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随筆 我らの勝利の大道 (完)

2013/12/27
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 我らの勝利の大道 山本伸一

119=完 新時代の人材城

 

友に会おう!励まそう
新しき世界は我らの手で

 来る年も 仏法勝負の 広布旅


 この一年
  我らは勝ちたり
   晴ればれと
  常勝創価の
    源流なるかな

 今も胸に熱く蘇(よみがえ)る、忘れ得ぬ光景がある。
 昭和26年(1951年)7月、戸田城聖先生のもと執(と)り行われた、創価学会常住御本尊を奉戴(ほうたい)しての総会の折のことだ。
 「大法弘通慈折広宣流布大願成就(だいほうぐつうじしゃくこうせんるふだいがんじょうじゅ)」とお認(したた)めの御本尊の御前に、先生は、目覚ましい奮闘をした30数人の代表を招かれた。そして讃えられたのである。
 「ここに並ばれた方々は、私が褒(ほ)めるよりも先に、大聖人様がお褒めになっているに間違いありません。私は、この方々に何も差し上げられないが、大聖人様は、すごいご褒美(ほうび)をくださるでありましょうから、なんの心配もいたしません」
 今、私も、全く同じ心で、尊き同志の一人ひとりをねぎらい、感謝し、讃嘆したい。
 創価の太陽・婦人部も、黄金柱の壮年部も、敬愛する多宝の友も、皆、本当に、本当によく戦ってくださった。ありがとう!
 さらに戸田先生は、総会の最後には、壇上に立った青年たちを紹介しながら、こう言われたのである。
 「皆さん、この青年男女諸君に、どうか期待してください。この若者たちが、この大法戦をやり遂げる人びとです。これら青年がいる限り、学会は絶対に盤石であります」と。
 以来60有余年──今、日本中、世界中に澎湃(ほうはい)と躍(おど)り出ている地涌の青年の大陣列を、戸田先生はいかばかり、お喜びであろうか。創価の未来は晴れやかだ。


 不軽菩薩の実践


 新時代の開幕に呼応し、各地で新リーダーが勇み、指揮を執っている。決意が漲(みなぎ)る、皆の息吹が嬉しい。
 広宣流布の新たな前進は、どこから始まるか。
 それは、リーダーが人と会うことから始まる。
 一人また一人と、どんどん会って、語り合っていくことだ。心から友を励ましていくことだ。そこから人材が伸び、波動が広がる。これが鉄則だ。
 日蓮大聖人は「今日蓮等の類(たぐい)は不軽(ふきょう)なり」(御書766ページ)と御断言であられる。
 生命の次元からみれば。いかなる人も仏性を具えている。その尊極なる仏の生命を信じて、人びとを敬っていく。誰もがその仏性を必ず開いていけることを信じ、励ましを送り続ける。

 この不軽菩薩の実践を現代に展開しているのが学会の運動である。不軽の精神とは人間尊敬の心だ。
 リーダーにその心があれば、必ず相手にも伝わる。それぞれの良さや持ち味も分かる。ここを伸ばせば、という部分にも自然と気づくものだ。

 私自身、ありがたくも、戸田先生に見出され、育てていただいた一人である。ゆえにその報恩の思いで、私は、わが友が秘めている生命の宝をより磨き輝かせるために、全力を注いでいった。誠実に友と接した。温かく包容した。粘り強く関わり続けた。
 私は青年部時代、書くことが苦手な友には、あえて会合の感想文を書くことを提案した。数字に弱い人に会計を担ってもらったこともあった。
 真剣に祈れば、知恵は必ず出る。それが妙法だ。
 人間は、機械ではない。ああ言えば、こう動いて当たり前というものでは決してない。「人生、意気に感ず」というではないか。
 まず、こちらの胸中に大情熱が燃えていてこそ、友の心も動くのだ。
 現場を歩き回り、駆け巡りながら、どれだけ祈り、考え、悩んで戦ったか。本当に苦労した分だけ、自分の力がつく。力を伸ばした分だけ、成長した分だけ、周囲も触発される。
 ここに、希望の方程式がある。

 60年前(1953年)の1月、男子部第1部隊長となった私が、出発に際し、班長会で共々に拝した御聖訓がある。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451ページ)
 この一節を通し、私は、わが部隊が1年間で部員1,000人の結集を成し遂げ、弘教75万世帯という師の誓願の達成へ先駆しようと呼びかけたのである。


 人材拡大の4指針

 そして、いよいよ1年の総仕上げをする勝負時を、若き盟友たちと、4つの指針を掲げて走り抜いた。
 1、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であることを確信しよう。
 2、教学に励もう。
 3、行動にあたっては、沈着にして強く。
 4、学会精神を会得して、自ら広宣流布の人材たらんと自覚しよう。

 このうち第1、第2は、「信行学」の実践である。
 御書には「法華経は藍(あい)のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従(したが)って、ますます青くなるようなものである」(1505ページ、通解)と仰せである。
 この信心は、いついかなる時も、“いよいよ”の生命力で、前へ前へ進み切っていく仏道修行である。
 その上で、やみくもに動いても結果は出ない。ゆえに第3の指針を強調した。
 実は1,000人の目標に対して、10月に入った時点での部員数は600人余り。頭を抱えていたある班長に私は大確信で語った。
 「簡単だよ。1人が1人を連れてくればいいんだ」
 それを聞いた友は心軽やかに、再び動き始めた。
 今の戦いのホシが何なのかを明確につかむ。その沈着な行動が大切なのだ。
 また第4は、大目的を明確にするためであった。
 何のために戦うのか。それは広宣流布という大目的のためである。
 目的意識がなければ、その中でやり抜いていくことはできない。ロマンがなければ、勇気も湧かない。

 私は、皆に訴えた。
 ──我ら青年、これ新しき世界の創始者である、と。
 地域を変え、社会を変え、世界を変えていくのは我々なのだ! やろう、広宣流布は我らの手で!
 この心意気で走り抜いた第1部隊は、年末の男子部総会で、美事に1,000人の陣列を達成したのである。
 時あたかも、学会本部が西神田から信濃町に移転した新時代の節目を、私たちは大勝利で飾ったのだ。
 総会翌日、1年の最後の本部幹部会で、戸田先生は烈々と師子吼(ししく)された。
 「仏法は勝負なり!」
 絶対勝利の信心を持った我らは、いかなる悪戦苦闘があろうが、負けじ魂を燃やし、最後は勝つのだ!


「世界広布の歌」

♪  学会健児の歌声は
 七つの海に轟き渡り
 若き地涌の天翔ける
 ともに讃えん平和境
 ああ世界広布の鐘は鳴る

 「世界広布新時代」第1回の本部幹部会(本年11月)では、この学会歌「世界広布の歌」の調べを、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の芸術部によるスーパーサウンズの皆さんが壮麗に奏でてくださった。さらに青年部の友らが大合唱を轟(とどろ)かせてくれた。
 この曲の誕生は50年前(1963年)。わが音楽隊初代隊長の作曲である。
 今も歌い継がれる歌詞の原案は、群馬から栃木まで広がる地域を舞台に活動していた青年たちが作成してくれたものであった。
 メンバーには、進学の夢も断念して必死に働く友もいた。皆、苦労していた。だが、青年部の誇りを胸に、行学の二道に励み、広布の夢に敢闘していった。
 そんな日々の中で、私が「大白蓮華」に発表した、巻頭言「青年よ世界の指導者たれ」を読んだのだ。
 そして、そこに綴(つづ)られた
 「理想は高く、現実は、あくまでも堅実に、一歩一歩力強く進まなければならない」等の私の呼びかけに、青年たちは懸命に応えようとしてくれたのである。
 「世界広布の歌」の歌詞には、その熱き共戦の心が反響している。
 彼らは世界を旅したこともなければ、直接、海外と関わる仕事でもなかった。しかし同志と熱く理想を語り合いながら、世界を見つめ、世界を呼吸し、今いる場所から、堂々と誓願の心を広げていったのだ。
 「志(こころざし)」は広く世界へ!
 「行動」は足元の地域から──こうした地涌の勇者たちの志念堅固(しねんけんご)な大前進が、私の最高の喜びである。


 立正安国の主人公


 置かれた状況がどうであれ、理想を持ち、向上し続ける人は「世界を変えゆく主人公」となれる。これが立正安国の信心だ。
 世界広布の内実(ないじつ)は、地域広布に他(ほか)ならない。そこで眼前の一人と仏縁を結び、語り合い、励まし合いながら、自他共の人間革命の波を起こすことなのだ。
 その確かな生き方こそ、どんな権威よぴも強く気高いことを証明し、その異体同心の団結こそ、いかなる権力にも勝る平和の力となる──この真実を示してきたのが、我ら創価の誉れの歴史なのである。


 民衆詩人ホイットマンは快活に叫んだ。
 「まだ試(こころ)みられていない手つかずの未来は、まったく何の差別もなしに、君たちのため、ぼくのため、皆のためにある」
 新しい世界、新しい未来を創(つく)る主役は誰か?
 他(ほか)ならぬ君であり、貴女(あなた)だ。我ら民衆なのだ!


 全員が使命あり!


 見よ、堂々とそびえゆく創価の新時代の人材城を!
 全員が尊き地涌の使命を持った天下の良材だ!
 ゆえに、一人ひとりを尊敬し、「一騎当千」の広宣流布の闘士に育てよう! 多くの同志が仲良く力を発揮できる団結をつくろう!。
 どんな試練も、苦難も、妙法と共に、学会と共に生きゆく我らに、変毒為薬(へんどくいやく)できないものはない。
 これからも、共に大勝利の人生、所願満足の人生を飾りゆこう! いやまして朗らかに、「我らの勝利の大道」を進み抜くのだ!
 皆、お体を大切に!
 心晴れやかに、よいお正月をお迎えください。

 来る年も
  仏法勝負の
   広布旅

(2013年12月27日付 聖教新聞)






Last updated  2013/12/27 11:45:44 PM
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2013/10/31

 随筆 我らの勝利の大道 山本伸一

 118 読書は青春の宝

 青春の
  英知の光の
    読書かな
  創価の哲人
     心鍛えて


 今月27日の「文字・活字文化の日」から、恒例の「読書週間」が始まった(来月9日まで)。
 読書は、どこか山登りに似ている。
 1ページ、また1ページと本を読み進める。それは、一歩ずつ山道を登っていくようなものだ。途中の景色を楽しみながら、自分のペースで歩んでいけばよい。その歩みの先に、山頂の絶景が待っている。


 民衆が賢く主役に。

 戸田先生は喝破(かっぱ)された。
 「民衆が、自己の教養を外にして、一部分の文化人に引きずられていくということは、文化国家の姿ではない」と。
 民衆自身が学んで賢明になり、知恵と力を発揮して、社会建設の主役とならなければ、どうして真の文化国家といえようか。
 ゆえに先生は、その中核たるべき青年に、「心に読書と思索の暇をつくれ」と叫ばれたのである。
 恩師の膝下(ひざもと)で薫陶(くんとう)を受けた人材グループ「水滸会」(男子部)、「華陽会」(女子部)が、「御書」を根本とし、世界の名作を教材としての人材育成であったことにも、誠に深い意義が感じられてならない。

 思えば、日蓮大聖人は、佐渡流罪の渦中にも、仏典とあわせ、中国の治世の指南書『貞観政要(じょうがんせいよう)』等の書物を取り寄せておられた。
 書物を読まれることも、筆を執られることも、命に及ぶ迫害の真っ只中での大法戦であられた。
 私は若き日から、その蓮祖のお姿を拝し、読書もまた真剣勝負の戦いと決めて取り組んできた。
 
 今、全国の創価班・牙城会などの青年たちも、御書の研鎖(けんさん)をはじめ真剣に「行学の二道」に励みながら、読書に挑戦し、自身の人間革命の青春を謳歌(おうか)している。
 読書は、生命と生命の打ち合いだ。その積み重ねの中でこそ、どんな時代の激流にも動じない生命力をもった、大いなる自己を鍛え上げることができる。

 16人の子の母であり、幾多の試練と戦い、祖国オーストリアを栄えさせたマリア・テレジアは語った。
 「読書なさることをお薦めします。読書は私たちの頭と心を豊かにする唯一の手立てだからです」と。
 私が最初の対談集を発刊した”欧州統合の父”クーデンホーフ=カレルギー伯爵も、この女帝が創立した学校に学び、世界的名著を読破し、探究を深めたことを誇りにされていた。

 それは、昭和47年(1972年)の春のことであった。山梨の会館に集った20人ほどの女子部の代表が、人材育成グループを結成する運びとなった。
 私は、グループに「山梨読書研究会」の名称を贈り、乙女たちに提案した。
 “聡明なる21世紀の女性リーダーとなっていくために、まず教学を学び、何があっても揺らぐことのない、生き方の哲学を確立していただきたい。さらに教養を身につけ、知性を磨いてほしい。
それには良書を読むことだよ”と。

 その後、彼女たちは、私が恩師のもとで学んだホール・ケインの『永遠の都』や、ユゴーの『九十三年』などを読み合っては、感想を書き、届けてくれた。
 彼女たちは今も、この時の思い出を宝として、互いに励まし合い、広布の誉れの人生を歩む。そして町の男女共同参画推進委員長を務める友など、地域・社会の女性リーダーとして生き生きと活躍されている。
 「学び」は一生である。教学を研鎖し、名作に挑んで“人間大学”の学位を勝ち取った幸福博士たちを、私は心から讃えたい。


心の復興を支え

 先般、北九州で開催された「世界の書籍展」も大きな反響を呼んだと伺った。
 読書は自己教育の尽きせぬ源泉であり、心の世界を広げる翼である。この読書の豊饒(ほうじょう)な力を、時代は渇望(かつぼう)していると、私は思う。

 活字離れが叫ばれて久しいが、一方で読書の活発化の動きも確実に見られる。
 毎年実施されている、ある調査によれば、全国の小・中学、高校生の読書量は2000年代に入って全体的に増加傾向にある。1ヵ月に1冊も本を読まない児童・生徒数も、比較的、減少傾向にあるようだ。
 また昨秋、発表された文部科学省の調査結果では、図書館における国民1人当たりの貸出数が過去最高を記録している。
 そこには、家庭や地域での読み聞かせ運動、学校現場における読書への地道な取り組み、さらに図書館、書店や出版など関係の方々の、どれほど忍耐強い努力があることだろうか。

 あの東日本大震災の被災地にあっても、東北の書店の方々が不屈の執念で立ち上がられた。そして今こそ文字・活字の力によって「心の復興」を──と、月々日々に奮闘されている。

 フランスの作家バルザックは、友人へ「書物は戦闘よりも影響力がある」と書き送った。
 すなわち、かのナポレオンの戦勝よりも、名著の方が、祖国のために貢献し、「ヨーロッパ中で、連日勝利を獲ち取っている」というのだ。
 活字文化の力を強め、支える苦闘は、人間精神の勝利への尊い貢献である。

 青春時代、わが心の友であった楽聖ベートーベンは「私は格言によって養われた」と言った。彼が、読書の中で心に響いた一言一言を宝の如く日記に書き留めたことは有名である。
 彼は、幼い頃からピアノやバイオリンの練習に明け暮れ、満足に学校教育を受けることができなかった。
 しかしベートーベンは、ピアノの家庭教師として通った家にある本を読み、読書の楽しさを知った。古典をはじめ多くの書に挑戦した。読書サークルにも加わり、大いに学んでいる。
 読書で耕された豊かな心の大地から、偉大な創造の生命も開花していくのだ。

 私が親交を結んだ「アメリカの良心」ノーマン・カズンズ博士の言葉が蘇(よみが)る。
 「医学の助けを借りないで、簡単に寿命を延ばす方法がある。それは『書物』という名の方法である」
 その理由は、書物を通して「数百回の人生」、それも「信じられないほどすばらしい選択を楽しむことができる」からである。
 未来を担う青少年には、ぜひとも、この読書の醍醐味(だいごみ)を昧わってもらいたい。

 良書をわが血肉と。

 わが愛する創価学園生たちも、朝の読書運動をはじめ、電車通学の時間なども活用しながら、喜々として読書に励んでくれている。
 各校の「ロマン図書館」「ノーベル図書館」「プラトン図書館」「蛍雪図書館」「万葉図書館」は、皆が楽しんで本に触れる、知性と詩心光る学びの広場となっている。
 良書に親しめば、それがそのまま心の栄養となる。若き日の読書は、精神の血肉となり、人間性の骨格をつくる。読書し抜いた人が、最後に勝つ。「負けじ魂」を朗らかな心根の中に培う秘訣も読書であろう。

 以前、創価大学の中央図書館を訪れた折、私は学生たちに言葉を贈った。
 「読書は勝利者の源泉」「読書は幸福の伴侶(はんりょ)なり」「読書は意義ある世界旅行」……まさに魂の宇宙を広げゆく旅なのである。

 ともあれ、学園生、創大生・短大生、アメリカ創大生、また男女学生部、未来部の友が若さ読書博士となり、挑戦と向上の青春を歩んでくれて、嬉しい限りだ。

 御書に「文字は是(これ)一切衆生の心法の顕(あらわ)れたる質(すがた)なりされば人のかける物を以(もっ)て其(そ)の人の心根(こころね)を知って相(そう)する事なり」(380ページ)との仰せがある。

 書を読めば、人の心を知っていける。人間の本質が見えてくる。読書は、わが心の明鏡(めいきょう)を磨いてくれる。
 我らは、その英知の光で人びとの心を照らす、希望の聖業を進めゆくのだ。
 青年よ、戦いの中で普賢(ふげん)(普(あまね)く賢(かしこ)い)の智慧を鍛え、堂々と正義を叫び抜け!
 破邪顕正(はじゃけんせい)の勇気ある言論の力で、民衆を護り、新時代を牽引(けんいん)してくれ給え!


 今に見よ
  賢者の君と
     育ちゆけ
  世界の友を
    包み照らせや


 (随時、掲載いたします)
(2013年10月31日付 聖教新聞)















Last updated  2013/10/31 11:14:22 PM
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2013/10/25
随筆 我らの勝利の大道 山本伸一

117 人生の舞 文化の光彩

第一級の輝きに触れよ
使命の舞台で君よ名優の如く

 生命の
  明朗王の
     君なれば
  悲劇の友も
   喜劇に変えゆけ

 人生は波瀾万丈(はらんばんじょう)の劇だ。
 苦難の夜を越えれば、晴れわたる朝が来る。試練(しれん)の風雪を耐(た)え抜いてこそ、栄光の太陽は輝きわたる。
 我らは、何があろうとも毅然(きぜん)と前を向き、断固として使命の舞台で舞う。
 苦悩に沈(しず)む友には勇気を贈り、戦い疲れた友には安穏(あんのん)をもたらし、孤独(こどく)に悩む友には希望を広げる。
 持てる力を自他共(じたとも)に発揮しながら、大いなる勝利劇の主人公となって「人間はかくも偉大なり!」と謳(うた)い上げていくのだ。
◇ 
 日蓮大聖人は、「一生空しく過(すご)して万歳悔(ばんさいく)ゆること勿(なか)れ」(御書970ページ)と門下に厳命なされた。
 安逸(あんいつ)に流されても一生。激流と戦い切っても一生。
 同じ生きるならば、悔(く)いなく、最高の充実と誇りの人生を飾り、永遠に消えざる福運を残していきたい。
 そのための信仰である。

 私は、21歳の日記に、こう記した。
 「詩想豊かな青年、感激と努力に生きる青年。その尊き青年の生涯こそ、芸術上の極致の生き方なりと表現したいものだ」
 わが師・戸田城聖先生のもと、私は無上の青春の劇に全身全霊(ぜんしんぜんれい)で挑(いど)み抜いた。
 戸田先生は、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)のような事業の窮地(きゅうち)の中でさえも、私を徹(てっ)して鍛(きた)え、学ばせてくださった。
 「一流を見よ!」とは、一貫した師の薫陶(くんとう)である。

 妙法は、大宇宙を貫く根本の大法だ。あらゆる次元において、滾々(こんこん)と尽きせぬ価値を創造できる「活の法門」なのである。
 この一切を活かせる最高の哲学に若くして巡りあったからこそ、君よ、求めて一流に触れ、世界を舞台とする平和指導者に育ちゆけ、と期待されたのだ。

 では、求めるべき一流とは何か。何をもって自身を高めていくのか──。
 恩師が常に凝視されていたのは、誠実に精魂を傾けた仕事かどうかという一点であった。世間の評判ではない。自分の仕事に誇りを持ち、何事もゆるがせにしない真剣さがあるかどうか。そこに一切の基準を置かれていた。
 そして、青年に対して、「誠実に生きるのだ、尊い自己の使命を果たし抜け」と、真実一路の生き方を教えてくださったのである。
 一流の文学を読む。
 一流の音楽を聴く。
 一流の絵画を観る。
 一流の魂に触れる、その切磋琢磨(せっさたくま)によって、一流の人格も磨かれるのだ。

 私と不二の青年部は、創価の平和と文化の大運動の中で、世界第一級の芸術もわが友としながら、心の宇宙を広げ、気宇壮大(きうそうだい)に前進していただきたい。

 人間結ぶ芸術の力


 中国の国学大師・饒宗頤(じょうそうらい)博士は、「第一級の作品」が持つ感化力に注目され、「勇気や希望を心に灯し、或いは清澄な心を引き出すのが、真の芸術といえましょう」と、私に語られた。
 芸術は、人びとの魂を鼓舞する。心を豊かにし、前進への力を漲(みなぎ)らせる。
 たとえ言語や民族、歴史、風土の違いがあっても、芸術に国境はない。人間と人間を近づけ、心と心を結ぶ不思議な力がある。

 私が民主音楽協会(民音)や東京富士美術館(富士美)を創立したのも、その一助となればとの思いからである。
 当時は東西冷戦下──。
 “文化の力で世界を平和に!”という願いなど、夢物語だと笑う人もいた。
 しかし私には、どこの国であろうと、そこに住んでいるのは、同じく平和を願う「人間」であるという確信があった。平和だから文化運動をするのではない。平和のために文化運動を断行するのだ。
 私は青年に語ってきた。
 「地味な作業かもしれないけれど、文化交流が一番の平和の近道なんだ」
 ゆえに、人びとに一流の芸術を! 文化の力で平和の人間世紀を!


 民音の創立50周年
 東京富士美30周年


 先日、創立50周年の佳節を刻んだ民音の交流は、今や105力国・地域に及ぶ。
 開館30周年を迎える東京富士美術館は、世界各国の美の名品を招来した展覧会を40回以上、館蔵品による海外展も約20力国・地域で30数回にわたって開催してきた。
 関係者をはじめ、献身的に支えてくださる皆様方への感謝は尽きない。
 今秋、東京富士美術館では記念展として「光の賛歌印象派展」が始まった。
 世界8力国の40美術館からルノワールやモネなど巨匠の名作が一堂に会しての、いわば“幸福の光の競演”である。この美の園に多くの方々が集われ、新たな喜びの花が咲き薫っていくことが嬉しい。
 また民音では、私が深き友情を結ぶブラジルの世界的ピアニスト、アマラウ・ビエイラ氏が来日コンサートを開かれる。ビエイラ氏は、創価の文化活動を、古代ギリシャの理想に通ずる「民衆のため、人間のため、後世のために、人類の財産を残す行動」と讃え、連帯してくださっている。

心の復興の支えに

 あの東日本大震災から2年7ヵ月──。
 大切な家族、同志を失った皆様、今なお避難生活を余儀(よぎ)なくされる方々に、題目を送らない一日はない。
 日本中、世界中の多くの方々が、被災地の復興支援のために奔走されている。その中で、民音、富士美も尽力してきた。
 民音では、宮城、岩手、福島の三県で「東北希望コンサート」を重ねている。また本年、民音が招聘(しょうへい)した中国瀋陽(しんよう)雑技団も、この三県で友好公演を行い、深い感動を広げた。
 富士美では、福島で館蔵品100百点による「洋画の巨匠たち」展を企画・支援した。
 この展示会の来賓の方が、「素晴らしい作品を見ることで、生きる力を得ていく──本当にすごいことです。物資の面での復興も、当然大切です。しかし、心の復興が進めば、数10倍、数100倍の効果となって、社会を潤していくに違いありません」と述懐されていたそうである。
 「心の復興」に果たす文化・芸術の役割は、いやまして大きいと確信する。

 今月から私は、「生命の光 母の歌」と題し、オーストリアの元文部次官で声楽家のユッタ・ウンカルト=サイフェルト博士と新たな対談を開始した。
 以前、博士は力を込めて語られた。
 「芸術は私たちの中にある『聖なるもの』の表現なのです」と。

 鍛錬と精進を貫き、研ぎ澄まされた創造的生命から現れる本然の輝き──それは、わが生命の尊さ、内なる「聖なるもの」への目覚めをも促すに違いない。
 そして、我らの自行化他の実践は、自らの心を磨き、万人の心を開きゆく聖業といえまいか。皆で励まし合いながら最も尊貴な仏の生命を輝かせていく連帯は、「最高の人間芸術」そのものであると、私は思う。
 “創価の華”と薫る芸術部の皆様、また音楽隊、鼓笛隊、各地の合唱団などの皆様は、偉大な民衆芸術を彩る先駆者なのだ。
 今回、渾身の演奏で日本一に輝いた音楽隊の創価グロリア吹奏楽団も、本当におめでとう。ありがとう!
 ともあれ、現実の生活の中で、喝采(かっさい)があろうがなかろうが、人びとの心に希望の光を送り、幸福劇に導く我らの広宣流布こそ、究極の「平和の文化」の創造ではないだろうか。

 中国の人民の母・トウ穎超(とうえいちょう)先生は、ある劇団の団員を労って言われた。
 ──演劇は、素晴らしい演技をする俳優とともに、舞台の準備、照明、シナリオ、演出などのチームワークです。裏方の仕事をしてくれている「無名の英雄」に感謝を捧げたい、と。

 現在、管楽器の修理工房で働く、音楽隊出身の東京・葛飾(かつしか)の壮年がいる。
 彼には、演奏の道への憧れもあった。だが、父親の会社が倒産し、家計を支えるために働かざるを得なかったのである。
 飛び込んだ修理の世界では、初めて手にする楽器もあった。助けてくれる人も教科書もない。言うに言われぬ苦労の挑戦であった。
 しかし、「ここで戦い切る」との音楽隊魂で一歩も退かず、この仕事は「夢を支える天職」と誇りをもって修業を積み重ねていった。今や「扱えない管楽器はない」と評されるほどの一流の技を鍛え上げた。
 人生は戦いだ。いいことばかりではない。しかし、困難を一つ一つ粘り強く乗り越える中で、魂の勝鬨(かちどき)という幸福の交響曲を自在に指揮し、演奏できる境涯が開かれていくのである。

魂の勝鬨から広がれ「平和」の調べ

「ご褒美は名月!」

 先日、岐阜県の広大な山村で、聖教新聞の配達をしてくださっている「無冠の母」から、尊い尊いお便りをいただいた。
 中部広布60周年を、聖教の拡大で祝賀しようと対話を開始された。
 壁にぶつかる戦いの連続だったが、題目を唱えて挑戦する中で込み上げる大歓喜があった。「自分の悩みを突き抜けて、広宣流布の大願のために祈れるとは、何と幸せだろうか」と。
 遂に目標を達成し、共に戦ってきた兄に報告した。すると兄は会心の笑顔で言った。「ご褒美(ほうび)は中秋の名月だよ!」。仰ぎ見た夜空には、幾山河(いくさんが)を越えてきた歩みを讃えるように、満月が宝の光を放っていた。
 広布のロマンに生きゆく人生には、生命の歓喜踊躍(かんきゆうやく)の名曲があり、所願満足の福徳の名画がある。名優のような誇り高き凱旋(がいせん)がある。

 大聖人は「迦葉尊者(かしょうそんじゃ)にあらずとも・まい(舞)をも・まいぬべし、舎利弗(しゃりほつ)にあらねども・立つてをど(踊)りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書1300ページ)と仰せになられた。
 我らは共々に舞を舞うが如く、未来永遠に語り継がれゆく偉大な絵巻を綴(つづ)っていこうではないか!

 天高く
  創価の文化は
       大勝利


 大型台風が再び接近しています。どうか防災対策を万全に対処してください。安全無事故を祈ります。

 (随時、掲載いたします)
(2013年10月24日付 聖教新聞)










Last updated  2013/10/25 09:34:08 AM
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2013/10/20
随筆 我らの勝利の大道 山本伸一

116 広布の模範・離島部

 台風26号による深刻な豪雨災害に、胸を痛めております。被災された皆様、ご関係の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
 伊豆大島では甚大な土砂災害が起こり、多くの方々が亡くなられました。行方不明者の捜索活動も懸命に続けられています。
 茨城県等、八丈島、青ケ島等でも被害がありました。各地の農業にも影響が出ています。被災地の復旧を深く祈念しております。
 私たちには、金剛不壊(こんごうふえ)の「心の財」があります。不撓不屈(ふとうふくつ)の強き信心で、必ず変毒為薬(へんどくいやく)していけるのです。
 私は、亡くなられた方々のご冥福を衷心より祈るとともに、いやまして真剣に題目を送り続けます。

島を起点に世界へ

 明年の学会のテーマは、
 「世界広布新時代 開幕の年」と発表された。
 ここでは、あらためて「顕仏未来記(けんぶつみらいき)」を拝したい。
 日蓮大聖人が示された「未来記」とは何か。
 それは「仏法西還(ぶっぽうせいかん)」すなわち妙法の「世界広宣流布」の成就に他ならない。
 本抄の冒頭に引かれた法華経に云ぐ、「後(のち)の五百歳(ごひゃくさい)の中(うち)に閻浮提(えんぶだい)に広宣流布して断絶せしむること無けん」(御書505ページ)と。
 そして大聖人は、「仏法必ず東土(とうど)の日本より出づべきなり」(同508ページ)と仰せになられた。
 太陽が東から昇って地上を照らす如く、大仏法が世界を照らす時が必ず来る。
 大聖人は、この大宣言を佐渡の島で、「今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり」(同509ページ)という流難の境遇の中、一閻浮提へ、末法万年の人類のために放たれたのである。
 この大願に直結して死身弘法の戦いを起こしたのが創価の師弟である。

 1960年(昭和35年)の10月、世界広布の第一歩を踏み出した私の最初の訪問地は、アメリカ・ハワイのオアフ島であった。
 それに先立つ7月、パスポートを携えて初めて訪れたのは、復帰前の沖縄本島である。またアジア最初の座談会を行ったのは、翌年の1月、香港島であった。
 さらに、1975年(同50年)1月、SGI(創価学会インタナショナル)が発足した天地は、グアム島である。世界広布への大航海は、不思議にも「島」から始まったのである。
 そして今、世界の島国、また島々でも、地涌の同志が、希望のスクラムを組んで、力強く活動に励んでおられる。島の広布も、“世界同時進行”である。

「宝友(とも)」と生き抜く


 宝友(とも)ありて
    我らの島は
        宝島

 本年の7月、聖教新聞の「地域紀行」では、北海道・奥尻島(おくしりとう)が掲載された。
 20年前に襲った、北海道南西沖地震。津波で壊滅状態となったあの日から、苦難を越え、復興を遂げた様子が報じられ、紙面を飾った友の誉れ高き笑顔が、島の勝利を物語っていた。
 また、島根県・隠岐諸島の友からは、先月、「世界ジオパーク」に認定されたとの大きなニュースが届いた。
 ジオパークとは、地質や地形が地球科学的価値を持つ自然公園のことを指す。
 隠岐諸島の場合は、ユーラシア大陸と一体の時代、湖や深海の底の時代、火山活動で隆起した時代など、「七変化」ともいわれる多様な変遷を重ね、現在の島の形になったそうだ。
 島の自然が、幾多の変化や試練を経てきたように、人びとの暮らしも様々である。離島ならではの悩みや苦労も多いに違いない。

 海洋島嶼国・日本の有人島の数は418島。その中で、わが離島部の友は、地涌の誇りを胸に、「我らの島に幸あれ」「わが郷土に繁栄あれ」と、誠実に地域に貢献してこられた。
 ただ一人、あるいは数人で、旗を掲げて奮闘されている同志もおられる。
 どんなに小さな地域も、“広宣流布の起点”となる偉大な使命と力をもつ。
 私は固く確信していた。
 「離島こそ広宣流布の先駆の天地なり」と。

 その出発点は、何よりも「一人立つ」ことだ。
 広布の誓願に燃えた一人がいれば、そこから新たな前進が始まる。正しき法を持った「一人立つ」勇者が、地域社会を明々と照らす希望の灯台となるのだ。
 これが、「立正安国」の信心の方程式である。
 まさしく、離島部の友は“創価の全権大使”との決意で、「執念の祈り」と「誠実の行動」に徹し、着実に、堅実に、理解の輪を広げてくれている。
 今年の10月7日は、「離島部の日」35周年──。
 東日本大震災からの復興を進めている東北でも深き意義を込めた「離島代表者会議」が、宮城県の野々島で意気軒昂(いきけんこう)に行われた。
 記念の会合は既に北海道や和歌山県(大島・串本友好の集い)で開かれ、今後、兵庫の家島で行われる。
 さらに中部・岡山・広島・長崎では、離島サミットが開催されると伺っている。

大福運の根っこを

 この「離島部の日」は1978年(昭和53年)の10月7日、離島の友が学会本部に集い、第1回総会を行ったことが淵源(えんげん)である。
 求道の友が全国約120の島々から、遠路を厭(いと)わず海を越えて参集された。
 北海道の礼文島や利尻島、東京の伊豆大島、八丈島、関西の淡路島、中国・四国の因島、周防大島、伯方島、小豆島、直島、九州の壱岐・対馬、五島列島、奄美大島、沖永良部島、トカラ列島、沖縄の久米島や石垣島、宮古島などで奮闘する、尊き同志の方々であられた。
 まさに「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(同1223ページ)と、大聖人が讃えられた通りの方々であった。潮に磨かれた精悍な顔、太陽のように明るい顔を、にっこり、ほころばせていた。

 私は総会の最後に御金言を拝した。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然(じねん)に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑(うたが)はざれ現世の安穏(あんのん)ならざる事をなげかざれ」(同234ページ)

 大聖人が厳寒の佐渡で認められ、創価の師弟が生命に刻んできた「開目抄」の一節である。いかなる苦難があろうが、我らは不動の信念で進むのだ。不退の正義を共に貫くのだ。
 「子孫末代までの大福運の根っこを!」──私の呼び掛けに呼応し、参加者はそれぞれの島で、美事な根っこを築いてくださった。今、広布の大樹が、あの島この島に、大きく揺るぎなく成長している。

 総会の最前列に、伊豆諸島の三宅島から参加した壮年がいた。三宅島初の支部長であった。
 1955年(昭和30年)に夫婦揃って入会。郷里の三宅島で地域広布に尽力してこられた。
 草創期、学会への偏見(へんけん)は根強かった。弘教に歩けば、水を掛けられ、塩をまかれた。「何を企(たくら)んでいるんだ」と罵声(ばせい)を浴びせられたこともあったという。
 しかし夫妻は朗らかに答えた。「私たちは、島の宿命転換と人びとの幸福のために戦っているんです」

 御聖訓には、「心の一法より国土世間も出来する事なり」(同563ページ)と仰せである。
 大事なのは「心」だ。
 広布に戦う「魂」だ。
 自分が変われば周囲が変わる。周囲が変われば世界が変わる。「心の一法」の在り方で、全てを変えていくことができるのだ。
 混迷の闇(やみ)が深いほど、仏法の智慧(ちえ)は光り、誠実と勇気の振る舞いが光る。

 ご主人は支部長として奮闘する傍(かたわ)ら、島の教育委員長や消防団長等も務めた。誠心誠意の行動の積み重ねから、学会への信頼も広がっていったのである。

 2000年(平成12年)8月の三宅島の大噴火で、島の人びとの生活は一変した。四年半にわたる全島避難を余儀なくされた。
 この間、首都圏をはじめ全国に避難された友は励まし合い、支え合ってきた。いずこでも、同志の温かさが大きな力になった。
 困難に断じて屈しない負けじ魂で、三宅島の友は「広宣流布のモデルケース」を築いてくださった。
 夫妻は共に80歳を迎える今も、学会精神に燃えておられる。ご自宅を個人会館としても提供してくださり、感謝に堪えない。

使命の大地の柱に

 文永8年(1271年)、大聖人は佐渡に御到着された直後に仰せである。
 「命限り有り惜(おし)む可(べか)からず遂(つい)に願う可(べ)きは仏国也(ぶっこくなり)」(同955ページ)
 大難の真っ只中で掲げられた御本仏の「世界広宣流布」の大誓願に、有り難くも連なる我らである。その宿縁はあまりにも深く、福徳はあまりにも大きい。

 わが島を──
 自他共の「和楽島」に!
 幸福輝く「希望島」に!

 「世界広布新時代」の前進を、わが使命の天地で新しい地涌の人材を呼び出しながら、仲良く力を合わせて開始しようではないか!

  誉れある
   使命の島の
    柱たれ
   その名は三世に
     諸仏も讃えむ


 (随時、掲載いたします)
(2013年10月19日付 聖教新聞)








Last updated  2013/10/20 04:05:39 PM
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2013/09/25
随筆 我等の勝利の大道

 115 御書根本の勇将たれ

輝け!『行学二道』の勇気の太陽

「人生勝利」「幸福栄光」の大博士に

世界が生命の大哲理を待っている

 日蓮大聖人が説いた静かなうねりが込められた『御書』は、人類の魂の書です」──インド文化国際アカデミー理事長のロケッシュ・チャンドラ博士が、こう断言されていた。

 仏教文化研究の世界的権威であられる博士は、続けて語られている。

 「だからこそ、私たちが御書を学ぶことで、世界の危機を転じゆく崇高な道が開かれていくのです」と。

 我ら創価の教学運動は、まさしく世界最高峰の哲学を究め、人類の未来を照らしゆく希望の行進なのだ。

 今、青年部教学試験二級を目前に、求道の若人が真摯(しんし)に研鎖(けんさん)を続けている。

 また、11月に行われる伝統の教学部任用試験への尊い挑戦も始まった。

 私は“全員が信心の勝利者たれ”と祈りつつ、受験メンバーを支える同志の方々、さらに講義等を担当される先輩方にも、心から感謝の思いを捧げたい。

                   ◇

 険難の

  坂に挑まむ

     御書胸に

   大聖人は、最愛のわが子を亡くした悲しみの門下に寄り添われて仰せである。

 「法華経は仏説(ぶっせつ)なり仏智(ぶっち)なり一宇一点も是を深く信ずれば我が身即仏となる」

「毒薬変じて薬となり衆生変じて仏となる故に妙法と申す」(御書1437ページ)

 御書は、いかなる悲哀からも蘇生する光源である。

 誰人たりとも幸福勝利を開きゆく推進力である。

 この御書に則り、今、あの地この地で婦人部総会が行われ、仲良く朗らかな対話の花が咲き薫っていることを、御本仏もいかばかりお喜びくださることか。

師子吼が「文字」に

 本年は、大聖人が法本尊開顕の書である「観心本尊抄(かんじんおほんぞんしょう)」を著されてより、740周年にあたる。

 竜の口の法難を経て佐渡に流罪されて3年目(文永10年=1273年)の御執筆であられた。

 佐渡での大聖人の境遇は過酷(かこく)なものであった。その身命を削られての御苦闘は今、青年たちが研鎖している「種種御振舞御書」にも克明に記されている。


 佐渡で最初の冬を越されたのは、「天井は板間が合わず、四方の壁は破れて雪が降り積もって消えることがない」(同916ページ、通解)ような、粗末な塚原の三昧堂であった。衣食にも事欠かれていた。

 その厳しい冬を乗り越えられて、一谷に住まいを移されたが、念仏の強信者の監視下に置かれ、命を狙われることもあった。

 しかし、大聖人は執筆の手を休められなかった。状況が厳しければ厳しいほど、徹して書き続けられた。

 紙の調達も困難で、1枚も無駄にはできなかった。


 例えば「観心本尊抄」は、17枚の紙の表裏にぎっしりと書き込まれでいる。そのうち12枚は普通の和紙だが、残りの5枚は、裏の字が透けるような、小さく薄い雁皮紙(がんひし)である。

 その貴重な紙に綴られた終盤には、「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(同254ページ)等の御聖訓が、雄渾(ゆうこん)なる筆跡(ひっせき)で記されている。

 命に及ぶ迫害の只中にあって、不屈の魂で民衆の幸福のために言論闘争を貫かれた御生涯を拝する時、感涙を禁じ得ない。

 
「仏の御心はこの文字に備(そなわ)れり」(同1122ページ)と仰せの如く、御書を開き拝せば、時空を超えて、大聖人の大師子吼が、烈々と生命に轟いてくるのだ。

 現代にあって御書に直結し、大法弘通の実践を貫いている門下は、創価の師弟の他に絶対にない。

 学会は、これまで、幾度となく、年間のテーマを「教学の年」と掲げ、大いなる前進を続けてきた。

 最初の「教学の年」は、50年前の昭和38年(1963年)であった。

 恩師・戸田城聖先生に誓つた「300万世帯の拡大」を達成して、意気軒昂に迎えた年である。
 勝ち戦の時にこそ、永遠に絶対勝利の因をつくらなければならない。

 年頭の1月2日、私はリーダー1200人に自ら「法華初心成仏抄」を講義することから出発した。

 続いて6日には、全国で任用試験が行われた。

 年末年始、研鎖に励んでこられた尊き「庶民の博士」の方々を少しでも労いたいと、私は受験会場を何力所も回った。子連れの親御さんも多くおられた。

 「一人も残らず未来の大指導者に」と、お子さん方を激励したことも懐かしい。

 
8日には羽田空港から、アメリカ、欧州、アジアと、約3週間で世界を一周する広布旅に飛び立った。

 私は空港まで見送ってくれた友に語った。
 ──世界の広宣流布のために、10年、30年、100年先の布石をしてくるよ、と。

 行く先々で、教学試験も行った。まだ海外の同志が少ない時代である。多くは宿舎にメンバーを招いての口頭試問であった。しかし、誰もが皆、真剣であった。

 友の求道心に応えながら、私が心がけたことは、国情や文化、民族性などを進んで学び、深く理解することである。その国その地域に即し、仏法の人間主義を伝える方途を見極めていくことである。

「冬は必ず春」と

 この時の旅の最後は台湾であった。搭乗予定の飛行機が大幅に遅れ、乗り換えたのが、給油で台湾に立ち寄る便だったのだ。だが、全く予定外であったのに、友は待ってくれていた!

 健気な友の祈りに引き寄せられたような、松山(ソンサン)空港での出会いであった。私は「冬は必ず春となる」(同1253ページ)との一節を友に贈り、全力で励ました。


 台湾では戒厳令下、組織の解散命令が出されるなど、試練の冬が続いたが、同志は、この御金言を抱きしめて苦難を耐え抜いた。

 試練の冬の中で金剛不壊(こんごうふえ)の信行学は磨かれる。一節でもいい、御書をわが身で読んだ人は強い。断じて負けない。絶対に幸福の春を呼ぶことができるのだ。
 

 台湾SGI(創価学会インタナショナル)は、冬の時代を晴れ晴れと乗り越えた。行政院賞や内政部の社会優良団体賞(17回連続)を受賞するなど、絶大な信頼を社会で勝ち得るまでに大発展を遂げている。


 台湾のリーダーが、力を込めて語っていた。

 「『冬は必ず春となる』との御聖訓を胸に進んできた私たちは今、『春暖花開(しゅんだんかか)、満庭芳香(まんていほうこう)(春の暖かさに花開き、満園に芳香漂う)』の言葉の如く、勝利の実証を示しています」

繙けば力が湧いた

 私が対談したアメリカ実践哲学協会会長のルー・マリノフ博士は言われた。

 「日蓮大聖人は、世界に計り知れない尊い贈り物を与えてくださいました。私たちはそのことに深く感謝しなければなりません」


 欧州で「行学の二道」の先駆を歩んだ1人が、1960年代、北海道からドイツへ渡った青年である。

 若くして両親を亡くした彼は、家計を助けるために子どもの頃から働かざるを得ず、小学校も思うように通うことができなかった。

 打ち続く宿命との戦いの中で、仏法に巡りあえた。そこで一番苦心したのが教学であった。漢字がほとんど読めなかったのである。
 同志に御書の読み方を教えてもらい、漢字に振り仮名をつけた。一節一節、声に出して、書いては読んだ。

 心に刻む御文があった。

 「立正安国論」の「蒼蝿驥尾(しょうようきび)に附(ふ)して万里(ばんり)を渡り」(同26ページ)の一節だ。


 渡独後、炭鉱で働いた。疲れ切って帰宅した時も、御文を見つめれば、力が湧いた。ささくれ、節くれたった指で御書を幡(ひもと)き、黒くすすけた顔をすり寄せるようにして、御金言を拝した。

 ドイツ広布を願い、ドイツ語も必死で学んだ。数少ない草創の同志と共に弘教に奔走した。後に欧州SGIの中心者となるドイツの青年が入会したのも、その頃のことである。

 仏法の精緻な「一念三千」の法理と、一切衆生の生命に仏性を見いだす人間平等の哲学は、欧州の知性にも、驚きと感動をもって受け止められた。

 何より、同志たちが自らの信仰体験で示した仏法の力が、広布拡大の原動力となっていった。

 幾多の広布の開拓者たちの汗と涙の奮闘によって、全世界に妙法の種が蒔(ま)かれていったことを、私は永劫に忘れない。


 御書は、今や海外10言語以上で翻訳(ほんやく)され、民族や文化の違いを超えて、希望の光を贈る宝典である。

 仏法研鑽の偉大な息吹は全世界を包んでいる。本年は55力国・地域で教学試験が行われる。

 世界のSGIのリーダーたちも、御書を根本に「異体同心の団結」で一丸(いちがん)となって、慈折広宣流布の指揮を執ってくれている。

 総本部の完成と時を同じくして、生命尊厳の大哲理を深め広げる潮流が、いやまして高まる世界広布の新時代なのだ。

探究と実践が両輪
 我らの信心の目的とは、自分自身の無限なる「人間革命」と共に、全人類の平和と幸福という、壮大なる「広宣流布」の推進だ。

 大聖人は、その実現への根本的な生命の軌道を、明確に示してくださった。

 「行学の二道をはげみ候べし、行学だ(絶)へなば仏法はあるべからず」(同1361ページ)と。
 
「行」とは、広布への祈りであり、拡大への勇気の行動である。

 「学」とは、御書の研鎖であり、自他共に絶え間なき教学の深化である。

 「自分の思想がいかに重要で真理をふくんでいるか確信していれば、情熱がおのずからわきおこる」とは、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの信念である。

 私は誉(もま)れの門下たちに、最極の宝の中の宝である「行学」の魂を託したい。

 大聖人は、「法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し」(御書416ページ)と仰せである。


 大仏法の探究者たちよ、一生涯、人生勝利の大哲学者たれ!
 妙法の実践者たちよ、一人も残らず、幸福栄冠の大博士に!

 偉大なる

  行学二道の

    勇者をば

  大聖人は

    讃え守らむ

 (随時、掲載いたします)
(2013年9月25日付 聖教新聞)










Last updated  2013/09/25 11:45:01 PM
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2013/09/15

 随筆 我らの勝利の大道

114 偉大なり 創価の青年力

勇気・誠実・感謝で 対話の潮を
若き希望の連帯を 伸び伸びと広げよう

力の限り心を尽くして語りに語れ



 燃え上がる
  若き生命の
     スクラムに
  友は続かむ
     勇気あらたに


 わが青年部は、新リーダーが続々と誕生し、新たな拡大の前進を開始した。
 特に、男子部の創価班・牙城会の凛々しき大学校生や、女子部の白蓮グループの清新な乙女たちを先頭に、希望の対話の潮を起こしてくれている。
 英邁(えいまい)なる男女学生部も、次代の宝の未来部も、溌剌たる新布陣となった。
 折しも、世界60力国・地域から、使命に燃え立つ250人もの地涌の若人が来日し、意気も高らかに青年研修が開催された。
 あの輝く瞳! あの快活な息吹! あの全身に痩る強靭な決意! まさに、“地球の明日”に希望の光を贈る青年たちだ。

 結成5周年を祝賀する世界の華陽姉妹の大会も、朗らかに開催された。
 平和と福祉に尽くしたアメリカの先駆の女性、ジェーン・アダムズは語った。
 「私たちは、精神の力を信じ、それを世界の新たな原動力として使わなければいけない」と。
 悲哀や死や破壊が繰り返されている世界を癒(い)やして、平安な姿に戻すには、この「精神の力」が不可欠であるというのである。
 創価の若き連帯が、生命尊厳の大哲学を掲げて、「精神の力」を痩らせゆくところ、必ず希望の未来が開かれる。わが創価の青年力は偉大なのだ!

仏種を植える喜び


 「撰時抄」には、「悦しきかなや・楽かなや不肖の身として今度心田に仏種をうえたる」(御書286ページ)と仰せである。

 日蓮仏法は「下種仏法」であり、仏法対話をして、自他共の“心の田”に仏の種を蒔(ま)く「下種(げしゅ)」が一切の出発点である。
 この広宣流布の大道を、我らはたゆみなく進む。
 創価学会は、永遠に「折伏」の団体である。
 一人また一人と、誠実に粘り強く「希望の種」「幸福の種」、そして「勝利の種」を蒔いていくのだ。
 先師・牧口常三郎先生も、恩師・戸田城聖先生も、偉大な「折伏の勇将」であられた。私も、青年時代より、「折伏の闘士」として戦い抜いてきた。

 折伏は、“一対一の膝詰めの対話”から始まる。
 同じ人間である。青年である。上も下もない。
 お互いが成長し、善き人生を生きるために、胸襟を開いて語り合う。悩める友に寄り添い、同苦し、一緒に壁を破って、勝利の人生を開こうと呼びかける──この生命の触発作業こそが、我らの対話であり、折伏である。
 勇敢に快活に語り抜いた分だけ、友のことを祈り、行動し抜いた分だけ、互いの生命に「幸福の花」は必ず、咲き薫っていく。

 「大願とは法華弘通なり」(同736六ページ)との御金言の通り、「広宣流布」という大願に心を合わせて前進していく時、仏に等しい力と智慧が尽きることなく湧き起こってくるのだ。


「折伏」を行ずる心

 ここで、折伏に挑戦する上で大事な3点の「心」を確認しておきたい。
 第1は「勇気」である。
 折伏は難事中の難事なりと、御書に明確に説かれている。勇気なくしては、成し遂げられない。
 恩師は常々、言われた。
 「凡夫には慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です」

 この指導のままに、私も不屈の勇気を奮い起こして折伏に挑戦してきた。嬉しいことも、悔しい思いをしたこともある。
 「折伏に行く。入信せず。一人の人を、折伏することは大変なことだ」と日記に綴ったのは、昭和25年11月であった。
 だが、「これ以上に、尊い、偉大な、且つ最高なる活動はない。今、一人の人が入信せずとも、幾百千万の人々が、吾等を待っている」と誇り高かった。
 苦境の恩師を支えて奮闘する渦中であった。
 翌年2月の日記には、折伏した友に、約束を破られた苦衷を記した。しかし、
 「若いのだ。卑屈(ひくつ)になってはならぬ。一切、大御本尊様の照覧(しょうらん)があると思えば、実に、人生は明るい」と、毅然と前を向いた。
 たとえ相手が信心しなくても、勇気をもって語っておけば、その人の生命の大地には仏種が植えられる。それは、いつか必ず花開く時が来るのだ。
 さらに勇気の対話の波動の中で、思いがけない人が仏法に目覚めるものだ。
 私も、昭和26年の5月3日、近所の方への折伏が実り、戸田先生の第2代会長就任の晴れのその日を祝賀できたことを、懐かしく思い起こす。
 恩師が宣言された「弘教75万世帯の誓願」の成就へ、まず1世帯の率先の拡大を果たせた。
 勇気ある折伏は、一つ一つが「今生人界(こんじょうにんかい)の思出」(同467ページ)と光り輝いていくのだ。

 折伏の心の第2として、「感謝」をあげたい。
 戸田先生は語られた。
 「この世に生まれて、一言にても法の説けることを御本尊に感謝して、慎み深くあらねばならぬ」と。

 沖縄で、入会第1号となった広布の母がおられる。
 沖縄戦の悲劇で、2人の愛娘を失い、戦後まもなく夫も病死。行商をして4人のお子さんを必死に育てる中、仏法に巡りあえた。
 宿命に泣く悲嘆の人生から、使命に生きる歓喜の人生へと蘇生できた、尽きせぬ感謝を胸に、島々を含め、沖縄中を駆け回った。
 十分に学校に通えなかった分、「聖教新聞」や「大白蓮華」を徹して学び、手帳にメモした御文や学会指導を通し、慈愛と確信を込めて仏法を語っていった。
 その姿に、多くの友が涙し、煩い立った。100歳を超えてなお、溌刺(はつらつ)と燃やし続けた多宝の母の折伏精神は、福運に満ちた一家の方々へ、後継の友へ、脈々と受け継がれている。
 仏法を教えてくれた学会と師匠と同志への報恩感謝を忘れない人生は、深く、美しく、そして強い。

 第3に、折伏を決する心は「誠実」だ。
 フランスの文豪ロマン・ロランは、年齢を重ねるにつれ、ただ一つのものが大切と確信を強めたという。
 それは「生命」であり、「生命の力および誠実さ」である。
 深遠な仏法の法理を語ることが、すぐに友人の心を動かすとは限らない。
 最後の決め手は、やはり紹介者の大誠実の振る舞いである。祈りである。真心である。相手を思いやる真剣な心が、友の心に響き、友の心を変えるのだ。

 福島県の健気な女子部のリーダーは、東日本大震災で、敬愛する姉と祖母と曽祖母を共に失った。
 その絶望と慟哭(どうこくは言葉に尽くせない。しかし、残された妹は「姉さんならば、きっと信心で立ち上がるはずだ」と涙を拭った。
 姉が生前、心から大切にしていた友人にも、母と一緒に、誠心誠意、信心の話をしていった。
 「あなたに、娘の分まで幸せになってもらいたい」──こう語る母の切なる願いを、姉の友人は涙を堪えて聞いていた。やがて「信心をやらせてもらいます」と、故人の遺志を継いで、広宣流布に生きゆくことを決められたと伺った。

 妙法は永遠である。この妙法で結ばれた同志の絆も永遠である。永遠に共に、題目の音律に包まれながら常楽我浄の生命の旅を前進することができるのだ。

 題目を唱え、広宣流布に励みゆく我らの生命それ自体が、南無妙法蓮華経の当体である。我らは久遠より、この末法濁世(まっぽうじょくせ)に大法弘通しゆくことを、自ら誓った「地涌の菩薩」なのだ。
 
 昭和31年10月から始まった山口開拓闘争でも、全国から同志が駆け付け、私と一緒に戦ってくれた。
 なかなか対話が実らず、悪戦苦闘の友も多かった。
 私は心から励ました。
 「折伏は必ずできます。民衆を救うために、ここに来たのではありませんか。わが使命を悔いなく楽しく果たしゆこうよ!」
 皆、この誇りと確信に立って、生まれ変わった決意で、臆(おく)さず堂々と、仏法を語っていった。その歓喜のドラマの連鎖が、延べ22日間という短期決戦で、当初の世帯数の約10倍もの拡大を勝ち開いたのだ。


強気で悠々と前進

 オーストリアの詩人リルケは言った。
 「永遠を感じる者はあらゆる不安を超越している」
 今、若者を取り巻く世情は大変に厳しい。自信をもてずに悩んでいる友が、かわいそうでならない。
 その中で、永遠なる妙法を持ち、自他共の幸福の道を開かんと誠実に生き抜く青年部の諸君は、どれほど尊い、同世代の希望と勇気の光源になることか。
 自行化他(じぎょうけた)にわたって妙法弘通に生きる青春が、生命に不滅の勝利の力を現し、無量の福徳を積むことは、絶対に間違いないのだ。

 君よ! 貴女よ!
 断じて負けるな!
 強気で悠々と、人間王者の対話を広げゆけ!

 本門の青年部の新出発に際し、私は「諸法実相抄」の一節を贈りたい。
 「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書1361ページ)

 (随時、掲載いたします)(2013年9月13日付 聖教新聞)







Last updated  2013/09/15 02:11:13 PM
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2013/09/01

随筆 我らの勝利の大道 

113 平和の道 友情の橋



勇気の対話を善縁で心を結べ


関東大震災から90年
苦難に光る民衆交流史

若き地涌の連帯は世界を変える

 青年が

  立ちて平和の

      城光る

 その日、1957年(昭和32年)の9月8日は、台風一過の晴れわたる日曜日であった。

 それは、恩師・戸田城聖先生が、横浜・三ツ沢の競技場に集った5万人の若人たちを前に、不滅の「原水爆禁止宣言」を発表された日である。

 核兵器の本質を、人類の生存の権利を奪う魔性(ましょう)であると喝破(かっぱ)され、この邪悪との大闘争を訴えられた戸田先生の師子吼(ししく)は、今も我らの魂に轟(とどろ)いて離れない。

「日中提言」の熱願

 あの日、先生は、「遺訓の第一」として、この生命尊厳の平和思想を全世界に弘めることこそ、青年の使命であると強く叫ばれた。

 「思想を弘める」とは、「対話を広げる」ことだ。魂から魂へと、深き共鳴を広げゆくことだ。

 私にとって9月8日は、来る年来る年、弟子として決意も新たに、平和を祈り、平和への対話を起こす日となっていた。


 だからこそ、私はこの日を選んで、「日中国交正常化提言」(1968年)を発表したのである。

 45年前、墨田区両国の日大講堂に、わが英知の学生部1万数千人が勇んで大結集した総会の席上、私は強く訴えた。

 「諸君が、社会の中核となった時には、日本の青年も、中国の青年も、ともに手を取り合って、明るい世界の建設に、笑みを交わしながら働いていけるようでなくてはならない」

 戦争と分断の悲劇の時代を生きてきた一人として、叫ばずにはいられない熱願であった。私は展望した。

 「日本、中国を軸として、アジアのあらゆる民衆が互いに助け合い、守り合っていくようになった時こそ、今日のアジアを覆う戦争の残虐と貧困の暗雲が吹き払われ、希望と幸せの陽光が燦々と降り注ぐ時代である」と。

 さらに国際社会の動向を見据えつつ、「核時代の今日、人類を破滅から救うか否かは、国境を超えた友情を確立できるか否かにかかっているといっても過言ではない」と論じていった。

 私は、あえて「友情」と言った。国交といい、外交といっても、絶対に忘れてならないのは、根本の人間の交流であるからだ。民衆の連帯であるからだ。

 その友情と信頼の絆を強固にしてこそ、国家間の諸関係も安定する。人類の生存の権利を脅かす魔性も打ち破っていける。

 そして、青年こそ、この「友情」の中核となってもらいたいというのが、私の大いなる希望であった。


 思えば、中国革命の父・孫文先生を支えた盟友であり、日中友好に尽力した九州出身の実業家・梅屋庄吉翁(うめやしょうきちおう)は語っている。
 「如何なる時変あるも親友の間には最後なし」
「先ず無限に友を作れ」

 この8月、中華全国青年連合会(全青連)の招聘(しょうへい)をいただき、わが学会青年部の友好交流団が訪中した。北京、青海省(せいかいしょう)、そして上海を訪れ、誠に意義深い友誼を結ぶことができた。


 今回、交流団が初めて訪れた青海省は「三江源(さんこうげん)」ともいわれ、長江(揚子江)、黄河、そして瀾滄江(らんそうこう)(メコン川上流)の源流を擁しているという。


 この地で少数民族の方々とも新たな友情を開いてきた青年たちの報告を聞きながら、私には天台大師が言われる「源遠流長(げんおんりゅうちょう)」の意義が思い起こされた。


 全育連と学会青年部との交流も、30年近い黄金の歴史を刻んでいる。
 時代、時代に、いかなる波浪があろうとも、原点とする「友好」「友情」の源流からは絶対に離れない。忘れない。死守し抜く。

 この揺るがぬ信念がある限り、我らの友好の大河は万代までも滔々(とうとう)と流れ通っていくに違いない。

「9月1日」に祈る

 本年の9月1日(防災の日)は、「関東大震災」から90年の節目にあたる。

 1923年(大正12年)のその日、午前11時58分に相模湾北部で起こった大地震によって、神奈川、東京を中心に関東一帯は甚大な被害を受けた。


 東京で最も痛ましい被害が出たのは、今は都立横網町公園(墨田区)となっている陸軍被服廠跡(りくぐんひふくしょうあと)であった。

 大地震の直後、この広大な跡地に、多数の被災者が布団や家財道具を持って避難していたところへ、折からの強風で周囲から飛び火し、大火炎に包まれてしまったのである。

 こうした二次災害によって、この地だけで約38,000人もの尊い命が失われた。関東大震災の死者・行方不明者の総数は約105,000人といわれており、あまりにも悲惨な災難であった。


 “民衆の都”の、ここ下町一帯は、後に東京大空襲でも甚大なる被害を蒙った。

 私も、若き日から友と奔走した宿縁の地域である。近くの同志のお宅に伺った折には、一緒に勤行をさせていただき、大震災と大空襲の犠牲者の方々へ追善の題目を捧げ、国土の安穏と繁栄を深く祈念した。

 「立正安国」の祈りをいやまして強めるとともに、防災の備えと安心・安全の人間のネットワークを一段と堅固に築いていきたい。

救援に走った真心

 この関東大震災の急報に接し、海を隔てた中国で、多くの人びとが日本の救援に立ち上がられた。

 上海では、震災の翌2日から、電光石火で義援金18万5千元が集められ、白米5950包、麦粉2万包などの生活必需品が購入された。そして「新銘号」という汽船で日本へ送り出され、12日には神戸港に到着したのである。

 これが、海外から届いた救援物資の第1号であった。さらに10月にも、2度にわたり多数の救援物資が送られている。

 日中友好の先達であり、大文豪・魯迅(ろじん)先生と深い親交を結んだ内山完造氏(うちやまかんぞう)は、上海の地で中国の人びとの真心に触れ、「渡る世間に鬼はないということを、しみじみと味わうことが出来た」と回想している。


 この上海における懸命な救援活動の先頭に立って尽力された人物が、著名な書画家・実業家であり、孫文先生の同志であられた王一亭(おういってい)先生である。

 救世救民の熱誠に燃えておられた王一亭先生は、震災の犠牲者への鎮魂(ちんこん)の願いを込め、梵鐘(ぼんしょう)を鋳造し、日本に寄贈する活動にも従事されている。

 中国の著名画家の協力を募り、上野での日中文化展覧会において書画の展示即売を行い、鐘楼建設を資金面でも支えられた。いわば、中国の「文化」「芸術」の力を、日本の復興支援に差し向けてくださったのだ。

 あの凄惨な被災地となった被服廠跡に、震災の慰霊堂(当初は震災記念堂)とともに鐘楼が完成し、この梵鐘が打ち鳴らされたのは、大震災から7年後の1930年(昭和5年)10月1日のことであった。


 それは、生命尊厳の哲理を根底とし、平和と共生の社会の建設を展望した、わが創価学会創立の1カ月半前でもあった。

 ともあれ、苦難の渦中に結ばれた友情──その尊い歴史を忘れてはなるまい。

 東日本大震災が起こった時に、真っ先に救援に駆けつけてくださった国の一つも、お隣の中国であった。艱難(かんなん)を共有し、乗り越えてきたとの思いが、新しき希望の未来を紡(つむ)ぐのだ。

「人の縁(えにし)」を大切に

 かの王一亭先生のご子孫が、東京・目黒駅の側で、60年近くにわたり中国料理店を営まれている。

 先頃、王先生ゆかりの方々が集まられた席で、かつて戸田先生や私が、その店を訪れたことや、日中友好への学会の貢献の足跡も話題になったという。
 確かに戸田先生のご自宅が目黒駅に近かったこともあって、王先生のご子孫の店には、恩師も私も幾度か伺ったことがあった。随分と昔のことであるにも拘わらず、覚えていてくださり、誠に恐縮である。


 人の縁は、どこでどうつなかっているか、実に微妙、いな精妙、いな絶妙なりとしみじみ思う。

 一つの善縁から、また新しい善縁が生まれる。
 たとえ最初は、か細い縁の糸のように見えても、誠実と友誼の心で、一本また一本と丁寧に結んでいけば、やがて揺るぎない友情の金の橋ともなるのだ。

 来る9月には、世界60カ国・地域から250人の若き地涌の友が集い、「SGI(創価学会インタナショナル)青年研修会」が開催される。

 研修中、神奈川では32会場で楽しく交流交歓会も行われる。また農漁業に関わる代表は、東日本大震災から復興しゆく宮城の石巻で、世界農漁村青年会議を開く予定という。

 神奈川は、戸田先生が「原水爆禁止宣言」を師子吼された原点の地である。

 今日、横浜港に係留されている貨客船「氷川丸」とともに市民の憩いの場である横浜・山下公園は、関東大震災で生じた膨大ながれきで造成されたものである。

 さらに、この大震災を耐えて残ったレンガ張りの英国商館を保存し、平和の発信地としたのが、わが戸田平和記念館である。


 ともあれ、国境を超えた青年のスクラムこそ、世界を結ぶ希望の虹の橋だ。

 御書には、「鏡に向って礼拝を成す時 浮べる影又我を礼拝するなり」(769ページ)と仰せである。

 相手に具(そな)わる最極の仏の生命を信じ、敬い、引き出していく祈りと行動が、そのまま自分自身の仏の生命を荘厳に光り輝かせる。

 この相互触発の善縁を広げ、世界の人びとの心を結び高めゆくことを、我らは「広宣流布」と呼ぶ。

 我らは、最も強く美しき友情の心で、眼前の一人また一人と語らい、地域に、社会に、そして世界に、「生命尊厳」の旗高く、平和の連帯を広げていくのだ。

 平和へと

  対話の妙音

     金の橋


 梅屋庄吉の言葉は小坂文乃著『革命をプロデュースした日本人』(講談社)。内山完造は『そんへえ・おおへえ』(岩波書店)=現代表記に改めた。王一亭の話は西浜二男著『友好の鐘』などを参照

(2013年8月31日付 聖教新聞)








Last updated  2013/09/01 10:51:17 PM
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2013/08/25
随筆 我らの勝利の大道 山本伸一

112 地涌の誉れの「八・二四」

『誓い』を胸に 使命の翼を広げよ
 挑戦と成長こそ青年の宝冠なり

誇り高く「人間革命」も師弟の旅へ


 「青春のすばらしい喜びをあなたは知っているか」と、アメリカの偉大な民衆詩人ホイットマンは呼びかけた。
 青春の喜び──それは、未来を信じ、開き、創りゆく希望の躍動である。
 どんな苦悩や失敗にも屈せず、再び挑戦しゆく朗らかな生命の充実である。
 輝かしい出会いを刻み、強き絆の友と苦楽を分かち合う魂の共鳴である。
 そして、地道に誠実に、幸福勝利の人生の土台を築きゆく建設の誇りである。
 この青春の喜びの究極の源泉こそ、正しき信仰だ。
 幸運にも、19歳で仏法に巡りあい、66年間、まっすぐに実践し抜いてきた私は、愛する青年たちに、そう断言できる。

 青春を
  尊き広布に
      走りゆけ
   地涌の君をば
     諸天は護らむ

 自分自身とは、いかなる存在か? 多くの若人が直面する命題といってよい。
 オーストリアの詩人ホフマンスタールは語った。
 「青年は、真の自己を感ずるときは非常に強いが、同時にまた、なにかの風を装うときは非常に脆(もろ)く弱い」
 青春に、見栄や気取りなどいらない。
 仏法では、わが生命が最も尊厳な妙法蓮華の当体であると明かされている。

 「御義口伝」に「桜梅桃李(おうばいとうり)の己己(ここ)の当体を改めずして」(御書784ページ)と仰せの如く、ありのままの自分を、最高に自分らしく光り輝かせていける。これが信心だ。地涌の底力だ。
 自分が拠(よ)って立つ大地を持つ人は強い。負けない人生を歩める。試練をも前進の力へと転じゆけるのだ。
 法華経宝塔品に、釈尊と多宝如来の二仏が並んで座る厳粛な場面が説かれる。
 「諸法実相抄」には、その意義を、末法に妙法を伝え残す儀式であり、「我等衆生を仏になさんとの御談合なり」(同1360ページ)と記されている。
 つまり“全ての人を”“一人も残らず”仏と同じ境涯にしようというのだ。どこまでも「一人ひとりの幸福のために」──これが仏法の根本の目的である。
 一人の人間に光を当て、生命を揺さぶり、触発する作業の中に仏法はある。

正しい人生の出発

 昭和22年(1947年)の8月14日──。
 東京・蒲田の座談会で、戸田城聖先生と私が初めてお会いした折、先生は「立正安国論」の講義をされ、烈々と語られていた。
 「私は、この世から一切の不幸と悲惨をなくしたいのです!」
 若き生命を揺さぶらずにはおかぬ師子吼であった。
 先生は、私の目をじっと見つめられて、仏法の実践を勧めてくださった。
 「青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に、自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう」と。
 この運命的な出会いから10日後の8月24日、私は入信したのである。
 そして本当に、先生のおっしゃる通りの「正しい人生」を悔いなく歩ませていただいてきた。

 出会い──そこには、生命と生命のられ合いがある。魂と魂の啓発がある。
 人は出会いの中で新しい自分を発見し、磨かれる。善き出会いは、より善く生きるための相互作用だ。
 自分の小さな殻(から)を破り、他者と共に、他者のために──このダイナミックな交流の中でこそ成長できる。境涯も変えられる。ここに学会活動の醍醐味(だいごみ)もある。
 御聖訓には「悪縁(あくえん)に遇(あ)えば迷(まよい)と成り善縁(ぜんえん)に遇えば悟(さとり)と成る」(同510ページ)と示されている。
 社会には、青年を不幸に引き摺り込む悪縁が溢れている。それらを鋭く見破り、痛烈に破折しながら、善縁を結び、若き善友の連帯を広げていく。この「仏縁」の拡大こそが「幸福の安全地帯」の拡大なのである。

 欧州SGI(創価学会インタナショナル)では、今年も、伝統の夏季研修会が欧州各地で開催された。
 南仏トレッツの欧州研修道場には先日、青年たちが各国から集い、“人間革命にチャレンジ!”と、仏法求道の汗を流した。この真剣な生命錬磨と麗しき人間連帯の中から、必ず偉大な社会貢献の人材群が躍り出ることを、私は信ずる。

 微生物の研究で初めて伝染病の原因を解明し、幾多の命を救ったフランスの大科学者パスツールも、人間の絆が原動力であった。
 彼は根深い偏見と戦い、決定的な実験結果で真実を立証していった。その胸には、「心の灯」と仰ぐ師匠シャン=バヂスト・デュマの姿が常にあったのだ。
 発酵や結晶学の研究、また自然発生説の検証……パスツールは必死の努力で、大きな成果を残していく。だが、いかなる成功を得ても、師に対する尊敬と愛情は微塵も変わらなかった。
 ある日、師デュマは、弟子パスツールに一つの依頼をする。当時、南仏の絹産業を危機に陥れていた「蚕(かいこ)の病気」の研究である。
 師から委託された研究は約五年続いた。その間に、相次いで家族を失い、彼自身も大病を患った。
 それでもパスツールは師をいたわり、自身の苦悶は胸奥に沈めながら、懸命に研究に打ち込み、遂に蚕の病気の原因を突き止める。
 後年、師は、科学や人類への弟子の貢献を絶讃した。
 「君の名は史上に最も著名にして最も尊敬せられし人として残るでありましょう」──この師の喜びを、弟子パスツールは最高の誉れとしたのである。

不二の道を胸張り


 仏法の真髄は「師弟不二」である。
 ゆえに私は、このたび、光栄にも、タイ王国の名門タマサート大学から賜った名誉哲学博士号を、報恩の心で、牧口先生・戸田先生に捧げさせていただいた。
 8月14日に執り行われた荘厳な授与式には、タイSGIの同志も招待され、出席していた。
 その一人の若き英邁な青年リーダーが、力強く決意を語ってくれた。
 「私は大学を出ていません。しかし、創価の師弟の大学で学びました。その使命は、タマサート大学の精神と一致し、民衆の中に分け入り、尽くすことです。いよいよ、青年に創価の人間主義の哲学を語り、一人ひとりが幸福を勝ち取れるよう先駆を切ります」と。
 私の心には、牧口・戸田両先生の会心の笑顔が、晴れ晴れと浮かんでいる。

 御書には、「父母の成仏即ち子の成仏なり、子の成仏・即ち父母の成仏なり」(813ページ)とある。
 各家庭でも各地域でも、「信心の継承」をさらに深く祈り、大切な大切な未来部を育成する重要な時だ。
 それだけに、各地の「創価ファミリー大会」の充実と躍動は、本当に嬉しい。
 夏の各種コンクールも、皆で応援してあげたい。
 壮年・婦人部の未来部育成部長、青年部の21世紀使命会、学生部の進学推進部長をはじめ、皆様には大変にお世話になります。

 富士を仰ぐ甲斐(かい)の天地に難攻不落の「人の城」を築いていった勇将・武田信玄(たけだしんげん)は、こう語り残している。
 「人はみな12、3歳のときに聞いて根づいたことが、一生のあいだ忘れられず、なかでも声変わりする時分が大切だ」
 さらに信玄は、その年代に「よい者と交わればよくなり、悪い者と交われば悪くなる」と言った。
 大切な未来部の時代だ。その時に接する大人の真心の励ましが、将来の飛躍の力になることを忘れまい。
 挑戦の夏、大成長の夏を、未来部員が全員、元気に無事故で送れるよう、私も真剣に祈っている。


我らは原点がある


 今、広宣流布の最前線で活躍する陣列に、未来部の出身者がいやまして燦然と輝きを放っている。
 未来部各部は、私か自ら結成した手作りである。創価学会の永遠の興隆の“本因”は、若き後継の成長にあるからだ。
 青春時代の「誓い」は、人生を開きゆく最大の力であり、成長の原点だ。
 「誓い! それは動かすことのできない、大きな容量をもつ言葉である」と語ったのは、人類初の宇宙飛行士ガガーリンであった。

 私は、あの「8・24」の「誓い」を原点として、ただただ師匠・戸田先生に喜んでいただきたい一心で広布に生き抜いてきた。
 「壮年部の日」を、学会として、この日に定めたのも、わが盟友たる壮年部には、私と同じ心で断固と進んでほしかったからである。
 また、「8・24」は、聖教新聞にとっても「創刊原点の日」である。
 忘れ得ぬ昭和25年(1950年)のこの日、事業の最悪の苦境にあって、“学会は新聞を持たねばならぬ”と構想された恩師と共に発刊を誓った、正義の言論城の原点である。
 8月24日!
 それは、創価の師弟が、偉大な「人間革命」の旅に出発する原点の日だ。決意新たに、広宣流布の戦いを奮い起こす日だ!
 いよいよ我らの総本部の完成も、目前になった。
 だが何より大事なのは、威風堂々たる「人材の城」である。君の成長であり、貴女の勝利だ。
 青年部・未来部の君たちの躍進と栄光こそ、世界広布の大殿堂たる総本部を荘厳する宝冠なのだ。
 わが広布後継の真の弟子たちよ! 生命尊厳の世紀を築く宝の友よ!
 「師弟の道」「青春の道」「平和の道」を胸を張って進み、人類の永遠なる幸福勝利のために、地涌の使命の翼を限りなく広げていってくれ給え!

 久遠より
  この時誓いし
    縁かな
  創価の師弟の
     誇り忘るな

 (随時、掲載いたします)
(2013年8月24日付 聖教新聞掲載)






Last updated  2013/08/25 08:32:07 PM
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2013/08/12
随筆 我らの勝利の大道 山本伸一

  111 起稿20周年の夏

「新・人間革命」」と歩む広布の人生 ──
「言論の力」で凱歌の朝を

新しい発想と決意と行動で さあ出発だ

 時来たる
  晴れて勝ち抜き
    いざや舞え
   人間革命
     黄金の絵巻を

 早いもので、小説『新・人間革命』の執筆を開始してより20周年を迎えた。
 ドイツの大文豪ゲーテは厳然と記している。
 「口で語ることは現在に、つまりそれぞれの瞬間に捧げられなければならないが、筆を執って書くことは遠い未来に、後につづく時代に捧げたいものだ」
 私もライフワークとも言うべき小説『新・人間革命』を、広宣流布の「遠い未来」に、そしてまた、「後につづく」創価の青年たちの新時代に捧げゆく思いで綴ってきた。
 お陰さまで、連載は5162回を数え、26巻分まで終了した。
 尊き同志の皆様方の題目に包まれ、私はますます元気で、この“師弟勝利の物語”を書き進めることができる。有り難い限りである。

平和の誓いを胸に
 1993年(平成5年)の8月6日──。
 『新・人間革命』の最初の原稿を書き始めた、この日、私は、インドのガンジー記念館館長であられたラダクリシュナン博士と、長野研修道場で、再会を果たした。
 会見に先立ち、博士は“「魂の力」は原子爆弾よりも強い”というガンジーの信念を通し、私どもに深い共感と賞讃を送ってくださっていた。

 ──創価の平和運動は、「誰もがもつ『魂の力』を引き出し、平和を生み出していく」と。
 8月6日、さらに8月9日は、広島と長崎に原子爆弾が投下された日である。
 恩師・戸田城聖先生は、逝去の7ヵ月前に発表された「原水爆禁止宣言」で、核兵器の本質を、人類の生存の権利を奪い去る「サタン(悪魔)」であり、絶対悪なりと断じ、地上からの廃絶を青年に託された。

 私は、この師の遺訓(いくん)を実現しゆく誓いも新たに、『新・人間革命』の冒頭の一節を綴ったのである。
 「平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない。
 平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」

 光栄にも、この言葉を刻んだ碑が、起点の長野をはじめ、北海道の厚田、米国のハワイ、グアム、モンゴルのドルノド県チョイバルサン市等に建立されている。
 厚田は恩師の故郷、ハワイは世界平和旅の第一歩の地、そしてグアムはSGI(創価学会インタナショナル)の発足地である。
 またモンゴルのドルノド県は、74四年前、日本軍とソ連軍が衝突した「ノモンハン事件(ハルハ河戦争)」の戦場となった地だ。

 「戦争の悲劇」から「平和の創造」ヘ──。我らは世界の友と、この「根本の第一歩」を断固と踏み出す。
 今年も、広島、長崎、沖縄を中心に、わが後継の青年部が平和への対話を堂々と展開してくれている。
 核兵器よりも強い「魂の力」を発揮し、不戦の連帯を広げゆく青年の挑戦ほど、頼もしいものはない。

 20年前のラダクリシュナン博士との語らいでは、インドの詩聖タゴールの長野訪回も話題となった。
 1016年(大正5年)の8月、軽井沢(かるいざわ)を訪れた夕ゴールは、女子学生に講演を行い、こう語った。
 「自分は無限のなかに生れていることを覚り、この地上の特定の場所に属するばかりでなく、世界全体に属していることを覚らなければならない」と。

 我らは、永遠と無限の宇宙にあって、選んで地球に生まれ、地涌の菩薩として民衆の幸福と世界の平和のため、悩める友を救うために戦っていくのだ。
 若き福智の生命を輝かせ、使命の舞台に乱舞する創価の女子学生部も、どれほど尊い存在か。
 ここ長野は、戸田先生と私が、永遠に忘れ得ぬ師弟の思い出を刻んだ天地だ。
 わが長野の友は、「創価信濃大学校」と銘打ち、小説『新・人間革命』を教材として、人材を育み続けてこられた。新たに信心に目覚めた青年部員や新入会者、会友の方々が、仏法の生命尊厳の大哲学を学び、誇り高き創価の民衆運動の軌跡を探究する。
 そして、その一人ひとりを“断じて人材にしてみせる”と、陰で徹して支え、励まし抜いてくれる壮年・婦人部の先輩がいる。
 この民衆の真心で築かれた人間学の総合大学こそが、創価学会なのである。

 このほど、屈指の歴史と伝統を誇る長野県書店商業組合の皆様方より賜った活字文化振興への感謝状も、私は、宿縁深き長野、そして信越の同志と分かち合わせていただきたい。

生命を込めた文字

 日蓮大聖人は、2度の流罪と無数の迫害の嵐が吹き荒れる御生涯にあって、膨大(ぼうだい)な御書を認められた。
 『日蓮大聖人御書全集』に収録されている御抄は、4009編を遥かに超える。
 大聖人は仰せである。
 「今の法華経の文字は皆生身(みなしょうしん)の仏なり我等は肉眼(にくげん)なれば文字と見るなり」(御書1050ページ)と。
 法華経の文字、そして、御書の文字を通して、私たちは、御本仏の大生命に触れ、平和と安寧(あんねい)への熱願(ねつがん)に包まれるのである。

 御書には、無名の庶民の健気な苦闘と、そして「冬は必ず春となる」という凱旋の姿が、なんと気高く留められていることか!
 それは、どの歴史書にも綴(つづ)られることのなかった、民衆の尊貴な生命の黄金の勝利を、万年まで宣揚してくださる、人類史に輝く大聖業といってよい。
 この大聖人の言論闘争に直結しているのが、わが聖教新聞である。
 毎朝配達してくださる無冠の友の皆様、拡大に尽力してくださる新聞長をはじめ、多くの関係者に心から御礼を申し上げたい。

 第2総東京の「コスモス平和大学校」は、婦人部と女子部が一体となって、小説『新・人間革命』を読み合いながら、勇んで模範の拡大に走っておられる。
 2002年(平成14年)1月の開校以来、84,000人に及ぶ方々が学ばれた。そのうち、実に11,000人もの方々が、会友と地域の友人と伺った。

 この平和大学校は、小単位で学び合うのが特徴だ。互いの顔が見える集いを重ねて心の絆が強まり、「私も成長したい」「平和に少しでも貢献したい」と、進んで仏法を求める友も少なくないという。卒業生からは、組織の第一線のリーダーも多く誕生している。

 昨年末、聖教新聞の「声の欄」に、コスモス平和大学校に学ばれた母と娘の崇高な体験が掲載されていた。
 ──娘さんは、前年、進行性のがんが見つかった。それが大学校に入校したきっかけであった。
 家族一丸となって宿命転換に挑み、娘さんは一歩も退くまいと、大学校の皆と御書を拝し、『新・人間革命』を読み、学会歌を歌いながら、広宣流布の活動に取り組んでいかれた。そして病魔と闘い抜き、更賜寿命(きょうしじゅみょう)の実証を示されながら、年を越して桜の咲く頃、安らかに霊山(りょうぜん)へと向かわれた。
 「人生の輝きの全てが凝縮された、誇らかな旅立ちでした」と述懐されたお母様は、“娘の分まで”とバトンを受け継ぐ決意で大学校に挑戦された──。
 母娘の姿は、多くの友に勇気の光を送っている。
 生命は三世永遠である。
 宿命を使命に変えゆく偉大な「人間革命」の劇は、無量の福徳に満ちて、常楽我浄(じょうらくがじょう)の光彩を放っていくことは絶対に間違いない。

自身の革命劇を!

 大聖人は、死別した夫の忘れ形見であった末子を失う悲嘆の中で、純一無二の信心を貫く南条時光の母を励まされ、法華経の絶対の功力を教えられた。
 「此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成る」(同1580ページ)と。
 妙法に縁すれば、誰人であれ必ず仏になれる。自身の生命を最大に光り輝かせながら、自分らしく「人間革命」の勝利劇を飾っていくことができるのだ。

 『新・人間革命』の執筆20年は、わが愛する友の一人ひとりの「人間革命」の戦いの歳月でもあった。
 現代社会は、多くの若人が自信を持てずに、悩み苦しんでいる時代である。
 その若き生命から究極の自信を引き出し、最大に励ましながら、「人間革命」の誇りと喜びを贈っていくのが、わが青年学会だ。
 一人ひとりが、全世界の平和と民衆の幸福を成し遂げゆく「主体者」であり、「責任者」である。

 さあ、共に出発しよう!
 我らこそ、人間革命の先駆者なり!
 我らこそ、世界平和の先導者なり!
 我らこそ、未来創造の挑戦者なり!

 中国のペンの闘士・魯迅(ろじん)は言った。
 「今なにが必要かを問わずともよい、自分になにができるかを問うことです」
 私は、愛するわが弟子の永遠勝利のために、今日も・「言論の戦い」を続ける。
 人生は常に真剣勝負だ。皆が一つでも、二つでも、「新しい発想」で、「新しい決意」で、「新しい行動」で道を開いていくことだ。
 そうすれば、創価学会はますます盤石である。広宣流布という平和の大道は、いよいよ大きく広がる。
 そこに、「一人ひとりの人間革命」即「人類の宿命転換」という凱歌の朝が必ず開かれゆくに違いない。


 師弟して
    人間革命
       光あれ


 9日、秋田・岩手などの
東北北部や北海道南西部で、記録的な豪雨により大きな被害が出ました。被災地域の皆様に、心からお見舞い申し上げます。

 (随時、掲載いたします)
(2013年8月10日付 聖教新聞掲載)








Last updated  2013/08/12 11:26:49 AM
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2013/08/01
 我らの勝利の大道 山本伸一

110 創価の英雄に万歳を

 

共に讃え合い 励まし合い
新たな広布の大航海へ

わが友よ 健康第一 朗らか王たれ


 初めに、豪雨災害に遭われた岩手、宮城、山形、静岡、新潟、山口、島根など各地の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。1日も早い復旧を念願しております。
 大変に厳しい天候が続くこの夏、全国の皆様の無事安穏を、私は真剣に御祈念してまいります。

 「青年学会 勝利の年」の上半期を、わが創価の英雄たちは美事な勝利で飾り、全国各地で大いなる勝鬨(かちどき)が轟(とどろ)きわたった。正義の大旗が力強く翻(ひるがえ)った。
 広宣流布拡大への偉大な奮闘に心から感謝したい。
 諸手を挙げて、共々に「万歳!」の声を、夏空高く響かせ、健闘を讃え合おうではないか!

 広宣に
  尊く捧げし
    大果報
  三世の果てまで
     凱歌の生命と

 本年が生誕200年のイタリアの巨匠ベルディの名曲に「凱旋行進曲」がある。
 これまで本部幹部会などでも、富士交響楽団や創価合唱団、音楽隊の創価グロリア吹奏楽団、中部音楽隊・鼓笛隊の友らが、この勇壮な調べを奏でてくれた。
 音楽隊・鼓笛隊の友は、今夏も、各地のパレード等に勇み臨んでくれている。
 歌劇「アイーダ」では、この「凱旋行進曲」の後、民衆の喜びの歌声が響く。
 「勇士たちの進む道に/月桂樹(げっけじゅ)の葉や花をまき散らそう!」と。
 私も、偉大な創価の勇士たち1人ひとりの頭を、凱旋(がいか)を喝采(かっさい)する「桂冠(けいかん)」で、希望に輝く「華冠(かかん)」で飾って差し上げたいのだ。

師に頂いたかき氷

 夏が来ると、かき氷の思い出が蘇(よみがえ)る。
 昭和32年の7月17日──。全(まった)くの冤罪事件(えんざいじけん)である「大阪事件」で不当逮捕・勾留されていた私は、大阪拘置所から出獄した。
 理不尽(りふじん)な権力の弾圧の矢面に立ち、全身全霊で師匠と学会を護り抜いた獄中闘争は約2週間に及んだ。
 加えて大阪の夏は暑い。意気盛んなれど、体は芯まで疲れ果てていた。
 そんな私に、恩師・戸田城聖先生は、かき氷を振る舞ってくださったのである。涼味(りょうみ)とともに、師の真心が生命に沁(し)みわたった。
 私も今、この猛暑の中、列島に対話の渦(うず)を巻き起こしてくださった同志の方々と、かき氷を味わいながら、心からねぎらいたい気持ちでいっぱいである。

 甲斐の国の名将・武田信玄は、リーダーの心構えとして言い残している。
 「諸将の上に思いをいたすには、人間が喉(のど)がかわくときに飲み物をしきりに欲するように、もっとも的確な心配りが肝要である」
 将の将たるリーダーが、心すべき人間学であろう。
 さらに、信玄は言った。
 「先の先まで十分に心を配ってのちのちの勝ちを大事にするように」
 我らは決して油断せず、どこまでも勇猛精進(ゆうもうしょうじん)の題目で、広布と人生の爽快(そうかい)なる勝利劇を続けていきたい。

 「時は過ぎても、言葉は残る」とは、大文豪トルストイの至言である。
 我らが誠実を尽くし、語った言葉は、時が経とうとも、消え去ることはない。それは、乾ける大地に水を注いだように、友の心を潤していくのである。

 現代社会は、人間関係が希薄化し、孤立化が進んでいると憂慮(ゆうりょ)される。そうしたなかで、相手の「仏性」という最も尊貴な生命を信じて、声をかけていくことが、どれほど深い意義を持っていることか。
 イギリスの歴史家カーライルも語っている。
 「よき種子を蒔くこと、また蒔いたということはたしかにあらゆる光栄の最高のものであります」
 私たちが誠心誠意、蒔いた「友情の種」は、必ずや信頼と喜びの花園となって薫りゆくことであろう。

 草創の福島広布の母は、入会の当初、重い肺病と闘い、自分が生き抜いていく姿こそ、信心の実証と決めて進んでこられた。
 東日本大震災の後も、いやまして地域の太陽として矍鑠(かくしゃく)と光っておられる。
 米寿(88歳)を迎えた昨年は、青年に清々しい弘教を実らせたそうだ。
 この多宝の母は、微笑み語られている。
 「題目をあげていると、相手が何を悩み苦しんでいるのか、わかってきます。
 折伏し抜いてきたからこそ、自分も悩みに負けずに、全部、打開できました。
 折伏こそ、大歓喜の生命の源泉です」と。

仏縁を広げる喜び

 本年、わが東北6県の誉(ほま)れの友は、麗しい励ましの声をかけ合いながら、未曽有の試練を勝ち越え、偉大な広宣流布の金字塔を打ち立ててくださった。
 御書に照らし、1日また1日、極楽百年の修行にも勝る功徳を積まれていることは、絶対に間違いない。
 自他共に幸福を享受(きゅうじゅ)しきっていけるのが、皆成仏道(かいじょうぶつどう)を説く、この仏法である。
 ゆえに我らは、言葉の力、声の力で、広宣流布という幸福の沃野(よくや)を、さらに大きく広げていくのだ。
 日蓮大聖人は、「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492ページ)と明快に仰せである。
 広布に生き、人のつながりが広がれば広がるほど、福徳も自身に大きく集まってくる。仏縁を広げゆくことは、そのまま希望と幸福の拡大でもあるのだ。

 男子部も、女子部も、そして男女学生部も皆、青年学会の新時代を担いゆく決意に燃えて、「行学の二道」に尊い汗を流してくれている。頼もしい限りだ。

 「人生は冒険であるという考え方を打ち切ってはいけない」とは、アメリカのエレノア・ルーズベルト大統領夫人の言葉である。
 彼女は、「勇敢に、張り切って、夢をもって生きる」ように、さらに苦労を避けるのではなく「挑戦を引き受けて立つ」ように訴えてやまなかった。

 人生の真髄は、生き生きとした「チャレンジ精神」の中にあるのだ。
 広宣流布とは、人びとの生命の大地に幸福の花を咲かせゆく究極の冒険である。それはまた、戦乱の絶えない世界に平和を築きゆく遠大な夢である。
 我らが勇気を奮った挑戦の一歩一歩は、自身の「人間革命」の完璧な栄光の足跡である。その着実な一歩一歩の中に、人類待望の「広宣流布」の未来図も描かれているのだ。
 何があっても前へ、粘り強く前へ!──ここに慈折広布を使命と定めた、我ら創価の真骨頂がある。

陰徳陽報の晴れ姿

 わが堅塁・大中部の広布の戦友は、40年ほど前、経営する塗料会社の工場が不慮の火事で全焼してしまった。しかし、「どんな苦難にも意味がある。どんな災難も絶対に変毒為薬(へんどくいやく)できる」と不死鳥の如く再起を果たした。
 悪逆なる邪僧の迫害からも、地域の同志を厳然と守り抜いてくれた勇者だ。
 その後、創価大学の通信教育に学び、77歳で見事に卒業を勝ち取った。
 今も晴れ晴れと、中部の一番星の創価家族と共に、「人生は勝負です。実証です。勝つことが仏法です」と胸を張り、正義の「この道」を邁進されている。
 日本中、世界中に光る、こうした無名無冠の同志の奮闘あればこそ、我らの城は盤石なのである。

 私の胸には、かのカーライルの言葉が響いてくる。
 「この成功に私自身の努力が貢献したという事実を見ること以上に大きな喜びを私に与えるものは決して多くありません」と。
 いわんや仏法の因果に照らし、広宣流布の功労は、必ず必ず自身と眷属の生命の栄光となる。
 大聖人は、門下の陰徳陽報(いんとくようほう)の勝利の晴れ姿を喜ばれつつ、厳然と言われた。
 「この功徳は、まだ始まりです。さらに大果報が来ると確信しなさい」(同1178ページ、趣意)と。
 御本仏が、けなげな創価家族の未来に尽きることのない大果報を約束くださっているのだ。

「二陣三陣」と続け


 今、全国で、未来部を励ます「創価ファミリー大会」が楽しく活発に開催されている。親子や家族、そして地域が一体となって、信心と学会精神を、共々に深め合う機会に──と願う。
 無事故の運営を祈り、陰で支えてくださる担当者、役員の方々にも、心から感謝申し上げたい。

 この夏、求道の若き友が研鎖する青年部教学試験二級の範囲である「種種御振舞御書」には仰せである。
 「妙法蓮華経の五字・末法の始(はじめ)に一閻浮提(いちえんぶだい)にひろまらせ給うべき瑞相(ずいそう)に日蓮さきがけ(魁)したり、わたうども(和党共)二陣三陣つづきて迦葉(かしょう)・阿難(あなん)にも勝(す)ぐれ天台・伝教にもこへよかし」(同910ページ)
 
 今再び、新たな地涌(じゆ)の人材が、二陣三陣と躍り出る時が来た。我ら創価学会にとって、万年の基盤を創り開く、不思議な黄金の好機を迎えている。
 さあ、世界の創価の英雄たちと共に、異体同心の団結も固く、新たな船出だ!
 未来の後継者を励まし、育て、伸ばし、創立100周年の2030年へ、さらに、第2の「7つの鐘」を高らかに打ち鳴らしながら2050年へ、広布の大航海に出発しよう!

 偉大なる
  使命に生きゆく
    わが友よ
   健康第一
     朗らか王たれ

 (随時、掲載いたします)
(2013年8月1日付 聖教新聞)






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