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晴ればれとBlog

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ジャズと人生と仏法を語る(全15回・完)

2017.02.27
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♪ 魂の人間讃歌 ♪ ジャズと人生と仏法を語る

第12回 家庭から平和のハーモニーを(下)

親を愛し、友を愛し、人間を愛せ

ショーター氏: 両親の〝負けない人生〟を手本に
ハンコック氏: 〝父母の信頼に応えよう〟と成長


 ハービー・ハンコック: 池田先生! 先月、パリのユネスコ(国連教育科学文化機関)本部にて、「ユネスコ親善大使」に任命していただきました。
 文化という分野でユネスコの理念を啓発するプロジェクトの一翼を担って、取り組んでまいります。就任式には、池田先生から真心あふれるメッセージをいただき、本当にありがとうございました。

 池田SGI会長: おめでとうございます。わが同志の活躍ほど嬉しいことはありません。
 ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長から、私にも丁重な招へい状をいただき、恐縮しております。式典には多くの来賓が出席されたと伺っています。盟友であるショーターさんも駆けつけられたのですね。
 文化を通じて国際協調を築きゆく、ユネスコの取り組みは、ますます重要です。SGI(創価学会インタナショナル)も公式にユネスコに登録されたNGO(非政府組織)として活動してきました。
 二十年前、当時のマヨール事務局長と大阪でお会いした折、ユネスコ憲章の理念を踏まえて、恒久平和への多くの課題を克服するために、まず人間の「心の変革」から始めなければならないと語り合いました。
 マヨール事務局長が、〝正義の中の平和〟〝自由の中の平和〟を目指すSGIの運動は、まさに、ユネスコの設立目的と一致していると期待されていたことも深く心に残っています。その意味において、私どもはユネスコと協力して、今後とも、さらに平和・文化・教育の運動を進めてまいります。
 ともあれ、ショーターさんも、ハンコックさんも、多忙を極める音楽活動のなか、尊き人類貢献の使命のために若々しく東奔西走されていることに、深い敬意を表さずにはいられません。

 ウェイン・ショーター: ありがとうございます。
 たとえ年齢が20歳前でも、すでに自分のやり方が固定してしまっている若い人たちが数多くいます。私かこの信仰を始めたのは、すでに壮年部の世代である四十歳でしたが、大胆で明るくいこうと思っていました。その時、はっと閃いて、私はこう言いました。
 「私は、40歳であっても、人生のすべてに心が開かれていることを、多くの人々に示していきます!」と。

 池田: その通りです。それこそ創価の精神です。初代会長の牧口常三郎先生は入信された時、57歳でした。先生は、「言語に絶する歓喜を以て殆ど60年の生活法を一新」したと綴られています。
 ちょうど、この8月24日は「壮年部の日」に当たります。そこで、お二人に伺いたい。「お父様」には、どんな思い出がありますか。

 ハンコック: そうですね、私の父は、笑うことと冗談が大好きで、いつも人々をハッピーにしました。とっても面白い人だったので、皆、父の周りにいることを好みました。父は、いつも上機嫌でした。絶えず冗談を言い、楽しいことをして、周囲を良い気分にさせたいと考えていました。
 ところが、家の中では、私たちが何かしようとする時は、父は、いつも「お母さんに聞きなさい」と言いました。父は、とにかく目立たないように、とても静かにしていました。

 ショーター: 私の父は無口なほうで、人の話をさえぎったり、反対意見を述べたりすることは、まずありませんでした。母の決めたことには、決して異論を唱えませんでした(笑い)。

 池田: どちらも、「賢者」の振る舞いの父上でしたね。
 日蓮大聖人は、壮年門下に、たとえ苦境の日々にあっても、揺れ動く感情に流されず、悠然と笑みを湛えていくことを教えておられます。
 池上兄弟が、周囲の譲言によって、大事な仕事から外されてしまった時にも、こまやかに激励を送られました。
 「穏便にして・あだみうらむる気色なくて」「つねにえ(咲)めるすがたてにておわすべし」御書(1107ページ)と。
 また、短気な四条金吾には、特に女性との関わりにおいて、「いさか(争)うことなかれ」(同1176ページ)と厳しく戒め、聡明に包容していくことをアドバイスされていました。

 ハンコック: 私には、父との忘れられない思い出があります。
 私が16歳の時、ある食料品店のレジ係の仕事に就きました。仕事を始めて2日目、店長が、私を奥のほうに連れていき、お客の支払う代金をごまかしてレジに打ち込む方法を教え、お客から少しずつお金を多くとれと言ったのです。私は悩みました。
 その夜、家に帰って、父に相談しました。不正をしないと、私は解雇されてしまうが、やりたくない──。
 父は語りました。
 「息子よ。これは、お前が自分自身で出すべき決断だよ」
 父は私を信頼し、私か正しい判断をすると信じていたのです。
 私は言いました。「分かった。この仕事は辞めることにする」
 すると、父と母は、「ハービー、お前を本当に誇りに思うよ」と、私を抱きしめてくれました。

  池田: 美事な人間教育ですね。ハンコックさんのお父様は、息子を信じ、あえて自分で考えて決断するように促されました。
 若く清き魂は、信じられた時、その期待を敏感に感じ取るものです。ハンコックさんは、お父さんから、不正に対して勇気を持って立ち向かうことを教わったのですね。

 ハンコック: その通りです。
 もし父が、即座に「お前は、明日、その仕事を辞めなさい」と言っていたら、私は何も学ぶことはできなかったでしょう。
 自分で学ばせる教え方は、私が音楽の師と仰いだ名ジャズ・トランペッターのマイルス・デイビスがしていたことでもあります。マイルスは、決して答えを教えませんでした。彼は、私たち自身で答えを見出すための道を示すようにしたのです。

 池田: 信じ、見守る慈愛が、青年の力を引き出します。鍵は「信頼」です。平和研究の母ボールディング博士との対談では、家族の歌声で平和に貢献したトラップ一家が話題になりました。映画「サウンド・オブ・ミュージック」のモデルです。博士の友人であるトラップ家の母親マリアさんも、
 「信頼は、新しいエネルギーを生みだす」(トラップ著『サウンド・オブ・ミュージック』谷口由美子訳、文溪堂)と語っています。

 牧口先生は、「すべての子どもに『幸福になる力』を身につけさせる」ことを教育の目的としていました。それは、子どもを一個の人格として尊重し、その可能性を信じ抜く戦いを伴います。先生は、「自らがなすことによって学ぶことのできる」ように指導することを、強調されたのです。
 ハンコックさんのご両親やマイルス・デイビスさんの振る舞いは、まさに巧まずして人間教育の理想を体現されていたといえましょう。
 ともあれ、子どもにとって、父母は最初にして最大の教師です。
 だからこそ、子どもの前での夫婦喧嘩などは、できるだけ避けたいと、教育者の先生方と語り合ったことがあります。

 ショーター: 私は父から「忍耐」を学びました。私は父が取り乱すのを見たことがありません。怒ったり、不満を漏らしたりする姿も、見だことがありません。最近、家庭内暴力が問題になっていますが、幸い、わが家では一切ありませんでした。
 私は成人するまで、両親が人生の試練に立ち向かい、打ち勝ち、困難な時にも、決して負けることなく生き抜く姿を見ながら育ちました。二人とも、愚痴(ぐち)を言ったり、泣き言を言ったりはしませんでした。

 池田: 立派なご両親でしたね。
 「忍耐」──トインビー博士が私との対談の中で、若い世代に伝えたい助言として一言、「忍耐強くあれ」と言っておられたことを思い起こします。
 ともあれ、「人の振舞」を説く大聖人の仏法では、一貫して「親孝行」の大切さを強調しています。「孝養の人を世尊となづけ給へり」(御書1065ページ)ともあります。さらに、「自身仏にならずしては父母をだにもすく(救)いがた(難)し」(同1429ページ)とも教えられました。
 ショーターさん、ハンコックさんが奏でる人生勝利の曲は、まぎれもなく、ご両親を包む生命の讃歌であり、栄光の凱歌であるに違いありません。

 ハンコック: ありがとうございます。人間は、肉体的にはヒトとして生まれても、それは真に「人間」として生まれたことにはなりません。成熟した人間へと成長していかねばならない──これは池田先生から教わった仏法の哲学です。それが「人間革命」です。そして、人間主義の宗教の実践では、私たちの振る舞いこそが重要になると思います。

 ショーター: 私がこの仏法の実践を始めた時、父は既に亡くなっていましたが、一緒に暮らしていた母は、私の信心に対して態度を保留していました。母と、この信仰をめぐって〝綱引き〟が始まりました。私は母を尊敬していたからこそ、この信仰をして大丈夫であることを分からせる必要がありました。
 わが家で会合があると、母はいつも台所から耳を澄ませ、〝オブザーバー〟として観察していました。
 そして遂に「あなたにとってその信仰が良いのなら、もう反対はしないわ」と言ってくれ、批判も反発もしないようになったのです。

 池田: まさしく「道理証文よりも現証にはすぎず」(同1468ページ)です。お母様は、じっとショーターさんの真剣な姿と成長の様子を見守られていたのでしょう。
 また、親孝行なショーターさんの真心を痛いほど感じられていたに違いありません。ショーターさんの体験は、新入会の友にとって大きな励ましです。
 家族が未入会であっても、信仰のことで争う必要は、まったくありません。焦らなくてもいいんです。自分も家族も共に、永遠の幸福を勝ち開いていくための信仰だからです。

 ショーター: 「親孝行」ひとつとっても、仏法の原理は、いずれも杓子定規的ではありませんね。
 本来、どんな原理も、人間が活用するためにあるはずです。その原理は、私が音楽を作曲する際にもあてはまります。音楽には、完全無欠の作品はありません。一つの音階でも、無限の表現の可能性を持っています。ですから私は、ずっと学び続けていくつもりです。仏法に対しても、音楽に対しても、私は謙虚にならざるを得ません。

 ハンコック: そうです。音楽では、無制限に何か新しいものをつけ加えることが可能です。音楽創造の源としての限りない水源を掘り続けていくことができます。すべては自分次第なのです。
 仏法を通じての新たな自分像の発見は、私の創造性を開いてくれました。私の演奏および人生のあらゆる側面において、以前には考えもしなかった新たな眺望が広がり続けています。

 池田: まことに大事な視点です。
 戸田先生は、私たち青年に、こう呼びかけられました。
 「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」と。
 ですから、親不孝の青年に対しては、厳しく叱られました。
 親を愛し、友を愛し、人を愛していく──その「人間革命の戦い」のなかで、人々のため、社会のため、未来のため、わが生命に秘められた創造力を必ず自分らしく開いていくことができるのです。

 ショーター: この仏法の実践が深まるにつれ、私は、自分自身を見出すことができ、自分らしい生き方を貫かなければならないことが分かってきました。私は音楽を通じて多くの人に語りかけたいのです。しかし、そのために自分の音楽をありふれた簡単なものにする必要はありません。
 まだ踏み固められていない道こそ、私の進むべき道です。その道は、たやすく進むことのできない道であり、仏法の使命にも通じる道であると思っております。

 池田: 法華経には、「知道者(道を知る者)」「開道者(道を開く者)」「説道者(道を説く者)」と記されております(薬草喩品)。
 最高無上の生命の価値を創造しゆく「この道」を学び、開き、広げていくために、私たちは共に、にぎやかに歓喜の音楽を奏でながら行進していきましょう! 不二の同志として! 永遠の家族として!

        (2011年7月20日付 聖教新聞)






最終更新日  2017.02.28 19:44:07


2011.12.12
「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」

最終回  勇気の調べを 青年と共に〈下−2〉

 池田: たとえ芸術家でなくても、汝自身が、無限にして無窮の美の価値を創造しゆく当体です。
 難を受け、試練を乗り越えながら、人々のために尽くし抜く生命は、誇り高き人間讃歌を、不滅の人生の名画を創り残していくことができます。
 それは今、言われたように、人との関わりの中で、織り成されるものです。
 
仏典に登場する勝鬘夫人は、
 愛語(思いやりのある優しい言葉をかけること)
 布施(人々に何かを与えゆくこと)
 利行(他者のために行動すること)
 同事(人々の中に入って共に働くこと)という菩薩道の実践を誓い、人々の善性を薫発していきました。
 これは、お二人が世界各地で、人々のため、平和のために続けてきた音楽活動の精神にも、相通じるのではないでしょうか。

 今年、日本では、東日本大震災という、かつてない災害を経験しました。台風の甚大な被害もありました。
 未曽有の危難に直面し、今、日本の社会全体が大きく変わりつつあると、皆が感じ始めています。
 悩み苦しむ人のために自分に何かできるのか、どうすれば希望を贈ることができるのか──そう考える人が増えているのです。
 では、いかに行動すべきか。
 さまざまな方途があるでしょうが、まず「目の前の一人に心からの励ましを贈る」ことは、誰にでもできることです。小さいように見えて、真心の励ましの声は、必ず相手の心を動かしていきます。

 御聖訓には、「小音なれども貝(ばい)に入れて吹く時・遠く響くが如く、手の音はわずかなれども鼓を打つに遠く響くが如し」(御書808ページ)とあります。

 強く正しき一念から発する音声には、計り知れない力があります。その生命の脈動は、周囲にも伝わり、社会へ広がらずにはおかないものです。
 この励ましのスクラムの中心に光るのは、常に女性です。そこで、これまでジャズ界で活躍してきた女性の中で、お二人が特に挙げたい人物は、という質問もありました。

 ショーター: そうですね、やはり二十世紀前半に活躍したビリー・ホリデイを挙げなければなりません。彼女は、人間の尊厳性を歌ったジャズシンガーでした。その人生の生きざまや苦闘を、彼女が歌う歌の中で描き、ジャズが創造性を表現する芸術であることを示しました。さまざまな苦労があったと思いますが、人々に勇気を贈る感動的な歌をいくつも残しています。

 ハンコック: ビリー・ホリデイの歌は人の心を射る矢のようでした。過酷な人生を送ってきたことがよく分かります。なぜなら、彼女の歌は、どれも人間性の核心に触れる歌ですから。歌というものの本質をつかみ、その真意を汲み取る才能をもち、それを信じられないほど力強く表現するのです。その歌声はまるで「あなたの苦しさが、私にはよく分かるのよ」と語りかけてくるようでした。彼女の影響を受けた歌手は枚挙に暇がありません。

 池田: 宿命に泣く女性の歴史を何としても転換したい──それが、恩師・戸田先生の悲願でした。ゆえに私は「二十一世紀を女性の世紀に」と訴えてきました。 日本でも、世界でも、この「女性の世紀」を創造しゆくリーダーが、颯爽と躍り出ていることを、私も妻も、何よりも喜んでおります。
 まだまだ、質問は山ほど寄せられているのですが、残念ながら、お二人からの授業もいったん終了となりますね(笑い)。

 ハンコック: 池田先生! 先生のアメリカに対する五十年来のご指導の「集大成」として始めていただいた鼎談の“受講者”として、私たちを選んでくださったことに感無量です。
 先生のご精神を日常生活の瞬間瞬間の中で、私自身の振る舞いを通して示せるようにと祈っています。
 この日蓮大聖人の仏法の信仰を始めるまでは、自分が何のために戦ってきたのか気付きませんでした。まるで、それまでの私は、深い眠りについていたようなものでした(笑い)。
 以前とは異なり、今は、はるかに大きく目覚めているように感じます。道のりはまだ長いですが、もう恐れません。もっと大きな夢を目指していく自信があり、恐れず、ひたすら積極的に前に進んでいきます。
 「確信と決意をもって、自由で恐れなき人生を生きる」。それが私のモットーです。それは私に、そのような能力が自分にあることを自覚させてくれます。

 ショーター 私は、この鼎談(ていだん)を振り返る時、自分が池田先生の生命から発せられる言葉と智慧、脈々と受け継がれてきた日蓮大聖人の真実の教え、そして遠くは釈尊の悟りと同じ方向に、自分も進んでいるのかどうかを確かめねばならないとの思いに駆られます。私は、その道から決して逸脱しないと強く決意しています。

 私のモットーは、「ネバー・ギブアップ(決して諦めない)!」です。いつも新鮮で、色褪せないモットーです。
 初心を忘れず、「常にこれから」という「本因妙」の精神で、さらに大きな課題に挑戦し続けていきたいのです。 今、ある音楽の制作に取り組んでいます。その歌詞の一部を紹介させていただきたいと思います。まだ推敲中なのですが……。

 広漠たる人生の大海原を
 僕らは乗り越えていく。
 山なす波浪も
 鏡のような眼に映し出された
 あの深く秘沈する実在を
 覆い隠すことはできない。

 さあ、思い切って
 わが視力の及ぶ範囲をも超えて
 さらに先へと
 飛翔しよう。
 そして
 あらゆる欺瞞(ぎまん)の人生に宿るものを
 見究めようではないか!  (抜粋)

 池田: 素晴らしい前進の息吹に満ちた詩です! 音楽を愛する心に、国境も、民族の違いもありません。音楽を聴く時、そこには、ただ「人間」がいるだけです。
 私たちは、日本人である前に、アメリカ人である前に、同じ「人間」なのです。音楽は、その共通の原点に、人類を立ち返らせてくれます。

 殉教の師父・牧口常三郎先生は、既に一世紀前に、人類の壮大な進歩の道を展望しておりました。
 すなわち「軍事的・政治的・経済的競争」から「人道的競争」への大転換です。それを成し遂げゆく、大いなる力は、「人間」に希望を贈る「音楽の力」であり、「文化の力」であり、「教育の力」であるといえましょう。今こそ、人類の魂を蘇生させゆく音楽が求められています。人々を触発し、鼓舞する“魂の人間讃歌”が必要なのです。

 私たちは、青年と共に、青年のために、恩師から学んだ「平和の曲」「幸福の曲」そして「勝利の曲」「勇気の曲」を奏でながら、広宣流布の道を前進したい。
 青年の心で創造を続けるお二人の更なる活躍を、世界の同志と共に期待しています。希望輝く未来へ、新たな調べを奏でていきましょう!

 ハンコック: 私たちも永遠に先生と一緒に前進していくことを誓います。今から、人生という舞台で、心躍る、新たな生命の演奏を目指し、挑戦していきます。

 ショーター: (演奏開始の合図)1(ワン)、2(ツー)、1、2、3(スリー)、♪♪♪……。〈完〉
 






最終更新日  2011.12.12 16:25:09
「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」

  最終回 勇気の調べを青年と共に〈下−1〉

 音楽は希望 全人類を救う  誰もが「美の価値」の創造者

 挑戦を続ける二人のモットー
  ショーター氏:常にこれから ネバー・ギブアップ─決しあきらめない─
  ハンコック氏:恐れなく! 確信と決意の人生を

 池田SGI会長: ショーターさん、ハンコックさん、お二人のジャズの創造の旅路は、半世紀を超えます。
 この50年を振り返って、ジャズの世界で一番大きな変化は何でしょうか? また、これから五十年後のジャズの未来の姿をどう想像されますか?
 これは、私たちの盟友である日本の芸術部の友から寄せられた質問です。

 ウェイン・ショーター: 何よりも大きく変わったのは、ジャズの「音」ではないかと思います。つまり、ジャズの定義および表現方法です。1920年代に始まり、30年代、40年代、50年代、60年代と、それぞれの時代に、伝統的なジャズと結びついた独自の顕著な要素と表現方法がありました。言い換えれば、「人間の心」を奏でる「音」として、ジャズはこう奏でられるべきだという、ある形式のようなものがありました。しかし、今のジャズには、そのような意味での束縛はありません。
 ただ、今でも、ほとんどのグループが、ややもすれば、「ジャズとは、こう演奏すべきもの」また「ジャズは、伝統的に、こんな特徴を備えた音楽である」と考える傾向があります。そして、そのような固定的な考え方だけで音楽が規定されてしまう場合があります。
 これからの50年間、音楽界には、大いなる創造の作業が必要とされます。人間社会未踏の道を切り拓く創造的な啓発の波が次から次へと生み出され、それらがのあらゆる分野に浸透していかなければならないと思います。

 ハービー・ハンコック: これは大変に難しい質問ですね(笑い)。というのは、私自身がその渦中にいるからです。
 仏法では「自行化他」と説きますが、私たちは自分のために実践するとともに、他者のためにも実践すべきです。わが人生をその価値ある日々の積み重ねとして見るならば、ジャズも、全ての側面において、「自分のためと同時に他者のための実践」であり、そういう観点から見ていくように心がけています。その意味において、「即興性」や「対話性」といったジャズの特性は、熟視すべき重要な資質であると思うのです。
 私は、これらのジャズの特性は、豊かな人生を生きるために必要なものであると考えており、それらが最大限に生かされることを望みます。単に音楽演奏のみならず、日常生活の中でも生かすことができるものであることを知つてほしいのです。

 池田: 自分のためと同時に、他者のために実践する──ともすれば利己主義に流されがちな現代において、芸術も、学問も、宗教も、目指すべき本来の方向性が、ここに示されています。
 歴史家のトインビー博士が、私との対談で、核兵器や環境破壊など人類の生存を脅かす諸悪の原因は、人間の貪欲性と侵略性にあり、それは自己中心性から発すると指摘されていたことが思い起こされます。
 そして、その自己中心性とは「一人一人の心の中の革命的な変革によってのみ、取り除くことができる」と喝破されました。さらに、そのために果たす「宗教の啓発の力」に注目され、私たちの「人間革命」の思想に大いなる期待を寄せてくださったのです。
 音楽と宗教は、人間の魂を啓発するという目的を、深い次元で共有しているといってよいでしょう。
 人々を鼓舞し、励まし、勇気を生む音楽の律動は、一人のうちにとどまることはありません。一人の魂を揺さぶる音楽は、予想もできぬ速さで一気に広がり、多くの人々の心を普く潤していくものです。この音楽のみずみずしい波動性こそ、社会を若々しく蘇生させゆく源泉ではないでしょうか。

 ショーター: そう思います。
 よく他のミュージシャンたちが、私たちのところへ来て、「なんで、君とハービーは、そんなに若々しいのかい?」と聞きます。若い世代の人からは「あなた方は年齢からして、もっと“お年寄り”だとと思っていました!」と驚かれます(笑い)。
 「9・11」の米同時多発テロの後、このような声がさらに寄せられるようになりました。これも、信仰を持った私たちが、音楽だけでなく、普段の生活においても、人に希望を贈りたいと挑戦しているからだと思います。

 池田: お二人がいつまでも青年の輝きを放つのは、未来を見つめ、若い世代の育成に汗を流しているからでしょう。

 御書には「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(1135ページ)と仰せです。妙法という音律を唱え弘めゆく人生が、その通りの軌跡となることは、それこそ世界の多宝の友が示されている通りです。

 喜劇王チャップリンが、「あなたの最高傑作は?」と聞かれて、「ネクスト・ワン(次の作品さ)」と応じたことは有名です。お二人のこれからの「夢」は、何でしょうか?
 これは、未来部の友からの質問です。

 ハンコック: 私も、いつも「最高傑作は、次の楽曲であってほしいと思います」と言います。私かそのような姿勢でいるのは、「前向き」であることが常に最良だと考えるからです。
 過去に自分が何をなしたかは分かっています。やったことは既に、私の持ち物なのです。無くなるわけではありません。いわば、ポケットやカバンの中にあるのです。ここに、ずっとあるのです。しかし、次のステップをどうするか。それが最も大事なことです。私たちが踏み出す、次の一歩は何かということです。

 ショーター: 偉大な作曲家でバンドリーダーのデューク・エリントンも同じことを語っていましたね。
 私が「これから」抱く夢は、人々と会い、人々から聞き、老いも若きも多くの人たちが、創造的作業の交流に参加することの価値に目覚め、その価値をつかむための手助けをすることです。
 その創造的作業に必要となるのが、冒険的な探究、冒険心に基づく発見、そして、感謝の心を持って未知の事柄を学ぶことです。それは、冒険心を伴った感謝の心です。これは、とても大きな仕事ですので、私には「これから」なすべきことが実に、たくさんあります。

 池田: どんな立場になっても、感謝の心を忘れない人には、生命の張りがあります。その報恩の心から、後輩たちへの献身の行動も生まれます。
 法華経の宝塔品の会座には、釈尊と多宝如来のもとへ、十方分身の諸仏が無量無数の国土から、こぞって来集します。
 それは一体、何のためか?
 「開目抄」には、「未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす御心」(御書236ページ)であると説かれています。焦点は「未来」です。「未来」に生きゆく「青年」たちのためです。
 これが法華経の世界です。ゆえに、私たちは命ある限り、青年と共に、青年のために、勇敢に前進あるのみです。
 お二人から、日本、そして世界の若き芸術部の友にメッセージをお願いします。

 ショーター: 芸術部は、世界の中で人間の尊厳を高める、価値ある活動をしています。その目標は、より深いレベルで人間的な芸術を触発することにあります。
 芸術部メンバーの活動は、やがて見事に花開き、多くの人々を感動させる日が来るはずです。その時、皆が感嘆の声をもらすことでしょう。
 ハービーと私は、その手助けをしたいと、いつも語り合っています。

 ハンコック: そうです。私は絶えず、アメリカの芸術部の友一人一人に、特に自身の人間性の開発のために、より時間を使うように励ましています。
 人間としての成長こそが重要です。なぜなら、自己の内面にあるものが、自らの芸術によって語られる物語の源泉となるからです。
 その意味では、「あの音」や「この和音」といったことを問題にするよりも、むしろ、自分の芸術分野と異なる社会環境に生きる他の人々と交流していくことが、極めて重要なのです。
 最もよい例が、あの「スーパーマン」を演じた名優クリストファー・リーブです。
 彼は乗馬中に転落して、首から下が完全に麻痺してしまいました。しかし、その苦難ゆえに、同じく身体の麻痺に苦しむ人々に大きく貢献していくことができたのです。
 もちろん、誰も、そんな事故に遭うことは望みません。しかし彼は、事故後、その状況に対応して、新たな舞台で、自身の人生の新たな目標に挑戦し、終に、より大きな人類への貢献を実際に成し遂げました。
 私は、もし偉大な芸術家になりたければ、「最大の情熱と熱意を持って強く生きなければならない」と心から思います。
 当然、芸術の道具や技術も持たねばなりません。練習や訓練も必要です。しかし音楽家は、音楽それ自体以上に、他の人々と関わり合うことが、特に重要なのです。(つづく)
(2011年12月5日付  聖教新聞)






最終更新日  2011.12.12 16:23:18
「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」

最終回 勇気の調べを 青年と共に〈中〉

新しい人材の誕生を世界が熱望
若い世代は“本番”で鍛えられる

 池田SGI会長: 音楽に限らず、いかなる分野でも一人一人が勇気を持って、互いに切磋琢磨していく挑戦の中でこそ、いまだかつてない創造は成し遂げられていくものです。
 仏法では、人を幸福にする地涌の菩薩の力の譬喩として、「火は焼照(やきてらす)を以て行と為し・水は垢穢(くえ)を浄(きよむ)るを以て行と為し・風は塵埃を払ふを以て行と為し・又人畜草木の為に魂となるを以て行と為し・大地は草木を生ずるを以て行と為し・天は潤(うるお)すを以て行と為す」(御書1338ページ)と説かれます。

 この大自然の働きの如く、わが生命に本然的に具わっている勇気と慈悲と智慧の力を発揮して、他者のために尽くしていくのが、菩薩の行動です。
 しかも、自分一人だけではない。それを、後に続く人々と共有し、新たな道を開いてこそ、真の菩薩です。

 ハービー・ハンコック: よく分かります。
 ですから、私たちは、青年たちを前に押し出して、指導的な立場に立たせていかなければなりません。
 一般的に、人々は指導者が自分たちの前に立って道を示してくれることにあまりにも慣れてしまっています。自分たちでその道を発見する力を持っているとは考えられないからです。人々は自分自身の人生のために、そのような責任を担うことに慣れていません。誰かがやってくれるのを待っているのです。あるいは、多くの場合、誰か別の人が責任を取ったり、非難を引き受けてくれるのを待っています。

 池田: そうですね。
 ガンジー記念館元館長のラダクリシュナン博士は、先日、来日したインド創価学会の首脳に伝言を託してくださいました。
 ──マハトマ・ガンジーは、晩年、記念式典などには出席せず、ネルー首相など、あえて後継のリーダーたちを前面に立てて、次への流れをつくっていました。だからこそ、インドの盤石な基盤ができました。
 その意味において、SGIが「青年学会」を掲げ、若い力をどんどん伸ばしていることは、本当に見事であるし、理想的です──と。
 世界の知性は、よく見抜いておられます。

 ハンコック: 本当です。驚きました。池田先生が、実践の中で、若い世代に責任を持たせ、薫陶されていることは、永遠性への軌道ですね。
 日蓮大聖人の仏法が説いていることは、一次元から言えば「一切の責任を担い立つ」ということではないでしょうか。自分自身の振る舞いや、個人的な役割のみならず、社会やそこで起こっていること全てに対しての責任です。これは本当に素晴らしいと思います。
 この仏法の実践の偉大な功徳の一つは、その責務をもっと意欲的に受け入れる勇気が、自分の生命の中から湧き上がってくることを感じて、こうした責任を担うことをあまり恐れなくなることです。それは凄いことです。

 池田: その通りです。
 日蓮大聖人は「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(同758ページ)とまで仰せになられています。
 「一人立つ精神」こそ、創価の伝統です。牧口先生は「羊千匹より獅子一匹」と叫ばれました。
 「青年学会」の意義とは、いずこにあっても、この創価の師弟の心を受け継ぐ青年が、一人、責任を持って立ち上がることです。
 その一人の青年に続いて、「二人・三人・百人と」(同1360ページ)、必ず立ち上がり、勢いを増して前進していくのです。
 そのために、私は手を打っています。青年が応えてくれています。
 だから、断じて行き詰まることがありません。

 心の継承と言えば、ショーターさんは本年六月、ブラジルを訪問された折の講演でも、ご自身を育てたジャズの先達でドラマーのアート・ブレイキーさんから学んだ信条等を、とりわけ大事に語っておられたと伺いました。

 ウェイン・ショーター: はい。アート・ブレイキーは言いました。
 「君たちは、楽器の陰に隠れることもできる。やろうと思えば簡単にできるが、僕は、ドラムの陰に隠れたりはしない。もし君たちが演奏して何も表現できないなら、それは勉強が足りないからだ。自分が接した世界で目にし、理解したことを演奏しようとしていないんだ。何も真剣に心に掛けていないんだ。だから、技術ばかり立派になろうとして、楽器の陰に隠れているんだ」と。
 私も、招かれてスピーチする時や、向上心のある音楽家だちと話す時は、音楽についてではなく、人生について語るようにしています。

 池田: 味わい深いお話です。真に人間として偉大な音楽家を育てようとされたのですね。
 ともあれ、一人一人が日々、価値創造しながら、社会のため、人々のために助け合い、支え合って、より良き共同体を築いていく──その主体者は何か特別な、特定の人ではない。本来、全員が主体者なのです。

 そして、何より青年を育てる以上の社会貢献はありません。今、世界はさまざまな難問に直面しています。政治も経済も環境問題も、今までの古い考え方の延長では解決できない。新しい創造を生むための、新しい発想を持った、新しい世界市民の誕生を、世界が熱望しているのではないでしょうか。
 「平和の文化」の創出や「対話の文明」の構築といっても、その鍵を握っているのは「青年の育成」である。──私か世界の指導者や知性と語り合ってきた結論も、この一点でした。

 ハンコック: 「世界市民の育成」や「平和の文化の促進」という考えは未来のための土台であり、それは実に、創価教育の父である牧口初代会長の「個人への尊敬」とその視点の促進というビジョンにまで遡ることができます。

 アメリカ創価大学や創価一貫教育は、未来の教育のモデルです。世界中の多数の教育機関が、このビジョンの影響を受けるだろうと思います。
 それは二十一世紀にとって極めて必要なものであるという意味で、時宜にかなっています。池田先生は、不思議にも、必要な手を全て打ってくださいました。
 基盤は、できあがっています。私たちがなすべきことは、言ってみれば、先生が打ち込んでくださった点に沿って、それらを結んでいくことです。
 しかし、それは、たやすいことではありません。本当に、大きな勇気と慈悲と智慧を要するのです。私たちはこの挑戦に立ち向かわなければなりません。未来は私たちにかかっているのですから!

(2011年12月3日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.12.12 16:21:43
「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」
 
最終回 勇気の調べを 青年と共に〈上〉


ウェイン・ショーター: 日本では創価青年大会が、合唱あり演奏ありで、各地で賑(にぎ)やかに行われていると聞きました。音楽とともに沸き立つ力で、青年の連帯が広がっていくことは、心躍ります。

 古代ローマでは、凱旋した将軍シーザーたちを、楽団の演奏が迎えました。
 そのように、音楽は戦争のために用いられることもありましたが、今は、平和のリーダーたちのために、創価の音楽隊や鼓笛隊などの友が、栄光の音楽を奏でてくれていますね。

池田SGI会長: 広宣流布は、明日の世界に、人間主義の永遠の都を築き、民衆勝利の凱歌を奏でゆく壮大な運動です。

 その颯爽(さっそう)たる旗手が、音楽隊や鼓笛隊、さらにオーケストラ、合唱団等のメンバーです。仕事や学業に真剣に励みながら、努力を重ね、文化運動を強く推進してくれています。

 それは、新たな人材群の大いなる潮流でもあります。音楽を心の友として、尊い「信」「行」「学」の練磨の青春を走り抜いた人材が、二陣三陣と躍り出て堂々と各界で活躍している。こんなに嬉しいことはありません。

ハービー・ハンコック: アメリカの独立の戦いの時には、音楽隊の行進が皆を鼓舞しました。平和的な組織であるSGI(創価学会インタナショナル)において、わが音楽隊の友らが奏でる力強い楽曲は、私たち自身の生命の根本的な迷いである「元品(がんぽん)の無明(むみょう)」との間断なき戦いに勇気を与えてくれるのです。

池田: まさしく、勇壮な「人間革命の響き」です。「正義の行進曲」です。
 ショーターさんとハンコックさんのお二人が、ジャズを通して人々を啓発し、多くの青少年に勇気と希望を贈ってこられたことも、偉大な歴史です。

ハンコック: ありがとうございます。池田先生が見守ってくださっているおかげです。
 ウェインと私は、ジャズ・ピアノの偉人にちなんで名付けられた「セロニアス・モンク・ジャズ研究所」という教育機関の設立当初から関わってきました。この数年間、私が代表も務めてきました。「10代の若者の人間性向上に役立てたい」「21世紀には文化や教育がより重要になる」との思いからです。ヨーロッパの学生たちがバッハやモーツァルト、ベートーベン等を知るのと同じように、ジャズがアメリカの歴史の一部であると認識されるよう、セロニアス・モンク・ジャズ研究所では小学校や中学・高校等での授業プログラムも持っています。

 また、アメリカ国務省と連携し、世界を舞台に活動しています。昨年の上海万博でも依頼を受け、演奏しました。ジャズは国際的な音楽ですから、アメリカと他国のかけ橋の機能も果たしているのです。

ショーター: ベトナムへ演奏に行った時のことです。記者会見の席で興味深い話し合いが行われました。あるNGO(非政府組織)に同行していたアメリカ人ジャーナリストが、国務省のスタッフの一人に、この地にジャズを紹介することの素晴らしさを語りました。それに応じ、その女性スタッフは言いました。「ジャズは芸術性の高い音楽ですから、人々がそれに接してよい影響を受けるようにしなければなりません。私たちは、その手助けをしたいのです」と。

 ジャズの勝利だと思いました。ジャズが「創造」を旨(むね)とする音楽であるという芸術性を、国務省から来た一人の女性が深く認識していたからです。まさにジャズがアメリカを代表する芸術であることを示しているのです。

池田: その通りですね。アメリカという新天地で、言いしれぬ苦労を重ねてきたアフリカ系の人々の中から、ジャズが生み出され、そして今や、アメリカはもとより、人類の宝として愛されている。これは、文化の力の真髄です。

ハンコック: この研究所の活動の一環で一昨年、キング博士の子息であるマーチン・ルーサー・キング3世および8人の連邦議会議員と一緒にインドに行く機会がありました。キング博士の「インド旅50周年」を祝賀するためです。私たちは学生バンドと一緒に参加しました。その時、現地を訪問中に、私は偉大なタブラ(古典打楽器)奏者であるSGIメンバーとも会うことができました!

池田: 世界の旅先で同志と出会うことほど、嬉しいことはありませんね。

 半世紀前のキング博士のインド訪問の足跡(そくせき)については、ガンジー記念館元館長のラダクリシュナン博士とも語り合いました。マハトマ・ガンジーの思想を人権闘争の範としたキング博士が、このインド訪問を「巡礼」と意義づけていたことも紹介されていました。

 ラダクリシュナン博士ご自身も、アトランタを訪れた際、キング3世と母上(コレッタ夫人)から受けた温かな歓迎を思い出深く語られていました。
 ガンジーとキング博士の非暴力の魂の共鳴を、私たちはさらに強く深く広げていきたいものです。

 ショーターさんも、後輩を立派に育ててこられましたね。若い学団員たちから「どれほど啓発されたか分からない」と感謝されていると伺っています。ショーターさんの生き方から、「自分たちにも次の世代へ伝えるべき深い使命があるということを学んだ」と語っているとも聞きました。

ショーター: ありがとうございます。私がやっていることは、いわば裏方の働きです。人間の精神を向上させる仕事です。

 若い学団員たちは皆、私の半分ほどの年齢ですが。私がどんな目的を持って行動しているのかについて話し合っています。
 彼ら全員が “音楽の目的は何か” について思索し、次代のミュージシャンたちに何を伝えるべきかを深く認識してくれています。

池田: 「若さ」には何ものにも勝る力があり、創造へのエネルギーがあります。

御書に「従藍而青(じゅうらんにしょう)」という言葉があります。後継者が立派に成長していくことの譬(たと)えとして用いられています。

「青は藍より出でて、しかも藍より青し」――私たちで言えば、後輩を励まし伸ばして、自分以上の偉大な人にしていくことにも通じるでしょう。

中国の周恩来総理も、「若い人たちが成長したのは、年輩の人たちが手塩にかけて育てたから」(中共中央文献編集委員会 『周恩来選集』 外文出版社)と言っていましたね。これは、古今東西、変わらぬ道理でしょう。

ハンコック: 本当にそうですね。「イマジン・プロジェクト」というアルバムを共同で作り上げたグループの一つに、西アフリカのマリ北部出身の「ティナリウェン」という楽団があります。その楽団と一緒に作った歌に、「若者と自分の体験を分かち合う」「若者の声を聞く」という内容が入っていました。体験から学んだ智慧を共有することは、人を育てるのに不可欠です。

 私が若かったころ、音楽的に成長を遂げるための答えを探し求めていた時、本当に多くの音楽の先輩たちが自分たちの体験を分かち合ってくださり、励まし、助けてくれました。
 今、わが人生を振り返ると、もし自らの体験を喜んで共有してくれたあの先輩たちがいなかったら、今日(こんにち)の自分はなかったと実感します。だからこそ私も、若者に自分の体験を分かち合うというジャズの伝統を引き継ぎたいと思っています。私の体験がちょっとでも彼らの成長に役立ち、何らかの糧(かて)になればと思っています。

池田: 大事なお話です。「あの人がいたから、今の自分がある」――それは、多くの学会員が持っている感謝の真情でしょう。

 青年を育てるには、「会う」「語る」そして「一緒に行動する」ことです。「体験を共有し合う」ことです。「断じて、この人を人材に」という情熱を持って、真剣に祈り、真心を尽くしたことは、必ず相手の心に「種」となって残ります。今は目に見えなくとも、必ず大きく花開く時が来ます。私が青年時代から心してきたのも、この一点です。

 仏法では、「物たね(種)と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり」(御書971ページ、「御衣並単衣御書」)と説かれています。人材育成とは、励ましの種、触発の種を蒔(ま)き続ける挑戦といってよいでしょう。

ハンコック: 未来は、他のどの世代よりも、若い世代の発想と努力で決まると信じます。未来はそれを必要としています。現状維持や、従来のやり方を大きく飛び越えるには、多くの労を要します。今、必要なことは、全く新しい地球規模のビジョンを創造することです。それが出来るのは、青年しかいないと思います。なぜなら彼らは、私たちのように古いやり方に束縛されていないからです。今はまさに、全く新しい挑戦の時です。
 先生が言われるように、未来のために種を蒔く時です。

池田: わが師・戸田先生は、青年を絶対的に信頼してくださる指導者でした。

 青年を信じ、青年に託す以外にない――それは、戦時中の大弾圧を、牧口門下生として、ただ一人耐え抜かれた先生の結論でもありました。

 先生は、「一人の青年が命をかければ、広宣流布は必ずできる」と、私を薫陶してくださいました。その師恩に応え抜くために戦ってきたのが、私の人生です。
 ともあれ、青年を見下したり、利用したりしては、絶対になりません。
 いずこの世界でも、青年を尊敬し、青年の持てる創造性を伸びやかに発揮できるようにしてこそ、新しい挑戦が生まれ、新しい発展が開かれます。

ショーター: 音楽界の新しい挑戦という意味では、私は、即興演奏するオーケストラが出現してもいいと思っています。演奏前には楽譜を見ても、演奏中は閉じてしまうのです。
 それには、高度なイヤートレーニング(耳の鍛錬)が必要です。即興で演奏しながらも、バイオリンやその他の弦楽器を含む、全ての楽器が出す音をお互いに聴き合えるようなレベルにまで達した時、自ずと即興の交響楽が始まるのではないでしょうか。そこでは指揮者がいなくても、お互いの出す音に時間的なズレはありません。
 すでに小さな室内楽団が、これに似た試みをしていると聞きました。彼らは、たくさんのイヤートレーニングを、皆で一緒に行っています。
 実は、私たちの楽団の4人も毎晩、ステージの上で、それを行っているのです。このことを通して、今まで考えられなかったような深い自覚が生まれ、一人一人のリーダーシップが高まりました。メンバーの境涯が高まるので、各人が大きな尊敬を受けるようになり、一人一人が真にリーダーの役割を果たす楽団となると思っています。
(2011年12月2日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.12.12 16:21:06
2011.10.30
「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」

第14回 地球と人間の律動(下)


ハンコック: 音楽は、人々を結びつける極めて有効な方法です。この、人々を結束させるチームの一員でありたいと思っています。最近では、人々の間を引き 裂く状況があまりにも多く、そこから紛争が起こり、多くの人々が犠牲になっています。人々を結束させる方法を見つけることが、ますます重要になっていると 思います。その一つの方法が音楽だと信じています。

池田: そうです。一緒に音楽を演奏し、一緒に音楽を味わう。それは、明るく賑やかな友情の前進であり、平和の行進です。
 ジャズでは、よく互いに目配せし合ったり、驚いたような笑顔を交わしたりと、本当に楽しそうに演奏していますね。皆さんが折々の会合で披露してくださった記念演奏などで、特に感じてきました。

ショーター: いつも温かく見守っていただき、ありがとうございます。
 大事なのは演奏者として、より陽気に、より笑顔でいることです。沈んだ重い心も、快活な心へ転換していくのです。
 そういえばハービーと一緒に、各国首脳の前で演奏したこともあったね。

ハンコック: ああ、覚えているよ。さまざまな国の大統領や代表の種々の会議があり、最終日に、その演奏会がありました。私たちは、パフォーマンスのゲストに呼ばれたのです。
 ウェインと私と何人かの演奏家は、始まる前に題目を唱えました。舞台に上がり、演奏を始めると、すべてがうまくまとまりました。すべてがしっくりいきました。
  私は、演奏が始まる前の聴衆の様子を覚えています。異なる国のリーダーたちは、双方見合いながら、お互いに距離をおいていました。しかし、演奏が始まる と、少しずつ、前の方へ移動してくるのが分かりました。組んでいた腕を開いて、笑顔になっていました。私たちは即興で演奏していたので、皆、演奏を楽し み、私たちとの旅の一時を楽しみ、良い時間を過ごしていました。演奏が終わると、総立ちで、拍手喝采となりました。

池田: 劇的な光景ですね。即興の名演奏に触れた心からの感動が、巧まずして人々に差異や隔たりを忘れさせ、「人間」という共通の大地に立たせていった──。まさしく平和を創造する音楽の力を象徴しています。
 20年ほど前、ロサンゼルスを訪問した折、アメリカの多様性を讃えて、一詩(「新生の天地に地涌の太陽」)を贈りました。

自らのルーツを索(もと)めて
社会は千々に分裂し
隣人と隣人が
袂(たもと)を分かちゆかんとするならば
さらに深く 我が生命の奥深く
自身のルーツを徹して索(もと)めよ
人間の“根源のルーツ”を索(もと)めよ
そのとき 君は見いだすにちがいない
我らが己心の奥底に
厳として広がりゆくは
「地涌」の大地──と!

その大地こそ
人間の根源的実在の故郷
国境もなく 人種・性別もない
ただ「人間」としてのみの
真実の証の世界だ
“根源のルーツ”をたどれば
すべては同胞(はらから)!
それに気づくを「地涌(じゆ)」という!

 いかなる差異も超えて、人間根源の大地に根ざした生命の連帯を広げゆくのが、創価の文化運動なのです。
(2011年10月29日付 聖教新聞)







最終更新日  2011.10.30 14:20:50

「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」

第14回 地球と人間の律動(下)

「生命」こそ人類共通の大地

ショーター氏 異文化への尊敬は創造の目覚め
ハンコック氏 異文化との協調は人を結ぶ磁力


ショーター: 池田先生、アフリカの名門ザンビア大学からの名誉法学博士号のご受章(2011年9月25日)、誠におめでとうございます!
 国境を超えた「平和」と「人権」への貢献に対する、最大の尊敬と感謝が込められています。

ハンコック: 本当に嬉しいことです。アフリカの大学ということで、私たちにとっては、二重のお祝いの気持ちになります。
 ザンビア大学の初代総長は、アフリ力の賢人として名高いケネス・カウンダ元大統領です。元大統領からも、真心あふれるメッセージが寄せられていましたね。

池田: 恐縮です。これも、ザンビアの同志がよき国民、よき市民として社会に貢献されているからです。
 とくに、ザンビア大学の教壇に立ち、ザンビアSGIの理事長であられた、亡きダーリントン・カラブラさんのことが偲(しの)ばれます。
 奥様のハツコさん、また後継の青年たちが、その尊き志を、立派に受け継いで、活躍してくれています。
 ザンビアをはじめ、40カ国に広がったアフリカSGIの同志と共に、私は今回の栄誉を拝受させていただきました。
 ザンビア大学のご一行を、わが高等部の正義合唱団は、ザンビアの「ティエンデ・パモジ(さあ! 心を一つに団結しよう!)」という歌を美事に歌い上げて、歓迎してくれました。それはそれは喜んでいただきました。
 その国の文化を、深い尊敬の心で学び、生き生きと弾む命で共鳴を奏でゆく──。これは、未来へ広がる希望の音律です。

ハンコック: ここにも、池田先生が創ってくださった、すばらしい文化交流の潮流がありますね。
 一口にアフリカといっても、言語だけでも一説には800種類以上あると言われます。北アフリカ、南アフリカ、西アフリカ、中央アフリカなど、それぞれの地域によって大きく異なります。
 この多様性が大きな特徴であり、豊かな文化の源泉となっています。

池田: そもそも約3千万平方キロというアフリカ大陸の総面積は、アメリカ合衆国の3倍の広さになりますね。
 そこには、万年雪が輝くキリマンジャロのような山岳地帯もあれば、砂漠、熱帯雨林やサバンナ、多種多様な気候地帯が広がり、ヨハネスブルクやナイロビなどの大都市には高層ビルが林立しています。
 さらに民族間の交流、またキリスト教やイスラムの文化の影響も相俟って、多彩な文化や音楽が生み出されているのですね。

ショーター: アフリカは、ともかく多種多様です。
 私が忘れられないのは、そのアフリカの26カ国の駐日大使館の総意で1991年、池田先生に「教育・文化・人道貢献賞」が贈られたことです。また昨年(2010年)も「在東京外交団」の総意で「アフリカ友好記念牌」が贈られました。
 特に1991年の顕彰は、あの邪宗門による学会への「破門通告書」が一方的に送りつけられた翌日だったのに、先生はいつもの通り変わらず、世界のSGIの同志にも大いなる勇気を贈ってくださいました。
 「池田先生はアフリカの心を、アフリカ人以上に知っている」と語った識者もいます。先生の平和思想と行動がどれほど卓越していたかを物語っていると思います。
        
ハンコック: その通りですね。
 アフリカ大陸は、人類発祥の地であると共に、人類共通の大地であると思います。
 私は、ケニアに初めて行った時のことを覚えています。サファリ・ツアーは最も感動的な体験でした。ナイロビから自然保護公園に向かって、1時間ぐらい行ったところで最初に見たのは、キリンの家族が道を渡っている姿でした。
 キリンは、何度も動物園で見たことがあります。それなのに、私は、自分が涙していることに気がつきました。
 「なぜ、私は泣いているのだろう?」
 「なぜ、こんなに心が揺さぶられたのだろう?」──キリンが自然の草地で「生」を営んでいる姿を見て、私は、初めて、実際にケニアの地を訪れたという実感を得ることができたのです。
 その後、ケニアでの自分の反応は、ただ単に私のアフリカの祖先の地を訪ねているという感覚より以上に、もっと深くて根源的なものとの一体感であったと感じました。このことを、ある日本人の友人に話すと、彼も同じ体験をしたと言うのです。
 それで私は、ケニアに行って、それほどにも感動するのは、「人間としてのルーツ(根)」ゆえだと感じました。

ショーター そうです。アフリカには、人間に人間としての自覚を促し続ける「栄養素」を運ぶ文化のルーツがあります。

池田: 以前、アフリカのSGIリーダーに、「なぜアフリカ音楽が国境を超えて、世界の人々の心を打つと思いますか」と尋(たづ)ねたことがあります。
 「アフリカが人類のルーツだからだと思います」と誇り高く答えてくれたことを思い起こします。
 根(ルーツ)が深いほど、枝は大きく茂ります。アフリカが湛える奥深い人間文化の根っこは、世界の宝です。
 ともあれ、人間には「生命」という共通の大地があります。その生命の大地から、人類は、まだまだ尽きることのない創造のエネルギー、発展の智慧を湧き上がらせていくことができます。

 法華経に説かれる「地涌の菩薩」とは、濁世の真っ只中で民衆の幸福のために、無限にして永遠なる大生命力を発揮して戦う勇者です。

 日蓮大聖人は、「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書1300ページ)と仰せになられました。
 わがアフリカにも、この地涌の生命を旭日のように輝かせて、青年たちが澎湃と踊り出ています。

ハンコック: アフリカは我々を暗闇から救い出す潜在能力をもっています。アフリカは私たちに多くの面で影響を与えてきました。
 例えばピカソの絵画を取り上げても、彼は明らかにアフリカ芸術から影響を受けました。しかし、ピカソにひらめきを与えたアフリカ人たちが、その功績を認められることは、ほとんどありませんでした。
 同様に、西洋が発見し、創造したとされる多くの発想の中にも、アフリカからの影響を受けているものが数多くあります。その場合、発想をした人々は「生徒」であり、その「教師」はアフリカから来たと言えるのではないでしょうか?
 私は今後、さらに「アフリカ大陸発」のものが数多く存在することが分かり、それらが未来をより建設的に形成していくであろうと確信しています。

池田: 「教師」と「生徒」というのは、的を射て分かりやすい例えです。
 私たちが交流を深めてきた、アルゼンチン・タンゴの巨匠マリアーノ・モーレス氏も、「タンゴの呼称はアフリカの打楽器を伴う踊りのリズムに由来しています」と語られていました。驚きました。そうした淵源の探求は、文化に一層の深みと新たな活力をもたらすことでしょう。

 翻(ひるがえ)って、日本も、中国や韓国の文化に大恩があります。
 日蓮大聖人は、「日本国は彼の二国の弟子なり」(同1272ページ)という表現もされています。ですから、「そうした国々の大恩を絶対に忘れてはならない。その恩義に報いていくことが人間の正しき道である。そこから未来へ共に勝ち栄えていく力が生まれる」と、私は青年たちに折あるごとに訴えてきました。

ショーター: 自分たちの文化が発達する時には、他の文化からの恩恵を必ず受けています。その恩を知ること、その「感謝の心」は、私たちの智慧を成長させる“薪”です。
 何かを成し遂げた時に、何にも感謝せず、先人をさしおいて、まるで、すべて自分でやったかのように振る舞うことは恥ずべきことだと思います。

池田: その通りです。私たちは一人では存在しません。国もそうです。多くの国々と支え合いながら存続している。人種・民族や文化の差異を恐れたり、拒否したりするのではなく、尊重し、理解し、自他共の成長の糧とすることです。
 同時に、私たちは過去と切り離して存在できません。必ず先人たちの営為や文化の恩恵に浴しています。
 生命の連関性をそのように認識する智慧こそ現代に求められるものです。
 仏法の「縁起の思想」は、その智慧に目覚めていくことを促しています。

ハンコック: よく分かります。かつて音楽監督を務めた「東京JAZZ」や、このたびの「イマジン・プロジェクト」のアルバム作りで体験したことですが、自分とは異なる文化をもった、さまざまな文化的背景の人々と一緒に仕事ができることは、私たちにとって、胸躍るようなことでした。
 このような取り組みへと私たちを動かした最大の理由は、そうしたグローバル・コラボレーション(地球規模の共同制作)が、私たちの好奇心を超えて、人間の魂を引きつける強力な磁力のような魅力を持っていたことにあったと思います。
 私は、どこで演奏しても、人々に語ります。「私は、自分たちの文化を開いて、他の文化を取り入れ、尊敬することによって、どんなことが達成できるか示したいのです。自分たちだけの文化のみでは達成できない、もっとたくさんのことが、どれだけ達成できるかを示したいのです」と。それは一緒に作業することによってのみ可能です。新しい発想であり、新しい物事の見方です。

ショーター 私はジャズとは創造性に「目覚める」ことだと思っています。
 以前、私か知り合った何人かのクラシック音楽の演奏家が、私たちのステージを見て、コラボレーションを申し出てきたことがありました。
 さらには、私たちのコンサート終了時に、一人のクラシック音楽のピアニストが私たちの楽屋を訪ねてきて、私の楽団の仲間の一人に語りかけてきたこともありました。
「いやあ、君らの演奏は実に新鮮だね! 私には、本物の人間性から発せられる音楽と、現代的で巧みであるが、事前に準備された音楽との違いが分かるんだ」と。
 これに対して彼は答えました。「僕らが望むのは、よくデザインされた巧みな音楽ではなく、人間味のある音楽、生命を目覚めさせる音楽です」と。

池田: 新しい創造への勇気、若々しい生命の冒険──それは、国境を超えて人々に愛される、ジャズの魅力ではないでしょうか。(下−2につづく)
(2011年10月29日付 聖教新聞)








最終更新日  2011.10.30 14:20:15
「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」

第14回 地球と人間の律動(上)

万人の善性を引き出せ 解き放て

南アフリカの英知の言葉
「忍耐の人に不幸はない」

ジャズの魂の故郷、人類の命の故郷・アフリカ

ショーター氏 音楽は生きる喜びを讃える“言葉”
ハンコック氏 音楽は1000年の歴史を伝える“記憶”


池田: アフリカは、ジャズの魂の故郷であり、人類の命の故郷です。
 私は長年、「21世紀はアフリカの世紀」と主張し、交流を深めてきました。人類の発祥の天地が栄えずして、21世紀の繁栄はありません。
 アフリカは、いずこの大陸にもまして、苦難を余儀なくされてきました。
 一番苦労した人が、一番幸福にならねばならない──これが仏法の精神です。
 そしてまた、だからこそ、私は、大震災などの災害を乗り越え、復興に汗を流しておられる皆様方の幸福勝利を真剣に祈っています。
 「忍耐の人に不幸はない」──これは、南アフリカのマンデラ元大統領の故郷の格言です。この不屈の信念を、元大統領と語り合ったことも、忘れ得ぬ歴史です。

ハンコック: マンデラ氏は、正義と人間主義の賢者として、驚くべき模範の存在です。(アパルトヘイト=人種隔離政策の)圧政に苦しんだにもかかわらず、自分の心の中に復讐心が入り込むことを決して許しませんでした。氏は、27年半の投獄という、実に最悪の状況下で、さらに進歩した人間へと成長しました。
 その出獄の勝利の年(1990年)に、マンデラ氏は日本を訪問し、池田先生とお会いされたのですね。

池田: その通りです。この正義の大英雄を、多くの青年たちと熱烈に歓迎させていただきました。
 獄中で学び続けておられたマンデラ氏は、雑誌に載った私の言葉にも目を止めてくださったようです。
 この年、マンデラ氏は72歳。
 今のショーターさんや、ハンコックさんと同じ年代でした。
 私は、釈尊が「一切衆生の平等」と「永遠の生命」を明かした「法華経」を説き始めたのが72歳とされることを紹介し、「いよいよ、これからですね」と申し上げました。
 大統領として再び来日された氏と、嬉しい再会を果たしたのは、5年後のことです。

ショーター: 私たちも、「いよいよ、これから」という不屈の闘志で戦います。
 クリントン大統領の第2期の時、私はホワイトハウスでマンデラ氏を初めて見ました。
 氏は、決して変節しない人物でした。氏について思う時、いつも平和の特使・実践者として、マハトマ・ガンジー、マーチン・ルーサー・キング、そして池田先生のことが頭に浮かびます。

 マンデラ氏は若いころ、ボクシングをしていました。氏にとってボクシングは、互いにしのぎを削りながらも、その中で両者が対等の人間として学び合い、相対することであったといいます。氏は、実際の人生にあっても、まるで防具を身につけているかのように、確信をもって相手に立ち向かったのです。

池田: マンデラ氏との語らいは尽きず、一緒に歩きながら、「迫害を乗り切り、戦い勝ってこそ、偉大な人生です」とも語り合いました。
 あの「マンデラ・スマイル」は、「こんなに素晴らしい笑顔をもつ人を大統領にした国民は幸福だ」と世界から讃えられましたね。

ハンコック: マンデラ氏が南アフリカ共和国の大統領になった時、その視座は、皆の期待も不安も超えて、はるかに壮大でした。南アフリカの中の黒人だけでなく、全国民の大統領であることを自覚していたのです。
 氏は、それまでのアパルトヘイト政府に従事した白人職員を排除するのではなく、移行策への力添えとして、彼らの多くをそのまま採用しました。全く予想外のことでした。氏は、そのようなビジョンをもって、いかにすれば国を堅持して崩壊を防ぐことができるかを考えながら決断を下していったのです。それは見事に成功しました。
        
池田: マンデラ氏の大きさ、深さが、人種を超え、一人一人に脈打つ人間の善性を引き出し、開花させ、解き放っていったのです。偉大な人間教育者でもありました。
 最初の会見の折、私も、教員や留学生の相互交流、南アフリカの大学への図書贈呈、南アフリカの芸術家を招いての民音公演、アパルトヘイトの惨状を訴える写真展や人権展の開催を提案しました。一つ一つを、全力を挙げて実行してきました。
 信義の交流は、今も変わりません。

ハンコック: 当時、ここまでの約束をし、それを果たした人がいるでしょうか。マンデラ氏にとっても、どれほど支えとなったか知れません。
 氏が命を賭して、まさに池田先生と語り合われた通りの道を進み抜いたからこそ、南アフリカは、非常に困難な移行期を勝ち越えることができたのでしょう。南アフリカは、昨年のサッカーのワールドカップでも大成功を収め、力強く発展を続けています。

池田: ともあれ、アフリカには大いなる魅力が満ち溢れています。
 先日のSGI(創価学会インタナショナル)の青年研修の折にも、アフリカの青年たちが披露してくれた、大地から湧き出でるような群舞に、世界の友が感嘆しました。
 民音では、アフリカの10を超える国の伝統音楽・芸術を日本に招聘してきました。毎回、会場では一緒に踊り出す人がいるほど、アフリカの音楽には“生命の根底”を突き動かすリズムがあります。こうした交流から、互いの文化の宝を発見できます。学び合うことは進歩と向上の力になります。

ショーター: 私も、アフリカ大陸は、数100万年前の人類の発祥以来、存在してきた文化の営みへの自覚を常に持ちながら、発展していくであろうと期待しています。このような文化の営みは、彼らの食事、飲み物や考え方と関係します。また、遊んでいるように見える音楽であったとしても、実は文化的な儀式だったりします。
 そもそも音楽の役割とは、「生命」というもの、つまり「生きていることの不思議さ」を感じた時の高揚感や、喜びを祝うためにあるものだと思います。その喜びや驚きは、簡単に言葉で表すことはできない。だからこそ、音を使って喜びを表し、祝うのではないでしょうか。私は、その原点をアフリカの音楽に感じるのです。

ハンコック: 音楽は、アフリカ人の生活の様々な面に溶け込んでいます。それが農耕であれ、労働や宗教にかかわることであれ、彼らの生活のさまざまな側面から音楽を切り離すことは不可能です。彼らの日常生活に深く溶け込んでいるからです。

池田: 文字ではなくして、言葉、声という音の響きによって表現される口承文学も、アフリカの文化全体に通じる大きな特徴ですね。

 「声仏事を為す」(御書708ページ)、「声を聞いて心を知る」(同469ページ)等々、日蓮仏法においても「声」の重要性に繰り返し言及されています。ケニアの作家協会会長であるヘンリー・インダンガシ博士とも、アフリカの悠久の大地に、大河のごとく流れ通ってきた口承文学の伝統を語り合いました。

ハンコック: 西アフリカ地域では、各民族の歴史は、伝統的に「グリオ」と呼ばれる語り部・吟遊詩人によって伝承されます。それは口承の歴史です。そこでは今もグリオの家系の家族があり、物語が世代から世代へと伝えられます。そうです! それはいまだに存在するのです。
 この口承の歴史は、音楽を通して伝承されます。グリオたちは、楽器を奏でて、音楽を使って、歴史の伝承のみならず、それを記憶するための手助けをするのです。ここで述べている歴史というのは、1000年にわたるような壮大な歴史の物語です。

池田: そうですね。アフリカのある地域では、言葉の代わりに楽器を使って遠距離などでの会話を行う“楽器ことば”があるとも聞きました。
 音楽にのせて、遠い過去から現在へ、そして遥かな未来へ、物語が伝えられ、歴史が継承され、精神が継承されていく──。世代から世代へ、魂の声の響きによって、心が結ばれ、文化が共有されています。この事実は、現代社会が失いつつある心の絆を、どう取り戻すかを、私たちに示唆してくれます。
 創価学会が、座談会という対話の広場を大切にし、歌声を大切にしてきたことも、アフリカの心と深く共鳴しています。

ハンコック: 私もそう思います。そもそも歌うことは、大陸の中の全てのアフリカ人の生活にとって大事な部分です。そのことを、私は現地で知りました。

池田: 歌は「うったう(訴う)」ことです。天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます。歌は生命を解放し、強め、清める力がある。古代エジプトでは、音楽は「魂の薬」とも呼ばれたという。アフリカの伝統歌謡には、そうした素朴な祈りと心が深く込められていると、私は感じとってきました。

 私自身、多くの学会歌を同志の励ましになればとの思いで作ってきました。「紅の歌」を、四国の青年たちと一緒に作ってから、30年になります。青年が徹夜して持ってきてくれた歌詞の原案から出発し、何度も何度も推敲しては口ずさみました。青年と一緒に納得できるまで、徹底して取り組み、完成させた歌です。
 今、世代を超え、国を超えて、歌い継がれており、嬉しい限りです。

ハンコック: 「紅の歌」は、私も、ウェインも大好きです。
 アフリカ音楽の大部分は、まさに即興です。それはリズム音楽だけではありません。メロディーを奏でる楽器もあります。西洋人は、アフリカ音楽はハーモニックではなく、ほとんどがリズミックだと考える傾向がありますが、アフリカには、色々なホーン(管楽器)があります。声楽の種類も沢山あります。
        
ショーター: 私は中近東やブラジル、東洋の音楽だけでなく、アフリカの宗教儀式の音楽の要素を取り入れてきました。なぜなら、人間としての素朴さ、人間としての自然さの重要性を現代に訴えたかったからです。
 現在、多彩な楽器を持つ、完璧な陣容のオーケストラと共同作業しながら、その音楽的色彩の全てを使って、「新たな日」について語る音楽作品を作曲しています。

池田: 「生命の讃歌」「創造の喜び」が、アフリカ音楽の根底に流れているとも言えますね。音楽や文化を通して、人間本来の感動を共有し、共に生き生きと人生を蘇生させていく意義はあまりにも大きい。
 アフリカの人々は、苦労に苦労を重ねてこられた。筆舌に尽くせぬ苦しみを乗り越えて、たくましく生き抜いてこられました。私は、歴史学者のトインビー博士とも、アフリカが人類の未来に果たす役割は計り知れないと語り合ってきました。
 21世紀──それは、世界がアフリカの心に学ぶ時であり、アフリカの力によって世界が新しく変わる時だと信じています。
(2011年10月28日付 聖教新聞)






最終更新日  2011.10.30 14:14:05
2011.09.25
「♪魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る」

第13回 アメリカの理想を詠う (下)

前進こそ勝利 前進する人が勝者!!


 ショーター氏 向上のチャンスは常に「今この時」
 ハンコック氏 艱難を乗り越えてこそ道は開く

池田: 「9・11」事件は、アメリカ創価大学(SUA)の第1回入学式から、わずか18日後の出来事でした。その中で、誉れの第1期生は、SUAのモットーの一つ「平和連帯の世界市民たれ!」の意義を真剣に思索(しさく)し、自分たちの使命を確かめ合いながら、力強く歩み出してくれました。
 SUAでは、あのテロで大好きな父を亡くした姉弟も学んできました。断じて負けないで、お母様を守りながら、懸命に学び抜いて卒業し、今、学究また教育の分野で大活躍しています。強く明るく生き抜くご一家の勝利の晴れ姿が、私は本当に嬉しい。
 ショーターさんとハンコックさんのお二人も、幾度となくSUAを訪問し、学生たちを励ましてくださいましたね。

ショーター: 私たちこそ、アメリカ創価大学やアメリカSGIの青年たちに、いつも「希望の光」を送ってくださる池田先生に感謝申し上げます。
 アメリカには、青年への激励が必要だと感じます。なぜならアメリカの未来は、青年の手中にあるからです。
 そしてまたアメリカは、今後ますます、世界の舞台で、とても青年らしい役割を果たしていくと思います。建国200年を過ぎたばかりの最も若い大国の一つなのですから!

池田: 私も、そう信じます。アメリカSGIメンバーは、青年を中心に「平和の文化の建設」展や「ビクトリー・オーバー・バイオレンス(VOV=暴力に打ち勝つ)」運動を展開し、全米に生命尊厳と人間革命の哲学の潮流を起こしました。VOV教材を使った「非暴力教育」は、地域の公立校でも採用されました。
 試練があればあるほど、生き生きと活力を漲らせ、一人一人が新たな可能性を開きながら、雄々しき挑戦の連帯を広げていく。私は、そこにアメリカの偉大な精神を感じます。そうした気風を心から尊敬し、愛する一人です。
 それはまた、仏法の精神にも通じます。
 妙とは「開く義」「具足(ぐそく)・円満(えんまん)の義」そして「蘇生(そせい)の義」と明かされている通りです。

ショーター: アメリカは、合衆国憲法の精神とその意図していることを守らなければなりません。合衆国憲法には、さまざまな解釈が可能で、意見の不一致を生むような内容が含まれています。それらは憲法発布の当初から現在に至るまで政治的論議の中心的な問題となってきました。
 これらの問題は、私たちが自分たちで考える必要があり、一種の対話のきっかけとなるものです。合衆国憲法のこの特徴は、ジェファーソンをはじめ建国の父たちが意図的に盛り込んだものです。それをアメリカの若者たちは理解しなければなりません。
 私は、そうした対話についての発想は、「意見の相違があるとゲームで解決した」というアメリカの先住民の知恵からも学ぶことができると、ある本で読んだことがあります。しかし、それは本で読む以前に、池田先生に教えていただいたことです。

池田: アメリカは「青年の国」です。「永遠の完成」に向けて、決然と歩みゆく「未完成」──そこに、私は開拓の生命の躍動を感じます。
 人々は青年の魂を愛するように、その伸びゆく息吹に魅了されてきました。建国の父たちの発想に、先住民の知恵が合流していたことも、本来、青年らしい「学ぶ心」と無縁ではないでしょう。

ハンコック: アメリカ、そしてアメリカの同志に対する先生の温かいまなざしと慈愛に感謝します。
 アメリカ合衆国は、希望に輝く世界である反面、移民の国としての建国の歴史の中で、不名誉な過去をもっています。先住民の大虐殺(だいぎゃくさつ)を犯し、奴隷(どれい)を連れてきて、奴隷制度も用いました。それは、大変に汚れた過去なのです。
 にもかかわらず、今のアメリカの姿を見ると、長年にわたるこれら「過去」の行為の負の影響をしのぐ事業を、さまざまな形で開始しました。そこから新たな文化の形が現れました。
 例えば、アメリカの文化の形成は、音楽や言語やファッションに関して言えば、明白にアフリカ系アメリカ人社会のトレンドから直接、影響を受けており、これらの貢献は、アメリカ人の生活の中に深く取り込まれています。
 文化に対して開かれたこの態度は、アメリカの偉大さを表しています。下層階級の地位の低かった人々が、アメリカ文化を形成する上で、そのリーダーになったことは、まさに、アメリカの偉大さを示す一例です。
 今や、アフリカ人を父に持つ大統領も誕生していますが、それは終着点ではなく、アメリカがその偉大な未来性を今なお維持していることを示す、世界への明確なメッセージです。
        
池田: アメリカの若々しい創造力は尽きません。そのみずみずしい文化が育んだ象徴的な詩人が、私も青春時代から親しんできたホイットマンです。
 ホイットマンの詠うアメリカとは、理想の社会、未来の来るべき社会としての“アメリカ”です。
 「“人の自主”をわたしは歌う、素朴な、個の人間を、
 が、それにもかかわらず口にする、“民主的”という言葉を、“大衆と一緒に”という言葉を」
 「わたしたちはここにぐずぐずしてはいられないのだ、
 愛する人々よ、わたしたちは進軍しなければならない、わたしたちは危険な矢面に立って耐えきらなければならない」(ホイットマン著『草の葉』富田砕花訳、第三文明社)

 個人の確立と民主主義を基盤とした人間の連帯。そして、そこに向けての誇り高き不断の前進と不屈(ふくつ)の闘争(とうそう)──アメリカの理想と使命をホイットマンは誰にでも分かる言葉で詠い、呼びかけました。
 そうした“理想のアメリカ”と“現実の合衆国”のはざまで、貴国は揺れ動いてきました。
「9・11」という歴史的な試練にも遭い、今も多くの課題があるかもしれません。しかし、アメリカは必ず、ホイットマンが詠ったごとく、理想に向かって進み続けるでしょう。

ハンコック: 本年、池田先生はホイットマン生家協会から「ウォルド・ホイットマン文学の英雄賞」を受けられましたね。あらためてお祝い申し上げます。
 アメリカで生まれたジャズも、一曲一曲は未完成といえます。演奏のたびごとに、完成へと向かっていく不断の挑戦です。
 だからこそ人々を引きつけてやまないのです。

ショーター: 理想的なアメリカを思うと、これまで失われたり、あるいは疎かにされたり、見落とされてきた事柄があります。
 詩歌等の活字、および音楽や演劇を通しての文化交流は重要な役割を担っています。これらの文化的な表現手段を通して、お互いを理解し合い、私たちの理想的なアメリカの姿を思い描くことができるのです。アメリカ社会の現実生活の中に、理想的なアメリカが映し出されるべきです。
 果たして「アメリカの現実」と「理想のアメリカ像」は、合致しているのでしょうか。残念ながら、「ノー」と言わざるを得ません。現実のアメリカは、私たちが望むアメリカの姿を反映してはいません。だから、私たちは自分たちの思い描くアメリカを創りあげなければならないのです。
 私たちの目の前にあるアメリカは、実は、私たちの内なる生命、内面の思考・言葉・行動の表れです。アメリカ人は、長年の傾向として、内面的な思考や内省から逃避(とうひ)しがちです。また、人々はいつも「私の内面的世界は、あまりにも私的なものだ」と言います。しかし、それは、大いなる「心の財」を他の人々と共有しないことの弁解に過ぎないのです。

池田: 大事な指摘です。
 仏法では「心の一法より国土世間(こくどせけん)も出来(しゅったい)する事なり」(御書563ページ)と説かれています。人間の「心の一法」のあり方で、国土も社会も大きく変えていくことができる。ショーターさんが言われるように、大いなる「心の財(たから)」を皆で共有する祈りと行動にこそ、この現実の社会に、人間共和の理想郷を一歩また一歩、築き広げていく道があるのです。

 詩や芸術も「心の財」の共有です。ホイットマン研究の第一人者であるエド・フォサム博士は、ホイットマンが考えていた「詩の本質」について、こう語られていました。
 「詩は、時代を超え、文化を超え、人々に開かれた“対話への心”を啓発する力を持っている」
 またホイットマンは、長い将来にわたり、合衆国にとって必要にして不可欠な問題として、「芸術を愛する国家へ変革していくこと」(ホイットマン著『民主主義の展望』佐渡谷重信訳、講談社)を挙げています。
 芸術は、内面との葛藤から生まれ、それを勝ち越えゆく力です。そこから“理想のアメリカ”を、さらに“理想の人類社会”を実現する生命の力が漲っていくにちがいありません。
        
ショーター: 私もそう念願しております。
 そしてアメリカは、今こそチャンスと捉えて、直面する困難な課題に取り組み、私たちの共通の未来に対する各々の役割を自ら進んで担っていく、そうした力を備えていると思います。それが、今、私の目に映っているアメリカの姿です。

池田: 「理想への前進」とは「間断なき連続闘争」のことです。
 私が、青年たちに何度も贈ったホイットマンの詩に、こうあります。
 「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて!
 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(前掲『草の葉』)

 宇宙は、森羅万象(しんらばんしょう)すべてが前進しています。私たちも前進するしかありません。座していては後退です。朗らかな前進こそ勝利です。生き生きと前進する人が勝者です。その意味で、毎日が出発なのです。

 ホイットマンを敬愛し、黒人の桂冠詩人と呼ばれたラングストン・ヒューズは「アメリカを再びアメリカにしよう。今までありつづけた夢にしよう」(『詩・民謡・民話 黒人文学全集12』早川書房)と詠いました。
 いかなる苦難があろうと、遠大な夢をあきらめず、挑み続け、ついに実現する。ここに、アメリカの底流に脈打ってきた、不屈の青年の魂があります。人類は、この希望の光を、今再び、若々しく生命の最も奥深くから輝かせていく時を迎えています。アメリカをはじめ、世界の創価の青年たちが、その先頭に颯爽(さっそう)と躍(おど)り出ていくことを私は祈っています。

ハンコック: 池田先生が、アメリカ創価大学に贈ってくださった歌「希望の光」には、次のような一節がありますね。

♪艱難に勝る教育なし
 いかなる闇も打ち破らんと
 我らはただベストを尽くすのみ……

 私の最新のアルバム「イマジン・プロジェクト」も、その完成まで、さまざまな困難を乗り越えなければなりませんでした。「もうダメか」と思うことも、何度もありました。
 しかしそのつど、唱題を重ね、御書を拝し、池田先生の指導に勇気をいただいて、不可能を可能にしたのです。
 そうして「艱難」を乗り越えて完成した作品が、私に音楽のみならず、さまざまな平和貢献の道を大きく開いてくれました。
 私たちはこの「希望の光」の歌を、師の信頼の励ましとして、命に響かせて前進していきます。

♪社会に打って出る
 我らの心は
 建設の絆で結ばれている
 我らは誓う
 正義の理想に向かって
 今日も対話の橋を架けようと!

(2011年9月16日付聖教新聞)






最終更新日  2011.10.30 14:06:33
「♪魂の人間讃歌 ~ ジャズと人生と仏法を語る」

第13回 アメリカの理想を詠う〈上〉

(上−1からの続き)


ショーター: 心から賛同します。
『灰の中から』 の副題は「米国へのテロ攻撃に応える心の声」でしたね。仏教、キリスト教、イスラム、ユダヤ教、ヒンズー教の各宗教を代表するリーダーをはじめ、世界の精神的指導者70人が寄稿しています。メディアでも大きく取り上げられ、多くのアメリカ人が求めて手にしました。

 池田先生は、そのなかで「たとえ時間がかかったとしても、人間にそなわる善性を信じ、そこに呼びかけ、働きかけていく 『文明間の対話』 という地道な精神的営為を、あらゆるレベルで重層的に進めていくことが肝要ではないだろうか」と呼びかけられています。
 まさに先生が示されている通り、理想の世界を創造するためには、「学習」や「対話」というプロセスが大切です。「急がば回れ」です。それは互いに学び合いなから、マイナスをプラスへと転換し、そして毒から薬を抽出していくプロセスです。

池田: 私は、その翌春、インドネシアを代表するイスラム指導者のアブドゥルラフマン・ワヒド元大統領ともお会いし、新しい対話を開始しました。それは 『平和の哲学 寛容(かんよう)の智慧(ちえ)――イスラムと仏教の語らい』 という対談集として結実しました。今こそ宗教間対話が大事であるという思いが、互いに強くありました。元大統領が音楽をこよなく大切にされていたことも、懐かしく思い出されます。
 文化を愛し、芸術を愛する人間同士の対話は、あらゆる差異を超え、心と心を結んでいく――これも、ワヒド元大統領をはじめ、世界の知性と一致した結論でもあります。

ハンコック: 私たちは、人々、特にアメリカ人を励まし、世界の人々や文化に感謝するよう促さなければなりません。なぜなら、この国は移民の国ですから、世界の他のすべての人々は、祖先をたどれば、私たちの兄弟姉妹であり、彼らの文化の中に私たちの文化の起源があるからです。
 アメリカ人が「開かれた心」を持ち、自分たちの社会の外側にいるかもしれない人々を理解し、その人々と対話し、そして、その人々に感謝するよう、励ましていくことが私たちの仕事です。

池田: 「開かれた心」そして「感謝の心」――キーワードですね。ジャズの巨人コルトレーン氏も、万事において、互いに「理解するよう努める」ことを強調していましたね。「理解があれば、きっと想像もつかないことを成し遂げられる」(前掲書)と。
ともあれ、暴力の連鎖(れんさ)に歯止めをかけるのは、「それでも対話を!」という人間の生命の奥底(おうてい)からの叫びであり、その粘り強い地道な作業です。
対話こそ意志が生み出すものです。非暴力とは真理に基づく運動であり、真の強さの証(あか)しなのです。

ショーター: 先生がおっしゃった、人の善性を信じ、語りかけるためには、自らの生命の境涯を上げなければなりません。そうすれば、対話が始まったときに肯定的な何かが生まれます。
 私は今、社会が「暴力」でなく、「対話」の選択肢へ向かっているような兆しを感じます。その「対話」への願望が「恐れ」から生じていなければ、なおさら良いことです。なぜなら、たとえ「対話」がなされても、そこに「恐れ」や相手を一方的に「判断」することがあれば、相手に耳を傾けていることにはならず、実りある「対話」にはならないからです。

池田: 「対話」というものの本質を鋭く突く言葉です。かのケネディ大統領は、有名な就任演説の中で訴えました。「決して恐怖から交渉してはならない。しかし、決して交渉することを恐れてはならない」(ケネディ著 『ケネディ登場』 高村暢児訳、中央公論新社)。この「交渉」という言葉を「対話」と置き換えれば、そのまま対話の心得ともなります。
 対話は、相手次第ではなく、自分次第なのです。恐れに支配されることなく、勇気をもって自分自身の心を開き、相手と対等な立場で語り合うことです。

ショーター: 敵と思う相手でも、真正面から向き合い、目と目で見つめ合えば、お互いが抱(いだ)いていた偽りの想定の向こうにあるものが見えてきます。同じ人間として接する時、何かが起こるのです。敵愾心(てきがいしん)に代わる新たなものが見えてくるのです。それは、「開かれた心」への道です。

池田: その通りです。先ほどハンコックさんが言われた通り、異なる文化的背景を持って集った人々が建設した多様性豊かな大地がアメリカです。
自由で気取らないアメリカ、明るく朗らかなアメリカ、創造性光るアメリカ――私の胸中に輝くアメリカは、虹のごとく多彩にして鮮やかです。

(2011年9月14日付聖教新聞)







最終更新日  2011.09.25 16:11:26

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