12234185 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

晴ればれとBlog

PR

全47件 (47件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 >

2019年「創立90周年へ 創価勝利の年」

2019.12.22
XML

「烈風魂」の原点から50年 5千人の和歌山大会

50年前と同じ日、同じ舞台から
 「皆さんが喜んでくださるんでしたら、なんでもやります。私は、皆さんの会長だもの!」
 「よーし、やるぞ!」
 1969年12月21日――和歌山県立体育館。池田先生は愛する友のために、高熱を押し、文字通り命を削って「武田節」を舞った。その勇姿は今なお和歌山、関西、そして全国の同志の「戦う心」を鼓舞し続ける。
 
2019年12月21日――50年前と同じ日、同じ舞台を、5千人の「武田節」の大合唱が揺るがした。

半世紀前、命を削る師の舞に応え、築いた「烈風魂」を継承し、「次の50年」を勝ち開く誓いに満ちた和歌山大会(和歌山県立体育館で)

 「烈風魂」の原点から50周年を記念する和歌山大会が21日、原田会長が出席して同体育館で開催された。 
 池田先生は万感こもるメッセージを寄せ、烈風魂をみなぎらせて本年の全学会の勝利をけん引した和歌山の戦いを称賛。我らの広布の行動こそ地涌の菩薩の「真髄の舞」であると述べ、自他共に無量無辺の大歓喜の舞を勝ち広げ、世界が仰ぎ見る創価の勝利城を築きゆこうと呼び掛けた。


和歌山よ舞え!「次の50年」へ


愛する和歌山の同志のために、高熱を押して「武田節」を舞う池田先生(1969年12月21日、和歌山県立体育館で)

 命を削る師の激励。それに応えて、常勝関西の輝く金字塔を打ち立てた和歌山の同志。50年前の師弟共戦の劇は、広布の歴史に燦然と輝く。以来、「連戦連勝の和歌山」の伝統が築かれ、本年も和歌山は、日本一の立正安国の実証を打ち立てた。

 和歌山大会の第1部では未来部をはじめ各部が、烈風魂を受け継ぐ決意を込めて熱演。司会の木村啓子さん(和歌山王者県、圏女子部長)は、友人を入会決意に導き参加。「次の50年、どこまでも『師と共に』の心で、和歌山の未来を私たちがつくっていきます」
 大会の第1部では、50年前の県幹部会をはじめ、1974年、81年、85年に刻まれた池田先生の和歌山指導の歴史を紹介。郷土の師弟の原点を確認しつつ、各部の友が、烈風魂を受け継ぐ決意を込めて演技・演奏を展開した。

はじける笑顔で、希望の舞、歓喜の演奏を届けた鼓笛隊
 鼓笛隊の熱演で幕が開けた後、少年少女部が“大楠公”等を凜々しく合唱。壮年部の有志が「武田節」を勇壮に歌い、音楽隊「創価和歌山ブルーイーグルス」が迫力の演奏を披露。婦人部の合唱団は県愛唱歌「和歌山愛さむ」等を美しく響かせた。そして青年部によるダンスと合唱が、壮麗にフィナーレを飾った。

和歌山の「黄金柱」と輝く壮年部の有志が「武田節」を熱唱
勇壮な演奏を披露する創価和歌山ブルーイーグルス

 この舞台を陰で支えた運営役員の一人が中川勇樹さん(和歌山大城県、圏男子部長)。大手化学メーカーの研究員として社会で実証を示す。大会をリーダー率先の弘教で飾ろうと、小学校時代の友人と仏法対話。今月、友人とその父親の2人を入会に導いた。「一人でも多くの友が先生と直結の人生を歩めるよう、戦ってまいります」と誓う。
 
 舞台を見つめる友の中には、50年前の参加者も。吉村純三さん(和歌山戸田県、副総県長)は当時、中学3年生。池田先生の勇壮な舞に感動し、“生涯、先生と一緒に歩む”と決めた。 
 高熱を押しての激励だったのを知るのは、神奈川の大学に進学してからのこと。和歌山を思う師の心に応えようと、地元で教員に。37年間、教育に携わり続けてきた。県教育委員会に勤めた時には、ふるさと教育のための副読本作成に尽力。子どもたちに、和歌山の素晴らしさを伝えることもできた。「先生の愛する和歌山のため――この一点でこれからも進みます」

婦人部の友が県愛唱歌「和歌山愛さむ」、学会歌「今日も元気で」をさわやかに

 阿辺和子さん(和歌山池田県、支部副婦人部長)は50年前の幹部会の前後に、相次いで夫と長女を亡くした。先生との原点を心の支えに、女手一つで子育てし、人生の苦難を乗り越えてきた。次女は地区婦人部長、三女は支部副婦人部長として後継の道を歩み、今回の大会には、孫やひ孫など4人の家族が出演した。 
 「先生と共に苦難の坂を越えてきたからこそ、今があります。生涯、報恩の人生を歩んでいきます」

男女青年部の代表が、躍動感あふれるダンスで会場を沸かせた
青年部、未来部の代表が合唱。獅子のごとく生き抜く誓いを込めて

 ――幹部会の第2部では、谷川主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。中林総県長、山下同婦人部長、土井同男子部長、東本同女子部長が、全国をリードする拡大で、和歌山の未来を勝ち開こうと訴えた。

 山内関西長は和歌山総県の新スローガン「みなぎる烈風魂! 今再び 連戦連勝の勝ち鬨を!!」を発表。
 
 原田会長は「日本一の名演」と熱演をたたえ、50年前も50年後の本年も、師に応える「日本一の拡大」を成し遂げた和歌山を称賛。次の50年も、“和歌山を見よ”と言い切れる痛快な前進をと呼び掛けた。 
 最後に全員で「武田節」を大合唱し、和歌山の同志は誓い合った。「烈風魂」よ不滅なれ――と。​



(2019年12月22日 聖教新聞)








最終更新日  2019.12.22 14:15:45


2019.12.20

​​「師子奮迅の力」で勝利の前進  全国最高協議会行う 
池田先生がメッセージ 原田会長を中心に討議​​

「広布の前進」「人材の拡大」で、創価学会創立90周年の明年を勝ち飾ろう!――原田会長を中心に行われた全国最高協議会(18日、学会本部別館で)


 全国最高協議会が18、19の両日、東京・新宿区の学会本部別館で行われ、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長、全国の方面長・婦人部長、各部の代表が出席した。
 
 池田先生はメッセージを贈り、この一年、連続の大闘争を忍耐強く勝ち切ったことは、同志の努力と団結の結実であると称賛。
 日蓮大聖人がある年の瀬、門下の母をたたえてつづられた「母尼ごぜんには・ことに法華経の御信心のふかくましまし候なる事・悦(よろこ)び候と申させ給候へ」(御書1515ページ)を拝し、創価家族の凱歌もまた、偉大な母たちの深き信心あればこそであり、太陽の婦人部に感謝と讃嘆の拍手を送りたいと述べた。
 とともに、リーダーはこの大聖人の御心を体して、健気な同志に、さらに温かく、こまやかな励ましをお願いしたいと訴えた。

地涌の人材を陸続と!
 続いて、「諸法実相抄」の一節「ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし、釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏菩薩・虚空(こくう)にして二仏うなづき合い、定(さだ)めさせ給(たま)いしは別の事には非(あら)ず、唯(ただ)ひとへに末法の令法久住(りょうほうくじゅう )の故(ゆえ)なり」(同1360ページ)を拝読。
 
 この法華経の会座さながらの世界が、わが創価学会にほかならないとし、創立100周年へのこの10年、眼前の戦いを一つ一つ勝ち越え、「末法の令法久住」を盤石に決していきたいと強調した。
 そして、戸田城聖先生の「今日の学会は、昨日の学会に非ず」との宣言を紹介し、「妙法と共に、一日一日、一年一年、元初の生命の太陽を昇らせ、いかなる行き詰まりも師子奮迅(ししふんじん)の力で突破(とっぱ)していくのだ」と力説。
 「さあ、今再び、誓願の大地から地涌の人材を祈り、呼び出しながら、人間革命の歓喜の前進を! 立正安国の勇気の前進を! そして、広宣流布の希望、勝利の前進を開始しようではないか!」と呼び掛け、メッセージを結んだ。

 18日夕には、同区の創価学会恩師記念会館で原田会長を中心に厳粛に勤行・唱題した。
 
 2日間の協議では、学会創立100周年に向けた青年部の平和運動「SOKAグローバルアクション2030」や、日本の青年部・未来部とSGI(創価学会インタナショナル)の交流などについて討議。
 世界の池田門下の青年が連帯を強め、各国・地域で折伏の先頭に立ちながら、各部が一丸となって弘教・人材・聖教の拡大に挑戦し、明年の5・3「池田先生の第3代会長就任60周年」、11・18「創価学会創立90周年」を荘厳することを約し合った。
 席上、原田会長は、「創価勝利の年」の名にふさわしい連続勝利の歴史を築いた全同志の奮闘に深謝した。
 次いで、国内外とも激動の時代だからこそ池田先生の思想、創価の希望の哲理は輝きを増していくと力説。先生の死身弘法の闘争によって、世界同時進行で広宣流布が進んでいることへの感謝を忘れず、明「前進・人材の年」へ一人一人が生まれ変わった決意で自身の人間革命に挑戦し、「共戦」と「後継」の陣列を一段と強固にしようと望んだ。



(2019年12月20日 聖教新聞)







最終更新日  2019.12.20 19:38:41
2019.12.18

​​​原田会長を中心に各部代表者会議​

価値創造の大光を放て

 世界広布新時代第74回の各部代表者会議が17日、原田会長を中心に、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 
 池田先生はメッセージを贈り、冒頭、見事に「日本一」に輝いた音楽隊、鼓笛隊に皆で大拍手を送りたいと称賛した。
 
 次いで、リーダーに対して峻厳な薫陶の連続だった戸田先生も、一年の終わりには、共に戦った弟子たちを、父が子をねぎらうがごとく包容してくださるのが常であったと述懐。その恩師の笑顔をしのびつつ、この一年を陰に陽に奮闘してくれた同志を一人一人、心からねぎらい、たたえたいと述べた。
 続いて、「日輪・東方の空に出でさせ給へば南浮の空・皆明かなり大光を備へ給へる故なり」(御書883ページ)を拝読。
 
 明年で最初の世界広布旅から60周年、SGI(創価学会インタナショナル)発足から45周年を迎えるこの時、太陽の仏法は昇りゆく旭日のように輝きを増していると力説。我らはいやまして「人間革命」の哲理の光で生老病死の苦悩の闇を払い、「立正安国」の対話・言論の光で、日本と世界の混迷の闇を照らしたいと訴えた。
 そして、この創価の太陽の「核」となって燃え上がる存在こそ、誓願深き広布のリーダーであり、なかんずく青年の「熱と力」であると強調。
 
 学会創立90周年から100周年へ向かう10年は、人類にとって重大な分岐点となる10年である。だからこそ師弟不二、異体同心という生命の究極の融合で結ばれた我らは、人間の中へ、民衆の中へ飛び込んで「価値創造」の大光を無限に放ち、地球社会を明るく晴らしていこう! 共々に「太陽の心」で戦おう!――と呼び掛け、メッセージを結んだ。
 
 原田会長は、池田先生の哲学と創価学会の行動を世界が求める時代に入った今、自信満々に対話拡大に打って出ようと力説。それぞれが使命の場所で現実の課題を一つ一つ乗り越えながら、広布の未来への基盤を築いていきたいと訴えた。
 さらに、角田少女部長が韓日青年友好研修会の模様を報告。谷川主任副会長、長谷川理事長があいさつした。


(2019年12月18日 聖教新聞)

​​







最終更新日  2019.12.19 12:21:29
2019.11.28

原田会長中心に「各部代表者会議」――池田先生がメッセージ贈る

 世界広布新時代第73回の各部代表者会議が27日、原田会長を中心に、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、牧口先生の殉教75年となる「創立の月」を、全同志の祈りと団結で飾り、総本部の「創価学会 世界聖教会館」とともに「総合案内センター」の誕生にも大きな喜びが広がっていると、心からの感謝を述べた。

地球上のいずこにも広宣流布の誓願の会座が
 次いで、戸田先生が獄中で「われ地涌の菩薩なり」との悟達を得たのは、牧口先生の獄死と同時期であったことに触れつつ、両先生が呼びいだした地涌の菩薩の陣列は今、「霊山一会儼然未散」(御書757ページ)――霊山一会儼然(りょうぜんいちえげんねん)として未(いま)だ散(ち)らず――との久遠の姿さながらに、広宣流布の誓願の会座(えざ)を、地球上のいずこにも現していると強調。
 
 「此等の大菩薩末法の衆生を利益したもうこと猶魚の水に練れ鳥の天に自在なるが如し」(同1033ページ)を拝し、地涌の菩薩には、末法濁悪(まっぽうじょくあく)の世の衆生を救うため、いかなる壁をも勝ち越え、自在に限りなく「前進」しゆく力が具わっていると述べた。
 
前進! 地涌の生命力で
 さらに「二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非(あら)ずや」(同1360ページ)を拝読。
 「人材」の拡大の道もまた無限であり、明「前進・人材の年」へ、不二の地涌の大生命力を涌現して、舞を舞うがごとく戦おう! 「地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目」(同ページ)を自他共に轟(とどろ)かせ、人類の希望たる幸と平和の大行進を広げゆこう!――と訴えた。 
 
 最後に、年末年始へ、全同志が絶対無事故で、大福運に包まれゆくよう祈り抜き、心を尽くそうと呼び掛け、メッセージを結んだ。
 
「人材」の拡大の道は無限
 原田会長は、広布を支える供養の功徳は、御聖訓に照らして間違いないと強調。リーダーはその志を賛嘆し、財務の無事故を真剣に祈り抜きたいと述べた。 
 さらに「前進・人材の年」へ進むに当たり、人材の要件とは師弟不二に生き抜く覚悟であり、一人のために辛労を尽くすことであると力説。明年の「5・3」へ、一日一日を勝ち抜こうと訴えた。
 
 長谷川理事長があいさつし、松野未来部長が「E―1グランプリ」の大成功を報告。
 本社の原田デジタルメディア局長が聖教電子版の反響を紹介した。



(2019年11月28日 聖教新聞 )







最終更新日  2019.11.28 12:20:28
2019.11.24

世界広布新時代​第44回本部幹部会から(要旨)
原田会長
 地域に“心通う人間の連帯”を

 
 一、完全勝利で「11・18」を祝賀する「世界広布新時代第44回本部幹部会」「SGI総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
秋季研修会で来日した、65カ国・地域、280人のSGIメンバーの皆さんも、ようこそお越しくださいました。


 一、初めに、このほど会長として再任していただきました。2006年、会長の大任を拝した折に、池田先生はご指導くださいました。


 「全員が『会長』の自覚と誇りで進む。全員が、『広宣流布の一兵卒』として働く。これが永遠の創価の魂である。その意味から、原田新会長には、『誠実の二字で会員に尽くせ』と申し上げたい」と。


 私は、今再び先生から、このご指導を頂戴した思いで、どこまでも「広宣流布の一兵卒」として戦い、そして「誠実の二字」で、同志の皆さまに尽くし抜いていく所存です。何とぞ、よろしくお願い致します(拍手)。


 一、今月末から財務の振り込みが始まります。


 池田先生は、釈迦仏に土の餅を供養して成仏した徳勝童子の説話を通して、「広布のための行動は、結局はすべて、自分自身のためになる。その根本は『信心』である。『心』である。御聖訓には、『凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり』(御書1596ページ)と仰せだ。法のため、広布のため――この一点に、真摯に、わが心を結び合わせていくことが大切である」と、ご指導くださっています。


 どうか、“法のため、広布のために”との一点に心を合わせた、すがすがしい、また、無事故の財務となりますよう、よろしくお願い申し上げます。


 一、さて、このたび待望の世界聖教会館がオープンし、本日集われているSGIの皆さんも参加しての記念勤行会が開催されました。この歴史的な時を、皆さまのおかげで未曽有の聖教新聞の購読拡大を果たし、荘厳することができました。本当にありがとうございました(拍手)。
こうしてまいた仏の種に、絶えず“対話”という水をささげ、“祈り”という光を注ぎ、育んでいく、これからの実践が肝心です。



第3代会長就任60周年の明年へ


 一、明「前進・人材の年」の「5・3」は、池田先生の第3代会長就任60周年という佳節を刻みます。
 次なる目標は「2020年5月3日」。折伏の師匠・池田先生の弟子として、折伏の結果をもって、会長就任60周年をお祝いしてまいりたい。


 ここで改めて、折伏の基本姿勢を確認し合いたいと思います。


 戸田先生のご指導には、こうあります。「銀行の方々は、金銭の数字を数えている。出版社の方々は、本の部数を常に念頭に置いている。私ども創価学会は、地球上で最も尊厳な生命を守り、どれだけ人に妙法を受持せしめ、幸せにしたかということを数えるのである」との有名なご指導であります。
 

「何人の人を幸せにしたか」――これが広布推進の目的です。そして、単に入会するだけではなく、どう入会するかが大切です。


 ご本人の心底からの納得と決意、ご家族などのご理解、また、座談会への参加や聖教新聞の継続的な購読など、しっかりと信心を持続し、幸福への軌道を歩んでいけるよう、環境を整え、入会に導いてまいりたいと思います。


 一、また、池田先生はご指導くださっています。「信仰は、“観念”ではない。“現実”である。『信心即生活』『仏法即社会』という現実の場で、勝ったのか、負けたのか。幸福になったのか、不幸になったのか――。その厳しき結果主義の世界、現実の審判の世界で、勝ち抜いていくのが信心である」と。


 だからこそ学会は、いわゆる「成果主義」ではなく、「結果主義」であります。


 入会という成果をもって折伏が完結するのではなく、幸福と勝利という結果を出すまでが折伏です。つまりは「人材育成」であります。



信頼される一人一人に


 一、現在、学会の統監は、居住地の「ブロック」に置くことが根本の大原則となっています。池田先生が、折伏のつながりに基づいたタテ線から、居住地に基づいたヨコ線、すなわちブロック組織への転換を発表されたのは、会長就任10周年の「5・3」でした。


 この時に先生は、新たなモットーに「社会に信頼され、親しまれる学会」を掲げられました。そして発表されたのが、ヨコ線組織への移行でありました。


 当時の真情を、先生は小説『新・人間革命』で、こうつづられています。


 「学会員が中心になって、地域社会に、人間と人間の、強い連帯のネットワークをつくり上げなければならないと考えていた。それが、現代の社会が抱える、人間の孤立化という問題を乗り越え、社会が人間の温もりを取り戻す要諦であるというのが、伸一の確信であったのである。彼は、ブロック組織への移行に、学会と社会の未来をかけていたのだ」


 以来、半世紀を経て、この「学会と社会の未来」は、どうなったでありましょうか。


 例えば、社会起業家の駒崎弘樹氏は、学会に、このような期待を寄せています。


 「行政による対策は重要なことですが、その一方で『助けて』と言えずに孤立して苦しんでいる人にも目を向ける必要があります。そのようなアウトリーチ(訪問支援)ができる力として期待できるのが、国家でも個人でもない中間団体の存在です」


 「全国各地で地域に根差したコミュニティーを持つ創価学会は日本最大の中間団体といえるでしょう。苦しむ人に積極的に寄り添う“おせっかい力”が、今ほど求められている時はないと思います」と。


 まさに池田先生が50年前、今いる足もとの地域、いわば“ご近所”を第一に考えられた先見が、ますます光り輝き、社会を照らす時代を迎えているのであります。
 

「社会に信頼され、親しまれる学会」は、「地域に信頼され、親しまれる一人の学会員」から始まります。
 まず、私たち一人一人が、そうした人材の一人へと成長してまいりたい。そしてまた、現実の世界で勝ち抜いていく、新たな人材の陣列を拡大してまいりたい。


 さあ、本日より、先生の会長就任60周年となる「5・3」を目指し、人間革命と立正安国の新たな前進を、ともどもに開始しようではありませんか(拍手)。

永石婦人部長 ​新しい人材を励ましの力で​


 一、お元気な池田先生・奥さまと共に迎えた晴れやかな11・18「創価学会創立記念日」、大変におめでとうございます(拍手)。
うれしいことに先生・奥さまは、完成したばかりの世界聖教会館へ2度、足を運ばれ、全同志の健康・幸福を祈ってくださいました。その時に撮られた「創価世界女性会館」の写真が聖教新聞に掲載され、全国に大きな喜びが広がり、被災地の友の勇気にもなりました。本当に感謝でいっぱいです。


 一、明「前進・人材の年」は、学会創立100周年への本格的なスタートの年となります。新たな広布の人材と歴史を築く時です。


 そこで、このたび、婦人部の中で、40代までを「ヤング白ゆり世代」と総称することに致しました(拍手)。


 “励ましのスクラム”を原動力として、婦人部が「前進・人材の年」を先駆してまいります。


 ヤング白ゆり世代は、“新時代を築く主役”であり、地域・社会の最前線で活躍する宝の一人一人です。また、子育てや仕事など、最も忙しく、試練に直面する年代でもあります。


 一、池田先生は、かつて新たな時代を展望して「第1回」と銘打たれた婦人部幹部会で“生命本源の「自由」を勝ちとれ”と、若い時代に抱える悩みに寄り添うように指導してくださいました。


 先生はユーモアを交えながら「皆さま方のなかにも、お姑さんにしばられ、子どもにまとわりつかれ、ご主人や家事、仕事……すべてが、にっくき鉄の鎖に見えてくる経験をおもちの方も少なくないと思う」と。場内に爆笑の渦が起こりました。


 先生は続けて、「しかし、他の気楽そうに見える人をうらやみ、そうしたところに行っても、真の自由はない」「自分の生命の外へ逃げだすことは不可能である」「妙法こそ事実のうえに、真の『自由』を実現する無上の大法なのである」と語ってくださいました。


 学会活動に励み、今いる場所で、ありのままで幸福境涯を築いていく、その一人の女性の存在がどれほど尊いかを、先生が教えてくださったのです。



「ヤング白ゆり世代」と共に前進


 一、東京の田中さんは、4人の子育て真っただ中の37歳の時、突然、ご主人が失明しました。ご主人はショックで、部屋に閉じこもり、自暴自棄に。しかし、池田先生の「仏眼、法眼がある。生き抜くんだよ」とのご指導に奮い立ち、夫婦で一歩も引かず朗らかに学会活動に頑張り抜こうと決めました。


 苦労があっても、上の子どもたちは明るく振る舞い、お父さんの手を引いたり、幼い妹の面倒を進んで見てくれたりしました。田中さんはご主人と共に、愛知へ大阪へと広布の対話拡大に奔走しました。


 その後、ご主人は題目をあげ抜く中、奇跡的に視力がわずかに戻ったのです(拍手)。


 5歳になった次女を見て「大きくなったね」と泣いたそうです。


 成長した4人の子どもは、全員が奨学金を受け、アルバイトをしながら創価の学びやを卒業。さらに4人とも20歳までに個人折伏を実らせ、社会でも実証を示しています。今、孫を含め一族22人が広布後継の道を歩んでいることが最高の喜びと語ります。


 一、師匠を求め、題目をあげ抜く中で、乗り越えられないものはありません。


 御書に「今日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり」(720ページ)とあります。


 さあ、青年部・未来部、そしてヤング白ゆり世代と共に、人間革命の哲学を世界中に広げ、婦人部新時代を築いていこうではありませんか(拍手)。

(2019年11月24日 聖教新聞)







最終更新日  2019.11.25 14:47:10
2019.10.24
原田会長を中心に各部代表者会議
地涌の人材の花また花を

 世界広布新時代第72回の各部代表者会議が23日、原田会長を中心に、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、先の台風被害に遭った方々に思いをはせつつ、自ら被災しながら同志に尽くす友らの尊き献身に対し、御本仏が「いづれも・いづれも功徳に・ならざるはなし」(御書1098ページ)と全て御照覧であると、深く感謝した。
 次いで「闇なれども灯入りぬれば明かなり濁水にも月入りぬればすめり、明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く」(同1109ページ)を拝読。
 いかなる宿命の闇も世の濁りも、赫々と照らし晴らしていけるのが、妙法蓮華経の限りない大功力である。それぞれの誓願の国土で三変土田の歴史を刻みながら、いよいよ明るく清々しく、地涌の人材の花また花を咲かせゆこう──と訴えた。
 そして、「11・18」を目指す多忙な日々にあっても、「異体同心」という最高最強のチームワークで励まし支え合い、賢く朗らかに創価のスクラムを組み広げ、生き生きと価値を創造していきたいと述べた。
 最後に「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(同557ページ)を拝し、一切を蘇らせ、味方に転じゆく題目の響きで、勇気凜々と前進しよう!と呼び掛け、メッセージを結んだ。
 原田会長は改めて、台風被害への心からのお見舞いを述べ、できる限りの支援を続けたいと強調。師弟を一切の原動力に広布伸展を続けるタイ、インドなど各国の模様を紹介しつつ、その闘争に謙虚に学び、わが地域の“壁”を打ち破る挑戦で、明「前進・人材の年」へ先駆しようと訴えた。
 また長谷川理事長、谷川主任副会長、男子部大学校の中原事務局長があいさつ。本社報道局の佐口博之記者が取材報告を行った。

(2019年10月24日 聖教新聞)







最終更新日  2019.10.24 07:28:17
2019.10.13

「日蓮大聖人御入滅の日」勤行法要  ​


広布の誓い新たに立正安国の前進を 
原田会長の導師で、厳粛に執り行われた「日蓮大聖人御入滅の日」の勤行法要。日蓮大聖人の崇高な御生涯を偲び、世界広宣流布への誓いを新たにした(広宣会館で)


 「日蓮大聖人御入滅の日」の勤行法要が11日、各地で執り行われた。これは、弘安5年(1282年)10月13日の大聖人の「御入滅の日」の意義をとどめたものである。


 池田大作先生は、総本部(東京・新宿区)の創価学会第2別館で厳粛に勤行・唱題し、末法の御本仏への報恩感謝と、世界広宣流布への誓願を捧げ、全同志の幸福と勝利と無事安穏を深く祈念した。


 また各部の代表による勤行会は、原田会長を中心に、広宣会館(学会本部別館内)で行われた。

 席上、会長は御入滅の2年前に大聖人が記された「月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(御書588ページ)を拝読。末法において、仏法が日本から東洋、世界へと広まっていくという「仏法西還」の未来記を示され、その実現のために立正安国の闘争を貫かれた大聖人の崇高な御生涯を偲んだ。


 続いて会長は、この大聖人の御精神と「アジアの民に 日をぞ送らん」と詠んだ戸田城聖先生の心を胸に、池田先生が1961年(昭和36年)、インドを初訪問した歴史に言及。当時、現地の会員と出会うことはなかったものの、仏教発祥の地に「東洋広布」の石碑を埋納するなど、東洋広布の布石を打った先駆の行動を紹介した。


 その上で、会長が先月に訪れたインドとタイでは、“師の心をわが心”とする同志の闘争によって、それぞれ今や幾十万の堂々たる地涌のスクラムが築かれ、「良き市民」として社会に貢献する友の前進を、各国の指導者らが称賛する時代になったと強調。「私たちもまた、師弟の不惜身命の闘争を受け継いで世界広布のために尽くし、“未来の地涌の菩薩たち”に胸を張れる日々を歩んでいこう」と呼び掛けた。


​〈社説〉 「日蓮大聖人御入滅の日」
人間主義の世界宗教へと飛翔

 全民衆の幸福を願って、死身弘法で妙法を流布された日蓮大聖人は、弘安5年(1282年)10月13日、61歳で御入滅された。今日で737年となる。
 その尊き御生涯は、迫害の連続であった。「少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり」(御書200ページ)と仰せのように、当時の幕府や宗教界から、また世間の人々から幾多の迫害を加えられた。松葉ケ谷の法難、伊豆流罪、小松原の法難、そして竜の口の法難・佐渡流罪と、命に及ぶ大難にも四度、直面された。
 しかし、大聖人は「日蓮一度もしりぞく心なし」(同1224ページ)と、度重なる苛烈な弾圧にも、決して屈することはなかった。むしろそれらを、法華経に説かれる「三障四魔」「三類の強敵」が競い起こったことの証左であるとされ、迫害のたびに、御自身こそが経文を“身読”した「法華経の行者」であるとの確信を深められていったのだ。
 御聖訓には、「難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし」(同202ページ)とある。どのような迫害を受けようとも、苦悩の民衆を救う慈悲の大闘争を貫いていく──この「忍難」と「慈悲」の行動にこそ、日蓮仏法の真髄は輝いているといえよう。 ​


 弘安5年(1282年)秋、御入滅の直前にも、大聖人は武蔵国池上(東京都大田区池上)で、病をおして「立正安国論」を講義されたと伝えられている。
 民衆の幸福を何よりも願われた大聖人は、「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(同955ページ)と仰せのように、最後の最後まで、令法久住のため、広宣流布のために、命懸けで戦い抜かれたのである。
 現代にあって、この大聖人の魂を正しく継承し、御本仏の御遺命である世界広宣流布を現実の上で進めているのは、創価学会であることはいうまでもない。
 創価三代の師弟、なかんずく池田先生の不惜身命の闘争によって、日蓮仏法は人間主義の哲学の翼を大きく広げ、世界192カ国・地域を赫々と照らす太陽の仏法として、世界宗教へと飛翔しゆく。
 大聖人は、青年門下・南条時光に対して、「ただをかせ給へ・梵天・帝釈等の御計として日本国・一時に信ずる事あるべし、爾時我も本より信じたり信じたりと申す人こそおほくをはせずらんめとおぼえ候」(同1539ページ)と、広宣流布は必ずできることを断言された。
 池田先生は、そのための第一歩こそ“眼前の一人を励まし、勇気と希望を送ること”と示している。自らが周囲を照らす太陽の存在に──大聖人直結の創価の師弟の生き方は、いや増して輝きを放ちゆくに違いない。


( 2019年10月13日 聖教新聞)







最終更新日  2019.10.14 10:34:56
2019.10.12

​世界広布新時代第43回本部幹部会 沖縄総会から(要旨)

明2020年のテーマは「前進・人材の年」
皆が前進 皆が人材 新しい陣列を勇気の挑戦で

原田稔 会長

 一、「世界広布新時代第43回本部幹部会」ならびに「沖縄総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
 また本日は、5カ国・地域から、114人のSGIメンバーが参加されています。
 遠いところ、ようこそお越しくださいました。心より歓迎申し上げます。

平和の種が花開く
 一、さてこのたび、インド、タイ、そして中国を訪問してまいりました。いずこにあっても、池田先生のまかれた幸福と平和の種が見事に育ち、花開く時代を迎えていることを、改めて実感する歴訪でありました。
 20万人以上もの陣列を築くインドでは、待望の新「本部」と、創価菩提樹園に「池田講堂」が完成。また、コヴィンド大統領との会見、名門マーナブ・ラチャナ大学から池田先生への名誉哲学博士号授与など、学会への共感は、インド社会全体に広がっています。
 一方、タイ創価学会の陣列は、19万4000人を超え、この4半世紀で10倍の発展を成し遂げました。中でも壮年部は、明年に向けて、7万5000人の連帯を築こうと意気盛んです。
 池田先生との出会いを重ねてこられたアナン元首相が、「世界の調和のために献身される池田博士から、会うたびに多くのことを学びました。その時の会話は、すぐに書き起こして、全て覚えています」と語られたように、タイにおいても、池田先生の平和思想は厳然と根付いています。
 先生が親交を深められたプーミポン前国王の次女で、ワチラロンコーン国王の妹君であられる、シリントーン王女との会見の模様が、タイのテレビ各局で放映されたのも、そうした社会的信頼の表れであります。
 そして、建国70年の国慶節(建国記念日)を迎えた中国では、人民大会堂での記念レセプションに、学会を代表して出席してまいりました。
 また、周恩来総理のめいである周秉徳氏と会見。周氏は、学会による日中友好への一貫した姿勢を高く評価しつつ、「後継とは、具体的な実践によって実を結ぶものです」と結論されていました。
 まさに今、インドにあっても、タイにあっても、否、全世界にあって、「わたしが山本伸一」と、地涌の使命を自覚した池田門下の一人一人が、「具体的な実践」によって、「後継」の実を結んでいるのであります。

 学会創立90周年を迎える明2020年は、池田先生の第3代会長就任から60周年の佳節を刻みます。
 池田先生が会長に就任された、1960年の年間テーマは「前進の年」。私どもは、さらなる世界広布の前進と、人材拡大の実証で、先生の偉大さを全世界に宣揚していきたい。
 そこで、明年はテーマを「前進・人材の年」と掲げ、共に進んでいきたい(拍手)。

 一、池田先生の戦いは、蒲田の2月闘争、札幌・夏の陣、大阪の戦い、山口開拓指導と、若き日から「前進また前進」の連続でした。
 かつて池田先生は教えてくださいました。
 「私も若き日に、C級支部といわれ、弘教の勢いも全然あがらなかった文京支部で、戸田先生の命により支部長代理として指揮をとった。そのときの合言葉が『前進』であった。“この支部が前進しなければ、学会全体が前進しない”との確信に立ち、それこそ歌を口ずさむ思いで生き生きと戦った」と。
 私たちもまた、「私の前進なくして、世界広布の前進はない」との確信に立って、生き生きと戦っていきたい。
 先生は、こうも教えてくださっています。
 「私は徹底して、(文京)支部のメンバー一人一人と会っていきました。当時の組織はタテ線だから、神奈川の橋本や保土ケ谷方面など、支部員もあちこちに散在している。私は、そうしたメンバーを全力で励まし、電光石火で手を打っていった。そして、その年の12月には、全国が目を見張る、第一級の拡大の成果を残すことができたのです」
 実際、当時の女性支部長のご主人からして、仕事が忙しい上、威張る幹部が嫌で、当初は活動を避けていました。
 しかし、先生が機会を逃さず、「奥さまには、いつも本当にお世話になっております」と、丁寧に頭を下げ、あいさつされると、ご主人の学会に対する見方は一変。やがて、奥さまの後を受けて支部長となるまでに成長されました。
 人材育成とは、まず自分が模範の人材に成長すること。この原点に立ち返り、明「前進・人材の年」は、“皆が前進”“皆が人材”の「目を見張る」1年にしていきたいと思います。

柔軟かつ大胆に
 一、池田先生が60歳の還暦を迎えた折、長年、先生と親交を結んだ経営の神様・松下幸之助氏は、こう祝詞を寄せてくださいました。
 「もうひとつ『創価学会』をお作りになられる位の心意気で」と。
 今後、少子高齢化が加速度的に進展していきます。それに即応して、学会組織の形や在り方も、柔軟かつ大胆に変化していかなければなりません。
 変化を頑迷固陋に拒むのではなく、しかしまた変化に唯々諾々と従うのでもなく、時代の「挑戦」に対して、雄々しく「応戦」し、学会が新たな進化を遂げゆく、チャンスへと転じていくべき時です。
 池田先生の会長就任60周年を迎える明年、今度は、私たち後継の池田門下が、「もう一つ『創価学会』を作る心意気」で、前進の気迫を五体にみなぎらせて戦い、人材を見付け、育て、伸ばし、広げながら、わがブロック、わが地区、わが支部の広布を一歩前進させていきたい。そして、先生にご安心いただける創立90周年にしていきたい。
 さあ、まずは本年、「世界聖教会館」が開館する「11・18」を大勝利で飾り、前進また前進の号砲を高らかに打ち鳴らしていこうではありませんか(拍手)。​



(2019年10月12日 聖教新聞)







最終更新日  2019.10.12 15:00:07
2019.10.11

結成45周年 広布の模範・勝利島部
島に生きる誇り 

地涌の使命に生きる沖縄八重山県の友。勝利島部の結成が発表された翌月(1974年2月)、池田先生は石垣島を訪れ、八重山の友を励ました(6日、石垣市の八重山文化会館で)

 10・7「部の日」を迎えた「勝利島部」は本年、結成45周年の佳節を刻んだ。“わが島を広布の理想郷に”との誓いに燃える友は、“創価の全権大使”として、各地で模範の実証を示している。(3面に広島の大崎上島、因島、鹿児島の種子島、硫黄島の友を代表で紹介)

 日本列島には、約7千近い島があり、有人島は約400あるといわれる。豊かな自然環境に恵まれる一方、離島においては日常生活を営むこと自体、本土にはない苦労がある。
 海がしければ、生活物資が届かず、無医地区では、受診にも時間を要する。近年は、多くの地域で少子高齢化や産業の衰退が進む。
 学会の離島本部(現在の勝利島部)の結成が発表されたのは、1974年(昭和49年)1月14日。池田大作先生は当時の真情をつづっている。
 「大都市にばかり目が向き、各島に光を当てる努力を怠るならば、万人の幸福を築くという、学会の使命を果たしていくことはできない」(小説『新・人間革命』第28巻「勝利島」の章)

 勝利島部の友は厳しい環境下で、目の前の一人に仏法を語り、険しい広布の道を懸命に切り開いてきた。島によっては、学会への誤解や偏見から、激しい非難中傷にさらされ、“村八分”同然の扱いを受けた友もいた。
 「最も苦しく、大変ななかで信心に励んでいる人ほど、最も力を込めて激励し、元気づけていかねばならない」(同)――池田先生はあらゆる機会に離島の友に真心の激励を送ってきた。
 結成翌月の74年2月には沖縄の石垣島、宮古島を訪問。地域の友人も参加する「八重山祭」では、自ら法被を着て友と手をつなぎ、踊った。西表島の中学校、伊良部島の小学校への図書贈呈も行った。
 こうした「仏法即社会」の在り方を示す師の行動に続こうと、勝利島部の友は積極的に地域に貢献してきた。
 以来45星霜。各地で“なくてはならない存在”と光り、深い理解と共感を呼んでいる。

 島瀬勝利島部長は語る。「勝利島部の一人一人が今、師の万感の励ましを胸に、地域に尽くし、後継を育もうと全力で取り組んでいます。明年は『勝利島部』との名称で出発して5年。一人立つ精神をたぎらせ、新時代を切り開く心意気で前進します」

​​


我が島を幸福と繁栄の宝土に
信頼と実証光る勝利島部の友

​広島 因島(いんのしま) 村上寛子さん​
多くの役職担い地域に貢献

 瀬戸内海に浮かぶ—かな因島。開通20周年を迎え、”サイクリングの聖地"と称される 「しまなみ海道」を通じて、国内外から多くの観光客が訪れる。
 この因島を舞台に地域貢に駆ける村上寛子さん(圏副婦人部長)。島に移住して、ちょうど50年になる。
 これまで民生委員を21年間務めたほか、老人会やボランティア連絡の役員等を担う。昨年7月の西日本豪雨で長期の断水になった時には、近隣の高齢者宅を訪問し声掛け運動に率先。老人会役員として行政から届いた水の配給にも励んだ。
 誠実に島の人に尽くす姿に、周囲から信頼が集まっている。
「いろんな仕事をさせてもらって、毎日が充実しています!」と、ほほ笑む村上さん。
 その原動力は、5年前に亡くなった夫・大(ふとし)さんと誓った"因島を日本一の幸福の宝土に"との思いだ。村上さんが学会に入会したのは、島に移住して3年たった時のこと。きっかけは学会員である大 さんと結婚し、妊娠時に「胞状奇胎」と診断され、流産を経験したことだった。一時は村上さんの命の危険もあったが、義母をはじめ多くの同志が祈ってくれ、治療も功を奏し、一命を取り留めた。一人のために真心を尽くす学会員の温かさに、村上さんは”これこそ離島に一番必要なものだ”と思ったという。
 以来、村上さんは大さんと二人三脚で学会活動に挑戦。二人の子宝にも恵まれた。旧習深い 地域柄、学会への無理解や偏見 もあったが、池田先生の励ましの言葉を心に刻み、”振る舞いで学会の真実を伝えよう"と決意した。地道に対話に取り組 み、信頼を重ねる中、地域の役職が一つ二つと増えていった。
「地域で責任をいただくたび、”今こそ学会で培った経験を発揮する時だ!"と決意を新たにするんです」と村上さん。
  現在は人権擁護委員として地元の小中学校・高校で人権教育も行い、島の未来の人材に励ましを送っている。


​広島 大崎上島(おおさきかみしま) 岡本久さん 昭子さん​
一人一人と”心の絆”を結ぶ

 島に八つの港を擁する大崎上 島。瀬戸内海の”海上交通の要衝”として栄えてきた。
 岡本久さん(副本部長)・昭 子さん(婦人部副本部長)夫妻 は、この地で長年、自宅を広布の会場として提供。多くの人材を輩出してきた。
「ここで学会活動 ができるのが一番の幸せ」と満面の笑みで語る夫妻には忘れられない原点がある。それは「勝利島部の日」の淵源となった1978年の第1回「離島本部総会」に参加し、 池田先生との初の出会いを刻んだことだ。
「先生と一緒に、万歳三唱をした思い出は一生、忘れません」と夫妻で口をそろえる。
 当時、大崎上島は旧習深く、創価学会というだけで心ない言葉を投げつけられることも。しかし、先生との原点を胸に"絶対に負けてなるものか"と、久さんは、誰もやりたがらない地域の班長を率先して10年務め、土木作業などに従事し、少しずつ信頼を広げた。
 そんな中、28年前に久さんがくも膜下出血で倒れた時には、入院した呉市の病院に100人を超える同志や友人がお見舞いに。「友人の真心が何よりうれしかった。人の絆の大切さを実感しました」と久さん は語る。以来、少子高齢化、人ロ減少と向き合う島の中で、 「だからこそ一人一人のつながりが大切」と、地域での声掛け 運動に取り組む。すれ違う近隣住民へのあいさつはもちろん、自宅に来る郵便配達員にも「ありがとうね。ちょっとお茶でも 飲んでいきんさい」と声を掛ける。しばしの歓談で心を通わ せ、後日には「この前は励ましてくれてありがとうございました。元気が出ました」等の手紙をもらったことも一度や二度ではないという。
「大崎上島を、心が通う温かい島に。これが池田先生への恩 返しであり、勝利島部の使命だと思う」と語る岡本さん夫妻。 高齢者やIターンで移住してきた人たちとも幅広く交友を結び、島中に信頼を広げている。


​鹿児島 種子島(たねがしま) 南年弘さん​
茶業団体の会長として奮闘

 先月25日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の無人補給機 「こうのとり」8号機の打ち上げ成功に沸いた鹿児島・種子島は、人口約3万の島。
 同島は、"日本一早い新茶の里"として知られ る。長年、この地で種子島茶の栽培を行っているのが南年弘さん(本部長)だ。
 希少品種の「栗田早生(くりたわせ)」などを生産。苦みが少なく、まろやかなのど越しが好評で、全国に出荷される。
 妻・好子さん(婦人部副本部長)の故郷・種子島に来たのは、1988年。義理の両親から、「畑を継いでほしい」と請われ、東京から移住した。ゼロからのスタートだったが、懸命に仕事を覚え、学会活動にも全力で挑んだ。 南さんの信心の原点は84年9 月。友の幸服を祈り切り、初の弘教を実らせて参加した「第1回神奈川青年平和音楽祭」で、池田先生との出会いを結んだ。南さんは種子島でも師の期待に応える結果を出そうと試行錯誤を重ね、栽培の難しい減農薬の茶の生産を実現することもできた。
 現在、種子島のお茶農家は、 減少の一途をたどっている。後継者不足や価格の下落など、課題が山積する。南さんはこうした状況下で、本年、西之表市茶業振興会会長と、熊毛地区茶業 推進協議会会長に就任した。 お茶農家全体が厳しい状況にあるからこそ、皆に尽くそう  南さんは会長として、品質 向上を目指す勉強会や、各農家の品評会などを開催してきた。
 収穫時期になれば、同業の友に「良いお茶を作ろうなあ」「大変だけど頑張ろう」と、励ましの言葉を忘れない。実直で 誠実な人柄に、周囲からは厚い信頼が寄せられている。
 学会では本部長として、同志の激励に駆ける南さん。「若い人たちが魅力を感じる島を築いていきたい。そのためにも、ま ずは自分自身が若々しい生命力で動き、池田先生の心を伝えていきたい」


​鹿児島 硫黄島(いおうじま) 正木久美子さん​
特産・黒毛和牛の繁殖農家

 硫黄岳が白煙を上げ、クジャクが道を關歩し、地面を掘れば天然温泉が湧き出る—鹿児島・薩摩半島の先端から南西約40キロにある硫黄島は、自然の雄々しさが随所に見られる火山島。
 かつて硫黄鉱山で栄えたが、1964年の閉山以降、人口は10分の1以下に。現在は120人が暮らす。
 正木久美子さん(支部副婦人部長)はこの島で、夫.・浩二さん (壮年部員)と共に、村の特産・黒毛和牛の繁殖家を営む。「自分が牛の生産をするなんて、考えてもいませんでした (笑い)」。山口県から移住したのは2015年8月。島の生活に憧れ、村が進める定住促進事業に応募し、硫黄島にやって来た。紹介された仕事が肉用牛の生産だった。
 畜産も島での生活も初めて。 不安を吹き飛ばしたのは、小説『新・人間革命』第28卷「勝利島」の章だった。折しも正木さんの移住と時を同じくして、同章で、硫黄島で奮闘する婦人部員の模様がつづられていた。「硫黄島は鹿児島の人でも知らないほど小さな島です。にもかかわらず、事細かにつづってくださった池田先生のお心に深い感謝が込み上げました」
 "良き島民となり、島の繁栄に尽くそう”と決め、仕事で実証を示そうと真剣に祈った。
 牛の繁殖の成功は、受胎率の向上が鍵を握る。夫妻はそのために、分娩スケジュールの管理方法を独自に考案するなど地道な努力と創意工夫を重ねた。その結果、子牛1頭から始め、4年後には母子・子牛わせて19頭を飼育するまでになった。
 また、島外からの小中学生を受け入れる「しおかぜ留学制度」の里親として、中学生3人を自宅で受け入れ、保育施設の支援員や郵便の代配なども務めている。」
「仕事も島への貢献もこれからが勝負。小さな島では一人の 存在が大きいからこそ、皆さんのお役に立てる人間に成長したい」—正木さんは報恩感謝の人生を歩み続ける。​​​​​​

(2019年10月11日 聖教新聞)

「正義の勝利島」







最終更新日  2019.10.12 12:14:14
2019.10.07

新しき決意の出発! 
世界広布新時代第43回本部幹部会 沖縄総会
​2020年――創立90周年は「前進・人材の年」​
池田先生が祝賀のメッセージ
原田会長・永石婦人部長が5カ国・地域の友と
笑顔こそ対話の極意 朗らかに正義を語れ

さあ、「創価学会 世界聖教会館」完成とともに迎える「11・18」へ、そして、明年の学会創立90周年へ! “平和の楽土”沖縄の天地で、前進また前進との誓いを新たにした本部幹部会。今ここから、全世界の同志と肩を組み、“私自身の人間革命”のドラマをつづりゆこう(恩納村の沖縄研修道場で)

 「世界広布新時代第46回本部幹部会」が6日午後、「沖縄総会」の意義を込めて、恩納村の沖縄研修道場で盛大に開かれた。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、SGI(創価学会インタナショナル)本幹研修会で来日した5カ国・地域の友と出席。同研修道場をはじめ沖縄本島各地と、宮古文化会館、八重山文化会館の県内10会場を中継で結んで行われた。席上、90年のテーマ「前進・人材の年」が発表された。池田大作先生は祝賀のメッセージ(3面に掲載)を贈り、「立正安国論」の主人と客人の問答を踏まえ、笑顔こそが対話の極意であると強調。本有無作の生命で、正義と真実を朗らかに悠々と語り切ろうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は11日から15日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)

 真っ青な空に、高々と太陽が輝く。眼下には、世界へとつながるエメラルドの大海原が広がる――地涌の友が集った沖縄研修道場。ここには、「世界平和の碑」が立つ。“破壊の象徴”だった、かつての核ミサイル発射台を、池田先生の提案で“平和の象徴”へと転じた記念碑である。
 最も苦しんだ人を、最も幸福に――誰よりも池田先生は沖縄の血涙の歴史を命に刻み、友に寄り添い、真心の励ましを送ってきた。
 沖縄は、太平洋戦争末期、本土防衛の「捨て石」にされた。凄惨な地上戦が繰り広げられ、県民の4人に1人が尊い命を落とした。
 池田先生は、第3代会長に就任直後の1960年7月16日、米国の施政権下にあった沖縄へ。
 そして64年12月2日、沖縄の地で筆を執り、小説『人間革命』の執筆を開始したのである。「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」と――。
 不二の同志の戦いによって今、沖縄は、幸の花咲く模範の楽土となった。​

池田先生のメッセージ
広布に生き抜く生命は偉大 人間革命の大歓喜に舞え!

SGI本幹研修会で来日した友が誓いのカメラに。初めて沖縄を訪問したインドのメンバーは、沖縄の広布史を学び、「自分の人生を世界広布にささげる決意が固まりました」と(沖縄研修道場で)

 一、わが師・戸田城聖先生は、第2代会長になられた折、私に一首の和歌を詠んでくださいました。
 「現在も 未来も共に 苦楽をば 分けあう縁 不思議なるかな」と。
 沖縄の広宣流布は、この恩師から直々に託された誓願であります。ゆえに私は、第3代に就任して真っ先に沖縄へ飛びました。
 そして、愛してやまない沖縄の同志たち一人一人と、「苦楽を分けあう不思議なる縁」を結び、深め、広げてきたのであります。
 以来、60星霜になろうとする今、わが沖縄家族の栄光と凱歌の晴れ姿ほど、うれしいものはありません。沖縄本島の各地と宮古・八重山など10の会場を結ぶ大晴天・大歓喜の沖縄総会、ならびに本部幹部会、誠におめでとう!(大拍手)
 遠路はるばる集われたSGIの皆さん方、ようこそ、お越しくださいました。この福徳は、いかばかりか。
 何より御本仏が、「心ざし大海よりふかく善根は大地よりも厚し」(御書1105ページ)と賛嘆してくださっているでありましょう。本当にありがとう!(大拍手)
 一、わが創価学会は、どこまでも「御書根本」です。
 だからこそ、何があっても行き詰まらない。
 だからこそ、限りなく前進できるのであります。


 大難の佐渡で記された「諸法実相抄」の一節を拝したい。
 「たえて弘めん者をば衣を以て釈迦仏をほひ給うべきぞ、諸天は供養をいたすべきぞ・かた(肩)にかけせなか(背)にを(負)ふべきぞ・大善根の者にてあるぞ・一切衆生のためには大導師にてあるべし」(同1359ページ)との仰であります。
 日蓮大聖人の正統の門下たる創価の師弟は、三類の強敵と戦い、いかなる難も耐え忍びながら、妙法を弘め抜いてきました。それゆえに、三世十方の仏菩薩も、諸天善神も、我らを断固として護らずにはおきません。
 このたゆまぬ大前進の中から、我らは地涌の人材を二陣三陣と呼び出し、励まし育て、一切衆生のためにと、地域へ社会へ世界へ、送り出しています。そして、その模範の中の模範、希望の中の希望こそ、わが沖縄創価学会なりと、胸を張って宣言したいのであります(大拍手)。

仏性に向かって
 一、本日、代表の友が参加されているブラジルでも台湾でも、インド、シンガポールでも、そして韓国でも、創価の誉れの宝友たちは、法華経に説かれる「柔和忍辱(にゅうわにんにく)の心」を深く体して、大変であればあるほど、「いまだこりず候」(同1056ページ)と御書の通り、勇敢に誠実に忍耐強く信念の行動に打って出てきました。
 「立正安国論」には、対話の極意が幾重にも示されています。それは、相次ぐ災難をどうすれば打開できるかを巡る語らいです。
 その中で、仏法への誤った理解を正されると、客人は顔色を変えて怒り出し、杖(つえ)を手にとり、席を蹴(け)って立ち去ろうとします。
 しかし、その時「主人咲(え)み止(とど)めて曰(いわ)く」(同24ページ)。すなわち、すかさず微笑みを浮かべて、客人の足を止め、おおらかに包み込みます。そして、再び諄々(じゅんじゅん)と対話を進め、最後には、客人が主人と「誓い」を共有して、ついに「立正安国」の行動へ一緒に踏み出すのです。
 仏法者の言論は、たじろいだり、気取ったり、臆(おく)したりする必要はない。「はたらかさず・つくろわず・もとの儘(まま)」(同759ページ)という本有無作の生命で、相手の仏性に向かって、正義と真実を朗らかに悠々と語り切っていけばよいのであります。
 この笑顔の対話の力を生き生きと発揮して、歓喜あふれる友情の舞、幸福の舞、平和の舞を広げているのが、まさしく沖縄広布の尊き父母たちであり、創価家族の偉大な「おじい」「おばあ」ではないでしょうか。
 大聖人は、夫に先立たれ、幼子を抱え信仰を貫いてきた健気な母を励まされました。
 「此の妙の字は仏にておはし候なり、又此の妙の文字は月なり日なり星なりかがみなり衣なり食なり花なり大地なり大海なり、一切の功徳を合せて妙の文字とならせ給う、又は如意宝珠のたま(意のままに何でも取り出すことができる宝の珠)なり」(同1484ページ)と。
 妙法を唱え、広布に生き抜く生命が、不幸になどなるわけがない。
 太陽のように明るく、大地のように豊かに、大海のように広々と境涯を開き、生活にも、環境にも、未来にも、幸の花を咲かせ、宝の価値を自由自在に創造していくことができる。
 必ず現実を変えられる。
 断じて皆を幸せにできる。
 これが、御本仏の絶対の約束なのであります。この無量無辺の仏力・法力をこんこんと湧き出していくのが、我らの信力・行力です。

一念の転換から
 一、55年前の12月2日、ここ沖縄で、小説『人間革命』の執筆を始めた忘れ得ぬ日、私は居合わせた若き沖縄健児たちと握手を交わし、語りました。
 ──人間生命の一念の転換から、国土の宿命も転換できる。この沖縄から幸福の風、平和の波を起こそう! 日本と世界を背負う大人材を出そう!と。
 今、その通りの実証が無数に光っているではありませんか!
 この沖縄研修道場も、世界の知性から「人間が平和を創造できるという“象徴の地”」として大いなる希望を寄せられています。
 このたび誕生した「世界聖教会館」の言論会館の須弥壇(しゅみだん)には、ここ沖縄研修道場の石が、日本の全都道府県、さらに世界五大陸の石とともに、平和と安穏と繁栄への祈りを込めて埋納されております。
 また「世界聖教会館」という意義にふさわしく、建物の至る所に、ブラジル、インドなど、世界中の美しい石材が用いられているのであります。
 私は、今再び、沖縄をはじめ全世界の信頼する後継の青年たち一人一人と固い心の握手を交わしたい。そして、大好きな「沖縄健児の歌」を共々に歌いながら、新たな「人間革命」の大前進を、大歓喜のカチャーシーを舞うがごとく開始しようと申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。

(2019年10月7日 聖教新聞)








最終更新日  2019.10.07 11:49:24

全47件 (47件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.