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晴ればれとBlog

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介護

2020.10.14
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カテゴリ:介護

〈介護〉 こころの絆 読者の体験談 
 今回の「介護」のページは、読者の皆さまから寄せられた体験談を「こころの絆」として紹介します。

水曜日の光景
 福岡県直方市
  古井 惠美子(看護師 62歳)


 母は認知症と脳梗塞で車椅子生活となり、介護施設に入所しています。県内の実家で暮らす父は、今年91歳。同居の姉が面倒を見てくれています。


 父は今年初め、母の所を訪れた際、転倒して大腿骨を骨折してしまい、手術を受けました。以前は、私の家に来て庭の花の手入れをしたり、温泉にも行くなど楽しみながらの生活でしたが、術後は、ほとんど外出できず、トイレに歩行器で行くようになりました。


 看護師の姉は働きながら父を介護し、毎日の食事の用意など本当に大変だと思います。


 そんな姉と父が元気でいてほしく、姉妹の時間が合う毎週水曜日に、私が弁当を持って実家へ。昼ご飯の後、父の両足を1時間ほどマッサージします。


 姉との会話が弾み、父をふと見ると気持ち良さそうにウトウトしていることも。このような光景が、あとどのくらい見られるのかと思うと、寂しさが込み上げて涙があふれそうになります。


 残された大切な時間の中で、今の私にできることを精いっぱい、毎週水曜日に届けたいと思っています。

最後の親孝行
栃木県那須塩原市
  藤田 みさ子(72歳)


 母が93歳で亡くなってから、はや7年余りがたちました。


 生前は1人暮らしの母でしたので、長年勤めていた仕事を辞めて私が面倒を見ました。ところが生活のために働かなければならなくなり、嫌がる母を何とか説得して施設に預けたのです。


 その後、ベッドから転落した母は、大腿骨を骨折して入院することに。医師から「高齢なので手術はできません」と言われ、3カ月ほど入退院を繰り返して旅立ちました。


 振り返ると、とても気の強い母でしたが、自宅で面倒を見ていた時、一度だけ褒められたことがあります。


 それは、母の好きな「煮しめ」を作ってあげた時のこと。驚いたように「あんた、料理上手だね!」と言われました。


 また、群馬に住む妹が訪れ、2人で仲良く話していると「あんたたち、仲いいね」と、うれしそうに笑っていたことも。これが“最後の親孝行”だったのかもしれません。


 長いこと疎遠になっていた兄とも、母のおかげで再会することができました。さまざまな苦労を重ねた母に、心から「ありがとう」と伝えたいです。

父母に寄り添う
 長野県原村
  伊藤 千晶(美容師 61歳)


 昨年8月、母が脳梗塞で倒れました。エアコンの無い実家で夜中にトイレに行く途中、台所で座り込んでいたそうです。


 それから1年余り、施設でお世話になっています。1人暮らしになった父は、介護士に勧められてエアコンを付けましたが、もっと早くしていれば、母の状況も変わっていたかもしれません。


 入所後は毎日、母との面会に行っていた父ですが、今年はコロナ禍でガラス越しの面会になりました。
 私は、母が入浴する月・木曜日に洗濯物を届けがてら、父と共に母の顔を見に施設へ。入浴で疲れたのか、母が寝ていて会えない日もありますが、そんな時は手紙を置いて帰る父の姿がありました。


 高齢で1人暮らしの父のことが時々心配です。先日、実家の稲刈りを夫と一緒に手伝いに行くと、父が元気に働いていました。


 両親の寂しさに寄り添えるよう、一日一日を大切に過ごしたいと思います。

生涯青春を貫く
 長崎県佐世保市
  永井 美江子(主婦 86歳)


 デイサービスに行く日の朝、玄関の前で段差につまずいて転び、4カ所も骨折した夫。小雨の降る10月のある日、私が少し目を離した時の出来事です。


 当時、私たち夫婦は神奈川に住む次女の家で、平穏に暮らしていました。ところが夫が病院通いとなり、介護が始まったのです。夫は「要介護3」と認定されました。


 体格のいい夫を抱えるのは大変で、いつも夫は「ごめんな」と。その都度、私は「大丈夫」と返しました。


 その後、長崎にいる長女の家に転居。デイケアに通い始めた夫は「今日も仕事を頑張ってくるね」と、笑顔で“出勤”するようになりました。それが介護する私にとって、うれしくもあり、寂しくもありました。


 夫は4年前、89歳で霊山へ。告別式の日、自宅に「要介護5」の知らせが届きました。でも、本人はよく言っていた「生涯青春」を貫いたと思います。


 私もその年に近づきつつありますが、最後まで夫のように頑張りたいと思います。

生きている意味
 和歌山県那智勝浦町
  村山 正(パート 63歳)


 20年ほど前、脳梗塞を患った母が認知症を発症し、介護が必要となりました。私自身も病を患っていたので、介護するとは思ってもみませんでした。


 痩身とはいえ母を支えるのは、病身の私にとって大変。トイレや入浴、食事をしたことも、すぐ忘れてしまう母。繰り返される同じ会話に逃げたくなったこともあります。


 元気だった頃の母とはかけ離れた様子に、何度も戸惑いました。知識もない“手探りの介護”は、まさに悪戦苦闘の日々でした。


 そんな時、心強く支えてくれたのは地域の友人や知人たち。親身になって耳を傾けてくださり、希望を持てました。介護は、周囲の人の支えによって成り立つのですね。


 母はその後、風邪をこじらせて入院し、寝たきり状態に。食事も取れない姿を見た私は「母が生きている意味は何か」と考えるようになりました。


 すると、それまで母のために介護していると思っていましたが、「私のためにさせてもらっているのだ」と思えるようになり、心が軽くなりました。


 3年前に旅立った母からたくさんのことを学び、貴重な経験をさせてくれたことに深く感謝しています。







最終更新日  2020.10.14 12:06:54


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