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晴ればれとBlog

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グローバルウオッチ 共生の未来へ

2019/01/31
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グローバルウオッチ 
共生の未来へ 総集編 3=完   包摂の担い手


 一人の変革から始まる 「差異」の価値創造。
 
 現代社会の課題と向き合う「グローバルウオッチ 共生の未来へ」。他者との「差異」(違い)を認識した時、人は、相手との関係に上下の差を設けてしまいがちだ。総集編の最終回は、「包摂(包み込む)の担い手」として当事者をサポートする体験を振り返る。“支援する側とされる側”という固定化した関係を超え、共生へと向かう道――そこに仏法者が果たす役割を考えたい。

地域を“診る”総合診療医(家庭医)
 「恵寿ローレルクリニック」の院長・吉岡哲也さん(47)=石川県七尾市、地区幹事(誓願長〈ブロック長〉兼任)、総県ドクター部長=は、総合診療(家庭医療)のエキスパートだ。身体疾患にとどまらず、「患者さんの生活ごと“診て”いくんです」。
 医学部時代に「総合診療」と出あう。だが当時、日本には研修プログラムさえ確立されていなかった。卒業後、内科、外科、精神科、産婦人科など多くの診療科を経験。離島医療にも従事した。「学会活動に励むほど、道が開けた」と振り返る。家庭医療の先進国・アメリカで、7年間働いた。
 帰国後、理想と現実のギャップに打ちのめされたことも。それでも、「病気だけを治しても、幸福になれるわけじゃない。体も心も、その人を丸ごとサポートするのが、本物の医療」との信念は揺るがなかった。
 現在は特任指導医として、専門医を指導。研修医や医学生へは外来教育を提供し、後進の育成も。多様な人生に寄り添う医療を実践する。(2018年12月2日付)


全てを笑いに カウンセラー芸人
 カウンセラー芸人として舞台に立つ鮎川洋聡さん(40)=大阪府吹田市、県青年部長。その背景には、うつ病の妻・英絵さん(42)=婦人部副グループ長=との歩みがある。
 妻の体調が悪い日は、少しも目が離せなかった。妻の揺れ動く感情を受け止めるには、生命力も必要だった。役員をする予定でいた創価学会の会合を前に、妻の体調が悪化した。男子部の先輩から言われた。「鮎川君の今回の着任場所は、家や。家を守ってください」
 妻の話をとことん聞いた。波瀾万丈の生い立ちに爆笑した。妻も、だんだんテンションが上がる。「あんたのやっていることは、カウンセラーと一緒やな」と。そこから資格を取得し、双極性障がいの“躁うつ芸人”と出会い、一緒にイベントも開いた。
 夫妻は、病と付き合い続けている。苦しみはある。だが、今を認め、今を生きようと思う。「僕はどんな時も、妻を信じてる。池田先生がそうしてくれているように」(2018年4月1日付)

26人の“わが子”を育てる里親
 養育里親として、30年以上にわたり、26人の子どもたちを育ててきた中野敏勝さん(74)=北海道・幕別町、分県主事=と妻・美栄子さん(71)=県婦人部主事。
 日本では社会的な養護を必要とする子どもが約4万5000人いるといわれる。夫妻が受け入れた里子たちも育児放棄、虐待、親との死別など複雑な事情を抱えていた。
 中野さんは語る。「子どもたちは悪くない。一緒に暮らすうちに、だんだん落ち着いていく」と。美栄子さんは母親を早くに亡くし、養子として育った。「人の家で育つ子は、こちらの心を敏感に感じてしまう。だから、全員を“わが子”と思ってきました」
 夫妻は70歳を過ぎた今でも、高校生の里子を養育している。ぶつかることもあるし、悩むことも多い。しかし、「子どもたちのことで悩んだ分だけ、たくさん題目をあげさせてもらった。子育ては、自分を成長させてもらえる“親育て”なんです」(2018年11月24日付)

記者の目/「プラスの連鎖」を広げる
 現在、日本は多くの分野で「格差」の問題に直面している。世界ではグローバル化が進展する一方、文化や思想の違いによる対立や「分断」が強まっているようにも見える。今ほど「共生」の思想・哲学が求められている時代はない――。そんな思いから「共生」とは何かを探り始めた。
程なく、法政大学教授の湯浅誠氏が探求のベクトルを提示してくれた。「支援する側・される側という垂直的な関係から、支え合うという水平的な関係に転換するためには、『本来、誰にもよりよく生きる力が備わっている』という証明しにくいことを、信じて向き合えるかどうかが重要だと感じます」(昨年2月10日付)
                             
 「健康格差」の問題に、家庭医療からアプローチする吉岡さん。臨床経験と仏法哲理に裏打ちされ、患者の“生きる力”を確信した。その力を引き出すため、病歴はもとより、性格や生活習慣、人間関係にも耳を傾ける。
 「みんな違って、多様なのだから、最善の関わり方も人それぞれ」。患者の姿に自らが学んだことも数知れない。
 その“気付き”が、支援する側にとっての財産となる。
                              
 カウンセラー芸人の鮎川さんには、少年時代の思い出がある。「笑いは皆に平等で、誰も仲間外れにしない」と感じた。うつ病を患う妻・英絵さんとの“歩み”をネタにする今は、その原点と地続きにある。
 双極性障がいの芸人と舞台に立つ際、笑いながら語り合った。「こんなに病気で苦しんだんやから、銭に代えな、もったいないで」〈イベントは60回公演で大団円(最終回)を迎えた〉
  闘病の歩みをネタにされた英絵さんも、「私の人生、結構オモロイなあ」と。笑いは、英絵さん個人の魅力を開き、ひいては、英絵さん自身の支えにもなった。
 この“気付き合い”。夫妻の体験の根底には、全てを生かしていくという創価学会ならではのダイナミックな共生思想がある。それは“価値創造的な共生”にほかならない。
                              
 “仲むつまじくあること”が当たり前とされがちな「家族」。その危機が叫ばれて久しい。里親を務める中野さん夫妻の取材では、家族とは何かを考えた。
 「血がつながっているから」と、社会は家族を神聖視してきたが、それは家族を孤立させ、子どもを家庭に閉じ込める危険もはらむ。夫妻は理屈ではなく、祈る中、ありのまま接した。そして、子どもたちを地域へ、社会へと“解放”した。
 包摂の担い手に、資格は要らない。“包摂”は、湯浅氏の語った「生きる力」、私たちの信仰から見れば「万人に具わる仏性」の存在を信じる一人から始まる――。
                                                          
 池田先生は述べている。
  「“今ここにいる自分”を基点とし、変革の波を起こす中で、自らが抱える課題のみならず、周囲や社会の状況をも好転させゆく『プラスの連鎖』を生み出していく――。こうした生命感覚を、自分と他者、自分と世界とのつながりを見つめ直すための座標軸の骨格としていくことを、仏法は呼び掛けている」
  「差異」それ自体がネガティブなのではない。それに価値を認め捉え直した「実例」が、今こそ求められている。
  それこそが、学会員の生活実践=信仰体験だ。
  共生社会の具体像(ゴール)を、あらかじめ描くことは難しいかもしれない。しかし、取材を通して希望も得た。
  仏法者の個々の営みをつづり続けること。そうして蓄えられた“集合知”が一人一人の智慧となり、共生社会の扉を開くと信じている。​


 (2019年1月31日 聖教新聞)







Last updated  2019/02/01 10:47:17 PM


2019/01/25

グローバルウオッチ 
共生の未来へ 総集編 2 国際化する社会


支えた分、支えられる。仏法が説く“利他の心”

 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ 共生の未来へ」。総集編の2回目は、「国際化する社会」を考える。人・物・情報が国境を越え、自由に行き来する今日。国内でも、あらゆる場所で外国人が活躍するようになっている。民族や国籍、言語、文化の違い――国際化は差異への戸惑いも伴うが、仏法を実践する学会員の姿には、そうした「壁」を乗り越えるヒントを見いだせる。(記事=掛川俊明、野田栄一)

中国人の嫁と日本人の姑
 15年前からホストファミリーとして、自宅に外国人留学生を受け入れている水野由紀枝さん(71)=川崎市多摩区、総区副婦人部長。
 民族も生活スタイルも人それぞれ。違いを尊重しながら、高校や大学で日本文化に触れる機会をつくるなど、自分にできる国際交流に努めてきた。
 ある日、長男が結婚相手を連れてきた。中国人留学生の麗珠さん(40)=婦人部員。正直、たじろいだ。多くの留学生と接してきたのに、「自分の中にも“壁”がある」ことに驚いた。しかし、接する中で麗珠さんの明るさ、思いやりの深さに感動する。
 その頃、水野さんに乳がんが見つかった。つらい抗がん剤治療が続く。麗珠さんが「きんぴらごぼう」を作ってくれた。薬の副作用で腸の機能が低下した義母を案じ、レシピを調べたのだという。
 丁寧なごぼうのささがきを見つめると、胸の奥まで優しさが伝わった。「あの時、心がつながったんです。そうなったら、バックグラウンドの違いなんて、どうでもよくなった」(2018年10月28日付)

地方に嫁ぎ、地域に生きる
 内田らんさん(40)=鳥取県米子市、地区副婦人部長(白ゆり長兼任)、写真=は、ベトナムに生まれ、思春期を兵庫県姫路市で過ごした。(ベトナム名=グェン・ティ・キム・ホアさん)
 19歳で夫・信之さん(42)=地区部長=と結婚。知り合いもいない米子での新婚生活は心細く、冠婚葬祭など文化の違いにも戸惑った。折に触れ、姫路の実家に戻り、両親が作るフォー(米粉麺)を食べ、ベトナム語を聞くと安心した。
 長男の出産を機に創価学会に入会。座談会に参加し、驚いた。皆、とにかく明るい。子育ての相談にも乗ってくれる。婦人部の合唱団に入ると、同世代のママ友もできた。「学会は無条件で、誰でも受け入れてくれる。自分を認めてくれる場所が見つかった気がした」
 それからは、“肝っ玉母ちゃん”まっしぐら。3人の子育て、夫の自営業の手伝い、小学校のPTAや地域の自治会活動も。「いきなり大きなことはできなくても、少しだけ勇気を出して動けば、自分の周り“半径1メートル”なら変えられる。それって、本当に楽しいよ」(2018年10月14日付)

技能実習生の日本語教師
 吉田泰子さん(63)=岡山市中区、区副婦人部長、写真㊨=は、外国人技能実習生の日本語教師。50歳過ぎから創価大学通信教育部で学び、学士を取得した。
 きっかけは、ある婦人部員との出会い。フィリピン出身で日本語が苦手なその婦人に、新聞の折り込み広告を教材に、「キャベツ」「ハクサイ」といった単語から教え始めた。
 実はその数年前、創大1年生だった長男を交通事故で亡くしていた。“息子の代わりに創大を卒業しよう”。悲しみを、学ぶ力に変え、通信教育で勉学に励んだ。
 教壇に立って9年。教え子の中には母国と日本を往復し、起業を果たした青年もいる。数え切れないほど感謝の手紙をもらった。〈いろいろなことを教えてもらいました。日本で兄弟もいません。友人にも会えません。私には今、何もありません。でも、吉田先生に祝福をあげます。先生は私の心の中で、私の母と同じです〉
 尽くされるよりも尽くす人生を選んできた。その中で自身が思い出と喜びに支えられてきたと感じる。「私には日本各地に、海の向こうに、大勢の“息子や娘”がいます」(2018年11月4日付)

記者の目/「間」を結ぶ生き方
 外国から日本を訪れる観光客は年間3100万人を超え、在留外国人は約263万人と過去最高を記録した(2018年現在)。
 日本国際交流センターの毛受敏浩執行理事は本紙で、「日本に住む外国人の多くも、社会の一員としての自分を認めてほしいと思っています。その機会を提供し、生活者としての仲間に入れていくことが大事です」(昨年10月13日付)と指摘している。
 一人一人に目を転じると、現実には多くの困難がある。内田らんさんは、米子市に嫁いだ当初、地方ならではの人間関係に悩み、疎外感に襲われた。8歳から日本で育ち、自分がベトナム人という感覚も薄れていた彼女であっても、「当時は、実家でベトナム料理を食べると安心した」という。日本で生きる外国人の苦労は、並大抵ではないだろう。
 しかし、創価学会に入ると、孤独とは無縁になった。分け隔てなく接してくれ、頼りにもされた。「日本かベトナムかなんて関係ない。“同じ人間”として生きていけばいいんだって、吹っ切れた」と、今では地域活動の担い手として奮闘する。その姿に、国際化する社会のあり方のモデルを見た思いがした。
 
 水野由紀枝さんの体験には、考えさせられた。長年、留学生のホームステイを受け入れてきた水野さんでさえ、いざ中国出身の嫁・麗珠さんを迎えると、自分の中に壁があるのを感じたという。
 それでも、真心の“きんぴらごぼう”という、麗珠さんの優しさに触れて、「“あなたと会えて、うれしい。ありがとう”って気持ちがあれば、違いへの不安は消えるんです」と言い切る。そんな水野さんに、読者からも感嘆の声が寄せられた。

 吉田泰子さんが日本語教師になる、きっかけの“出会い”は、創価学会ならではのエピソード。結婚を機に日本で入会したフィリピン出身の女性。座談会で、信仰体験の映像に皆が涙する中、彼女はただ一人、笑っていた。日本語が分からず、心配されたくない一心で、笑顔でやり過ごしていた。
 それに気付き、スーパーの広告を使って、日本語を教え始めた吉田さん。取材では「当たり前のことをやっただけ。婦人部ならみんな、そうすると思いますよ」と。

 近年、「インターカルチュラリズム(間文化主義)」が注目を浴びる。異文化間の交流を重視し、摩擦を恐れずに、対話を通して分断を乗り越えるというもの。カナダ・ラバル大学のフェルナンド・ジャルベ教育学部長のインタビューは印象的だった。「創価の教育運動は、文化と文化の『間』を結ぶ空間づくりを、生き方として体現できる人を生み出している」(昨年6月9日付)
 仏法では全ての人に尊極の仏性が具わると説く。違いによって分断するのではなく、違いを無視して同一のものに集約するのでもない。目の前の一人に手を差し伸べた、吉田さんの振る舞いこそ、間(インター)を結ぶ生き方だ。それは学会員にとって、当たり前の行動ともいえる。
 わが子を亡くした吉田さんは今、世界中の教え子たちとのつながりに支えられている。池田先生は「人の面倒をみた分だけ――つまり、人の『生きる力』を引き出した分だけ、自分の『生きる力』も増していく」と語っている。
 他者に尽くすことは、自分を犠牲にすることではない。人を幸福にした分、自分も幸福になる――「利他」と「自利」の一致を説く仏法こそが、「共に生きる」ことの精神的基盤になっている。​


(2019年1月25日 聖教新聞)







Last updated  2019/02/01 10:43:36 PM
2019/01/17

​​グローバルウオッチ 共生の未来へ 

総集編 1  多様化する社会

 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ」。昨年は、「共生の未来へ」と題して、そのあり方を模索した。今回から、総集編として、数々の取材から見えてきた共生の鍵を提示したい。初回は、「多様化する社会」を考える。マジョリティー(多数派)とマイノリティー(少数派)の溝。仏法の生命哲学は、その分断を包摂する。

記者の目「生命」の視座に立つ

 国民とは何か。米国の政治学者、ベネディクト・アンダーソンは、「イメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」と定義した。それは「限られた国境をもち、その国境の向うには他の国民がいる」。そして「過去二世紀にわたり、数千、数百万の人々が、かくも限られた想像力の産物のために、殺し合い、あるいはむしろみずからすすんで死んでいった」と。(『想像の共同体』白石さや・白石隆訳、NTT出版)

 在日コリアンとして生きる秋浩一さん。彼の“プリ(根)がない苦しみ”には、国民国家という枠組みの限界を考えさせられた。だが秋さんは、それを「どちらでもないから、どちら(の立場)にも立てる」と捉え直した。そして、「地涌」というキーワードに、わが人生の“確たる根”を確信した。池田先生は語る。「一切の差異を超え、生命の大地の奥深くに広がる大いなる創造的生命――人類共通のルーツに基づく使命といってもよい。それに気づくことを『地涌』というのです」

 取材で伺う話は、記者の思い描いたストーリーや価値観を超えることばかり。渡嘉敷トシさんの体験もそうだ。
 ハンセン病の隔離政策。人権侵害の非は明白だ。一方で、トシさんは言う。「施設は家で入所者は家族。みんなで楽しく生きてきたさー」

 苦悩を紛らわせる強がりではない。それが渡嘉敷さんの、偽らざる思いなのだ。池田先生は「妙法を唱えゆく人は皆、尊極の宝塔である。誰もが妙法を証明する多宝如来である」と。
 その真実を見過ごして、外の「社会」から元患者たちの不幸に思いをはせても、それは、哀れみという名の差別に回収されかねない。その危うさを、記者として胸に刻みたい。

 まぁ~ちゃんの記事に、読者から多くの声を頂いた。LGBTの当事者やその家族、地域で関わっている学会員、LGBTとは別の分野で“マイノリティー”を経験している方、等々。

 驚いたのは、記事には出てこない「桜梅桃李」との言葉を、多くの読者が投稿でつづっていたことだ。桜、梅、桃、李が、それぞれ違った花を咲かせるように、人にもそれぞれ個性がある。それを最大に生かし、輝かせ、幸福になる道を説くのが仏法だ。それは「100人いれば100通りの性がある」というLGBTの核心に通じている。

 このような声もあった。“カミングアウトという呼び方をしなくても、周囲が性のあり方を知り、包んでいけるように、創価学会の世界から、そうしていきたい”。それは「LGBTなんていう言葉がなくても、思いやれる社会に」との、まぁ~ちゃんの言葉と共鳴する。

 民族も、病も、性も――。社会にあるさまざまな分割線や差異は、共生へ至る通過点にすべきではないだろうか。
 その先にあるのは、グループ分けなど必要ない一対一の相互理解だ。無かったように無視するのではない。一つに融合する必要もない。あると知っていて、共存できるパラダイム・シフト(思考の枠組みの転換)。
 それを担うのが、人類共通の「生命」という視座に立脚した、仏法のヒューマニズム(人間主義)にほかならない。​​


(2019年1月17日 聖教新聞)







Last updated  2019/02/01 10:38:51 PM
2018/12/01

グローバルウオッチ 共生の未来へ 
信仰体験 地域を“診る”総合診療医(家庭医)


石川県七尾市 吉岡哲也さん

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理想の医療を求め、多様な現実と向き合う
身体の疾患や精神ケア、家族関係までサポート

「医療は、人が幸せに生きるためにある」が吉岡さんの信念
 
 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ」。医学が目覚ましい進歩を遂げる一方で、所得や住む地域などによって引き起こされる「健康格差」が社会問題になっている。そんな中、本年から新たに「総合診療専門医」の養成が始まった。身体の疾患だけでなく、患者の精神面や生活環境、家族関係にも着目し、総合的な医療を提供することから「家庭医」とも呼ばれる。理想の医療を追求する総合診療のエキスパートを取材した。

 能登半島の地域医療を担う恵寿総合病院。吉岡さんが総合診療(家庭医療)の専門医として、ここに赴任して10年がたつ。
 家庭医の守備範囲は広い。臓器や疾患ごとに分かれる従来の専門医と一線を画し、身体疾患にとどまらず、精神面や生活環境、家族関係も含めて、患者を総合的に診療する。
 「診察室の中だけでは終わりません。その人の生活ごと“診て”いくんです」
 吉岡さんは、訪問診療にも力を入れてきた。患者宅を訪れると、その生活が見え、情報量が一気に増える。
 「どこまでも寄り添って、幸せのために一緒に歩んでいく。ホンマ、やってることは、学会活動と共通点が多いですね」
 創価学会員の両親のもと、神戸市北区で育った。医師は、幼い頃からの夢だった。関西創価高校に入学し、創立者・池田先生と出会いを重ねる中で、夢は“誓い”になっていった。
 理想の医師像もあった。「色心不二」「依正不二」などの仏法哲理を学び、「病気だけを治しても、幸福になれるわけじゃない。体も心も、その人を丸ごとサポートするのが、本物の医療ではないか」と。
 しかし、当時は大学の医学部を出て、臓器別の専門医になるのが一般的。進むべき道は見えなかったが、理想を目指して、勉学と学会活動に打ち込んだ。
 「とにかく必死。でも、頑張っても頑張っても、先が見えへんし、ヘトヘトになって……」
 理想と現実のギャップに自信を喪失し、がむしゃらに全力疾走してきた今までが、うそだったかのように立ちすくむ。大好きだった学生部の活動にも、参加できなくなった。
 絶望の中で、生きる希望を吹き込んでくれたのは、創価学園卒業式での池田先生のスピーチ――。
 「真実の『人生の勲章』は、すべて自分の生き方で決まる。ゆえに諸君は、だれが認めようと、認めまいと、一時の評価等に絶対に左右されることなく、堂々と『わが道』を行っていただきたい」
 そんな中、医学部5年のある日、セミナーで「総合診療」と出あう。医学的なアプローチだけでなく、心理面や社会的側面からも診ることを知り、「“これや!”って直感した」。
 だが、日本では研修プログラムさえ確立されていなかった。自分なりに総合診療に近づこうと、内科、外科、精神科、産婦人科など、多くの診療科を経験できる、福岡市内の病院で卒後研修を受けようと決めた。
 1997年(平成9年)、研修生活がスタート。男子部の牙城会大学校(当時)に入校し、4日に1度の当直勤務の合間を縫って、折伏に走った。「学会活動に励めば励むほど、医師としての道が開けていくんです」
 鹿児島の喜界島で離島医療も経験。その後、進学した大学院で、総合診療の先進国であるアメリカのミシガン大学への留学が決まった。
 2001年に渡米。大学の日本人診療所で、総合診療の見学実習を受けた。妊婦健診や出産まで扱う家庭医の仕事の幅広さは衝撃だった。
 1年間の予定だった留学を延長。アメリカの医師免許試験を突破し、専門医資格を取得した時には、渡米して7年がたっていた。アメリカに残る選択肢もあったが、「やっぱり日本に総合診療を持ち帰りたかった」。
 08年に帰国。恵寿総合病院に迎えられたが、家庭医については、医療者の間でもあまり知られていないように感じられた。
 医師不足に悩む地域ほど、総合的な診療ができる医師がいる意味は大きい。さらに、家庭医の役割の一つは、患者と各診療科をつなぐ橋渡しになること。
 他の医師と話し合いを重ねる中で、医療者の理解も深まり、綿密な連携が取れるように。現在は、特任指導医として専門医の指導を行うだけでなく、研修医や医学生に対しても、総合診療の外来教育を提供し、後進の育成に取り組んでいる。
 家庭医の魅力について、吉岡さんは「患者さんの生活や家族も含めた、人生そのものをサポートできるところ。その分、喜びも大きい」と。
 性格や習慣、人間関係も異なる患者と向き合うと、病の経験も多様であることが分かる。
 「みんな違って、多様なのだから、最善の関わり方も人それぞれ。これって、学会で学んできたことが生かされるんです」
 池田先生はつづっている。
 「現実というものは、複雑多岐であり、しかも、事態は時々刻々と変化していく。実践家は、現場に足を運び、多様な現実に眼を向けつつ、改善のための試行錯誤を重ねる」
家庭医には、かかりつけの医師として、がん検診を勧める役割もある。また、産婦人科の受診に抵抗を感じる女性にとっても、風邪などで総合診療科に行き、同時に婦人科の悩みを相談できるといった利点もある。
 「医療は、人が幸せに生きるためにある。最大限の医療資源を提供しながらも、疾患だけを診るのではなく、患者さんの心も生活環境も置き去りにしない。そこに医療の意味がある」
 今日も吉岡さんは、一人一人の多様な人生に寄り添う医療を実践し続けている。

 【総合診療専門医】​

 乳幼児から高齢者まで、多様な診療を担い、幅広い領域の疾病や傷害などについて、適切な対応を行う。「バイオ・サイコ・ソーシャル(BPS)モデル」といわれ、生物・心理・社会的な側面から患者の不調や病気を捉え、多面的にアプローチする。精神面、生活環境、家族関係などにも踏み込んだ医療を提供することから「家庭医」とも呼ばれ、日本では本年から、新専門医制度により、総合診療専門医の養成が開始された。







Last updated  2018/12/06 11:23:16 PM

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