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1

「創価学会母の日」制定30周年記念

2018/07/03
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母に最敬礼

 
                                    桂冠詩人  池田大作

 
偉大なる母
崇高なる母
厳然たる母
 
母は優しく 

そして 

誰よりも強い
母は常に笑い 

そして 

面白くて 

怖い
 
その母は 

幼稚のように見えるが
鋭き人生の研究者であり 
生活博士である
 
母がいない世界は闇
母がいる世界は 
春夏秋冬 

いつも温かい
そこには香風と 

団欒の花園がある
 
母の魂は
仏の如く
母の心は
菩薩の如く
母の指揮は
芸術家の如く
 
母はいつも 

苦しくても 

楽しくても
安心と安穏の舞台を 

創ってくれる
 
さらに 

心の傷を癒してくれる
崇高なる名医でもある
 
母の心は 

海の底よりも深く
真実の眼を開きながら 
親しげに 

微笑んでくれる
 
母は 

来る日も 

来る日も 
早朝であれ 真夜中であれ
「お前たちを離さない」と 
無言で語ってくれる
 
その偉大な魂は
紅に燃える太陽のように
恵みの光線を 贈ってくれる母
 
愛情に満ち満ちた 光をそそぎ
陰気なるものを嫌い 
毎日 毎日 
平和の塔を指さし 
人々の往来を 

指図する母
 
会う人ごとに 喜びを結び
一歩でも 二歩でも 
良き社会にしようとする
人権の闘士
平和の闘士
慈愛の闘士たる母
 
この母にはいかなる著名人も
政治権力者も 

誰人もかなわぬ
 
限りなく 

数々の深き思い出を 
創ってくれる母よ
 
財宝がなくても  

全く無関心で
悠々として 

いつも にこやかに
平気な母
 
粗末な食事でも
「有名レストランよりもはるかにおいしい」と
自らを称えながら 

大笑いをしながら
食事を作ってくれる母
 
小さい部屋でも
「掃除が簡単で価値的だ」とはしゃぐ母
 
無実の批判や 

誹謗にも 

平然としている母


世界中のいかなる有名人より
賢い現実の役者
それは高次元な大舞台
三世の諸仏と舞い 

諸天善神たちに 
喝采を送られている
大人気者の母
 
いくら非難中傷されても
「あの人は嘘つき」
「あの人は偽善」
「あの人は嫉妬」と
鋭く見破る力は 

検察官よりも強い
 
いかなる誹謗にも 
権力者にも
絶対に屈せぬ
正義の母
 
その母に感謝
その母に最敬礼
 
 
                             1995年1月2日
                                  桂冠詩人







Last updated  2018/07/03 08:10:07 AM
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2018/05/03
​長編詩 「偉大なる尊き母の交響楽」
 池田 大作

優しくして 賢き 勇気ある母に贈る

母は
美しく
確固たる心を
持っている。


母の尊さは
姿や衣裳ではない。
位や財宝でもない。
家の大きさでも
庭の広さでもない。


母は太陽である。
何よりも明るい。
母は大地である。
限りなく豊かだ。
母は幸福の旗である。
いつも朗らかに
頭を上げて胸を張る。


正義の母は
いかなる嫉妬や
嫌がらせの迫害を
受けても
少しも動じない。


学歴がなくても
意地悪されて
悪口を言われても
有名人のように
騒がれなくても
賢き母は
微動だにしない。


先祖や親戚に
いかなる
偉い人がいても
著名人がいても
優しき母の心に
敵う人はいない。


仏法では
「心こそ大切なれ」
「さいわいは
 心よりいでて
 我をかざる」と
説かれる。
「心」が
幸福の根本なのだ。


地位にも
財産にも とらわれず
わが信念のまま
母は地道に
今日も
皆のために祈る。
今日も
人びとのために
駆けずり回る。


私が若き日から愛読した
アメリカの民衆詩人
ホイットマンは
母たちを讃えに讃えた。


「多くの年輪を刻んできた
 女性たち 母たちは
 まったく無名の存在だ。
 けれども
 この女性たちこそ
 気高く勇敢で
 公平無私な精神を持つ
 健全な人たちだ。
 国にとっても
 世界にとっても
 忘れてはならぬ
 偉大な力なのだ」
その通りである。


たとえ
わが誠実の行動を
皆から見下げられるような
悔しい日々が続いても
平然として
正義の道
幸福の道
平和の道を
歩んでいるのが
母である。


母よ!
「母」という
文字を見ても
私は泣いた。
「はは」という
言葉を聞いても
私の胸は痛み
そしてまた
心は躍った──

これは
ある哲学者の言葉である。


その哲人は
こうも言った。
「世界の人びとが
 一人も残らず
 母を大切にすれば
 自然のうちに
 平和の世界が出来上がる。
 幸福の道が創り上げられる。
 喜びの足並みが揃っていく」


そうだ!
母を大事にすることだ。
それが一切の
平和と幸福
進歩と前進の
最も確かなる
太陽の輝きのごとき
法則なのだ。


御聖訓には
厳然と仰せである。
「母を疎かにする人は
 地獄が
 その人の心の内にある」


母を軽蔑したり
ないがしろにしたり
苦しめたりする者は
その心の中が
すでに地獄の暗黒なのだ。


母たちを侮辱する
増上慢の輩!
母たちを圧迫する
横柄な権力者!
彼らほど
心貧しく
心卑しく
幸せを壊すものはない。


母を苛める奴!
母を泣かせる奴!
母を大切にしない奴!
母を虐げる奴!
これこそ
平和と幸福の社会を
ぶち壊す
世界一の悪党たちだ。
これは
ある世界的な教育者の
叫びである。


母を苦しめるな!
母を守れ!
母を讃えよ!
母を
絶対に下に見るな!
母に
あらゆる真心と愛情を
捧げていくことだ。
これが人間だ。


あの詩人も謳った。
同じように
あの科学者も書いている。
あの大文豪も
同じく綴っているではないか。


ある日ある時
一人の仏弟子が
母が無学であることを
ことさらに語った。
すると
師である釈尊は
厳しく問い正した。
「汝が身をば
 誰か生みしぞや
 汝が母 これを生む」


みな人間は
母から生まれてきたのだ。
母が命懸けで
生んでくれたのだ。


御義口伝には
「宝浄世界とは
 我等が母の胎内なり」と
明かされている。
いのちを慈しむ母ほど
尊貴な当体はないのだ。


母よ 母よ!
母を思い出すと
今でも私は
胸に込み上げる。
もっと
大切にしてあげたかった。
もっともっと
親孝行してあげたかった。


あの いじらしい母!
貧しきなかを
生き抜き
耐え抜き
優しく強く
人生に満足しきって
他界した母たちに
滂沱の涙をもって
感謝と賞讃
そして反省の自分を
見出していくことだ。


私の母は
「一」という名前だった。
その母親と父親が
「一番 幸福になるように」
そして
「子どもを生んだら
 子どもたちが
 何かで一番になり
 社会に尽くせよ」という
願いを託したようだ。


戦争は
大切な働き盛りの
4人の息子を
戦場へと奪い取った。
母は
父と共に
けなげな声で訴えた。
「一軒で一人
 兵隊に行かせれば
 十分じゃないか!
 行かない家は
 誰も行かない。
 うちは4人も
 戦地に送られた......」


長男は
ビルマ(現ミャンマー)で
戦死した。
29歳の若さであった。


戦時中は
「軍国の母」と
さんざん讃えられた。
しかし
暗い敗戦になると
掌を返して
国を滅ぼした
愚かな兵士どもの家よと
あざ笑われるようであった。


戦争は
あまりにも残酷に
母たちを慟哭させた。


けれども
老いた貧乏な母は
どんな時も
笑顔を忘れなかった。


平和と正義の信念に戦う
わが子を見つめつつ
「私は勝ったよ!」と
最後の最後まで
微笑みを湛えていた。


途中ではない。
人生の四季の最終章を
いかに荘厳に飾りゆくか。
生老病死という
生命の法則の上に立って
常楽我浄の香風に包まれた
母たちは
大勝利者である。
大博士である。


この母に最敬礼し
この母たちの大恩に
報いていくことが
教育の根本であり
政治の本質である。
世界平和の
歓喜の陽光であるはずだ。


親不孝ほど
卑劣な愚か者はいない。
立派そうに見せても
心は畜生だ。
親不孝者で
偉くなった人物はいない。
親不孝を悔いて
「親孝行のために」と
偉くなった人物は多い。

親不孝は
心の敗北!
親孝行は
生命の勝利!


いくら苦難の姿の
人生であっても
親孝行の心の人は
人間として誇り高く
永遠に母と共に
幸福という金の道を
歩んでいけるのだ。


わが恩師は19歳で
先師・牧口先生に出会った。
ふるさと北海道から
東京へ旅立つそのとき
母上は丹精こめた
アツシの半纏を贈られた。
「これを着て働けば
 どんな苦労があっても
 何でもできるよ」


2年間の法難から
出獄なされた恩師は
その半纏を着して
「これさえあれば大丈夫」と
巌窟王の闘魂を燃やした。


母の真心こそ
最強無敵の生命の鎧だ。
母の祈りに
応えゆくとき
人は強くなれる。
今は苦しくとも
母を思って
頑張り切ることが
親孝行になるのだ。


子どもがいなくても
母は母だ。
夫がいなくても
母は母だ。


エマソン協会の
サーラ・ワイダー前会長が
しみじみと語っておられた。
「私たちは
 "母なるもの"を忘れた
 社会に生きています。
 ゆえに私たちは
 もうー度深く
 母たちへの真の尊敬の心を
 育んでいかねばなりません」


どんなに
便利になっても
裕福になっても
文明が進んでも
"母なるもの"を
忘れ去ってしまえば
生命の大地を踏みにじる
野蛮な恩知らずなのだ。


日蓮大聖人は
明快に仰せになられた。
「女人成仏を
 説き明かした法華経こそ
 悲母の恩を報ずる
 真実の報恩の教えである。
 だからこそ
 悲母の恩を報ずるために
 妙法の題目を
 一切の女人に唱えさせようと
 願いを立てたのである」


広宣流布こそ
大聖人と御一緒に
自分自身の最愛の母へ
そして
全人類の尊き母たちへ
最高の報恩を果たしゆく
大使命の軌道なのである。
ここにこそ
人間が最も人間らしく
生きる喜びと活力を
蘇らせゆく光がある。


2月は──
御本仏の聖誕の月。
そして
わが恩師の誕生の月。
それは
偉大な生命を育まれた
偉大な母上たちへの
報恩謝徳の月でもある。


師恩に報いるために
決然と立ち上がった
あの2月闘争の折
24歳の私が
真剣な蒲田の母たちと
約し合ったことがある。


第一に
祈りから始めること。
第二に
地域と社会を
大切にすること。
そして第三に
体験を生き生きと
語っていくことである。


その通りに
私たちは
祈りに祈った。
語りに語った。
大誠実を尽くして行動した。


今日の世界広宣流布の
大発展を開いた
2月闘争は
一心不乱の母たちの
勝利の劇であったのだ。


「祈る人間には
 退却というものはない」
これは
マハトマ・ガンジーの
叫びである。


母の祈りに
勝る力はない。
祈り戦う
母の行動を
しのぐものはない。


いかなる
三類の強敵が顕れようとも
いかなる
三障四魔が競い起ころうとも
創価の母は明朗である。
「すべて御書の通りです。
 断じて負けません」と
深く覚悟しているからだ。


祈り抜き
祈り切って
そして
いつも晴れ晴れと
微笑みを浮かべるのだ。
「勝ちましたね!」
「よかったですね!」


その神々しい笑顔に
その快活な声に
ただただ合掌するのみだ。
どれはど強盛に
祈ってくれたことか!
どれほど忍耐強く
祈り続けてくれたことか!


創価学会の80年は
母の祈りで勝ったのだ!
第三代の50年の激戦は
母の祈りで勝ったのだ!


「母」とは
「永遠に負けない人」
そして
「最後に必ず勝つ人」の
異名である。


名作『若草物語』の作者
オルコットは言った。
「他人に対し
 喜びと安穏をもたらせば
 それは自分自身に
 四重にもなって戻り
 私たちが
 手を差し伸べる人々の
 幸福を倍加するのです」


真の貴婦人とは
いかなる女性か?
それは
どんな偉ぶった人間にも
臆さず堂々と
真実を語り抜く女性だ。
そして
どんな苦労している人にも
分け隔てなく語りかけ
希望を贈りゆく女性なのだ。


世界は今
創価の母たちを
蘭の花になぞらえて
讃えてくれている。


いにしえより
高貴な蘭は
「三香」「四友」
「四愛」「四君子」
「四逸」「五清」という
いずれの名花の代表にも
選ばれてきた。


すなわち香り高く
親しみやすく
愛らしく
高潔な気品に満ち
優れて清らかな
花の中の女王なのだ。
その蘭の花のごとく
皆から慕われながら


御聖訓に示された
「蘭室の友」との
対話と友情を広げゆくのが
母の平和のスクラムである。


大聖人は仰せになられた。
「一を重ぬれば
 二となり
 二を重ぬれば
 三・乃至 十・百・千
 万・億・阿僧祗の母は
 唯・一なるべし」


すべては
一人から始まる。
一人を大切にする
母の心から始まる。


母よ!
偉大なる
尊き創価の母たちよ!
仏のごとく
優しくして賢き
強くして正しき
勇気ある心の名指揮で
幸福勝利の交響楽を
天高く
轟かせてくれ給え!



2009年2月9日
 広布に走る婦人部の皆様
 お体を大切に!
 ご長寿で!
 ご家庭を円満に!
 賑やかに!
 幸福の博士 勝利者となって
 満足と福徳の一生であられる
 ことを お祈りいたします。
 広布の母、万歳!
 創価の母、万歳!
 平和の母、万歳!
 勝利の母、万歳!

              学会本部・師弟会館にて
                   世界民衆詩人



(2009年2月10日付 聖教新聞)















Last updated  2018/05/03 08:00:08 AM
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長編詩 「女性の世紀」に 母たちを守れ!
  
平和の天使 家庭の太陽


山本 伸一



あの揺れ騒ぐ


嵐の日でも


母は


わが子を抱きしめ


夜吹く風雨が過ぎ去るのを


待っていた。


いま目覚めようとする


わが子を守り


母の耐えゆく


神々しき姿を


多くの人々は生涯


忘れることはないだろう。


母は 
淋(さみ)しき孤独のように


見えながら


大きすぎるほど


愉快な広き心を


持っている。


母が語ると


いかなる学者も


かなわぬほどの智慧で


人の心を打つ教育者だ。


母が笑うと

心の奥底まで快活になり


夢見るような自分になる。


いかなる名優よりも


母は真実の名優だ。


激しき雷雨があっても


硝子戸から


決して逃げないで


子どもの帰りを待つ


母の姿!


激怒が走るような


社会の悪辣(あくらつ)な記事。


母は


毎日そして毎朝


大空の奥まで見つめながら


深く祈り


決然と立ち上がる。


再び始まる生活の


無限の多忙さを


最も目まぐるしい


大道芸人のごとく


動き回る母よ!


贅沢(ぜいたく)をしない母


いな


贅沢をできない母。


しかし母は


皇帝の后(きさき)以上に


私にとって大事な母だ。


母は常に


温雅(おんが)であり


素朴であり


そして
正しく
決断の人である。


歴史上


いかなる英雄たりとも


母に


かなうものはいない。


巡り来る幾年月の間


母は黙々と


一日一日を
病める者の


身内となって
看護しながら働く。


誰が見ていようといまいと


ひたすらに働く。
駆けずり回る。


そこには


まったく落胆もない。


何のためなのかを


私たちは知らなくとも


母は
無名にして

偉大なる
地道な業績を残し


我々のために


勝利し続けてくれているのだ。


おお


過去も現在も未来も


母の魂より


偉大なる功績はない。


学問のなき母を愚弄(ぐろう)する

高慢な奴もいるが


それは


無情の冷たい天地で


侘(わび)しく寂れた(さび)墳墓(ふんぼ)に入りゆく 


敗北の人生の姿だ。


光明は常に


母の振る舞いの中に


豊かに輝いている。


いつも


そしていつも


計り知れない八方を


気遣いながら


富み栄えゆくことなど


微塵も考えずに


いたましくも


母は


天使以上の


美しく強い魂を持って


今日も働いてくれる。


母!


おお


偉大なる母!


いかなる


浮沈(ふちん)の時代にあっても


母は


あの果てしない私たちを


微笑しながら


守り育んでくれた。


その深い慈愛の努力を


いかに無知なる


私たちであっても


どうして


忘れることができようか。


「この世で尊敬する人


 それは


 母に勝る人はいない」


これは


ある哲学者の言葉である。


隣近所から


中傷され


傷つく日々も多い母。


その卑しき人々をも


まるで病的な

人間の
暗い地獄行きの行列を


見るように哀れむ


母の強き慈愛の瞳!


あの多くの花々の


咲き乱れる庭はなくとも

母のけなげな姿が

崇高な薔薇の咲く楽園を


作ってくれる


わが家!


おお


疲れた様子の母よ。


しかし


僕たちの心を明朗に


楽しげにさせてくれる


母の


輝かしい振る舞いよ!


母には


上流階級も


下流階級もない。


何も着飾らなくても


そのままが大女優だ。


世界的な名優であっても


不正に対する


あの母の怒りの


迫力ある名演技は


真似できない。


自分は演説などできないのに


有名な政治家の演説を


テレビで見ながら


下手だ下手だと


笑いこけている


偉大性の母よ!


夫から


あまり


非難しない方がいいよと


言われても


すみませんすみませんと


平然として応える。


それは
窮地に追い込まれたときの


政治家の答弁に


よく似ていると


夫婦して
ゲラゲラ笑い飛ばす


大胆さよ!


母は


総理大臣以上に


経済も 平和も

教育も 哲学も


現実の政策も


知り抜いている。


母は


ある時は哲学者に


ある時は外交官に


ある時は医者に


ある時は看護師に


そして母は


生活の博学博士だ。


いかなる


気味悪い悪人たちが


襲いかかってきても


燃えて輝く母の


強い瞳を見ると


私たちの瞳も


正義に変わる。


断じて


敵に負けない


断じて


軽蔑に負けない


英雄の瞳が輝く!


母の 


平凡にして正義の


平凡にして真実の一声は


私たちの肺腑(はいふ)をえぐる。


窓を打つ雨があっても


雨漏りがする嵐があっても


青春の人生の花のように


笑いながら
わが家を引き裂くものと


戦いゆく愛の光は


太古からの岩石よりも


強い信念だ。


ある時は


新鮮な果実のように


赤い頬(ほお)の


若々しき笑顔の母!


そこには


なんの不安もなく


生気あふれる希望の光が


輝き始める。


悩み疲れても


狂気に似た


非難中傷があっても


あらゆる苦難の
圧力があっても


ため息をつくような


悪夢の日々が続いても


母の美しき至福の微笑みの


輝きを見ると


私たちの胸に


勇気の閃光が戻ってくる。


母のいない子もいる。

淋しいだろう。


思い出が深いだろう。


また


思い出がない人も


いるかもしれない。


生まれながらにして


母がいない人も


母が亡くなった人もいる。


母のいない人は


淋しそうに思われるが


すべての人間の心の中に


母はいるはずだ。


いな


生きているはずだ。


それが
生命の命運である。


母は


自分の心で


創れるものだ。


自分自身の心で愛し


決め抜いていく

母が
本当の母だ。


現実の母だ。


自らの心に


理想の母を描き持つこと


これが


真実の母だ。


「心は


 工なる画師の如く」という


先哲の言葉の通りである。


誰人であれ
いつの日か


この地球上から


去っていくのだ。


いかなる良心の母も


恵まれた母も


いつの日か


去ってしまうものだ。


そして

いずれかの世界で


母は生ずるものだ。


やがては


自分自身もまた


母になるのだ。


母がいる人は


最大に幸福だ。

しかし


母がいない人もまた


汝の魂の中に


必ず母は生きている。


同じく幸せなのだ。


これが 


永遠の生命の法理だ。


なんといじらしき


尊き母の人生よ!


母と聞いただけで


心が和やかになる。


少年時代の夢が蘇る。


けなげに生き抜いていく


いぶし銀の深さと尊さを
感ずる。


私の母は
名前は「一」である。


その名を


父親がつけた
理由のひとつとして


「一番 いい人になりなさい」


「一番 健康で生きなさい」


「一番 長生きしなさい」


そして


「一番 皆さんに尽くしなさい」と


言っていたそうだ。


そこには


一番 偉くなれとか


一番 金持ちになれとか


一番 名誉を持てとか


そんな


毀誉褒貶(きよほうへん)の意味合いは


まったくない。
母は


よい人間になることだけを


考えている。


偉い人になれとか


富豪になれとか


著名人になれとか


勲章をもらう人になれとか


マスコミに登場する人に


なれとか


社会の名声を追うことなど


打ち砕いていく


慈悲深き生命だ。


その深さと高さは


英雄たりともほど遠い。


不幸の人を救わんとして


懸命に働く母!


悩める人を守らんとして


真剣に走り動く母!


その人が


願望を達成していく姿を


見つめる母の瞳には


ダイヤよりも美しい


涙が光っていた。


母という


深い深い魂の光には


差別はないものだ。


俳優が


その時その時の


役柄を振る舞うように


母もさまざまな使命の姿を


見せるけれども


母という崇高な生命には


変わりはない。


我々が仕事に疲れ


戦いに敗れ


意気消沈した時も


溌刺(はつらつ)とした


力強い希望を


与えてくれた母!


ものすごい攻撃の


先頭で戦ってきた


息子たちでさえ


母の涙の励ましには


最敬礼する魂となる。


地昧で


誰に誉められることもなく


いな


さまざまな悪口中傷の


陰口をたたかれながら


いつもいつも


間断なく歩き回り


語り続ける。


夜遅く帰宅しても
す

ぐ目を覚まして


迎えてくれた母!


いかなる苦悩の


最中にあっても


何も聞かずに


励ましてくれた母!

母の魂を知る人は


最大の幸福者だ。


母は


偉大なる母!


苦難の連続にあっても


一滴の涙もこぼさずに


苦しき溜息もつかずに


常に 

そしていつも


私たちを


温かく見守ってくれたのだ。


いかなる苦悩さえも


喜びに変えゆく


力を持つ母!


不眠に充血した目を


こすりながらも


一家のすべての者たちを


強く温かく保護しゆく


母の魂の喜びは


無限に光る。


母の呼吸は


生き抜く生活を


生き抜く光を


そして


汝自身の慎(つつ)ましき務めを


そよ風のごとく包む。


母は自分らしく


一家の片隅まで愛して


生き抜いている。


狭い城でありながら


光り輝く太陽に向かって


伸び伸びと


樹木のごとく


厳然と立ち


生き抜いている。


母には


労働基準法はない。


働かせすぎを罰して


母を守ってくれる


人間もいない。


だから


夫は


妻を大切にするのだ。


子どもたちは


親孝行するのだ。


それが


人間の正しい法則だからだ。


母を悩ませ


苦しめる人は


悪人だ。


母を苦しめ


泣かす人は


最低の人間だ。


親不孝を罰する


法律はない。


ゆえに


母を


断じて悲しませるな!


母を
断じて嘆かせるな!


母を苦しめ


いじめる人間は


ヒトラーよりも悪いと


小学校の教壇で訴えた


教師がいたようだ。


忌まわしき


終戦後の地獄の廃墟の

日々にあって


子どもたちのために


日が暮れるまで


芋の買い出しに奔走した


母親がいた。


父親が


「帰りが遅い」となじると


その小学生の子どもは


母に抱きつき


「お父さんは


 独裁者よりも残酷で悪い」と
母

 を庇ってどなり返した


という話を聞いた。


感動した。


涙が出た。


わが母を


断じて守りゆくことだ。


母を


優しき愛で守ることだ。


断じて
悲しみの道を


歩ませてはならない。


最愛の人は


母!


最高に尊敬すべきは


母だ!


往々にして


男は


勝つことのみを願って


生きている。


勝ったときは


有頂天となり


負けたときは


惨めな憔悴(しょうすい)の姿を見せる。


母は


「決して負けない」という


固い一念だ。


誇らしげに勝つよりも


断じて負けない人生に


深い誉れを持っている。


母は強い。


そして


母は優しい。


いくら島国根性の悪口を


浴びせられても


大声で笑い飛ばしながら


希望を常に抱いている


偉大なる母よ!
ある時は
平凡な母!


ある時は
聡明な母!


ある時は
博士の母!


ある時は


救世主の母!


この母たちありて


人間の世界は明るいのだ!


母は


偉大なる指導者である。


開拓者である。


燦然たる生命の


宝の先駆者だ。


母親を


皇帝以上に大切に守り


生き抜いていくところに


平和と幸福の帝国が


できあがる。


真の幸福の


人間連帯の世界

が
完成される。


世界中


すべての母が


笑顔で暮らしゆく世紀が


真の世界平和の


夜明けなのだ!


 

                     

2003年2月27日
         
世界桂冠詩人        






Last updated  2018/05/03 07:50:07 AM
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5・3「創価学会の日」記念 

世界広布新時代 第33回 本部幹部会から(要旨) 


永石貴美子婦人部長

 一、栄光の5・3「創価学会の日」、そして「創価学会母の日」制定30周年を記念する「全国婦人部グループ長大会」の開催、大変におめでとうございます(拍手)。


 意義あるこの時に、婦人部指導集『幸福の花束Ⅱ』が発刊の運びとなりました。

 うれしいことに、池田先生が「発刊に寄せて」を執筆してくださり、その中で「われらの輝き光る5月の3日は、いつも広宣流布の誓願に生き抜く、母たち、女性たちの『太陽の心』に照らされ、歓喜と決意の大輪が咲き誇る日であるといってよいでありましょう。尽きせぬ感謝と尊敬の結晶として、この日が『創価学会母の日』と定められたのは、1988年のことでありました」と、したためてくださいました。



 今、白ゆり合唱団の皆さんが歌い上げた婦人部歌「母の曲」。

学会が嵐の中で、先生は、一人一人の婦人部への心の思いを、励ましの叫びを、歌詞につづってくださいました。


 口述された歴史をとどめる小説『新・人間革命』第29巻「常楽」の章も、この本に収められ、さらに「福光母乃曲」との書も載っています。


 「母の曲」誕生40周年、「今日も元気で」発表50周年の佳節である本年、婦人部をたたえ励まし続けてくださる池田

先生への心からの感謝を胸に、これからもこの師弟の歌を高らかに歌っていきます。学会の根幹である師弟の絆で、全てを勝ち開いていくことを誓い、進みます。



 一、この5月、いよいよ待ちに待った「婦人部総会」の開催です。グループという一番小さな単位で、一番大きな笑顔がはじける、全員が主役の総会です。新緑薫る季節、創価の哲学を多くの友に、楽しく語り広げていこうではありませんか。


 先日お会いした東京婦人部の寺田さんは、ご主人を折伏して結婚。

4人の男の子の子育てに奮闘してきました。不登校や非行に、心が張り裂けそうになることもありましたが、息子たちを信じて祈り抜き、会合で感動した先生の話や体験をありのままに語り続けていきました。


 そのお手本は、85歳になるお母さんです。寺田さんは語ります。「かつて私は、障がいのある兄や、家に帰ってこない父のことで悩み、自身もうつと拒食症で生きる希望も持てませんでした。そのどん底の家庭の中でも、母は、いつも笑顔で学会活動に励み、“池田先生についていけば大丈夫”と一言も愚痴を言わずに家族を大切にしてくれました。幸せになれたのは、一家の太陽の母のおかげです」と。


 寺田さんは、葛藤の中、一歩も引かずに祈り、挑み抜きました。息子さんの遊び友達まで折伏。なんと友人3人が入会したのです。


 そして、結婚した息子2人のお嫁さんも「お母さんのようになりたい」と次々に入会。すると、その姿に息子たちが発心。次男は男子部大学校生、三男は初の個人折伏を実らせ、四男も信心に立ち上がるまでになりました。


 さらに、ご主人の両親も弟夫婦も入会。皆が広布の庭で、にぎやかに前進しています。



 一、御書に「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808ページ)とあります。創価の母の祈りの届かないところはありません。
 自らが太陽となって、わが友、わが家族、全ての人に祈りと幸福の花束を贈りながら、きょうから広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」へ、朗らかに前進を開始していこうではありませんか(拍手)。

(2018年4月20日 聖教新聞)







Last updated  2018/05/03 06:50:10 AM
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2018/05/02
笑顔の太陽・婦人部に幸福あれ!​

「創価学会母の日」制定30周年記念 5

この世で最も尊いのは、 母の心である


親孝行をする日に
「創価学会母の日」が制定されて以降、毎年の5月3日を記念する集いで、池田先生は婦人部に励ましの言葉を贈り続けている。
 90年(平成2年)5月3日の関西記念総会では、ユーモアを込めて語った。「きょうは『創価学会母の日』である。エメラルドを買ってあげるとまではいかなくとも、婦人部を最大に大切にしていただきたい。
『掃除も僕がやるよ』、『夕飯も僕が作るよ』――そうした言葉だけでも、奥さまは、ふだんしいたげられている人ほど、感動されるにちがいない。また反対に、婦人のなかには、夫を叱(しか)ることに”しびれるような幸福”を感じておられる方がいらつしゃる、とうかがったこともある」
 爆笑が広がった。
「ともあれ、私ともの生活や家庭は和楽につつまれ、つねに母には優(やさ)しく、むつまじい日日でありたい。そして、もっとも苦労されている婦人部を、皆がもっとも大切にしていく—— 本日を、その象徴(しょうちょう)の日にしていただきたい」

 翌91年に行われた「5・3」記念式典では、一庶民の婦人部、 一人一人の奮闘をたたえ、感謝を述ベた。
「あまりにもいじらしい”母”たちの、語りつくせぬ労苦によって築かれた"世界の民衆の城"が創価学会である。この幸福の城を、だれ人にも断じて壊(こわ)させてはならない」
「わが学会の最大の功労者である婦人部を、最高に大切にしてまいりたい。
 とくにリーダーは、婦人部の皆さまに対して、どこまでも礼儀正しく、誠実に接していくべきである。
 そうした日ごろの感謝をこめて、 きようの『創価学会母の日』を、 わが家の母、わが地域の広布の母に、それぞれが"奉仕する日としていきたいと思う」
 さらに先生は——。
「きようは、壮年部の皆さまは、 奥さまに必ず何かを買って差し上げる、また、青年部は、家事を手伝い、肩をおもみし、お母さんが何にもしなくてよいようにしてあげる——そういう日であっていただきたい」(93年5月3日、「創価 学会の日」記念勤行会)

「(5月3日は)広宣流布の偉大なお母さん——婦人部の方々に、 全員で親孝行』する日としたい。 そういう伝統をつくりたい」(95年4月26日、「5・3」祝賀の本部幹部会)
「母には、かなわない。この世で最も尊いのは、母の心である。
 皆さまも、お母さんを大切にしていただきたい。親孝行(おやこうこう)できる人が偉い人である。
 仏典には、親孝行の究極(きゅうきょく)に仏法があり、仏とは最高に親孝行の人であると説かれている。
 わが偉大なる『創価の母』たちに、最大の敬意と感謝をこめて拍手を贈りたい」(96年5月3日、「5・3」記念祝賀式典)


朗らかな決意発表に感銘
 オース卜リア 元文部次官 ユッダウンカル卜=サイフエル卜博士

「婦人部の皆さまの集いに参加し、いつも感銘を受けることがあります。
それは、家庭の課題や自身の悩みなどを赤裸々に打ち明け、''必ず克服しますと、朗らかに決意を発表する姿です。
 そうした姿は、”女性のかがみ”です。だから私はよく、友人に、”SGIの会合に参加してみて"と勧めています」


平和を築く最大の原動力
 未来学者  ヘイゼル・ヘンダーソン博士

「社会の大きな変革は、もはや古い権威の力に期待することはできません。
その変革は——女性たちの中からこそ始まります」
「女性のかけがえのない役割は、単に母としての存在だけでなく、平和で調和に満ちた社会を築く、最大の原動力としての存在にあるのです」
「私は、『21世紀こそ女性の世紀である』という、池田会長の見解に深く同意いたします。そして創価学会婦人部に、心からの賞讃を贈ります」



心が強くあることが 幸福の土台である

偉大なる母を讚う
 20年前の98年5月3日、池田先生は「創価学会母の日」を記念して、長編詩「偉大なる母を讚う」 を詠(よ)んだ。  

 この感動は、学会内外に大きく広がり、日本国内のテレビ番組で紹介されたほか、ドミニカ最大の日刊紙にも掲載(けいさい)された。 最後に、詩を抜粋(ばっすい)したい。

 春の風のように
 母よ
 あなたの微笑(ほほえ)みは
 皆の心の園(その)に
 花を咲(さ)かせる

 春の陽光のように
 母よ!
 あなたの明るい声は
 皆の胸の世界に
 勇気と希望を与える
  … … …
 いかなる悩みがあっても
 断(だん)じて臆(おく)せぬ 信念の母!

 いな
 いかなる苦悩(くのう)も乗り越(こ)えゆく 哲学者の母!
 ひたすら祈りに祈り
 前へ 前へと
 生き抜く 永遠の勝利者の姿の母!

 ああ!
 母の胸中(きょうちゅう)の宮殿(きゅうでん)は
 どれほど
 無限なる宝財(ほうざい)を 持つているこ とか
 波浪(はろう)の木の葉のごとく
 揺(ゆ)れ動く社会にあって

 愚痴(ぐち)と虚栄(きょえい)の泥沼(どろぬま)を 巡(めぐ)り続ける
 流転(るてん)の人々を 見下(みお)ろしながら
 あまりにも 大きな笑顔で
 楽しく歩みゆく
 無名の母の 大きな姿よ!
  … … …
 母よ 大楽観主義者(だいらっかんしゅぎしゃ)の母よ
 だれでも あなたの名を呼ぶ時
 暖かな春が 胸に よみがえる
 だれでも あなたの声を聞く時
 懐かしい故郷(ふるさと)から 生きる力を得(え)る

 「火も焼くこと能(あた)わず
 水も漂(ただよ)わすこと 能わず」
 何ものにも壊(こわ)されぬ希望の当体
 その名 永遠の栄光の母たちよ

 母が厳然としている限り
 子どもの自由な安全地帯がある
 母の顔(かんばせ)に光がある限り
 人類に絶望の暗黒はない
 つねに 平和の太陽が赫々(かくかく)と照らす

 偉大なる勇気が
 偉大なる慈悲を生む
 心が強くあることが
 自身の幸福の土台であり
 家族を守り育む 母の翼(つばさ)となる
 だからこそ 母よ
 徹して 強くあれ
 断じて 負けるな
               〔完)​


(大白蓮華  2018年5月号)







Last updated  2018/05/02 08:20:10 AM
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​​笑顔の太陽・婦人部に幸福あれ!
「創価学会母の日」制定30周年記念  4

皆が母を大切にすれば、 世界は平和になる

仏の慈悲は母の愛のごとし

「5・3」が「創価学会母の日」 と制定されてから2年後の90年 (平成2年)2月、アメリカを訪問していた池田先生は、連日、各部の斫修会などに出席。渾身(こんしん)のスピーチを行っていた。
 22日には、青年部の研修会が開かれ、”温かな人間性のリーダーになってほしい”との願いを込めて、「母と子」について語ってい った。
 まず先生は、「母の日」がアメリカで制定され、各国に広がった史実を紹介。その淵源(えんげん)が、母を思う人の女性の呼び掛けであったことに触れ、青年たちに力説していった。
「『人間性』の真髄(しんずい)にふれるもの。 それを人の勇気ある人が訴え始める時、人類の心の海を、一波から千波、万波と伝わり、広がっていくのである。
 そして、仏法は『人間性』の究極(きゅうきょく)の世界である。
 ”母への感謝” ”礼儀”といった、 美しい人間性を離れて、別のところに仏法があるのではない。御書に仰せのごとく、もっとも道理にかなった”人の振(ふ)る舞い”が即、仏法の生命なのである。
 ゆえに私どもの集いは、どこよりもあたたかく、こまやかな愛情に満ちた世界でなければならない。 また私どもが、そうした人間性の真髄(しんずい)を身につけ、洗練(せんれん)された豊かな人格を練(ね)り上げていく時、自然のうちに社会の人々の心を魅了していくにちがいない」

 さらに先生は、ニューョークの 「自由の女神」像の作者が、女手一つで育ててくれた母をたたえるため、像のモデルに自分の母親を選んだと言われることを紹介した。
 また、「幼子(おさなご)は母をしらず母は幼子をわすれず、釈迦仏(しゃかぶつ)は母のごとし女人は幼子のごとし」(御書 1114ページ)等の御文を拝し、仏の慈悲(じひ)が母の愛にたとえられていることを通し、念願するように述ベていった。
「お母さんの愛を忘れてはならない。お母さんの苦労を忘れてはならない。お母さんの笑顔が心に生きている時、人間は決して大きく道を誤(あやま)ることがない、と私は思う。
 それと同じく、私ども凡夫(ぼんぷ)が御本仏の大慈悲を忘れることなく、 深き感謝の心で生きていく時、心には仏界の光が大きく広がっていく。そして御本尊の大慈悲につつまれた、根本的に安穏と歓喜の人生の軌道(きどう)となつていくのである。
 どうか若き皆さんは、かけがえのないご両親、とくにお母さんを大切にしていただきたいと重ねて申し上げたい。
 『母』の愛は深い。『母』の力は偉大である。そしてすベての人々 が『母』を大切にすれば、必ずや世界も平和になり、幸福になつていくにちがいない」
 広布の師を見つめる青年たちの瞳(ひとみ)が輝いていた。

◆証言(秋山栄子さん)
 SGI婦人部長として研修会に参加していました。アメリカ青年部に対し、「母の愛」のお話をされたことに、大変、深い意義があると感じています。
 アメリカは当時の日本と比べ、 社会的に女性が独立していました。 現地の婦人部と懇談する中でも、シングルマザーとして働きながら子育てをしている方が少なくない印象を受けていました。子と離れて暮らす方が、涙ながらに寂(さび)しさを打ち明けてくださったこともありました。
 先生は、このアメリカ青年部の研修会で、「子を思う金鳥(こんちょう)は火の中に入(い)りにき、子を思いし貧女(ひんにょ)は恒河(こうが)に沈(しず)みき、彼(か)の金鳥は今の弥勒菩薩(みろくぼさつ)なり彼の河(かわ)に沈(しず)みし女人は大梵天王(だいぼんてんのう)と生まれ給(たま)えり」(御書 934ページ)との御文を拝し、「子を思う母のひたむきな『心』は、そのまま『菩薩』に通じ、『大梵天』に通じる」と指導されました。 青年部のみならず、母である婦人部にとっても、母子の絆(きずな)がどれほど強いかを知るスピ―チとなりました。


笑顔と明るさと勢いに感心
 北京大学 賈蕙萱(かけいけん)教授

「中国には、天の半分を支えているのは女性、という言葉があります。創価学会の半分以上を支えているのは婦人部。婦人部は、いつも笑顔があり、どこに行っても色彩豊かな衣服と明るさがあり、その勢いに、いつも大変、感心しています」
「学会の婦人部の皆様は、立場や肩書などに関係なく、一人の女性として、私を励ましてくださった。創価の女性たちの存在は、『希望』という言葉が最もふさわしいと思います」


(大白蓮華  2018年5月号)​​







Last updated  2018/05/02 08:00:17 AM
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2018/05/01
​​笑顔の太陽・婦人部に幸福あれ!
「創価学会母の日」制定30周年記念   3


妙法こそ、真の自由を実現する大法なのである

師子王のごとき信心を

 続いて先生は、フランス革命の際にも掲げられた「自由」という理想について論じていつた。
「『自由』とは何か。どうすれば人間は自由を楽しみきつていけるのか。古来から無数の賢人、哲学者らが、このテーマを追い求めてきた。
 いな、そうした理屈以前(りくついぜん)に、人間はだれしも自由にあこがれる。 不自由や束縛(そくばく)を嫌(きら)い、自由に生きたいと願うのは、人間本来の欲求(よっきゅう)である。『自由とは何か』を知らなくとも、自由が幸福のためになくてはならない条件であることは、 だれもが知っているといってよい。
 そして、あらゆる人が自由を求めながら、事実の自由を獲得(かくとく)する人はあまりにも少ない――」
 皆、真剣な表情でうなずいている。
「環境も大事である。しかし環境がすべてであり、絶対なのではない。戸田先生は、牢獄(ろうごく)という、 この世でもっとも不自由な環境のなかで、永遠の自由の境涯(きょうがい)を獲得された」
 先生は、こう述べると、笑顔で婦人部の友を見つめていった。
「皆さま方のなかにも、お姑さんにしばられ、子どもにまとわりつかれ、ご主人や家事、仕事すべてが、にっくき鉄(てつ)の鎖(くさり)に見えてくる経験をおもちの方も少なくないと思う」

 ユーモアあふれる言葉に、場内は爆笑の渦(うず)。皆、顔を見合わせ、声をあげて笑った。
 先生は、フランスの哲学者ボルテールの言葉などを通して指導。 さらに「御義口伝(おんぎくでん)」の「我等(われら)が一念の忘心(もうしん)の外(ほか)に仏心無(ぶっしんな)し九界の生死(しょうじ)が真如(しんにょ)なれば即(すなわ)ち自在なり所謂(いわゆる)南無妙法蓮華経と唱(とな)え奉(たてまつ)る即(すなわ)ち自在(じざい)なり」(御書789ページ)との仰せを拝し、力強く語った。


 「われわれ凡夫(ぼんぷ)の迷(まよ)いの生命を離れて、他のどこにも仏の生命はない。煩悩(ぼんのう)や宿業(しゅくごう)、苦悩(くのう)に縛(しば)られた九界の生死も、妙法に照らされるとき、本来ありのままの真実の姿を顕(あら)し、『自在』の生死となる。
 すなわち南無妙法蓮華経と唱え奉ることによって、自由自在の生命活動となるとの御聖訓である。
 不自由に見える九界(きゅうかい)の現実の生活を離れて、どこか別世界に自由があるのではない。現実から逃避(とうひ)しても、他のどこにも真の自由はない。
 逃げだすといっても、宇宙から逃げだすわけにはいかない。何より自分の生命の外へ逃げだすことは不可能である。
 その自分の生命が、宿命にしばられ、自身の弱さにとらわれ、苦しみに負け、誤(あやま)った思想につなぎとめられているとしたら、いずこにいっても自由はない」
 参加者は、生命に刻(きざ)み込むかのように、広布の師の言葉を聞いていた。

 先生は確信を込めた。
「大聖人は『今度生死(こんどしょうじ)の縛(ばく)を切(き)って」(御書177ページ)と仰せである。生命をしばりつける迷(まよ)いの ”縛”を断(た)ち切る剣(つるぎ)こそ、妙法の実践である。
 仏界(ぶっかい)の境界(きょうがい)にこそ、真実の自由がある。三世にわたって最高に自在の境界がある。わが信心の一念どおりに、自在に人生を開きゆく”力”と”智慧”に満ちてくる。妙法こそ事実のうえに、真の『自由』を実現する無上の大法なのである」
 婦人部の友の胸中に、決意の光がともっていった。


 スピーチの最後に、先生は呼び掛けた。
「皆さまにも、さまざまな苦難のときがあるだろう。しかし、そのときこそ、宿命を転換し、大功徳を受けるときと確信して、師子王のごとき信心を貫(つらぬ)きとおしていただきたい。
 最後に、皆さまは正法を信じ、 正法を行じ、弘め、正法の功徳につつまれながら、尊(とうと)き人生を楽しく生きゆくお一人お一人であっていただきたい。
 そして、婦人部の皆さまが、人ももれなく幸福であり、安穏(あんのん)であり、健康であり、長寿であられんことを心からお祈りし、私のスピーチを終わらせていただく」
 喜びの拍手が湧(わ)き起こった。先生の慈愛(じあい)あふれる指導とともに、 婦人部は新たな船出を開始した。
 翌日の聖教新聞で、5月3日を 「創価学会母の日」にすること、 そして、新しい婦人部旗を作製することが発表されると、婦人部に歓喜の波動が広がっていった。


人類文明を向上させる力
  政治哲学者 バラティ・ムカジ一博士

「世界女性会館に来れば、『人類の文明を向上させるのは女性だ。私自身の中に、その力と強さがあるんだ』ということを、皆、必ず気づくことでしょう」


(大白蓮華  2018年5月号)


​​







Last updated  2018/05/01 05:00:08 PM
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笑顔の太陽・婦人部に幸福あれ!
「創価学会母の日」制定30周年記念   2
全国婦人部幹部会
 1988年(昭和63年)4月27日、第1回の全国婦人部幹部会が、 東京・信濃町の創価文化会館で開催された。この幹部会は、池田先生の提案で始まった集いであった。
 会場となった広宣会館には、この日、新たに発足した、「婦人部白ゆり大学校」「ヤング白ゆり大学校」の1期生をはじめ、地区担当員(現在の地区婦人部長)の代表らが集っていた。

 幹部のあいさつに続いて、婦人部の「白ゆり合唱団」が登場。すると、立春から八十八夜が近づいてきたこともあり、先生が唱歌 「茶摘(ちゃつみ)」をリクエスト。有名な歌ではあるが、合唱団として練習したことはなかった。
しかし、さすが婦人部が誇る合唱団。全員の息がピタリと合い、 さわやかな歌声が会場を包んだ。

  夏も近づく八十八夜
  野にも山にも若葉が茂る

 合唱が終わると、大きな歓声と拍手が起こった。
 スピーチの冒頭、先生は、第1回の婦人部幹部会の開催を祝福し、訴えていった。
「家庭においても主婦が家の太陽のごとき存在であるように、学会にあっても婦人部の存在が大きな土台となっている。婦人部が健在(けんざい)であれば、学会は健在である。
 その意味からも、さらに盤石(ばんじゃく)な婦人部の建設をめざして、たがいに支えあい、守りあいながら明るく、仲良く前進をお願いしたい」 (『池田大作全集』。以下、スピーチ、長編詩は全て同書)
 参加者の瞳(ひとみ)が決意に輝いた。 続けて先生は、笑顔で語った。 「なお、きょうは『白ゆり合唱団』の美しい歌声を聴くことが楽しみであった。『心』は声に表れ、 動作に表れるといわれるが、さすがに実力ある合唱に感銘(かんめい)を深くしたしだいである」
 合唱団のメンバーの表情が、いっそう明るくなった。
さらに先生は、この日、結成された”白ゆり大学校”の成長と活躍に期待を込め、エールを送った。

支え合い、守り合い明るく仲良く前進を

二つの提案
「本日は、婦人部の新たな出発のときでもあり、何点か提案をしておきたい」――その言葉に、皆の視線(しせん)が先生に注がれた。
「まず、創価学会の『母の日』 を設(もお)けてはどうかということである」
 思いがけない提案であった。歓喜が一気に広がり、大きな拍手となって会場に響いた。
 先生は、その真情を明かしていった。
「日本やアメリカなどはご存じのとおり、5月の第1日曜日が 『母の日』である。フランスの『母の日」は5月の最終日曜日となっている。フランスでは、カー ネーションの花を贈る風習はないが、家族が真心の贈り物をもって、 感謝の心を表すという伝統があるとうかがった。

 この『母』の恩に感謝をささげる”祝日”は、世界的な広がりをもって実施されている。まことにすばらしいことである。
 そこで、学会でもっとも大切な記念日である『5月3日』を『創価学会母の日』としたい。そして、 6月10日の『婦人部の日」とともに”広布の母”である婦人部の皆さまを最大に讃(たた)え、その労(ろう)を顕彰(けんしょう)する日としてはどうかと思うが、 いかがであろうか」

 広布の師の慈愛(じあい)あふれる呼び掛けに、婦人部の友は胸を熱くしながら賛同の拍手を送った。
 先生の提案は、これだけではなかった。
「次は、新時代の婦人部にふさわしい『新婦人部旗』を作製してはどうかということである」
 喜びの拍手が再び起こった。 さらに先生は、旗のイメージを語っていった。
「たとえばフランスの国旗は青、 白、赤の三色旗であるが、『自由・平等・友愛』を表すことはよく知られている。この『自由・平等・友愛』は、フランス革命のさいの革命運動の標語であった。つまりフランス国旗は、フランスの民衆の勝利と栄光の象徴ともいえよう。
 これは私の一案であるが、新しい婦人部旗のデザインを、たとえば『赤・黄・青』の三色旗にする。 そして、それぞれの色に『和楽 (赤)、求道(黄)、福運(青)』、 あるいは『勝利・栄光・平和』、『太陽、知性、広宣流布』の意義を象徴させるというように、広布への心をこめたデザインにする。 また、婦人部のシンボルの花ともいる、”白ゆり”を配してもよいのではないだろうか」


◆証言(坂ロ幾代さん)
 この第1回「全国婦人部幹部会」は、今も忘れることができない、歴史的な会合となりました。 私が婦人部長の任命を受けた直後の集いでした。
 5月3日を「創価学会母の日」 に制定すること、そして、「赤、黄、青」の三色で新しい婦人部旗を作ること— 突然の発表に、皆が驚(おどろ)き、歓喜が爆発しました。先生からの温かなプレゼントであるとともに、”婦人部から新たな風を!”とのご期待を感じてなりませんでした。
 そのお心が、"生命本源の「自由」を勝ち取れ!”との、この日の哲学的なスピーチに象徴されていると思います。
 先生は、婦人部の次の世代のリーダーを育成する”白ゆり大学校”の結成も、大変に喜んでくださいました。そうした新たな試みに、先生自ら大応援の後押しをしてくださり、婦人部のさまざまな取り組みに力を入れてくださったのです。
 また、「母」という点に関して、婦人部長に就任した時、先生から大激励を受けました。当時、8歳と6歳の子がいましたが、先生は温かく、「子どもが小さくて大変だね。 でも、母親が多くの人のために、 西へ東へ走って戦う。その子が立派にならないわけがないよ。大確信していきなさい」と。子育てにも学会活動にも奮闘する婦人部全員への激励と受け止めています。
◆証言(高橋栄さん)
 当時、私も坂口婦人部長と共に書記長の任命を受けたばかりでした。池田先生が懇談的にスピーチをしてくださり、皆、先生のユーモアと希望あふれる指導に、時に大爆笑しながらも真剣に聴き入っていました。
 三色の新婦人部旗のご提案は、先生が街中でデパー卜の紙袋を持って歩いている人をご覧になり、”学会も、シンボルカラーになるようなものを”との思いがあったようです。
 先生の提案を聞いた婦人部は、 大喜びで、旗のみならず、さまざまな三色グッズを考案。安全ピンにビーズを通して、ブローチや髪飾りを作り、”私は学会員!”と、 誇らしく身に着けて、活動に歩きました。
 婦人部から起きた波動は学会全体に広がり、やがて三色旗は学会のシンボルに。先生は、日常の地道な活動の中でも、学会員としての誇りが持てるよう、明るく楽しく軽やかに広布の戦いを進められるように、婦人部に三色旗の提案をしてくださったのだと思います。
創価の女性といるだけで幸せに
 エマソン協会元会長  サーラ・ワイダー博士

「もし、希望を見いだしたいと思うなら、私は、すぐに創価学会の婦人部の皆様を思い出すことでしょう」
「婦人部の皆さんは、行動的で、勇気を与えてくれました。このような方々を、私は見たことがありません」 「創価の女性の皆様と一緒にいるだけで、幸福な気持ちになります」

生命を育む「母」の連帯
 平和活動家 ベティ・ウィリアムズ博士

「創価の女性たちは、平和のために献身する世界の女性たちとも、精神的な連帯で結ばれています。
それは、生命を育む『母』であるがゆえに分かり合える連帯であるといえましよう!」
(大白蓮華  2018年5月号)








Last updated  2018/05/01 08:00:15 AM
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​​笑顔の太陽・婦人部に幸福あれ!
「創価学会母の日」制定30周年記念

母の勝利こそ、平和と栄光の勝利である
最重要の記念日「5・3」

 創価学会には、さまざまな”記念日”がある。
SGI〈創価学会インタナショナル)が発足し、世界広布への新たな前進を開始した「1・26」。
 戸田城聖先生から、池田大作先生をはじめとする青年に後継のバトンが託された「3 ・16」。
 軍部政府の弾圧を耐え抜いた戸田先生が」出獄した日であり、権力の魔性が池田先生を不当逮捕した日でもある「7・3」。
 池田先生が世界広布の第一歩をしるした「10・2」。
 創立記念日である「11・18」。
 そして、戸田先生と池田先生が会長に就任された日であり、学会が最も大切にしている「5・3」。 この日は、毎年、清新な決意に立って出発を切る日であり、”学会のお正月”ともいわれている。

 この最重要の「5・3」には、 もう一つの記念日が制定されている。
「創価学会母の日」である。
 池田先生は、創価家族の太陽である婦人部を、常に激励し、称賛(しょうさん)し、感謝を述(の)べている。
 創価の母たる婦人部なくして、 創価学会の発展と勝利はない。

 先生はつづっている。
「"20世紀の奇跡"と言われた、戦後の創価学会の勝利は、わが敬愛(けいあい)する婦人部の皆様の勝利であった。
 来る日も来る日も、愛する家族のため、さらに悩める友のために、 誰よりも一生懸命に走り抜いてきた母。
 厳(きび)しい不況(ふきょう)のなか、夫を励ましながら、崩(くず)れぬ福運の城を築(きず)かむと、家の幸福へ、聡明(そうめい)に指揮(しき)をとる母。
 あらゆる宿命の嵐にも、諸天(しょてん)も揺(ゆ)さぶる勢いで祈りに祈り、動きに動き、人生の戦闘を繰(く)り広げてきた母。
 平凡のようでも、常に笑顔をふりまきながら、わが周囲から、わが地域から、希望の波を広げゆく尊(とうと)い母。
 母の勝利が、平和と栄光の勝利である」(「随筆 新・人間革命」)

 本年は、「創価学会母の日」が制定されてから、30周年。そこで、 婦人部に対する池田先生の指導や激励、世界の識者からの期待と賛嘆(さんたん)の声等を通し、広宣流布の最大の功労者である婦人部に感謝をささげていきたい。

(大白蓮華  2018年5月号)


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Last updated  2018/05/01 07:00:22 AM
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