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晴ればれとBlog

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随筆 永遠なれ 創価の大城

2019/12/02
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随筆「人間革命」光あれ 池田大作 

​創価の陣列に力あり​ 

学会は永遠に前進! 威風堂々と

誓いの後継よ 二陣三陣と立ち上がれ


 その日その朝、私は、師から託されていた使命を胸に、遠大なる走破へ一歩を踏み出した。
 愛する沖縄の天地で、小説『人間革命』の執筆を始めたのである。
 1964年(昭和39年)の12月。日付は恩師・戸田先生の命日である2日と決めていた。世界広宣流布の旅に出発したのも、会長就任の年、10月の2日である。
 恩師の「妙悟空」の筆名を「法悟空」として引き継いだ『人間革命』は、それ自体が師弟継承の物語といってよい。
 師の厳しくも温かな眼差しを常に感じながら、先生ならどうされるかを常に問いながら、ペンの闘争に打って出たのだ。
 
黎明は沖縄から
 55年前、沖縄本部の小さな和室の文机で書き起こした「黎明」の章は、沖縄の宝友たちとの共戦譜そのものである。
 前夜の地区部長会では「国土世間を変えゆく要諦は、人間革命にある。必ず沖縄を、平和と繁栄の、模範の社会に!」と語り合った。
 戦争で両親を亡くした青年部の友には、恩師の和歌を書き贈った。
 「辛くとも 
   歎くな友よ
    明日の日に
   広宣流布の
    楽土をぞみん」
 
 最初の原稿を書き上げた午後には、学生部の友と固い握手を交わした。その英才たちが中核となって、10年後、青年部の反戦出版の第一弾となる『打ち砕かれしうるま島』を発刊してくれたのである。
 共戦の55年の歳月、大誠実の沖縄家族は一人ひとりが自らの人間革命に挑みながら、人類の希望と光る楽土の建設へ、「命をかけて ひと筋に」走り続けてくれた。
 明年は、沖縄支部の結成60周年でもある。今再び沖縄から、広宣流布と立正安国の新たな「黎明」が世界へ広がりゆくことを、私は強盛に祈ってやまない。
 
人材を育む祈り
 紅(くれない)燃ゆる紅葉が大地から噴き上がるように──我らも情熱の炎を燃やし、新たな年へ!(1998年11月、池田先生撮影。京都で)

 創立90周年へ、わが同志は今、威風堂々の大前進を開始している。
 「先駆」の大九州も、「常勝」の大関西も、意気と歓喜にみなぎる美事な総会であった。
 日本全国いずこでも、新進気鋭のリーダーが誕生し、百戦錬磨()の先輩と共に、御本仏から任された「其の国の仏法」(御書1467ページ)のために奮闘している。頼もしい限りだ。
 最晩年、「もう何もいらない。ただ人材が欲しい」と語られていた戸田先生がどんなに喜ばれているか。
 戸田先生が線を引き、二重丸を付して大切にされていた有名な御聖訓がある。
 「妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提(いちえんぶだい)にひろまらせ給うべき瑞相(ずいそう)に日蓮さきがけ(魁)したり、わたうども(和党共)二陣三陣つづきて迦葉(かしょう)・阿難(あなん)にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし」(同910ページ)
 先生は、この仰せのままに、殉教の先師・牧口先生の心を継ぎ、戦後の荒野に、ただ一人立たれたのである。
 そして二陣三陣と続く地涌の若人を呼び出し、薫陶(くんとう)された。魂(たましい)の炎(ほのお)をつなぐ師弟の共戦と後継なくして、一閻浮提広宣流布の実現はないからだ。
 明「前進・人材の年」は、まさに、この共戦・後継に焦点がある。

広布とは「人間勝利の花」「平和と文化の華」を咲かせゆく前進! 香り高き菊花に囲まれて(1997年11月、山梨教学研修センターで

 日蓮大聖人は、四条金吾への手紙に、「殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり」(同1169ページ)と綴られた。
 御自分のことよりも、わが直弟子こそ「法華経の命を継(つ)ぐ人」であり、何よりも大事な存在であると、勝利を祈り、励まし抜かれた大慈大悲が拝されてならない。
 後輩を自分以上の人材に、そして二陣三陣と続く後継の友の道を、広々と開いてみせる──この深き祈りと励ましが人材を育むのである。
 そのためには、まず、先輩やリーダーが自ら労苦の汗を流すことだ。人びとに尽くし、勇気と希望を広げる人材の手本を自分が示す以外にない。生まれ変わった決意で、自身の人間革命に挑戦しゆくのだ。
 「月月・日日につよ(強)り給へ」(御書1190ページ)と仰せのように、惰性(だせい)を排(はい)し、朗々たる題目の師子吼(ししく)で魔を打ち破って、一日一日、生き生きと前進することだ。
 「創造的な活動によって、人は自分自身に新しい命を授ける」──これは、ナチスの暴虐に苦しむ祖国ポーランドのために戦った音楽家パデレフスキの言葉である。
 学会は「価値創造」の団体である。創価の師弟は、この濁世(じょくせ)にあって、何があろうとも、平和と幸福の価値を無限に創造しゆく使命を担って、ここに雲集しているのだ。
 
生命は響き合う
 11月18日、創立のその日に開催された本部幹部会は、“世界民衆平和会議”というべきSGI総会でもあった。
 それこそ「万里の波濤(はどう)」を越えるような求道の熱い心で集い来られたのは、世界65カ国・地域、280人の地涌の指導者である。
 「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(御書1223ページ)と賞讃された御本仏のお心を拝するにつけ、同志の尊き「心ざし」の陰徳陽報(いんとくようほう)は厳然たり、と確信してやまない。
 総会の前日、世界の友は、台風・大雨の被災等を乗り越えてきた関東五県の32会場に走って、交流交歓会に臨んだ。
 “地球家族”のザダンカイには、多数の友人も参加され、南無妙法蓮華経の題目が“世界の共通語”になっていることや、海外メンバーの明るさや信仰体験に大きな感動の輪が広がった。
 世界の友と日本の友の信心の息吹が力強く響き合って、「随喜する声を聞いて随喜し」(同1199ページ)という大歓喜の連鎖が起こったのだ。まさに人間と人間、魂と魂の生き生きとした結縁(けつえん)と触発(しょくはつ)こそ、広宣流布の源泉といってよい。師弟の絆(きずな)、同志の団結の不変の力がここにある。
 
 戸田先生とご一緒に迎えた最後の創立記念日に、私は書き留めた。
 「先生の力で、われらはこれまで育つ。
 先生の力で、妙法の境涯を開く。
 先生の力で、われらの力は発揮できた。
 先生の師恩は、山よりも高し。海よりも深し。
 忘れじ、われは。偉大なる師の歴史を世界に示さん。誓う、堅く」──
 この不二の縁で結ばれた後継の陣列によって、世界広布の大道はいやまして開かれていくのだ。
 
種を蒔く人の歌
 災害が打ち続いた本年、農漁光部の方々のご苦労が痛いほど偲ばれてならない。「変毒為薬(へんどくいやく)」されゆくことを祈念し、題目を送らせていただく日々である。
 豊かな実りの陰には、大地を耕し、種を蒔(ま)いた人の苦闘が必ずある。
 長年、親交を結んだキルギス共和国出身の文豪アイトマートフ氏は、祖国の古謡「種蒔く人」を深く愛されていた。
 創価学園生に温かな励ましを送られた際にも、この古謡を朗誦された。
 「蒔かれた種に心ゆくまで水をやり……一粒の種が千粒の実をつけますように」──と。
 炎天をものともせず、農作業に励む尊さを謳い上げた一節を通し、「種蒔く人の祈り」を強調したのだ。とともに氏は、後悔なき人生の根本を、こうも示していた。
 「自分がだれで、どこから来たのかを忘れないこと、打算も理由もなしに無条件に自分を愛し、育ててくれた人々への感謝を忘れないこと」と。
 創価の多宝の父たち母たちは、同志に会う際、祈り抜いて臨んできた。その真剣な心に「ここまで自分のことを思ってくれていたのか」と多くの後輩が立ち上がり、広布の闘士に育ったのだ。
 いつの時代も、人材の育成に近道はない。だが友の可能性を信じ、大確信で向き合えば、時間はかかろうとも、必ず成長の姿で応えてくれる。
 素晴らしい伝統となった未来部の「E─1グランプリ」も、実に多くの方々の祈りと真心の結晶である。晴れ舞台に立った未来部の友は笑顔で語った。「応援してくださった同志の皆さんの祈りのおかげなんです」と。
 今回、多くの未来部員とその友が、挑戦してくれた。伸びゆく世界市民たちは、何と凜々しく、何と心豊かに、何と聡明に育ってくれていることだろうか!
 この尊き心の大地に、私たちはさらに希望の励ましを注いでいきたい。

    2009年12月──冷戦終結20周年の節に、ゴルバチョフ元ソ連大統領を歓迎。
10度目の語らいは、青年への期待に満ちて(都内で)

勇気を! どんな壁も必ず破れる!
挑戦し突破せよ
 嬉しいことに今、世界の青年たちが小説『新・人間革命』を学んでくれている。それは、さながら師弟の心の対話である。
 欧州でも「『新・人間革命』世代よ 光り輝け!」を合言葉に、連帯を広げている。
 本年11月は、あの「ベルリンの壁」の崩壊(ほうかい)から30年──。
 私は、10年前(2009年)の師走、冷戦終結の立役者ゴルバチョフ氏と語り合った。
 「今再び、『どんな壁も必ず打ち破れるのだ』という勇気を、共に世界の青年に贈りたい」と。
 人生も、社会も、常に「壁」との戦いである。
 しかし、行く手を阻(はば)む壁を一つ一つ突破しゆくことが、青春の挑戦であり、本懐(ほんかい)である。そして「地球民族主義」のビジョンをもって、世界を分断するいかなる壁も、悠然と越えていくのだ。
 一人の「人間革命」から人類の「宿命転換」へ──この大いなる主題を誇り高く掲げ、わが創価の世界市民よ、誓いの後継たちよ、地涌の使命の炎を燃やし、走りゆこうではないか! ​​


  (随時、掲載いたします)
(2019年12月2日 聖教新聞)











Last updated  2019/12/02 07:45:23 PM


2018/12/27

​​随筆 永遠なれ創価の大城  池田大作

36 地涌の力は無限


学会には偉大な信心がある
人生最善の闘争を仲良く朗らかに
わが人間革命から新たな平和の潮流を



 「創価学会には信心がある!」
 今も、私の心に轟(とどろ)く大師子吼(だいししく)である。
 恩師・戸田城聖先生は、なぜ、学会が旭日(きょくじつ)のごとく大前進しているのか、その原動力について叫ばれたのである。
 1957年(昭和32年)の11月、先生の願業である75万世帯の折伏の成就が迫った総会の席であった。
 取材の報道陣も20数社に及んだ。当時は、誤解や悪意の批判があまりにも多く渦巻いていた。
 先生は、そうした「信なき言論」に対して宣言されたのだ。
 敗戦後の荒廃し切った日本社会に立って、唯々「信心」の力で、不幸に喘(あえ)ぐ庶民を蘇生(そせい)せしめてきたのが、創価学会だ。
 偉大な信仰に目覚めた、偉大な人間革命の姿を見よ! 我らは、どこまでも信心を根本に、日本そして世界の民衆を幸せにし、社会をよりよくしていくのだ、と。


 以来60余星霜──。この「信心」即「人間革命」の勝利劇は、今や、地球上のあの地この地で繰り広げられている。
 なかんずく本年1年、いずこからも新たな地涌の菩薩が澎湃(ほうはい)と躍(おど)り出て、広宣流布の見事な大拡大が成し遂(と)げられた。
 婦人部も、壮年部も奮闘した。男子部も、女子部も、男女学生部も、そして未来部も、目覚ましく成長してくれている。
 世界の各地で「ここに希望の光がある!」と、創価の師弟へ信頼と賞讃が寄せられる時代だ。
 戸田先生は、「断固として信心で勝ったな!」と会心の笑みを浮かべておられるに違いない。

無尽蔵の智慧が
 「信心」とは何か。
 その無量の意義を、私は戸田先生から教えていただき、師弟相伝の宝として生命に刻(いざ)んできた。
 御本仏・日蓮大聖人は、けなげな女性の門下へ、「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり」(御書1244ページ)と仰せになった。
 この御文を拝されて、先生は、地位や権威でも、名声や財産でもない。「信心」のある人こそが一番、偉いのだ。まさに学会の婦人部ではないかと、声を強められた。

 信心とは、いうなれば、
 「宇宙究極の法則」
 「智慧の宝蔵」
 「求道の太陽」
 「賢者の正道」
 「英知の利剣」
 「不滅の大哲学」──この大確信である。

 妙法への深き信心は、「以信代慧(いしんたいえ)(信を以って慧に代う)」の法理に則(のっと)り、宇宙大の智慧(ちえ)を湧き出していく源泉である。
 「信心のこころ全(まった)ければ平等大慧(びょうどうたいえ)の智水乾(ちすいかわ)く事なし」(同1072ページ)と示される通りだ。
 人生も、社会も、常に試練の連続だ。厚い壁に突き当たることもある。しかし自行化他(じぎょうけた)の題目を唱え抜いて戦うところ、必ず無尽蔵の智慧が滾々(こんこん)と湧いてくる。突破できぬ困難は断じてない。
 豪雨や台風、地震など自然災害が続いた1年、全被災地の1日も早い復興と、安心の生活の再建を、深く祈念せずにはいられない。
 いずこの被災地でも、わが創価の宝友は、どれほど賢者の英知を発揮して、献身の行動を重ねておられることか。
 豪雨災害に直面した、広島のある婦人リーダーは、被災された方々に寄り添い、ともかく話をじっくり聴くことを心がけてきたという。若い人たちと協力して、仮設住宅での女子会や健康セミナーなどを行い、皆が少しでも元気になればと、創意工夫を凝らしている。
 また、グローバル化などにより、身近な地域社会も大きく変化している。外国人居住者が急増する地域もある。その中で、わが創価家族は、多様な一人ひとりと向き合い、快活にして温かな心配りで、共に生きるスクラムを広げている。
 今月は、「世界人権宣言」が国連で採択されて70年の佳節であった。
 成立の大功労者である人権の母エレノア・ルーズベルト氏は語った。
 「他人の風俗や習慣を認めて尊重すること自体は小さなことかもしれない。だがそれがもたらす相互の敬愛の実りの、何と大きく豊かなことか」
 一個の「人間」として互いに尊敬し合い、生命本来の尊厳を輝かせていける慈愛の世界を、創価の人間主義の智慧は創り開くのだ。

誓いつなぐ力走
 御聖訓には「真実一切衆生・色心(しきしん)の留難(るなん)を止むる秘術は唯(ただ)南無妙法蓮華経なり」(御書1170ページ)と仰せである。
 大宇宙と生命の本源のリズムに合致しながら、絶対の幸福と永遠の平和へ価値創造しゆく根本の方途が、信心なのだ。

 信心とは、まさしく、
 「生命の宝冠」
 「永遠の青春の心」
 「感動の人生」
 「和楽の光源」
 「平和の大道」
 「人間学の王道」
 「無上の幸福学」──に他ならない。

 座談会を軸に、感激の同志、久遠の友と励まし合って、織り成していく広布のドラマは、歓喜とロマンに満ちている。
 今月初めにも、ヨーロッパ21カ国から来日した求道の若人が東北を訪れて、「欧州と奥州」の連帯のエールを交わし、希望の太陽が昇るような素晴らしき青年友好総会が開催された。
 人材の城・東北6県での交流交歓会も、世界同時進行の広布新時代を開く決意が光っていた。
 「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(同1360ページ)と仰せのごとく、地涌の使命に目覚めた一人、また一人が、世界中で湧き出ずるように誕生しているのだ。
 目を見張(みは)り、胸躍(むねおど)る世界広布の新展開である。
 大聖人は「信心の血脈(けつみゃく)なくんば法華経を持つとも無益(むえき)なり」(同1338ページ)と断言なされた。
 「広布の誓願」を貫く創価の三代が受け継いできた「信心の血脈」は、「地涌の義」(同1360ページ)に寸分違うことなく一閻浮提(いちえんぶだい)に広がり、国境も、民族も、言語や文化の差異さえも超えて、一人、また一人へと脈々と流れ通っている。
 共戦の師弟に励まされた一人が立ち上がり、目の前の一人に励ましの襷を渡す。その一人がまた次の一人に励ましの襷(たすき)をつないでいく──。この信心のリレーが、一人ひとりの人間革命の力走を紡(つむ)ぎ出していくのだ。

 先日の「全国高校駅伝」(男子第69回全国高等学校駅伝競走大会)では、大阪代表として初出場を果たした関西創価高校の選手たちが、師走の都大路を、懸命に襷をつないで駆けてくれた。
 本当によく頑張った。私は妻と一緒に、“負けじ魂ここにあり!”との関西創価の英姿に、祝福の大拍手を送った。
 
金剛の勇気で!
 戸田先生と私は、さらに「ふかく信心をとり給へ、あへて臆病(おくびょう)にては叶(かな)うべからず候」(同1193ページ)の御文を拝し、「法華経の兵法」の何たるかを確認していった。

 信心とは──
 「最極の正義」
 「金剛の勇気」
 「不壊の大城」
 「人生最善の闘争」
 「邪悪への攻撃精神」
 「将軍学の極意」
 「勝利の軌道の法則」なり、と。

 広宣流布、立正安国とは、いかなる戦いか。
 大聖人は、この現実社会を主戦場として、法華経の行者と魔軍が「とられじ・うばはん」(同1224ページ)とする大法戦であると明かされている。
 御本仏が「一度もしりぞく心なし」(同ページ)と戦い抜かれた、この広宣の大道に誇り高く連なっているのが、創価の勇気ある信心である。
 この信心から、我らは常に出発する。信心で団結し、信心で戦うのだ。
 それゆえに、学会には地涌の無限の力が満々と漲り、広大無辺の功徳が現れ出ずる。皆が仏になる一生成仏の厳然たる実証が輝き光るのである。

文明創造の挑戦
 「広宣流布大誓堂」の建立から5周年──。
 不思議なる時を得て、「人間革命」の大歓喜の広がりは、この5年間で確固たるものとなった。
 14世紀のイスラム世界で活躍し、あのトインビー博士が「偉大な歴史家」と称(たた)えたイブン・ハルドゥーンは、進展していく文明の姿を描いた。
 「それはまるで、新しい創造、新しい生成が起こり、新世界が生まれたかのごとくになる」
 今、まさに世界の激動の荒波の水底で、新しき創造の大いなる潮流が広がっている。
 すなわち、万人に具わる生命の尊厳性を開き輝かせる、新たな人間主義の潮流である。どこまでも一人の人間における人間革命を起点として、漸進的(ぜんしんてき)に地域革命、社会革命へと進む、民衆革命であり平和革命である。
 この広宣流布という、人類の宿命を転換する壮大な文明的挑戦を、いよいよ勢いを増して断行するのだ。

恐れなく堂々と
 「世界人権宣言」作成に尽力されたブラジルの“人権の獅子”アタイデ氏は私に語られた。
 21世紀は「『精神の力』がはかりしれないほどの働きを示す世紀になる」「信仰にもとづく息吹(いぶき)は、平和と秩序と正義を拡大していきます」と。
 「精神の力」──私たちでいえば「信心」である。生命に具わる無限の可能性への確信である。
 何が起ころうが、私には信心がある! わが家には信心がある! 我らには偉大な信心がある!
 だから何ものも恐れない。だから絶対に乗り越えられない苦難はない。真面目に、誠実に、勇敢(ゆうかん)に、信心をやり切って、最後は必ず勝つのだ!
 この合言葉で、いよいよこれからと、「強盛の信心」で、威風(いふう)も堂々、進みゆこう!
 どうか、無事故で、健康第一で、よいお正月をお迎えください。そして来年も共々に戦い、共々に勝とうではないか!
                                 (随時、掲載いたします) ​​


 エレノア・ルーズベルトの言葉は『生きる姿勢について』佐藤佐智子・伊藤ゆり子訳(大和書房)、イブン・ハルドゥーンは『歴史序説』森本公誠訳(岩波書店)。


(2018年12月27日  聖教新聞)







Last updated  2018/12/27 05:00:06 PM
2018/11/05

​随筆 永遠なれ創価の大城 池田大作


35 青年こそ未来なり
 時は来た。前進だ 団結だ
 若き世界市民の連帯で地球を結べ
 尊き使命の君に 貴女に 栄光あれ

 南アフリカの人権の巌窟王マンデラ氏を、青年たちと共に歓迎。創価大学パン・アフリカン友好会の友の歌声に笑顔が輝く(1990年10月31日、信濃町の聖教新聞社で)

 「男子部の日」「女子部の日」を刻む栄光の月を、晴れ晴れと勝ち飾りゆく創価の青年部の皆さん、おめでとう!
 今も鮮やかに思い出す秋の日の光景がある。
 1990年(平成2年)――“獄窓1万日”に及ぶ獄中闘争を勝ち越えた人権の巌窟王、南アフリカのマンデラ氏を、わが宝の青年たちと共に、信濃町で熱烈に歓迎した。
 爽やかな陽光のもと、車から降り立ったマンデラ氏を握手で迎えると、男女500人の青年たちの「ビバ! マンデラ!」の歓声が包んだ。
 さらに創価大学パン・アフリカン友好会の友が「ロリシャシャ・マンデラよ……」と、氏の名前を呼びかける民衆の愛唱歌を歌い上げると、満面の笑みで応えられた。

「私は元気に!」
 五年後、新生・南アの大統領として来日されたマンデラ氏と再会した時、開口一番で話題にされたのは、最初の出会いの思い出であった。
 「あの青空。あの素晴らしい歓迎。
 たくさんの青年が迎えてくれました。私は元気になりました。
 創価大学の学生さんが歌ってくれた光景も、忘れられません」と。
 マンデラ氏は、創価の青年との出会いを、ことのほか大事にしてくださっていたのである。
 青年の力は計り知れない。恐れなきバイタリティー、挑戦と進取の勇気、未来を見つめる凜々しき瞳……それだけで、青年は、いかなる大富豪よりも「富める者」である。
 マンデラ氏との会見の最大のテーマは、何であったか。それは「教育」であり、「後継」ということであった。
 「一本の高い樹だけではジャングルはできない。他の多くの木々が同じような高さまで伸びて、大きな森の茂みができあがる」。こう私が申し上げると、マンデラ氏は深く頷かれていた。
 最晩年、マンデラ氏は東日本大震災に心を痛め、復興を祈ってくださった。その中で私にも一詩を贈っていただいた。
 そこには、「お互い歳を重ねましたが、それでも、私たちは共に世界と一体です」との心情が綴られていた。
 私が返詩に「世界を蘇らせゆく若き森が育ち、広がりゆく姿ほど大いなる喜びはありません」と込めてお伝えすると、大変に喜んでくださった。
 今年は、マンデラ氏の生誕100周年でもあった。アフリカをはじめ全地球規模で、希望の大森林の如く広がる創価の若き世界市民の希望の連帯を、あの笑顔で見守ってくださっていると確信する。

「誓願」の師子吼
 65年前(1953年)の11月、学会本部は、東京・西神田から、信濃町に移った。
 移転後まもなく迎えた牧口先生の10回忌法要において、戸田先生は烈々と師子吼された。
 ――私は弟子として、牧口先生の大哲学を世界に認めさせる! 価値論を世界的哲学として認めさせるまで戦う。もしも私の代でできなければ、戸田門下の君らがやってもらいたい、と。
 創価の哲学を世界へ! これが信濃町の本部での最初の宣言であった。
 師の「誓願」の通り、創価の哲学は日本の海岸線を悠々と越え出でた。
 日蓮大聖人の「太陽の仏法」は、今や、世界192カ国・地域へと広がり、人類に希望の光、幸福の光、平和の光を送り続けている。
 この世界広布新時代の地平を開いてくださったのは、他の誰でもない。草創の時代から今日に至るまで、御本仏の御遺命のままに広宣流布に走り抜いてきた、各国、各地の学会員である。庶民の父たち母たちである。
 今の栄光の時代に生きる青年たちは、どうか、この大恩を忘れないでもらいたい。そして後継の炎のバトンを握り、さらに新しい時代を創っていってほしいのだ。
 青年らしく、学会っ子らしく!

黎明の鐘を打て
 共々に「広布の黎明の聖鐘を打とう」――これは、中国方面の“山口開拓指導”に駆ける中、共戦の友に贈った言葉である。
 この決心で私が一切の指揮を執り、1956年10月から翌年1月まで、1波、2波、そして第3波と広布拡大に走った。
 この“山口闘争”には、志願兵の誇りと決意をもって、全国の同志が馳せ参じてくださった。東京から、北海道や東北など北国から、神奈川や埼玉、愛知から! また福岡や四国から、大阪、兵庫をはじめ全関西から! 恩師の願業たる75万世帯の達成へ、私と共に戦った一人ひとりが、第一級の広宣流布の闘士と輝きを放っていったのだ。

 “山口闘争”の第2波の渦中、私は萩(はぎ)の松下村塾を訪れた。牧口先生と戸田先生も敬愛されていた明治維新の先覚者・吉田松陰が、新時代の人材を育てた揺籃(ようらん)である。
 松陰いわく、「志ある人物は必ず志を同じゅうする友があり、師を同じゅうする朋がある」と。
 若くして人生の師を持ち、広宣流布という最も偉大な志を分かち合える朋友を持つ――これが、どれほど幸せなことか。
 戸田先生が松陰を語られる際には、その弟子、ことに高杉晋作(たかすぎしんさく)と久坂玄瑞(くさか げんずい)という若き双璧に、鋭い眼を注がれるのが常であった。先生は、大きな社会変革の中核には、必ず魂の結合から生まれる青年の熱と力があることを確信しておられた。
 この方程式は、歴史の“黄金則”であり、その通りに今、世界広布新時代の夜明けを告げる鐘が鳴り響いているのだ。

一切衆生が宝塔
 この8月には、シンガポールで「青年の祭典」が開催され、一万数千人の若人が歓喜躍動した。インドやタイ、マレーシアなど南アジア各国のリーダーも会し、「『平和の地球』を我らの勇気で!」と誓い合った。
 韓国と日本の青年部の交流も意義深かった。
 さらに9月には、アメリカ九都市で、大勝利の青年大会「正義の師子・5万」が、意気軒昂に行われた。その時に出演したアメリカの青年たちを中心に今、新たな友また友を糾合しようと、学会創立の月を記念する座談会の結集・充実に力を注いでいるという。
 アルゼンチン、ブラジルはじめ中南米でも、欧州でも、オセアニアでも、アフリカでも、「人間の尊厳と希望輝く新時代」へ、若人の前進は一段と勢いを増している。

 「御義口伝」に、「宝塔即一切衆生・一切衆生即南無妙法蓮華経の全体なり」(御書797ページ)との甚深の仰せがある。
 「法華経」に説かれる、大地より涌出した巨大で荘厳な宝塔は、実は一切衆生、すなわち民衆一人ひとりの生命そのものなのだ。人種も、民族も、出自も、職業も関係なく、ありのままの人間の姿が尊厳なる宝塔に他ならない。妙法の全体なのだ。
 ゆえに誰一人、卑下(ひげ)する必要はない。誰一人、孤独な絶望の闇に置き去りにされてはならない。
 「どうせ自分なんか」と自信を失った友に、「あなたこそ、最も尊い使命を持った、最も尊貴な人なのだ」と励まし、ロマンと希望に満ちた凱歌の人生を共々に歩むための仏法なのだ。
 青年こそ未来である。人類の至宝である。若き異体同心のスクラムで、一人また一人と友情を広げ、誰もが桜梅桃李と輝く「生命尊厳の宝塔」を林立させていくのだ! それは、皆が法華経の行者の自覚で、「仏語(=仏の言葉)を実語とせん」(同230ページ)とする壮大な挑戦といってよい。
 北海道から九州、沖縄に至る列島各地で開催中の青年大会や音楽祭でも、新たな地涌の若人が歓喜踊躍している。温かく支え応援してくださる壮年・婦人や、準備に当たる運営役員の方々にも心から感謝したい。
 出演者はもとより、地域の青年部・未来部の友が一人ももれなく信心の原点を築き、黄金の友情の行進を加速できるよう、皆で題目を送ろう!

若き力の開花を
 核兵器による「人類存続の危機」に警鐘を鳴らした、英国の哲学者ラッセルはかつて叫んだ。
 「若い人達を全世界的協力の可能性に気づかせること、そして人類全体の利益について考える習慣を生み出すことが、教育の目的の一つであるべきである」と。今なお不朽の言葉であろう。
 先頃、国連が取り組む「人権教育のための世界計画」第4段階のテーマが「青年」と決まった。この世界計画は「人権教育のための国連10年」(2004年終了)を引き継ぎ、人権文化の発展と人権教育に関する共通の理解を促進するべく設けられたものである。
 2005年から5年ごとにテーマを定め、進められてきた。「青年」と掲げる第4段階のスタートは、2020年からだ。
 このテーマの策定に際しては、わがSGIも、作業部会への参加や共同声明などを通して議論に加わってきた。
 私自身、毎年の平和提言などを通し、青年に焦点を当てた人権教育を一貫して提唱してきた。それだけに、今回の決定を何よりも嬉しく思う。
 ともあれ、「青年のエンパワーメント(内発的な力の開花)」は、まさに全地球的なテーマとなっているといってよい。
 だからこそ、わが学会は、いよいよ青年と共に、世界の同志と一緒に、麗しき「水魚の思」の団結で前進するのだ!
 28年前の対話の最後、私はマンデラ氏と歩みつつ未来を展望した。
 ――試練を乗り切り、戦い勝ってこそ、偉大である。真実の正義は、100年後、200年後には必ず証明される、と。
 この最極の人間革命の大道を、わが不二の青年たちよ、いざ朗らかに胸を張り、未来へ、勝利へと、闊歩してくれ給え!
     
                                     (随時、掲載いたします)
 吉田松陰の言葉は『講孟劄記(上)』近藤啓吾訳(講談社)。ラッセルは『人類に未来はあるか』日高一輝訳(理想社)。


(2018年11月5日  聖教新聞)







Last updated  2018/11/05 08:58:54 PM
2018/09/15
​随筆 永遠なれ創価の大城 池田大作

34 「人間革命」の大光

新たな師弟の大叙事詩を共々に
試練を越えて民衆勝利の太陽は昇る

 何よりもまず、6日の未明、北海道を襲った最大震度7の激烈な地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。
 また6月の大阪北部の地震に続き、今月初め、関西・中部等で台風21号による暴風雨・高潮の災禍(さいか)がありました。
 2カ月前、中国・四国地方を中心に甚大な被害をもたらした西日本豪雨からの復興も途上です。
 世界でもインドネシアの連続地震、アメリカの頻発(ひんぱつ)する山火事、ハワイの火山噴火など、災害が打ち続いています。
 被災地域に早く安心の日が戻るよう念願するとともに、不屈(ふくつ)の心で復旧・復興へ尽力されている全ての宝友に、懸命に題目を送っております。
 私たちの祈りは「立正安国(りっしょうあんこく)」の祈りであり「変毒為薬(へんどくいやく)」の祈りです。日本中、世界中のいずこの地にも通じていきます。
 御本仏・日蓮大聖人は「わざはひ(禍)も転じて幸(さち)となるべし、あひかまへて御信心を出(いだ)し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就(じょうじゅ)せざるべき」(御書1124ページ)と示されました。
 苦難の時こそ、勇気と智慧(ちえ)と慈悲(じひ)を奮(ふる)い起(お)こし、自他共の幸福、地域社会の安穏(あんのん)のため、「立正安国」「変毒為薬」の誓いの連帯を広げていくのが、創価の我らです。
 季節の変わり目、北海道では厳しい冷え込みが始まっていると伺(うかが)っています。わが同志の健康と無事安穏を、ひたぶるに祈念する日々です。

巌窟王の心継ぎ
 過日、私は久方ぶりに山梨県を訪れた。
 常に東京と一体で、いかなる広布の闘争にも、勇んで打って出てくれる「ああ感激の同志」こそ、わが山梨家族である。
 婦人部を中心に題目の渦(うず)を起こしながら、明るく仲良く団結し、前進している息吹が頼もしい。
 忘れ得ぬ功労の方々への追善(ついぜん)も、妻と懇(ねんご)ろにさせていただいた。
 山梨は、63年前、恩師・戸田城聖先生のもとで「水滸会(すいこかい)」の野外研修を行った天地でもある。今回、山中湖畔を車で走った際には、青年たちが相撲大会を繰り広げた場所も懐(なつ)かしく見つめた。
 ――師匠の前での取り組みであった。皆、真剣勝負で闘魂(とうこん)をたぎらせ、ぶつかり合っていった。
 先生も私も、前へ前へ突き進む「押し相撲」が好きだ。思い切って力を出し合う若人に、勝敗を超え、身を乗り出して声援を送ってくださった師の笑顔が忘れられない。
 その黄金に輝く師弟の思い出の劇を、堂々たる王者の富士が、じっと見守っていた。
 「強敵(きょうてき)を伏(ふ)して始(はじめ)て力士をしる」(同957ページ)。

恩師は、この御文を通して、試練に挑む青年を励まされた。
 過酷(かこく)な宿命という強敵に、怯(ひる)まず恐(おそ)れず立ち向かってこそ、人間革命は成し遂げられるのだと。
 戸田先生も愛読されていた、山梨出身の文豪・山本周五郎(やまもとしゅうごろう)は語った。
 「転んでも転んでも起きあがってゆく人を見ると、こちらまで勇気づけられる」
 思えば、戸田先生の小説『人間革命』の主人公の名前は「巌九十翁(がんくつおう)」。まさに転んでも転んでも起き上がり、師匠の正義を宣揚(せんよう)せずにはおかない不撓不屈(ふとうふくつ)の「巌窟王(がんくつおう)」の意義が留められていた。
 そして私が続編として書き継いだ『人間革命』に登場し、恩師の逝去後の大前進を描く『新・人間革命』の主人公となるのは「山本伸一」――。烈風にも揺るがぬ富士の如き、「巌窟王」の闘魂を受け継ぎ、踏まれても踏まれても伸びて、師弟勝利の大樹と聳(そび)え立つ決意が、「山本伸一」の名には込められている。

大歴史家の期待
 英国の大歴史家トインビー博士からは、英語版の『人間革命』第1巻に真心あふれる「序文」を寄せていただいた。私たちがロンドンで対談を始める直前のことである。
 その中で博士は、創価の師弟の「迫害に耐え抜く勇気」と「持続的な忍耐力」、さらに「行動をもって示す誠実さ」を讃えてくださった。
 そして「創価学会は、既に世界的出来事である」とし、人間革命の運動が人類の精神的価値観を大転換していくことに、大いなる期待を寄せてくださったのである。
 今、創価の世界市民が、あらゆる試練を勝ち越えゆく「人間革命」の連帯で地球を結んでいることを、博士も笑顔で見守っておられるに違いない。

「命の限り」と 
 今月8日、小説『新・人間革命』の新聞連載が、全30巻をもって、完結の時を迎えた。
 沖縄での前作の起稿からは、54年に及ぶ執筆となる。
 「命の限り」と覚悟しての挑戦であったが、全同志の真心に包まれ「更賜寿命(きょうしじゅみょう)」の大功徳で、牧口常三郎先生、戸田先生にお誓いした世界広布の大前進の中、連載の区切りをつけることができた。
 弟子として感慨は無量であり、感謝は言葉に尽くすことができない。
 あの地震直後の北海道では、婦人部をはじめ、同志の祈りと関係者のご尽力で、最終回の載った8日付紙面が印刷・配布されたと伺った。
 あらためて、陰に陽に支え続けてくださった、日本中、世界中の全ての皆様に心から御礼を申し上げたい。
 ありがたくも、「連載が終わって寂しい」との声も多く頂いている。
 しかし、師弟して歩む我らの「人間革命」の挑戦に終わりはない。
 私は、可憐(かれん)な鼓笛隊の演奏会で目に留めた光景を思い出す。それは、舞台の奥で真剣に打楽器を叩く乙女が、演奏の際、楽器にパッと手を添え、余韻(よいん)が残らないように工夫していた姿である。
 「余韻にひたらず、常に新たな前進を!」――日蓮仏法の真髄(しんずい)は「本因妙(ほんいんみょう)」だ。一つの「終幕」は、新たな戦いの「開幕」なのである。
 まさに「月月・日日につよ(強)り給へ・すこしもたゆ(撓)む心あらば魔たよりをうべし」(御書1190ページ)である。
                      ◇ 
 25年前、『新・人間革命』の執筆を始めた直後の9月、私はアメリカの名門ハーバード大学で、「21世紀文明と大乗仏教」と題して講演を行った。
 そこで訴えた一点は、宗教をもつことが人間を
 「強くするのか弱くするのか」
 「善くするのか悪くするのか」
 「賢くするのか愚かにするのか」――
 この指標である。
 変化の激流の中を生きることを運命づけられた人間が、より強く、より善く、より賢くなる――どこまでも成長していく原動力となってこそ、「人間のための宗教」なのである。そして、これこそが、我らの「人間革命の宗教」なのである。
 この点、アメリカのデューイ協会元会長のガリソン博士も信頼の声を寄せてくださった。
 “「人間革命」とは一人ひとりが、かけがえのない可能性を現実の中に開発し、社会全体に貢献していくのである。
 ゆえに「人間革命」の理念を掲げるSGIは、「どこまでも成長する宗教」である”と。

誓願の旅は続く
 『新・人間革命』に託した私の真情は、「戸田大学」で恩師から一対一の薫陶(くんとう)を受けたように、日本中、世界中の青年たちと、この書を通して命と命の対話を交わしたいということであった。
 嬉しいことに、その願いの通り、今、いずこの地でも地涌の若人が「人間革命」の精神を学び、「山本伸一」の心を体して、人生と広布に、栄光の実証を威風堂々と勝ち示してくれている。
 小説『人間革命』は、恩師が戦禍(せんか)の暗闇(くらやみ)を破(やぶ)って一人立つ、「黎明」の章で始まり、不二の弟子に受け継がれる「新・黎明」の章で終わった。
 『新・人間革命』は、「旭日」の章で始まった。旭日(きょくじつ)が昇(のぼ)るように、創価の師弟は世界広布へ飛翔を開始したのだ。
 恩師の分身として、仏法の慈光を世界へ届けるため、私は走った。
 人間の中へ、民衆の中へ飛び込み、対話の渦(うず)を巻き起こしていった。そして、最後の章は、「誓願」として結んだ。
 御書には、「願(ながわ)くは我が弟子等・大願(だいがん)ををこせ」(1561ページ)、「大願とは法華弘通(ほっけぐつう)なり」(736ページ)と仰せである。
 師と同じ大法弘通の大願に立てば、力は無限に湧き出すことができる。それが、誇り高き地涌の菩薩の底力だ。
 師弟の誓願の太陽は、母なる地球を照らし、未来永遠を照らす光源として、今、いやまして赫々(かくかく)と輝き始めたのである。
 あの国にも、この天地にも、友がいる。民衆が待っている。
 さあ、人類が待望してやまぬ「世界広布」即「世界平和」へ、新たな決意で、新たな出発だ。
 我は進む。君も進め。
 我は戦う。君も戦え。
 我は勝つ。君も勝て。
 我らは、共々に「人間革命」の大光を放ちながら、新鮮なる創価の師弟の大叙事詩を綴りゆくのだ! 君と我との誓願の旅を、永遠に! 


 (随時、掲載いたします)
 山本周五郎の言葉は『完本 山本周五郎全エッセイ<増補>

(2018年9月15日 聖教新聞)







Last updated  2018/09/15 03:00:07 PM
2018/08/22
​​随筆 永遠なれ創価の大城 池田大作 

​33 ​「誓願」の共戦譜  ​​​
「立正安国」へ 不屈の前進
黄金の「人間革命」の日記文書を​

 この夏は猛暑(もうしょ)の一方、記録的豪雨や台風が続発しております。特に先月、「西日本豪雨」で甚大(じんだい)な被害(ひがい)に遭(あ)われた、広島、岡山、愛媛をはじめ、被災地域の皆様方にお見舞いを申し上げます。
 被災(ひさい)された方々が安心して暮らせる生活の復旧、地域社会の復興(ふっこう)を、いやまして真剣に祈念せずにはいられません。


 酷暑の中、青年部や壮年部の有志が「かたし隊」(清掃ボランティア)として懸命(けんめい)に大奮闘され、友に寄り添って奔走(ほんそう)してきた同志も大勢おられます。尊い尽力に、深く最敬礼する思いです。

 40年前(1978年)の夏、私は中国・四国を相次いで訪問し、方面の歌を贈りました。
「陽出ずる中国 人の城 地涌の讃歌の 歌声も 勝利の空へ こだません ……ああ虹かかる 生命晴れたり」
「友よ負けるな 妙法の 祈りの功徳は 天空に 四国の民衆に そそがなん おお前進だ 鐘は鳴る」――と。
一番苦労している方々が、一番幸福を勝ち開くための信心です。


 折々に「地涌の讃歌」と「我等の天地」の歌を妻と口ずさみつつ、けなげな宝友に届けと題目を送り続けてまいります。

​​
創価涌出の宿縁
 日本中、世界中から、日々、尊いお便りを頂戴(ちょうだい)し、感謝に堪え(た)ない。


 キルギス共和国の名門大学の先生方からは、『法華経の智慧』第2巻のロシア語版に、鋭(するど)くも温かな書評を寄せていただいた。


 その中では「人間のための宗教」への深い考察(こうさつ)とともに、天台大師と日蓮大聖人、さらに創価の師弟との時間的なつながりに論及されていた。
すなわち――
 天台大師は6世紀に誕生(538年)。


 日蓮大聖人は、その約700年後の13世紀に出現された(1222年)。

 さらに約700年後の20世紀、創価の師弟が涌出した(学会の創立は1930年)――。
「法華経の智慧」が不思議にも遠大なリズムで継承されていることに刮目(かつもく)し、シルクロードの要衝(ようしょう)の知性はエールを送ってくださっているのだ。


◇


 御聖訓には「漢土一千年・日本七百年・又 目録にのせて候いしかども仏のごとく大難に値える人人少し」(御書1181ページ)と仰せである。


 仏法史に名を残す人びとは多けれども、大難に遭(あ)いながら正法を弘通(ぐつう)した人は一体、誰なのか。


 御本仏・日蓮大聖人は「況滅度後(きょうめつどご)(況んや滅度の後をや)」という大難を耐え忍ばれ、末法万年尽未来際(まっぽうまんねんじんみたいさい)へ広宣流布の大道を開いてくださった。

 その誓願を受け継ぎ、「大難来(たいなんき)りなば強盛の信心弥弥悦(しんじんいよいよよろこ)びをなすべし」(同1448ページ)との御文のまま前進してきたのが、創価学会だ。

 戦時中、先師・牧口常三郎先生と恩師・戸田城聖先生が投獄された法難より今年で75星霜。


 先師は誓願を貫き通して殉教(じゅんきょう)され、「死身弘法(ししんぐほう)」の鑑(かがみ)を留(とど)められた。恩師は獄中で元初の誓願に立ち、出獄後、妙法の巌窟王(がんくつおう)となって敗戦の荒野から地涌の菩薩を「二人・三人・百人と」(同1360ページ)呼び出していかれたのだ。


 法華経の「万人成仏」の法理を「人間革命」として展開された恩師は、最晩年、学会永遠の指針として「難を乗り越える信心」と宣言された。


 人生と社会のいかなる難(なん)が襲(おそ)いかかろうとも、創価の師弟は断じて乗り越え、一切を「変毒為薬(へんどくいやく)」して広布の誓願を断固と果たすのだ、との師子吼(ししく)である。

​​
困難を越える力
 思えば私が第3代会長に就任したのは、1960年(昭和35年)。
「立正安国論」が時の為政者(いせいしゃ)に提出された文応元年(1260年)より700年であった。
 大地震、水害、飢饉、異常気象、疫病……打ち続く災禍(さいか)に翻弄(ほんろう)される民の悲嘆(ひたん)を、大聖人は肌で感じられ、戦乱の危機をも洞察(どうさつ)していかれた。
「此の事を愁(うれ)いて胸臆(くおく)に憤悱(ふんぴす)す」(同17ページ)と記された御心中は、まさに苦悩の民衆への限りない同苦であり、悲惨な現実への憤りであられたに違いない。


 どうすれば、この苦悩を少しでも打開できるのか、この娑婆世界で分断や対立を超え、より人間の幸福・安穏を実現できるのか――眼前の難題に挑み、心ある友と誓いを共有し、対話を重ね、行動の連帯を広げる。
これが「立正安国」の出発点だ。

 本年6月、私は、南米アルゼンチンの人権活動家エスキベル博士(ノーベル平和賞受賞者)と一緒に、「世界の青年へ レジリエンス(困難を乗り越える力)と希望の存在たれ!」と題する共同声明を発表した。


 人類の前途にいかなる試練があろうと、勇敢(ゆうかん)に立ち向かう「青年の連帯」がある限り、絶対に希望は失われないと、私たちの信念を訴えたのだ。
「レジリエンス」とは、互いに助け合い支え合い励まし合って、共に苦難を乗り越えゆく、人間と人間の連帯の力、社会的な強靱性(きょうじんせい)として捉(と)えられる。この連帯の力を民衆の中に張り巡(めぐ)らしていくのが、私たちの立正安国の対話にほかならない。

 先月、中華全国青年連合会(全青連)の代表団の方々が来日し、東京、東北、北海道で有意義な交流を結んでくださった。その折、中国言論界のリーダーの方が、かつて周恩来総理(しゅうおんらいそうり)が立てられた問いへの答えを見出せた、と語っておられた。


 すなわち、“なぜ創価学会は多くの民衆から支持されるのか?”との提起に対して、それは“師弟の心と心、同志の心と心が直接つながっているからである!”と。
「友の喜び友の歎(なげ)き一つなり」(御書934ページ)とある如く、究極の心の絆(きずな)を結び合ってきたのが創価のスクラムだ。
 我らは、あらゆる差異を超えて、地域に社会に「レジリエンス」の安全地帯を創り広げていく。なればこそ世界の良識の期待と信頼も大きい。

民衆勝利を刻む
 大聖人が「立正安国論」を発表されて満700年(1960年)の7月16日を、私は沖縄の同志たちと迎えた。


 それは、悲劇の歴史に挑み立ち、地涌の勇者が敢然と躍り出た、この宿縁の天地に、「立正安国」「広宣流布」の最先端のモデルを創造するためであった。


 東洋広布、世界広布の先駆けとして、沖縄支部が結成された折、皆で明るく賑(にぎ)やかに舞を舞ったことが思い出される。


 以来、幾たび、わが愛する琉球の父母たち、わが信ずる沖縄の健児たちと、一緒にカチャーシーを踊ったことだろうか。
「各各(おのおの)なにをかなげ(歎)かせ給うべき、迦葉尊者(かしょうそんじゃ)にあらずとも・まい(舞)をも・まいぬべし、舎利弗(しゃりぶつ)にあらねども・立ってをど(踊)りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(同1300ページ)


 この御金言の如く地涌の生命は、いかなる悪世にあろうが、自らの誓願の舞台で歓喜踊躍(かんきゆやく)して、「人間革命」のまばゆい光を広げ、魂(たましい)の勝ち鬨(どき)を轟(とど)かせずにはおかない。


 この歴史の一大転換の行進の先頭を、威風も堂々と進みゆくのが、誉(ほま)れの沖縄家族である。


 だからこそ私は、小説『人間革命』の執筆を、沖縄で開始した。恩師の7回忌を未曽有の弘教で荘厳し、平和への民衆の大陣列を広げた1964年(昭和39年)の、12月2日である。

 若き日から私が執筆の範(はん)と仰いだ一人は、フランスの不屈の大文豪ビクトル・ユゴーであった。


 そのユゴーの言葉に、「戦いを経た偉大な思想、他を圧倒した偉大な出来事から学ばなければなりません」とある。


 大闘争の中で鍛え上げた創価の人間主義と、偉大な庶民の勝利の歴史を私は記してきた。


 今、小説『人間革命』全12巻に続く、『新・人間革命』も、いよいよ全30巻の完結を迎えようとしている。

執筆25周年の朝
 今年の8月6日「広島原爆の日」の朝、私は長野研修道場で、平和への祈りを厳粛(げんしゅく)に捧(ささ)げた。


 そして、25年前(1993年)、『新・人間革命』を書き始めたこの地で、仕上げの執筆をしたのである。
 信越の同志は、この節目を素晴らしい聖教新聞の拡大で飾ってくれた。妻と共に、真心あふれる共戦への感謝を込めて、研修の役員の方々とお会いした。


 皆の朗らかな笑顔が本当に嬉しかった。交わす挨拶(あいさつ)に、常に祈り支えてくれている全国、全世界の友への深謝を重ねさせていただいた。

 大聖人は「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(御書563ページ)と仰せである。


 次元は異なるが、広宣流布という民衆勝利の大叙事詩(だいじょじし)たる『人間革命』『新・人間革命』は、わが全宝友と分かち合う黄金の日記文書なり、との思いで、私は綴(つづ)ってきた。


 ゆえにそれは、連載の完結をもって終わるものでは決してない。
 我らは、これからも、未来永遠に、師弟共戦の「誓願」という主題を貫徹(かんてつ)しながら、自他共(じたとも)の生命に栄光凱歌の日記文書を厳然(げんぜん)と刻(きざ)みゆくのだ! 「人間革命 光あれ」と。

(随時、掲載いたします)

ユゴーの言葉は『ヴィクトル・ユゴー文学館9』所収「言行録」稲垣直樹訳(潮出版社)。
(2018年8月22日 聖教新聞)

​​​






Last updated  2018/08/22 12:34:30 PM
2018/06/10
​​随筆 永遠なれ創価の大城 池田大作
32 行学錬磨の大道
楽しく学び語れ世界最高の哲学 
全人類の幸福と平和の実現のために

 梅雨の晴れ間となった昨日(9日)の午前、新宿の紀伊國屋書店(きのくにやしょてん)の前を車で通った。
 そこで目に飛び込んできたのは、近日発刊となる小説『新・人間革命』第30巻(上巻)の懸垂幕(けんすいまく)であった。ご支援くださる皆様方への感謝は尽きない。最終章の連載に、さらに全力を尽くそうと決意した。

先師の誕生日に
 6月は、“創価の父”牧口常三郎初代会長のご生誕の月である。
 先生は、こよなく青年を愛され、一生涯、青年の気概で戦い抜かれた。
 軍部政府による投獄の前年(昭和17年)には“広宣流布は青年のリードによらねばならない”と語り残されている。
 牧口先生のお誕生日の6月6日、私は、この偉大な先師の闘魂を胸に、青春の広宣拡大の大地・江戸川区へと走った。
 初訪問となった“国際講堂”は、同志の真心で美しく光り、館内の記念展示には、“江戸川は「信心の横綱」なり”との誇りが漲っており、本当に嬉しかった。
 江戸川家族は聖教新聞の拡大でも、任用試験の受験推進でも、模範の実証を示してくれている。
 講堂で勤行をし、65年前、男子部の第一部隊で共に歴史を創った、江戸川をはじめ墨田や江東などの忘れ得ぬ宝友たちにも題目を送った。
 当時、町工場で深夜まで働く友が多かった。十分に学校に行けなかった友もいる。皆、悩みを抱えながら懸命に奮闘する若者たちだった。
 25歳の私自身も、病気との闘いが続いていたが、意気は高かった。――世界の民衆を牽引するのは、ひとえに我ら青年だ。その指導原理となる生命尊厳の大哲理を、今こそ学び語り、広げようではないか――と。
 私は同志と集まるたびに、声に出して御書を拝読することから始めた。
 「着実に、あきらめず、コツコツやろうよ」
 粘り強く教学を学ぶ中で、一人ひとりが自らの尊い使命に目覚め、胸を張って立ち上がっていった。それぞれの新たな可能性を引き出しながら、自信と確信をもって対話に打って出たのだ。
 皆が「行学の二道」に励む中で、第一級の青年リーダーの力をつけていった。わが陣営は337人から出発し、1年間で目標の1,000人を優に超す地涌の丈夫(ますらお)のスクラムを築き上げた。
 これが、“青年学会”の大いなる推進力となったのである。
 6日の帰途、雨の中、旧江戸川を渡って、浦安平和会館へ向かった。
 牧口先生が市川で行われた座談会や鎌ケ谷での講演会などに臨まれ、千葉に転教された率先の足跡が偲(しの)ばれた。
 会館では、婦人部の方の紹介で2組の入会記念勤行会が行われていると伺い、車中から合掌し、いよいよ、ご多幸の人生を、と祈った。
 女子部の時代に千葉へ幾たびとなく通った妻が、微笑んで言った。
 「今日は『関東婦人部の日』ですね」と。
 先日の「関東総会」の大成功を重ねて祝福するとともに、埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木の「敢闘精神」の大行進を讃えたい。

仏法求道の喜び
 私たちが勤行(ごんぎょう)で読誦(どくじゅ)する法華経の方便品(ほうべんぽん)には、「諸仏の智慧(ちえ)は甚深無量(んじんむりょう)なり。其の智慧の門は難解難入(なんげなんにゅう)なり」(創価学会版法華経106ページ)とある。
 この仏の難解にして深遠なる智慧も、「南無妙法蓮華経」の一法に納まっている。その大法を末法の一切衆生――全人類に開き示してくださったのが、御本仏・日蓮大聖人であられる。
 この日蓮仏法を学ぼうと、全世界で求道の友が研鑽の汗を流している。
 特に今月17日、日本全国で行われる「仏法入門」の任用試験を目指して、新入会の友や会友の方々をはじめ、多くの友が真摯に学ばれている。何と尊いことか。
 受験する方はもちろん、共に学び、応援してくれる全ての同志に、心から感謝を申し上げたい。

 法華経の随喜功徳品(ずいきくどくほん)には、法華経を聞いて随喜する功徳の大きさが説かれている。有名な「五十展転(ごじゅうてんでん)」である。
 歓喜の信心に立ち上がった一人が、その喜びを友に伝え、その友がまた歓喜して別の友に教え、また次の人へと伝わり、やがて喜びの波動は50人目に至(いた)る。
 この最後の人の功徳でさえ、無量無辺であると示されている。
 妙法を「語る功徳」「聞く功徳」が、いかに偉大であることか。その意味からも、教学試験の研鑽を通して、仏法を語り、教える人の功徳も、それを聞き、学ぶ人の功徳も、どれほど大きいか計り知れない。
 仕事や家庭など、多忙な生活の中で時間を工面しての学び合いである。どうか、その1分1秒に、大いなる随喜あれ、絶大なる福徳あれと願わずにはいられない。

希望の門を開く
 今や平和と人道の哲学の連帯は、地球社会に希望を広げている。
 牧口先生の誕生日前日の五日には、「世界の青年へ」と呼びかける声明を、アルゼンチンの人権運動家でノーベル平和賞受賞者のエスキベル博士と共同で発表した。その舞台は、「永遠の都」ローマである。声明に呼応して潑剌(はつらつ )たる青年たちの集いも行われ、私は胸を熱くして見守った。
 「欧州師弟の日」にあたる6日、小説『新・人間革命』の挿絵は、奇しくも、そのローマの街並みであった。
 声明で光を当てた通り、国際社会が取り組んでいる「SDGs(持続可能な開発目標)」の推進にあって、根幹をなす指針は「誰も置き去りにしない」との一点である。そのための行動を力強く支える哲学が、今こそ求められている。
 なかでも注目されているのがFBO(信仰を基盤とした団体)の役割である。「誰も置き去りにしない」精神とは、まさしく宗教者にとって日常的な信仰実践そのものであるからだ。

 大聖人は「一切衆生皆成仏道(いっさいしゅじょうかいじょうぶつどう)の法華経」(御書99ページ)と仰せになられた。牧口先生も御書に線を引かれていた一節である。
 釈尊が法華経を説いた究極の目的は、万人成仏である。全ての人に尊極の生命が具(そな)わり、それを開き、顕(あらわ)すことができることを教えたのだ。
 今回、同志が「冬は必ず春となる」(同1253ページ)の一節と共に学ぶ御抄には、法華経方便品の「若有聞法者無一不成仏(にゃくうもんほうしゃむいちふじょうぶつ)(若し法を聞くこと有らば 一りとして成仏せざること無けん)」(同ページ)との文がある。
 一人ももれなく幸福にするのだ!――世界の人びとが求めてやまない、万人の尊厳性と可能性を解き放つ「希望の門」が、ここにある。
 「仏法入門」の研鑽(けんさん)は、「世界市民」の精神性の錬磨(れんま)へ、そして人類のレジリエンス(困難を乗り越える力)の拡大へ連動しているといってよい。

行者とは何ぞや
 牧口先生が使用されていた御書には、「行者とは何ぞや」との書き込みが残されている。
 思索(しさく)を重ねられた一つの結論として、先生は「自分ばかり御利益を得て、他人に施(ほどこ)さないような個人主義の仏はないはずである。菩薩行をせねば仏にはなれないのである」と語られている。
 御書を繙(ひもとく)くと、「法華経の行者」という言葉が、優に300カ所以上、確認できる。大聖人がいかに「行」(修行・行動・実践)を重んじられているかが拝されよう。

 今、嬉しいことに、4日が記念の日である華の女子部は華陽姉妹の「御書30編」を学びつつ、信頼と友情の対話を朗らかに広げてくれている。 牧口先生の誕生日の翌日(7日)が結成記念日の高等部も、教学に挑み、成長する姿が凜々(りり)しい。
 結成の日(30日)を目指す英知の男女学生部も、いやまして御書を拝しながら、人材の育成に、弘教の拡大にと、にぎやかだ。
 「行学の二道」に徹するのが、創価の伝統である。

 恩師・戸田城聖先生は、御書の研鑽を“剣豪の修行の如き鍛錬”と譬えられた。
 その峻厳さと共に、「楽しく信心して、楽しく折伏して、楽しく教学の勉強をしていってもらいたい」と、温かく励ましてやまなかった。
 ――我々は何のために生まれてきたのか。それは、法華経に「衆生所遊楽(衆生が遊楽する所)」とあるように、遊びに来たのだ。御本尊を信じきった時に、生きていること自体が楽しいという人生になるのだ、と。
 悩みや困難が何もない人生などない。そうではなく、いかなる困難も逆境も、全てを悠々と乗り越えゆく「勇気」「智慧」「生命力」を無限に湧き立たせていく。そのための信仰である。「人間いかに生くべきか」という根本の道を学び、自らの最高の人格を輝かせていくための教学である。

 その一番の体現者こそ、婦人部総会を笑顔爛漫の大成功で終えた“太陽の母たち”である。
 今日(10日)は、白ゆりの香りも高き「婦人部の日」。皆で最大の尊敬と感謝を捧げたい。
 文豪ゲーテは、「いま大事なのは、ほめられるとか、けなされるとかいうことではなく、学ぶことなのだ」と言った。
 毀誉褒貶(きよほうへん)の世を見下ろし、不退の先師・恩師に連なる我らは、学び、進もう! 行動しよう!
 行学錬磨の大道――人間として最高に誉れある青春と人生が、ここにあると確信しながら!
 (随時、掲載いたします)

 ゲーテの言葉は『ゲーテ全集8』所収「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」登張正實訳(潮出版社)。

(2018年6月10日 聖教新聞)
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Last updated  2018/06/10 01:16:34 PM
2018/05/11
​​​随筆 永遠なれ創価の大城 
31 5月の空に栄光の虹
池田大作 
世界に鳴り響け広布大願の鐘
皆で最高に楽しき婦人部総会を

     
 「創価学会の日」の5月3日、本年は「創価学会母の日」の制定から30周年である。
 この日は予報を覆(くつがえ)して雨が上がり、清々しい天気となった。妻は「婦人部の皆さん方が祈ってくださっているおかげですね。総本部へいらっしゃる方々や役員の方々も、雨に濡(ぬ)れないで良かったです」と微笑(ほほえ)んでいた。
 祝賀の朝、妻と共に総本部の周辺を車で回りながら、広宣流布大誓堂へ向かった。
 「大法弘通慈折広宣流布大願成就(だいほうぐつうじしゃくこうせんるふだいがんじょうじゅ)」の御本尊に勤行・唱題し、世界の全同志の健康長寿と無事安穏、そして幸福勝利を強盛に御祈念した。

 この3月、75万人を超える若人が集った世界青年部総会で“勝ち鬨(どき)”を上げた勢いのままに、随喜(ずいき)の連帯は大きく広がり続けている。日本中、いな世界中から、歓喜踊躍(かんきゆうやく)の勝利と功徳の体験がいやまして寄せられる。
 日蓮大聖人は、苦難を勝ち越えゆく門下の報告を心から喜ばれた。
 「なによりも承りて・すず(爽)しく候」(御書1175ページ)。何よりも爽快(そうかい)である、と。

 この仰せは、今年も5月3日の「栄光」の山に登り立った創価家族一人ひとりへの御照覧(ごしょうらん)と、私には拝されてならない。
 5月3日の空には虹も出て祝ってくれた、との心弾む報告も、地元・信濃町をはじめ千葉や富山など各地からいただいた。
 大聖人は、十方の諸仏(しょぶつ)が法華経を「真実なり」と讃えた光景を、「無量無辺(むりょうむへん)の虹の虚空(こくう)に立ちたらんが如し」(同359ページ)とも表現されている。
 太陽の母たちの婦人部総会も始まった。あの地この地に、七彩(しちさい)に輝く「栄光の虹」「友情の虹」「希望の虹」「幸の虹」「福智の虹」「和楽の虹」「平和の虹」が楽しく立ちのぼりゆくよう、妻と題目を送り続けている。

七つの鐘を共に
 法難(ほうなん)の投獄(とうごく)を勝ち越えられた戸田城聖先生が、戦後、直ちに学会再建の城を構えられたのは千代田区の西神田であった。
 この忘れ得ぬ旧・学会本部があった地域を、先日(4月30日)、久方ぶりに訪れた。恩師が会長就任に先立ち創刊された聖教新聞を、「日本中の人に読ませたい!」との思いで、私が自ら配って歩いた縁(えにし)の地でもある。
 神田一帯をはじめ千代田の同志のはつらつたる様子も、嬉(うれ)しく伺(うかが)った。
 恩師の師子吼が蘇(よみがえ)る。
 「私は自分のからだ全体を学会のなかに投げ出し、世の苦悩の民衆のなかに葬(ほうむ)ると決意したのである。この決意の日が、昭和26年5月3日であったのである」
 その日、第2代会長に就任した戸田先生が烈々(れつれつ)と宣言されたのが、弘教75万世帯という広宣流布の誓願であった。
 以来、不惜(ふしゃく)の大闘争の「七歳」を重ね、誓願を一切成就なされて、先生は霊山(りょうぜん)へ旅立たれた(昭和33年4月2日)。


 その直後、すなわち60年前の5月3日、墨田区・両国の東京スタジアム(後に日大講堂)での春季総会で、私は「七つの鐘」の構想を訴えた。
 ──学会は創立以来、7年を節として前進のリズムを刻(きざ)み、恩師と共に、我らは第4の鐘を鳴らしてきた。そして今、第5の鐘となる新たな7年の幕が開いた。さらに第5、第7の鐘を打ち、広布を実現しよう──と。
 私は、いかなる試練にも屈(くっ)せず、師匠から永遠に広宣流布の「魂(たましい)の炎(ほのお)のバトン」を受け継ぐ弟子の誓いを、「七つの鐘」に託(たく)したのである。
 現在、我らは2001年にスタートした「第2の7つの鐘」を高らかに打ち鳴らしながら、世界広宣流布の大道を、威風も堂々と進んでいる。
 この「第2の七つの鐘」が鳴り終わるのは、西暦2050年──21世紀の中間であり、学会の創立120周年だ。
 その時、仏法の人間主義の哲学が、どれほど世界を照らす太陽と輝き、我ら創価の大連帯が、どれほど人類の平和の柱と仰がれていることか。私の胸は熱くなる。

少人数に力あり
 今年は、婦人部の「グループ」の発足から40周年である。少人数での学習や懇談(こんだん)を積み重ね、妙法の功徳を広げてきた。
 小さな語らいの場が、いかに大切か──。
 私が関西の不二の同志と新たな民衆運動の波を起こしていた同じ頃、アメリカでは、かのキング博士を中心に「公民権運動」が拡大していた。
 その渦中、一人の高名な歌手が、キング博士をはじめ運動のリーダーを自宅に招き語り合った。
 学会活動の輪に飛び込んで活躍する、わが芸術部の宝友と重なり合う、この女性、マヘリア・ジャクソンは、小さな語らいの場に加わった感動を語っている。
 「私が今まで生きてきたのはアメリカ黒人のための新しい夜明を見るためだったということ、歴史がまさに作られようとしているのだということを実感した」と。

 キング博士の盟友であった歴史学者のハーディング博士も、「一対一の対話」を重視され、私に強く語られていた。
 「どんな小さな集まりも、互いを知り、理解し、意見を交換するなかで、思いもよらない、新たな変革の可能性への道を見いだしていくことができるものです」
 日常的に顔を合わせて、語り、対話し、励まし合う絆(きずな)。これこそ、何よりも豊かな「価値創造の場」ではないか。
 戸田先生は、「座談会は大聖人の仏法の会座(えざ)である。慈愛に満ちあふれた、この世でいちばん楽しい会合であるべきだ」と言われた。
 「グループ」のモットーには、「皆で語り 皆で学び 皆が創価の幸福博士に!」とある。
 喜びあふれる婦人部総会を、壮年部も青年部も真心から応援しよう!

“達者に”と祈る
 今年は「地区婦人部長」制がスタートしてからも、20周年となる。
 職業も、年代も、生活環境も異(こと)なる多彩なメンバーが集い合う創価家族のお母さんであり、「地域の幸福責任者」である地区婦人部長の毎日が、なんと忙しいことか!
 小さなお子さんがいる婦人部長もいる。働きながら賢明(けんめい)に時間をやりくりし、活動に励む方もいる。「無冠の友」として朝一番から地域広布に走る人も多くいらっしゃる。
 気高(けだたか)く、尊(とうと)き母よ、お体を大切に、達者(たっしゃ)に、と深く祈る日々である。

 大聖人から「日蓮よりも強盛(ごうじょう)の御志(おんこころざし)どもあり」(御書1126ページ)と讃(たた)えられた日眼女への御聖訓を拝したい。
 「頭(こうべ)をふればかみ(髪)ゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず・大地うごけば大海さはがし、教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(同1187ページ)
 経済苦や病気、介護、家庭の問題……現実には幾つも悩みがあろう。
 だが、一念を定め、題目根本に課題に挑む時、苦しみも悲しみも越え、必ず充実と歓喜の人生が開ける。思ってもみなかった大福徳に包まれる。
 これが「変毒為薬(へんどくいやく)」の妙法であり、日蓮仏法の真髄(しんずい)である。
 広布の前進を守る幾多(いくた)の諸天善神(しょてんぜんじん)は、我らの決定した一念で呼び起こしていくものなのだ。

夢をつなぐ物語
 「女性輝く」と見出しが躍る「グラフSGI」(5月号)の表紙写真は、ニュージーランドの湖畔に咲き誇るルピナスの花園である。「いつも幸せ」という花言葉の如く、喜びの楽園のようだ。
 「ルピナス」といえば、アメリカの作家による美しい物語がある。
 一人の少女が、おじいさんから「世の中を、もっとうつくしくするために、なにかしてもらいたい」と夢を託される。
 彼女がその夢を遂に実現する時が来たのは、年配となってからであった。自らの移り住んだ村に「ルピナス」の種を蒔(ま)いて歩き始めたのである。
 彼女をあざ笑う人もいた。だが翌年の春、村はルピナスの花に包まれ、皆が喜びに輝いた。
 まさに、おじいさんとの約束通り、「世の中を、もっとうつくしく」したのである。
 そして「ルピナスさん」と呼ばれて慕われる彼女は、その夢のバトンを、一人の幼い少女に託すのである。

 わが同志の日々の奔走(ほんそう)も、「世の中を、もっとうつくしくする」夢を、世代を超えてつないでいく物語といえまいか。
 「今日も元気で」の歌の通り、薫風(くんぷう)の如く、使命の天地を走りながら、対話を通して「仏の種(たね)」を蒔(ま)き、自他共の幸福と平和の園を広げていく。まさに、創価の母たちの慈折広宣流布(じしゃくこうせんるふ)の行動そのものではないか。
 その姿は生死を超えて、後継の生命に躍動していくのである。

 「7つの鐘」の構想を発表した、60年前の春季総会で、私は恩師の「学会は宗教界の王者なり!」との大宣言を胸に、千日尼(せんにちあま)への御聖訓を同志に贈った。
 「此の経文は一切経に勝(すぐ)れたり地走(ちはし)る者の王たり師子王(ししおう)のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲(わし)のごとし」(御書1310ページ)
 わが友よ、地涌の青年たちよ、今再び、師子王の如く恐れなく、大鷲(おおわし)の如く自在に、新たな広布の旅に出発しよう!
 そして、前進勝利の鐘(かね)を打ち鳴らし、創価の宝の母たちに最敬礼(さいけいれい)して、感謝の心を捧(ささ)げようではないか!
 (随時、掲載いたします)

 引用の出典は『マヘリア・ジャクソン自伝』中澤幸夫訳(彩流社)、B・クーニー作『ルピナスさん』掛川恭子訳(ほるぷ出版)。
(2018年5月10日付 聖教新聞)
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Last updated  2018/05/11 06:58:52 PM
2018/04/13

​​随筆 永遠なれ創価の大城  池田大作


30 輝け民衆の言論城


今日も聖教と共に 同志と共に  
心を結ぶ「善と真実」の言葉を放て


 私と妻の一日は、朝、聖教新聞を配達してくださる「無冠の友」の皆様に、感謝を込めて、唱題することから始まる。そして夜は、翌朝の絶対無事故と健康を祈ることで結ばれる。
 わが胸には、社歌「輝け! 聖教城」の冒頭の一節が響いてくる。
 〽朝焼けの空 金の道
  無冠の同志は 今日も征く……
  
 ずっしりと重い新聞の束(たば)を抱(だか)えて、「これは幸福の花束」と、ほほ笑む健気な宝友よ!
 雨の日も、風の日も、この家に、あの街に、「希望の朝」を届けてくださる尊き尊き走者よ!
 世界聖教会館の完成に向けて、本紙に掲載されている「無冠の友」「通信員」の誉れ高き集合写真に、私と妻は最敬礼し、合掌(がっしょう)し、祈らずにはいられない。
 偉大な使命の人生に、皆様のご家庭に、笑顔と福徳の花よ、咲け! 大きく咲け! 三世永遠に咲き誇れ!――と。
 熊本地震の被災地域でも、「無冠の友」の尊き奮闘(ふんとう)が光っている。
 震災(しんさい)から2年。あらためて、被災(ひさい)された全ての方々に心よりお見舞い申し上げます。そして、不撓不屈(ふとうふくつ)で復興(ふっこう)へ前進される皆様方に、懸命に題目を送り続けてまいります。

見守り励まして
 4月8日の朝、聖教新聞を手にすると、一面トップのイタリア・ローマでの意義深い環境展(「希望の種子」展)の記事とともに、「きょう未来部の日」との見出しが目に飛び込んできた。新年度を迎える未来部の友の成長を祈り、担当者の方々の真心に思いを馳(は)せた。そして、わが師・戸田城聖先生との縁も深い杉並区へ向かったのである。
 駆(か)け足で咲き切った桜の後に、初々しい新緑が爽(さわ)やかに薫(かお)っていた。
 誕生以来7年、訪問の機会を待ち望んできた杉並平和会館に伺うと、創価ファミリー勤行会の最中であった。懐かしい杉並文化会館をはじめ、区内の他の会館でも行われているという。輝く若葉のような未来っ子と創価家族に“元気で嬉しい。見守っています”との真情を伝えてもらった。
 また、無事故の運営で同志と会館を守ってくれていた王城会の方々にも感謝をお伝えした。


 思えば、戸田先生は、最晩年、杉並支部の少年少女の集いに出席してくださった(1957年4月3日)。
 先生は、吉田松陰(よしだしょういん)の弟子の双璧(そうへき)、久坂玄瑞(くさか げんずい)と高杉晋作(たkすぎしんさく)を通し、勉強も大事、自らの信念に生きることも大事と語られた。
 その上で、二人が早世(そうせい)だったことから、“君たちは長生きしなさい。生き抜いて、民衆のために戦うのだ”と望まれた。
 そして、みんなが大きくなった時には「地球民族主義」の勝利の時代が来ると展望されながら、親に心配をかけず、学んで偉い人になれと、温かく激励されたのである。
 この集いに参加していた少年少女が今も、健康長寿で、広布のリーダーとして活躍している。
 総本部の木々を世話してくださっている造園の達人が語られていた。
 「桜も、散った直後が大事で、新芽に虫がつかぬようケアします。それが翌年に直結するんです」
 若き心の大地に希望の種を蒔(ま)き、大切に守り、育み、将来の大樹と仰ぎ見る。未来部育成は、何とロマンの聖業であろうか。

新聞で戦おう!
 お陰さまで、聖教新聞は、4月20日で創刊67周年を迎える。
 全国の読者、配達員、通信員、また新聞長の皆様をはじめ、全ての関係者の方々に、心から御礼を申し上げたい。
 聖教創刊の年の初め、戸田先生が「大作、読みなさい」と薦(すす)めてくださった本がある。英国の作家ホール・ケインの名作『永遠の都』である。
 舞台は、戸田先生の誕生の年と同じ1900年のローマ。独裁者の横暴に立ち向かう、主人公のロッシィが“武器”としたものは、新聞であり、ペンの力であった。彼が健筆を振るった新聞の名は「サン・ライズ」すなわち「日の出」である。
 民衆による、民衆のための「無血革命」に、いよいよ立ち上がるという前夜に、ロッシィは記事を何度も書き直した。
 原稿を書いては破り、また書いては捨て、ロッシィは命を振り絞るようにして檄文(げきぶん)を認(したた)める。
 託したメッセージは「恐れるな」「人間を信ぜよ」「生命を尊重せよ」。さらに彼は呼び掛ける。「勇敢であれ。自信を持て。忍耐強くあれ。明晩、諸君の叫び声は世界の果てまでとどろきわたるだろう」
 権力の弾圧に屈(くっ)せず、若き革命児は信念を師子吼(ししく)し、民衆は感涙(かんるい)した。そして「人間共和の都」建設へ、時代の扉が大きく開かれていくのだ。

 戸田先生は、こうした新聞制作の場面を通して、眼光鋭く教えてくださった。
 「これが戦いだ。革命は思想の啓発だよ。われわれも新聞を作ろうではないか」
 先生は、自ら、この「ペンの戦い」の最前線に立たれた。
 激務の間隙(かんげき)を縫(ぬ)って、ポケットにしのばせた原稿を取り出しては、推敲(すいこう)されるのが常であった。
 それは、「どうすれば聖教新聞を通して、学会精神を愛する同志に真っ直ぐ伝えることができるのか」という思索と葛藤(かっとう)の連続闘争であり、精神闘争であった。
 私も恩師の心をわが心として、聖教連載の小説『新・人間革命』第30巻の最終章をはじめ執筆にいそしむ日々である。
 ロッシィは叫んだ。「知力を養え!」「団結せよ!」「これがわれわれの合言葉であり、われわれの戦う武器なのであります」
 民衆を賢明にし、民衆を強くし、民衆を団結させる――創刊以来の聖教新聞の使命である。
 聖教こそが、広宣流布へ威風堂々と進みゆく、我ら創価学会の正義の言論の武器である。

虚偽は建設せず
 今やインターネットの発展により、膨大な情報が瞬時に世界を駆け巡る時代だ。その速報性、利便性は、確かに、大きなメリットである。
 一方で、「フェイクニュース」と呼ばれる虚偽の情報や、「匿名(とくめい)」の隠れ蓑(みの)をまとって人を貶(へん)めるための悪意の言葉があふれているのも、懸念される点であろう。
 そうした虚言や悪口は、自身の野心(やしん)や疚(やましさ)しさを隠(かく)して、他者を陥(おとしい)れ、差別や分断を助長(じょちょう)することを狙(ねら)いとしている場合が、あまりに多い。


 大文豪ゲーテは、「悪意」や「悪口」、また「否定するしか能のないもの」を厳しく戒め、「破壊するときなら、どんなに誤(あやま)った論拠(ろんきょ)でも通用するが、建設するときにはけっしてそうはいかない。真でないものは建設しない」とも喝破(かっぱ)していた。
 今、社会に世界に求められているのは、何より「真実の言論」である。「建設の言論」「結合の言論」である。そして「価値創造の言論」であるといってよい。

実語は人を助く
 日蓮大聖人は「人をたすくれば実語」「人を損ずるは妄語(もうご)」(御書890ページ)という明確な基準を示されている。
 そして「法華経は実語の中の実語なり・真実の中の真実なり」(同1405ページ)と仰せだ。
 法華経の精髄(せいずい)たる日蓮仏法は、全ての人間に内在する最極(さいごく)の「仏」の生命を見出し、顕現(けんげん)しゆく方途を説き切っている。互いに尊重し合い、尊敬し合い、励まし合い、助け合う中にこそ、真に人間らしい生き方があることを明かしているのだ。
 まさしく「結合の法」である。当然、結合への道程にはさまざまな困難(こんなん)や葛藤(かっとう)がある。しかし、諦めることはない。日々、妙法を唱え、智慧(ちえ)と誠実と慈悲の言葉――「実語」を重ねつつ、あらゆる差異(さい)を超(こ)えて、一人また一人と、結び合わせていくのである。

信念の言に力が
 大聖人は、青年・南条時光に呼び掛けられた。
 「とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ、殿一人にかぎるべからず・信心をすすめ給いて過去の父母等をすく(救)わせ給へ」(同1557ページ)と。
 同じ生きるのならば、究極(きゅうきょく)の生命尊厳の法理を掲(かか)げ、「平和の地球」を築きゆく広宣流布の人生を貫くのだ。
 同じ言葉を発するのならば、人間の心と心を結ぶ「善と真実」の言論(げんろん)を放(はな)ちゆくのだ。
 広布への大情熱を点火し、「言葉の力」を復権(ふっけん)させることこそ、「民衆の言論城」たる聖教新聞の重大な使命である。
 そして、聖教を携え、日々、あの友この友と語りゆく創価家族こそ、最も偉大な誓願に生き抜く地涌の菩薩なのである。

 さあ、善なる励ましの言葉を発しよう!
 仏の仕事を為す「声」を響かせよう!
 全人類の平和と幸福を願う心を届けよう! 
 今日もまた、明日もまた、聖教と共に! 同志と共に!
                          (随時、掲載いたします)

 ホール・ケイン作『永遠の都』の引用は新庄哲夫訳(潮出版社)。
ゲーテの言葉は、『ゲーテ全集13』(潮出版社)所収「文学論」小岸昭訳、同「箴言と省察」岩崎英二郎・関楠生訳。

(2018年4月13日 聖教新聞)
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Last updated  2018/04/13 11:43:53 PM
2018/03/11
​随筆 永遠なれ創価の大城

             池田大作


29 燦たり 幸と希望の天地

「不屈の東北」に陰徳陽報の春   
人華爛漫の理想郷と世界に輝け

 今、私の胸に響いて、離れない御聖訓がある。
 「陰徳(いんとく)あれば陽報(ようほう)あり」(御書1178ページ)――これは、打ち続く苦難と忍耐強く戦い抜いて、遂に勝利の実証を示しゆかんとしていた四条金吾への仰せであった。
 「竜の口の法難」から7年を経てのお手紙である。「まことの時」に命懸(いのちが)けでお供した愛弟子の労苦と栄光を、日蓮大聖人は労(ねぎら)い讃(たた)えられたのだ。
 未曽有(みぞう)の東日本大震災から7年。「陰徳あれば陽報あり」とは、大信念と大誠実を貫く東北家族への御本仏の御照覧(ごしょうらん)であり、御賞讃(ごしょうさん)であると、拝されてならない。

 思えば創価学会は、1930年(昭和5年)の創立以来、「7年」ごとに大きな節(ふし)を刻んできた。
 この前進の鐘を打ち鳴らすリズムの中で、1951年(同26年)、戸田先生は第二代会長に就任なされた。
 それから7年、75万世帯の大法弘通(だいほうぐつう)という願業を成就(じゅうじゅ)された師のもとに地涌の若人が集い、「広宣流布の記念式典」が挙行(すいこう)されたのである。
 7年の「7」というリズムは、宇宙根源の法たる「南無妙法蓮華経」の7文字にも通じようか。


 この生死一大事を貫く妙法を唱え抜き、風雪を耐え抜いてきた東北の全宝友の“七歳(ななとせ)”を思う時、私は、一人ひとりの手を取り、最敬礼(さいけいれい)して「よくぞ、よくぞ」と讃嘆したい。
 そして、誉(ほま)れも高き「地涌の旗頭(はたがしら)」として、世界が仰ぎ見る人材城、後継の青年城をこの7年で堂々と築かれた奮闘に、私は、声を大にして叫びたいのだ。
 「みちのくの天地に、『冬は必ず春となる』と蘇生(そせい)の曲は鳴り渡った。いやまして栄光の勝ち鬨轟(どきとどろ)く春が来た!」と。

青年の心で共に
 60年前の「3・16」の記念式典に、東北の地から勇(いさ)んで参加した友が、福島県の南相馬市(みなみそうまし)にいる。当時、彼は決然と誓った。「学会と共に、何があっても広布に生き抜くのだ!」と。
 その後、人生の試練は繰り返し襲(おそ)いかかってきた。長男を病で亡くし、自身もがんにかかった。
 79歳の年に大震災に遭(あ)い、大変なご苦労をされてきた。それでも悲嘆(ひたん)の涙を見せず、不退(ふたい)の歩みを進めておられる。
 青春時代に不動の誓願を立てた命は強い。
 先日、86歳となるこの丈夫(ますらお)から、嬉しい報告を頂いた。今、24歳の若者と仏法対話をしているというのである。「世界青年部総会」へ進む後輩たちの力になりたい――その祈りの中で出会った青年である。
 実は、この壮年が入会したのも24歳の時だったという。青年と若き日の自分の姿を重ね合わせながらの楽しき対話である。青年を励まし慈しみ、そして共に歩む。
 ここに、人材城・大東北のよき伝統がある。

妙法の種を継ぐ
 今月号の「少年少女きぼう新聞」の表紙を飾ってくれたのは、宮城県の気仙沼(けせんぬま)地域で活動する少年少女部の合唱団のとびきりの笑顔であった。
 震災の苦難の中で、「復興(ふっこう)」の歩み、「福光(ふっこう)」の広がりとともに、成長の足跡を刻んできた王子王女たちである。
 昨秋、復興の象徴・気仙沼文化会館が開館した折には、少年部歌「Be Brave! 獅子の心で」を歌い上げ、皆に勇気と希望を広げた。
 震災で肉親を亡くしたメンバーもいる。立派に成長した子どもたちの歌声に接して、励まし見守ってきた同志の感慨もひとしおであったろう。

 日蓮大聖人は、幼くして父を失った南条時光(なんじょうときみつ)に仰せである。
 「(父上は)お形見(かたみ)に、わが身を若くして、子息を残しおかれたのでしょうか。姿も違わないばかりか、(立派な)お心まで似ておられることは言いようもありません」(御書1507ページ、通解)
 さらに後には“藍(あい)よりも青し”と、時光の「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の成長を心から賞讃されたのである。
 東北の若人たちは、まさに「不撓不屈(ふとうふくつ)のみちのく魂(たましい)」を受け継ぐ、地涌の菩薩にほかならない。

 大聖人はまた、時光のお母さんに、「一つ種は一つ種・別の種は別の種・同じ妙法蓮華経の種を心に・はら(孕)ませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし」(同1507ページ)とも仰せになられた。
 妙法の同志は、生死を超えて一体である。亡くなられたご家族の生命とも、ご友人の生命とも、題目で結ばれている。
 後継の人材群が広布のため、友のため、社会のために進み働く姿を、霊山から喜び見つめておられるに違いない。常楽我浄(じょうらくがじょう)の生命の旅を永遠に一緒に続けていけるのだ。

題目の功徳莫大
 大聖人は、最愛の子どもに先立たれた親御さんに語りかけられた。
 「南無妙法蓮華経と只一遍唱(ただいっぺんとな)えまいらせ候い畢(おわ)んぬ、いとをしみ(最愛)の御子を霊山浄土(りょうぜんじょうど)へ決定無有疑(けつじょうむうぎ)と送りまいらせんがためなり」(同1435ページ)と。
 一遍(いっぺん)の題目に無量無辺(むりょうむへん)の大功力(だいくりき)を込めて、「あなたのお子さんは絶対に間違いなく成仏されましたよ」と大確信で励まされているのである。

 戸田先生は、この御文を通して教えられた。
 「いかに題目が力強いかということを、お示しになったお言葉と拝します」と。
 言うに言われぬ悲しみや不安のただ中にある人にとっては、時に、御本尊の前に座ることさえままならぬこともあるだろう。一遍の題目を、絞り出すように唱える時もあるかもしれない。
 だが御書には、厳然と「妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり」(13ページ)と仰せである。
 いわんや、大試練に屈(くっ)せず、広布に生き抜く東北の同志が唱えゆく自行化他(じぎょうけた)の唱題の一声に、どれほどの功徳があるか計り知れない。

みちのくの光彩
 30年前(1988年)の3月、私は東北の友に長編詩「みちのくの幸の光彩」を詠(よ)み贈った。
 
〈私は 君たちを信じている 
 私は 君たちを待っている
    
 いま 世界の人々が
 東北を見つめている
 東北にあこがれている
 東北には
 真の「平和」がある
 真の「人間」がいる
 真の厚き「友情」があると
 東北の発展を
 世界の人々が祈っている〉

 ――まさに今、「世界の人々」が、東北の前進と人材城を仰ぎ見ているではないか!
 東北の同志に、平和と友情と人間主義の究極の理想を見出しているではないか!
 偉大なる創価の父母たちの励ましと応援を受けながら、東北の青年たちが若芽のごとく伸び伸びと躍動している。
 宮城で! 岩手で!
 青森で! 秋田で!
 山形で! 
 そして福島で!
 我らは「地涌の義」のままに、人華爛漫(にんげらんまん)の理想郷を築いているのだ。

広布誓願の総会
 大震災から7年に当たる3月11日、世界青年部総会が開催される意義は、あまりにも大きい。
 震災直後から「東北、負けるな! 頑張れ!」と、世界の友はエールを送り続けてくれた。
 その若き世界市民が、今再び心を一つに、東北をはじめ地球を結んで、人類の平和と幸福と安穏を祈り、固く誓い合うのである。心と心をつなぐ青年の連帯のドラマに、私の胸は熱くなる。
 創価の父・牧口先生と親交を結んだ東北出身の偉人・新渡戸稲造(にとべいなぞう)博士は「希望」と「信仰」、さらに「創像(創造)」の力なくして、人間としての最も重大な使命は全うし得ないと訴えていた。
 若くして世界第一の信仰を持ち、「平和の地球」の未来を創るという、人間として最も尊き使命に生きる創価の青年たちこそ、人類の希望である。
 今日の青年部総会は、この揺るぎなき確信と誓願を、全世界に向かって宣言する場となる。

 ◇
 かの「陰徳陽報御書(いんとようほうごしょ)」で、大聖人は、さらにこう約束くださっている。
 「此は物のはしなり大果報(だいかほう)は又来(またきた)るべしとおぼしめせ」(御書1178ページ)と。
 不死鳥(ふしちょう)の負けじ魂で偉大な「陰徳(いんとく)」を積み上げてきた東北家族が、ますます偉大な「陽報」「大果報」に包まれゆくのだ。
 さあ、我らは共に、人間の尊厳が輝く「福光(ふっこう)」の新時代を大きく開く、一歩また一歩を、力強く踏み出そう!
 尊き東北家族の歩みそのものが、末法万年尽未来際(まっぽうまんねんじんみらいさい)までも照らす「幸と希望の光彩」を放っていくとの大確信で! 
 (随時、掲載いたします)

 新渡戸稲造の言葉は『新渡戸稲造全集 第1巻』(教文館)。






Last updated  2018/03/12 12:37:12 AM
2018/02/26

​28​ 広布の先陣・男子部​


   さあ出発だ! 共に栄光勝利の春へ
   「従藍而青」の弟子よ 澎湃と涌出せよ
 
その鮮烈なる歌声は、わが生命から離れない。
 
世界の同志と
我らは団結し
広宣流布の灯は
永遠に燃え続ける
師と共に
我らは師子と立つ
(原詩は英語)
「We are the Lions」――。

今月の本部幹部会の席上、アメリカの男女青年部が「正義の師子の誓い」を凛然と歌い上げてくれた。メンバーの大半が20代である。
壁を破る弘教に挑んだ歓喜踊躍の若人たちを、同じく大拡大を成し遂げた関西の友が私の心を体して、大歓迎してくれた。
大阪での“本幹”前夜には、10の会館で世界広布新時代の「関西ワールド総会」が行われ、参加した多くの友人が入会を決意されたと伺っている。


思い返せば、25年前(1993年)の1月、ロサンゼルスで行われた初の「関西ワールド総会」で、私は恩師・戸田城聖先生の指導を紹介した。
「悩みのある人は、真剣に願いなさい。仏法は真剣勝負です。万が一、実行しても解決しなければ、戸田の生命をあげよう」――よく語られていた指導である。
この大確信の折伏精神を脈々と受け継ぎ、アメリカで、関西で、そして全国、全世界で、若き「正義の師子」たちが立ち上がっている。
今この場所から
今この瞬間から
誓いに生き抜こう――その英姿が、何より頼もしい限りである。
 
自信満々と語れ
御本仏は仰せられた。
「仏と申す事も我等の心の内にをはします・譬へば石の中に火あり珠の中に財のあるがごとし」(御書1491ページ)
一人ひとりの青年の心の中に、まぎれもなく最も尊い仏の生命がある。
しかし、最も近い睫毛を見ることができず、最も遠くまで広がる天空も見極められないように、この宝の命に気づかぬまま、青春を過ごし、一生を終えてしまうことが、いかにもったいないか。
多くの人びとが自信を持てず、自らの居場所も見出せずに、先行きの見えない不安を抱える現代にあって、「汝自身の内なる最極の生命に目覚め給え!」と旭日の大光で照らしゆくのが、我らの仏法対話だ。創価の人間復興の運動こそ、かけがえのない希望なのである。


今月、雪の北海道の約150会場で開催されてきた伝統の青年主張大会でも、妙法を受持した若人の「人間革命」の蘇生のドラマが、また愛する郷土への貢献の実証が、感動を広げている。
第1回大会から36年、体験主張を行ったメンバーだけでも15,000人を超える。かつて登壇した友のお子さんやお孫さんが発表する、親子2代、3代にわたる継承も何と嬉しいことか。
臆さず、自信満々と語ることだ。「体験」に勝る「雄弁」はないからだ。


 ◇


「青年の活躍の陰には必ず育ててくれた人がいる。励まし続けてくれている人がいる。その方々に最敬礼するんだよ」
これもまた、忘れ得ぬ恩師の教えであった。
今回のアメリカ青年部の研修にも、深い真心で送り出し、題目を送り続けてくれた、尊き父母や地域の同志がおられる。
今、いずこでも、青年部を全力で激励し、応援してくださる創価の父母たちの熱情が、私と妻には痛いほど迫ってくる。
特に、今年は例年にない強い寒波に見舞われ、各地で記録的な豪雪となっている。
妻も先日(22日)、創価世界女性会館で、全国の各方面の婦人部長の方々と懇談した折、北陸をはじめ雪国の宝友のご苦労の一端をあらためて伺った。そして「雪にも負けず頑張ります!」と、3月の「世界青年部総会」へ大応援の決意を語られる創価の母たちの心意気に胸を熱くしていた。
妻と二人して朝な夕な感謝の祈りを捧げるとともに、折々に「母」の曲をピアノで弾いて、その「不思議な豊富な力」に合掌する日々である。
 
新しい人と力を
父母の祈りと励ましに応えて、時あたかも、日本全国で1万人に及ぶ「男子部大学校生」も堂々と立ち上がった。
新鮮な青年の太陽が昇ったのだ。
「新しい人」だからこそ、「新しい力」を発揮できる――これが私の変わらざる確信である。
1952年、蒲田支部で私が広布拡大の突破口を開いた「2月闘争」も、「新しい人」を見つけ、眼前の友の「新しい力」を信じて、励まし抜く戦いであった。


仏法では、「一身一念法界に遍し」(同247ページ)と説かれる。
一人の「一身一念」は、家族にも友人にも、職場にも地域にも、さらには国土、世界にまでも波動を起こしていけるのだ。
「一人」から始まる。
「一人」から変わる。
「一人」から開ける。
ゆえに、まず一人と「会う」ことだ。「語る」ことだ。そして「一緒に行動する」のだ。
「少子化」の時代であるからこそ、むしろ一人の青年を大事にできる。さらに今度は、その一人から、次の新しい青年を呼んでいくのだ。
そして「従藍而青」と示されている通りに、「自分以上の人材」を澎湃と育て上げるのだ。この精神で学会は進んできたからこそ、今がある。
 
“城普請”の逸話
「2月闘争」の翌年の1953年、私は戸田先生より男子部の第一部隊長の任命を拝した。
これも、恩師の願業である75万世帯の達成へ、若き力を糾合し、新たな人材を育てる戦いであった。
育成のホシは何か。それは、信心に励む理由を明確にすることである。
先師・牧口常三郎先生も「目的は手段を生む」と言われ、的を明確にして矢を放ってこそ、的中すると教えられている。


私の部隊長時代、あるリーダーが、懸命に努力を重ねてもなかなか成果を出せず、悩んでいた。
私は、その奮闘を労い讃えながら、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)の有名な“城普請”の逸話を例に励ました。
――主君・織田信長の居城である清洲城の塀や石垣が暴風雨で崩れ、藤吉郎は三日間での修理完了を約束した。
だが一日目。躍起になって工事を急かしたが、修復は思うように進まなかった。藤吉郎は焦る自分を反省し、何が足りないのかを考える。次の日、心新たに棟梁たちに切々と訴えた。
“塀や石垣を修理し、一日も早く完成させることは、外敵から国を守ることになり、それはすなわち自分を守り、ひいては大切な家族を守ることになるのだ”と。
この呼び掛けが、皆の“本気”に火を点した。そして自ら率先して修復に汗する藤吉郎の姿に続き、一丸となって工事に臨み、見事、約束通り、修理を完遂することができたというのである。
私は、友に語った。
「信心も同じだよ。戦いの目的が明確であれば、必ず団結できる。
なぜ勤行をするのか。なぜ折伏をするのか。どうして、信心で人生を勝ち開くことができるのか等々、この根本の目的が納得できれば、決して人にやらされるのではなく、主体的に取り組んでいける。そこに、本当の力が出るんだ」と。
ともあれ、皆の成長を願い、胸襟を開いて語り合うことだ。一人ひとりに心を配り、足を運ぶことだ。その祈りと行動があるところ、どんな心の扉も、必ず開かれていくのだ。
この年、私たちは1年間で3倍の人材拡大を果たし、年末の男子部総会を1,000人結集の栄光勝利で飾ったのである。
しかし、何にもまして私が誇らしかったのは、戦友ともいうべき多くの同志と共に、戸田先生の弟子として生き抜き、広宣流布の大叙事詩を共に綴りゆく誓願を共有できたことであった。
 
厳護の英雄たれ
かつて戸田先生が、獄中で読まれたという「水象」の伝説を話してくださったことがある。
――水象とは、川の底に棲み、なかなか姿を見せないという象である。しかし、ひとたび陸に上がって真の姿を現したならば、いかなる獣も恐れをなして逃げてしまう。
いざ世に現れた時の威容――本当の英雄とは、そういうものだ。これが、勇んで陰の労苦に徹する、学会厳護の男子部の雄姿なのだ、と。

40年前(1978年)の2月、立川文化会館で私は、雪が舞う駐車場に立つ創価班の友に気づいた。有り難いな――と思う瞬間、一句が生まれた。
「寒風に 一人立ちたり 創価班」
今月、結成記念日を迎えた牙城会と共に、私が一切を託しゆく正義の陣列がここにある。
同年2月、雪国の信越から、立川文化会館にいた私のもとへ、男子部の友が駆け集ってくれた。この時、皆に贈ったホイットマンの詩の一節を、私は今再び、本門の丈夫たちと確認し合いたい。
「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて! 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」
君よ、君たちよ、「今ここから」、雄々しく、朗らかに、満々たる生命力で出発だ。我らの新しき栄光勝利の春へ、世界の友と高らかに勝ち鬨を上げようではないか!

ホイットマンの言葉は『詩集 草の葉』富田砕花訳(第三文明社)。

(2018年2月26日付 聖教新聞)






Last updated  2018/02/28 10:50:39 AM

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