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随筆 「人間革命」光あれ

2019/10/03
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随筆「人間革命」光あれ 

師弟凱歌の言論城    池田大作

正義の師子吼で民衆に希望の光を!
世界聖教会館と共に対話の王者と勇み立て
「平和の地球」照らす太陽の仏法

この言論の城から希望の光よ世界へ広がれ! 「創価学会 世界聖教会館」が堂々と
(池田先生撮影。9月14日、東京・信濃町で)

 清々しい青空が広がる 9月28日の午前、「世界聖教会館」の真新しい館内に足を運んだ。
 礼拝室の言論会館で勤行・唱題を行い、深く強く誓願の祈りを捧げた。
 いよいよ、この新しき師弟の言論城から、世界広宣流布の新しき波を起こすのだ!
 人間主義と生命尊厳の旗を掲げて、「希望の光」「常楽の光」「平和の光」を広げゆくのだ!
 そして、日本と世界の読者をはじめ、聖教につながる一切の方々が、健康で幸福であるように!
 なかんずく、日々、我らの聖教を配達してくださっている“無冠の友”が、どうか、絶対に無事故であるように!と真剣に題目を送った。
 図書資料室では、聖教新聞の爽やかなコマーシャルも拝見した。ここでは、世界各国の機関紙・誌や日本及び海外の出版物が閲覧できる。
 電子版の「セイキョウオンライン」には、実に198カ国・地域からアクセスがあるという。
 「日本中、世界中の人に読ませたい」と言われていた戸田先生が、どれほど喜ばれるか。
 第二代会長就任を目前に、先陣切って創刊された聖教新聞は当初、新宿・百人町にあった先生の事務所で制作され、作業場は間もなく市ヶ谷のビルに移った。狭い狭い編集室で、先生を囲んで新聞を作った日々──苦しくも楽しき歩みを思い起こしながら、妻と感慨深く語り合った。

前進、前進、前進
 この9月28日は、実は1970年(昭和45年)に、これまでの聖教新聞本社屋の落成式が行われた日でもあった。奇しくも、あれから50年目となる。
 あの当時、いわゆる「言論問題」が惹起し、学会は無理解の非難にも晒されていた。
その中で完成した聖教本社屋は、烈風に向かって敢然と聳(そび)え立つ新生の城であった。
 落成式の折、私は申し上げた。
 「心も一新して出発しよう。日々、自分の惰性を打ち破っていくことが、良い新聞をつくる最大の要件だ。一日一日が戦いだよ……前進、前進、前進なんだ」
 半世紀を経た今、再び新たな人間革命の心で、新たな前進の「希望」と新たな前進の「勇気」を送っていきたい。

破邪の剣掲げて
 世界聖教会館の一階入り口に設置された「師弟凱歌の碑」に私は記した。
 「立正安国と世界広布の大言論城たる此の地から、永久に師弟共戦の師子吼(ししく)が放ちゆかれることを信ずるものである」
 「師子吼」といえば、法華経の勧持品では、釈尊の御前に勢揃いした弟子たちが、「師子吼を作(な)して、誓言( せいごん )を発(おこ)さく」(創価学会版法華経417ページ)と説かれる。
 すなわち、仏滅後の悪世にあって、十方世界を舞台に法華経を弘通することを力強く誓願した、弟子たちの誓いの言葉を「師子吼」と表現されているのだ。
 御本仏・日蓮大聖人は、この深義を御義口伝で「師(し)とは師匠授(さず)くる所の妙法 子(し)とは弟子受くる所の妙法・吼(く)とは師弟共に唱うる所の音声(おんじょう)なり」(御書748ページ)と教えてくださった。
 「師子吼」とは、師弟不二の心で妙法を唱え、「正義」を叫び切っていくことに他ならない。
 勧持品で、弟子たちが師子吼して示したことは何であったか。「三類の強敵」の迫害に屈せず、不惜身命で戦い抜いてみせる、との誓願である。
 青年部の友が今回の教学試験で研鑽(けんさん)した通り、
 三類の強敵とは──
 第一に俗衆(ぞくしゅう)による悪口罵詈等(あっくめりとう)の迫害である。
 第二に傲慢(ごうまん)で邪智(じゃち)の僧侶らによる迫害である。
 そして第三に、世の尊敬を集める高僧を装い、権力者と結託した僭聖増上慢(せんしょうぞうじょうまん)による迫害である。
 大聖人直結の我ら創価の師弟は、僭聖増上慢をも駆り出し、異体同心で「三類の強敵」と決然と戦い続けてきた。
 それは、聖教新聞を正義の宝剣として、一人ひとりが勇敢に忍耐強く貫き通す大言論戦である。
 我らは、断固として勝ちに勝った。晴ればれと「破邪顕正(はじゃけんせい)」の勝ち鬨をあげた。192カ国・地域の平和・文化・教育の連帯は、いよいよ威光勢力(いこうせいりょく)を増している。これこそ、歴史に永遠に輝く民衆仏法の凱歌である。
 不思議にも、今この時、世界聖教会館が誕生したことは、御本仏が創価の師弟を御照覧くださり、讃嘆してくださっている、何よりの証しなりと確信するものである。
 我らの言論城は、永久に師弟共戦の「師子吼の大城」だ。
 「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」「彼等は野干のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190ページ)
 どこまでも、この御金言通り、この世で最も強き「師子吼」を轟(とどろ)かせ、人生と社会のいかなる悲嘆も絶望も吹き飛ばし、共に勝ち進みゆくのだ。

幸福な人の王国
 世界聖教会館から、間近に輝き見える世界女性会館をカメラに収めた。
 2000年の9月に開館して以来、「女性の世紀」の宝城として、世界の宝友を迎えている。
 近隣にお住まいで、ウクライナの駐日大使だったコステンコ氏と、詩人として名高いリュドミラ夫人は、この女性会館を「心美しい人、幸福な人が集う王国」と形容された。
 しかも、来館者を「会館に入る時以上に、出てくる姿は、もっと美しい」と讃えてくださった。
 これこそ、「蘭室の交わり」を広げる創価の城の福徳の力なのである。
 折しも9月28日は1975年(昭和50年)に、当時の女子部の「青春会」が発足して45年目の日であり、世界女性会館では結成記念の会合が行われた。
 「一生涯、題目と広布」との誓いのままに、仲良く励まし合いながら走り抜いて、世界の華陽姉妹の道を開いてくれた模範のスクラムである。
 皆の元気な近況を妻からうれしく聞きながら、「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(御書1135ページ)との実証を、ますます朗らかに、と題目を送った。

一滴からから大河へ
 「諫暁八幡抄」には、仰せである。
 「月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相(ずいそう)なり」(同588~589ページ)
 大聖人が願われた、「仏法西還」「一閻浮提広宣流布」を現実のものとしたのは、創価学会である。
 日興上人の指南を伝える「五人所破抄」に、「本朝(ほんちょう)の聖語(せいご)も広宣の日は亦仮字(またかな)を訳(やく)して梵震(ぼんしん)に通(つう)ず可(べ)し」(同1613ページ)と説かれる如く、文字・言論が具える普遍の力で、あらゆる壁を越えて、今やこの地球上に、日蓮仏法の大光が届かない所はない。 ​


 先日は、学会代表団、青年文化訪印団が、仏教発祥のインドに赴いた。
 ニューデリーにはインド創価学会(BSG)の新「本部」が落成、首都近郊にある創価菩提樹園には「講堂」の誕生……わが地涌の同志の歓喜がはじける、誠に晴れがましい慶事が続いた。
 1979年(昭和54年)2月、私がインドを訪れた折、メンバーは百人にも満たなかった。しかし私は“ガンジスの大河も一滴から”と、尊き使命の友を励ました。
 ここから我が同志は、勇気ほとばしる息吹で、悠久の大地に幸福と友情と信頼という妙法の種を蒔き続け、この40年で、22万人を超える偉大な地涌の人華と咲き誇っているのである。


 微笑みの王国・タイの広布の大発展も目覚ましい。明年には、待望の研修センターが完成する。
 毎日、インド、タイからの報告を伺い、眩いばかりの友の笑顔を聖教紙上で拝見しながら、何度も何度も万歳を叫び、喝采(かっかい)を送る思いであった。
 「諫暁八幡抄」には、さらにこう仰せである。
 「月は光あきらかならず在世は但八年なり、日は光明・月に勝(まされり)五五百歳の長き闇(やみ)を照すべき瑞相(ずいそう)なり」(同589ページ)
 広宣流布は、世界へという「横の広がり」とともに、世代から世代への「縦のつながり」によって織りなす大絵巻だ。
 世代を重ねるごとに、いよいよ力ある「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の人材を育成する。これが、末法万年尽未来際の「令法久住(りょうほうくじゅう)」を開く大道である。

新たな「大城」を
 思えば、戸田先生が「城聖」とのお名前を、初めて記されたのは、法難の獄中であった。
 恩師は、殉教の師・牧口常三郎先生の分身として出獄され、民衆を守り抜く「正義の城」「人材の城」「平和の城」を、厳然と築かれたのである。
 今も、先生の声が聞こえるようだ。
 「私は城聖、君は大作だ。一緒に、偉大な『創価の大城』を作ろうではないか!」
 聖教の「聖」の文字は、わが城聖先生の「聖」に通じ、そして「耳」と「口」の「王」と書く。恩師さながらに「対話の王者」「言論の王者」たれとの意義と、私は命に刻んできた。
 世界聖教会館は、その正面を東天に向けて聳(そび)え立つ。まさに昇りゆく旭日と共に輝き光る大城であるといってよい。
 この「太陽の言論城」を仰ぎつつ、いやまして勇気と励ましの語らいを、わが地域へ、世界へ明るく広げ、共々に「平和の地球」を照らしゆこうではないか!
 (随時、掲載いたします)


                              (2019年10月3日 聖教新聞)

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Last updated  2019/10/03 12:06:18 PM
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2019/08/23

​​​随筆 「人間革命」光あれ 師弟の道   池田大作  
生命錬磨の夏
 
「鉄は炎打てば剣となる」
苦闘も宝にわが使命を開きゆけ
「8・24」─原点の誓いを生涯貫く!

空と雲と森と花園と──なんと鮮やかな色彩のコントラスト。心が希望の空へ大きく飛翔していくよう(今月8日、池田先生撮影。長野研修道場で)

 師・戸田城聖先生から私は折々に「この御聖訓を心肝に染めよ」と峻厳な指導を頂いてきた。
 その御文の一つが、「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親( さしん ) 無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥( たし ) に後生は申すに及ばず今生も息災延命(そくさいえんめい)にして勝妙(しょうみょう)の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり」(御書1357ページ)である。
 入信より72星霜、戸田先生の直弟子として私は、この仰せのままに走り抜いてきた。
 不二の同志と共々に、「世界広宣流布」の大願成就へ前進してきたことは、何ものにも代え難い誇りである。
 そして尊き共戦の学会家族が「息災延命(そくさいえんめい)」の福徳に包まれ、一人残らず「勝妙の大果報」を勝ち得ていくことが、変わらざる祈りなのだ。

埼玉へ長野へと
 紺碧(こんぺき)の夏空が広がった今月上旬、埼玉の研修道場へ足を運んだ。
 埼玉の天地はいずこも懐かしい。あの友この友の顔が、溢れるように浮かんでくる。
 埼玉といえば「鉄桶の団結」である。わが同志は、このモットーを掲げて半世紀、いつも一丸となって正義の大行進を続けてきた。
 この道場で、「破邪顕正(はじゃけんせい)」の精神の真髄を語り合ったことも蘇る。
 研修道場のある日高市は、かつて鎌倉と上州、信濃を結ぶ街道が通っていた。それは、まさに、日蓮大聖人が佐渡へ向かう際に歩かれた道であり、佐渡流罪が赦免された後、堂々と凱旋された縁の道である。
 私は歴史の街道の近傍を北上し、長野研修道場も訪問した。
 地元の同志の皆様が丹精された緑や花々で美しく輝き、「園林諸堂閣(おんりんしょどうかく) 種種宝荘厳 (しゅじゅほうしょうごん)宝樹多花菓(ほうじゅたけか) 衆生所遊楽(しゅじょうしょゆうらく)」との法華経寿量品の経文さながらの宝城である。
 日本そして世界の求道のリーダーが共に学び、語り、力を蓄え、未来の栄光の因を積んできた。
 生命の錬磨は、我らの勝利の揺籃(ようらん)である。
 道場には、創価の三色旗が翩翻(へんぽん)とひるがえっている。
 毎朝、掲揚してくれる青年役員は、掲げた旗に敬礼をする伝統がある。誰が見ていなくても諸天が見ている。神々しい劇を創り、師弟の勝利の旗を打ち立てるのだ、との心意気からである。
 研修道場を支えてくださる皆様と挨拶(あいさつ)を交わし、妻と共に深い感謝の思いを伝えた。
 この道場への初訪問から40年。青年部の時からの成長と活躍を、ずっと見守ってきた友も多い。一緒に歴史を創ってきた陰徳陽報(いんとくようほう)の笑顔が本当に頼もしかった。
 大聖人は、心を鍛え、生命を鍛える大切さを、門下に教えられた。
 「きた(鍛)はぬ・かね(金)は・さかんなる火に入るればと(疾)くと(蕩)け候」「剣(つるぎ)なんどは大火に入るれども暫(しばら)くはとけず是きたへたる故なり」(同1169ページ)
 まさしく、宝剣のごとく心を鍛え抜いた人間ほど強いものはない。
 「鉄(くろがね)は炎打(きたいう)てば剣(つるぎ)となる」(同958ページ)との御聖訓通り、強靱な生命を築くための仏道修行であり、学会活動である。

「水滸会」の薫陶
 わが学会は、先師・牧口常三郎先生以来、炎暑の夏、各人が研鑽の汗を流し、生命を鍛え、さらなる成長を期してきた。
 戸田先生のもと、研修を重ねた水滸会の定例会では、古今の名作を学び合うのが常であった。
 その教材として英国の作家デフォーの小説『ロビンソン・クルーソー』が取り上げられたことがある。船が難破して、無人島に一人漂着したロビンソンが、28年余にわたり懸命に生き抜いた冒険物語である。
 今年は、この本の発刊から300周年となる。
 1日1日、生き延びるためのロビンソンの挑戦・苦闘と対照しながら、恩師が過酷(かこく)な自らの獄中体験を語ってくださったことも忘れられない。
 実はデフォー自身も、人生の辛酸(しんさん)をなめた。
 時の政府によって獄に囚われ、当時の刑罰の一つ、「晒(さら)し台」に3日続けて立たされたという。
 ところが彼は、その大苦境をも風刺詩にして、民衆に真実を伝える好機に変えた。
 「皆に伝えるがいい、彼〔デフォー〕は大胆すぎて、/それで本当のことを言った」と訴えるこの詩は、民衆の心をつかんだ。「晒し台」では石などを投げつけられる代わりに、何と花束を捧げられたという。痛快な逆転劇である。

 戸田先生は、私たちが受持した大仏法は、いかなる宿命も転換していける人間革命の宗教なりと力説され、「青年は勇気を持て」「希望を持て」と励ましてくださった。
 今、あまりに大変な状況下にあって、自分では“もうだめだ”と思ったとしても、断じて終わりではない。苦しい経験も含め、全てに意味があるのだ。かけがえのない宝となり、使命へと変わる時が必ず来るのだ。
 苦難や葛藤(かっとう)があっても、絶対に屈しない負けじ魂の信心を磨き抜くのが、創価の薫陶(くんとう)である。
                      ◇ 
 8月17日、言論の戦友たる文芸部が結成50周年の佳節を刻んだ。
 私自身、ペンを握る者として一文芸部員の自覚で戦ってきたつもりだ。
 我、生涯、誉れの文芸部員なり!
 文芸部には、この志を同じくして戦う闘士が大勢いる。90歳を超えて、生き生きと日々の感動を綴り、社会に正義の声を放つ多宝の友もいる。
 人間の無限の可能性を、そして創価の師弟の真実を、誇り高く表現しゆく文の戦士がいる。
 病気や障がいにも負けず、その試練を人間勝利の珠玉の作品に昇華しゆく勇者もいる。
 若き日の誓いを胸に、不朽(ふくつ)の創作をと、執念の精進と挑戦を重ねる賢者もいる──。
 生き抜く民衆のど真ん中で、胸を張って奮闘する文芸部員が、私は大好きだ。一人ひとりが新たな文芸復興の先駆者として、後継を育て、民衆凱歌の旗を掲げゆかれることを期待してやまない。

聖教の光広げて
 私の入信記念日の8月24日が、「聖教新聞創刊原点の日」であり、「壮年部の日」となっていることも、奇しき宿縁である。
 先日、ブラジル・アマゾンの支部長の尊い体験の報告を受けた。
 壮年部の王城会として会館厳護に当たるとともに、週刊の「ブラジル・セイキョウ」の配達にも奮闘する。入会まもない頃、奥様の“説得”で配達を担い始めた。毎週、片道30キロの道のりを自転車で走り、熱帯地域のスコールで新聞が濡れないよう特製のビニールに包む工夫をし、一軒一軒に届けてくれているのだ。
 自転車のパンクなどにもめげず、使命の配達を貫く闘魂が、ブラジル中に拡大の波動を起こしているとの喜びの報告であった。
 聖教新聞ならびに世界の姉妹紙誌を支えてくださっている全ての宝友に感謝は尽きない。
 世界聖教会館の完成に当たり、恩師の悲願の通り、日本中、世界中に、我らの聖教の光をいやまして広げていきたいと、強盛に祈念している。

「人を敬う」実践
 地域に根差した座談会と、世界を結ぶ聖教新聞で、私たちは生命の絆を強め、荘厳にして壮大なる人間革命の絵巻を織り成していくのだ。
 御年107歳の“広布の母”が、ある座談会に出席された様子を、感銘深くお聞きした。
 ──この人生の大先輩が語る一言一言を、参加者は皆、耳をそばだてて聴いた。話が終盤にさしかかると、青年への期待を尋ねる声が上がった。
 すると、多宝の母は、最前列に座る、ひ孫ほどの女子部の乙女を見つめながら、ゆっくり立ち上がり、長い間、お辞儀をされたのだ。1度、2度、そして3度と──。
 言葉ではない。その振る舞いで全てを語られていたのである。
 青年には無限の可能性がある。未来を担う偉大な力を持っている。その尊い生命を心から敬っていくのだ。これが仏法のまなざしであり、人材育成の根本精神であろう。
 大聖人は、「不軽菩薩の人を敬(うやま)いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐(ほんかい)は人の振舞(ふるまい)にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せである。
 創価の父母こそ、この御指南を受け継ぎ、現実の上で「人を敬う」不軽の実践者であると、私は誇り高く叫びたい。
                      ◇
 今年も、創価大学で、未来部の夏季研修会が有意義に行われた。希望の未来を開く後継の友が成長し、躍動する姿ほど嬉しいものはない。
 欧州でも、アメリカでも、異体同心の創価の世界市民たちが教学研修会に勇んで集われている。
 今月末から来月にかけては、学生部の教学実力試験や青年部の教学試験二級が行われる。
 さらに、雄々しき男子部の大学校生大会も、全国各地で開かれる。
 「一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ」「行学の二道をはげみ候べし、行学た(絶)へなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ」(同1361ページ)
 戸田先生が19歳の私に教えてくださった通り、ここに「正しい人生の道」があり、最高の「幸福勝利の道」がある。
 この「正しい人生の道」を、朗らかに歩み、一人また一人へ自信満々と伝えゆこう
ではないか!

 我 唱え
  他をも勧ん
   随喜して
  無上の思出
    青春讃歌を

 (随時、掲載いたします)
 デフォーの「晒し台讃歌」は塩谷清人著『ダニエル・デフォーの世界』(世界思想社)から。​​


(2019年8月23日 聖教新聞)







Last updated  2019/08/23 12:06:25 PM
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2019/06/20

​​随筆 「人間革命」光あれ 池田大作 
​広布誓願の大生命​​
合言葉は「前進また前進
「地涌」とは希望を点す大光なり
勇者たれ── 道を開く力は勇気

高層ビルの彼方には晴れ渡る青空──。「頭を上げよ!」「もっと上へ!」と励ましているかのよう(池田先生撮影。今月13日、東京・港区内で)

 はじめに、この18日夜、新潟・山形両県など各地を襲った激しい地震に際し、心よりお見舞い申し上げます。
 夜中の突然の災難に、どれほど恐ろしい思いをされたことでしょう。一日も早く、平穏な生活が戻るよう、深く祈らずにいられません。
 日蓮大聖人は、佐渡の地で、「わざは(禍)ひも転じて幸となるべし」(御書1124ページ)との大確信を示されました。
 新潟出身の牧口常三郎先生も、苦難の中、「変毒為薬(へんどくいやく)」の妙法の功力を、何度もご家族に強調されていました。
 一番大変な時、“困難を乗り越える力”を厳然と開いていけるのが私たちの信心です。
 私も妻も、一段と「立正安国」の誓いを強くし、皆様の無事安穏を強盛に祈念してまいります。

創価家族の底力
 梅雨の晴れ間が広がった先週13日、街路樹の緑もまぶしい都心の街を車で回った。
 ふと見上げると、空の「青」がビルの窓に映り込んでいた。天空に青、地上にも青。
ああ青春の色、希望の色だ──私は思わずカメラを向けた。
 希望は人生の宝なり。
 希望は社会の光なり。
 希望は勝利の力なり。
 ドイツの大詩人シラーは「希望」を歌った。
 「希望は人に生をあたへ」「まばゆい光りで青年を鼓舞(こぶ)し/老年とともに埋(う)もれもしない」
 この詩歌さながらに、民衆の心に希望の灯を明々と点し続けているのが、創価家族である。
 男女青年部は、まさにまばゆい光を放ち、尊き多宝の父母たちも青春の誓いのままに、奮闘の汗を流してくれている。
 広宣流布の大誓願に生き抜く地涌の菩薩の群像にこそ、決して埋もれることのない、どこまでも燃え広がりゆく希望の炎があるのだ。

清き蓮華の如く
 各地から蓮華の花便りが届く季節となった。
 法華経の会座に大地より躍り出でた地涌の菩薩は「如蓮華在水(にょれんげざいすい)」、すなわち最も深い泥水の中でも最も清らかな花を咲かせる蓮華に譬えられる。
 苦悩渦巻く現実生活にあって、仕事で悪戦苦闘する友も、経済苦に挑む友もいる。
病と闘う友も、家族を失った友もいる。子育てに追われる友も、介護に尽くす友もいる。
 皆、それぞれに言い知れぬ悩みを抱え、多忙を極める中で、それでも、広宣流布のため、立正安国のためにと労を惜しまず奔走する日々である。
 牧口先生が大切にしておられた「御義口伝」の一節がある。戦時中の弾圧で押収された御書に線が引かれていた。
 それは、すなわち「煩悩(ぼんのう)の淤泥(おでい)の中に真如(しんにょ)の仏あり我等衆生の事なり」(740ページ)と。
 泥沼の如き社会に、あえて打って出る立正安国の大闘争こそ、自他共に「真如の仏」の大生命を馥郁(ふくいく)と開花させゆく希望の道なのである。

共戦の弟子の道
 全ては、日蓮大聖人がお見通しであられる。
 門下の四条金吾と日眼女(にちげんにょ)の夫妻を「陰徳(いんとく)あれば陽報(ようほう)あり」(御書1180ページ)と賞讃されたように冥(みょう)の照覧(しょうらん)は絶対である。
 日本中、世界中の創価の陣列には、この四条金吾夫妻を彷彿とさせる陰徳陽報の同志がいる。
 私は、その尊き「負けじ魂」の宝友たちの顔を心に浮かべつつ、金吾夫妻への御聖訓を拝するのが常である。

 大聖人は言われた。
 「返す返す今に忘れぬ事は頸(くび)切れんとせし時殿はとも(供)して馬の口に付きて・な(泣)きかな(悲)しみ給いしをば・いかなる世にか忘れなん」(同1173ページ)
 竜の口の法難で馬に乗せられて処刑場に向かう際に、馬の口に取りすがって泣き悲しんでくれたことを、永遠に忘れない──との仰せである。
 その上で、大聖人は、世間が過ごしにくいなどと嘆いて、人に聞かせてはならないと諭され、さらなる仏道修行へと導く大激励をされている。
 「中務三郎左衛門尉(なかつかさのさぶろうさえもんのじょう)は主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ね(根)もよ(吉)かりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」「心の財をつませ給うべし」(同ページ)等々──。
 皆、凡夫であるから、愚痴(ぐち)をこぼす時もある。感情に流されたり、つい調子に乗って失敗したりする場合もある。
 だからこそ、御本仏は何としても愛弟子を最後まで勝ち切らせたいと、油断や慢心を厳しく細やかに戒めておられる。
 「人の振舞(ふるまい)」を大事にし、いやまして「心の財(たから)」を積むよう御指南してくださっているのだ。
 わが門下よ、師弟不二の「共戦」の誉れの上に、いよいよ師弟不二の「勝利」を満天下に示し切っていくのだ、と。
 どこまでも弟子の勝利を願い信じる大慈大悲が拝されてならない。

破邪の師子吼を
 あの「大阪の戦い」の渦中、破竹の勢いで広布拡大を成し遂げた関西の同志に、私は波瀾万丈(はらんばんじょう)のナポレオンの人生を通して語った。
 妙法流布に生き抜く、我らの「前進また前進」こそが人類の平和を築きゆく希望なのだ、と。
 人間として最も崇高な使命に目覚めた民衆の大前進は、「魔競(まおそ)はずは正法と知るべからず」(同1087ページ)との御金言に寸分違わず、三障四魔の嵐を呼び起こした。
 この時、関西入りされた恩師・戸田城聖先生は、大阪・中之島の中央公会堂で師子吼された。
 ──いかに学会を憎(にく)もうと、陥(おとしい)れようと、誰人が騒(さわ)ごうと、我らは師子王だ。野良犬を恐れて何としようぞ!──と。
 魔を断ち切る、正義と大確信の叫び、邪悪を許さぬ烈火の怒り……恩師の声が今も蘇る。同志がどんなに安堵し、希望と勇気を抱いたことか。
 これが、広布の陣頭指揮を執る大将軍の気概であらねばならない。

難所を越えゆけ
 本年はナポレオン誕生250年──。
 ナポレオンの“アルプス越え”は世界史上に名高いが、日本では一ノ谷(いちのたに)の合戦における源義経の“鵯越(ひよどりごえ)”の奇襲戦が思い浮かぶ。六甲山地に抱かれた、現在の兵庫県神戸市域が舞台である。
 “あんな場所から攻めるのは不可能”と誰もが怖じ気づく難所。しかし義経は鹿が通ると聞いて言った。ならば馬が通れぬはずはない、と。
 道はある。自分が先陣を切ろう!──この決断と率先の行動が突破口を開いたのだ。
 「勇気があれば、道はいつでも拓ける」とは、アメリカの哲人エマソンがナポレオンの人生から導き出した教訓である。
 勝つと一念を定めた人間ほど強いものはない。
 我らには「なにの兵法よりも法華経の兵法を」(御書1192ページ)と教えられた常勝不敗の将軍学がある。かつて、この御指南を胸に、兵庫の播磨(はりま)・加古川(かこがわ)へ、姫路(ひめじ)、西宮(にしのみや)等へと駆けたことも忘れられない。恐れなき勇者の信心に、勝利への勢いは必ず加速していくのだ。

異体同心で勝つ
 戸田先生が逝去された翌年──つまり60年前の6月、私は“大関西の電源地なり”と信頼してやまない尼崎にいた。
 関西の総支部幹部会に出席し、恩師なき学会への心ない中傷が続く中、歯を食いしばって戦ってきた同志に、戸田先生からの記別を伝えた。
 「関西は広宣流布の牙城(がじょう)である。錦州城(きんしゅうじょう)だ」
 いついかなる時にも、私には常勝の同志がいる。私と共に逆境をはね返してきた、難攻不落(なんこうふらく)の「金の城」の戦友がいる。
 「立正安国」という大理想への我らの建設は、誰もが波濤(はろう)を越えて、自他共の勝利と幸福へ至る高き橋を築く戦いだ。
 私は51年前、明石・淡路、また北兵庫の豊岡の友のもとへ飛び込んでいった。
「広宣流布に生きる人生が、どれほど素晴らしく、偉大な名誉であり、福運であるか」
──この大歓喜を全同志が味わってほしかった。
 
 そのために、「自他彼此(じたひし)の心なく水魚(すいぎょ)の思を成して」(同1337ページ)進むのだ。「異体同心」で勝ちまくるのだ! これが我らの大兵庫であり、不二の常勝関西である。

永遠の功徳の花
 1990年の6月、懐かしい東兵庫を走り、丹波の関西墓園を初訪問した折、道すがら、野の花を摘んで花束をつくり、歓迎してくれた高等部の乙女がいた。
 私は妻と感謝を込め、
 「れんげ草
   香り千年
    功徳千年
    父に母に友に
      よろしく」
 と記し、贈った。
 「れんげ草」には、「因果倶時(いんがぐじ)」の蓮華の意義を留めたのである。
 今、立派な女性リーダーとして、ご家族、地域の友と元気に功徳の花を咲かせている様子を、先日もうれしく伺った。
 妙法は「末法一万年の衆生まで成仏せしむる」(同720ページ)究極の希望の極理である。
 我らは「前進また前進」「希望また希望」を合言葉に、威風も堂々と舞いゆこう!
 一切を断固と勝ち切って、「人間革命」即「立正安国」の希望の物語を世界へ、未来へ、光らせゆこうではないか! ​​


 (随時、掲載いたします)


 シラーの詩は『新編シラー詩抄』小栗孝則訳(改造社)、エマソンの言葉は『エマソン選集6』所収「代表的人間像」酒本雅之訳(日本教文社)、源義経の逸話は『平家物語』等参照。


(2019年6月20日 聖教新聞)







Last updated  2019/06/20 11:37:58 PM
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2019/05/19

​随筆 「人間革命」光あれ  ​池田大作​​
青葉輝く師弟の道


「最後は勝つ」が人生の醍醐味
偉大な創価の女性と前へ前へ!

   牡丹(ぼたん)の真っ赤な大輪が笑顔を寄せ合う。まるで創価の女性たちの談笑の姿のように──(池田先生撮影。本年3月、都内で)

 学会家族には、いつも明るく弾む歌声がある。
 5月3日を祝賀する本部幹部会では、未来部の友が「母」と「正義の走者」の美事な合唱を披露してくれた。全国の同志から感動の反響が、私の元にも多く届いている。
 後継の若く尊き宝樹が「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の冴(さ)え光る命で、大成長の青葉若葉を茂らせてくれており、なんと嬉しいことか!
 ふと、芭蕉の(ばしょう)名句が思い浮かぶ。
 「あらたふと 青葉若葉の 日の光」
 江戸時代、千住(今の足立区・荒川区を結ぶ地域)を旅立った芭蕉が、草加を経て東北へ向かう途上、日光で詠んだ句だ。元禄2年(1689年)、ちょうど330年前のその日は、太陽暦で5月19日であった。
 今年もこの季節に、「うつくしまフェニックスグループ」の宝友たちが総本部へ集ってくれた。原発事故等の影響で福島県内外に避難された方々が、いずこにあっても「負げでたまっか!」と励まし合い、不死鳥(フェニックス)の心で希望と福徳の輝きを放たれている。
 笑いあり涙ありの大会では、東北の歌「青葉の誓い」を大合唱されたことも、胸に熱く伺った。

緑のモスクワで
 25年前の5月、私は青葉光るモスクワにいた。モスクワ大学では2度目の講演を行った後、サドーヴニチィ総長にご案内いただき、構内の植物園で「白樺」の苗木を植樹した思い出が蘇る。
 妻は「日本の“白樺”(看護者の集い)の皆さんも喜んでくださいますね」と微笑んでいた。
 4半世紀の歳月を重ね、白樺の若木は見上げるように大きく育った。総長は、モスクワ大学の卒業式でも、この“友情の大樹”のことを紹介してくださったそうだ。
 大地に深く、広く根を張った大樹は強い。その木と木が森をなすように、未来を開く世界市民の青葉の森を創りゆくのが、創価の平和運動だ。
 とくに、青年たちに励ましの慈光を惜しみなく贈ってくれるのが、各地の婦人部の皆様である。母たちの周りには、なんと多くの温かな友情の輪、幸福の笑顔の輪が広がっていることか。
 恩師・戸田城聖先生のもとで女子部の華陽会が学んだ『小公子』には、「この世に、あたたかい心ほど力づよいものがあるでしょうか」とある。
 作者のバーネットは、自身の作品には「ハッピーエンディング」を選ぶと断言した。なぜなら、「すべての人の人生にはじっさいに、目をみはるほどの幸福が数多くあるのですから」と──。
 人生の劇にどんな波乱があろうとも、最後は必ず勝つ。皆を勝たせて、“自他共にハッピーエンディング”を飾る。これこそ、妙法の女性がヒロインとなる人間革命の舞の醍醐味ではないか。

青春の城を想う
 私が若き日の苦闘時代を過ごしたアパートの名も「青葉荘」であった。故郷・大田区の大森にあり、70年前の1949年(昭和24年)5月から3年間暮らした。
 小さな小さな青春の城で、私は近隣の方々と清々しい挨拶を重ね、誠実に親交を深めていった。私の部屋で座談会を行い、隣近所にも声をかけた。やがて信心する人も生まれていった。
 「二月闘争」の時には、「友人の折伏にぜひ」と急に呼ばれ、「よし、行きましょう!」と婦人部の応援に勇んで飛び出したこともあった。 ​​​


 大阪支部の初代支部長となった白木義一郎さんが青葉荘に訪ねてこられたことも思い出深い。
 プロ野球の名投手だった彼が、突然、大阪の球団への移籍を通告されて悩み、相談に来たのだ。
 私は彼の話を聞きながら、一気に広宣流布の展望が開ける思いがした。
 「この大阪行きは御仏意だよ! 大阪に一大拠点を築き、関西、いな西日本に広布の大潮流を起こし、戸田先生の願業の75万世帯達成への起爆剤になろう!」
 師弟勝利、民衆勝利の波を大阪、兵庫など全関西、全中国、全四国へ、そして福岡など全九州へ──夢は尽きなかった。
 世界の友が仰ぎ見る常勝大関西の源流も、試練をむしろ好機に転じゆく若き大胆な語らいから始まったといえようか。

正成と正行と母
 「青葉茂れる桜井の」──戸田先生に幾たびもお聞かせした“大楠公(だいなんこう)”の歌は、今の大阪・島本町桜井が舞台とされる。
 「父は兵庫に赴かん」と湊川の決戦に臨む父・楠木正成(くすのきまさしげ)は、「御供仕えん」と申し出た長子・正行(まさつら)を制した。
 『太平記』では、正成は、獅子が敢えて子を断崖から突き落として鍛えるという故事を通し、正行を厳しく誡(いまし)める。
 わが後継として苦難の道を歩み、「早く生い立ち」、世のため人のために戦えと願ったのだ。
 この父子の語らいは、母子に引き継がれる。
 父の死を悲嘆(ひたん)して後を追おうとする正行を、母は毅然(きぜん)と叱咤(しった)した。
 「父が兵庫へ向かひし時、汝(いまし)を返し留めし事」の意味を忘れたのか──時を待ち力を付け、やがて仇(あだ)を討ち、「孝行の道」を貫くためではないかと母は諭したのである。
 作家の大佛次郎(おおさらぎじろう)は、この母に鋭く光を当てた。
 「(母は)泣きもせぬ。歎きもせぬ。ただ、この子を父親と同じものに引上げる。
心からの、その祈りであった」と。
 母の決定した祈りに勝るものはないのだ。
 私は忘れない。あの「大阪事件」の直後に、兵庫広布・関西広布の草創の母が語った一言を。
 「私は、一生涯の覚悟を新たにしました。
 戦いは、絶対に勝たな、あきまへん。断じて負けたらあかん!」と。
 この「常勝の母たち」の強き一念の脈動ありて、何ものにも崩されぬ錦州城が築かれたのだ。
 どんなに悔しくとも、苦しくとも、「いまだこりず候」(御書1056ページ)との御聖訓のまま、恩師から託された「立正安国」即「福運安穏」の大闘争に母たちは挑み続けてくれている。
 この不撓不屈(ふとうふくつ)の挑戦によって耕された母なる大地から、二陣三陣と地涌の人華が育ち、「仏法即社会」の豊かな貢献の果実が幾重にももたらされているではないか。
 堅塁・中部の母たちが万葉の緑の中、誇り高く師弟の絆を「今日も元気で」の歌に託して歌ってくれた歴史も鮮やかだ。
 また「生い立て君よ」と“大楠公”の心を込めた、愛唱歌「火の国『青葉の誓い』」
を、先駆・九州の若人と共に、長崎の地で作ったことも懐かしい。

法華弘通の旗印
 青葉の5月は、恩師が第二代会長に就任して直ちに学会常住の御本尊を発願された月でもある。
 御本仏・日蓮大聖人は「大願とは法華弘通なり」(同736ページ)と仰せになられ、「法華弘通のはた(旌)じるし」(同1243ページ)として御本尊を御図顕された。
 この御本仏のお心そのものである「大法弘通慈折広宣流布大願成就」とお認めの常住御本尊を大誓堂に御安置してより6年──。全世界の地涌の大前進は、いよいよ威光勢力を増している。
 「此の御本尊全く余所(よそ)に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」、「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入(いしんとくにゅう)とは是なり」(同1244ページ)──。
 この御聖訓は、その名も日女御前という女性門下に送られた。「日女」とは、まさに太陽の女性という意義であり、その生命の光彩は、わが「太陽の婦人部・女子部」に受け継がれている。
 御本尊の無量無辺なる大功力を涌現するのは、創価の女性の最も強盛な信心である。「祈りからすべては始まる」のだ。

妙法の力を開け
 モスクワ大学の講演で私は「妙の三義」を敷衍(ふえん)して申し上げた。
 この「妙の三義」も、女性門下への「法華経題目抄」で明かされた法門である。
すなわち──
 「妙と申す事は開(ひらく)と云う事なり」(同943ページ)
 「妙とは具(ぐ)の義なり具とは円満の義なり」(同944ページ)
 「妙とは蘇生(そせい)の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(同947ページ)
 あらゆる人の仏の生命を開き、自他共に幸福を勝ち広げる勇気!
 どんな局面も聡明に包み込んで、調和と和楽を創り出す智慧!
 いかなる宿命も使命に転じ、喜びあふれる蘇生へと導く慈悲!

 妙法の真髄の力を生き生きと発揮しながら、あの友もこの友も、あの地もこの地も、笑顔で照らし晴らしゆくのが、創価の女性たちの立正安国の対話ではないだろうか。
 この“婦女一体”の連帯で、栄光勝利の未来の鐘を打ち鳴らすのだ。

 今月、アメリカ・ルネサンスの大詩人ホイットマンは生誕200年の日を迎える。
ゆかりの地には、このほど新宝城ブルックリン会館も誕生した。
 彼は恐れなき開拓者を讃えた詩で叫んだ。
 「旗じるしには力づよき母を掲げよ、
 そのたおやかな女性(ひと)の姿を振りかざせ、万人の頭上に高く星さながらに輝く姿を、(一同のこらず頭(こうべ)を垂(た)れよ)」
 創価の民衆スクラムは、尊き母たち女性たちの旗印のもと、希望の人間世紀へ前進する。
 御書には「音の哀楽(あいらく)を以て国の盛衰(せいすい)を知る」(88ページ)と仰せである。
 我ら学会家族は、歓喜の歌声と対話を、さらに明るく仲良く賑やかに響かせながら、誓願の国土に福運安穏の青葉を勝ち茂らせようではないか!(随時、掲載いたします)

 芭蕉は萩原恭男校注『おくのほそ道』(岩波書店)等。バーネットの言葉は『小公子』坂崎麻子訳(偕成社)とその訳者解説から。楠木正成・正行と母の話は兵藤裕己校注『太平記』(岩波書店)、落合直文作「青葉茂れる桜井の」による。大佛次郎は『大楠公 楠木正成』(徳間書店)。ホイットマンは『草の葉』酒本雅之訳(岩波書店)。


(2019年5月19日 聖教新聞)








Last updated  2019/05/20 12:29:18 AM
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2019/04/26
​随筆「人間革命」光あれ 池田大作

立正安国の言論城


民衆のための陰徳に無量の陽報が 

 異体同心で 我らは朗らかに勝利!

 ​​聖教は青年が躍動! 女性が輝く!


 街路樹のみずみずしい若葉が“日に日に新たに”――4月24日、池田先生は総本部周辺を回り、木々の緑にカメラを向けた。創価の生命も、人生もまた、日々前進だ!

 

「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254ページ)


 文永10年(1273年)4月25日、日蓮大聖人が佐渡で書き上げられた「観心本尊抄」の御文である。


 波乱の社会の只中で、我らは御金言のままに勇敢に戦い切り、満々たる希望の太陽を昇らせた。その光で愛する郷土と未来を照らし晴らし、堂々たる「立正安国」の柱を打ち立てているのだ。


 御本仏の讃嘆は、いかばかりであろうか。


 「陰徳あれば陽報あり」(同1178ページ)とは、苦闘の日々を乗り越えて、ついに勝利と信頼を勝ち取った門下への仰せである。


 しかも、この陽報は“端緒”にすぎず、「大果報は又来るべしとおぼしめせ」(同ページ)と励まされているのである。


 君も勝った!
 貴女も勝った!
 学会健児は、断固として勝ったのだ。


 五月晴れの空に向かって、誇りも高く、創価の勝ち鬨を轟かせようではないか!


世界の友と団結


 栄光の「5月3日」を前に、北米・オセアニアから、アジアのインド、タイ、マレーシア、シンガポール、また韓国から、さらにアフリカのコートジボワールから、世界広布の使命に燃える先駆の英雄たちが勇んでSGIの研修で来日された。


 ようこそ、日本へ!
 遠いところ、本当に、本当に、ありがとう!


 コートジボワールからは30人もの友が参加された。日本に来られるまで、どれほどの苦労があったことか。一人ひとりに、試練に打ち勝った真金の物語が光っている。


 “ソウカガッカイ(創価学会)・コートジボワール・ビクトワール(勝利)”――こう宣言するわが地涌の宝友たちは、「いつもコウセンルフ(広宣流布)のために!」と、異体同心で歓喜踊躍の前進をしている。


 有り難いことに、今回来日のリーダーたちをはじめ、全世界の同志も、異体同心で日本の広布の勝利を共に祈り、共に喜んでくれている。


 大聖人は仰せである。


 「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」


 「若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か」(同1337ページ)


 今、御書に寸分違わぬ広布の団結が地球を包み「生死一大事の血脈」が流れ通っているのだ。

 まさに、一人の人間革命の体験、一つの地域の立正安国の実証が、歓喜の波動を幾重にも広げる時代になった。この創価の世界市民を結ぶ心の絆が、聖教新聞である。

語る者は真実を


 9年前(2010年)の4月20日、聖教新聞の創刊記念日に、コートジボワールの友と語り合ったことも懐かしく思い出される。


 コートジボワールのある地域の共同体では――「語る者は はっきりと語らなくてはならない そして真実を語らなくてはならない」と教え、伝えられてきたという。

 明快さと真実は、聖教の信条でもある。今や「セイキョウオンライン」を通じ、世界同時に読まれる新聞となった。


 恩師・戸田先生も、「大作、『日本中、世界中の人が読む聖教にしよう』と語り合った通りになったな」と、呵々大笑されているに違いない。


 創刊68周年を迎えた4月20日、今秋の完成に向けて順調に建設が進む「創価学会 世界聖教会館」を仰ぎ見るとともに、総本部の地元の聖教販売店にも、私はカメラを向けた。


 日頃より愛読してくださっている読者の皆様をはじめ、印刷、資材、輸送、広告等の方々、愛する「無冠の友」、販売店、新聞長、通信員、ご関係の全ての皆様方に、心から感謝を捧げたい。


立宗の心に直結


 「聖教創刊の月」は、日蓮大聖人の「立宗」の月である。


 建長5年(1253年)の4月28日――大聖人は一切衆生の救済のため、大難を覚悟の上で、「いはずば・慈悲なきに・にたり」(同200ページ)と、正義を叫び出された。
 

「今度命をおしむならば・いつの世にか仏になるべき、又何なる世にか父母・師匠をも・すくひ奉るべきと・ひとへ(偏)に・をもひ切りて申し始め」(同321ページ)


 全人類を幸福に、全世界を平和にしゆく大言論闘争の開始である。


 この御本仏の「立宗の心」に直結して広宣流布、立正安国の言論戦に思い切って打って出るのが、創価の師弟である。


 だからこそ、学会には、三障四魔、三類の強敵が競い起こってきた。しかし、人間を不幸に陥れる魔性に、断じて負けるわけにはいかない。


 「日蓮が一門は師子の吼るなり」(同1190ページ)である。


 ゆえに勇気を出して、正義の声を上げることだ。その勇気が慈悲に変わる。智慧と光る。「生命尊厳」の大哲理を掲げ、友のため、地域のため、真剣に動き、語る生命にこそ、仏の慈悲と智慧が脈打ってくる。


 なお、「立宗宣言」の会座は「少少の大衆にこれを申しはじめて」(同894ページ)と記されている。


 今日、少人数で大仏法を学び合う座談会は、そのまま御本仏の法座に連なっていることを確信したい。ここから大聖人と御一緒に、「報恩と孝養」「友情と連帯」さらに「万人の成仏」へ、幸と平和の対話を広げゆくのだ。


「新聞」で戦った


 思えば、インド独立の父マハトマ・ガンジーが、非暴力の民衆運動の武器としたのも、「新聞」であった。彼がインドで「ヤング・インディア」等の新聞を創刊したのは、1919年、今から100年前のことである。


 それは、自ら独立運動の新たなリーダーとしてインド全土を東奔西走し、民衆の中へ飛び込みながらの戦いであった。


 評伝によれば、「信念と勇気をもって国民を鼓舞した多くの論説は、走行する汽車の三等客室のなかでペンを走らせたもの」と記録されている。


 聖教新聞も、戸田先生の八面六臂の大激闘の中で作られてきた。常々、先生は言われていた。


 「正法正義のために、民衆のために、命がけで書いてこそ、ペンは剣に勝つことができる」と。


 これが「聖教魂」だ。


「福光」の力に!


 熊本地震から3年――一日も早い「復興」と、被災された全ての皆様に「福光」あれと、願わずにはいられない。


 地震直後、被災した同志の心の支えとなったのは、聖教新聞であった。


 自宅が全壊しながらも、世界からのエールが掲載された聖教を小脇に抱え、“この新聞ば断じて届ける!”と友のもとを訪れ、励まし合ってくれた同志もいた。


 実に、「此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ」(同961ページ)と仰せられた通りの麗しき励ましの光景が、彷彿としてならない。


 一人から二人、三人、十人へと広がる、希望と勇気の広場の中心には、聖教新聞があるのだ。


 益城町にゆかりの作家・徳冨蘆花は「世にも強きは自から是なりと信ずる心なり」と断言した。


 「何があろうと、私はこう生きる!」と言い切れる人生は強い。


 なかんずく「我は妙法の当体なり!」「断じて負けない!」との大確信に立って、広布の大誓願に生き抜く創価家族に、「越えられぬ坂」など絶対にないのだ。


万葉の民衆讃歌


 聖教新聞は、日本、世界の良識から深い信頼を寄せていただいている。


 万葉集研究の第一人者であられる中西進先生も、創刊50周年の折、「今、社会が最も必要としている“励ましの心”“癒す心”、生活に染みついた“温かい心”を基調として、聖教新聞は作られています」とエールを送ってくださった。


 中西先生には、関西創価小学校での「万葉みらい塾」で、伸びゆく命に美しく大らかなロマンを贈ってもいただいた。


 新たに迎える「令和」の時代。英語では「ビューティフル・ハーモニー」と訳される。


 聖教は「万葉」の民衆讃歌、生命讃歌を蘇らせながら、「桜梅桃李」という麗しい人間共和のビジョンを、地域の友、世界の友と、明るく温かく発信してまいりたい。


                       ◇
 

聖教の紙面の光彩は、青年が躍動し、女性が輝いていることだ。


 巡り来る5月3日は「創価学会母の日」。


 恩師は言われた。


 ――民衆のために憂い、末法万年尽未来際の世界を見つめ、行動している女性こそ、久遠の約束のもと、今ここにいる創価の貴女たちだ、と。

 とりわけ、多宝の母たちが、どんなに強く友の幸せを祈り、郷土に尽くし、後継の若人を育んでくれてきたことか。


 この方々こそ、「生老病死」の苦をも転じて、「常楽我浄」の香を広げる生命の宝塔なのである。


 そして、「長寿にして衆生を度せん」(創価学会版法華経505ページ)との法華経の経文を体現しゆく、「地涌の太陽」なりと皆で最敬礼し、さらに宣揚していきたい。


正義を叫び抜け


 大聖人の生涯にわたる御化導は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」といわれる。


 この「立正安国」の魂を受け継ぎ、民衆の幸福安穏と、世界の平和繁栄のため、断固と正義の師子吼を放ち続けることが我らの言論戦である。


 この大道を、我らは、威風堂々と進む。


 「立正安国」の誓願を胸に、今日も、明日も、聖教新聞を希望と勇気の旗印と掲げながら!
 

                               (随時、掲載いたします)
 

コートジボワールの言葉はマイヤーズ著『アフリカ系アメリカ人』石松久幸訳(三一書房)。ガンジーの評伝の言葉はB・R・ナンダ著『ガンディー インド独立への道』森本達雄訳(第三文明社)、徳冨蘆花は『不如帰』(岩波書店)。


(2019年4月26日 聖教新聞)







Last updated  2019/04/26 09:12:16 PM
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2019/03/11

​随筆 「人間革命」光あれ 
福光勝利の春    池田大作

君も不屈なり 貴女も偉大なり
負けじ魂で 永遠の人材城を共に
東北の「心の財」の輝きを 世界が讃嘆

左手の壮麗な白い建物が民音文化センター。音楽で心を結び、励ましを送り続けて(池田先生撮影。5日、東京・信濃町で)

 今も深く温かく、心に響く恩師の声がある。
 「昭和31年」(1956年)の4月、宮城訪問の折、東北放送のラジオ・インタビューに応じられたのである。
 「特に仙台の方々に望むというようなことはございますか?」とのアナウンサーの問いかけに、戸田先生は即答された。
 「一日も早く幸福になれ!と。これが私の主張です」
 ただただ幸せになってほしい。一人でも多く幸せにしてほしい──。こよなく愛されていた東北の友への真情であった。
 東北に続いて訪れた関西でも、雨の大阪球場で先生は師子吼なされた。
 ──正しい信心に立つならば、皆、必ず幸福になる。民衆救済に立つ者こそ日蓮大聖人の弟子である。立正安国のため、社会のため、民衆のため、大確信に立って行動していただきたい、と。
 63星霜を経た本年「平成31年」の春を、福光勝利の創価桜で飾りゆこうと、全宝友が勇気凜々と前進している。
 恩師は、いかばかり讃えてくださるだろうか。
生き抜いた8年 8年前(2011年)のあの3月11日。
 思いもかけぬ巨大地震と大津波。続いて起こった原発事故──。「東日本大震災」は、まさに未曽有の大苦難であった。
 あれから、どれほど言語に絶する艱難と不安の風雪を堪え忍ばねばならなかったことか。
 皆で新たな出会いと絆を広げ、支え支えられて、互いの思いを重ねつつ寄り添ってこられた。苦悩に打ちひしがれた友のため、我が身を顧みず、億劫の辛労を尽くしてくださったのだ。
 まさしく仏であり、菩薩の振る舞いである。
 福島県の富岡町にある双葉(ふたば)会館では、今年の正月、震災後初となる新年勤行会が行われた。
 県内外から111人の友が集った。大震災の年の新年勤行会の写真も、館内に飾られていた。
 「負けない日々」を生き抜いた同志は、この日再びカメラに納まった。苦楽を分かち合った福光の賢者たちの笑顔──。広布の宝城に、新たな黄金の一頁(ページ)が刻まれた。
 あの地でも、この地でも、「地涌の正義の旗頭」の皆様は、ここが使命の大舞台なりと、自他共の幸福へ奮闘されている。
 人間とは、なんと優しく、明るく、負けない強さを持てるものか。
 君も不屈なり。貴女も偉大なり。世界よ、この「人間の英雄」を見よ! 民衆の「歓喜の凱歌」を聴け!と、私は叫びたい。

異体同心の支え
 東日本大震災以降も、深刻な自然災害が続いている。昨年も、広島、岡山、愛媛など西日本各地を蹂躙(じゅうりん)した「7月豪雨」があり、9月に起こった「北海道胆振東部地震」も激甚(げきじん)であった。
 打ち続く自然災害に対して、どう応戦するか。その辛苦の歩みの中で、私たちの社会は「レジリエンス」(困難を乗り越える力)をいかに強めるかという課題に、真摯(しんし)に向き合い始めている。
 なればこそ、「立正安国論」で「汝(なんじ)須(すべから)く一身の安堵(あんど)を思わば先ず四表(しひょう)の静謐(せいひつ)を祷(いの)らん者か」(御書31ページ)と仰せの如く、民衆の幸福と平和を根本とする生き方が輝き光っていくはずだ。
 そして、我ら創価家族には、「難を乗り越える信心」がある。崩れざる「心の財(たから)」がある。そして久遠からの「異体同心」の友がいる。
 長年、双葉会館の近くで活動してきた“多宝の父母”は、震災後、隣接の栃木県へ避難した。
 最初の座談会で、地区の友は東北の歌「青葉の誓い」を歌って、大歓迎してくれた。夫妻は友の心遣いに感極まり、声にならなかった。
 しかし、翌月の座談会では、夫婦して誇り高く、声の限りに歌った。その姿に、今度は栃木の友が胸打たれ、涙で一緒に歌えなくなったという。
 夫妻は今、富岡町に戻り、「元気に暮らすことが栃木の皆さんへの恩返し」と活躍されている。
 御聖訓に、「夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよ(強)きすけ(扶)をか(介)ひぬれば・たうれず」(同1468ページ)と仰せ通りの人間共和のネットワークである。
 この絆は、生死を超えて永遠である。
 若くして父を亡くした南条時光への励ましには、「いよいよ強盛なるべし、さるほどならば聖霊・仏になり給うべし、成り給うならば来りてまほ(守)り給うべし」(同1512ページ)とある。
 大難に怯(ひる)まぬ強盛な信心を貫けば、亡き家族・眷属(けんぞく)も成仏し、我らを守る。共に「常楽我浄」の旅を続けていけるのだ。

音楽は蘇生の力
 大震災後、音楽隊の「『希望の絆』コンサート」からは、幾重にも感動が紡ぎ出されてきた。
 人をつなぎ、心を鼓舞する歌の力、音楽の力は何と大きいことか。それは「生きる歓び」と「魂の蘇生」「勇気の共鳴」をもたらしてくれる。
 民音(民主音楽協会)では、世界的な音楽家やラジオ局、また地元の方々のご協力をいただき、岩手、宮城、福島の小・中学校などで「東北希望コンサート」を重ねてきた。2012の5月に陸前高田市の中学校で第1回を行い、昨年12月の気仙沼市(けせんぬま)の中学校で75回を数える。
 歌や楽曲の響きと共に広がる、子どもたちの明るい笑顔こそ、何よりの復興の希望の光だ。
 この5日の朝、総本部の周辺を車で回った折、白亜の“音楽の宮殿”民音文化センターが目に飛び込んできた。昨秋、創立55周年を迎えた民音の海外交流は110カ国・地域に広がり、国内での鑑賞者は1億2,000万人に迫ると伺っている。
 支えてくださっている全ての方々に感謝を込めシャッターを切った。
青葉城と岡城と 恩師が仙台の青葉城址に立ち、「学会は、人材をもって城となす」との永遠の指針を示されたのは、65年前(1954年)の春4月だった。
 詩人・土井晩翠(どいばんすい)が、この青葉城や福島・会津の鶴ケ城に着想を得て作詞したといわれる「荒城の月」の一節には、「昔の光 いまいずこ」とある。
 森羅万象は、変化、変化の連続である。
 戸田先生は青葉城を訪れたその日、仙台支部の総会で、妙法こそ生命の一切をよりよく変化させゆく根源の力であると明快に教えてくださった。
 人生も社会も、どんなことがあろうと、全てを善の方向、幸福の方向、勝利の方向へと変化させていけるのが、「人間革命」即「立正安国」の我らの祈りなのである。
 思えば、「荒城の月」の作曲者・滝廉太郎(たきれんたろう)ゆかりの大分・竹田の岡城も難攻不落(なんこうふらく)で知られた。
 その本丸跡で、九州の友と「荒城の月」を大合唱したことはあまりに懐かしい(1981年)。それは私が長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表した2日後、熊本へ向かう途次のことであった。
 歴史上、岡城の堅固さは「一人萬卒を制するといひしはかゝる所の事ならん」と称えられた。
 広布の勇者が「一人立つ」ならば、千人、万人にも匹敵する百戦不撓(ふとう)の「平和の城」となる。
 「熊本地震」(2016年)では、熊本・阿蘇両地方と大分は、激しい揺れに襲われた。試練に挑み、「負けんばい!」と険難の坂を越えゆく師子のスクラムは誇り高い。
 ともあれ、城は「民衆を守る」ものだ。それは民衆が安心して暮らせる拠点であ
り、地域社会であろう。まさに「立正安国」とは、崩れざる民衆城を築く戦いだ。
わが地域の繁栄を願って仏縁を広げる一人ひとりの誠実な行動が、この城を盤石に固めているのである。

「八」は開く義
 法華経に、八歳の竜女の「即身成仏」が説かれている。女子部や未来部のような乙女が、尊い人間勝利の道を開いたのだ。
 「御義口伝」には、「八とは色心を妙法と開くなり」(御書745ページ)と仰せである。「八」には、わが生命に具わる仏界を「開く」意義が込められている。
 大震災より8年。我らは今、人間復興の新生の道を開き、大きく境涯を開く「勝利の春」を迎えていると確信したい。
 かの竜女は「我が成仏を観よ」と宣言し、疑う人びとの前で即身成仏の実証を現した。その勝利の姿に、皆が「心大歓喜」したと示されている。
 いかなる宿命にも「負げでたまっか!」と、いよいよ学会精神を燃え上がらせる、
東北の宝友たちそのものではないか。
 勇気ある信心で、全てを変毒為薬しゆく「世界の東北」の見事なる実証と「心の財」の輝きに、全世界の同志が「大歓喜」しているのだ。
                   ◇
 昨年3月11日、壮大に地球を結んで開催された、世界青年部総会から1年──。
今、広布後継の「3・16」の誓いのままに、東北青年部をはじめ、「従藍而青」の若人が澎湃と躍り出ている。
 君たち青年こそが、「大悪を(起)これば大善きたる」「大正法必ずひろまるべし」(同1300ページ)との御金言を証明しゆく地涌の本命なのだ。
 「信ずる後継よ 不二の生命よ」──私と共に、永遠なる創価の城を築きゆこうではないか!
                              (随時、掲載いたします)

 岡城への評言は古河古松軒著「西遊雑記」(『日本庶民生活史料集成』第2巻所収)三一書房。​


(2019年3月11日 聖教新聞)







Last updated  2019/03/11 10:26:33 AM
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2019/02/04
​随筆 「人間革命」光あれ 池田大作 ​

新時代の黎明  


勇気で挑め困難に屈するな
声は力なり 立正安国の言論王たれ 
わが郷土は「よきところ」と信頼広げ

   雲湧き、風起こり、まばゆい太陽が光を放つ。その自然のドラマのもと、大阪城が堂々とそびえる。“常勝”の誇りも高き民衆の勝利劇を厳と見つめるように――(1997年11月、池田先生撮影)

 「光明は人を輝かす」と、文豪ビクトル・ユゴーは叫んだ。
 世界的な傑作『レ・ミゼラブル』では、人を健やかに、幸せにする光明が希求されている。
 世の悲惨に打ちひしがれた民衆のために!
 苦悩の闇に追いやられた若人のために!
 ユゴーは、人間を進歩させる原動力に、「あえてなす」ことを挙げた。
 正義と人道の行動に打って出る勇気が、生命を光輝あらしめるのだ。
 法華経には、「地涌の菩薩」は「無量の光明あり」(創価学会版法華経452ページ)と、その輝く姿が讃えられている。
 翻(ひるがえ)って、地涌の光明は、今いずこにあるのか。
 御本仏・日蓮大聖人の仰せの通り、広宣流布のため、立正安国のため、たゆみなく勇猛精進する、創価の民衆にこそあるのだと、私たちは高らかに宣言したい。
 執筆25年に及んだ小説『新・人間革命』が完結して迎えた1年――いよいよ、わが宝友一人ひとりが自らの人生の上に、偉大な「人間革命」の実証を示しゆく時だ。
 創価の世界市民の連帯が地球社会を包み始めた今、この欄も「随筆 『人間革命』光あれ」として、綴(つづ)っていきたい。

衆生の闇を破る
 我らが実践する日蓮仏法は、まさしく「太陽の仏法」である。
 その正義を、創価の父・牧口常三郎先生は、法難の獄中にあっても、堂々と主張されていた。
 当時の訊問(じんもん)調書を繙(ひもと)くと、牧口先生は、法華経神力品の一節を引かれている。
 「日月の光明の 能(よ)く諸(もろもろ)の幽冥(ゆみょう)を除くが如く 斯(こ)の人は世間(せけん)に行じて 能く衆生の闇(やみ)を滅(めっ)し」(法華経575ページ)
 そして、大聖人こそ、全世界の人類を即身成仏へ導く大導師であられると明言されたのである。
 軍部政府の圧迫を恐れた宗門が、御書の「日蓮は一閻浮提(いちえんぶだい)第一の聖人なり」(974ページ)などの要文を削除した所業とは、あまりに対照的であった。
 日蓮仏法の真髄の光は、まぎれもなく創価の「師子王の心」によって厳護され、継承されてきた誇りを忘れまい。
 牧口先生が身読された神力品の経文には「世間に行じて」とある。
 この通りの実践こそ、まさに学会活動なのだ。世間を離れてしまえば、悪口罵詈(あっくめり)されることも、煩(わずら)わしい苦労もない。しかし我らは、久遠元初からの地涌の誓願のままに、あえて試練の国土に躍り出て、民衆の苦悩の闇(やみ)、時代の闇、社会の闇を打ち破っていくのだ。
 今、日本全国、全世界で、創価家族が「柔和忍辱(にゅうわにんにく)の衣(ころも)」を着て、勇敢に誠実に大仏法を「世間に行じて」いる英姿の光明を、御本仏がどれほど讃嘆され、また牧口先生が喜んで見つめておられることか。

二月闘争の着眼
 日蓮大聖人の聖誕の月にして、戸田城聖先生の誕生の月である2月を、「報恩の拡大」で飾ろうと、67年前(1952年)、私は、蒲田支部の若き支部幹事として行動を起こした。
 当時の組織の最小単位である「組」(現在のブロック)を基盤に、異体同心で邁進し、それまでの壁を破る弘教で、広宣流布の突破口を開いた。
 その際、「祈りから始める」「体験を語る」との指針と共に、私は「近隣を大切にしよう」と訴えた。
 これが「伝統の二月」の淵源(えんげん)である。
 特別な作戦などない。要は、一人ひとりが、自分のいる場所で、自分の身近な縁に目を向けて、そこから、勇気の対話の一歩を踏み出すことだ。
 ここで戦うと腹を決めれば、会う人、縁する人に向き合う一念が変わる。自分の祈りが深まれば相手も環境も変わる。それを避けていたら、いつまでも、自分の「本国土」とはならないのだ。
 一番足元の近隣・地域の人びとを眷属と慈しみ、妙法の光で楽土へ照らしていくことが、立正安国の大道なのである。
 大聖人は、大難に挑まれている新潟・佐渡で、悠然と言い放たれた。
 「我等(われら)が如く悦(よろこ)び身に余りたる者よも・あらじ、されば我等が居住(きょじゅう)して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都(みやこ)為(な)るべし」(御書1343ページ)
 ともあれ、悩みのない人生がないように、何の課題もない地域など、どこにもあるまい。それでも、わが郷土を、御書の御指南の通りに「よきところ・よきところ」(同1183ページ)と一念を定め、皆で知恵を出し、育んでいくのだ。
 その快活な挑戦を続ける中で、事実の上でも、必ずや「三変土田(さんぺんどでん)」して、「よきところ」へ転換していけるのである。
 「二月闘争」等で駆け巡った東京の大田や神奈川の川崎、また鶴見をはじめ共戦の天地も隆々と栄え光っていることを、私は妻と嬉しく伺い、縁の友に題目を送っている。

さあ最前線へ!
 本年、我らは「創立90周年へ 創価勝利の年」と掲げて出発した。
 このように“一年間のテーマ”を決めるようになったのは、60年前の一九五九年からだ。
 戸田先生が逝去されて初めて迎える新年を「黎明の年」にと、私が発案したのである。
 「黎明」とは、暗から明に転ずる「夜明け」のことである。
 当時、総務の役職とともに、青年部の室長も兼務していた私は、「青年の力」によって、この一年を創価の黎明とするのだと誓い、祈った。
 さあ、広布拡大の最前線へ! まだ訪れていない地域へ! 会えていない友のもとへ!
 私は、先陣切って動きに動いた。
 「幹部が率先して一番困難な所にあたるのだ。法華経は冬の信心ではないか」と呼び掛けて、私自身が真っ先に、厳寒の北海道へと向かった。
 1月15日には小樽(おたる)に第一歩を印すと、旭川、夕張、そして札幌へと、北の大地を駆け、同志の中へ飛び込んでいった。恩師の故郷で、北国の友の辛労を偲(しの)びつつ、希望の灯火を掲げたのだ。
 2月1日には、関西へ。続いて四国に渡り、香川、高知を回った。一旦帰京し、中旬に中部の名古屋、再び大阪。大阪事件の公判の合間を縫(ぬ)って、懸命に友の激励を重ねた。
 3月に入ると、茨城の日立、水戸を歴訪し、次いで埼玉の大宮へ。
 「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善(いちぜん)にかつ事なし」(同1463ページ)
 行く所、向かう所、御聖訓を拝し、異体同心の団結こそ勝利の要諦なり、と約し合ったのである。
 下旬にも、愛知、滋賀、福井、京都、岐阜へと転戦し、御書を拝しては対話を続けた。一瞬の機会も逃さず、真剣な個人指導に徹した。
 皆、悩みを抱え、健気に悪戦苦闘していた。その胸奥に、御書と恩師の指導を通して、勇気と希望という確かな黎明の光を灯していったのだ。
 御聖訓には、「百千万年くら(闇)き所にも燈(ともしび)を入れぬればあか(明)くなる」(同1403ページ)という譬えがある。
 声も惜(お)しまず、勇気凜々と語った分、内外を問わず、仏縁を結び、友の心を明るく照らし、温めることができるのだ。
 60年の時は巡り、青年部の中核たる創価班、牙城会、白蓮グループにも「新時代一期生」が誕生し、新たな黎明を告げる活躍を開始している。
 各地の“青年室長”との深い自覚で、励ましを広げ、人材の育成と拡大に当たってくれている男女青年部のリーダーたちを讃え、労いたい。

通信員制度65年
 人間主義の言論紙たる聖教新聞は通算2万号の金字塔を打ち立てた。とともに、この1月、通信員制度が発足してから65周年の節を刻んだ。
 地域の最前線で創価の民衆運動を記録し、宣揚(せんよう)しゆく尊い献身にあらためて感謝申し上げたい。
 通信員の方々が撮影した写真のページ「郷土アイ」に、先日、懐かしい新潟の瓢湖(ひょうこ)に飛来した白鳥が紹介されていた。
 写真では、「いざ、羽ばたかん!」とばかりに、大きく翼を広げた一羽の姿が印象的であった。
 御書には、白鳥の声を聞いて嘶(いなな)く白馬の声によって威光勢力(いこうせいりょく)を増すという輪陀王(りんだおう)の故事を通し、「白馬は日蓮なり・白鳥は我らが一門なり・白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり」(同1065ページ)と仰せである。
 題目の声を響かせるところ、梵天帝釈(ぼんてんたいしゃく)をはじめ諸天も光を盛んにして、我らを守護(しゅご)しないわけがないと、ご断言である。
 どんな逆境に臨んでも我らには題目がある。
 全同志が「自他彼此(じたひし)の心なく」(同1337ページ)と題目を唱えゆく恐れなき前進に、諸天の旗も色冴(いろさ)えて、「人間革命」そして「立正安国」の大光はいやましていくのだ。

語り続けよ友よ
 大寒波に見舞われたアメリカ中西部など、各地で自然災害が続き、国際情勢も揺れ動いている。全世界の尊き仏子の健康と安穏を、強盛に祈らずにはいられない。
 「語る者よ、語りつづけよ、歌う者よ、歌いつづけよ」と、アメリカの大詩人ホイットマンは、力強く呼び掛けた。
 粘り強く発し続ける青年の声、民衆の声、連帯の声にこそ、世界を変えていく力がある。
 「声は力」である。
 「声は光」である。
 いよいよ「声仏事(こえぶつじ)を為(な)す」(御書708ページ)と、大確信の師子吼(ししく)を轟(とどろ)かせながら、「創価勝利の年」を輝き光らせていこうではないか!​
                                (随時、掲載いたします)


(2019年2月4日 聖教新聞)







Last updated  2019/02/04 08:53:58 PM
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