12306348 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

晴ればれとBlog

PR

全2件 (2件中 1-2件目)

1

ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史

2020.11.15
XML

〈ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史〉第2回 「分断」を乗り越える

 30年後には、ベルリンの壁は取り払われているだろう
 雨のベルリンを、池田先生を乗せた車が走っていた。1961年(昭和36年)10月8日、欧州初訪問の折のことである。


 その2カ月前から、街を分断する「壁」が作られ始めていた。「冷戦」の渦中である。ベルリンは東西両陣営の思惑がぶつかり合う象徴だった。


 先生が訪問する3日前には、亡命を決行した4人が銃撃され、命を落とした。いつ、どこから銃弾が飛んでくるか分からない――そんな危険な状況の中でのベルリン訪問だった。


 ブランデンブルク門の近くに到着すると、先生は車から降りた。周囲にはイギリス軍の装甲車が走り、西ドイツの警察官が目を光らせていた。


 先生は再び乗車し、「ベルリンの壁」に沿って移動した。弾痕が残る街角の柱、東ベルリンの方に向かって手を振る人の姿……。運転手も、東ベルリンに住む叔母と突然、会えなくなっていた。
 

「俺たちが望んだことじゃない」。そうこぼすと、運転手は肩を落とした。目に浮かんだ涙が、自由を奪われ、家族や同胞が引き裂かれる悲惨を物語っていた。

ベルリンを視察する池田先生(1961年10月8日)。

 ドイツの草創の友は、先生の「先駆者はつらい。だが功徳は大きい」「世界広布のために、ベルリンの壁も30年後にはなくしていこう」という言葉を励みに仏法を広めていった
 先生はもう一度、ブランデンブルク門の近くに立った。いつしか雨はやみ、空は美しい夕焼けに染まっていた。


 先生一行が空を眺めていると、運転手は笑顔で語った。


 ――私たちは、こんな時には「空から天使が降りてきた」って言うんですよ。


 夕焼けには、「西」も「東」もなかった。門を仰ぎながら、先生は同行の友に強い口調で訴えた。
 

「30年後には、きっと、このベルリンの壁は取り払われているだろう」


 その言葉は、単なる未来予測などではなかった。必ずそうしてみせる、との決意の表明である。


 先生は門の方に向かって、深い祈りをささげた。ベルリンの夕焼けに、先生の唱題の声が響いた。
私の心には「西」も「東」もない


 池田先生のベルリン訪問から1年余が経過した1963年1月、ドイツに初の支部が結成された。結成大会の1月12日、先生はアメリカから伝言を贈った。


 「支部名はドイツ支部にしたい。私の心には西ドイツも、東ドイツもありません。あのベルリンの壁をなくして、平和を建設していくことが皆さんの使命です」
 ベルリンで仏法の実践が広がり始めたのは、70年代に入ってから。当時の座談会会場の一つが、ミルトン・アイロンスさんが経営するダンススタジオである。


 アメリカ出身のミルトンさんは、先輩から「ベルリンの折伏の王になろう」と励ましを受け、対話に駆けるようになる。


 ミルトンさんの紹介で入会した一人が、アンドレアス・ドイマーさん。祖父は、ブランデンブルク門から車で10分ほどの場所にある菓子工場を経営していた。


 第2次世界大戦でドイツが降伏した後、ベルリンが東西に分割されると、工場の土地は東ベルリン側に入った。直後、祖父がチェコの収容所へ連行された。


 祖父は解放された1週間後に急死。祖母は子どもたちを連れて、「壁」が建設される前の西ベルリンへ移り住んだ。


 「壁」に囲まれた生活は、アンドレアスさんの心に暗い影を落とした。大学進学後も、気持ちは晴れなかった。そんな時、ミルトンさんに誘われ、座談会に参加。仏法の「桜梅桃李」「煩悩即菩提」などの法理に心から感銘し、信心を始めた。


 家族も自分も、東西の分断で地獄を味わわされた。だからこそ、悲劇の街を、平和の楽土にしたい――人一倍強い思いで、アンドレアスさんは、ドイツ広布に走った。

朝日を浴びるブランデンブルク門
 カントやヘーゲル、ショーペンハウアーなど、ドイツは世界に名だたる哲学者を多く輩出している「哲学の国」である。


 マティアス・グレーニンガーさんは、ベルリンの座談会で聞いた話が忘れられない。


 ――目の前に二つのドアがあるとしよう。一つ目のドアには「幸福」、二つ目のドアには「どうしたら幸福になれるのか」と書いてある。ドイツ人の多くは、二つ目を選ぶ。でも、幸福になる理論を知っていても、幸福になれるわけではない。


 マティアスさんにとって、ベルリンは「大きな刑務所」のようだった。そこから逃れるように、フランスの大学へ留学。その時、仏法に巡り合った。


 御本尊を受持してから3年後、マティアスさんに宿業の嵐が襲い掛かってきた。原因不明の神経衰弱で入院したのである。


 医師から「一生、入退院を繰り返すだろう」と宣告された。だが、懸命に祈り続け、2カ月ほどで病を克服。信心の力を実感した。


 84年、ベルリン支部の支部長の任命を受ける。翌年には弁護士資格を取得。ベルリンを東西融合の“平和の象徴”にする使命に燃え、友の激励に奔走した。


 冷戦時代、先生は東ドイツの要人との会見に臨み、ソ連(当時)を訪問するなど、「東側」とも語らいを重ねた。それは、ドイツのメンバーの大きな希望となった。


 ――師は「壁」の向こう側で、「壁」を破る戦いをしている。


 ――私たちは、ドイツの中から「壁」を破る戦いをしよう。


 先生の平和行動に呼応して、友は目の前の一人と心の絆を結び、人間主義の連帯を築いていった。


 ドイツ広布の流れが水かさを増す中、想像しなかったことが起こる。89年11月9日、東ドイツが即日、自由出国を認めると発表した。翌日から出国ビザの申請を認めるという内容を、広報担当者が間違えたのである。


 市民が西ベルリンになだれ込んだ。さらに、「ベルリンの壁」が打ち壊されていった。28年もの間、人間と人間を切り裂いていた「壁」は、瞬く間になくなった。

 82年、先生のもとに、西ベルリンのヴァイツゼッカー市長から、招へいの手紙が届いた。


 市長は、「壁」を「人間性を拒否する政治が石となった」ものと見ていた。「壁」の崩壊は、「人間性の勝利」にほかならなかった。先生もまた、その要因を「権力の魔性に対する人間性の勝利」と洞察した。


 二人の会見が実現したのは、91年6月12日。東西のドイツが統一されて、8カ月後のことである。市長は、統一ドイツの初代大統領に就任していた。


 先生は会見の焦点を決めていた。「次は『心の壁』を、どう壊すか」である。戦後45年の間、東西に分断されてきた人々が、果たして融和できるのか。ドイツの歩みは、「冷戦後の世界」を占う試金石でもあった。


 当時、資本主義の西は優れ、社会主義の東は劣っているといわれた。先生は「むしろ、私がお聞きしたいのは、東のほうが西よりも優れている点は何かということです」と尋ねた。


 大統領は即答した。
 

「大切なのは、互いに尊敬し合って、見つめ合うことです。相手を見下すことは許されません」


 さらに、旧東ドイツの人々は、専制的な政治体制であったために、民衆の連帯の力が強いことを指摘し、「そうした連帯は西が必要としているものです」と語った。大統領の言葉に、先生は大きくうなずいた。

ドイツのヴァイツゼッカー大統領と会見(1991年6月12日、ボン市内で)

池田先生ご夫妻が見守る中、ヴァイツゼッカー大統領との会見を報じる聖教紙面に喜ぶドイツの友(同年6月13日)
 「ベルリンの壁」の崩壊から3年が過ぎた92年、旧東ドイツの地域で、初めての広布の集いが開催された。


 社会主義の現実を目の当たりにしてきた旧東ドイツの人々は、“組織”に対する強烈な不信感があった。既存の社会に失望し、言葉ではなく事実をもって、幸福になる道を求めていた。メンバーは、自身の振る舞いを通して、仏法の哲理を広げていった。


 2001年5月3日、旧東ドイツで初の支部となる「チュザンザ支部」が結成された。そして18年、同支部は「チュザンザ本部」へと発展。日本の九州と四国を合わせた面積と、ほぼ同じという広大な地域で、友は喜々として信心に励んでいる。


 「次は『心の壁』を、どう壊すか」――ドイツと欧州のメンバーの挑戦は、人類史に燦然と輝く、崇高な歴史となるに違いない。

ドイツ・ライプチヒ旧証券取引所の前でチュザンザ本部の友が記念撮影(2018年11月)


【引用・参考文献】池田大作著『新・人間革命』第4巻・第5巻・第7巻、同著『私の世界交友録』読売新聞社(『池田大作全集第122巻』所収)、『民衆こそ王者――池田大作とその時代』第11巻(潮出版社)、クリストファー・ヒルトン著『ベルリンの壁の物語』鈴木主税訳(原書房)、加藤常昭著『ヴァイツゼッカー』(清水書院)


 ご意見・ご感想をお寄せください
 

【メール】 history@seikyo-np.jp
 【ファクス】 03-5360-9618

( 2020年11月15日  聖教新聞)







最終更新日  2020.11.15 10:46:43


2020.10.04

〈ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史〉第1回 差別を許さぬ世界目指して

 物語を意味する「ストーリー」と、歴史を表す「ヒストリー」。語源は同じである。日蓮大聖人は苦闘の友を「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(御書1086ページ)と励まされた。新連載「ストーリーズ」では、池田大作先生を中心にして紡がれてきた“師弟の物語”、そして折々の広布史をひもといていく(月1回の掲載予定)。

2010年10月、池田先生のシカゴ初訪問50周年を慶祝(けいしゅく)し、リンカーン・パークに設置された「平和と正義」像。制作者は「池田SGI会長の50年にわたる、平和と正義のための情熱的な功績を表します」と


君が本当に愛し、誇れる社会をつくる
 「世界の歴史において、偉大な政治家と思う方は?」


 希代(きだい)の実業家である松下幸之助氏からこう問われると、池田先生は即座に、「リンカーン」の名を挙げた。


 アメリカの第16代大統領リンカーン。1863年の奴隷解放宣言、同年11月19日の「人民の、人民による、人民のための政治」との演説などで知られる。


 シカゴ市には、彼の名を冠する同市最大の公園「リンカーン・パーク」がある。


 今から10年前の2010年10月、この公園に、池田先生の平和貢献をたたえ、一体の像が設置された。黒人の少年と白人の少年がボールを使って仲良く遊ぶ姿を表現した「平和と正義」像である。その台座には、小説『新・人間革命』の冒頭の一節「平和ほど、尊きものはない」が刻まれている。


 1960年10月9日、初の海外訪問の折、先生はリンカーン・パークに足を運んだ。そして「平和と正義」像とは正反対の光景を目にした。
 その日は日曜日だった。


 公園では、子どもたちがボールを蹴(け)って遊んでいた。1人、2人と、ほかの子どもも加わり、遊びの輪が広がっていく。


 そこへ、1人の黒人の少年が近寄ってきた。ところが、彼には誰も声を掛けない。


 しばらくして、子どもの1人が、ボールを蹴り損ね、尻もちをついた。傍(かたわ)らで見ていた黒人少年は、大声で笑い、はやし立てた。すると、近くのベンチに座っていた老人が、黒人少年を怒鳴(どな)りつけた。少年は背を向け、その場を走り去った。


 一部始終を見ていた先生は、胸が強く痛んだ。リンカーンの奴隷解放宣言から、100年近くが過ぎていた。奴隷という「制度」はなくなった。しかし、人間を分断する「心の壁」は根強く残ったままだった。


 先生は、少年を追い掛けようとした。だが、すでに姿は見えなかった。


 “君が本当に愛し、誇りに思える社会を、きっとつくるからね”――先生は心の中で、黒人の少年へ呼び掛けた。万人の尊厳が輝く社会の建設を、心に固く期した。


 リンカーン・パークの散策を終えた先生は、その日の午後、座談会に出席。参加者からの質問に、一つ一つ明快に答えるなかで、人種問題にも触れた。


 ――「地涌の菩薩」の使命を自覚し、行動すれば、人種や民族や国籍を超えて、世界平和と人間の共和が築かれていく、と。


 肌の色など関係なく、全ての人が誇りに思える世界を築くために、目の前の一人の「地涌の使命」を呼び覚ます。この一点から、先生は動き始めた。

アメリカの人権の闘士キング博士の母校であるアメリカ・モアハウス大学の「キング国際チャペル」から、池田先生に「最高学識者」称号が贈られた(2000年9月7日、東京牧口記念会館で)
 2000年9月7日、アメリカ・モアハウス大学のキング国際チャペルから、池田先生に「最高学識者」称号が贈られた。


 授与式の席上、同チャペルのカーター所長は「池田博士は非暴力の無条件の愛をたたえておられます。その愛情とは、イエス・キリスト、マハトマ・ガンジー、キング博士が体現していたものです」と、先生へのあふれる思いを語った。


 モアハウス大学は、アメリカ公民権運動の指導者キング博士の母校である。黒人への差別撤廃の先頭に立った博士が、「破壊の跡は、私の見たものの中では最も悲惨な光景」と述べた暴動――それは、1965年8月11日、ロサンゼルスのワッツ地区で起こった。

1965年8月、暴動の発端となったロサンゼルスのワッツ地区で、黒人の群衆に演説するキング博士。博士は後に「このような衝突はただ流血と、海外におけるわが国全体の恥をもたらすだけである」と、暴力の愚かさを強く訴えた ©Bettmann/Getty Images


 発端は、パトロール中の白人警察官が、黒人の青年に飲酒運転の容疑で職務質問したことだった。警察官の侮蔑的(ぶじょくてき)な態度が、青年をいら立たせた。


 警察官は青年と言い争いになり、逮捕しようとした。そこへ黒人の群衆が集まってきた。


 ロサンゼルスのあちこちで火の手が上がった。略奪も相次いだ。治安の悪化は著しく、2日後の13日には、カリフォルニア州の州兵も動きだした。


 翌14日は、池田先生のアメリカ・メキシコ歴訪の出発日だった。しかも、最初の訪問地がロサンゼルスである。


 周囲の幹部は、“出発はせめて、ロスの暴動が治まってから”と訴えた。しかし、先生は予定通り、羽田の東京国際空港を飛び立った。
 ロサンゼルスに着いた先生は、15日の朝、代表メンバーと勤行し、アメリカ社会の安穏と人々の無事を祈念。夜、野外文化祭に出席した。


 アメリカの同志は、文化祭の成功を祈り、練習に励んできた。暴動が起こってからは、黒人の友を心配し、練習会場まで車で送迎する白人の友もいた。


 文化祭は、婦人部のコーラス、女子部のダンスに続き、男子部の体操へと移った。出演者には、黒人も白人もいた。互いにスクラムを組み、“団結の美”を披露した。「同じ人間」としての信頼の絆が光っていた。



 キング博士は63年8月、奴隷解放宣言から100年を記念したワシントン大行進の折、リンカーン記念堂で演説した。


 「私には夢がある」


 「いつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルに着くことができることである」


 文化祭は、博士の「夢」が「現実」の形となって表現されていた。麗しい「兄弟愛」が織り成す演技の一つ一つに、先生は何度も何度も拍手を送り続けた。

1993年1月のアメリカ訪問の折、池田先生は、“アメリカ公民権運動の母”とたたえられるローザ・パークス氏と対談(同年1月30日、アメリカ創価大学ロサンゼルス・キャンパス<当時>で)。不屈の人権闘争などを巡って語り合った


国境もなく人種・性別もない“根源のルーツ(地涌の菩薩)”に目覚めよ!
 1992年5月10日、池田先生はアメリカ・リンカーン大学の芸術学部長であるスモック教授と会談。そこで話題となったのが、同年4月末から5月初頭にかけて、ロサンゼルスで起こった暴動だった。


 黒人の青年が複数の白人警官から暴行を受けた。だが、警官らは裁判で無罪に。その評決に、黒人を中心とした怒りの抗議活動が起こったのである。


 繰り返される差別と絶望――スモック教授は「『外面』の努力だけでは、本当の『解決』にはならない。『小我』――小さな自分――を乗り越え、より大きな内面の力を発揮してこそ、糸口は見いだされる」と強調。


 教授の見解に、先生は賛同し、「広大な『一念』の力、内面の力を確信し、引き出すとき、いかなる外界の悪、反価値をも、善の方向へ、価値の方向へ転じていくエネルギーとなる。これが『創価』であり、一念三千の実践です」と述べた。


 公民権法の制定をはじめ、アメリカ社会は、差別撤廃への努力を積み重ねてきた。そうした人間の「外側の変革」とともに、人間の「内側の変革」にこそ、解決の鍵がある。これが、両者の結論だった。
 93年1月24日、先生は北・南米の平和旅へ出発した。27日に開催された第2回「アメリカSGI総会」。先生はロサンゼルスの友に「新生の天地に地涌の太陽」と題する長編詩を贈った。


 自らのルーツを索(もと)めて
 社会は千々(ちじ)に分裂(ぶんれつ)し
 隣人と隣人が
 袂(たもと)を分かちゆかんとするならば
 さらに深く 我が生命の奥深く
 自身のルーツを徹して索めよ
 人間の“根源のルーツ”を索めよ
 そのとき
 君は見いだすにちがいない
 我らが己心(こしん)の奥底(おうてい)に
 厳として広がりゆくは
 「地涌」の大地――と!
 その大地こそ
 人間の根源的実在の故郷(ふるさと)
 国境もなく 人種・性別もない
 ただ「人間」としてのみの
 真実の証(あかし)の世界だ
 “根源のルーツ”をたどれば
 すべては同胞(はらから)!
 それに気づくを「地涌」という!

 この詩を巡(めぐ)って、先生は語っている。


 「人種や民族に、自分たちの“ルーツ”を求めても、それは虚構です。砂漠に浮かぶ蜃気楼(しんきろう)のようなものだ。人類共通の“生命の故郷”にはなれない」


 「本来、人間は、宇宙と一体の大いなる存在なのだ! 個人の力は、かくも偉大なのだ! これが法華経のメッセージです」

 2005年5月、ロサンゼルス市議会から池田先生に「顕彰決議書」が贈られた。


 同市議会は、先生とSGIの「寛容と人権を宣揚し、地域社会で平和・文化・教育に尽くす青少年の育成への貢献」に言及。そして、先生が長編詩を通して、希望の指標を示したことを高く評価したのである。


 授与式で、アメリカSGI青年部の代表が登壇した。長編詩を朗唱する青年の声が、ロサンゼルス市庁舎に響いた。

アメリカ・ロサンゼルス市議会が、平和・非暴力・人権の哲学と行動による社会貢献をたたえて、池田先生に「顕彰決議書」を授与(2005年5月、ロサンゼルス市庁舎で)


【引用・参考文献】池田大作著『新・人間革命』第1巻・第10巻、同著『法華経の智慧』普及版<中>(『池田大作全集』第30巻所収)、クレイボーン・カーソン編『マーティン・ルーサー・キング自伝』梶原寿訳(日本基督教団出版局)、コレッタ・スコット・キング編『キング牧師の言葉』梶原寿・石井美恵子訳(同)







最終更新日  2020.10.04 10:14:14

全2件 (2件中 1-2件目)

1


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.