7883927 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

晴ればれとBlog

PR

Calendar

Category

カテゴリ未分類

(488)

ニュース話題

(358)

2019年「創立90周年へ 創価勝利の年」

(42)

わが友に贈る 聖教新聞

(3087)

今週のことば 聖教新聞

(530)

大白蓮華 巻頭言

(131)

「新・人間革命」と私

(100)

小説『新・人間革命』に学ぶ

(100)

師弟不二の共戦譜~小説「新・人問革命」と歩む~

(6)

池田先生と共に 新時代を築く 2019

(18)

<池田大作先生> 四季の励まし

(47)

随筆 永遠なれ 創価の大城

(36)

青春勝利の大道 創価新報

(110)

勝利の人間学 創価新報

(101)

池田先生のメッセージ

(188)

池田先生のスピーチ

(97)

友のもとへ 池田先生の激励行

(11)

世界宗教の仏法を学ぶ 池田先生の指導・励ましから

(37)

藍よりも青く「3・16」研さんのために

(6)

池田先生と共に 新時代を進む 2018年

(32)

池田先生と共に 新時代を創る

(32)

教学

(32)

グローバルウオッチ 共生の未来へ

(4)

「創価学会母の日」制定30周年記念

(9)

名誉会長と共に 今日も広布へ

(93)

生老病死を見つめて(完)

(36)

御書と歩む Ⅱ(完)

(166)

御書と歩む 池田先生が贈る指針(完)

(100)

御書とともに II

(74)

御書と青年

(26)

池田SGl会長指導選集

(93)

池田大作の箴言集より

(12)

随筆 民衆凱歌の大行進

(26)

指針・指導メモ

(51)

未来部

(6)

広布史

(121)

民音

(15)

池田先生の揮毫 永遠の一筆

(11)

東日本大震災

(27)

スピーチ&指導 聖教新聞 見出し

(66)

『今日のことば365』 池田大作 著

(639)

随筆 我らの勝利の大道 (完)

(135)

『女性に贈ることば365日』池田大作(著)

(364)

女性に贈る100文字の幸福抄 (完)

(154)

御書とともに(完)

(100)

「潮」池田大作の軌跡

(9)

名誉会長 折々の指導(全20回・完)

(20)

御書と師弟(全31回・完)

(45)

ジャズと人生と仏法を語る(全15回・完)

(39)

若き指導者は勝った(全18回・完)

(19)

覚え書き

(6)

教学部任用試験

(25)

2018年「世界広布新時代 栄光の年」

(58)

2017年「世界広布新時代 青年拡大の年」

(15)

今日の発心 御書

(634)

小説「新・人間革命」「誓願」の章

(139)

小説 『新・人間革命』第30巻

(138)

小説「新・人間革命」

(118)

歌声高く 誕生40周年の学会歌

(27)

勇気の旗高く

(40)

随筆 「人間革命」光あれ

(7)

ワールドリポート

(45)

WORLD TODAY――世界の今

(1)

心に御書を 池田先生が贈る指針

(9)

虹を懸ける

(6)

信仰体験

(189)

ライフウオッチ――人生100年時代の幸福論

(7)

2020年のテーマは「前進・人材の年」

(0)

ライオンハート 師子の誓い

(2)

Archives

Comments

anbo@ Re[1]:池田先生とオーストリアのウィーン(07/03) Keikoさんへ ウイーン!素晴らしい! ベ…
Keiko@ Re:池田先生とオーストリアのウィーン(07/03) 今ウイーンにいます。 SGIUkメンバーで題…
anbo@ Re:感謝です。(10/28) a.y.Kさんへ 「夫(そ)れ木をうえ候には…
a.y.K@ 感謝です。 いつもありがとうございます! 日本に住ん…
omachi@ Re:天皇陛下 即位の礼 
陛下のお言葉(10/23) お腹がくちくなったら、眠り薬にどうぞ。 …

全6件 (6件中 1-6件目)

1

藍よりも青く「3・16」研さんのために

2018/03/12
XML

世界青年部 
​「出藍(しゅつらん)の誓い」​


「その広布の大河の流れが
 歴史の必然であるか否かを
 君よ問うなかれ
 汝自身の胸中に
 自らの汗と労苦により
 広布を必然たらしめんとする
 熱情のありや無しやを 常に問え」
​(長編詩「青は藍よりも青し」)​
 
私たちは、創価学会を守り、
永遠に勝ち栄えさせる。
学会なくして広宣流布はなく、
広宣流布なくして
人類の幸福と平和は
ないからである。
 
広宣流布は、
誓願に立った「一人」から始まる。
その一人から一人へ、
波動を広げていくことが
「地涌の義」である。
 
私たちは
「一人立つ」ことを誓う。
「一人立つ」ことこそ、
池田先生の精神を継ぐことである。
使命の場所で一人立ち、
勝利することが、
広宣流布である。
 
私たちは
「一人の同志を守る」ことを誓う。
「一人を守る」ことこそ、
学会を守ることである。
世界の同志と団結し、
同志を守ることが、
広宣流布である。
 
私たちは
「一人に仏法を語り励ます」
ことを誓う。
「一人を励ます」ことこそ、
世界に希望の連帯を
広げることである。
友に仏法を語り、
幸福にしていくことが、
広宣流布である。
 
「一人立つ」
「一人を守る」
「一人を励ます」
ここにこそ、先生が示された
世界広布の実像がある。
「青は藍より出でて藍より青し」
私たちは、霊山の会座にて、
世界広布の記別を受けたる
地涌の菩薩である。
誓願に生き抜く私たちがいる限り、
「地涌の陣列」は
遥か未来へと広がり続ける。
広布の大河の流れは、
私たちが必然たらしめる。

2018年3月11日
青年部一同








Last updated  2018/06/06 05:16:00 PM
コメント(0) | コメントを書く
2018/02/24

藍よりも青く「3・16」研さんのために

​池田先生の指針に学ぶ 下   
自分の中に学会がある


 世界の池田門下の青年たちが、「世界青年部総会」へ向けて、広布拡大に駆けている。ここでは、前回に続き、「3・16」に関する池田先生の随筆やスピーチ等を、後継の誓いに燃える友の指針として紹介する。

毎日が決意の出発
 師匠の教えを実現してこそ弟子である。誓いを果たしてこそ弟子である。
そこに、私の最大最高の誇りがある。
 日蓮大聖人は、「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231ページ)と仰せである。
 決意の一念が、現在の行動が未来を決する。
 「3・16」とは弟子が立ち上がる、永遠の「本因の原点」の日だ。
 私にとっては、毎日が新しき決意の出発であり、毎日が「3・16」であった。
                      (『池田大作全集』第129巻所収、随筆「新・人間革命」「3・16」の大儀式を偲びつつ)

重厚な人材群
 青春には翼がある。嵐の海をも過り、天空の奥まで翔ける。
 青空には果てがない。青春の力にも限りがない。
 青空は世界を包む。青年の気概には全世界さえも狭い。
 たとえ雲厚くとも、天の高みには「永遠の青空」が輝いている。
 広布の遠征に風強くとも、「永遠の青春」の翼ある限り、目的地へと烈風をも自在に操(あやつ)れる。
 学会の「永遠の青春」の原点。師から弟子へ、生命から生命へ、御本仏の御遺命たる「世界広宣流布」への魂を伝えゆく日、それが「3・16」である。
 33年前(1958年=昭和33年)のこの日、恩師のもと、広布の模擬的儀式が行われた。
 6,000の地涌の若人の集ったこの日を、私どもは「広宣流布記念の日」と名づけた。
 この年の初め、恩師はつぶやいた。
 「もう何もいらない。ただ、人材が欲しい」
 今、私もまったく同じ気持ちである。いな戦野が世界に広がった現在、それ以上に、何百倍、何千倍の重厚な人材群が必要となっている。
                 (1991年3月16日付聖教新聞、池田先生のメッセージ「『魂の炎のバトン』を君たちに」)

誇り高き魂
 50年前の3月16日も、わが音楽隊、わが鼓笛隊の友は、「少しでも師匠に喜んでいただきたい」「同志を鼓舞(こぶ)したい」と、渾身(こんしん)の演奏を続けてくれた。
 この日、儀式の場には入らず、終日のわたって駐車場でバスの整理や警備に当たった青年もいる。人知れぬ陰の舞台で、幾多の精鋭たちが、私の分身となって同志に尽くし、この歴史的行事を美事に無事故で運営してくれた。
 師を思い、心で題目を唱え、真剣に大成功と無事故を祈り抜きながら――。
 この誇り高き「3・16」の魂が、創価班、牙城会、白蓮グループなど、学会の宝の人材群に厳として受け継がれていることが、私は何よりも嬉しく、何よりも頼もしい。
       (『池田大作全集』第139巻所収、随筆「人間世紀の光」永遠の師弟の原点「3・16」)

連続勝利のリズム
 式典から満1年の3月16日。私は恩師を偲び、青年たちに万感の心を語った。
 「この日を、広宣流布への記念の節にしていこう。青々とした麦のような青年の季節たる3月に、師のもとに青年部が大結集したことに、不思議な意義があるんだよ」
 さらに、私は、2周年の3月16日には、創価学会は、「3・16」「4・2」そして「5・3」と、連続勝利のリズムで、永遠に勝ち進むことを宣言したのである。
 勝つことこそが、後継の最大の証であるからだ。
 仏典には、仏の尊称(そんしょう)として「戦勝(せんしょう)」「勝導師(しょうどうし)」「勝陣(しょうじん)」「健勝破陣(ごんしょうはじん)」等々と説かれている。すべてを勝ち切っていく最高最尊の人間王者こそが、「仏」なのである。
                    (『池田大作全集』第138巻所収、随筆「人間世紀の光」「3・16」に弟子は立つ)

主体者の自覚
 私は、今、わが弟子である全青年部員の、広布に戦う尊き一人ひとりの頭に宝冠を捧げたい心境である。
 ともあれ、戦いに勝ってこそ、栄えある後継の冠を受ける資格がある。
 そのために大事なことは、第一に、生涯にわたって、仏勅のわが学会と共に生き抜いていくことだ。
 生涯、わが使命を貫き、信念の大道を堂々と走り抜いた人には、なんの悔いもない。
 古代中国の歴史家・司馬遷(しばせん)が叫んだごとく、「万(かなら)ず戮(りく)せ被(ら)ると雖(いえ)ども、豈(あ)に悔(く)
い有らんや」(必ず殺されようとも、どうして後悔などしようか)である。
 第二に、広宣流布の全責任を担って立つことである。
 「学会の中に自分がある」のではない。「自分の中に学会がある」という、主体者の自覚が大事なのである。
 青春時代より、私も、そうしてきた。たとえ、役職が最前線の一幹部であっても、学会のことは全部、わが課題であるととらえ、どうすれば一番、広宣流布が進むのかを悩み、考え、祈った。
また、戸田先生ならどうされるだろうか、どうお考えになるだろうかと、広宣流布の大将軍である先生のお立場に立って、万事に対処していった。それが、勇気ある広宣流布の王者の道である。
                     (『池田大作全集』第130巻所収、随筆「新・人間革命」 創価の戴冠式「3・16」)

会座は永遠
 創価学会の「宗教界の王者」の大行進は、あの昭和33年(1958年)の3月16日、戸田城聖先生と私たちの峻厳なる師弟の誓願から始まったのだ。
 そして、新たな50年へ、壮大な勝利の大遠征が、今、私と君たち本門の青年部との不二の結合によって始まっているのだ。
 「御義口伝」には「霊山一会嚴然未散(りょうぜんいちえげんねんみさん)」(霊山一会嚴然として未だ散らず)(御書757ページ)と引かれている。
 過去、現在、未来を貫いて、師と共に広宣流布を誓い、決然と師子奮迅の行動を起こしゆく生命の中に、「3・16」の会座は永遠に蘇り、継承される。
 その弟子の赤誠をば、師は王者の山・富士山の如く厳として見守っているのだ。
                                                      (『栄光への指針』)



長谷川理事長に聞く 
師との誓い果たす弟子に

 60年前の1958年(昭和33年)3月、男子部の先輩が「すごい儀式だったよ!」と満面の笑みで、「3・16」の式典に参加した感想を語っていたことを、今も鮮明に覚えています。
   当時、高校生だった私は、式典に参加できませんでした。学生部、男子部と活動に励む中で、「自分にとっての『3・16』とは」を問うようになりました。
 式典に参加できなかったからこそ、青年部時代から、「3・16」の精神を、池田先生の指導に求め、学びました。学べば学ほど、先生の「3・16」に対する深い思いが胸に迫ってきました。
今、私たちが「3・16」の精神を知ることができるのは、池田先生の戦いがあったればこそです。
                  ◆ ◇ ◆
 「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしておこうではないか!」
 同年3月、時の首相の来訪が決まった折、戸田先生が語られた言葉です。
 戸田先生は「模擬試験」「予行演習」とおっしゃいました。では、いつ「本番」の日が来るのか――そうした思いが、私の心の中にありました。
 池田先生は、こう述べられています。
 「『今』という、かけがえのないこの時こそ、三世を勝ちゆく儀式の時なのだ」
 「青年が『大願』に奮い立った時、新しい世紀は始まる。その時こそ、まさに『今』だ」
 「本番」とは「いつか」ではなく、「今」なのです。瞬間瞬間、自身の人間革命に挑むことが、「3・16」に脈打つ精神です。
 広宣流布は、「流れの到達点」ではなく、「流れそれ自体」です。だからこそ、「3・16」もまた、自分自身の勝利をもって迎える日であり、次なる勝利へ誓い新たに出発する日です。
 「3・16」の式典が終わった後、戸田先生は池田先生に「我々は、戦おうじゃないか!」と語られました。この闘争精神こそ、青年部が心に刻むべき魂です。
 今回の「世界青年部総会」を荘厳するのは、他の誰でもなく、戦い切った一人一人の「私の勝利」です。その喚起雀躍とした姿こそが、「3・16」60周年を光輝かせます。
                  ◆ ◇ ◆
 「3・16」から40年が経過した98年(平成10年)3月、池田先生は、随筆「新・人間革命」の冒頭につづられました。
 「我は、師弟の誓いを果たしたり。
 我は、同志の誓いを果たしたり。
 我は、わが信念の目的を果たしたり」
 60年前の式典で、戸田先生は「創価学会は宗教界の王者である」と宣言されました。それから40年経過した時に、池田先生もご自身の勝利を高らかに宣言されたのです。時を超えた師弟のドラマに感動を禁じ得ません。
 この随筆を拝読しながら、”師匠に「誓いを果たしました」と言い切れる弟子に成長しよう”と決意を新たにしました。
 ある時、池田先生は「私よりも何十倍も力ある本物の人材を育てたい」「100年、1,000年の基盤をつくるために、青年を育てたい」と、万感の思いを語られたことがあります。
 牧口先生を宣揚したのは、戸田先生です。そして、池田先生は、牧口先生、戸田先生の偉大さを世界に示しました。
 師を宣揚できるのは、「師の心」を「わが心」とする人です。どうか、青年部の皆さんは、一人一人が、その力ある人材へと成長してほしい。私も生涯、創価三代の会長の偉大さを語り抜いていきます


(2018年2月24日付 聖教新聞)







Last updated  2018/06/06 05:15:17 PM
コメント(0) | コメントを書く
2018/02/21

藍よりも青く「3・16」研さんのために


池田先生の指針に学ぶ 上
​君自身が「炎の走者」と立て​


来月行われる「世界青年部総会」を目指し、全国、全世界の青年が広布拡大に奔走し、自らの人間革命に挑んでいる。
ここでは「3・16」に関する池田先生の随筆やスピーチ等を、後継を誓う友の指針として上下2回に分けて紹介する。
 
闘魂を継承
「3・16」それは――
「広宣流布の闘魂」を継承する日である。
「正義の王者の誇り」に奮い立つ日である。
「師弟不二の完勝」へ出発する日である。
 あの日あの時、わが師・戸田城聖先生は師子吼なされた。「創価学会は宗教界の王者なり」と。それは、75万世帯の妙法流布の願業を成就なされた偉大な師の大勝利宣言であった。
 御聖訓には、「天・地・人を貫きて少しも傾かざるえお王とは名けたり」(御書1425ページ)と仰せである。
 王者の富士の如く、何があっても微動だにしない。何ものも恐れず、広宣流布の大遠征へ舞いゆく王者の宝冠が、弟子に授けられたのだ。
(『栄光への指針』)
 
世界が共鳴
 3月の上旬、時の総理大臣の参詣が16日と決まった時、戸田先生は、私に言われた。
「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしておこうではないか!」
 先生は「大梵天王・帝釈等も来下して……」(御書1022ページ)と御聖訓に仰せの、広宣流布の一つの姿を、青年に教えておきたいとのお心であった。
梵天・帝釈等の諸天善神の働きをする社会の指導者たちが、やがて御本尊に帰依する日が来ることを、儀式として示そうとされたのである。
 それは、「仏法の人間主義」に共鳴して、世界中の指導者が集い、友情を結び、人類の平和と幸福の実現を誓い合う姿と見ることもできる。
 今や、全世界から、国家や民族の違いを超え、政治、経済、教育、文化など、あらゆる分野の指導者が、我らSGIの理念と行動に、絶大なる共感と賛同をもって、仏意の創価学会を永遠に顕彰するために訪れてくださる。
誉れある、その一つ一つの儀式は、あの「3・16」の儀式の、精神の継承といってよいだろう。
(『池田大作全集』第130巻所収、随筆「新・人間革命」 創価の戴冠式「3・16」)
 
宗教界の王者
「宗教界の王者」とは、思想界、哲学界の王者という意義である。
王者の「王」の字は、横に「三」を書き、「一」の字を縦に書く。
「三・一六」の「三」と「一」に通じようか。
また、「六」とは、集い来った6,000人の使命の若人、そして、後に続く六万恒河沙の地涌の同志なるか。
「3・16」の大儀式は、「霊山一会嚴然未散(りょうぜんいちえげんねんみさん)」(霊山一会嚴然として未だ散らず)の姿さながらに、われらには思えた。
(『池田大作全集』第130巻所収、随筆「新・人間革命」「3・16」の大儀式を偲びつつ)
 
師との絆とは
  青年よ、ちっぽけな世の波騒を見おろしながら、大胆に生きよう。何ものも恐れず、壮快に動こう。堂々と真実を叫ぼう。
 君が燃えなければ、時代を覆う生命の闇は燃やしつくせない。君が走らなければ、正義の炎は、人々のいのちに届かない。君自身が、一個の「炎の走者」と立ち、動き、祈り、語り始めること、そこに「3・16」の本義があるのだ。
 諸君の力走の果てに、民衆の「栄光」と「勝利」の山脈が、都市が姿を現す時――その時こそ、わが「永遠の3・16」の儀式は、諸君の胸中に鮮やかに蘇り、新しき不滅の光を放ち始めるだろう。
その時、私と諸君との真の絆が固まる。
その日を私は祈りて待つ。信じて待つ。ひとり戦いながら待つ。
(1991年3月16日付聖教新聞、池田先生のメッセージ「『魂の炎のバトン』を君たちに」)
 
自身の歴史を
 青年部の世紀である。広宣流布の全責任を担い立ち、死にもの狂いで、自分自身の勝利の金字塔を打ち立ててもらいたい。
 今がチャンスである。何でもいい。何かで歴史をつくることだ。やれば自分が得をする。やらないで損をするのも自分である。諸君の戦いを、だれが見ていなくとも、御本尊が御照覧である。私は見守っている。
 今の十倍、いな百倍の勢いで、頭脳を回転させ、猛然と動き、正義を語りぬいていくことだ。あえて苦労を求め、みずからを鍛え、速度を増して成長していってほしい。それ以外にない。諸君の成長いかんで、学会の命運が決まるからである。
(『普及版 池田大作全集 スピーチ』2001年(1))
 
不二の誓願
弟子が自分中心の「小願」にとどまっている限り、師匠と不二にはならない。小さく、狭い自分で終わってしまう。
「大願」とは、師匠と同じ誓願にたつことだ。法華経の行者である師匠と、心を合わせて行動することだ。
その時、露を大海に注ぎ、塵を大地に埋めるように、計り知れない雄大な境涯が開かれていくのだ。
私は戸田先生と同じ心で、「一閻浮提広宣流布の大願」に立った! そして、勝って勝って、勝ちまくってきた!
一年また一年、「3・16」に、新たな勝利と出発の節を刻み、ここに五十星霜の大絵巻が綴られたのだ。
(『池田大作全集』第139巻所収、随筆「人間世紀の光」 永遠の師弟の原点「3・16」)


原田会長に聞く
 広布拡大こそ後継の証し


 「3・16」とは、単なる歴史の一こまではない。
 毎日が「3・16」の決意で戦うことが大事なんだ――
私が青年部の時、池田先生から、そう教えていただいたことが、今も心に深く焼き付いています。
「3・16」は、「広布拡大の証し」で荘厳する日であり、「4・2」「5・3」へと、新たな出発を開始する日です。
 戸田先生は第2代会長に就任された時、「75万世帯の弘教」を宣言しました。
この日、戸田先生の会長就任を自らの拡大で荘厳しようと、池田先生は折伏を成就しています。まさに、「75万世帯の弘教」の先陣を切ったのです。
戸田先生の宣言を、池田先生は「わが誓願」とし、75万世帯達成の道を切り開かれました。


池田先生は、こうつづられています。
「弘教75万世帯は、師弟の誓願であった」「もし師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の式典――あの後継の大儀式は完成されなかった」
広布のバトンの継承は、師の心に呼応した弟子の勝利の実証をもってなしえる――その精神は今、世界にも広がっています。
                   ◇ ◆ ◇
 昨年3月、「3・16」の意義をとどめ、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの青年部が集い、「南アジア青年部幹部会」がインド・デリー近郊の創価菩提樹園で開催されました。
席上、インドのサブー男子部長が「先生!私たちは何があっても、世界広布実現のために、師子となって前進します!」と宣言しました。それから半年が経過した昨秋、インド青年部は見事に、10万人の青年の陣列を築きました。
今月、研修で来日したアメリカ青年部の友も意気軒高でした。この日を目指し、577世帯の弘教を実らせました。
 冬季五輪が行われている韓国でも、青年部が喜び勇んで社会貢献に尽力し、それぞれの地で広布を推進しています。
 過日の聖教新聞(2月7日付)で紹介された長編詩「青は藍よりも青し」に、「君よ 世界を頼むよ」との一節があります。
 戸田先生は、池田先生に世界広布を託されました。池田先生の死身弘法の闘争によって今、創価学会は世界教団として、いよいよ名実ともに世界に飛翔しゆく基盤が出来上がりました。
世界宗教としての創価学会の中核を担っていくのは、青年部の皆さんです。使命が大きいからこそ、”毎日が「3・16」との決意で、前進してもらいたいと思います。
                   ◆ ◇ ◆
「3・16」の後、戸田先生は池田先生に「追撃の手を緩めるな」と指導されました。
昭和50年代に吹き荒れた第1次宗門事件の折、池田先生から「『追撃の手を緩めるな』との戸田先生の指導は、宗門に対してのことだったんだよ」と教えていただきました。
師弟の分断を謀る悪僧や退転・反逆者を許してはいけない。今、小説『新・人間革命』でつづってくださっている
「勝ち鬨」の章にも通じる精神です。
「破邪顕正」の闘魂を失えば、創価学会という和合の世界は破壊される。だからこそ、師の遺訓を永遠に忘れてはなりません。
青年部の皆さんは日々、「師弟の誓願」に立ち返り、「自身の人間革命」の挑戦の中で、生涯の原点を刻んでいただきたい。
池田先生が、青年部の勝利を祈り、待っています。「3・16」へ、私も皆さんと共に、広布拡大に戦っていきます。​


(2018年2月21日付 聖教新聞)







Last updated  2018/02/24 10:49:45 PM
コメント(0) | コメントを書く
2018/02/07

長編詩「青は藍よりも青し」

広布を必然たらしめんとする
熱情のありや無しやを常に問え

1958年(昭和33年)3月16日の広宣流布の記念式典から30年がたった88年(同63年)3月、池田先生は若き友に、長編詩「青は藍よりも青し」を贈った。ここではその抜粋を紹介する。


 新しき朝(あした)は 青年のものである
 朝霜(あさしも) 鮮やかに 青き麦畑にも似て

 弥生(やよい)・三月とはいえ
 暁の富士の寒気は厳しい
 稲妻の閃光の如き
 突然の知らせに
 勇み馳せ参じたる
 若き地湧の同志(とも)六千

「吐く息は白く
 いまだ 目醒めぬ
 大地を踏みしめる足音が
 未明の森に谺(こだま)す
 頬(ほお)を紅潮させた乙女がいた
 学生服のいとけなき少年もいた
 防寒具もなく
 しかし凛然と胸張る青年がいた

 その瞳は
 暗き冷気の中で
 夜明けとともに
 大いなる“時”を迎えんとする
 確かな鼓動に
 煌(きらめ)きを増していた
 ああ
 青年の純一なる生命の発露が
 清らかに力強く
 新しき燦たる太陽の上昇を告げる
 おお 不滅となれり
 三・一六
 
 それは
 恩師のもとに
 広宣流布の大図式(モデル)を描いた日――
 そして
 未来永劫に変わらざる
 師弟共戦の誓いの日なり
 故に この日に甚深の意義を留(とど)めて
「広宣流布記念の日」と名付く

 幾度も激しき戦の指揮を
 敢然と執り終えし先生は
 今やその身を病床に横たえ
 ある時は
「今 何の本を読んでいるか」と
 学べ また学べとの
 厳愛の叱咤なり
 また ある時は
「メキシコへ行った夢を見た」
 と温かき慈眼(じがん)
「君よ 世界を頼むよ」と。
 我はその師の心を心として
 世界広布への飛翔を誓った
 大鵬(おおとり)の空をぞ かける姿して との
 言葉のままに

 そして逝去四日前
 厳格に かつ 凛冽(りんれつ)に放たれた
「追撃の手をゆるめるな!」
 との師子吼は
 門下の怒涛の前進の支柱となった

 ああ 忘れ得ぬ 四月二日
 万朶(ばんだ)の桜に見送られて
 霊山に向かわれた恩師
 そして遺された分身の生命は
 広布達成へ
 毅然たる追撃の生涯を開始せり

 時の日記に私は記した
「一人の 戸田門下の青年は進む
 一人 凛然と 北風に向って」

 あれから三十星霜
 一人烈風に身をさらしつつ
 一人烈日に身を焦がしつつ
 愛する我が同志を守り抜かんと
 一切の障魔との対決に
 一歩も退(ひ)かぬ一日 また一日

 所詮 仏法は勝負なるを
 知悉(ちしつ)したが故に
 怒り狂う波間にあって
 一瞬の停滞も逡巡もなかった
 真の丈夫の姿をば
 阿修羅の如く示し残さんと

 栄光の「三・一六」に集った
 あの懐かしの兄弟も
 また
 敢然と また健気(けなげ)にも
 三十星霜
 不退の長征に
 見事なる栄冠の戦譜(せんぷ)を
 私と共に刻んだ

 三類の嵐は
 幾度となく
 我らの前途に立ちはだかった

 卑劣な怒涛の日もあった
 邪知の小才子(こさいし)の裏切りもあった

 しかし 私たちは
 晴れ晴れとして 完勝した
 希望の翼をもって
 幾多の風雪を乗り越え
 若き乙女たちは今
 幸の金風(きんぷう)に包まれた女王として
 青年は偉大なる人間の
 尊き平和の砦(とりで)の柱として
 堂々と 揺ぎなき基盤を築いた
 久遠に結んだ不思議なる同志の
 異体を同心とする団結の力
 御聖訓の理想に殉ぜんとする
 峻厳なる絆をば
 金剛不壊の中心軸として
 万年への広布の基盤は できあがった

 限りなく続く青年の意気が
 碧(あお)き水平線の彼方
 今日も明日も 白雲の如く湧き起こり
 再び新世紀の天空を駆ける時
 障魔の黒き雲はない
 凛々しき仏子の青年の顔(かんばせ)輝き
 一陣の薫風に花びらが舞う

 青年は無限の財宝
 いかなる労苦も
 はたまた 勝利も敗北もすべて
 すばらしき躍動の飛躍台となる
 君よ 君たちよ
 新たなる第二の「七つの鐘」を頼む

 法理のままの東漸(とうぜん)
 日本に仏教伝来し 七百年にして
 太陽の如く 大聖哲出ず
 それより七百年して不思議なる会生まれる
 正法の広宣の波は今ここに西漸(せいぜん)
 アジアの そして世界の海辺を洗い始む
 今まさに 妙法という
 生命史上の大いなる光明は
 青き地球を包みゆかんとするか

 その広布の大河の流れが
 歴史の必然であるか否かを
 君よ問うなかれ

 汝自身の胸中に
 自らの汗と労苦により
 広布を必然たらしめんとする
 熱情のありや無しやを 常に問え

 広布とは――
 大聖人の御遺命のままに
 尊極(そんごく)なる仏の生命の座を
 人類の魂に打ち据えて
 爛漫たる生命ルネサンスの華を
 この地球の大地に永遠に
 開花させゆくことだ

 天台云く「従藍而青(じゅうらんにしょう)」
 青は藍より出でて藍より青し
 君もまた 宇宙の森羅万象を貫く
 根本の法をもち
 生命の内奥より
 無限の光彩を放ちつつ
 民衆凱歌の歴史の軌跡を
 思う存分描いてくれることを
 私はひたすら祈る

 いかなる約束なるか
 青年世紀の開幕に
 陸続と躍り出でたる
 使命の勇者あり
 ああ
 新たなる三十年の
 大遠征が 今始まる

 君たちが
 また あなたたちが
 未聞(みもん)の険難の尾根を堂々と踏破し
 新たなる世紀の暁鐘を
 晴れがましく乱打することを
 私は信じている。

 時は巡り来り
 ここに迎えた広宣流布記念の日
 この日こそ我が愛する門下の
 新たなる希望の朝(あした)だ
 青年よ
 あくまでもも前へ
 今こそ
 一歩も後退しては
 ならぬ時だ

 青年よ
 あくまでも 日々の研鑽の労苦に
 敢然と挑みながら
 朗らかにして 逞しき
 青春の詩(うた)を
 高らかに 高らかに謳(うた)いたまえ

 そして生涯崩れぬ黄金のスクラムで
 ただひたすらに
 人類史の新しき扉を開きゆく
 この聖業を完遂してくれたまえ


(218年2月7日付 聖教新聞)


1988年。池田先生が60歳を迎えられた歳に青年に贈って下さった長編詩です。
(全文は『池田大作全集第42巻』所収「春秋抄」)​







Last updated  2018/02/24 10:31:14 PM
コメント(0) | コメントを書く
2018/01/22

​藍よりも青く「3・16」研さんのために​

​​広布史〈下〉 創価学会は宗教界の王者である

 1958年(昭和33年)3月15日夜、東京の出発地は、広宣流布の記念式典に参加する青年であふれた。
 翌16日午前3時過ぎ、列車で向かった第1陣の青年たちが静岡の会場に到着。バスで東京を出発した友も、続々と集ってきた。
 白い息を吐(は)きながら駆(か)け付けてきた青年たちに、戸田先生は心尽(こころづ)くしの食べ物を準備していた。
 豚汁(とんじる)である。
 青年たちは事前に、“椀(おわん)と箸(はし)を持参(じさん)せよ”と徹底されていた。その意味が初めて分かった瞬間だった。
 戸田先生は、豚汁で使用した3頭の豚の皮を残しておくよう指示した。恩師の逝去後、その豚皮で、池田先生はペンケースを作り、代表の青年に贈った。
 そこには、“師の心を忘れるな”との思いが込められていた。
 戸田先生が青年を思い、豚汁を用意した一方で、池田先生は、歩くことさえままならない戸田先生の体を気遣(きづかい)い、恩師が乗るための「車駕(しゃが)」を準備した。
 車駕には肘掛け椅子、手すりが備え付けられた。製作費は、すべて池田先生が工面した。
 15日、池田先生は車駕が完成したことを戸田先生に報告。しばらく車駕を見ていた戸田先生から突然、厳しい言葉が発せられた。
 「大きすぎる。これでは戦闘の役にはたたぬ!」
 心配して駆け寄ってきた車駕の製作担当者たちに、池田先生は語った。
 ――戸田先生は、こうした一つ一つの事柄を通して、私たちを真剣に訓練してくださっているんだよ。ありがたいことじゃないか。今のお叱(しか)りの言葉も、先生のご慈愛(じあい)なんだ。
 不二の弟子は、最後の最後まで青年たちを育てようとしている師の心を、誰よりも深く理解していた。​​


◆◇◆ 


 陽光が誓いの青年たちを照(て)らし始めた。
 16日午前8時、6,000人の青年が大講堂横の広場に集まった。この日、来訪を予定していた、時の首相を迎える準備も始まった。
 ところが、状況は急変した。首相から電話が入り、外交上の問題が起こったという理由で、欠席を伝えてきた。
 戸田先生は電話口で怒りを露(あら)わにした。「6,000人の青年が、前々から準備をして、待っているんですぞ。青年を騙(だま)すことになるではないか!」
 首相が非礼を詫(わび)びると、戸田先生は叫んだ。
 「私に詫びよと言っているのではない。詫びるのは、青年たちにだ!」
 受話器を置いた戸田先生は、池田先生をはじめ、青年部のリーダーを呼び、首相の家族らが代理として来ることを伝え、語った。
 「誰が来なくとも、青年と大儀式をやろうではないか!」
 首相の「外交上の理由」は口実であった。事実は、「一国の総理が一宗教団体の会合などに出るとは、けしからん」と横やりを入れた人物がいたからである。
 戸田先生は愛する青年のために、自ら死力を尽くして励ますことを決意した。


◆◇◆ 


 式典の式次第は変更を余儀(よぎ)なくされたが、青年たちは迅速(じんそく)に対応していった。
 式典の準備が進められる中、戸田先生の乗る車駕を担ぐメンバーは、車駕を安定させて移動する練習を繰り返していた。式典の会場周辺は、段差のある箇所もあり、車駕を水平に保つには、全員の呼吸を合わせることが求められた。
 正午前、首相の家族らが到着し、音楽隊が演奏を開始。そのころ、戸田先生は池田先生に体を支えられながら、式典の会場へ移動を始めた。玄関前には車駕が置かれていた。
 恩師は再び叱責(しっせき)した。「大きすぎて、実戦には向かぬ。戦いにならんぞ!」
 この時、池田先生が一歩前に進み出た。「よく分かりました。申し訳ございません。しかし、この車駕は、弟子が真心で作ったものです。どうか、お乗りください」
 弟子の一言に、恩師は、にっこりうなずいた。
 戸田先生は車駕の肘掛け椅子に座り、悠然と青年を見守った。戸田先生の姿に、「軍(いくさ)には大将軍(だいしょうぐん)を魂(たましい)とす」(御書1219ページ)の一節を思い返す友もいた。車駕は、青年たちの中を進んでいった。
 式典後、戸田先生は語った。「体が良くなったら、あの車駕に乗って全国を回りたいな」


◆◇◆ 


 午後0時40分、池田先生の司会で式典が始まった。
 来賓のあいさつの後、登壇した戸田先生は烈々と宣言した。
 「創価学会は宗教界の王者である」
 この宣言について、小説『人間革命』第12巻「後継」の章につづられている。
 「その言葉は、戸田が生涯をかけた広宣流布の、勝利の大宣言にほかならなかった。また、彼が青年たちに放った、人生の最後の大師子吼となった」
 式典後、戸田先生は来賓と懇談。首相の家族の一人は、式典に参加した感想を、こう語った。
 「将来に向かって伸びてゆく宗教だと思いました。そういう意味で今までの既成宗教と違った若い力をもっているという感じを受けました」

 午後2時半ごろ、戸田先生は、池田先生が先導する車駕に乗り、青年たちの拍手に包まれ、式典会場を後にした。
 一切を終え、帰途に就く青年たちを、池田先生は音楽隊のメンバーと共に見送った。やがて、音楽隊員も帰る時間となった時、池田先生は音楽隊長に頼んだ。
 「申し訳ないが、もう1曲、演奏してくれないか。2階に戸田先生がおられる」
 音楽隊が演奏した曲は、「星落秋風五丈原(ほしおつ しゅうふう ごじょうげん)」。詩人・土井晩翠(どいばんすい)が、三国志の英傑・諸葛孔明(しょかつこうめい)の晩年の苦衷(くちゅう)を詠(うた)ったものである。
 この時のことを、池田先生は述懐(じゅっかい)している。
 「私は、心で叫んでいた。“先生、お聴きください。青年部は、弟子たちは意気軒高(いきけんこう)です。ご安心ください!”」
 「3・16」を境に、戸田先生の体は急速に衰弱(すいじゃく)していった。しかし、布団に横たわりながらも、体調が良い時には、池田先生を呼び、師弟の語らいを重ねた。
 ある時は、「今日は、なんの本を読んだのか」と問い掛け、何があっても、指導者は読書を忘れてはならないことを語った。
 ある朝には「昨日は、メキシコへ行った夢を見たよ」「君の本当の舞台は世界だ」と。不二の弟子は、恩師の言葉通り、世界中に後継の弟子が躍動する時代を切り開いた。
 また、ある日、宗門の腐敗(ふはい)の兆候(ちょうこう)を感じ取り、池田先生に厳命した。
 「追撃(ついげき)の手を緩(ゆる)めるな!」
 それは、戸田先生の最後の指導となった。


◆◇◆ 


 式典が行われてから1年が過ぎた1959年(昭和34年)3月16日。池田先生は青年部の代表と共に、戸田先生の墓前に向かった。
 広布の一切の願業を果たした戸田先生は、58年4月2日に逝去。“学会は空中分解する”と世間が騒(さわ)ぐ中で、池田先生は学会の実質的な舵取(かじと)りを担い、同志の心に勇気と希望の灯をともし続けていた。

 恩師の墓前で、池田先生は青年たちに語った。
 ――毎年、3月16日を青年部の伝統ある節目にしていこう。
 戸田先生亡き後、「3・16」を、広布後継の誓いの日「3・16」たらしめたのは、池田先生である。
 私たちが今、その意義を知り、自らの成長の節目とすることができるのは、池田先生がいたからである。
 この「3・16」の精神を継承し、永遠ならしめるのは誰か――。
 私たち一人一人である。
 池田先生は述べている。
 「君よ! 創価三代の人生の大道に続きゆく君たちよ! 
 今この時、今いる場所で断固として勝ち進め!
 その執念の勝利また勝利に、忍耐強き一歩また一歩の前進に、『3・16』の師弟の宝冠は、いよいよ輝くことを忘れまい」

「3・16」研さんのための参考資料
 『人間革命』第12巻「後継」、『新・人間革命』第2巻「錬磨」、第4巻「春嵐」、第25巻「福光」、『池田大作全集第42巻』所収「春秋抄」、『随筆 師弟の光』『随筆 栄光の朝』『随筆 幸福の大道』



(2018年1月22日付 聖教新聞)







Last updated  2018/02/24 10:28:45 PM
コメント(0) | コメントを書く
2018/01/17
藍よりも青く 「3・16」研さんのために 

広布史-上

いざという時、広布の戦場に駆けつけられるかどうかだ


 本年は、戸田先生が広宣流布の一切を後継の青年に託した「3・16」の記念式典から60周年。この佳節を慶祝する「世界青年部総会」(3月)へ、青年部の友が広布拡大に挑んでいる。3面では、特集「藍よりも青く」の一環として「3・16」の意義と精神を学ぶ。今回と次回は、「3・16」の歴史を確認する。

 いかなる事業も、後継者で未来が決まる。
 広宣流布もまた、師弟の精神が、次の世代へと継承(けいしょう)されてこそ、永続的な発展がある。
 法華経の主題は、仏が弟子に付嘱(ふぞく)して、滅後の広宣流布を託すことにある。
 御書に「霊山一会儼然未散(りょうぜんいちえげんねんみさん)」(757ページ)と。法華経が説かれた霊鷲山(りょうじゅせん)の会座(えざ)は、いまなお厳然として散(ち)らず、永遠に常住(じょうじゅう)しているとの意味である。

 1958年(昭和33年)3月16日の広宣流布の記念式典について、池田先生は、こうつづっている。
 「『3・16』の大儀式は、『霊山一会儼然未散』(霊山一会儼然として未だ散らず)の姿さながらに、我らには思えた」
 「この大儀式には、法華経に説かれる付嘱の儀式に通ずる意義がある。私は、そう深く心中に期していた」
 師の不惜身命の精神を永遠にとどめ、師から弟子へと、広布のバトンが託された日――それが「3・16」である。
 ◆◇◆ 
 なぜ、戸田先生は、「3・16」を、“後継の儀式の日”と定めたのか。
 その理由の一つは、池田先生をはじめ、未来を託すことができる青年が育ち、広布の基盤が整ってきたから、といえよう。
 戸田先生が第2代会長に就任した51年(同26年)5月、学会の会員数は実質、約3,000人。2カ月後に行われた男子部の結成式の参加者は約180人、女子部結成式は74人である。
 だが、わずか6年後の57年(同32年)12月、戸田先生の生涯の願業である75万世帯の弘教が達成された。
 その拡大の先頭に立ったのが池田先生である。
 52年(同27年)、蒲田支部の支部幹事として指揮を執った「2月闘争」では、当時の支部の限界を破る201世帯の弘教を達成。
 53年(同28年)、男子部の第1部隊長に就任し、約4倍の陣容に拡大。文京支部長代理にも就き、「前進また前進」を合言葉に、第一級の支部へと発展させた。
 さらに、55年(同30年)の「札幌・夏の陣」では、10日間で388世帯という日本一の拡大を成し遂げ、翌56年(同31年)の「大阪の戦い」では1カ月で「1万1111世帯の弘教」という不滅の金字塔を打ち立てた。この年から始まった「山口開拓指導」でも、10倍近くの拡大を達成した。
 池田先生は述べている。
 「弘教75万世帯は、師弟の誓願であった。それを実現するのが弟子の使命であり、勝利の結実をもって、初めて後継者たりうるのだ。
 もし師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の式典――あの後継の大儀式は完成されなかった」
 広布拡大の勝利があったからこそ、「3・16」の式典は実現したのである。
 ◆◇◆ 
 58年3月、静岡で大講堂落慶の祝賀行事が始まった。毎日約7,000人、1カ月で20万人が集う、かつてない規模の行事である。
 池田先生は、運営の全責任を担った。列車やバスなどの輸送機関の確保、整理・誘導の役員体制など、検討しなければならない課題は山積していた。
 すでに、前年の秋から打ち合わせが始まっており、年が明けてからは、幾度も輸送会議が開かれている。

 当時の日記には、こう記されている。
 「午後2時より、輸送会議。最高首脳(理事)は、その実態を知らず、現場の青年のやりにくきことを心配する」「夕刻、先生とお目にかかる。『やりづらくとも、君たちが、学会を支えてゆくのだ』と、厳しき指導あり」(58年1月18日)

 思うに任せぬ状況の中で、池田先生は祝賀行事の無事故・大成功の指揮を執っていたのである。
 迎えた同年3月1日、大講堂落慶の式典が開催された。戸田先生は衰弱した体を押して参加。多くの同志の前に姿を見せるのは、4カ月ぶりである。
 終了後、エレベーターで、峻厳(しゅんげん)な師弟の場面が刻(きざ)まれた。戸田先生が、池田先生に後事を託す遺言(ゆいごん)をしたのである。
 「これで、私の仕事は終わった。私はいつ死んでもいいと思っている。大作、あとはお前だ。頼むぞ!」

 祝賀行事終了後、大講堂前の広場では、音楽隊・鼓笛隊が演奏を続けていた。
 大講堂から出てきた戸田先生は、池田先生に支えられながら音楽隊の方へ歩み寄った。
 ぼくが太鼓を打とう――戸田先生は自ら大太鼓をたたいた。池田先生は即座に反応し、指揮を執った。学会歌の演奏が始まり、周囲にいた青年たちは、音楽に合わせて歌い始めた。
 この一こまを、本紙は「“この師匠あればこそ”とみんなが誓ったひとときだった」と報道している。
 さらに、戸田先生は、北海道・夕張の女子部員にも渾身の励ましを送った。
◆◇◆ 
 同年3月5日、池田先生は大阪へ。祝賀行事が続く中、「大阪事件」の裁判に出廷するためである。
 あいさつに来た池田先生に対し、戸田先生は病床から身を起こして言った。
 「裁判は容易ならざる戦いになるだろう。しかし、最後は勝つ。金は金だ。真実は必ず明らかになる」
 恩師の言葉の通り、84回の公判を終え、62年(同37年)1月25日に、無罪判決が出ている。
 祝賀行事が始まって1週間が過ぎた頃、3月16日に時の首相が来訪することが決まった。
 戸田先生は、池田先生に告げた。
 「いい機会だ。その日は、青年部を呼ぼう。将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をやろうじゃないか!」
 池田先生は、祝賀行事に加え、記念式典の指揮も執ることになった。
 式典の開催が正式に発表されたのは、11日の男子部幹部会。同じ日、女子部にも連絡が流れ始めた。
 携帯電話やメールはもちろん、固定電話すら少ない時代である。だが、訪問や電報などを通して、瞬(またた)く間に伝えられた。
 交通費の工面や、仕事の都合をつけることも容易ではなかった。「今から戸田先生のもとへ行こう!」と、前日の15日に連絡を受けた人もいる。それでも、皆、喜び勇んで師のもとに馳(は)せ参(さん)じた。
 戸田先生は常々、語っていた。「いざという時、広宣流布の戦場に駆けつけられるかどうかだ」
 いざという時に、人間の真価が現れる。記念式典に駆け付けた6,000人の青年は、恩師の指導を体現したのである。
◆◇◆ 
 御書に「大梵天王・帝釈等も来下して」(1022ページ)と。梵天(ぼんてん)、帝釈(たいしゃく)とは、法華経の行者を守護する諸天善神(しょてんぜんじん)のリーダーである。現代でいえば、社会的な指導者層を指しているとも捉(とら)えられる。
 広宣流布の暁(あかつき)には、その指導者たちの共鳴と称賛を得る、との仰せである。
 今、世界中の、あらゆる分野の指導者が、SGIの理念と行動をたたえ、多くの顕彰が贈られる時代が到来した。
 池田先生は述べている。
 「その一つ一つの儀式は、あの『3・16』の儀式の、精神の継承といってよいだろう」(下に続く)

(2018年1月17日付 聖教新聞)






Last updated  2018/02/24 10:28:07 PM
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全6件 (6件中 1-6件目)

1


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.