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晴ればれとBlog

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連載ルポ「一滴――新しい日々の始まり。」

2020.11.25
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ルポ【一滴】 ありそうで意外になかった、地区婦人部の「回覧ノート」

 学会活動の中にある、一滴のしずくのような、ささやかな出来事――その大きな価値を深掘りする連載です。今回は「西日本で一番小さな市」の地区で生まれた、よくあるようで新しい「つながり方」の話。それは小さな一滴かもしれませんが、社会を潤す大河の源流ともいえそうです。(記事=金田陽介、橋本良太)

「やっぱり、地区の皆さんを訪問して、顔を見ながら話したら元気になれます」と上田俊子さん(右から2人目。周りは右から、田中郁子さん、五傳木親子さん、河田由美子さん)
 
 京都の秋も、終わりごろ。
 昼は、暖かい日差しが黄葉を黄金に染めるが、夜は一転して冷え込むようになった。


 東・北・西の三方を京都市に囲まれた向日市にも今、晩秋の風景が広がっている。
 向日市は、西日本で一番小さな市。その、田んぼに囲まれた住宅地を、地区婦人部長の上田俊子さんは今日も、路地から路地へと歩く。
 創価学会が、しばらく自粛していた訪問による激励や、会館などでの会合を再開し始めて、数カ月がたった。
 「やっぱり、地区の皆さんと顔を合わせると、お互いに元気を取り戻しますね」


 上田さんは、笑顔で語る。
 「でも、自粛の間に深まったつながりもあるんです」


 そう言って見せてくれたのは一冊のノートだった。
 本年5月、地区の婦人部で始めた「回覧ノート」である。


 これを回し、それぞれの近況などを書いてもらうことで、コロナ禍の中でも心のつながりを深めてきたのだという。

上田俊子さん
 
 2月、3月、4月……。
 各地で感染が広がり、学会も会合や訪問の自粛を続けた。
 上田さんは焦ってきた。
 “皆さん、元気かな”
 自分も毎日、題目をあげて、聖教新聞を読んではいた。


 「でも、あとはカメみたいな状態(手も足も出せないの意)で、三度の食事のことを考えていると、それで一日が終わってしまって……」
 五傳木親子さん=白ゆり長=は、「夫婦二人だけで過ごす時間が増え、けんかだけはしないと決めて、過ごしています」と言っていた。
 オンラインという手もあったが、地区には、スマホを持っていないメンバーも多い。
 何かほかに、つながりをつくる方法はないか――。

五傳木親子さん
 
 そう祈っていた時、あることを思い出した。兵庫県に実家があり、そこに住む両親も学会員という婦人部員を訪問した、去年のある日のことだ。
 「実家の地区では、皆が自由に書き込める『回覧ノート』があるみたいやわ」


 雑談の中で、彼女は、そんなことを教えてくれた。
 その時は、あまり気に留めずにいた。しかし今、その記憶が急に、光を放ち始めた。
 “回覧ノート!”
 皆が近況や心情を自由につづれるノートがあったら――。

田中郁子さん


 すぐに、支部婦人部長の田中郁子さんに相談してみた。
 「ええやん!」
 即答で賛成してくれた。
 その一言で、勇気が湧いた。


 上田さんは、真っ白な表紙のA5判ノートを用意する。タイトルが大事。考えた末、黒字で丁寧に記した。
 幸の花づな
 それは、上田さんが、昔から大切にしてきた言葉だった。
 幼い3人の子育てに精いっぱいだった30代の頃、当時の地区婦人部長が言ってくれたのだ。


 「皆と『幸の花づな』でつながって、一緒に幸せになっていこうね」
 その人は、花が大好きな人。正直、言葉の深い意味は分からなかった。それでも、心に余裕を持てず苦しむ自分を、温かく包んでくれる一言だった。
 以来、この地域で30年以上、自分も他者も幸せにする生き方を、皆と一緒に歩んできた。

 
 5月22日――。
 「何でもいいです。書ける範囲で近況なり思いを書いてまわして下さい」


 上田さん自身の書き込みから回覧ノートは始まった。
 地区のメンバーには、事前に趣旨を説明した。賛同を得られた人に、消毒を徹底しながら、ノートを回していく。
 もらった人が、次の人の自宅ポストへ。それが難しい場合は上田さんが一度回収し、次の人に届けた。2日に1人くらいのペースで、ノートは家から家へと回った。
 「早く皆と会いたい」


 「会えないことがつらい」


 そんな声が、それぞれの筆跡でつづられていく。
 河田由美子さん=白ゆり長=は、こう書いた。
 「会合が中止など、最初は、何をどうしたらいいのか心の中がポカ~ンと穴が開いた日々が続きました」
 

「生活のリズムがくずれてなかなかお題目が上がりませんでしたが、負けたらあかんと決意を新たに唱題に挑戦して、一日も早くコロナが終息するように祈っています」

河田由美子さん
 
 始めてから1週間後――。
 コロナ前は、なかなか会合に来られなかった去来川彩夏さんが、書いてくれた。
 「婦人部になり約2年が経とうとしています。そんな中、お腹の子を授かることができました」
 皆が、初めて聞く話だった。


 翌日から、ノートには祝福の言葉が重ねられた。
 また、看護助手として病院に勤める小笠原みちよさんは、感染の不安を抱きながら働く気持ちを文章に。
 「毎日緊迫した状態でした」


 「万全の感染予防で作業的には苦労がありますが、来院される方に安心していただけるよう、がんばって参ります」
 こうした書き込みに対して、他のメンバーからの“返信”もつづられていく。
 石原悦子さん=婦人部副本部長=は「みんなの『ガンバリ』『声』を聞いて、大変な事、辛い事、悲しい事、腹立つ事、色々あるけど、同じ歩くなら“前を向いて”行こう!!と思いました」と。
 ノートを通して、地区の皆がお互いのことをよく知り、心の距離も縮まっている――上田さんは、そう実感した。

地区の婦人部でつづる「幸の花づな」ノート
 
 夏の終わりから、地区では、オンライン会合にも挑戦した。皆の通信環境などを考慮して、LINEのグループ音声通話で行う。
 ここでも、回覧ノートを続けてきたことが、力を発揮した。ノートで互いの状況を知ることができていたため、皆がとても積極的に、LINEグループに参加してくれたのだ。
 秋に入ると訪問による激励、会館での会合も、社会の状況を踏まえて少しずつ再開した。
 やはり、対面でしかできない話や、聞けない悩みもある。


 一方でノートの回覧は、その後も途切れることはなかった。
 上田さんには、確信にも似た思いがあった。
 「コロナは“分断”を生む。社会はつながりを求めている。だから、あらゆる方法で、人をつないでいきたいな、と」
 対面か、オンラインかという「二択」ではない。人や状況に合わせ、対面もオンラインも、ノートも――苦楽を分かち合えるなら、あらゆる手だてを尽くして人をつなぎ、心を結ぶ。


 それが、今の自分たちにできる、未曽有の試練との向き合い方だと思うのだ。
 間もなく、冬が来る。


 白ゆり長の五傳木さん・河田さんも、上田さんも、新たな気持ちで訪問・激励に歩く。


 「幸の花づな」ノートの回覧は、今も続いている。

お互いが「回覧ノート」に書いた内容にも触れながら、訪問・激励の場での会話が弾む
 
 「花づな」――。
 花を編んでつくった綱、という意味である。かつて池田大作先生が、この「花づな」をテーマに語ったことがあった。
 「日本の各地域、各方面が、それぞれの歴史と特性に応じた大輪の花と開いていく――」


 「一つの方面、地域も欠けては『花づな』にならない。いずこも豊かに花開かねばならない」


 「われらが広宣の天地を庶民の『幸の花づな』で結ばねばならない」
 (『池田大作全集』第73巻所収)


 地域に生きる学会員もまた、この言葉のままに、一人一人がそれぞれの色と形で、自分だけの人生の花を咲かせてきた。
 そうした人がつながり合った「幸の花づな」は、目立たなくとも、確実に、コロナ禍の今の社会を支えている。


一滴――新しい日々の始まり。
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最終更新日  2020.11.25 22:12:07


2020.11.11

連載ルポ「一滴――新しい日々の始まり。」
ルポ【一滴】 地区は人間ドラマの舞台。その経験があるから、学会員は変化に強い。

 コロナ禍の今年は「激変」の年。あらゆる物事が“コロナ前”とは変わった社会……。しかし、ふと、ある思いが湧きました。創価学会の活動の「現場」は、実はずっと昔から、さまざまな変化の連続だったのでは――。今回はそんな視点から、婦人部を中心に、深掘りしてみました。(記事=金田陽介、橋本良太)

地区内を歩く奥田恭子さん、下清水蝶子さん、折田コトエさん。高台からは、噴煙を上げる桜島がよく見える。眼下の市街の一部も地区内だ
  
 全国の組織では今、会館などを使用した座談会や、訪問激励が行われている。
 コロナ禍による社会の変化。その変化に応じ、皆で新しい知恵を絞りながらの、学会活動の“再出発”――。
 鹿児島市のある地区も、その一歩を踏み出している。
  
 時に静かに、時に激しく噴煙を上げる桜島が、鹿児島市街からは、よく見える。
 その市街の一角にあるこの地区では、2018年の冬、組織の再編成があり、新たなエリアとして出発した。
 JR鹿児島駅に近い住宅地、市街を一望できる高台が連なった地区。所属メンバーも新しくなった。地区婦人部長の任命を受けたのは、奥田恭子さん(46)である。
  
 前の所属地区は違っても、お互いに知らないわけではない。だが座談会のやり方一つにも、それぞれの文化や伝統がある。
 奥田さんは、地区部長の末廣裕茂さん(69)と心を合わせて、新たな団結をつくるため、訪問激励を始めた。

奥田恭子さん
 「道の向こうを歩いているのを見つけて手を振ると、2倍も手を振り返してくれる人」
 末廣さんは、奥田さんのことを、こう表現する。
 その明るさに触発を受けて、“地区の皆さんが幸福に向かって歩めるよう、新しい地区で頑張ろう”と思えた。
 ところが、当の奥田さんは、自信を持てなかった。
 「私は教学も詳しくないし、他の地区婦人部長の皆さんのように、しっかり話ができるわけでもないし……」
 介護職として、フルタイムでデイケアに勤めている。自分に地区婦人部長が務まるとは思えなかった。
 「私も支えるから、大丈夫」――以前の地区でずっと一緒に活動してくれた先輩や、長年この地でメンバーを励まし続けてきた先輩の応援があったから、勇気を出せた。

 「難しい話はできないから」、とにかく相手の話を聞いた。
 分からないことは分からないと正直に言い、何かに困ったら「助けてください」と、素直に周囲の力を借りた。
 語る相手が悩みを打ち明けて泣けば、つられて泣いた。
  
 奥田さんは2002年(平成14年)の入会。信心を教えてくれた婦人が、とにかく人の話を聞き、背中をさすらんばかりに励ます人だった。
 その姿が、知らないうちに、学会員としての生き方の手本になっていたのかもしれない。
  
  
下清水蝶子さん
 新しい地区にも、手本となる先輩たちが何人もいた。
 下清水蝶子さん(83)=地区副婦人部長=は、自宅の仏間を、地区の会場に提供してくれている。本棚も壁際も、小説『新・人間革命』、池田大作全集、世界の文学全集などで埋まった仏間である。
 人前で話すのが苦手な奥田さんの言葉を、下清水さんはよく補ってくれた。
  
 ある日の、婦人部グループ長の集まり。奥田さんが話の途中で、言葉に詰まって、黙ってしまった。沈黙が流れ……そうになった時、下清水さんが絶妙のタイミングでつぶやく。
 「お、今、いい風が入ってきたな……」
 肩の力が抜けそうな一言に、皆が笑い声を上げる。
 そんな小さな心遣いが、いつも地区の雰囲気を、晴れ晴れとしたものにさせた。
  
 
宮下安江さん
 宮下安江さん(86)=支部副婦人部長=は、実直な人。「人が見ていようといまいと、御本尊様は見ているから、地道に頑張りましょう」と、いつも真顔で励ましてくれる。
 宮下さん自身が、その言葉の通り、筋ジストロフィーと闘う娘をはじめ3人の子を育てながら、学会活動に励み、充実の人生を開いてきた。
  
 ある時、メンバーと友人で一緒に参加できる、大きな集いがあった。どこの地区でも「絶対に友達にも参加してほしいね」と語り合っていた。
 ところが、奥田さんの連絡に手違いがあった。
 前日に気付き、慌てて、皆にフォローの連絡をする。
 宮下さんは、電話で一部始終を聞いた時、とがめず、声色も変えず、ただ言った。
 「ん。分かった!」
 翌日――。集いの会場には、3人の友人を連れて参加する、宮下さんの姿があった。
  
 そんな、それぞれの色をもつ一人一人が主役となって、少しずつ心の距離を縮めて、地区の団結がつくられていく。
 そうした中で、毎月の座談会は、参加者が、少しずつ増えていった。毎回のように、友人も参加するように。やがて青年・未来部の参加者も、目標にしていた10人を超えた。

地区は南北に長い形で広がっており、北側には高台の住宅地もある

 だが――。
 コロナ禍で、地区は今、新たな試練に直面している。
  
 デイケアに勤める奥田さんは感染を防ぐため、人との接触を控えざるを得ない。今までにない部分で気を使う必要があり、心の疲れも大きい。
 でも、やはり皆の様子が気になる。一人一人のことを祈り、短時間、玄関先に会いに行く。「皆さんがいるから、自分も、成長しようと思えています」
  
 コロナ禍という地球規模での激変にも、学会員の、生き方の根っこ(自分も他者も一緒に元気になろうとする生き方)は、ぶれていない。
 むしろ、これをきっかけに、オンラインの会合にも挑戦し、最近は感染対策を行った上で、訪問激励や会合を再開し……状況に応じた「攻め」の学会活動は、より勢いを増しているともいえるのだ。
 それは、ある意味で当然なのかもしれない。宗門事件も、経済苦も、宿命の嵐も――コロナ禍のずっと前から、あらゆる種類の「激変」を越えてきた人が全国どこの地区にもいるのが、創価学会なのだから。
  
折田コトエさん
 そうした“ベテラン”の一人である、折田コトエさん(79)=地区副婦人部長=は、数年前から、肝臓がんや左足の複雑骨折などで、何度か入院している。
 だが、何分、生命力が強く、そのたびに“病院友達”を増やして退院する。
 「最近まで、居酒屋を経営していたから、知り合いは多くてね。今も、誰にでも気軽に話し掛けるからね」
 今年も、心臓の手術で1カ月ほど入院したが、元気に退院してからは、新しくできた友達にまた対話を重ねている。
  
 地区の新出発から2年。
 この9月には、地区で2世帯の御本尊流布ができた。
 「壮年と、男子部世代の方。長年、地区の皆さんが励ましを送ってこられていた方です」と地区部長の末廣さんは語る。

末廣裕茂さん
 池田先生は、つづっている。
 「『地区広布』即『世界広布』――身近な人と人との絆、自分の住む近隣地域を大切にする行動を広げることが、必ず世界をも変える」
 「地区」には、さまざまな人がいて、毎日のように、多様な“人間ドラマ”がある。
 そんな変化、変化のど真ん中に身を置いて、何があっても人を励まし続ける生き方を選び取ってきた学会員が、このコロナ禍を、乗り越えられないわけがない。身近な世界を、変えていけないわけがないのだ。
  
 噴煙を上げ続ける、桜島。
 雨の日も、風の日も――その威容は変わらない。
 私たちの励ましの生き方も、時代の行く先がどうあろうと、根っこが揺らぐことはない。


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(2020年11月11日 聖教新聞)







最終更新日  2020.11.11 11:36:08
2020.10.28

 連載ルポ「一滴――新しい日々の始まり。」
求めながらも、思いやれる自分へ――コロナ禍で夫婦が気付いたこと

 コロナ禍で、家族との時間が増えた人も多いはず。髙梨哲哉(たかなしてつや)さん(35)=区男子部書記長=はテレワークを行い、妻・妙子(たえこ)さん(37)=副白ゆり長=の育児休暇明けからは一人、自宅で2人の子を世話する生活に。夫は家で妻は会社へ――その経験は二人に何を気付かせてくれたのでしょう。(記事=橋本良太、金田陽介) 


 「ご家庭での保育が可能な場合には、登園を控えていただくなど、ご協力をお願いします」
  


 夫妻が暮らす横浜市港北区の認可保育所から“お知らせ”が届いたのは、娘たちの入園直後の、4月初旬。長女の聡美(さとみ)ちゃんは2歳4カ月、次女の美幸(みゆき)ちゃんは、1歳だった。


 税理士の哲哉さんは経営コンサルティング会社で、企業の合併・買収(M&A)案件に従事している。年明けまでは帰宅が深夜になることも多かったが、新型コロナウイルスの感染拡大により、4月からテレワークが始まった。


 当初は心に余裕があった。


 妻の妙子さんは航空機の整備に関する仕事をしているが、コロナで育児休暇が延長される形になったからだ。哲哉さんが部屋で仕事をしても、走ってくる娘たちを、妻が“ブロック”してくれた。
 だが5月の大型連休後、妻の育休は終了。仕事用のノートパソコンをリビングに持ち込んだ日から、戦いが始まった。

 ある朝、妻を見送り、パソコンを開こうとした瞬間。


 「おとうさん、あそぼー」


 満面の笑みで、長女が足に巻き付いてくる。


 「うーん、お父さんね、ちょっとお仕事……」


 言っているうちに横から「ぶえーん」と次女の泣き声。


 “なぜ!? 何があった?”
 抱き上げ、ゆらゆらしていると仕事の電話が。次女のうなり声に包まれながら、なんとか、やり取りを終えた。


 一人で2人を見る――。次女の誕生時、哲哉さんは時短勤務で育児を分担したが、それとは「異次元の大変さ」だ。


 “ご飯と離乳食を食べさせ、2人をお昼寝させた後で、顧客と打ち合わせよう……”


 だが!
 長女が、食べようとしない。


 時計の針を見つめながら、妻にLINEを送る。“聡美ちゃんがおむつを替えさせてくれない。ご飯も食べない”


 焦(あせ)りもイライラも通り越し、頭の中は真っ白だ。

哲哉さんが妙子さんと交わしたメッセージ
 妙子さんは、オフィスの机上で夫からのLINEを受信した。メッセージと共に、そっぽを向く長女と、離乳食を食べる次女の写真がある。


 妙子さんは“どうしたらいいんだー、泣”と返信した。夫の気持ちがよく分かる。大変な状況を知ってほしい瞬間が、妙子さんにも、たくさんあった。


 育休中(今もだが)、それぞれのタイミングで夜泣きする娘たちをあやすと、数時間しか寝られなかった。


 睡眠不足が体にこたえて、心も追い詰められていく。


 夫が仕事に出ている昼間は、食事やおむつ替え、一人で2人の相手をしなければならない。そして夜のお風呂がまたやって来る。


 言葉では伝わりにくい苦労や気持ちを、今度は、夫が体験して、分かってくれた。


 妙子さんは、申し訳なくもあり、それ以上に、感謝の気持ちでいっぱいになった。
  


 育休中、希望を与えてくれたのは、創価学会の婦人部の先輩たちだ。


 「大変な時は、いつまでも続かないからね、大丈夫よ」


 難しくない言葉で希望を持たせてくれ、話を聞いてくれた。会館で、娘より少し年上の子どもたちが遊んでいるのを見ると、「未来を見せてもらえるようで」励まされもした。


 育休が終了してからも、仕事を終えて帰宅すると、ポストにメッセージカードなどが投函されていた。
 

「仕事にも復帰して忙しいと思うので体に気を付けて」


 頼れる人、声を掛けてくれる人がいるのはうれしい。だから祈れるし、力が湧く。
  


 さて、夫は大丈夫かな――。

髙梨妙子さん(中央)が、いつも励ましを送ってくれる日吉地区の婦人部の友と
 1時間後、哲哉さんはLINEで続報を送った。


 “食べた! そしてお散歩がてらお菓子を買ったよ”
 会議にも何とか間に合った。だが、これでは“1日1時間労働”になりかねない。企業買収の案件はコロナで止まっているが、社内業務の別プロジェクトもある。


 焦りを感じていると、不意に同僚から電話がかかってきた。
 

「ちょっと話を聞いてほしいんだけど……」


 彼が口にしたのは、家で仕事に集中できない状況、社内での評価が下がるのではという不安、社会の動きから取り残されたような孤独感――どれも共感できるものばかりだった。
  


 数日後、学会の男子部の仲間とオンラインで会合を開いた。


 「仕事があってありがたい」


 「悩みを話せる仲間がいるって、ありがたい」


 多くの人が感謝の思いを語った。かつては当たり前のように感じていたことの価値。哲哉さんも毎日の奮闘を話しながら、自らの心が軽くなっていくことを感じた。


 “共に頑張れる仲間がいるから、家庭とちゃんと向き合おうと思えるのかも”

港北躍進区男子部の友と語り合う髙梨哲哉さん(中央)
 会合終了後、哲哉さんの胸に男子部の仲間と共に制作した、ある映像が思い浮かんだ。


 〽母よ あなたは
 なんと不思議な 豊富な力を
 もっているのか
 それは春先、学会歌「母」を壮年・男子部のメンバーが歌った映像である。5・3「創価学会母の日」を記念して、港北区の婦人部に見てもらおうと、作られた。


 自分の体験を経て、一層、婦人部の先輩方への感謝と敬意が湧いてくるようになった。


 “子育てって本当にすごい。これからは、もう一重、自分ごととして担っていこう”

 6月に入り、哲哉さんの職場はオフィスワークが復活。子どもたちの登園も再開できた。


 朝、子どもを園に送るのは哲哉さんで、夕方、迎えに行くのは妙子さんの担当。


 仕事に復帰してから、妙子さんも、あらためて感じたことがある。


 どこにいても、娘たちが健康で元気に過ごせるよう、願っている。同時に、仕事で結果を出すプレッシャーを抱え、子どものこと(園からの呼び出し)で周囲に迷惑を掛けたらどうしようという不安もよぎる。



 “そういう空間で、夫も頑張り続けているんだなあ”

 最近、二人で「忙しい時ほど話をしよう」と決めた。何に悩み、頑張ろうと思っているのか、どうしてほしいのかも含めて語り合う。
 相手のことをよく知った上で“要求しながらも、思いやれる自分でありたい”と、それぞれに祈っている。

 池田先生は述べている。
 

「私は、『成長家族』『創造家族』という言葉が大好きです。家庭は、人生の基本となる『安心』と『希望』の拠点であり、『幸福』と『平和』の基地にほかならない。日々の生命と活力の『蘇生』の場であり、前進と充実を生み出す『創造』の絆であり、『和楽』と『成長』の城です」

 子どもたちも交えて、そうした家族へと、みんなで育っていきたい――夫妻は今、そう強く思っている。

(2020年10月28日 聖教新聞)







最終更新日  2020.10.28 10:00:44
2020.10.17

【新企画!】自信のない地区婦人部長が、皆に慕われた理由――コロナ禍での挑戦。
連載ルポ「一滴――新しい日々の始まり。」

 日常の学会活動にある、何気ない小さな出来事(一滴の、しずくのような)には、大きな信仰の価値が詰まっています。「大海の水は一滴なれども無量の江河の水を納めたり」(御書1200ページ)――そんな小さな「一滴」の偉大さを、深掘りしてお伝えする新企画です。(記事=金田陽介、橋本良太)
  

築45年を迎える団地に暮らし、近隣や地域に友人を増やしてきた上野絢子さん(右から2人目)。社会の変化で、生活や学会活動に苦労も多いが、それを上回る喜びの瞬間が日常の中にある
  
 キンモクセイの香りが、今年も季節の変化を告げる。


 冬から春、夏、そして秋――今も、新型コロナウイルスは、日常に居座り続けている。


 そうした中、最前線の地区はどのように、新たな日常の学会活動を始めているのか。
 千葉市美浜区のある地区ではささやかな“事件”があった。


 皆で工夫しながらコロナ禍と格闘していたある日、地区婦人部長の家に突然、きれいな花束が届いたのだ。


 今回は、このすてきな事件の背景にあったものを取材した。時は、7カ月前にさかのぼる。

 “これは、まずい!”
 3月に入り、社会のあらゆる活動が自粛に向かう中、団地の4階に住む上野絢子さん(41)=地区婦人部長=は、不安を募らせていた。


 思った以上に、コロナが大変なことになりつつあった。
 上野さんの「広宣地区」は、60世帯ほどの地区。75歳以上の高齢者の割合は、日本全体での数字(14・9%)の2倍に迫るほどだろうか。


 マンションで1人暮らしの、渡辺光子さん(69)=白ゆり長=に、久しぶりに電話する。元気だが、不安はあるという。


 「会合も自粛、人にも会えないとなると、一言もしゃべらない日もあるからねぇ……」
 “これは、まずい!”
 地区の皆に、片っ端から電話をした。孤独になってしまう人を出してはいけない――。
 ある日の早朝、本紙の配達員を務める山本郁代さん(67)=支部副婦人部長(白ゆり長兼任)=は、メンバー宅の前で、上野さんの姿を見かけた。


 「上野さんがね、人がいない時間を選んで、メンバーに励ましの手紙を届けていたんです」

 会合ができない中、広宣地区では、4月から“文字での座談会”を始めた。


 上野さんが、地区の皆から電話、メール、LINEで「声」を集め、パソコンで編集。それを印刷、何人かで手分けして、座談会の代わりに、メンバーに届ける。
 皆の近況が並んだ文面。

 渡辺さんは「いま桜がちゃんと咲いています。冬は必ず春となるです。私の決意、絶対負けません!」と書いていた。
  田久保陽子さん(63)=婦人部副本部長(支部婦人部長兼任)=は、「座談会で一言発言をやっているみたい。これで元気を保つことができた方も多かったのでは」と振り返る。

 上野さんはコロナ禍の中、精神的な不安を訴える多くの人の話を、電話で聞き続けた。
 だが、上野さん自身も、外出自粛が続くと心が沈む。“やっぱり私には、人に寄り添うなんて無理”という気持ちが、少しずつ強くなっていく。
 「私の世代には多いのかもしれませんが、私はもともと、自信のない人間なんです。寝て、食べて、テレビを見る以外のことは面倒くさい、低エネルギーな人で……」
 小学生の頃から、一人でいるのが好きで、大人数で騒ぐのが苦手だった。


 「できるだけ人と関わらず、小さな人間関係の中で生きていきたいと思っていました」
 そんな自分を、食事に誘ってくれ、丁寧に話を聞いてくれる女子部の先輩がいた。


 プライベートなことを話すのは嫌だな、と思ったが、上野さんは当時、悩みを抱えていた。気付けば苦しい真情が、言葉になって漏れていた。
 そして、自分もこの先輩のように、じっくり話を聞いて寄り添える人になりたいと思った。

渡辺光子さん㊨の元気な笑顔、山本郁代さん㊥のこまやかな心づかい――上野さんは「そうした、着実な信心で人柄を磨いてきた地区の先輩方がいるから、何かと自信のない私でも地区婦人部長として頑張れています」と
  
 夫・芳生さん(37)=男子部員=を折伏して結婚し、今の団地に住み始めてからも、上野さんは、婦人部の先輩たちの励ましに包まれた。
 「私は、そういう先輩たちの振る舞いを、まねするようになったのかもしれません」
 例えば、手紙を書くこと。


 「山本さん(白ゆり長)は、とても小まめに手紙を書く人。ちょっとした届けものにも、かわいい付箋や小さなメモが添えられていたり」


 じっくり話を聞くこと。


 「田久保さん(支部婦人部長)をはじめ、美浜区の婦人部は、とにかく話を聞いてくれる方が多いんです。そして“私も以前こんな悩みがあったよ”と、一緒に悩んでくれて」
 だから上野さんは、近隣ともそうした姿勢で交流するようになった。団地の自治会、地域活動などにも参加してみた。
 数年がたつうちに、買い物帰りの道端で話し込んだり、一緒に外食したり、池田大作先生の写真展を鑑賞したりする友人ができていった。

 そして――5月末の、ある日のこと。夕方、上野さんが買い物から帰ってくると、家のドアノブに、スーパーのポリ袋が掛けられていた。


 ピンクのユリ、白い野バラ、たくさんの花々が、袋から顔を突き出している。
 手紙などはなかったが、団地の周りで花を育てている、顔なじみの70代の婦人が、すぐに頭に浮かんだ。
 電話をしてみる。
 「いつも頑張っているから。少しだけど、どうぞ」


 優しい声が返ってきた。
 こんな社会状況の中で、自分に真心を向けてくれたのがうれしかった。
 すぐに花瓶に生け、スマホで写真を撮る。それをパソコンに送信し、絵はがきを作る。


 そこに、池田先生の言葉を、書籍から探して書き添えた。
 翌日、婦人宅のドアポストにその絵はがきをそっと入れた。


 “やはり私は、人との関わりを大事にする自分でいたい”と心から思った。

 地区で、オンラインの集いを考えたこともあったが、スマホを持っていない人、ネット環境がない人も多く、実現には時間がかかりそうだった。
 地区では先月、“同盟座談会”を行った。日時を決め、当日は皆がそれぞれの自宅にいて、同じプログラムで“座談会”を行うのだ。


 当日の9月20日。午後1時半――皆が一緒に“座談会”を始める。


 各自が「大白蓮華」の巻頭言を読み、御書を拝読し……。
 終了後、地区部長の里見英樹さん(50)や、上野さんに「皆とのつながりを感じられた」との声が次々と届いた。
 なかなか座談会に参加できないメンバーも、この同盟座談会に参加してくれていた。あの3月の早朝に、上野さんが励ましの手紙を届けた人だった。

 「私は今も、人と関わることは当たり前ではなくて、決意も勇気もいる挑戦なんです」


 上野さんは、そう語る。
 全国各地にも、同じような思いで奮闘している人は、少なくないだろう。
 それでも、人を励ますために足が動いてしまうのは、コロナ禍のずっと前から、地道な学会活動の中で、そういう生き方を体に染み込ませてきたから。


 “あの人に喜んでもらうために何かできないか”と能動的に考え、動く生き方を、ずっと重ねてきたからなのだ。


 上野さんが、花を届けてくれた婦人に贈った絵はがきに記したのは、池田先生の、こんな言葉だった。


 美しいものをたくさん発見できる人。


 その人こそ、美しき人ではないか。


 「ああ、きれいな空!」


 「この花を見てごらん!」と、


 暮らしのなかで自分らしい感動を


 見つけられる人は幸せである。


 その人の生活は豊かである。


 (『女性に贈る 100文字の幸福抄』より)


 このような人でありたいと、日々、現実の中で葛藤しながら祈り、一歩を踏み出す――。


 そうした一人一人が今、不安に揺れる社会の一角を、確実にうるおしている。







最終更新日  2020.10.17 10:59:48

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