切にすべき「祈り」の姿勢〈1〉 
一つ一つ具体的に祈念

 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指針を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「祈りから新たな前進!」です。御書と小説『新・人間革命』を通して、大切にすべき「祈り」の姿勢を学びます。一つ目は、“具体的に祈念する意味”を深めていきましょう!

御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈トウ抄、1351ページ)

通解
 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

解説
 本抄は、日蓮大聖人が文永9年(1272年)、佐渡で著されたとされてきましたが、詳細は分かっていません。
 大聖人は本抄で、祈りが叶う理由を、法華経に即して示されています。
 釈尊が、万人成仏の法華経を説いたことで初めて、あらゆる菩薩、二乗、人界・天界等の衆生の成仏が可能となりました。
 これらの衆生は、その大恩に報いようと、説法の座で“「法華経の行者」を必ず守護する”との誓いを立てます。また、釈尊の臨終に際しても、“法華経の敵が現れたら身命を惜しまずに戦う”と誓いを述べました。

 菩薩も二乗も、人界・天界の衆生も皆、「法華経の行者」を守護すると約束している――ゆえに、広宣流布に戦う人の祈りは、必ず成就すると示されたのが、今回の御文です。

 大聖人は、たとえ「大地をさして外れる」「大空をつなぎ合わせる」「潮の満ち干がなくなる」「太陽が西から昇る」など、普通ではありえないことが起きたとしても、「法華経の行者」の祈りが叶わないことは、絶対にないと仰せです。
 だからこそ、大事なことは諸天を揺り動かす強盛な祈りであり、その時に重要となるのが「広宣流布のため」との大願です。

 “広布のために、この悩みを克服したい”“この願いを叶えて、信心の実証を示したい”など、広布の誓いを立て、一つ一つ具体的に祈り挑戦する中に、諸天の働きも顕れ、自身の人間革命も前進していきます。
 確信の祈りを根本に、誓いの青春を歩んでいきましょう!

小説『新・人間革命』より
 (会場提供者の壮年宅を訪問した際、山本伸一が語ります)
 さあ、勤行をしましょう。祈るにあたって大切なことは、願いは、すべて叶うのだという強い信を込め、力強く祈ることです。広宣流布のために戦っている地涌の菩薩である師弟が、心を合わせて祈るんですから、願いが叶わぬわけがありません。

 広宣流布を誓願して、題目を唱えていくならば、それは、地涌の菩薩の祈りです。その時、わが生命は、地涌の菩薩の境涯へと開かれていくんです。ゆえに、その祈りには、諸天諸仏を、大宇宙を動かす力があり、自分も、ご家族も守られ、個人の願いもまた、成就していくんです。したがって、広宣流布を祈り抜いていくことが、自分の境涯を開き、願いを成就していく直道なんです。(第23巻「敢闘」の章)


大切にすべき「祈り」の姿勢〈2〉
苦難をも幸福への糧にできる信心

 身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指針を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「祈りから新たな前進!」です。御書と小説『新・人間革命』を通して、大切にすべき「祈り」の姿勢を学びます。二つ目は、苦難を糧に境涯を開いていける信心について研さんしていきましょう!

御文
 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ)

通解
 苦を苦と覚り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。

解説
 本抄は、建治2年(1276年)6月、日蓮大聖人が身延で認められ、四条金吾に送られました。
 金吾は、主君の江間氏を折伏して反感を買い、同僚からも非難や中傷されるようになりました。
 苦境の中で戦う金吾に、大聖人は本抄の冒頭、「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(御書1143ページ)と述べられます。

 ここでの「遊楽」とは、人生を、楽しみながら自在に生き抜いていくということです。
 人生にはさまざまな苦難があり、時に厳しい現実に押しつぶされそうにもなります。しかし、信心で自身の仏界を涌現し、強い生命力を発揮すれば、苦難も悠々と乗り越えていける――その究極の力こそ題目であり、題目を唱える以上の幸福はありません。

 それをふまえ、今回の御文で大聖人は、「苦は苦のまま、楽は楽のまま、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」と仰せです。

 例えば、辛いことや悲しいことを、言葉に出すだけでは愚癡(ぐち)で終わってしまいます。しかし、御本尊に向かい、題目を唱えれば、それらは妙法の祈りに変わります。そこから必ず状況を打開し、自身の境涯も大きく開いていくことができるのです。

 御文ではさらに、そのことを「自受法楽」と仰せです。
 「法楽」とは“生きること自体が楽しい”という境涯を得られることです。
 何があっても、題目を唱え抜いていくことが、この法楽を“自ら受ける”ことであり、信心によって、苦難も幸福への糧(かて)にしていけるのです。
 ありのままの自分で、題目を唱え抜き、幸の大道を歩んでいきましょう。

小説『新・人間革命』より

 (記念勤行会の席上、山本伸一が語ります)
 「人生には、迫害の嵐、宿命の嵐が吹き荒れ、苦悩に苛(さいな)まれることもあります。
 『苦』に直面した時には、その現実をありのままに見つめ、逃げたり、退(しりぞ)いたりするのではなく、“よし、信心で打開しよう”と、ひたすら唱題に励んでいくことです。また、楽しい時、嬉しい時にも、感謝の心をもって御本尊に向かい、題目を唱え、歓喜を、さらなる歓喜の要因としていくんです。

 苦楽ともに唱題し抜く。その弛(たゆ)みなき精進のなかに、持続の信心のなかに、宿命の転換も、人間革命もあるんです。“題目を唱えることが、楽しくて、嬉しくてしょうがない”と実感できるようになれば本物です」
 (中略)
 “唱題第一の人”は――揺(ゆ)るがない。臆(おく)さない。退(しりぞ)かない。敗(やぶ)れない。胸中に、不屈の闘魂(とうこん)と歓喜の火が、赤々と燃えているからだ。(第28巻「大道」の章)​​​​​


(2020年1月15日付創価新報)







Last updated  2020/08/28 02:24:20 PM
2020/01/14

〈励まし御書―人間革命の光で〉
今月のテーマ 祈りから新たな前進

​​​​​女子部教学室編

 今、世界池田華陽会の一人一人が「世界一の生命哲学を学ぶ」との指針のままに「池田華陽会御書30編」を研さんし、縁する友に希望あふれる励ましを広げています。
 ここでは「励まし御書 人間革命の光で」と題し、身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生のご指導を学んでいきます。
 今回のテーマは「祈りから新たな前進!」です。いよいよ2020年「前進・人材の年」がスター卜。女子部は、「ロマン総会」で信心の喜びを深め合い、ロマンカードに目標を綴り、題目根本に1年を勝利していきましよう。その出発にあたり、御書と小説『新・人間革命』を通して、大切にすべき「祈り」の姿勢を学びたいと思います。
 御書根本の福智を輝かせ、師と共に、華陽姉妹と共に人間革命の大道を勇気凜々と歩んでいきましよう!

誓願の題目で幸福の大道を


御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも,潮のみちひぬ事はありとも日は西よリ出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず   (祈祷抄、1351ページ)

通解
 大地をさして外(はず)れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満(み)ち干(ひ)がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

解説
 本抄は、日蓮大聖人が文永9年(1272年)、佐渡で著されたとされてきましたが、詳細は分かっていません。
 大聖人は本抄で、祈りが叶う理由を、法華経に即して示されています。
 釈尊が、万人成仏の法華経を説いたことで初めて、あらゆる菩薩、二乗、人界・天界等の衆生の成仏が可能となりました。これらの衆生は、その大恩に報(むく)いようと、説法の座で”「法華経の行者」を必ず守護する" との誓いを立てます。また、釈尊の臨終に際しても、”法華経 の敵が現れたら身命を惜(お)しまずに戦う"と誓いを述べました。


一つ一つ具体的に祈念

 菩薩も二乗も、人界・天界の衆生も皆、「法華経の行者」を守護すると約束している —— ゆえに、広宣流布に戦う人の祈りは、必ず成就すると示されたのが、今回の御文です。
 大聖人は、たとえ「大地をさして外れる」「大空をつなぎ合わせる」「潮の満ち干がなくなる」「太陽が西から昇る」など、普通ではありえないことが起きたとしても、「法華経の行者」の祈りが叶わないことは、絶対にないと仰せです。
 だからこそ、大事なことは諸天を揺り動かす強盛な祈りであり、その時に重要となるのが 「広宣流布のため」との大願です。 "広布のために、この悩みを克服したい""この願いを叶えて、信心の実証を示したい"など、広布の誓いを立て、一つ一つ具体的に祈り挑戦する中に、諸天の働きも現れ、自身の人間革命も前進していきます。
 確信の祈りを根本に、誓いの青春を歩んでいきましょぅ!

小説『新・人間革命』より
(会場提供者の壮年宅を訪問した際、山本伸一が語ります)
 さあ、勤行をしましよう。祈るにあたって大切なことは、願いは、すべて叶(かな)うのだという強い信を込め、力強く祈ることです。広宣流布のために戦っている地涌の菩薩である師弟が、心を合わせて祈るんですから、願いが叶わぬわけがありません。
 広宣流布を誓願して、題目を唱えていくならば、それは、地涌の菩薩の祈りです。 その時、わが生命は、地涌の菩薩の境涯へと開かれていくんです。ゆえに、その祈りには、諸天諸仏(しょてんしょぶつ)を、大宇宙を動かす力があり、自分も、ご家族も守られ、個人の願いもまた、成就していくんです。したがって、広宣流布を祈り抜いていくことが、自分の境涯を開き、願いを成就していく直道なんです。(第23卷「敢闘」の章)



御文
 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ (四条金吾殿御返事、1143ページ)

通解
 苦を苦と覚り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。


(解説)
 本抄は、建治2年(1276年)6月、日蓮大聖人が身延(みなぶ)で認められ、四条金吾に送られました。
 金吾は、主君の江間(えま)氏を折伏して反感を買い、同僚(どうりょう)からも非難(ひなん)や中傷(ちゅうしょう)されるようになりました。

 苦境の中で戦う金吾に、大聖人は本抄の冒頭、「一切衆生.南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(御書1143ページ〉と述べられます。
 ここでの「遊楽」とは、人生を、楽しみながら自在に生き抜いていくということです。
 人生にはさまざまな苦難があり、時に厳しい現実に押しつぶされそうにもなります。しかし、信心で自身の仏界を涌現(ゆげん)し、強い生命力を発揮すれば、苦難も悠々(ゆうゆう)と乗り越えていける

​苦難を糧に境涯を開く​

 —— その究極の力こそ題目であり、題目を唱える以上の幸福はありません。
 それをふまえ、今回の御文で大聖人は、「苦は苦のまま、楽は楽のまま、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」と仰せです。
 例えば、辛いことや悲しいことを、言葉に出すだけでは愚痴で終わってしまいます。しかし、御本尊に向かい、題目を唱えれば、それらは妙法の祈りに変わります。そこから必ず状況を打開(だかい)し、自身の境涯も大きく開いていくことができるのです。
 御文ではさらに、そのことを「自受法楽(じじゅほうらく)」と仰せです。
「法楽」とは"生きること自体が楽しい"という境涯を得られることです。
 何があっても、題目を唱え抜いていくことが、この法楽を "自ら受ける"ことであり、信心によって、苦難も幸福への糧(かて)にしていけるのです。
 ありのままの自分で、題目を唱え抜き、幸の大道を歩んでいきましよう。

小説『新・人間革命』より
(記念勤行会の席上、山本伸一が語ります)
「人生には、迫害の嵐、宿命の嵐が吹き荒れ、苦悩に苛(さいな)まれることもあります。
『苦』に直面した時には、その現実をありのままに見つめ、逃げたり、退いたりするのではなく、"よし、信心で打開しよう"と、ひたすら唱題に励んでいくことです。また、楽しい時、嬉しい時にも、感謝の心をもって御本尊に向かい、題目を唱え、歓喜を、さらなる歓喜の要因としていくんです。
 苦楽ともに唱題し抜く。その弛(たゆ)みなき精進のなかに、持続の信心のなかに、宿命の転換も、人間革命もあるんです。"題目を唱えることが、楽しくて、嬉(うれ)しくてしようがない"と実感できるようになれば本物です」
 (中略) "唱題第一の人"は —— 揺(ゆ)るがない。臆(おく)さない。退(しりぞ)かない。敗(やぶ)れない。胸中に、不屈(ふくつ)の闘魂(とうこん)と歓喜の火が、赤々と燃えているからだ。(第28卷「大道」の章)
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Last updated  2020/08/28 02:25:30 PM

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