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ワールドリポート

2019/12/08
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カテゴリ:ワールドリポート

マレーシア・クラン市に「池田大作平和公園」が誕生

大臣、副市長ら来賓が出席し、晴れやかに開園式
SGMのセランゴール文化会館の真向かいに誕生した「池田平和公園」で、開園式の参加者が喜びのカメラに。式典では、音楽隊による記念演奏や、青年部と未来部によるダンスなどが披露された(クラン市内で)

 マレーシア・セランゴール州のクラン市に「池田平和公園」が誕生した。 
 これは、池田大作先生の長年の平和・文化・教育への貢献をたたえ、同市が新設した公園に命名したもの。
 1日には、同公園で晴れやかに開園式が行われ、同国の水・土地・天然資源省のゼイビア・ジャヤクマル大臣をはじめ、同市のエルヤ・マリニ・ビンティ・ダーマン副市長など多くの来賓が出席。
 
 マレーシア創価学会(SGM)の同志ら2500人が祝福した。

 開園式では、SGMの青年部有志が民族舞踊を披露した
 式典では、民族楽器の記念演奏も行われた
 開園を記念し、池田先生の名前を冠した木の植樹がされた

 マレーシア創価学会の公式ホームページから、SGM制作の開園式の動画を視聴できます。

マレーシア創価学会の公式ホームページは​こちら

 マレーシアの12月は雨期。11月から連日、雨が続いたが、この日はまばゆい陽光が降り注いでいた。
 古くから海運の要所として知られるマラッカ海峡を望む美しい港湾都市のクラン市。同市の閑静な住宅地に、「池田平和公園」は誕生した。
 
セランゴール州のクラン市に誕生した「池田平和公園」

 開園式では冒頭、池田先生の伝言が紹介された。
 「貴国は多様な民族が共存する素晴らしき天地です。この平和公園が多くの市民の方々から愛され、楽しき憩いの広場、交流の広場、友好の広場、そして平和の文化の象徴の広場となることを願っております。私たちも、皆さま方と共に、さらに平和のために行動してまいる所存です」
 
 その一言一言にうなずくマレーシアの同志たち。さらなる地域貢献を誓う顔は皆、晴れやかだった。
 
 「良き市民たれ」との池田先生の指針を胸に、共生の社会を目指して平和・文化運動を力強く推進してきたSGM。その活動は今、社会から大きな注目を集めている。
 
 2005年から、2年に1度開催してきた“平和の心を胸に走る”イベント「ラン・フォー・ピース(Run For Peace)」を、本年9月に全土28カ所で実施。約11万人が参加し、大きな反響を呼んだ。
 
 また、昨年11月には、SGMのマレーシア総合文化センターで「輝くマレーシア――多民族文化絵画展」を開催。同国の人々の生活や音楽文化を紹介した同展の開幕式には、マハティール・ビン・モハマド首相が出席し、創価の青年育成の理念と実践に深く賛同した。
 
 池田平和公園の誕生は、師の心をわが心として社会貢献を続けるSGMへの、社会からの信頼の証しである。
 開園式では、ゼイビア・ジャヤクマル大臣があいさつ。対話を通して平和を構築する創価の活動に深い共感を示しつつ、「この公園が平和と共生のメッセージを発信していく重要な場所になる」と強調した。
 
 また、エルヤ・マリニ・ビンティ・ダーマン副市長は、「池田博士は世界平和の先駆者です。この公園が博士のお名前を冠することで、ここに集う子どもたちが博士について学ぶきっかけになればうれしい」と語った。
 最後に、多くの来賓や同志が見守る中、開園を記念して池田先生の名前を冠した木が植樹された。


(2019年12月8日 聖教新聞)







Last updated  2019/12/13 08:49:06 AM
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2019/11/09
カテゴリ:ワールドリポート
北欧青年部が研修会
皆が使命の天地を照らす希望の光に

北欧広布は私たちの手で!――5カ国の青年が集った研修会。師の心をわが心として進む決意にあふれて(タプロー・コート総合文化センターで)
 北欧青年部の研修会が10月25日から27日まで、イギリスの首都ロンドン郊外のタプロー・コート総合文化センターで開催された。これには、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、フィンランドの5カ国から、約50人の青年が参加した。
 欧州では現在、青年部を中心に、小説『新・人間革命』を研さんするキャンペーン「『新・人間革命』世代よ 光り輝け!」を推進中。一人一人が「山本伸一」との自覚で前進する中で、多くのドラマが生まれている。
 「北欧の光たれ」とのテーマで開催された今回の研修会でも、体験発表が大きな感動を呼んだ。

 「必ず変毒為薬(へんどくいやく)できます!」――研修会で力強く語ったのは、男子部のヤン・フォルク・ブカーヴェさん(デンマーク)。
 信心強盛な母のもとで育ったブカーヴェさん。思春期に入った頃、父親のような存在だった祖父をがんで亡くす。これをきっかけに心身共に不安定に。学校を休むようになると、友達との関係が崩れ、孤独感にさいなまれた。
 現状を変えるために題目をあげ、池田大作先生の著作を読んだ。すると、「自分にしかない使命がある」と前向きになれた。
 “人生を変えよう”――もう一度、学校に通い、挑戦を重ねる中で確かな友情を築くなど、一つ一つ課題を乗り越えてきた。
 「今日こうして、未来への希望にあふれた私自身がいます」と語るブカーヴェさんに、会場から惜しみない拍手が送られた。

 研修会では、「立正安国論」の御書講義やグループディスカッション、ミニ文化祭なども活発に。プリチャード欧州女性部長、欧州青年委員会のサンティ委員長らが求道の友をたたえた。
 研修会を締めくくったのは、欧州青年部の愛唱歌「欧州の青年よ 光り輝け!」の大合唱。自身の人間革命の姿で、使命の天地に希望の光を広げゆく誓いを歌声に託した。

(2019年11月9日 聖教新聞)






Last updated  2019/11/09 08:20:43 AM
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2019/10/31
カテゴリ:ワールドリポート

ワールド トゥデイ   世界の今
大西洋に浮かぶ島国・カボベルデ
この地にも仲良き地涌の連帯が


 日本から約1万4000キロ離れたカボベルデ共和国は、大西洋に浮かぶ小さな島国である。美しいビーチが広がり、欧州の人々などに人気の観光地として知られる。この国に妙法の灯がともったのは、今から18年前。現在は歴史的、経済的に結び付きの強いポルトガルと共に活動に取り組んでいる。今月、ポルトガルSGI(創価学会インタナショナル)の友を取材するため、同国の首都リスボンへ。そこで、カボベルデで奮闘するメンバーがいると聞き、現地に向かった。(記事=西賢一、写真=中谷伸幸)



 今や、あの国にも、この地にも、我らの友人がいる。同志がいる――その実感が、歓喜が、一段と強く、大きくなった。


 日本からリスボンまで約16時間。そこから、さらに4時間――カボベルデは、大西洋上にある大小18の島で構成される国。面積は滋賀県とほぼ同じである。


 15世紀にポルトガル人によって発見されたとされる島々は、1975年までポルトガル領だった。そのため、両国間の交流は活発で、直行便も飛んでいる。SGIの活動もポルトガルがサポート。年に数回、同国SGIの幹部が現地を訪れ、激励に当たっている。
 

このカボベルデに最初の学会員が誕生したのは、2001年12月。新世紀の到来とともに、一人のカボベルデ人女性がポルトガルで入会したのだ。その報告を聞いた池田先生は、この月の本部幹部会で、新入会者が婦人部、紹介者がポルトガル女子部であることに言及。

「女性の世紀」の象徴とたたえ、喝采(かっさい)を送った。


 国の連絡責任者で、婦人部のソフィ・テヴェンさんは言う。「カボベルデは今も女性が主役です。地涌のスクラムは九つある有人島のうち、4つの島へと広がりました。皆、仲が良く、とても元気です!」


師と共に! わが使命は広宣流布
   テ/ヴェンさんはフランスの出身。父に続き、1980年から信心を始めた。生まれつき目に障がいがあり、16歳で左目の視力を失う。


 11日午後には、次の訪問地であるサン・ヴィセンテ島へ。ここは4島の中で最も会員数が多く、座談会が定期開催されている。
 この日の座談会場は、壮年部のアントニオ・タバレスさん宅。プロのダンサーだった彼は、ポルトガルで信心の土台を築いた。長年、母国の発展に尽くしたいと祈る中、当時の教育大臣から「国立文化センターの館長になってくれないか」との話が。仏法への確信を胸に帰国し、カボベルデの芸術振興に貢献する。
 そのタバレスさんを折伏したのは、妻のミリアン・シーマスさん。宿命転換の体験を語り、これまで多くの友を信心に導いてきた。「私は池田先生と広宣流布をするために生まれてきた――そう思っています。題目はまるで“磁石”のよう。祈ると、対話する人が次から次に現れてくるんですから」と声を弾ませる。
 座談会は集合住宅の2階にある夫妻の家で、午後7時からスタート。少し緊張した表情の新来者も参加している。勤行・唱題の後、皆で自己紹介。池田先生の指導を確認し合い、自由発言のコーナーへ。それぞれが信仰で得た“私の勝利”について語っていく。
 中でも共感を呼んだのは、テレビ局で働くマチルド・ディアスさんの体験だった。ジャーナリストである彼女は、自身の感情に振り回され、人と衝突することが多かった。しかし“いつも笑顔で”との池田先生の言葉に触れ、仏法者としての振る舞いを大切にしようと決意。少しずつ、自らが持つ生命の傾向性と向き合えるようになり、支えてくれる同僚に感謝する心が生まれた。「“自分が変われば環境が変わる”との仏法の素晴らしさを感じられたこと。それが“私の勝利”です」と語ると、参加者から賛同の拍手が送られた。
 会場には、カボベルデの一粒種であるマリア・フェルナンダ・ヴィエイラさん(婦人部)と、音楽家で海外ツアーから戻ったジェラール・メンデスさん(壮年部)の姿もあった。
 現在、島議会の議会長や島の副知事等を務めるヴィエイラさん。実は彼女にとって、メンデスさんは“信心の父”に当たる。彼はかつて住んでいた欧州で83年に入会。友人であるヴィエイラさんを最初に折伏し、後に信心するきっかけを作った人物だったのだ。
 久しぶりの再会を喜び合う多忙な二人。終始、和やかな雰囲気に包まれた創価家族の集いは、メンデスさんのオリジナルソングの演奏と、学会歌「今日も元気で」の大合唱で締めくくられた。
 メンデスさんの曲のテーマは“人をつなぐ”。「今日も元気で」は広布の心意気を表現した師弟の調べだ。
 今、この時、この場所で、仏法に巡り合い、縁深き同志と共に「師弟の絆」を結ぶことができた――。使命の人生を生きる誇りが、音色となり、歌声となって響き渡る。新来者もすっかり溶け込み、「ぜひまた参加したい」と、興奮した面持ちで感想を口にした。
 前日、数年ぶりに本格的な“恵みの雨”が降り注いだからだろうか。窓から外を眺めると、ひときわ鮮やかな月が顔を出していた。その煌々(こうこう)たる光は、カボベルデの未来を照らす“希望の輝き”にも見えた。

(2019年10月31日 聖教新聞)







Last updated  2019/10/31 11:44:10 PM
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2019/10/25
カテゴリ:ワールドリポート

​ワールド トゥデイ 世界の今
イタリアの「永遠の都」を訪ねて
ローマの道はつねに楽しく!
共に築こう! 永遠に崩れざる人間共和の都を! イタリアの創価家族が、古代ローマ時代の遺跡「フォロ・ロマーノ」の前で(今月6日)

 今月は池田先生の欧州初訪問の月(1961年)。各国に蒔かれた妙法の種は今、「ワン・ヨーロッパ」という理想の花となって全土に咲き薫っている。中でもイタリアは、欧州をリードする発展を遂げ、2016年に政府との間でインテーサ(宗教協約)が発効。社会から深い信頼が寄せられている。明年は同国に支部が結成されて50周年の佳節。その源流の地・首都ローマで活動する友を取材した。(記事=西賢一、写真=中谷伸幸)

 名画のような景観が果てしなく広がる。数千年の時を経た今も、不朽の輝きを放ち続ける姿は、まさに「永遠の都」そのものだ。 
 文豪ゲーテは、若き日からの憧れだったローマにたどり着いた感動を、こう記した。「ぼくはついにこの世界の首都に到達した」「わが青春の夢という夢がいま生き生きと眼の前に見えるのだ」
 古来、幾多の歴史が生まれ、多様な文化を育んできたローマ。
同国の広布の潮流も、ここから始まった。
 1961年10月19日、池田先生はイタリアを初訪問。ローマに第一歩をしるした。当時、出迎えた会員は、仕事で赴任していた壮年と、その夫人だけである。
 この日を起点として、再び先生が訪れた63年には、同国初の地区がローマに結成。以来、会員数は水かさを増していき、7年後にはイタリア支部が発足した。
 当初は日本人が中心だったが、徐々にイタリア人のメンバーが各地に誕生。拡大の原動力になったのは、人間主義の仏法哲学への共感と、信仰の確信が語られる座談会だった。
 座談会は折伏の場として、50年代から毎月開催されるように。
地道な励まし運動に取り組みながら、皆で朗らかに集い合う良き伝統になっている。
 対話と座談会を軸に、同国には現在、10万に迫るスクラムが堂々と築かれている。

   ローマといえば、有名な古代遺跡や文化遺産が頭に浮かぶが、それらが残る旧市街は、直径5キロほどの円の中に収まる大きさに過ぎない。市域面積はイタリアの都市で最も広く、東京23区の2倍以上ある。
 市内の会員数は約1万2,000人。その中で特に弘教と人材の拡大が進むのが、主にエウルと呼ばれる地区を活動の舞台とするウニヴェルソ(宇宙)支部だ。
 エウルは旧市街から車で約30分の所にある新都心。官公庁や文化機関のほか、オフィスや集合住宅が立ち並ぶ。いわゆる“ローマ”とは全く趣の異なる町だ。
 このエウルを中心としたエリアは昨年、ウニヴェルソ支部を含む2支部から3支部へと発展。だが、支部長のブルーノ・ゾーヤさんが転居してきた10年前には、少人数のグループが一つあるだけだった。
 支部は現在、2地区8グループの体制に。座談会の参加者数は80人に上る。さらに今年に入り、6人の新会員が誕生。「そのうち5人は壮年部の紹介です!」とゾーヤさん。少し慌てて、「もちろん、婦人部の皆さんの応援のおかげですよ」と言葉を継ぐと、隣にいたルイージャ・パンドルフォさん(支部婦人部長)はニッコリ。仲良き組織で見られる、麗しい光景だ。

明るい集いに歓喜は湧く
 “躍進の秘訣”を問うと、パンドルフォ婦人部長は「題目です」と一言。支部ではリーダーが心を合わせて祈り、一人一人の状況に応じた激励に力を注ぐ。それにより、仕事等で多忙なメンバーとも、よく連携が取れるようになり、一段と団結が深まった。
 功徳の体験も続々と。ゾーヤ支部長はコントラバス奏者として活躍する傍ら、支部内にある中学校の音楽教員となり、広布の会場となる自宅も購入できた。
 男子部部長のティツィアーノ・ガッロさんは入会4年。唱題根本に、勤務するアパレル会社で模範の営業成績を収めた。忙しい日々を支えるのは、小説『新・人間革命』に描かれた山本伸一の雄姿だという。
 「小説を読むと、池田先生がそばで見守ってくださっているように感じ、負けじ魂が燃え上がります」
 祈り励まし、『新・人間革命』を通して心で師と対話する──ここに、世界広布の勝利の方程式がある。
 イタリアの座談会は原則、友人を招き、機関誌からヒントを得たテーマに沿って懇談的に行われる。
 今月3日には、同支部のヴィルトゥ・ウニヴェルサーレ(普賢)グループの友が集い合った。会場は閑静な住宅街の一角。開会30分前から自由唱題が始まり、辺りが暗くなった午後8時、座談会はスタートした。
 テーマは「信心について」。日常生活の中で、どのように信心を生かし、苦難を乗り越えてきたか──信仰歴の長短を問わず、それぞれが実感を込めて語っていく。
 ある男子部員は学会活動を通し、何事も決めて祈って動く大切さを学んだという。
「今年立てた“ワインソムリエになる”という目標に近づくことができました。祈ると挑戦する勇気が出るんです」と笑顔で。
 家族の問題を抱える女子部員は、信心して困難と向き合えるようになった。「正直、悩みは尽きません。でも、悩みは自分を成長させてくれる──そう感謝できるようになったと思います」と感慨深げに話した。
 会場には新来者の姿も。感想を聞かれると、瞳を輝かせて言った。「実は今、大きな壁に直面していますが、皆さんの体験が心に光をともしてくれました」
 ふと気が付くと、もう終了時刻。ピタリと話し声は止み、司会が御礼を述べる。閉会後も名残を惜しむように語らいが続く。やがて両頬を交互に合わせるあいさつを交わし、参加者は充実の表情で帰路に就いた。
 形式ばった堅苦しさなどはない。苦楽を分かち、何でも語り合える家族の集い。その伝統が息づいているからこそ、イタリアは発展を遂げているのだろう。
 「ローマの道は つねに楽しく」とは、かつて池田先生がイタリアの友に贈った言葉である。楽しい所に人は集まり、明るい所に歓喜は湧く──。永遠の都・ローマには、その理想の道が大きく広がっている。

※1面のゲーテの言葉は『ゲーテ全集11』所収「イタリア紀行」高木久雄訳(潮出版社)
●ご感想をお寄せください  news-kikaku@seikyo-nep.jp

​​動画 セイキョウ ムービー  「「ールド トゥデイ 世界の今
イタリア・ローマ」


(2019年10月25日 聖教新聞)







Last updated  2019/10/25 08:21:45 PM
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2019/10/24
カテゴリ:ワールドリポート

インド創価学会はなぜ伸びるのか  
経済都市ムンバイの友を訪ねて
​

 ​“私こそ未来へ続く広布の大河の一滴” 



 ​


 “世界の先駆”の誇りで前進するインド創価学会(BSG)の友。先月に新「本部」と、創価菩提樹園の新「講堂」が開館。その日を目指し、唱題と折伏・人材拡大に挑んだBSGは、4年前の2倍を超える22万5,000人の連帯を築いた。「座談会の参加者が3倍に増えました」「今年、同じマンションの5人に弘教が実りました」――各地で耳にする拡大のエピソードは枚挙にいとまがない。なぜ、BSGは伸びるのか。経済都市ムンバイの友を訪ねる中で、その“答え”が見えてきた。(記事=金久保大樹)

 競うように高層ビル群が空へ伸びる。


 ムンバイには金融機関や財閥系企業の本社が集まり、インド最大の経済都市として発展を遂げてきた。「ボリウッド」(大衆娯楽映画産業)の発祥地としても知られ、仕事や夢を求めて移住してくる若者が多い。


 その分、競争は激しい。人生を開くチャンスは転がっているものの、つかめる人は一握り。物価は高く、苦しい生活を強いられる人が多いのも現実だ。

 著しい成長を続ける21世紀の世界経済のエンジン――それをインドの“光”とすれば、色濃く残る貧富の差という“影”も存在する。ムンバイに限らず、インド全体の「現実」に対して、“一人ではどうにもならない”と諦めを感じる人は多いという。


 リズム・ナグダさん(男子部部長)も、かつてはそうだった。


 定職に就けず、苦しい生活。現実から逃げるように酒におぼれたが、友人から仏法の話を聞いた時、目の覚める思いがした。


 一人の変革から全ての変革が始まる。“一人の無力さ”を嘆くのではなく、“一人の偉大さ”を示し、社会変革の主体者となる自覚を促す。この創価の哲学に、ナグダさんは一筋の希望を見た。


 2年前に入会。自分のためだけでなく、他者のために祈り、行動する実践を続ける中で、命の底から湧き上がる充実感を覚えた。やがて、希望通りの就職を果たす。


 ナグダさんは今、かつての自分と同じ境遇だったメンバーに徹底して寄り添い、励ましを送る。こうした“使命の目覚め”の連鎖が、インド各地に巻き起こっているのだ。
  

​​                    ◇
インド ムンバイ ルポ
発展の要因
①訪問・激励で「新・人間革命」を学び合う
②誰もが"励ます側"に! 5バディーズ運動 (皆が「5人の励まし責任者」)


 蒸し暑さが残る9月17日、ムンバイの中心に位置するヒラナンダニ・ガーデンズ支部の婦人部の友らが家庭訪問に歩くというので同行した。

 シバニ・ゴギアさん(白ゆり長)が、自ら2年前に折伏したカールティカ・ラージゴパールさん宅へ。プーナム・スリバスタパさん (地区婦人薫)はアヌーパ・パントさん(副白ゆり長)宅を訪問。 2人とも手に握りしめていたのは、小説『新・人間革命』だった。訪問の際には、必ず持ち歩くという。
 BSGでは、全土で月ごとに研さんの章を決め、各部で勉強会を開いている。
 9月に研さんするのは、第26巻の「勇将」の章。スリバスタパさんは”誰も置き去りにしない”との心で、勉強会に集えなかったメンバーのために、全員と会えるまで、毎月、一軒一軒を訪問しているという。    
「元気?調子はどう?」。「人を励ますのに理由は、スリバスタバさんがパントさんを訪れると、彼女の表情に、どこか陰りがある。
「最近、ちょっと悩みがあって。栄養学の勉強を始めたけれど、家事や育児に疲れて、あまりはかどらなくて。毎日、題目はあげているんだけど……」 スリバスタバさんは「師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごと」(御書1193ページ)を拝読し、語り掛けた。
「『勇将』にも”勇気が人間を師子に変える"とあるけれど、大事なことは師匠と同じ心で祈ること。そうすれば、勇気が出ないわけがない!『新・人間革命』を通して、一緒に先生の心を学んで、祈りましょうよ!」
 対話が終わると、勤行・唱題が始まった。パントさんに笑顔が戻った。「おかげで迷いが消えたわ!本当にありがとう。私、絶対に負けない!」
                    ◇
 スリバスタパさんの確信の言葉には、それを裏付ける体験があった。
  肺炎を治したいと、妹の紹介で2011年に入会。
 完治した数力月後、今度は、足の関節に激痛が走り、歩くことが難しくなった。原因は不明。ステロイド剤を投与しながらの治療は続い たが、なかなか改善が見られない。
 気持ちが落ち込む日々の中、リーマ・バティアさん(支部婦人部長)をはじめ、多くの同志が『新・人間革命』を通して励ましを送ってくれた。
  当時は白ゆり長。広布を妨げる魔に負けるわけにはいかないと、ひたぶるに唱題に励んだ。
 "こんな自分だからこそ、メンバーを励まそう"と決め、同志の車に同乗して家庭訪問に挑んだ。2力月間で110軒を訪れたことも。スリバスタパさんの懸命な姿に触れ、20人程度だった座談会の参加者が70人 を超えるまでになった。気付けば足の痛みは、うそのように消えていた。
 「私があちこち訪ねるものだから、近所の人によく聞かれるんです。『あなたには何軒、家があるの』って(笑い)。私は池田先生にお会いしたことはありません。でも、『新・人間革命』に描かれている、”山本伸一”の生き方を自分に置き換えて実践した時、大きく人生が開けることを心から確信しました」
 物理的な距離を超え、『新・人間革命』を通して 結ばれた”師弟の魂の交流"が、BSGメンバー一人一人の確かな拡大の原動力となっている。
                    ◇
 BSGが大きく人材の裾野を広げた取り組みの一つに、「5バディーズ」という励まし運動がある。年齢、役職、入会歴などに関わらず、全メンバーが"励ましたい5人”を決める。その5人と緊密に連携を取り、励ましを送り合いながら、互いの成長と全身を祈る。

「人を励ますのに理由は必要ありません」。ムンバィ文化会館があるカール支部の支部長、ブリジェーシュ・マニさんが、はつらつと言った。
  同支部では各部が一体となって、この運動を推進。”励ます側" の陣列を着実に増やしていった。
「私を指名した新入 会のメンバーは、何度もわが家を訪ねてきてくれ、「唱題は順調ですか?」と励ましてくれるんです(笑い)。頑張らざる得ませんよね」と笑顔のマニさん。
 かつては、壮年部の会合参加率が全部員の10%にも満たなかったが、”励ましの連鎖"が重なり合う中で、次々と同志が立ち上がり、参加率は90%を超えるまでに。
 婦人部や男女青年部にも、「5バディーズ」の運動から次々と人材の花が咲き、カール支部として4力月間で、新たに25人の友が活動に励むようになった。
                    ◇
 こうした智慧と勇気の連動を支えている源泉は、 "断じて広宣流布を成し遂げる"との誓願の題目にほかならない。
  BSGが4力月間で唱えた題目は「115億遍」。各地区で「源流唱題会を開き、定めた目標に向かつて、異体同心の唱題に挑んできた。
「源流」とは、『新・人間革命』第29巻の章の名前。1979年の池田先生の3度目の訪印の様子が描かれている。
 当時、各地から集った40人の友に先生は語った。
 「ガンジス川の悠久の流れも一滴から始まります」
「今はメンバーは少なくとも、自身がその一滴であるとの自覚で、洋々たる未来を信じて前進していきましょう」と。
  以来40星霜。"自分が広布の大河の一滴である"との自覚と責任は、21世紀に躍り出た地涌の友の心にも、確かに宿っている。
   あるBSGのリーダーが語っていた。「先生がインドの大地に題目を染みこませてくださったからこそ、今の発展があります。だから次は、私たち後継の弟子たちの祈りと行動で、未来へ続く人材の大河を開いていく。それが、BSGの全員の誓いです」
 誓願の心で結ばれた師弟の絆がある限り、広宣流布に行き詰まりはない。

インド新「本部」を見る ​セイキョウムービー​​


(2019年10月24日 聖教新聞)







Last updated  2019/10/24 11:21:08 PM
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2019/10/22
カテゴリ:ワールドリポート

​​ルポ パラグアイ ルケ市 池田大作博士公園を訪ねて
住民に親しまれる憩いの広場
元自治会長「わが地域が生まれ変わった」​​

上空から撮影した「池田大作博士公園」。その周辺には「牧口常三郎先生通り」「戸田城聖先生通り」「SGI通り」が

 南米パラグアイの首都アスンシオンの玄関口として国際空港を擁するルケ市。同市のイタプアミ地区には「池田大作博士公園」があり、周辺の道は、ルケ市議会により「牧口常三郎先生通り」「戸田城聖先生通り」「SGI通り」と命名されている。8月中旬、地域に親しまれているという“池田公園”を訪ねた。
 首都アスンシオンを車で出発し、ルケ市にある「池田大作博士公園」に向かった。
 同市の人口は約24万人。国際空港や南米サッカー連盟本部を擁するパラグアイの中核都市である。
 10キロほど進むと、ルケ市内に入った。
 「この先の道路が“牧口通り”ですよ」
 車に同乗したパラグアイSGIのメンバーが前方を指さしながら、教えてくれた。
 車を止め、「牧口常三郎先生通り」の出発点に設置されていた「石碑」の前へ。
 そこには“創価の父”の偉大な業績をたたえ、その名が刻まれていた。
 公園や通りは、ルケ市のイタプアミ地区にある。
 「イタプアミ」とは、パラグアイの先住民の言葉グアラニー語で“立ち上がる岩(石)”などの意があるという。
 石は、同地区の象徴であり、石碑での顕彰の意義は、ひときわ大きい。
 “牧口通り”の全長は約3.5キロ。ルケ市とリンピオ市をつなぐ路線バスが走り、交通量は多い。市民にとって主要な道路の一つになっている。
 「毎日、この“牧口通り”を車で走り、職場に出勤しています。“パラグアイ広布の前進のために、きょうも頑張ろう”と、すがすがしい気持ちになりますよ」
 ルケ市在住、パラグアイSGIのカタオカ理事長は、こうほほ笑んだ。
 この“牧口通り”を1キロほど直進すると、右手に「戸田城聖先生通り」(全長約1キロ)があった。
 “牧口通り”と“戸田通り”が交差する地点には、地元イタプアミ地区の小学・中学・高校の校舎が立つ。
 ここは、未来を担う青少年が、元気に語らいながら歩く通学路でもある。
 さらに“戸田通り”を東に進むと、左手には「SGI通り」(全長約500メートル)
が。
 その先に、約1140平方メートルの「池田大作博士公園」が広がっていた。
 「この公園は僕たちの“庭”だよ!」
 「毎日、ここでサッカーをしているんだ。僕の夢は、サッカー選手になることです」
 「池田大作博士公園」には、子どもたちの無邪気な笑い声が響いていた。
 ブランコを楽しむ親子や、サッカーボールを必死に追い掛ける少年たちもいた。
 子どもたちを見守る保護者からは「子どもたちの“大切な場所”になっています」「この公園はイタプアミの誇りです」など喜びの声が──。
 公園を案内してくれた、イタプアミ地区の元自治会長フアン・カルロス・イバロラ氏は、にぎわう様子を見つつ、感慨深く語った。
 「かつてイタプアミ地区は森林ばかりで、他には何もなかったんです。行政からも、忘れ去られていた地区でした。この地域が、こんなにも活気づくとは、誰も想像していなかったでしょう」
 かねてイバロラ氏は、“どうすれば、この地域を発展させることができるか”を人知れず悩み、考えていた。そんな時、知人を介して、SGIメンバーに出会ったという。
 「私たちは、地域の皆さんが日常的に楽しめる“憩いの広場”をつくりたいと思っていました。その構想段階から、パラグアイSGIの皆さんが、全面的に協力してくれたのです。どこまでも地域を大切にし、真剣に行動するSGIの皆さんの姿、そして池田大作博士のリーダーシップに、心からの敬意を抱きました」
 そして2003年、池田先生の地域貢献の理念に、深く共感した市民の強い要望により、「池田大作博士公園」の設置が決定したのである。
 その後、行政と地域住民、SGIメンバーが協力して、公園の整備を進めてきた。
 05年にはブランコやシーソーなどの遊具、12年にはサッカーゴールなどが設置されてきた。

 イバロラ氏は、これまでの歩みを振り返った。
 「“池田公園”の開設以来、不思議と、若い世帯が増え続けています。新しい家が何軒も立ち並び、公園の隣には、大きなサッカースタジアムも建設されました。もうすぐ、企業の工場も誘致される予定です。十数年前まで何もなかった場所が、生まれ変わったのです。“池田公園”と共に、私たちの地域は発展してきました。本当にSGIの皆さんのおかげです」
 公園内には「池田大作博士公園」の名が刻まれた銘板が設置されている。
 その銘板を見つめながら、カタオカ理事長は、皆の思いを代弁した。
 「当初は、私たちSGIメンバーで、草刈りなど公園整備を担っていました。でも、近年は、住民の皆さんが“自分たちの公園”として大切にし、自主的に整備してくれています。地域の方々に親しまれていることを、うれしく思います。池田先生の名を冠した公園で育った子どもたちが、今後のパラグアイ社会を担う、立派な人材に育っていってほしい──これが、私たちの変わらぬ願いです」
 “池田公園”には、地域に根を張り、地道に友のため、人のために尽くしてきたパラグアイの同志の思いが詰まっていた。


(2019年10月22日 聖教新聞)







Last updated  2019/10/22 12:00:07 PM
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2019/10/17
カテゴリ:ワールドリポート

池田先生の訪問55周年 チェコが記念総会

 池田先生の訪問55周年を記念する東欧チェコSGI(創価学会インタナショナル)の総会が6日、首都プラハで開催された。
 1964年10月、池田先生はチェコ(当時、チェコスロバキア)を訪問。まだ同国に学会員はいなかったが、先生は市民らと交流するなど、世界平和の種をまいていった。
 89年11月に同国の民主化が実現。92年1月には、チェコに東欧で初の支部が結成された。わずか7人での出発だったが、一人を大切にする中で同国SGIは着実に発展。支部発足25周年となる2017年、政府から法人認可を受けた。


 44人の友人を含む111人が集った総会では、ドレジャル支部長、イヅツ婦人部長が参加者への感謝を述べ、フジイ欧州書記長、男子部のペトル・スメターチェックさんが、日蓮仏法の哲学、SGIの平和運動などについて紹介した。
 婦人部のタンダ・クリストフさんが信仰体験を発表。ギターやチェロの演奏、歌など、音楽と芸術の都・プラハならではの催しが総会に花を添えた。​



(2019年10月17日 聖教新聞)







Last updated  2019/10/17 01:30:05 PM
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2019/10/13
カテゴリ:ワールドリポート

​世界のザダンカイ    パラグアイ
 大いなる共感と触発と歓喜の広場 —―「ザダンカイ」は、世界共通の言葉である。日本から約1万8000'離れた南米パラグアイでも、創価家族の語らいが 弾んでいた。 8月中旬、エンカルナシオンとアスンシオンを訪れ、その模様を取材した。

語り合う深め合う

エンカルナシオン
 パラグアイの南東部に位置するイタプア県の県都エンカルナシオン。アルゼンチンとの国境をなすパラナ川沿いにある。
 エンカルナシオンとその周辺の移住地が、サンタ・ロサ支部エンカルナシオン地区の活動の舞台である。
「ここイタプア県はパラグアイ広布の源流の地です。私たちは、道なき道を切り開いた先駆者の汗と涙を忘れず、新たな広布の波を起こしていこうではありませんか!」
 会合の席上、タカシ・アタギ支部長が語ると、大拍手が。参加者の瞳には「源流」の誇りが光っていた。
 戦後、日本人移住者はエンカルナシオンの北東 16キロから始まるチャベス 移住地や隣接のフラム移住地などに入植した。移住者に与えられた広大な土地は原生林。木を切り出し、自分たちで家を建てるところから始めなければならなかった。
 この移住者の中に、学会員がいた。1961年、彼らを中心に、パラグアィ地区が結成されたのである。
 アタギさんの父,テツオさんもパラグアイ広布を切り開いてきた一人だ。57年に愛嫒で入会し、59年、妻と2人の子を連れてフラム移住地へ。日本から箱に詰めて持ってきた聖教新聞を手に、折伏に歩いた。生活は貧しかったが、心は充 実していた。「自分のことを祈ったことは、ほとんどないね。いつもあの人、この人と、誰かのことを考え、祈って動いてきましたよ」 テツオさんは現在、88歳。「”こんないいところはない"と心の底から感じています」
 そんな広布の先駆者の心を継いで、今、同地区は、新たな発展の時を迎えている。​​​


 この日、司会を務めたのは未来部のロバート・ ルイス・ディアスさん。新入会で男子部のエドガル・ボルドンさんが信仰体験を披露し、女子部のジ ヱシカ・アタギさんが教学の研究発表、ジェニフーァ・フレテスさんが青年部の運動を紹介した。
  かって日系人中心の地区だったが、現在は約7割がパラグアイ人のメンバーだ。このうち、青年部が半数を占め、地区は活気に満ちている。
 アタギさんは語る。
「源流の誇りこそ私たちの原動力です。私自身、 毎年、2世帯の弘教が実り、個人折伏は20世帯を超えました。その大半が 現地の青年です。私たちは今再び、先駆者の自覚で対話に打って出ます」

アスンシオン
 首都アスンシオンでは毎週、班(日本のブロック)を中心に座談会を開いている。今回、取材した三つの班座談会は、いずれも「全員参加型」の内容だった。
 王者支部のビスタ・アレグレ班では「慈悲」をテーマにディスカッションを。
 「慈悲の根本は抜苦与楽です。相手の話をよく聞くことから始まると思います」
 「悲しんでいる人を見たら、放っておけない。でも声を掛けるには勇気が必要ですね……」
 さまざまな意見が飛び交う中、中心者である婦人部のマリアナ・バレットさん(班長)が小説『新・人間革命』第9巻「鳳雛」の章の一節を紹介した。
 ――山本伸一が、小児麻痺の後遺症と経済苦に悩む友に同苦しながら、“強い心を育んでほしい”と願い、あえて厳しい口調で語った場面である。
 「あなたには、御本尊があるではないか! 迷ってはいけない。ハンディを嘆いて、なんになるのか。いくら嘆いてみても、事態は何も変わりません。また、すべての人が、なんらかの悩みをかかえているものだ。いっさいが恵まれた人間などいません。学会っ子ならば、どんな立場や状況にあろうが、果敢に挑戦し、人生に勝っていくことだ。どうなるかではなく、自分がどうするかです」
 バレットさんはこの一節を通し、語った。
 「慈悲は感傷的なものではありません。現実を嘆くのではなく、山本伸一のように、目の前の友と真剣に向き合うことが慈悲といえるのではないでしょうか」
 最後に、男子部のマティアス・サンチェスさん(副班長)が口を開いた。「皆、悩みは尽きません。だからこそ友のことを真剣に祈り、勇気を出して励ましを届けていきたいと思います」
                   ◆◇◆◇◆
 勝利支部の幸福班では「辦殿尼御前御書(べんどのあまごぜんごしょ)」の一節を学び合った。
 担当は、男子部のヘラルド・アラルコンさん(班長)である。
 「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土(どうこえど)を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)
 アラルコンさんは語った。「広宣流布は、やむことのない仏と魔との連続闘争です。ここでは、不退の信心こそ一切の魔を打ち破っていく極意であると仰せです」


 ここから、参加者は「魔の働き」について語り合った。
 「“このくらいでいいかな”と思ってしまう妥協の心。“自分には関係ない”という無関心。魔は自分の中に潜んでいますね。成長を妨げる働きがあると思います」
 「魔は、日常生活の中で突然、襲ってきます。でも教学を学び、活動に励めば、境涯が高まり、“これが魔だ”と見破ることができます。魔を打ち破るたびに、私たちは成長していけますね」
 参加者は「折伏に挑み続けていくことが、魔を打ち破る力であり、宿命転換の道である」と決意し合った。

●ご感想をお寄せください  news-kikaku@seikyo-nep.jp


(2019年10月13日 聖教新聞)







Last updated  2019/10/13 07:00:06 PM
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2019/10/08
カテゴリ:ワールドリポート

​訪印団リポート 下 
人材の花開くコルカタ
誓願の連帯の拡大を

 仏法源流の地・インドを訪れ、インド創価学会(BSG)の友らと交流した「創価学会 青年文化訪印団」。「訪印団リポート下」では、「シティ・オブ・ジョイ(歓喜の街)」の愛称で知られる文化の都・コルカタでの交流の様子、地元BSGメンバーの活躍とともに、コルカタを訪問した団員の代表の声を紹介する。(記事・写真=金久保大樹)

 「おはようございます」
 「どうぞ よろしくおねがいします」
 日本語で手書きされたプラカードを掲げ、コルカタの国際空港で訪印団を待つBSGの友。その表情は、快晴の空よりもまぶしかった。
 「昨夜は興奮して眠れませんでした」「池田先生の“名代”として来られる皆さんですから!」
 9月18日午前、訪印団12人が到着すると、底抜けに明るい“コルカタ家族”の大歓呼が響いた。
「We will fight! We will win! Sensei,We will win! 」
(私たちは戦います! 私たちは勝ちます! 先生、私たちは勝ちます!)」
 次第に熱を帯びていく“誓いの叫び”。涙を光らせる婦人。力強く拳を突き上げる青年。まるでそこに、池田先生がいるかのように──。
 蒸し暑さをしのぐほどの師を求め抜く情熱が、訪印団の心を熱くした。
                     ◇
 市内に出ると、そこは庶民の息づかいが聞こえてくる活気にあふれた街が広がっていた。
 道路には車やバイク、オートリキシャ(自動三輪タクシー)をはじめ、インドで唯一の路面電車「トラム」や人力車など、ありとあらゆる乗り物が所狭しと駆け抜ける。
 沿道には、食料や雑貨などを売る露店が軒を連ね、その傍らでは水で体を洗う老人や子どもたちの姿も。決して裕福とは言えない暮らしの中でも、一人一人の表情には生活を切り開くたくましさがにじんでいた。
 西ベンガル州のコルカタの歴史は、17世紀後半にイギリス東インド会社が商館を開設したことから始まる。街の至る所にヨーロッパ調の建造物が立ち並び、イギリス統治時代の面影が残る。
 1911年までインドの首都であったコルカタは、商業や工業、政治や文化の中心都市として発展を遂げてきた。近年もインド国内で初の地下鉄が開通するなど、インド東部最大の経済拠点としての役割を果たす。
 また、19世紀から20世紀にかけて教育機関が充実し、芸術、文学、劇、音楽などの文化が開花。豊かな感性や創造性を育むこの街から、詩聖タゴールやマザー・テレサをはじめとするノーベル賞受賞者や、多くの著名な芸術家が輩出された。
 「この誇りを胸に“コルカタの大地から人材の潮流を”と、皆が人材育成に総力を挙げています」と語るのは、東インド方面女子部長のシュリルパ・バスーさん。20歳でBSGの一員に。題目を唱える中、内向的だった性格が明るく前向きに変わった。
その姿に触れ、両親や友人が相次ぎ入会。今、親戚を含む一家35人がメンバーとして広布に歩めることが最大の誇りと話す。
 2015年9月の来日では、思いがけず、車に乗った池田先生ご夫妻と出会いを刻み、生涯の師弟の原点を築いた。
 そして、師恩に報いる人生をと誓い、17年に方面女子部長に就任すると訪問・激励に奔走。この2年間で1,000人の女子部員増を達成した。
                     ◇ 
 皆が戦い抜き、皆が勝利したBSGの友。その歓喜が爆発した日印青年交流交歓会が9月18日夕、デリー、ムンバイ、コルカタの3都市で盛大に行われた。
 コルカタ市内での交歓会には、訪印団のほか、約1,200人の地元の同志が参加。
交歓会の責任者を務めたのは、アニケット・バーマンさん(圏副男子部長)である。
 「この日のために真剣に祈り、戦い、準備を重ねてきました。参加者にとっても、新たな誓願を立てる原点になってもらいたいと願っています」
 バーマンさんは以前、悩んでいた。“インド社会のために、何が自分にできるのか”と。無力感にさいなまれていた頃、友人から聞いた“一人の人間の変革が社会を変える”との人間革命の哲理に感銘を受け、2011年に入会した。
 “歩いた分だけ、広宣流布の道が広がる。人を励ました数だけ、人材の花が咲く”との池田先生の言葉を胸に、悩める友に寄り添い、仏法の確信を語り歩いた。
 2年前に発症した脊髄の病をも励ましの力に変え、これまで10人に弘教。朝の御書講義や小グループでの小説『新・人間革命』の勉強会を軸に、多くの若きリーダーを立ち上がらせ、かつてない祈りの中で交歓会当日を迎えたのである。
 躍動の交歓会では、両国の演技や信仰体験が終わるたびに、立ち上がっての拍手。
最後に肩を組みながら、BSGの愛唱歌「先駆の歌」を歌う一人一人の瞳には、世界広布を担いゆく誓願と誇りが満ちあふれていた。
                     ◇
 訪印団一行は9月19日、コルカタ市内のビクトリア記念堂とラビンドラ・バラティ大学を訪問。ともに40年前、池田先生が訪れた場所である。
 1979年2月、先生は同大学への図書贈呈をはじめ、西ベンガル州知事との会見、全寮制の学園の生徒たちとの交流など、コルカタに平和と教育と友好の道を開いた。
 同大学の一角には、タゴールが生まれ育ち、最後の日々を過ごした生家がたたずむ。
そこは今、タゴールの遺品をはじめ、一族の歴史や業績を紹介するパネルなどが展示されている。
 見学の折、一行の目がくぎ付けになった。そこには、40年前に訪問された池田先生の写真や、当時、同大学に寄贈された英語版の小説『新・人間革命』をはじめとするいくつもの蔵書が展示されていたからである。
 日印に永遠の友情を開いた師の足跡が厳然と受け継がれていることに、一行は感激を覚え、後継の誓いを新たにした。
                     ◇ 
 19日夕、一行がデリーに向かうコルカタの空港にも、見送りのために多くの同志が集まった。「私たちは永遠の同志です」「必ずまた会いましょう!」。日印の同志が固い握手を交わし、肩をたたき合い、誓いの涙が頬をぬらした。
 「未来はわれわれの夢のなかにあり、完成を生み出す信仰の王国のなかにある」とは、タゴールの言葉である(森本達雄訳『人間の宗教』第三文明社)。
 言語や文化、あらゆる差異を超えて結ばれた強き友情の絆。師弟の誓願に生きゆく連帯の拡大にこそ、世界広宣流布の確かな未来はある。

東北女子部長 菊地奈々美さん/福光勝利の姿こそ報恩の道
 “インドの同志の皆さまに心からの感謝と御礼をお伝えしよう”──その思いで、今回の訪印に臨みました。
 東日本大震災の後、インドをはじめ全世界の同志から、復興の祈りと真心の励ましをいただいたからです。
 ありがたくも、日印青年交流交歓会で体験発表をさせていただきました。宮城県石巻市の自宅が津波で流されたこと。避難生活の中で、池田先生や全世界の同志の激励が生きる力になったこと。そして今もなお、懸命に歩み続ける東北の同志の姿を紹介し、終了後、多くの方から励ましの声をいただきました。
 ある方は「東北の復興をずっと祈っています」と。またある方は「東北の同志から『心の財』を教えていただいています。皆さまに、その感謝をお伝えください」と。
 自分のことのように寄り添ってくださる同志の姿に心から大感動。そして、池田先生の築かれた創価の世界が、どれほど温かいものかと感謝が込み上げ、涙があふれて仕方がありませんでした。
 東北の福光勝利の姿こそが、信心の偉大さの証明であり、師匠と世界の同志への恩返しであると、改めて決意することができました。
 コルカタの同志が語られた言葉が心に響いています。「私の人生は100%、池田先生にささげています」と。この真っすぐに師を求め抜く心と、覚悟を決めた弟子の闘争が、今日に至るインドの発展の源であると感じました。
 池田先生が贈ってくださった“東北の勝利が世界の希望”との言葉を胸に、私自身が本物の弟子として広布拡大の先頭に立ち、東北に福光輝く幸の連帯を築いていきます!

関西学生部長 尚和智さん師弟を貫き常勝の魂を継ぐ
 空港やホテル、会館や行事会場……。どこに行っても、BSGの同志の弾ける笑顔と大歓声に包まれました。
 特に印象的だったのが、未来部メンバーです。200人の同志が歓迎してくださった日印青年交流交歓会で、未来部の友が少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」を踊りながら大合唱。「先生のために戦いましょう!」と拳を突き上げながら大声で叫ぶ姿は、まさに“本物の獅子”のようでした。
 さらに、フィナーレの合唱の時、舞台のスクリーンの映像が映らなくなるハプニングがありました。その瞬間、一緒に舞台にいた未来部メンバーたちが、朗々と題目を唱え始めたのです。映像が再開されるとメンバー一同、おおはしゃぎ。純粋な信心の姿勢を学ぶ思いがしました。
 聞けば、未来部員一人一人が一日何時間も唱題に励み、小説『新・人間革命』を熟読して当日を迎えたとのこと。その陰には、“日印の交流を通して、宝の未来部に生涯の原点を”との、壮年・婦人部の並々ならぬ祈りと激励があったことを知り、人材育成の姿勢を教わりました。
 インドの同志は皆、1956年の「大阪の戦い」から勝利の要諦を学び、実践されていることも伺いました。その結果が、今日に至る22万5,000を超える陣列拡大に結実しているのです。
 あるコルカタの壮年部の方が断言していました。「学会の中にしか真実の師弟の道はありません。だから私たちは最高に幸せ者なのです」と。
 インドと関西に響き合う“常勝の魂と哲学”を学生部が受け継ぎ、新たな広布史を断じて切り開く決意です!​


(2019年10月8日 聖教新聞)



動画 ​日印青年交流交歓会(01:54)







Last updated  2019/10/08 03:00:06 PM
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2019/10/04
カテゴリ:ワールドリポート

​訪印団リポート(上)
求道の心輝くムンバイの友
「常勝」の精神で実証を


 「創価学会 青年文化訪印団」が9月17日から24日まで、仏教発祥の天地・インドを訪問。デリー、ムンバイ、コルカタの3都市に分かれ、インド創価学会(BSG)の友らと交流した。「訪印団リポート(上)」では「ジョウショウ(常勝)・ムンバイ」を合言葉に、インド広布をけん引するムンバイの友の活躍とともに、ムンバイを訪れた団員の代表の声を紹介する。
 
 この香りは、どう表現すればよいのだろう……。
 ムンバイの街は、スパイスのような淡い香りとジメッとするような湿気に包まれていた。
 9月17日夕刻、青年文化訪印団を乗せた飛行機がムンバイのチャトラパティ・シバジ国際空港に着いた。空港では、BSGのメンバーが一行の到着を胸を躍らせながら待っていた。
 「ようこそ!」――降りしきる雨も重なり、湿度が高いムンバイだったが、それとは対照的なBSGの友の爽やかな笑顔が一行を迎えた。
 インドの西部に位置するムンバイは、マハラシュトラ州の州都で、人口は2,000万を超える。金融機関や財閥系企業の本社が集まる同国最大の経済都市であり、急激に経済が発展している。仕事を求めて人が集まるムンバイの道路には車やバイク、オートリキシャ(自動三輪タクシー)があふれ、絶えず渋滞。鳴りやまないクラクションの音や、デコボコした道路はムンバイの特徴だ。


 1964年5月20日夜、池田先生が初めてムンバイを訪問。翌日には、ムンバイの地に題目を染み込ませるように市内を視察して回った。
 それから55星霜。妙法の“種”は花開き、陸続と創価の同志が誕生している。
 「ジョウショウ(常勝)」を合言葉に広布に走り抜いた友は、インドをけん引する拡大の結果を残してきた。かつて、その模様を聞いた先生は、ムンバイの同志に“インドの関西のようだね”と伝言を送った。
 このムンバイ広布を支える牙城であるムンバイ文化会館を訪印団が訪れたのは、18日の午前。到着を祝うかのように、降り続いていた雨が上がり、日の光が差し込んできた。
 先生が「民衆の対話の広場」と呼んだムンバイ文化会館では、訪印団が伝統舞踊や演奏で歓迎を受け、青年部の代表と懇談。求道の心あふれる率直な質問が飛び交い、対話の花が咲いた。


 その日の午後には、ムンバイ市内で交流交歓会が行われた。
 信仰体験を発表したアディティ・デイ・サルカールさん(圏副女子部長)は、勉強の悩みがきっかけで入会した。学費や通学時間などを具体的に祈り、希望通りの大学への進学を勝ち取った。
 大学ではエンジニアを目指して学んでいたが、孤児院で勉強を教えるボランティア活動をする中で、教育の重要性を実感。やがて、貧困問題などを解決したいと思うように。
 安定した仕事に就けるかなど、多くの不安もあったが、「自分だけの幸福もなく、他人だけの不幸もない」(第41回「SGIの日」記念提言)との言葉に、自分の信じる道に進もうと進路の変更を決意した。
 大学院で修士号を取得後、研究を続けたいと望むサルカールさんだったが、経済的な問題が立ちはだかった。
 その時、先生が学生部に宛てた「『悩める一人を幸福にするため』に、貪欲に学ぶのだ」との指導を命に刻む。
 自身の“ためらう心”を打ち破るため、猛然と題目を唱え、学会活動と勉強に打ち込んだ。そしてインド工科大学ボンベイ校で博士号を取得するための全額の奨学金を受け取れることに。
   1日12時間の研究の合間を縫って、唱題や仏法対話、家庭訪問に積極的に挑んだ彼女は、過密なスケジュールも「どれ一つ苦労だとは思いませんでした」と語る。
 そうした中、念願だった、アメリカで研究を進めるための全額奨学金を取得することができた。
 女性が活躍できる社会を目指し研究に取り組むサルカールさんは決意している。
 「唱題根本に、自身の内なる壁を破り、全ての個人の尊厳が尊重される社会を構築します!」
                     ◇
 交流交歓会の間、ひときわ大きな拍手を送り、会場を盛り上げていたのは、シャミット・ティヤギさん(方面男子部長)だ。
 2005年に入会したティヤギさん。ミュージシャンとして活動しているが、入会当時、歌うことが怖く、ノイローゼになっていた。
 入会後、ティヤギさんが偶然、手に取ったのは、小説『新・人間革命』第5巻。そこには山本伸一がヨーロッパを訪問し、ベートーベンについて語るシーンが描かれていた。耳が聞こえない状況からどうやって突き抜け、「第九」を作曲したのか。池田先生の鋭い洞察と、あらゆる同志を勇気づける心に感銘を受けた。
 『新・人間革命』を通じた師匠との出会い――これがティヤギさんの原点となった。
 2015年9月、インドの代表として日本を訪れたティヤギさんに、思いがけず先生と出会う機会が。一人一人を励ます慈愛の振る舞いに胸を打たれた。
 この出会いを振り返りながら、ティヤギさんは目を輝かせた。「この日から“私がインド広布の全責任を担うのだ!”との誓いのままに走り抜いてきました。世界で一番の歌手となってインドの人々に希望を送り、先生にお応えします!」
                      ◇
 ムンバイ滞在中、数多くの感動的な出会いがあった。
 バスでの移動中、車内で、BSGメンバーからアナウンスがあった。「皆さん、窓の外をご覧ください」
 車中から左側を見上げると、マンションの窓から横断幕を掲げ、手を振るBSGメンバーの姿が見えた。さらに沿道で横断幕を広げて手を振るメンバー、三色の傘を広げて歓迎する友……。至る所でムンバイの友が待っていた。
 ある友が語ってくれた。「みんな、池田先生をお迎えする思いで、どうしたら日本から来た皆さんに喜んでいただけるかを考えて準備してきたんですよ」
 先生のために――。ジョウショウ・ムンバイの全同志に、求道の心が輝いていた。


(2019年10月4日 聖教新聞)

動画 ​日印青年交流交歓会(01:54)







Last updated  2019/10/08 02:07:38 PM
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