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晴ればれとBlog

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学会創立90周年「11・18」

2020.11.27
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〈学会創立90周年記念インタビュー〉東京大学 市川裕名誉教授

    トインビー博士が期待した創価学会の草の根的広がり
 今月18日、創立90周年を迎えた創価学会は、世界宗教としての発展を続けている。学会の世界広布の歩みとその意義について、宗教史学やユダヤ思想を専門とする東京大学の市川裕名誉教授にインタビューした。(聞き手=志村清志、金田陽介)
  


 ――創立からの90年間で、創価学会・SGI(創価学会インタナショナル)の連帯は192カ国・地域にまで広がりました。
  


 20世紀を代表する歴史家トインビー博士は、「文明の興亡」という独特な観点で歴史を論じています。2度に及ぶ世界大戦や核兵器の登場などに、現代文明の行き詰まりを感じた博士は、新しい文明のあり方を、過去の歴史から探し求めたのです。
  


 著書『歴史の研究』において、博士は“ユダヤ文明”の特異性に着目します。ユダヤの文明だけが国家や郷土を持たず、宗教的紐帯(ちゅうたい)のみによって、文明を保持してきたからです。他の大半の文明は、特定の地域や時代に限られる形で成長しては衰退(すいたい)していきました。
  


 ユダヤ人は国家や権力に取り入ることなく、世界各地に共同体(ディアスポラ)を形成しました。博士は、こうした地域性にとらわれない文明形態を「ユダヤ・モデル」と名付け、来るべきグローバル社会における「文明の理想型」と位置付けて、人類史の行方を問う「未来の波」であると期待を寄せました。
  


 その後、博士は、世界各地に草の根的に広がりつつあった創価学会の存在を知り、1972年と73年に池田会長(当時)と対談しました。
  

池田先生は、イギリス・ロンドンにあるアーノルド・J・トインビー博士の自宅を訪問し対談を行った(1973年5月)。2人の語らいは、幅広いテーマに及び、後に対談集『21世紀への対話』として出版された
 西洋文明に懐疑的(かいぎてき)だった博士は、土着の既存宗教と平和的に併存しながら世界中に広がっていった仏教を、高く評価していました。そのことも考慮に入れると、創価学会の世界的展開によって、博士は、新しい文明を支える存在が現実化しつつあると実感したのではないでしょうか。
 

 
 対談の直前、博士は、小説『人間革命』の英語版の序文に「創価学会は、既に世界的出来事である」と記しました。このことからも、博士の創価学会に対する高い期待がうかがえます。
  


 私も、20世紀後半から今日に至るまでの創価学会の世界的発展は、奇跡的ともいえると考えています。
  
 ――市川名誉教授が考える世界宗教の要件とは。また創価学会には、どのような要素を見いだすことができますか。
  


 その信仰に、世界に通じる「普遍性(ふへんせい)」が備(そま)わっているかどうかが、世界宗教を考える上での一つの判断基準であると考えます。
  


 その上で、創価学会の歩みを見るならば、その思想の根幹は「立正安国」に集約されるといっても過言ではありません。第2次世界大戦中の1943年、牧口初代会長と戸田第2代会長は、戦争を遂行する軍部政府を批判し、投獄されます。
  


 その翌年、牧口初代会長は獄中で命を落とします。最期まで立正安国の精神に殉じた初代会長の一生は、創価学会の揺るがぬ原点だといえます。
  


 草創の時代より、創価学会は、国家や社会の安定のため、正しい思想の必要性を説き、利他の実践を推奨してきました。
  


 「利他」の実践――すなわち日蓮仏法でいうところの「菩薩の生き方」に焦点を当てたことには、大きな意義があります。その行動が、人種や民族、国籍といった枠を超えて、多様な人々を包摂していくからです。そういった意味では、創価学会は、そもそも世界宗教としての要素を有していたといえます。
  


 池田名誉会長の行動は「菩薩の生き方」の最たる例といえましょう。名誉会長は出会った人の立場や出自にかかわらず、同じ一人の人間として、変わらない姿勢で接してきました。そして、それぞれが抱える現実的課題を乗り越える方途として、「人間革命」という内面的な変革の重要性を説いてきました。
  


 今や「人間革命」は“世界共通語”になりつつあります。9月17日付聖教新聞に掲載された、ローマクラブのマンペラ・ランペレ共同会長の「人類が今置かれている地球的な危機を乗り越えるには、『人間革命』を推進するしかないと確信しました」との発言からも、この思想が世界的に希求されているとの実感を深くします。
 

 
 ――しかし、たとえ宗教の中核をなす概念が普遍的であったとしても、文化・宗教的背景の異なる人たちに理解され、実践されるには別のハードルがあるように思います。
 

 


 「理解」という点でいえば、信仰の根幹となる概念を、時代状況に即した表現に落とし込む必要があるでしょう。その点、創価学会は、言葉の創造が非常に上手だと感じます。
  


 例えば、「目の前の一人を大切に」といった言葉は、利他の実践の本質を、シンプルに分かりやすく教えています。仏教になじみのない人にとっても、容易に理解できるでしょう。
  


 また、宗教的実践を持続するためには、個人の信仰を触発し、学び合える場も重要です。創価学会は、伝統的に座談会を大切にしてきました。そういった場の存在によって、参加者はモチベーションを高め、具体的な実践方法を学ぶことができたのでしょう。
  

東京・新宿区の創価文化センターと世界の同志をオンラインで結んで開催された「世界青年部総会」(本年9月)
 このように、創価学会は、誰でも行動できるようなシステム、いわば実践レベルにおける「普遍性」も有しているといえます。
  


 コロナ禍の中での各国SGIの取り組みにも、人を励ますという「普遍的実践」が共通していました。
  


 例えば、アメリカSGIが取り組んだ「ABC運動」には「Connect Life to Life(生命と生命をつなぐ励まし)」という項目が、またメキシコ創価学会の「1・2・3運動」にも「3人への励ましの電話」という項目がありました(傍点=編集部)。
  


 文化や風習が違っていても、世界各地で同じような取り組みが実践されているということは、それだけ精神性が広く浸透(しんとう)している証左(しゃさ)といえます。
 

 
学び合いと一対一の薫陶(くんとう)が宗教の精神性を永続化する
 ――ユダヤ教は、2000年以上の長きにわたり、さまざまな国・地域の文化の中で精神性を受け継いできました。
  ​


 ユダヤ人は「学びの民族」といわれるほど、経典を学び、そこに書かれた実践をかたくなに守ってきました。「学び」の徹底こそ、度重なる差別や迫害を受けながらも、ユダヤ教の精神性が存続してきた要因といえます。
  


 ユダヤ教における「学び」の特質を挙げるとすれば、一対一の「師弟関係」といえるでしょう。創価学会と同様、ユダヤ教においても「師弟」は、大切にされるべき精神です。
  


 ユダヤ教においては、預言者モーセと弟子ヨシュアの関係を師弟関係の理想と捉えています。聖書によれば、モーセとイスラエル民族は40年間、荒野をさまよいながら神が約束する土地を目指して旅を続けます。この苦難の中で、常にモーセに付き従っていた人物がヨシュアです。
  


 ユダヤ教の指導者はラビと呼ばれますが、ラビの究極のモデルが預言者モーセです。彼らがモーセのことを「我らのラビ」と呼ぶのは、そのためです。たとえモーセ本人に直接会った経験はなくとも、皆、師の思いに迫ろうと、心の中で対話するようにテキストを学んでいます。
  


 私は、この関係を「師資相承(ししそうじょう)」と捉えます。師から弟子へ、知性と人格が継承(けいしょう)される師資相承によってはじめて、その教えに客観性と永遠性が生まれます。そのとき、日蓮仏法でいうところの「異体同心」が可能となるのです。
  

 ユダヤ人哲学者のE・レヴィナスは、ナチスに親族を奪われて失意に沈んでいた頃、一人のラビに師事します。3年間に及ぶ、師からの全人格的な薫陶は、彼の人生観を大きく転換するものでした。レヴィナスには、「一人の本物のラビがいればユダヤ教は存続する」との確信があったと指摘されていますが、これは彼の実体験によるところが大きかったのでしょう。
  


 加えて、ユダヤ教には、皆で学び合う伝統があります。「イェシヴァ」と呼ばれる学塾も、ユダヤ教の学問を支えています。そうした“水平的”な「学び」によって、ユダヤ教の精神性や信仰者としての生き方が共有されていくのです。 

 
師弟関係こそ信仰の生命線
 ――創価学会も、牧口初代会長から戸田第2代会長へ、そして池田名誉会長へと師弟の精神が継承されていきました。
  


 約10年に及ぶ「戸田大学」は理想の学びやといってもよいでしょう。若き池田名誉会長は、寄り添うように師を守り、その一言一言を聞き漏らさずにいたといわれています。
 

 
一側面から見れば、仏法は総合的な学問でもあるので、教授の内容は、文系・理系の区別なく多岐にわたりました。その中で師匠は、さまざまなアイデアを提示します。「大学を作ろう」「世界へはばたけ」「核廃絶」「地球民族主義」――現在の創価学会の根幹をなす構想の多くが、この時に生まれたといっても過言ではありません。「戸田大学」は、師から弟子へ絶対的な師資相承が行われた10年間であったといえます。
  


 多くの学会員の方も、この二人の師弟関係を模範としながら、「師匠と自分」の関係に置き換えて、日々、切磋琢磨していることと思います。また、創価学会には、会員同士の「一対一の関係」も大切にする伝統があります。時には、一緒に実践に励んだり、悩みを相談し合ったりする中で、さまざまな触発を得られるでしょう。
  


 その上で、座談会などの場で、自身の「学び」や体験を共有し合うことによって、「一対一」とは違う触発や感動を得られます。ユダヤ教同様、こうした水平的な展開は、精神の継承という意味では、大切だと思います。
  

学会伝統の座談会。コロナ禍の影響で、感染防止対策に配慮して開催されている(本年10月、東京・町田文化会館で)
 最近、聖教新聞の「声」欄に載っていた、あるエピソードに感銘を受けました。
 

 
その方は、90歳にして、間もなく18回目の御書の全編拝読を終えるそうです。彼女は、そんな“教学ざんまい”の自分があるのは、若い頃に、御書を通して励ましてくれた先輩がいたからだと述懐されていました。師弟の連鎖が、一人から一人へと広がっていく様子がありありと浮かんでくる思いでした。
  


 一対一の学びと、座談会などの場から得られる啓発によって、師弟の精神は、未来の世代に受け継がれていくことでしょう。
  


 ――創立90周年を迎えた学会は、創立100周年となる2030年を目指して出発を切りました。この年は、SDGs(持続可能な開発目標)のゴールの年でもあるため、これからの10年は、社会的にみても、大切な期間になります。
 

 


 今回のコロナ禍に象徴されるように、これからの10年は、先行きが見えない「試練の10年」といえます。人類文明は、今後もさまざまな困難に直面することが予想されます。
  


 その中にあって、創価学会の存在は、世界にとって大きな希望になると確信します。国や民族を超え、宗教的紐帯でつながったネットワークは、社会の分断や対立といった難局に歯止めをかける存在になるでしょう。
  


 今、世界は創価学会という、人権と生命尊厳を掲げる世界市民ネットワークを持つに至りました。その連帯が21世紀の「未来の波」として、他の市民団体のモデル・ケースにもなりつつ、世界平和に貢献していかれることを期待しています。
  
 

 
プロフィル
 いちかわ・ひろし 1953年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。専門は宗教史学、ユダヤ思想。2004年より東京大学教授。19年より同大学名誉教授に。著書に『ユダヤ教の歴史』『ユダヤ人とユダヤ教』など。


(2020年11月27日  聖教新聞)







最終更新日  2020.11.27 20:03:48


2020.11.26

ノーベル平和賞受賞者・エスキベル博士から「11・18」の祝福の声 ㊦ 


アルゼンチンSGIの平和文化祭で、演技に拍手を送るエスキベル博士㊨(2010年2月)
 学会創立90周年の「11・18」を祝福し、アルゼンチンの人権活動家でノーベル平和賞受賞者のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士から寄せられた声㊦を紹介する。

 
精神性の強さを
 私は幼い頃から、社会の幸福や人権に対して、強い関心を持っていました。


 私自身が貧しい家に生まれたことが、その大きな要因です。青春時代には、キリスト教のグループに所属し、地域の人々の苦悩を知るようになりました。


 その中で少しずつ成長し、貧困とは何か、差別とは何かを理解していきました。


 私の周囲には、自分と同じように経済苦に悩む若者が数多くいました。
 


 だからこそ、私はずっと、社会の苦悩をどう癒やし、解決していくか――その答えを探し求めていました。さらに「私たちの社会は、いかなる類いのものであるか」「何のためにあるのか」を、常に自分に問い掛けていました。


 そうして答えを探し続けた結果、ついに私は、最も大切なことは「精神性」であると気付いたのです。
 
つまり、他者を支援するための社会活動だけではなく、人間の精神の力をどのように強くしていくか――それが重要であると思うようになったのです。
 

「全ての人間は尊い存在である」という考え方を、私たちは共有しなければなりません。ですから私は、仏法が教える「一人一人に仏界の生命が内在する」という考え方に強く共感するのです。
 

昨年3月、首都ブエノスアイレス近郊のテクノポリス・スタジアムで開かれた第1回「青年平和サミット」。エスキベル博士も参加した
 私はキリスト教の信者としての視点から、全ての宗教の考え方に対してオープンでいる、という姿勢を大事にしています。なぜなら、他の宗教も、時として道は違えど「精神(心)を強くする」という中心軸は同じであると固く信じるからです。
 


 釈尊は、仏の境涯を開いた時、人間と自身の在り方について、もっと深い次元から捉えるようになりました。


 そして、「人類とは何か」「苦しみとは何か」「どうすれば正しい道に出あうことができるのか」を理解していったのです。
 


 創価学会のメンバーも、まさに人生の意味に出あうための道を歩んでいます。


 多くの青年たちを糾合し、彼らに人生の意味を示すために尽力しています。


 学会は、教育・音楽・芸術といった多彩な分野で、さまざまな活動を行っています。また、人と人が関わり合えるような活動に数多く取り組んでいることを、私はよく知っています。
 


根本は師弟
 池田先生と創価学会は、特に青年を大切にしています。


 青年には希望があります。青年は“現在”であり、“未来”です。


 人類の未来は、青年の行動によって決まります。彼らの成長は、社会の変革そのものだからです。
 


 もう一つ、注目すべきは、学会の多くの青年たちが、社会に創価の思想を広めているという点です。


 彼らは、苦しみの根源である暴力などの問題が渦巻く現実にあっても、組織の中に閉じこもるのではなく、会員以外の人たちと交流し、社会に幸福の道を広げようと努力しています。


 きっと彼らは、師匠である池田先生との真っすぐな絆を根本としているからこそ、そのような道を歩むことができるのでしょう。


 私の行く先々で、喜々として声を掛けてくれる学会のメンバーは、彼らが今、どのようなことに取り組んでいるのかを教えてくれます。


 彼らは常に苦しむ人を励ましています。その行動は傑出したものであると感じずにはいられません。


 お一人お一人が尊い仏法者であり、その思想と行動は一致しています。不思議な師弟の絆を根本に、誠実に仏法の思想を実践しています。


 
改めて私は、創価学会への共感を伝えたい。学会の皆さんは、多様性の中で調和を生み出し、より良い社会を築こうと、真剣に、大いなる決意をもって戦っています。


 だから私は、アルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)が招待してくださる活動には、必ず参加するようにしているのです。


 
創価の連帯こそ社会を支える力
 今、私たちは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に直面していますが、次なる危機は飢餓と貧困だと考えます。


 ゆえに私は、アルゼンチンの大統領に食料生産の取り組みに関する計画を提案しました。
 


 今後、世界中のどこにおいても、「絶望」が共通項になってしまうかもしれません。


 私は、今回のコロナ禍は、人類が地球環境を破壊し、地球の均衡を崩してきたことに起因するのではないかと考えています。ですから、私たちは、その均衡を取り戻さなければなりません。


 この状況の中で、創価学会の方々は、より良い人間として生きることを教え、この均衡を取り戻そうと、人々に働き掛けています。
 


 新型コロナウイルスのワクチンは開発途上ですが、一刻も早く完成し、「ニューノーマル(新常態)」が定着することを強く願っています。


 なぜニューノーマルかといえば、たとえワクチンができたとしても、人間も社会も、コロナ禍以前に戻ることはできないからです。
 


 だからこそ、必要になるのが「精神性の強さ」です。


 精神性の向上は、人々の中に希望やエンパワーメント(内発的な力の開花)、レジリエンス(困難を乗り越える力)をもたらします。そのために、学会が果たすべき役割は極めて重要です。
 


 アルゼンチン、そしてラテンアメリカは今、重大な局面に立たされています。“二つの災厄”が降りかかったからです。


 一つは感染症の拡大、もう一つは経済危機です。アルゼンチンをはじめ、ラテンアメリカの民衆にとって、これらの危機から立ち直るということは、超人的な課題であるといえます。
 


 それを踏まえた時、創価学会の活動が、いかに重要か。


 コロナ禍にあっても、学会員は、経済的に厳しい地域の集落を含め、各地で助け合いの取り組みを行っています。まさに創価の連帯こそが、社会を支える力になっているのです。
 


私たちにはまだやることが多くある
 アルゼンチンの有名な歌手の曲に、“全てが失われたわけではない。私はあなたに私の心を捧げるために来たのです”という歌詞があります。


 SGIの取り組みは、人生に苦悩する人たち、とりわけ多くの青年たちの力になっています。私たちは彼らに“全てを失ったわけではない”ということを分かってもらわなければなりません。


 私は、そのメッセージを伝え、励ましを送る学会の取り組みに感謝しているのです。



 アルゼンチンの詩人レオポルド・マレチャルは“迷宮の出口は上に見つけよ”と言いました。


 私たちが不安、絶望、苦悩の迷宮に入り込んでしまった時、もし異なる視点から“出口を見つける”力があれば、太陽を見ることができるでしょう。それだけではなく、月も、星も、宇宙も、全てを見ることができます。


 希望を失う必要はありません。希望は私たちにとって、新たな夜明けを開くための原動力です。


 ですから私は、全ての人が希望に満ちあふれる人であってほしいと願うのです。
 

博士と池田先生による共同声明「世界の青年へ レジリエンス(困難を乗り越える力)と希望の存在たれ!」の発表を記念して開催された「青年の集い」(2018年6月、イタリアで)


 どうか、人生において笑顔を絶やさないでください。最も困難な時こそ、前進し続けなくてはなりません。私たちは常にその「希望の力」で、より良い世界を築くことができるのです。


 創価学会の皆さんは、人生の意味を語り広めています。皆さん方には、まだまだやることが多くあります。なぜなら、この戦いには終わりがないからです。
 


 皆さん方の人生と池田先生の人生は、深く結び付いています
 池田先生も皆さん方も、未来に偉大な足跡を残す「種を蒔く人」です。そして、後に続く人たちも同じ道を歩んでいかなければなりません。


 これこそが、世界をより良くしていく方法であり、平和の道を見つける方法です。


 その平和とは、誰かから与えられるものではなく、私たち自身が日々、創り上げていくものなのです。
 


 これからも、池田先生、そして世界中の青年たちと心を合わせ、平和と民衆の幸福を築くための取り組みに、いつでも参加させていただきたいと思っています。
 


 創価学会の90年の功績と、池田先生ご夫妻の歩みに心からの感謝を込めて――。


(2020年11月26日 聖教新聞)







最終更新日  2020.11.26 19:57:34
2020.11.23

各国で「11・18」祝賀の集い

​    さあ心一つに2030年へ 
 世界各国で、学会創立90周年の「11・18」を祝賀する集いが晴れやかに開かれた。​


〈パナマ〉
 この日を目指し、青年部を先頭に題目の渦を巻き起こし、地域に励ましを広げてきた中米パナマの友は18日、オンラインの集いを開催。マイレス理事長は「創立100周年の2030年へ、平和の道を開こう」と望んだ。

さあ2030年へ心一つに出発!――パナマの友が広布拡大の決意に燃えて。婦人部の代表が病を克服した体験を語り、パナマSGIが取り組んできた社会貢献活動の映像が上映された

創立90周年を迎えた喜びにあふれるパナマの友

〈オーストリア〉
 200人が参加したオーストリアのオンライン勤行会(15日)では、ウィリアムス理事長が、今こそ広布の主体者として立ち上がろうと呼び掛けた。

勤行会に参加した友。男子部のレナルド・サバトさんが一家和楽の喜び、女子部のモニカ・ピルツさんが夢に向かって前進する模様を語り、ムフ男子部長、シューラー女子部長が満々たる生命力で眼前の課題に全力をと強調。ナカムラ総合婦人部長が世界平和の実現に尽くす同志を励ました

〈ニュージーランド〉
 ニュージーランド・南島総支部のオンライン総会(7日)では、シゲ・コヤマさん、エマニュエル・メイソンさん、ジュン・ロメロさんが体験発表。オリジナルソング「I am the One」の合唱などが披露され、ゴードン理事長が希望の連帯を広げようと語った。

ニュージーランド・南島総支部の集いから。小説『新・人間革命』の研究発表なども行われた

〈タイ〉
 タイの集いは8日、タイ本部と各地をオンラインで結んで開催。音楽隊・鼓笛隊による祝賀演奏、各部の代表の決意発表などの後、ソムサック議長が「一人一人が人間革命の実証を」と力説した。

タイ本部での集い。体験発表する女子部のシリポーン・ガンチャナーノッパウォンさん、男子部のソーロット・ウォンニアムさん


〈カナダ〉
 カナダでは今月、各地で地区総会を開催。ヨーク・シムコ・北オンタリオ本部のブルーヘロン地区、レイヴン地区、オーロラ地区合同のオンラインの集い(18日)では、バーバラ・ボーンさんが体験発表。チョイ婦人部長が友の前進をたたえた。

ブルーヘロン地区、レイヴン地区、オーロラ地区合同の総会。代表の友が歌声を披露した







最終更新日  2020.11.23 09:59:17
2020.11.19

〈フォトストーリー〉旭日の創立90周年   写真特集

創価学会総本部と東京牧口記念会館







最終更新日  2020.11.23 10:29:30
2020.11.18

ノーベル平和賞受賞者・エスキベル博士から「11・18」の祝福の声 ㊤

 多様な分野で国際的な活動を行う創価学会が創立90周年を迎えられたということは、全人類にとって大きな希望の光になると思います。
 創立以来、90年にわたって、三代会長が取り組み、築き上げてこられた平和への活動に関して、私はそのように思うのです。


 その活動には、池田大作先生ご自身が困難に直面し、乗り越えてこられたことも含まれています。
 私は、平和とは与えられるものではなく、自らの手で築き上げるものである、と考えます。まさしく学会は世界中で、平和の思想、そして人と人との相互理解を築くための活動を続けています。
 学会は、これらの目的を達成するために、運動の主軸として、仏法の教えを掲げています。それに加え、価値創造の教育を促進することによって、平和の世紀の建設も目指しているという点に、私は注目しています。


池田先生と会員の方々は「希望の種を蒔く人」
 全ての学会員は「種(たね)を蒔(ま)く人」です。
 創価の初代会長・牧口常三郎先生、第2代会長・戸田城聖先生は、第2次世界大戦のさなか、荒廃する日本において、軍部政府による弾圧を受けながらも、平和と連帯と希望の種を蒔きました。


 そして“どのような厳しい状況下にあっても、人は良い方向に変わっていける”という変革の種を蒔いてきました。
 池田先生もまた「種を蒔く人」です。池田先生の蒔かれた種は、学会創立90周年の今、“実りの時”を迎えています。仏法の実践とは、人々の心に成仏の種を蒔くということです。
 現在の学会に対する社会の評価は、池田先生が弟子の皆さんと共に、60年以上にわたって、日蓮仏法と、それに基づく創価の思想を世界中に広げてきた戦いの結果です。
 近年、私はアルゼンチン国内をはじめ、世界中を回ってきましたが、どこへ行っても、喜びにあふれたメンバーの方々に「エスキベル博士、私は学会員です」と声を掛けられることに驚いています。
 私が最も強調して申し上げたいのは、創価学会は近年、世界中で貢献活動を行ってきたということです。


 その活動は、各国・地域で、民族、宗教、慣習の壁を越え、組織として、また会員が個人として、地域社会で取り組んできたものです。
 創価学会は希望を伝えます。ゆえに、学会がある限り、社会は希望を持ち続けるでしょう。なぜなら、創価の活動は民衆を巻き込みながら、励まし合い、苦しむ人々をエンパワーメント(内発的な力の開花)しているからです。
 改めて、創価学会が創立90周年を迎えられたことに対し、深くお祝い申し上げます。


 学会のこれまでの戦いは、実を結んでいると確信しています。


 人類の幸福のために必要不可欠なこの戦いを、これからも続けてくださることを願ってやみません。


池田先生との出会いは精神の贈り物
 思えば、池田先生との初めての出会い(1995年12月)は、まるで昔からの友人に出会ったようだったと記憶しています。


 池田先生は卓越した智者です。このような一流の智慧が広がることで、人々は意識を変え、価値を創造するのだと思います。
 池田先生は、深い精神性の方であると感じました。私はあの時、先生と、平和と幸福について、共に同じ考えであることを確認し合いました。


 互いの持つ強い信念のもと、人々の多様性への理解、連帯、共感という点において、大きく開かれた対話をすることができました。
 私と池田先生の関係性を例えるならば、“海に流れ込む二つの川のようである”と感じます。
 池田先生との出会いは、私にとって精神的な贈り物でした。私はいつも、あの出会いを思い出します。
 そして、学会が行ってきた活動について知り、学会の活動に参加し、池田先生の多くのご著作を読むこともまた、私にとって貴重な人生の贈り物であると感じています。

池田先生が、南米アルゼンチンの人権の闘士であり、ノーベル平和賞受賞者のエスキベル博士㊨、アマンダ夫人㊥と会見(1995年12月、東京で)


 池田先生の思想は、今の時代の要請に的確に応えるものです。


 時間の経過にかかわらず、先生の哲学は存在感を放ち、現実にも適用することができるのです。
 人の一生は限られています。では、人は道に何を植えることができるでしょうか。また人生に、そして人類に何をもたらすことができるでしょうか。
 池田先生は人々に多くの力を与え、希望の種を蒔くことができる人です。


 まさにこのことが、私たちの対談集のタイトル『希望の力』(邦題『人権の世紀へのメッセージ』)になっているのです。
 私たちにとって、一日として同じ日はありません。ですから、毎日に「飽きる」ということは絶対に起こりえないはずです。


 日々、多くの活動があり、また争いや課題があります。しかし、私たちは常に「生きることを学ぶ」という情熱を持って立ち向かっていかなければなりません。
 私たちの対談集は、こうした示唆を多く含んでいます。


対談集の意義
 対談では、青年、女性の役割と使命、ラテンアメリカの民衆が直面している課題など、多彩なテーマを扱っています。これらの課題について理解を進める時、はじめて、この本の良さが発揮されるのです。
 池田先生と私は、受けた教育も異なりますし、アルゼンチンと日本という地球の正反対の場所に住んでいます。ですが直面している課題は、人間として共通のものです。それは地球の課題でもあり、自然の課題でもあります。この対談集は、現実の上を進んでいるものだと思います。
 対談集を編(あ)んでいく中で、私たちは、人類の幸福のために必要なことや、その上での懸念などを共有する「世界市民」であることに気付きました。
 ゆえに私たちは、対談集をつくっていく過程で、懸念事項を共有しました。その中で実存主義的な三つの問いを挙げました。


 第一に、「私たちは何者であるか」ということです。この問いを出発点とし、「私たちはどこに立っているのか」「何に属(ぞく)しているのか」「私たちの文化とは、また精神とは何か」という問いへと発展させています。
 第二に、古代ギリシャの哲学者たちも常に抱いていた「私たちは何を欲しているのか」という問いです。私たちは、人生において何を欲しているのか。単純に、より多くの物を手に入れたいのか。あるいは、パンと自由を分け与えることができるのか。自由の深い意味について共有することはできるのか――ということです。
 第三に、変わりゆく世界の中で、私たちは「どこに向かっているのか」を知るということです。テクノロジーをはじめ、あまりに多くの物事が変化し、私たちは多くの場合において、どこに向かっているか分からなくなるからです。

池田先生とエスキベル博士による対談集の各国語版。これまでに日本語のほか、スペイン語、イタリア語、中国語(繁体字)で出版されている


 重要なのは自分自身と向き合い直すことです。自分自身を再発見することです。それは他者を通して、つまり他者の視点や表情、人生、苦悩、希望を通して可能なのです。
 これこそが、人類にとって、より良い道をつくる方法なのです。


 なぜなら、私たちはいまだ進化の過程にいるからです。もう既に出来上がっていて、これ以上進化しないということはありません。
 私たちは人間生命の進化の意義を持っています。その進化について、どこでその道を発見すべきか、ということを知らなければなりません。


 そのための明確な指標を私たちは持っていると思います。対談集では、池田先生と共にその指標を深めようとしてきました。
 私の手元には、対談集に、まだ何章分も追加できるほど書きつづった原稿が残っています。私たちの対談は終わっていません。対談は、私たちの日々の行動の中で続いているのです。
 対談集が発刊されるまでには時間を要しましたが、それによって私たちは考えを深めることができました。


 それは早く行ってしまうような作業ではなく、熟考(じゅっこう)し、真に深め、私たちの知性と心を開く作業でした。
 私と池田先生は似た者同士です。互いを尊敬し、共に道を創ろうとしています。
 対談集は、そんな私たちから新しい世代である青年たちへのメッセージなのです。(㊦に続く)

(2020年11月18日  聖教新聞)







最終更新日  2020.11.18 09:42:52
富士交響楽団が「11・18」祝賀演奏

 富士交響楽団が「11・18」を記念して、ヴェルディ作曲の歌劇「アイーダ」より「凱旋行進曲」を奏でた。
ヴェルディ作曲の歌劇「アイーダ」より「凱旋行進曲」






最終更新日  2020.11.18 08:10:17
​きょう栄光の学会創立90周年 池田先生が全同志に和歌

きょう11月18日、創価学会は栄光の創立90周年を迎えた。


 池田大作先生は全世界の同志に心から感謝し、記念の和歌を詠み贈った。

 初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生が、師弟して著した『創価教育学体系』第1巻が発刊されたのは、1930年(昭和5年)11月18日のこと。後に、この日が学会の「創立記念日」となった。
 


 44年(同19年)の同じ11月18日、牧口先生は獄中闘争を貫き殉教。生きて出獄し、広宣流布へ立ち上がった戸田先生の遺志を継いだ第3代会長・池田先生の間断なき平和行動によって、太陽の仏法は今、192カ国・地域へと広がる。



人類の宿命転換へ誓願の船出
 さあ、創価の師弟に連なる誇りと喜びを胸に、100周年の峰へ! 人類の宿命転換を目指して、新たな誓願の船出を!


 アルゼンチンの人権活動家でノーベル平和賞受賞者のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士から寄せられた祝福の声㊤(㊦は後日掲載)と共に、学会の90年の軌跡を特集する。
 

 








<全同志に和歌>

 師弟して

  仏勅果たせり

   全世界

  無限の希望は

    創価と共に

 
 太陽の

  励ましの声

   より深く

  蘇生の響きを

    平和の光を

 
 元初より

  地涌の歓喜の

   若師子よ

  大悪を大善へと

   勝って舞いゆけ






最終更新日  2020.11.18 08:04:05

​「11・18学会創立90周年」特集――創価三代の師弟の歩み​

 初代会長・牧口先生、第2代会長・戸田先生、第3代会長・池田先生へと、脈々と受け継がれてきた創価の師弟の精神。かつて池田先生は師子吼した。

「師弟こそ、崇高なる人間の向上の道である。昔も今も、そして未来も、永久に変わらない」と。この言葉の通り、恩師の構想を実現するため、いかなる大難があろうとも、池田先生は不惜身命の大闘争を貫き、勝ち越えてきた。そして今や、創価学会は人類に「希望」を送る世界宗教へと飛躍した。ここでは、1930年11月18日の学会創立から現在に至る創価三代の師弟の歩みを紹介する。
 


■1930年~ 広布源流の共戦譜

牧口先生と戸田先生。両先生の師弟不二の大闘争で、日蓮大聖人の御遺命である広宣流布の道は開かれた

男子部の「水滸会」の友に慈愛のまなざしを注ぐ戸田先生と池田先生(1955年6月、山梨で)

学会の平和運動の原点となった「原水爆禁止宣言」を発表する戸田先生(1957年9月8日、横浜で)

池田先生が戸田先生と共に、音楽隊の演奏に合わせて指揮を執る(1958年3月、静岡で)


 「創価の師弟とは、生死をかけた広宣流布への魂の結合である」――池田先生は、牧口・戸田両先生の気高き姿を通してつづった。
 


 牧口先生は悩める一人のために遠路、足を運び、折伏にあたった。軍部政府の圧迫に抗し、獄中で殉教を遂げた。
 


 生きて出獄した戸田先生は、戦後の焼け野原から学会を再建した。今日の世界広布の源流には先師、恩師の死身弘法の共戦譜がある。
 


 若き日の池田先生は、病弱だった体を顧みず、恩師の願業である75万世帯の弘教の成就のため、蒲田支部や文京支部で拡大の旋風を起こし、札幌、大阪、山口、夕張等と全国を転戦。民衆勝利の先陣を切り、学会の飛躍を恐れる権力の不当な弾圧には、自ら矢面に立ち、戦いの指揮を執った。
 


 池田先生の激闘は恩師の願業達成の原動力となり、日本の広布の基盤が整えられていく。
 


■1960年~ 恩師の構想を全て実現 

第3代会長就任式で戸田先生の遺影を仰ぎ見る池田先生(1960年5月3日、東京・両国の日大講堂で)

創価大学(東京・八王子市)の第1回滝山祭に出席した池田先生。学生の輪の中に飛び込み、一人一人に励ましを送る(1972年7月)

20世紀を代表する歴史学者アーノルド・トインビー博士㊨と笑顔で握手を交わす池田先生(1973年5月、ロンドンで)

第1回ブラジル大文化祭の公開リハーサルで、場内を回り、同志に応える(1984年2月、サンパウロで)


 池田先生は1960年5月3日、第3代会長に就任。同年10月2日、初の海外指導へ。“戸田先生の分身として、新しき歴史を、この手で断固、開くのだ”――壮大なる世界への平和旅は、弟子の誓願から始まった。
 
 国内では、恩師の七回忌までの目標として掲げた会員300万世帯を62年に達成。拡大の上げ潮の中、恩師の構想を次々と実現していく。創価学園に続き、創価大学を創立。75年には、SGI(創価学会インタナショナル)が発足した。
 


 東西冷戦の激動の中、先生は中国、ソ連へ。首脳と、民衆と、“不信の壁を溶かす”対話を重ねた。また恩師の叫びを胸に、核兵器の廃絶を世界に訴えていった。
 


 宗門事件など、広布を阻む魔の蠢動も一層激しさを増すが、師弟の信心、広宣流布の信心で、学会は全てを乗り越えていく。先生は79年に名誉会長となり、本格的な世界平和と文明間対話への行動に打って出る。
 


■1990年~ 人間主義の哲理を確立

アメリカの名門・ハーバード大学の招請を受け、池田先生が「21世紀文明と大乗仏教」と題して語る(1993年9月)。91年に続く2度目の講演となった

メキシコの空港で池田先生が同志を温かく励ます(1996年6月)。戸田先生は逝去の直前に語った。「メキシコに行った夢を見たよ。みな待っていてくれた」と。池田先生の世界広布旅は、恩師の夢を一つ一つ実現する挑戦の旅でもあった

ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイ博士㊥を歓迎する池田先生ご夫妻(2005年2月、旧・聖教新聞本社で)

中国最高峰の清華大学から池田先生に名誉教授称号が贈られた。顧秉林学長㊨は「ずっと先生のことを尊敬申し上げております」と(2010年5月、都内で)


 1991年11月、学会は宗門からの「魂の独立」を果たす。「宗教のための人間」から「人間のための宗教」へ――「創価ルネサンス」を掲げた学会は、192カ国・地域へ連帯を広げ、世界宗教へと飛躍していく。
 


 池田先生は国内外を駆け巡り、全力で同志を励ましながら、世界の指導者・識者との対話、世界の大学等での記念講演や提言などを通し、仏法を基調とした人間主義と平和・文化・教育運動の潮流を広げていく。小説『人間革命』全12巻を完結させ、30巻に及ぶ『新・人間革命』を執筆。創価の精神の正史をつづり残した。こうした先生の足跡に、国家勲章、名誉学術称号、名誉市民称号など世界からの顕彰が相次いだ。
 


 2013年11月には東京・信濃町に、創価学会常住御本尊を御安置した、全世界の同志の根本道場となる「広宣流布大誓堂」を落慶。世界宗教の基盤を盤石に整えた学会は創立90周年から100周年へ、希望と勝利の前進を開始する。

(2020年11月18日 聖教新聞)







最終更新日  2020.11.18 07:50:50
2020.11.17
あす「創価教育学体系」発刊90周年

 初代会長・牧口常三郎先生の大著『創価教育学体系』第1巻の発刊から、あすで90周年を迎える。同書の奥付に記された発行日「11月18日」が、創価学会の創立記念日である。

「教育革命」への情熱あふれるこの書は、牧口先生と第2代会長・戸田城聖先生が「宗教革命」へと踏み出す大いなる一歩になった。発刊90周年の佳節に際し、同書の誕生のために戸田先生が奮闘した史実をはじめ、「共戦の一書」を巡る創価三代の師弟のドラマをたどる。


​宗教革命への大いなる一歩​
​​
「創価」の歴史は「教育」における苦闘から始まった――牧口先生の大著『創価教育学体系』初版本。
第1巻から第4巻まで、外箱(そとばこ)の表紙は全て色違いになっている。同書の編集から出版まで、戸田先生が全力を注いだ(長野県諏訪清陵高校・三澤先生記念文庫所蔵)


 その本を見つけた創価大学の職員は、自分の目を疑った。

「初版本がこんなにカラフルだったとは……」。手にしたのは1930年(昭和5年)から刊行が始まった『創価教育学体系』。外箱の表紙は、第1巻から第4巻まで、全て異なる色で印刷されていた。
​

 弟子である戸田先生が『体系』の装丁(そうてい)に丹精(たんせい)を尽くしたことは分かっていた。しかし保存状態のいいものは、ほとんど残っていない。太平洋戦争下の弾圧で牧口先生、戸田先生が治安維持法違反および不敬罪(ふけいざい)の容疑で捕らわれ、学会の組織が壊滅したこともあり、細かな、しかし大切な事実が長く埋もれたままだった。


 発刊された当時の色合いが残るこの『体系』4冊は、長野県諏訪清陵(すわせいりょう)高校の「三澤先生記念文庫」に所蔵されていた。



 三澤勝衛(みさわかつえ)(1885年~1937年)は、信州が世界に誇る地理教育者である。三澤が始めた太陽の黒点の継続観測は、国際的に高く評価されている。


 牧口先生と交流があり、同文庫には、三澤が24歳の小学校教員時代に読んだ牧口先生の代表作『人生地理学』も所蔵。背表紙は剝(は)がれ、ほぼ全てのページに赤鉛筆で線が引かれ、熟読した様子がうかがえる。「人道的競争」を論じた箇所にも線引きがあり、巻末近くには黒鉛筆で「地理教授ノ骨子亦此(こっしまたこ)ノ書ニアラン」、「明治四十二年十一月二十三日」の夜に「第一回読了」と綴られている。


 また三澤は、戸田先生が編集・発行していた教育雑誌(「新教材集録」と「新教」)に寄稿(「地理教育論」と「思索と体験」)。それらの論考は最晩年の著作『新地理教育論』に収められた。


 とくに「地理教育論」に書かれた「教育は教えるものではなく学ばせるものである。学び方を指導するのである。背負って川を渡(わた)るのではなく、手を曳(ひ)いて川を渡らせるのである」「要(よう)は魂(たましい)と魂との接触でなくてはならない。否、共鳴(きょうめい)でなくてはならない」という信条は、三澤の考えを象徴する言葉として知られている。


 三澤勝衛は52歳で世を去った。逝去の前日まで、執筆に心を砕いていたという。牧口先生は三澤が亡くなる前年、三澤宅を訪れている。
      

                   ◇


 牧口先生の主著『体系』の発刊は、弟子である戸田先生の“見えざる戦い”の結実でもあった。二人の共戦について、池田大作先生は語っている。
 

「(『体系』は)戸田先生が編集から出版まで、その一切の労を自ら買って出られた。戸田先生は、牧口先生に言われた。


 『牧口先生、先生の教育学を書物として発刊しましょう』『私の財産も全部、出します。裸一貫で北海道から出てきた私です。何も惜しむものなどありません』


 戸田先生は、その記念すべき初版本の表紙に刻まれた『創価教育学体系』の題字と、『牧口常三郎著』との師の名前を、立派な金文字で飾られた。これも、師の集大成の大著を少しでも荘厳しようとする戸田先生の真心であった」(2008年のスピーチ)


 同書の奥付には「著作者」である牧口先生の隣に、「発行兼印刷者」として戸田先生の名前が記されている。この6文字に、弟子の万感の思いがこもっていた。


弟子の一念が道を切り開く
「創価」に込められた希望

 牧口先生と戸田先生。そして英語、スペイン語、中国語、ポルトガル語、イタリア語などに翻訳された『創価教育学体系』。牧口先生が現職の小学校長として世に問うた本書は、発刊当時「これこそ本当の教育学」(1931年3月27日付「東京朝日新聞」の書評)などと評価された。二人の共戦と対話の証(あか)しである『体系』は、池田先生の尽力によってこれまで数多くの言語に訳され、出版されてきた
「1冊の本でも、縁を結んだ分だけ広布の水かさは必ず増していく」 ​


 「じつは牧口先生の『創価教育学体系』の草稿は、現職の小学校校長としての激務のなかで、時間を生み出しては、広告の紙や封筒の裏、反故紙(ほごがみ)などに書き綴られたものであった。

 何ごとも、整った環境や形式がなければできないというのでは、本物の戦いではない。むしろ、何もないような厳しい環境のなかから、傑出した創造がなされるのが歴史の常でもある」(1989年の池田先生のスピーチ)

 牧口先生の『体系』は総論が4巻、各論が8巻、計12巻が計画されていた。タイトルの命名、本の編集、印刷費の工面。さらに装丁の工夫、出版、渉外戦。師の構想の実現へ、全てに道筋をつけたのが弟子の戸田先生である。


 「創価」という名前そのものが、牧口先生と戸田先生の「師弟の対話」から生まれた。


 ――ある冬の日の夜、戸田先生が牧口先生に「先生の教育学は、何が目的ですか」と尋(たず)ね、「価値を創造することだ」と応じる牧口先生に「では先生、創価教育、と決めましょう」と提案したのだ。


 この経緯に触れて、池田先生は「これが『創価学会』の『創価』です」と強調した。
 

「今、混迷する世界で、人類の希望となっている名称です。価値を創造する。美(び)と利(り)と善(ぜん)を創り出す。深い深い哲学と人格のある名前です。お二人の人格が反映した名前です」(普及版『法華経の智慧』下、436~437ページ)


 戸田先生は牧口先生を資金面で支えただけでなく、『体系』の膨大な原稿を短期間でまとめる難作業も志願した。


 「戸田先生は、メモで重複するものはハサミで切って除き、八畳の部屋いっぱいに、一切れ一切れ並べたそうです。そうすると、そのまま一巻の本になる。牧口先生の構想も緻密であれば、それを追いかけた戸田先生の執念も大変なものであった。こうして、三巻まで戸田先生が整理し、四巻まで出版したのです」(同438ページ)
     

                   ◇


 出版社は大手の冨山房に、組版と印刷は定評ある精興社に決まった。


 戦いは「本を出す」だけではなかった。牧口先生を白金小学校の校長職から追い落とそうとする東京市教育局の動きがあり、戸田先生はその策謀(さくぼう)を止めるためにも動いた。


 当時の新聞や雑誌には、分かっているだけで18本もの『体系』の書評が載った。「教育週報」という週刊新聞は“創価教育学特集”ともいえる紙面構成を組み、全国3万校の学校に配布された。


 日本を代表する総合雑誌で、文壇の登竜門でもあった「改造」(昭和6年2月号)。批評家の小林秀雄(こばやしひでお)が書いた新刊書評の隣に、社会学者・田辺寿利(たなべすけとし)の『体系』評が載っている。


 戸田先生が編集長をしていた雑誌「環境」には、「賛『創価教育学』」という一文が(昭和5年11月)。書いたのは政友会総裁の犬養毅(いぬかいつよし)。尾崎行雄(おざきゆきお)と並び「憲政の神様」と呼ばれた。


 犬養と共に、国際連盟事務局次長を務めた新渡戸稲造(にちべいなぞう)、のちに首相となる鳩山一郎(はとやまいちろう)、民俗学者の柳田国男(やなぎたくにお)、現職の司法大臣や商工大臣、文部大臣経験者などが創価教育の支援に名を連ねた。


 しかし犬養は1年半後、現職の首相として「五・一五事件」で凶弾(きょうだん)に倒れる。『体系』発刊の4日前には、首相の浜口雄幸(はまぐちおさち)が東京駅で狙撃されている。「創価」が産声を上げた時代は、テロやクーデターの恐怖を使って軍国主義が暴走(ぼうそう)し始めた時代でもあった。
時を越え、国境を越えて

ハワイ大学のスパーク・マツナガ平和研究所が池田先生に「平和顕彰盾」を授与(1999年5月5日)。95年には同研究所から「アロハ国際平和賞」が贈られている
 牧口先生は戸田先生の奮闘について、『体系』の緒言で“財産をなげうって創価教育学の完成と普及に全力を捧げようと決心し、今では主客転倒、かえって私が引っぱられるようになった”(趣意)と深い感謝の念を記している。
 弟子の一念が新しい道を切り開く。この方程式は「創価」の誕生とともにあった。



「依法不依人(えほうふえにん)」――『体系』発刊に先立ち、牧口先生は仏典の一節を掲げた(「創価教育学大系概論」、『牧口常三郎全集』第8巻160ページ、第三文明社)。この思想は「立憲主義」に合致し、科学にも応えると訴えた(『体系』第2巻「価値論」)。くり返し日蓮仏法の価値を論じ、「立正安国論」や「開目抄」にも言及した。


 牧口・戸田両先生は『体系』の編集を通して対話を重ね、まったく新しい教育運動を、そして民衆運動を生み出そうとしていた。
 

「視学」(教育を監督する役人)の廃止や「校長の登用試験」など、『体系』の大胆な教育改造論も注目を集めた。


 日本教育史の大家である佐藤秀夫(さとうひでお)は、牧口先生が唱えた学校民営化論について「(明治以降の)“教育を強制する”学校は国家的な観点でしか子どもを見ようとしないわけです。子どものために教育するのではなく、将来の国民として望ましい人材にするという観点でしか子どもを見ていないのです。そこに近代の学校が持つ限界、問題性がある。牧口はそれを鋭く突いているのです」と指摘。
 

「『半日学校制度』も、子どもを学校に囲い込むのではなく、“子どものためにという視点”で教育を考え、子どもたちを解放していくという点で同じ方向を指し示しているのではないでしょうか」と高く評価した(1999年6月2日付「創価新報」)。
      

                   ◇


 『体系』は、発刊のわずか3カ月後には太平洋を渡っている。
「当時、ハワイに住んでいた一人の日本人医師が、東京・神田の三省堂書店から取り寄せ、地元の日本人学校に寄贈したのである。

 その本には、この日本人学校の校長を務めていた故・井上重吉(いのうえじゅうきち)氏が、読んで記した書き込みが、随所に残されている」(2000年の池田先生のスピーチ)



 井上重吉は九州の福岡出身で、ハナペペ日本語学校の初代校長を務めた。彼の教え子の一人に、アメリカの上院議員となったスパーク・マツナガがいる。


 1995年(平成7年)、池田先生は、マツナガの名を冠するハワイ大学の「スパーク・マツナガ平和研究所」から「アロハ国際平和賞」を、99年(同11年)には「平和顕彰盾」を授与されている。
 

「ハワイは、私が世界平和の第一歩を踏みだした天地である。そのハワイで、牧口先生の思想、創価の人間主義の『種』が、九州の教育者の胸中にまかれていた――この史実に、私は、深い感慨をおぼえる。


 御聖訓には、『仏種(ぶっしゅ)は縁(えん)に従(よ)って起(おこ)る』(御書1467ページ)――仏になる種は法華経(御本尊)に縁したことによって引き出される――と仰せである。一冊の本でも、一度の語らいでも、そこで縁を結んだ分だけ、広宣流布の水かさは、必ず、無限に増していくのである」(前掲のスピーチ)



 戦時下の弾圧によって、牧口先生は獄中で生涯を終える。逝去の日は「11月18日」。くしくも『体系』の発刊日と同じ日だった。


 池田先生は宗教と教育の関係について「真の宗教性と、真の教育の精神とは、伸び伸びとした『人間全体の解放』という理想において、じつは表裏一体なのである」と語っている(1990年のスピーチ)。


 牧口先生がともした創価教育の炎は、戸田先生を経て池田先生に受け継がれた。札幌創価幼稚園から創価大学までの日本の一貫教育にとどまらず、アメリカ創価大学、牧口先生の「半日学校制」を取り入れたブラジル創価学園(幼稚園から高校まで)、さらに香港、シンガポール、マレーシア、韓国の幼稚園など、創価教育の舞台は国境を超えて広がった。


 地球の反対側のブラジルでは、「創価教育アクション」が各地に普及。学校・家庭・地域の関係を強める試みが、公立校を中心に920を超える学校に導入され、21万人を超える子どもたちが授業を受けている。


 全ての源流は「師弟の共戦」から生まれた一冊の本だった。池田先生の陣頭指揮で切り開かれた創価教育の大道は、今日も「新しい価値」を創り続けている。


(2020年11月17日    聖教新聞)







最終更新日  2020.11.17 10:17:48
2020.11.14

〈学会創立90周年記念インタビュー〉アメリカ・バージニア工科大学教授 ジム・ガリソン博士   


 多様な人が出会い、学び合う。学会が広げた希望のヒューマニズム
 初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生の師弟によって、創価学会が「創価教育学会」として創立されてから90年。創価教育に流れるヒューマニズム(人間主義)や池田大作先生の平和闘争などを巡り、米バージニア工科大学教授のジム・ガリソン博士(ジョン・デューイ協会元会長)にインタビューした。(聞き手=萩本秀樹)

 ――間もなく学会創立90周年の佳節を迎えます。創立の父である牧口先生が、心から敬愛していたのが、アメリカ最高峰の哲学者・教育学者であるジョン・デューイ博士でした。​


 創価学会が創立された当時と今日は、多くの点で類似しています。二つの時代は、時を超えて互いを映し出す“鏡”のような関係性であり、90年前を知ることは、そのまま現代を見つめることにもなるのです。
 最たる共通項は、時代が直面する危機の深刻さです。
 1930年といえば、第1次世界大戦が終わり、第2次世界大戦が始まる前の“戦争のはざま”であり、大恐慌によって、社会が混乱に陥った時代です。
 戦争をもたらしたのは偏狭(へんきょう)なナショナリズムでした。それが今日、再び世界各地で台頭していることを、私は深く憂慮(ゆうりょ)しています。加えて新型コロナウイルスの流行が、さらなる不安を生み出しているのです。


 デューイも、牧口会長も、混迷する社会の変革の鍵を、教育に見いだしていました。
 権威主義的な教育が主流であった時代に、二人は、「子どもの幸福」を教育の第一目的に掲げました。
 もちろんそれは、子どもたちが好き勝手に何をしてもいいという次元での幸福ではありません。彼ら一人一人の生命に備わる可能性を引き出し、価値創造の力を育むことが、幸福な人生の基盤であるとの教育観に立っていたのです。
 それを可能にしたのは、デューイと牧口会長が、ともに子どもに寄り添う教育者であり、彼らが何を考え、何に興味を持ち、何を望んでいるのかを、深く理解していたからでしょう。
 そうした思想や実践が、教育的ヒューマニズム(人間主義)の萌芽(ほうが)となったのです。

2008年8月、ジョン・デューイ協会の「終身名誉会員証」が池田先生に授与された。先生が同協会会長(当時)のガリソン博士㊨と和やかに語らう(長野研修道場で)
 ――二人が体現したヒューマニズムとは。


 まず、「ヒューマニズム」の捉(とら)え方が、西洋と東洋で大きく異なるということを指摘しなくてはなりません。
 もちろん、あらゆるヒューマニズムは人間の内在的な尊厳と価値と創造性に光を当てるものですが、西洋では多くの場合、自然界から切り離され、孤立した存在としての個人の“絶対的な自律”を重んじてきました。これは、人間は自然と共生するのではなく、支配する「主」の立場であるとの思想に基づくものです。
 しかし、こうした考えは東洋とは相いれないものです。仏法をはじめとする東洋のヒューマニズムは、生きとし生けるものの平等を重んじるからです。
 生命の尊厳観や平等観こそ、子どもたちの幸福を開く教育の基盤となる哲学です。牧口会長はもちろんですが、デューイもまた、そうした東洋的ヒューマニズムの持ち主でした。


混迷の社会を変革する鍵は 価値を創造しゆく世界市民の育成
 ――牧口先生とデューイ博士にとって、「価値創造」が大切な教育の側面でした。


 二人にとって教育とは、子どもたちに備わる創造性を開花させながら、人生そのものの意義や目的に、深く迫る作業にほかなりませんでした。そうした実践において不可欠なのは、他者との関わり合いであるという点でも、二人の信条は一致しています。
 独創的な地理学者であった牧口会長は、人間社会が相互に連関して成り立っている事実を、深く理解されていました。その一例として、身近な郷土を観察することで、遠く離れた異国の人々にも思いをはせることができると説いています。
 一方のデューイもまた、地理の学習を重視し、著作の中で、地理に関する章を割いていたことが分かっています。
 日常生活の中で世界とのつながりを感じ取り、貢献的人生を送れる人は、価値の創造者であり、すでに「世界市民」であるといえます。デューイと牧口会長が志向したのは、そんな世界市民の育成でした。
 二人の理想を現代で体現しているのが、池田会長の哲学であり、創価教育です。
 良質な教育は、人の生き方の一部となるものであり、そのため、それを享受(きょうじゅ)しているという自覚(じかく)が伴(とも)わないこともしばしばです。しかし実際に生徒や学生たちと触れ合えば、そうした教育が彼らの人格的な成長に与える影響は明らかです。これは、これまで日本の創価大学や創価学園、アメリカ創価大学を訪れた私の実感でもあります。

アメリカ最高峰の哲学者・教育学者であるジョン・デューイ㊧(1859年~1952年)。90歳を迎えた頃に撮影された(時事)
 ――価値の創造は、日々の信仰のテーマでもあります。今、創価のネットワークは192カ国・地域に広がっています。
 創価学会の世界的な発展は、教育におけるヒューマニズムが宗教的にも普遍の価値を放つことを示しています。
 創価教育のみならず、創価学会それ自体が、世界市民を育成してきた“学びや”であるといえます。さまざまな啓発的な活動を通して、会員一人一人の視野は、世界へと広がっているのです。
 そして会員の皆さんは、地球規模で物事を考えながらも、日々の実践の舞台である地域に足場を固めています。これこそが世界市民の実像であるといえます。こうして世界市民を育んできた文化と伝統を思う時、創価学会が教育者の団体として産声を上げたことに、深い意義を感じずにはいられません。


 創立当時、生命を軽んじるナショナリズムが、日本をはじめ世界中を戦争へと突き動かしていました。牧口会長は教育者、そして仏法者として、偉大なる「道徳的勇気」を発揮し、日本の軍国主義に真正面から反対されました。その比類なき勇気の実践が、命を犠牲にしてまでの行為であったことに、ただ粛然(しゃくぜん)たる思いがします。
 デューイは、教育こそ、極端なナショナリズムや偏狭な思想を克服(こくふく)する手段だと考えていました。牧口会長も同じでありましょう。その意味で、かつての危機の台頭は、教育の衰退によってもたらされたといえます。


 今日、ナショナリズムが再び席巻しています。アメリカに渦巻く恐怖や怒り、頻発(ひんぱつ)する人種差別の事例は、「世界市民の精神」の欠如によるものにほかなりません。現代の危機は「教育の危機」でもあるのです。知識ばかりを詰め込む画一的な教育によって、人間性を育んでこなかったことの帰結です。
 これからの時代に、いやまして求められる人間の育成――私たちはその真髄(しんずい)を、池田会長が恩師・戸田会長の個人指導を通して、万般の学問を授かった「戸田大学」に見ることができます。
 戦後の混乱期の中にあって、池田会長は、十分な高等教育を受ける機会に恵まれませんでした。しかし、恩師の約10年間に及ぶ個人教授によって、学問のみならず、「人間革命」の哲学と実践を身に付けられました。
 この人間革命の根本をなす、自らが社会変革の“主体”であるとの自覚が、「価値の創造」を可能にするのです。

池田先生とガリソン博士、ラリー・ヒックマン博士のてい談集
 ――90年の歩みの中で、学会が果たしてきた役割をどう評価されますか。


 1934年、デューイは『A Common Faith(誰でもの信仰)』を出版しました。創価学会の創立間もない頃であり、大恐慌によって社会が荒廃していた時代に、宗教に価値を見いだしていました。
 彼は、組織化された既成の宗教に対しては批判的でしたが、人間一人一人の中にある「宗教的なもの」――彼が「誰でもの信仰」と呼ぶものの重要性を、強く訴えました。
 そして、宗教的なものを発揮し、各自がそれぞれの地域にあって、人々と力を合わせて社会全体の繁栄と幸福に寄与することで、意義深い人生を送ることができると考えたのです。
 自己を高めながら、互いに協力し合う――この二つの側面からなる「人類共同の価値創造」こそが、デューイが展開した宗教的ヒューマニズムの核心でありました。
 彼にとって宗教的ヒューマニズムとは、あらゆる宗教的信条に開かれた精神性を指していました。人々を分断するのではなく融合させ、暴力と不信に覆われた世界を、協調と理解へと転じることができる精神性のことです。


 私は創価学会との交流を通して、デューイの宗教的ヒューマニズムが息づいている様子を、目の当たりにしてきました。
 その最も顕著な実践例は、池田会長が世界各国の有識者と対話してこられたことでしょう。会長は、ロシアのゴルバチョフ氏をはじめ、文化的・社会的背景の異なる国のリーダーとも心通う交流を重ね、“人々を結び付ける”という宗教本来の力を示してこられました。
 私にとって会長との最初の出会いは、海外での大学講演集を手に取った時でした。どんな文化的背景であっても、日蓮仏法の教えを見事に適応されて講演されていることに、感銘を受けました。
 池田会長は、世界のどの国や地域であれ、その最高の面を引き出し、たたえる才能をお持ちです。それは会長が、表面的な差異を乗り越えて私たちをつなぎ、互いの最善を認めることを可能にする、宇宙的生命のヒューマニズムを唱導されてきたからであると確信します。
 他者と異なるということは、実際には、互いの出会いや学び合いに、さらなる喜びをもたらすものであるのです。
 池田会長の足跡に連なる創価学会・SGIは、実に多様なメンバーで構成され、一人一人が互いを尊重し、励まし合いながら、力を合わせて社会に貢献しています。これは素晴らしいことです。
 相手の生命の可能性を信じて関わり続ける――この希望のヒューマニズムを、世界の隅々に広げ、苦しむ人々の人生にもたらしたのが、創価学会の90年の歴史であったと思います。

デューイは各地で市民教育に力を注いだ。アメリカSGIのニューヨーク文化会館も、かつてデューイが講演した建物である
プロフィル
 Jim Garrison 1949年、アメリカ・オハイオ州生まれ。バージニア工科大学教育哲学教授。ジョン・デューイ協会会長、教育哲学協会会長などを歴任。主な研究分野はプラグマティズム(実用主義)。『民主主義の復興とデューイ哲学の再構成』『デューイ生誕150年――新世紀への考察』をはじめ、多くの著作・編著がある。

(2020年11月14日  聖教新聞)







最終更新日  2020.11.14 09:18:54

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