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晴ればれとBlog

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国連創設75周年

2020.10.25
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カテゴリ:国連創設75周年

“人類の議会”である国連を支えながら、軍縮、人権、持続可能な開発をはじめ多岐にわたる分野で民衆の連帯を広げ、草の根の声を国連の議論に届けてきたSGI(創価学会インタナショナル)。
  


 本年の第75回国連総会などに合わせて、各団体と共に次の共同声明に参加した。
 

 
 

【軍縮】
 〈国連総会第1委員会に合わせ〉
 

◯…「ジェンダーと軍縮」に関する共同声明
 

◯…「青年の参画、平和、軍縮・不拡散教育」に関する共同声明
  
 

【人権】
 

◯…「仕事の世界における暴力およびハラスメントの撤廃に関する条約」の批准促進についての共同声明
 ◯…国連人権理事会の第43会期、第44会期、第45会期における人権教育学習NGO作業部会の共同声明
  
 

【ジェンダー平等】
 〈第65回「国連女性の地位委員会」へ〉
 

◯…市民社会による共同声明
 

◯…ジェンダー平等とコロナ対策に関する信仰者のコミュニティーの共同声明
  
 

【持続可能な開発】
 

◯…国連創設75周年に寄せての「市民社会宣言」に署名
 

◯…生物多様性サミットに向けてのFBO(信仰を基盤とする団体)の共同声明







最終更新日  2020.10.25 09:52:07


2020.10.24
カテゴリ:国連創設75周年

国連デー(10月24日)に寄せるアントニオ・グテーレス国連事務総長メッセージ  2:05

友人の皆様、
国連創設75周年は、新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)のさなかに迎えることになりました。私たちの創設時からの使命は、かつてなく重大になっています。


それは、人間の尊厳を促進すること、


人権を擁護すること、


国際法を尊重すること、


また、人類を戦争から守ることでもあります。


このパンデミックが起きた時、私はグローバル停戦を呼びかけました。
今日の世界で、私たちはCOVID-19という共通の敵と対峙しています。


今こそ、和平への取り組みにさらに力を入れ、グローバル停戦を実現すべき時です。時間はどんどん無くなっています。


私たちは地球とも、和平を実現しなければなりません。


気候緊急事態は、まさに生命そのものを脅かしているからです。


世界中の力を結集し、2050年までにカーボンニュートラル、すなわち温室効果ガスの排出量で正味ゼロを実現しなければなりません。


ますます多くの国や企業が、この目標の達成を約束しています。


私たちは世界中で、貧困や不平等、飢餓や憎悪を原因とする人間の苦悩に終止符を打つとともに、人種や宗教、ジェンダーその他の区別に基づく差別と闘うため、さらに取り組まなければなりません。パンデミックの数カ月間で、女性と女児に対する暴力は恐ろしく増加しています。


私たちは前進を重ねていかなければなりません。すべての人が安全なCOVID-19ワクチンを手ごろな価格で利用できるよう、地球規模で異例の協業が進められているところです。


持続可能な開発目標(SDGs)は、より良い復興に向けて人々を鼓舞する青写真を見せてくれています。
私たちはとてつもない試練に直面しています。しかし、グローバルな連帯と協力があれば、克服は可能です。


それこそが国連の存在理由です。
国連デーにあたり、私はあらゆる場所の人々に、手を携えるようお願いします。国連は皆さんと共にあるだけではありません…。
国連は「われら人民」である皆さんのものであり、皆さん自身でもあるのです。


国連憲章の揺るぎない価値観を、一緒に守ろうではありませんか。
私たちの数十年にわたる前進に、さらに前進を重ねようではありませんか。


そして、すべての人にとってより良い世界をめざす、共通のビジョンを実現しようではありませんか。
                 * *** *







最終更新日  2020.10.25 00:03:40
カテゴリ:国連創設75周年

国連創設75周年記念

緒方貞子先生メモリアルシンポジウム(上智大学)に寄せる 中満 泉 国連軍縮担当上級代表のビデオメッセージ

 私が国連での仕事の恩師とも仰ぐ緒方貞子さんは、冷戦終結からポスト冷戦期への 転換期に、新たな国際協力や秩序のあり方を構築した国際的リーダーの一人でした。彼女が国際協力の中核にしっかりと据えたことが、常に人間の尊厳を守る、でき るだけ多くの人間の命を救う、というぶれない考え方でした。長く領土保全が中心 であった安全保障の概念を拡大して、人間を中心に据えた人間の安全保障の考え方 を明らかにしました。彼女は決して理想主義の人道主義者だったわけではありません。常に現実のとてつもなく厳しい国際関係のなかで、知恵を絞り努力した実務者でもありました。平和を守っていく作っていく、人間の尊厳を追求するということは、そういうことなのです。


  今日、「新たな冷戦ともいわれる厳しい国際環境下、分断された世界でマルチ協力は無理だ」とおっしゃる方がいらっしゃるならば、未来を創る、切り開いていくということは、困難なことに立ち向かいそれを可能にしていくことなのだと申し上げたいと思います。


    今、私たちの世界にはリーダーシップが必要とされています。歴史の転換期に必要とされているリーダーシップとはどういうものなのでしょうか。4つの重要な資質を強調したいと思います。
  まず、不確実で混沌とした世界だからこそ、しっかりとした歴史観と知力を持ち、未来へのビジョンを掲げられる人。
 2つ目には、大変化・パラダイムシフトを恐れず、それを可能にする勇気と決断力。
 3点目として、多様な意見の存在をプラスに捉え、それらに耳を傾ける余裕と柔軟さを持ち、ボトムアップを可能にし、社会変革へのプラスの力とする能力。これは多様な考え方から、新しいビジョンやアイデアを生み出していく力とも言えるでしょう。
 そして4点目に、特に分断の世界の今だからこそ、真に誠実さ、最も弱い立場にいる人々に心を寄せ共感する力、謙虚さを持ち合わせる人。

 コロナ危機は、私たちの世界がいかにもろいものであったかを明らかにしました。そしてコロナ危機が明らかにした世界の課題は、残念ながら一朝一夕で解決できるものではありません。分断を超え、私たちの共通の未来を創るその最初の一歩が、弱い立場の人々の痛みや怒りを理解するべく努力することだと私は考えます。


 今日このシンポジウムに参加されている、多くの若い方々に特に呼びかけたいと思います。それぞれの場で、リーダーとなり、未来を創る、変革の大きな力となってください。 
 今、転換期の世界は皆さんの力を必要としています。グテーレス事務総長はじめ私たち国連は皆さんと手を携えて全力で努力を続けていきたいと考えています。
 ご清聴ありがとうございました。







最終更新日  2020.10.24 23:57:39
カテゴリ:国連創設75周年

国連創設75周年特集  2020年10月24日

池田先生は初の海外訪問の際に米ニューヨークの国連本部を視察した(1960年10月14日)
 193カ国が加盟する国連は、世界で最も普遍的な機関であり、創設以来、国際の平和と安全を維持することを軸に、各国の行動を調和させるために中心的な役割を果たしてきた。気候変動や感染症をはじめ、国を超えた地球規模の問題が山積し、深刻化する今、連帯と協調の足場としての国連の存在意義は一段と増している。池田先生は国連を人類の議会として一貫して支持するとともに、国家間の利害を超えて人類益に資する役割を強化すべく、市民社会の立場から支援を重ねてきた。SGIは1983年に経済社会理事会の協議資格を持つNGOとして登録。97年にはニューヨークとジュネーブに国連連絡所(現・国連事務所)を設置し、民衆の声を届けている。ここでは、池田先生の国連支援の事績と学会・SGIの近年の取り組みを紹介する。


池田先生の国連支援の事績
核兵器の脅威を叫ぶ 心を変える―“廃絶”への一歩

人間の心を変えることが核兵器廃絶の一歩に――ソ連(当時)で行われた“核の脅威展”の開幕式に出席した池田先生がインタビューを受ける(1987年5月、モスクワで)
 国連は二度の大戦の反省の上に、国際平和を目指して1945年10月24日に発足した。当時の喫緊の課題は、核兵器の脅威。46年に採択された国連総会の第1号決議では、核兵器廃絶が国連の最優先目標であることが掲げられた。


 核兵器廃絶は、学会の平和運動の原点でもある。第2代会長・戸田城聖先生は57年、5万人の青年らを前に“遺訓の第一”として「原水爆禁止宣言」を発表。人間生命に潜む魔性が具現した核兵器を“絶対悪”として厳しく糾弾した。
 若き日の池田先生は師の叫びを受け止め、その実現を誓った。


 75年1月、米ニューヨークの国連本部を再訪し、ワルトハイム第4代事務総長と会見。青年部が核兵器廃絶のために推進した1000万署名簿を直接手渡した。
 創価学会は82年に国連広報局、広島市、長崎市と協力して、「核兵器――現代世界の脅威」展を国連本部で開催。同展は大反響を呼び、国連で採択された「世界軍縮キャンペーン」の一環として世界を巡回した。
 87年5月には冷戦下の超大国・ソ連(当時)で同展を開催。開幕式で池田先生は、日本が唯一の戦争被爆国であることに触れつつ、「その悲惨さ、残酷さを、今後も全世界を駆け巡り、訴え続けていく」と語った。
 同展は88年までにオーストリア、フランス、インド、カナダ、中国、タイなど、日本の7都市を含め世界16カ国25都市を巡回。平和意識を啓発した。


歴代事務総長と会見 対話で“人間”を結ぶ

第5代国連事務総長のデクエヤル氏と3度目の会見。氏はSGIの平和貢献について、“世界に範たる行動”と高く評価した(1989年2月、東京都内で)
 自由と平等、国際協調の理想を掲げ、高い期待の中で発足した国連だが、東西冷戦下で大きな壁に直面した。
 小説『新・人間革命』第1巻では、池田先生が1960年10月に国連本部を初訪問する直前、ソ連と西側諸国が国連の議場で激しく対立する様子が描かれている。平和を求める素朴な民衆の声は不在で、イデオロギーや国の利害が衝突する場になっていた。小説では、こう強調されている。「国連を機能させるには、友好と対話によって、互いに人間という原点に立ち返ることを忘れてはなるまい」。先生はこの信念で、国連関係者と対話を続けた。


 池田先生が4度の出会いを重ねたデクエヤル第5代事務総長は82年6月、国連本部で行われた“核の脅威展”を観賞。予定していた5分の見学時間が30分に延びるほど熱心に見学した。
 冷戦が終結した後に国連改革に奮闘したブトロス・ガリ第6代事務総長とも4度会見。94年9月の2度目の会見で先生は、青年と対話をし、講演を行うことを氏に提案。96年4月、先生と3度目の会見を行う前に、氏は先生との約束を果たすかのように韓国と日本の大学で講演した。
 また先生は明石康元事務次長と18回会見。92年には、氏からカンボジア和平後初の総選挙実施に必要な中古ラジオの支援要請が先生にあり、学会青年部が「ボイス・エイド」キャンペーンを展開。28万台のラジオを寄贈し、大きな貢献を果たした。


国連の活性化を訴える 世界市民の育成が鍵

“世界最古の総合大学”とたたえられるイタリアのボローニャ大学で講演する池田先生(1994年6月、同大学講堂で)
 長く続いた東西冷戦が終結し、新たな国際秩序の形成が求められた1990年代初頭、国連に大きな期待が集まった。
 池田先生は94年6月、世界最古の大学とされるイタリア・ボローニャ大学で「レオナルドの眼と人類の議会――国連の未来についての考察」と題して講演。国連の担い手である世界市民の精神的基盤について考察した。
 先生は、同国に生まれた万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの持つ、「自己を統御する意志」「間断なき飛翔」との特質に言及。新たなグローバル時代における国連の活性化のためには、確立した自己と道徳的気風を持った“世界市民”意識の醸成が必要であることを訴えた。


 さらに先生は96年6月、米コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで講演。世界市民に要請される要素として、①生命の平等を知る「智慧の人」②差異を尊重できる「勇気の人」③人々と同苦できる「慈悲の人」との3点を提示。世界市民を結ぶ基軸となる機構こそ国連であり、政府機関、非政府組織の双方による議論こそ、地球倫理の合意形成に向けた取り組みに他ならないと述べた。


 池田先生は1987年の「SGIの日」記念提言をはじめ、国連強化の柱として、折に触れて「世界市民教育」の必要性に言及。グローバルな視座から諸課題を捉え、草の根の行動をしていける人々の力を一つにすることが、国連の強化に不可欠であることを強調している。


長年にわたる「提言」 具体的提案が実現の礎に

1983年以降、池田先生が毎年発表してきた「SGIの日」記念提言。英語、中国語、スペイン語などに翻訳されている
 池田先生は1983年から毎年、1月26日の「SGIの日」を記念する提言を発表。時代の変化に即して国連が扱う課題も多様になり、提言の内容も人権、核廃絶、教育、気候変動など多岐にわたる。
 地球憲章の制定や対人地雷全面禁止条約の発効、核兵器禁止条約の採択など、実現を見たものも多い。

 2006年8月には、チョウドリ国連事務次長(当時)と会見し、「世界が期待する国連たれ」と題する提言を発表。先生はこの中で、暴力ではなく対話で国家間の対立を解決していけるよう、国連が中心的役割を担っていくべきと強調。「世界の人々と力を合わせながら、国連を軸とした平和と共存共栄の世界を目指し、人類の新たなる千年の大道を、断固として切り開いていく」と決意をつづった。


 毎年の記念提言は、現在までたゆみなく続く。
 チョウドリ氏は「池田会長ほど継続的に国連の支援と強化を訴えてこられた方は、ほかにはいません」とたたえる。
 先生の胸には、恩師・戸田先生の次の指針がある。「人類の平和のためには、“具体的”な提案をし、その実現に向けて自ら先頭に立って“行動”することが大切である」。先生はこの恩師の言葉に触れ、こう述べた。「提言は、師との誓いを果たす実践に他なりません」


学会・SGIの近年の取り組み
平和・軍縮 核兵器と戦争のない時代へ

未来部員による被爆証言の聞き取り(本年2月、広島で)
 国連の活動は国際の平和と安全の維持、人権の保護と促進、持続可能な開発など多岐にわたる。その中で、核兵器の廃絶は、第1号の決議で確認された国連の最優先課題である。
 戸田先生の「原水爆禁止宣言」(1957年)を平和運動の原点とする学会は、婦人部や青年部が中心となって、広島と長崎で被爆証言の記録・発信を重ねてきた。さらに、全国各地で被爆証言会などを開催しているほか、被爆者の思いをのせた核廃絶署名を国連に届けてきた。

イギリスでの「核兵器なき世界への連帯」展(2017年)
 SGIとしても、東西冷戦下の82年に国連本部からスタートした「核兵器――現代世界の脅威」展から、現在も各地を巡回する「核兵器なき世界への連帯」展まで、市民が主体となっての展示会などを通して、草の根の意識啓発を行っている。
 また、「核兵器禁止条約」の採択に向けた国連の会議をはじめ、これまで各種国際会議に市民社会の代表として出席し、宗教者の立場から議論に貢献している。


人権・ジェンダー平等 万人の尊厳輝く未来を

ユネスコ本部での人権教育シンポジウム(2019年)
 国連の最大の業績の一つは、世界人権宣言に代表される、すべての国が加入でき、すべての人々が希求する普遍的な人権規範の創設であるといわれる。人権分野におけるSGIの活動は、人権侵害を起こさせない土壌を人々の心に育む人権教育に焦点を当ててきた。
 「現代世界の人権」展、「変革の一歩」展をはじめ、各国で人権意識を高める啓発活動を推進。国連機関やNGOなどと協力して人権教育のための映画やウェブサイトも制作している。


 また、国連が進める「人権教育のための国連10年」や、その後継枠組み「人権教育のための世界プログラム」の取り組みを支援。2011年に採択された「人権教育および研修に関する国連宣言」では、SGIは人権教育学習NGO作業部会の議長として市民の声を反映させた。

女性平和委員会が開催する「平和の文化講演会」(2017年、中部池田記念会館で)
 ジェンダー平等の達成に向けては国連が開催する「女性の地位委員会」をはじめとする会議への参画や、婦人部・女子部の平和委員会が中心となっての意識啓発を行っている。


開発・人道支援 誰も置き去りにしない社会に 

「創価研究所――アマゾン環境研究センター」等が推進する「校庭緑化プロジェクト」で子どもたちが植樹(本年3月、ブラジルで)
 「誰も置き去りにしない社会」に向けた国連の活動は、自他共の幸福を目指す仏法者の挑戦と響き合う。
 学会・SGIでは2015年の「SDGs(持続可能な開発目標)」の採択までの過程で議論に参加するとともに、現在その普及・推進に注力している。地球環境の保全や持続可能な社会構築のために、環境展示「変革の種子」「希望の種子」を制作して世界各地で実施してきたほか、SDGs啓発アプリ「マプティング」を開発。ブラジルでは、アマゾンの貴重な種子の保存や植樹、研究活動、環境教育などを行っている。

救援活動に取り組むマレーシア創価学会の友(2005年)
 また、東日本大震災での救援活動や復興支援で得た教訓や知見を第3回「国連防災世界会議」などで国内外に発信してきたのをはじめ、青年部では気候変動への対策として意識啓発の取り組みを実施している。
 さらに、約40年にわたりUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などを通して難民・避難民の支援を続けるとともに、難民の子どもたちによる絵画展や映画の上映会等にも取り組んでいる。







最終更新日  2020.10.24 09:46:57
カテゴリ:国連創設75周年

創設から75周年 国連は「人類の議会」  2020年10月24日
    <記念インタビュー>チョウドリ元国連事務次長


 きょうは「国連デー」。1945年の10月24日、戦争の惨害から将来の世代を救うために国際連合(国連)が創設されてから、75周年を迎えた。75年の歩みや、国連支援を貫いてきた池田大作先生の思想と行動、学会・SGI(創価学会インタナショナル)の平和運動などを巡り、アンワルル・K・チョウドリ元国連事務次長にインタビューした。(聞き手=萩本秀樹)

 ――国連の創設は、“戦争を二度と繰り返さない”との悲願の結晶です。一面からいえば、戦後の歴史は国連と共にありました。
 国連は、世界の国々を結集するために創設された機関です。ゆえにその名を「United(連合) Nations(国)」といいます。


 国連憲章の前文は、「We the peoples(われら人民)」という言葉で始まります。世界大戦の荒廃の中から立ち上がるべく、世界中の国と、その人々の力を結集する――それが国連創設の理念でした。
 また前文では、基本的人権の尊重や男女及び大小各国の平等の権利、国際法や条約から生ずる義務が尊重される条件の確立を訴えるとともに、「一層大きな自由」の中で、社会的進歩と生活水準の向上が促進されるべきであるとしています。
 「一層大きな自由」は、2005年にコフィ・アナン国連事務総長(当時)が発表した報告のタイトルになりました。その報告で示された理念が現在、SDGs(持続可能な開発目標)のうねりとなって広がっているのです。

アメリカ・ニューヨークにある国連本部


 ――75年の歩みを、どう評価されますか。


  国連は今日もなお、世界の国々が相互に協力し、課題解決のために議論する、最も有効な議会です。これが国連の最大の貢献であるといえるでしょう。武器ではなく対話によって問題に対処することで、国連は、最も普遍的で信用と尊敬を集める国際機関に位置付けられています。
 大切なのは、国家だけではなく“人間”が平和建設の主体となって初めて、国連はその理念を体現できるということです。だからこそ、国家の枠を超えた人類の目標のために、民衆がより効果的に、国連に貢献しなくてはなりません。その理想から、私たちはまだ遠く離れた位置にいます。
 事実、冷戦が終結してもなお、人権侵害や宗教の名を借りた紛争等は後を絶ちません。
 私は自分自身にも、同僚にもよく言うのです。“忍耐強くあれ”と。良いことが実現するには時間がかかるものです。


 私の故郷であるバングラデシュを例に挙げましょう。1971年12月に独立を果たしました。独立闘争に身をささげたことは、私の誇りです。
 独立後の5年、10年の発展は、国連の貢献によるものでした。通信技術や道路の整備、教育環境や農業環境、議会のあり方に至るまで、日常のあらゆる側面が国連の支援で成り立っていました。
 新興独立国や脆弱な国々は、こうして国連に支えられたのです。独立後の約50年で、バングラデシュは国際社会で重要な役割を担う国に進歩を遂げました。アフリカ、中南米、アジアの多くの国々も、同じような歩みをしてきました。
 この75年間、国連が多くの功績を残したことに疑いの余地はありません。その上で、国連が、先進国や支援国の強い影響に左右されることなく、「人類のため」との大局観に立ち、貧しい国々や弱い国々に寄り添うことができていれば、さらに多くを達成できたとも感じています。


池田会長と出会い、より強い使命感を持って人々に奉仕することができた
 ――池田先生は1960年10月に国連本部を初訪問。「SGIの日」記念提言の発表をはじめ、国連支援を貫いてきました。
 池田SGI会長は1983年から毎年、記念提言を発表されています。これほど継続的かつ一貫して、国連改善の道筋を具体的に示してきた人物は、世界を見ても池田会長だけです。会長ほど国連を尊重し、改革のために行動してきた人は他にいません。
 2003年に初めてお会いして以来、私は会長の国連でのスピーチを念願してきました。政府代表に限らず、事務局やメディア関係者、市民社会の代表など多くの人が、会長の慧眼に触れるべきだと思ったからです。


 会長が示す国連のあり方は、三つの点に集約できます。
 第一に会長は、国連は国益ではなく地球益を追求する、「人類の議会」であると提唱しておられます。
 国の大きさや豊かさにかかわらず、加盟国が平等な発言力を発揮し、人類共通の課題の解決を目指す「責任感」を共有すべきであると訴えてこられました。「われら人民」との言葉に込められた理想を、見事に表現されています。


 第二に、国連は貧しい国々や脆弱(ぜいじゃく)な国々の味方であるべきとの視点です。記念提言や著作には、この理念が表れています。


 そして第三は、会長が国連を「核兵器なき世界」実現の中軸に位置付け、核廃絶のために特に青年世代を鼓舞してこられた点です。

池田先生がチョウドリ国連事務次長(当時)を東京牧口記念会館に歓迎。会見で先生は、提言「世界が期待する国連たれ」を事務次長に手渡した(2006年8月)


 ――国連では、20世紀から21世紀への転換期に「平和の文化」が議論され、チョウドリ元事務次長がその中心を担われました。
 20世紀末、いかに永続的な平和を築けるかという議論がなされるようになりました。冷戦終結を機に軍縮が期待され、それまでの軍事費を平和目的に割り当てようとする「平和の配当」が、当時のスローガンでした。
 そんな中、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が「平和の文化」という概念を提唱したのです。ユネスコ憲章の前文にあるように、戦争は人の心の中で生まれる以上、平和もまた、人の心の中で築かれなければならないという考えからです。


 私がバングラデシュ政府の国連大使に就任した翌年の97年には、私の提案で、国連総会が「平和の文化」を独立した議題として取り上げました。その後、「平和の文化に関する宣言及び行動計画」の草案作りの議長役を務めました。同文書を国連総会が採択したのは99年の9月13日です。
 97年以来、毎年の国連総会が、「平和の文化」に関する重要な議題を決議してきたことは、加盟国が重視していることの表れです。一方で、各国内での理念の浸透(しんとう)はこれからの課題です。国内の意思決定プロセスに、「平和の文化」の理念が反映されるべきです。


 「平和の文化」の実践には、二つの側面があります。「個人の自己変革」と「地球規模の連帯」です。
 個人の自己変革は、平和や非暴力を日常の一部にしていくことを指します。私たちは、平和の専門家である必要はありません。互いに尊敬し合い、慈愛と共感をもって接していくことが、平和な世界をつくるのです。
 そうした自己変革をより大きな変革へと広げていくために、大切になるのが地球規模の連帯です。
 「平和の文化」の最大の推進力となってきたのは、創価学会・SGIをはじめとする市民社会です。中でも創価学会の女性平和委員会が果たしてきた功績は大きく、その活動は多くの国々に影響を与えてきました。


 また、教育はSDGsの目標の一つですが、今日、人権やジェンダー平等についての教育と並び、世界市民教育の重要性が認識されています。「平和の文化」を構築する上でも、世界市民教育は欠かせない要素です。
 池田会長が、米コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジの講演で世界市民の要件について語られたのは、96年のことです。会長が先見性をもって展望された世界が、着実に開かれていることが実感されてなりません。


 アメリカ創価大学(SUA)は、「平和の文化」を独立した授業として初めて取り入れた大学です。SUAに続き、ニューヨーク市立大学など他の大学でも「平和の文化」に関する授業が誕生しました。将来、日本の創価大学でも実現することを願っています。
 SUAは、世界市民を育成するための素晴らしいカリキュラムや教員、学生に恵まれています。SUAに脈打つ価値創造の理念は、個人の自己変革を可能にする「平和の文化」とも、深く相通ずるものです。
 世界市民とは、価値を創造できる人のことをいうのです。


創価の女性と青年の連帯が「平和の文化」の価値を高める力
 ――創価の平和運動に期待することは。


 90年7月に創価学会の皆さんと出会ってから、30年。さまざまな活動を共にし、多くの友人ができました。特に、日本の各地で交流を重ねた女性平和委員会の皆さんの、深い決意とひたむきな献身と誠実さに、いつも啓発を受けてきました。
 また、平和運動を進める上で、学会・SGIの青年は重要な役割を担ってきました。青年の連帯が、「平和の文化」の価値を高め、池田会長の教えを普及させていくための力となったのです。


 私は最初、会長が撮影される写真に魅了されました。次に会長の詩の世界――穏やかでありながら情熱がほとばしり、人生の指針に満ちた世界に入り込んでいきました。そしてもちろん、SGI提言や数々の著作も読み深めてきました。
 私は、芸術家であり、仏法指導者であり、国連改革者である池田大作という人物に、魅了されてきたのです。
 女性のエンパワーメント(内発的な力の開花)や人間の平等、脆弱な国々における生活の質の向上、アフリカの世紀の展望――会長と私の信条は、多くの点で共通しています。
 国連は、民衆を主役とする議会であらねばならない。この、時に置き去りにされがちな思想を、会長は、一貫して訴えてこられました。会長との出会いは私に、より強い使命感をもって人類のために奉仕することを、可能にしてくれました。


 学会・SGIの皆さんは、会長の理想と功績を、具体的な形で広めていってください。そして平和を、日常の中で実践していただきたい。特に、21世紀の新たな10年の幕開けを前に、「平和の文化」の構築と女性の権利の向上、青年の糾合(きゅうごう)のために努力していかれることを期待します。
 コロナ禍は、母なる地球が“子”である人類に与えた教訓であると感じています。私たちは、行動を起こさなくてはなりません。その挑戦の先頭に立つのが、皆さんであると確信します。







最終更新日  2020.10.24 09:40:04
2020.10.23
カテゴリ:国連創設75周年






最終更新日  2020.10.23 11:20:18

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