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晴ればれとBlog

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全8件 (8件中 1-8件目)

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壮年部 黄金柱の誉れ

2020/07/12
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〈壮年部のページ〉
 今月は、「直球勝負 @伝言板」コーナーに寄せられた投稿の中から、2人の方に電話で話を聞きました。1人は、コロナ禍の中、信心根本に中華料理店を切り盛りする源野富士男さん(69)。もう1人は、首都圏の鉄道会社に勤務し、都市のネットワークを支える井上広宣さん(54)です。
 ​

 
  
大阪府豊中市  源野 富士男さん(69)自分が“模範”示す時
 4月のある日の夜、閉店後の中華料理店「豊宝」の電話が鳴った。
  


 地域で1人暮らしをする“常連さん”の青年から、コロナ禍でコンビニの店頭に食料品が無く、何か作ってくれませんか、という内容だった。
  


 “遅くまで仕事して腹をすかしているに違いない”――店主の源野富士男さん=豊中創価圏・常勝王者支部、副支部長(常勝長〈ブロック長〉兼任)は二つ返事で電話を切り、青年の好きな料理を作り始めた。

「お客さまに喜んでもらった時が、一番うれしいですよ」と源野さん。一品一品、心を込めて料理する(2日、大阪府豊中市内で)
 大阪府豊中市の住宅街の一角にある「豊宝」は、今月で開店41年を迎える地域密着の人気店。しかし新型コロナウイルスの影響で、4月の売上高は前年の同月比で7割減まで落ち込んだ。
  


 休業要請や外出自粛が解除された後も、いまだ客足の戻りは鈍い。不安と緊張、葛藤の日々は今も続く。
  


 「緊急事態宣言が出た時は、お店を続けるべきかどうか悩みました。“策や方法では勝てない。御本尊にしがみついて題目をあげ抜くしかない”と決意し、午前6時に起床して3時間の唱題を実践しました。祈る中、大阪常勝雄渾会(飲食業等に従事する友)の一員として、“絶対に負けたらあかん”との思いが湧き上がってきました。そして、“同業の友も皆、苦しいに違いない。断じて自分が模範の生き方を示していこう”と腹が決まり、時間を短縮して営業を続けることにしました」
  


 客席にアクリル板を設置。店内のアルコール消毒は、一日に数回行う。テークアウトにも力を入れ、全70品を持ち帰れるように。そうした中、“常連さん”が家族を連れて来店してくれたり、「これ、使ってよ」と消毒液を届けてくれたりし、お店を支えてくれた。「お客さまの真心に、ただただ感謝です」


 これまで大手チェーン店の進出で経営が苦しくなった時も、変形性股関節症や十二指腸潰瘍などを発症した時も、全て信心根本に乗り越えてきた源野さん。その確信を伝えようと、日曜の朝は、飲食業に従事するメンバーを電話などで激励してきた。
  


 「コロナ禍の中、もう一度、料理人としての原点に立ち返り、季節の野菜や魚を使った新しいメニュー作りに挑戦しています。経営が軌道に乗るまでは、定休日も店を開けていきます。こうした状況は当分の間、続くと思いますが、『よからんは不思議わるからんは一定とをもへ』(御書1190ページ)との御聖訓を胸に刻み、妻(絹代さん=副白ゆり長)と力を合わせて、この苦難を必ず乗り越えてみせます」
  


  
  
川崎市幸区  井上 広宣さん(54)安全を守る姿勢貫く
 東京都内の駅で係長を務める井上広宣さん=川崎市幸区、幸勇舞区・東古市場支部、地区部長。
  
 緊急事態宣言による外出自粛期間中も、エッセンシャルワーカー(社会の維持に不可欠な仕事の従事者)として出社し、駅構内の巡回や乗客の対応などに当たった。
 

 
また朝のホームの混雑時には乗客の安全を確保するために手旗を振ったり、緊急時には運転士に指示を伝えたりすることも。さらにコロナの感染防止のため、券売機や自動改札機、駅務室内などのアルコール消毒にも努めている。

年譜『栄光の共戦譜』の贈呈に歩く井上さん(2日、川崎市幸区内で)
 「多くの人が行き交う駅ですから、私たちにも感染リスクはあります。でも何があっても、乗客一人一人の安全を守る鉄道員としての姿勢に変わりはありません。毎朝、乗客と鉄道員全員の無事故を真剣に祈り抜き、感染予防に細心の注意を払いながら、仕事に取り組んでいます」
  


 緊急事態宣言中も、毎朝、同じ時間に電車に乗り込む人がいた。井上さんは、そうした姿を見掛けるたびに、“きょうも一日、お元気で! お互いに頑張りましょう”と心の中でエールを送った。
  


 また、誰よりも早く出社し、駅務室内のゴミ捨てや机拭きを行うように。駅務員に積極的に声を掛け、職場の明るい雰囲気づくりを心掛けている。

 井上さんの信条は「いつ池田先生が駅を利用され、乗車されてもいいように、常に最善を尽くす」。その誓いのまま、2013年(平成25年)までの20年間、運転士として無事故の運行を。17年(同29年)には、駅構内で人命救助を行い、東京消防庁から表彰を受けた。
  


 「元気に仕事ができるのは、家族や同志の皆さんの応援のおかげです。コロナとの闘いは続きます。これからも、創価班大学校生時代に学んだ『汝自身の胸中に/自らの汗と労苦により/広布を必然たらしめんとする/熱情のありや無しやを 常に問え』(長編詩『青は藍よりも青し』)との一節を胸に、創価の負けじ魂で前進していきます」


(2020年7月12日 聖教新聞)







Last updated  2020/07/12 09:52:28 AM
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2020/06/14

〈壮年部のページ〉
 「直球勝負 @伝言板」のコーナーに、ある地区婦人部長さんからメールが届きました。内容は“コロナに負けないで飲食店を営む、わが地区の本陣長(ブロック長)さんを紹介してください”というものでした。早速、奮闘中の大橋一公(かずとも)さん(59)に話を聞きました。

「ピンチをチャンスと捉え、強い生命力で切り開いていきます」と声をそろえる大橋さん夫妻(6月8日、東京・大田区内)    
東京都大田区  大橋 一公さん(59)“その日できること”を積み重ね
 東京・大田区、JR大森駅近くの商店街「ミルパ」の一角にある、手作りオムライスが人気の洋食亭「おおはし」。新型コロナの影響で、客足が遠のき始め、今年3月の売り上げは例年比の8割、4月に入ると5割程度にまで落ち込んだ。
  


 これまで経験したことのない事態に不安と緊張が募る中、店主の大橋一公さん=大森青春区・山王支部、本陣長=は、営業を続けるべきかどうか悩んだ。
  


 「題目をあげていくうち、“これまでお店を支えてきてくださったお客さまに、心を込めた手作りの料理を味わっていただき、少しでも明日を生きる力を届けたい”と思うようになり、夫婦二人でゼロから出発するつもりで、テークアウトに絞って営業を続けることにしました」
  


 毎朝、家族や従業員はもちろん、縁する全ての方々の無事と健康、そして商店街全体の繁栄を、妻・圭見さん=支部副婦人部長=と真剣に祈り、仕事に取り掛かった。

 洋食亭「おおはし」の看板メニューの一つが「幸せの黄色いオムライス」。
 

 
 “とろとろ卵の温かいオムライスを食べて、身も心も満たされ、幸せな気持ちになってもらいたい”との願いを込めて名付けたもので、テークアウトでも人気の品だ。
  


 持ち帰りの弁当の容器は、保温性が高く、そのまま電子レンジで温められるものを使用している。
  


 また、従業員は皆、マスクを着用し、小まめに手洗い・アルコール消毒を。人との接触を極力、減らすため、注文を受けたり、弁当を渡したりするのは、全て店頭で行う。
  


 「お客さまに喜んでいただくために、できることは何でも、精いっぱい努力する。一料理人としての姿勢は、何があっても変わりません」
  


 そうした中、某テレビ局から、ある番組の再放送の連絡があった。昨年2月に大橋さんのお店を紹介した番組で、連絡があった4月29日は、1973年(昭和48年)、池田先生が5000人の大田の友と記念撮影した「大田の日」だった。「テークアウトのみの営業の中、思いがけない応援も頂き、感謝の思いでいっぱいです」
テークアウトに絞って営業する洋食亭「おおはし」の店頭(5月)。6月から店内を改装


 大橋さんは34歳の時、厚生労働省の指定難病である潰瘍性大腸炎、さらに45歳で肺炎を患った。しかしその都度、「大悪をこれば大善きたる」(御書1300ページ)との御聖訓を胸に、信心根本に苦難を乗り越えてきた。
  


 「変毒為薬の信心ですから、人生も、仕事も、必ず良い方向に変えられることを確信して、題目をあげ抜き、“その日できること”を一日一日、積み重ねていくことを心掛けています」
  


 また先日、地区の皆さんへの励みになればと、大橋さんは仕事で奮闘する様子を、地区のメンバーのエピソード等を記した通信に寄稿。
  


 「“コロナに負けない!”という思いが伝わってきた」「戦う壮年部の心意気に感動した」など、多くの声が寄せられた。
 

 
コロナを機に、外食産業は大きな転換期を迎えている。「外食が減った」と9割以上の人が答えている調査結果もある(愛知医大調査)。
 

 
大橋さんは語る。「コロナとの闘いは長期戦です。お店を再開したものの、これからどうしたらいいか、皆さん、悩み、苦しんでいます」「苦悩の中、唱題をしていると、実業家だった亡き父の『商品力が一番大事だ』という言葉が、よみがえってきました。『変わってはいけない商品力を高める努力』と、『変わらなければいけない商品の提供方法』を模索する戦いの真っ最中です。強いエネルギーの源は題目しかありません」
そして今月1日、お店をリニューアルオープン。間隔を空けるため座席数を減らし、テークアウトもしやすいように店内を改装。メニューを見直し、現在、デリバリーの準備も始めている。
  
 「私は今年、60歳。“人生の第4コーナー”に突入しました。ここからが本当の勝負です。いつも希望と勇気を与えてくれる妻と3人の子どもたちのためにも、“負けじ魂”を燃やし、走り続けていきます」

 池田先生の故郷・大田で戦う誇りと喜びを胸に、生涯前進の人生を誓う。


(2020年6月14日  聖教新聞)







Last updated  2020/06/14 02:17:47 PM
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学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 6

​ 仏法から見て、「健康」とは、また「病気」とは、どう捉(とら)えていけばよいのでしょうか。信心を真面目に実践していても、病気になることはあります。池田先生の健康と病気についての考察、また、病気と闘う友への励ましを、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から紹介します(指導集132ページから134ページまでを抜粋)。

●テーマ 健康・長寿「病」と闘う友に――
 〈健康と病気は、本来、一体〉
  ​


 「現代人は、みんな“半健康”であるといわれるぐらい、なんらかの病気をかかえているし、年齢とともに、体も弱っていきます。


 では、病気だから不幸なのか。決して、そうではない。病に負けて、希望を失ってしまうから不幸なんです。広布の使命を忘れてしまうから不幸なんです。


 体は健康でも、精神が不健康で、不幸な人は、たくさんいます。反対に、病気をかかえたり、体が不自由であっても、自らも幸福を満喫(まんきつ)し、人をも幸福にしている同志もいる。


 生命の根源においては、健康と病気は、本来、一体であり、“健病不二”なんです。ある時は、健康な状態として現れることもあれば、ある時は病気の状態となって現れることもある。


 この両者は、互いに関連し合っているがゆえに、信心に励み、病気と闘(たたか)うことによって、心身ともに、真実の健康を確立していくことができるんです」
 (小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」)
  
  
  
 

〈敗北ではない。信心が弱いからでもない〉
 

 
 病気になることは、決して敗北などではない。信心が弱いからでもない。広宣流布に生き抜く中で起きた病気という苦難は、成仏を阻(はば)もうとする魔(ま)の働(はたら)きである。ゆえに、怯(ひる)んではならない。


 勇敢(ゆうかん)に立ち向かって、一生成仏を勝ち開いていく勇気を教えられているのです。
 (本紙2012年7月26日付「若き君へ――新時代の主役に語る」)
 

     


 〈生命力が病気を治す根本の力に〉
  
 

(戸田先生は)「こっちの薬王(=菩薩)が働いていますから、医者が自然にいい治療をせざるをえなくなるのです」と言われていた。


 医者を選ばなくてよいということではなくて、「病気を治すのは自分自身」だということです。なかんずく自分自身の「生命力」「自然治癒力」が病気を治す根本の力です。医者は、それを手伝うだけです。
 (『池田大作全集』第31巻「法華経の智慧」)
 

 
  
 

〈「いかなる病さはりをなすべきや」〉
  
 

「南無妙法蓮華経は師子吼(ししく)の如し・いかなる病(やまい)さはりをなすべきや」(御書1124ページ)です。
 

あらゆる病苦を打開する根源の力が、妙法にはある。妙法は最強の「生命の大良薬」です。戸田先生もよく「人間の体は一大製薬工場だ」と言われていました。


 今、受けている治療が最高の効果を発揮していくよう、全身に仏の大生命力を現して病魔を打ち破っていくよう、祈り抜き、祈り切ることです。信心を根本に戦っていくならば、必ず一切を変毒為薬(へんどくいやく)できます。


 (本紙2012年7月26日付「若き君へ――新時代の主役に語る」)


(2020年6月14日  聖教新聞)







Last updated  2020/06/14 02:14:20 PM
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2020/05/10

​​学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 5

 現在、会合等が中止になる中で、改めて、教学研さんのうねりが高まっています。危機の時代を生きる上で、明確な羅針盤となるのが、日蓮大聖人の「御書」です。壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から、教学を学ぶ意義や姿勢について、池田先生の指導を紹介します(指導集238ページから241ページまでを抜粋)。
●テーマ 教学研さん教学を学ぶ大切さ
 〈学ぶ心そのものが勝利の信行〉
 ​​

 
仏法を学ぼうという求道心そのものが、勝利の信行であるといってよい。全員が「幸福と平和の博士」であり、「人間主義の哲学博士」である。
 (『池田大作全集』第134巻、「随筆 新・人間革命」)
  

〈“いざという時に強い人”になる〉
 

 
 御書は「信心の背骨(せぼね)」であり、ゆえに確固不動(かっこふどう)の「人格の背骨」となるのだ。


 さらに、「言論戦の柱」である。万人の幸福の大道を開く「希望の経典」であり、「勇気と智慧の源泉」である。


 教学こそ、危険千万な人生の荒海を渡るための羅針盤(らしんばん)の大哲学なのである。


 教学が強くなれば、信心はさらに強くなる。反対に強靱な“背骨”がなければ、いざという時に弱い。


 あの戦時中の学会弾圧で、投獄された幹部は次々に退転した。「結局、教学がなかったからだ!」と、戸田城聖先生は憤激(ふんげき)された。


 蓮祖が、「つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234ページ)と叱咤(しった)された通りの姿であった。


 この「まことの時」に強い人は、例外なく、御書を生命に刻んだ人である。
 (『池田大作全集』第137巻、「随筆 人間世紀の光」)
  


 

 〈無限の勇気、最高の力を発揮〉
  


 「広布推進の原動力のための教学」である。


 御書には、日蓮仏法の正義が、破邪顕正(はじゃけんせい)の折伏・弘教の道が示されている。


 また、広宣流布の戦いに臨む姿勢も、仏法指導者の在り方も、人材育成の要諦も、余すところなく説き明かされている。


 御書を学ぶことは、大聖人の御精神にふれることである。御本仏より、広宣流布の御指南を仰ぎ、最大の励ましをいただくことでもある。


 その御書に仰せのとおりに行動してこそ、初めて、教学を学んだことになる。いわば「実践の教学」なくして、仏法の研鑽(けんさん)はない。


 また、そこに、無限の勇気が湧き、最高の力を発揮することができるのだ。
 (『池田大作全集』第129巻、「随筆 新・人間革命」)
  
  


 〈人生の行き詰まりがなくなる〉
  


 「不思議なもので、御書を拝すれば、他の一切のものがやすやすと読めるようになる。生活のことも、明確な判断ができるようになる。


 ゆえに、人生には行き詰まりはないのだ」と、戸田先生は確信を持たれていた。


 全く恩師の言われた通りである。仏法は、人生の絶対勝利の法理である。宿命転換、変毒為薬の宗教である。人間革命の希望の哲学である。
 (『池田大作全集』第138巻、「随筆 人間世紀の光」)
  
  


 〈疲れた時の「希望」「勇気」となる〉
 

 
 私たちには、御書がある。これほど強いことはない。「法華経に勝(まさ)る兵法なし」です。一ページでも一節でもいい。大聖人の御精神を求め抜いていくのです。


 戸田先生はよく、「行き詰まった時こそ、御書を開け」「疲れた時こそ、御文を心肝(しんかん)に染(そ)めよ」と語られた。


 御書を開けば、「希望」も「勇気」も「智慧」も、いくらでも湧いてくる。絶対の確信が生まれる。決して尽きない「泉」のようなものです。
 (『御書と青年』)


 (2020年5月10日 聖教新聞)







Last updated  2020/06/14 02:25:29 PM
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2020/04/12

「学ぼう『黄金柱の誉れ』Q&A」4  



 今月20日は、本紙の69周年の創刊記念日です。

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 日々、地域の安穏を祈りつつ、友に勇気と希望を届けてくださる、壮年部、婦人部、そして青年部の「無冠の友」の皆さま、本当にありがとうございます。感謝を込めて、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から、池田先生の「無冠の友」への励ましを紹介します。
テーマ 「無冠の友」への励まし
  
 ​

尊い決意の人
 

 
 配達員の皆様方!
 皆さんは、一番、地味で、一番、大変だ。配達を経験した私には、よくわかる。


 暑い日も、寒い日も、雨の日もある。お腹がすいている時もある。朝早く、多くの人は、まだ寝ている。そこを飛び起きて、聖教新聞を配ってくださる。尊い決意なくしては、本当に、できないことだ。
 (本紙2008年4月28日付、本部幹部会でのスピーチ)
  
 

心を打つ「人の振舞」
  


 御聖訓には、「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せであります。この仰せを、来る日も来る朝も、誰よりも早く実践しておられるのが、皆さま方であります。


 その「無冠の友」の地道な行動が、どれほど人の心を打つか。


 昨年、私が皆さまを代表して、中国の名門大学から名誉教授の称号を拝受した折のことです。その大学の首脳の一人は、すでに聖教新聞の愛読者でした。なぜか。その方は、かつて中部にある大学に留学し、地元紙の配達をしていた時に、聖教の「無冠の友」と深い心の交流を結んでいたからです。


 ――毎朝、留学生の自分にまで、親切に声をかけてくれる無冠の皆さまは、なんと明るく、なんと爽やかで、なんと生き生きとしておられたことか。(中略)


 聖教新聞にみなぎる活力も、哲学も、すべて無冠の皆さま方の尊き「人の振舞」を通して、地域に、社会に、そして世界に伝わり、広がっているのです。
 (「無冠」2009年1月号へのメッセージ) 
  
 

「ありがとう」  


 私も妻も、毎朝、新聞が届けられる時間になると、よく二人で合掌して感謝している。「今ごろ、新聞が届いたかもしれないね。ありがとう」と。また、新聞を手に取るときも、「配達をされる無冠の友の皆さま、ありがとう」と。いつもそういう思いでいる。
 (『池田大作全集』第87巻、本部幹部会でのスピーチ)
  
 

絶対に勝利者となる  


 「聖教新聞」の配達には、それ自体、折伏に通ずる功徳が現れる。永遠の生命から見れば、絶対に「勝利者」となる。究極的な幸福境涯となることは間違いない。


 「配達即折伏」「配達即広宣流布」「配達即友好活動」「配達即拡大」である。


 どうか“無冠の友”の皆さまは、お体を大切にしていただきたい。寝不足にならないよう、聡明に工夫しながら、「絶対無事故」でお願い申し上げたい。


 「無冠即無事故」「無冠即健康」「無冠即長寿」「無冠即福徳」であれと、私も妻も、毎日、真剣に祈っている。
 (本紙2001年7月2日付、本部幹部会でのスピーチ)


 (2020年4月12日 聖教新聞)







Last updated  2020/04/12 01:37:02 PM
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2020/03/17

​​「学ぼう『黄金柱の誉れ』Q&A」 3 

 現実の上で、妙法を弘めていくことは「難事中の難事」です。なかなか思うに任せないことが多いかもしれません。折伏を実践する当たって、どのような姿勢が大切なのでしょうか。壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から、池田先生の指導を通してお答えします(指導集158ページから160ページまでを抜粋)。​



●テーマ 弘教拡大
折伏を実践する上での心構えは?
懸命に祈り抜く
  ​


 まず、折伏をさせてくださいと、御本尊に懸命に祈り抜くことです。すると、そういう人が出てきます。また、ともかく、あらゆる人と仏法の対話をしていくんです。


 もちろん、信心の話をしても、すぐに入会するとは限りません。それでも、粘り強く、交流を深めながら、相手の幸福を日々祈り、対話を重ねていくことです。種を蒔(ま)き、それを大切に育て続けていけば、いつか、必ず花が咲き、果実が実ります。焦る必要はない。


 さらに、入会しなくとも、ともに会合に参加して教学を勉強したり、一緒に勤行したりすることもよいでしょう。自然な広がりが大事です。
 (小説『新・人間革命』第13巻「北斗」)
  

「慈悲」と「信念」で
 

 
 ある名医のところに、毒キノコと知らずに食べてしまった病人が担ぎこまれたとする。名医は、病人がどんな人であれ、当然、あらゆる手を尽くして治療し、真心の励ましを送るでしょう。これが人への寛容(かんよう)の姿といえる。


 そして、患者に、「もう毒キノコなんか、絶対に食べてはいけない」と、注意もするはずです。患者が、「毒キノコは美味(うま)かったから、また食べたい」と言っても、「そうですか」などと言って、賛成したり、妥協(だきょう)する医者はいません。それが、法に対する厳格さといえる。


 どちらも、患者の苦しみを取り除こうとする、医師としての慈悲と信念から発した行為です。仏法者の在り方もそうです。
 (小説『新・人間革命』第1巻「慈光」)
 

 
勇気を奮い起こして
  


 折伏は難事中の難事なりと、御書に明確に説かれている。勇気なくしては、成し遂げられない。


 恩師は常々、言われた。


 「凡夫には慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です」


 この指導のままに、私も不屈の勇気を奮い起こして折伏に挑戦してきた。(中略)


 たとえ相手が信心しなくても、勇気をもって語っておけば、その人の生命の大地には仏種が植えられる。それは、いつか必ず花開く時が来るのだ。


 さらに勇気の対話の波動の中で、思いがけない人が仏法に目覚めるものだ。
 (2013年9月13日付本紙「随筆 我らの勝利の大道」)


(2020年3月17日 聖教新聞)







Last updated  2020/06/14 02:28:00 PM
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2020/02/18

​「学ぼう『黄金柱の誉れ』Q&A」 2
 今、全国の同志が取り組んでいる弘教拡大には、どのような功徳があるのでしょうか。折伏に挑戦することで、自分はいかに変わっていくのでしょうか。壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から、池田先生の指導を通してお答えします(指導集155ページから157ページまでを抜粋)。
 
●テーマ 弘教拡大
折伏の功徳とは


〈人生の豊かさが無限に広がる〉
 偉大な人生を歩むためには、折伏が大切なのです。
 一人の人の一生は、長いようで短い。そのなかでみずから体験できることは限られている。
 しかし、一人また一人と、他の人の悩みをわが悩みとして、共に祈り、共に戦い、共に勝ち越えていけば、人生の豊かさは、二倍、三倍、十倍、百倍と無限に広がっていく。
 ほかの人のために悩んだ分だけ、戦った分だけ、「心の財(たから)」を積むことができる。そして、どんなことが起ころうとも揺(ゆ)るがぬ幸福境涯(きょうがい)を確立していくことができるのです。
 (『池田大作全集』第33巻「御書の世界」)

〈生命が鍛え上げられる〉
  
 大聖人は、折伏行の利益として、涅槃経(ねはんきょう)をあげ、「金剛身(こんごうしん)を成就(じょうじゅ)すること」(御書235ページ)であると示されています。折伏を行ずる人は、誰人も破壊(はかい)することのできないダイヤモンドのごとき生命をつくり上げることができるのです。
 慈悲の戦いを起こすことで、私たちは自分自身に潜(ひそ)む惰性(だせい)、油断、臆病(おくびょう)などの生命の錆(さび)を落とすことができる。一人を救おうとする智慧の闘争を貫く人は、人間を束縛(そくばく)する固定観念、人間を疎外(そがい)する不信の無明を破(や)ることができる(『池田大作全集』第34巻「開目抄講義」)
  
  
〈一族、子孫をも守っていく〉


 スポーツとかピアノとかでも、しょっちゅうやっていれば、力がつく。それと同じように、折伏も、できるときにやっておくことです。その福運が、自分の一族、子孫をも守っていくのです。
 ともあれ、折伏を地道にやってきた人は、福運の土台がコンクリートのように固まっている。強い。魔に破られない。弘教の修行を避けた人は、どんなに偉くなっても、メッキのように、いざという時に堕(お)ちてしまう。(『池田大作全集』第31巻「法華経の智慧」)

〈自分自身が浄化されていく〉
  
「人を幸せにしたい」と祈り、動くなんて、この末法の世界で、こんな尊い人々はいない。真心から法を説いても、たいていは悪口を言われる。侮辱(ぶじょく)されることもある。それでも、何も分からない子どもを親が慈(いつく)しむように、包容しながら対話していく。菩薩です。地涌の菩薩にあらずんば、できるはずのない聖業です。
 大事なことは、悪口を言われるたびに、自分自身の生命が浄化されていくということです。だから戸田先生も「折伏のためにせらるる悪口は、心から感謝しなくてはならない」と言われていた。「悪口せらるることによって、われわれの身体の罪障(ざいしょう)が消えて、幸福生活へとばく進することができるからである」(『戸田城聖全集』1)と。(『池田大作全集』第31巻「法華経の智慧」)​


(2020年2月18日  聖教新聞)







Last updated  2020/06/14 02:31:42 PM
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2020/01/12

学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 1
新連載「学ぼう『黄金柱の誉れ』Q&A」では、日頃の活動の中で感じる素朴な疑問や悩みに対し、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を通してお答えします(第1回は指導集152ページから154ページを抜粋)。


テーマ ​弘教拡大 
折伏には、どのような意義がありますか? ​

 
〈自他共の幸福に生きる自分に〉


 大聖人の仏法は、ただ単に、自分が成仏すればよい、自分だけが幸せになればよいという教えではありません。周囲の人びとも共に幸せになり、社会の繁栄があってこそ、自身の安穏、幸せもあると教えているんです。


 ゆえに大聖人は、自分だけが題目を唱えていればよいというのではなく、折伏・弘教の実践を、仏道修行の要諦として示されているんです。つまり、エゴイズムに安住するのではなく、人びとの幸福のために正法を弘めるなかに、自身の最高の幸福があるんです。言い換えれば、日蓮大聖人の仏法は、折伏・弘教を掲げた広宣流布の宗教であることが、大きな特色といえます。
(小説『新・人間革命』第27巻「激闘」)
   

〈全ての活動の原動力〉


 学会活動は、弘教をはじめ、座談会、教学の研鑽、機関紙誌の購読推進等々、多岐にわたる。しかし、いずれの活動の目的も広宣流布にあり、その原動力は、どこまでも“折伏精神”である。この精神を失えば、活動は惰性化し、空転を余儀なくされる。


 周囲の人びとに真実の仏法を教え、必ず幸せになってもらおうという一念を燃え上がらせてこそ、すべての活動に魂が込められ、歓喜が湧く。
 (小説『新・人間革命』第26巻「勇将」)


 
〈誤解と偏見を正すため〉


 私たちの広宣流布の活動は、誤った先入観に基づく人びとの誤解と偏見(へんけん)を正して、本当の学会の姿、仏法の真実を知らしめていくことから始まります。つまり誤解と戦い、偏見と戦うことこそ、末法の仏道修行であり、真実を語り説いていくことが折伏なのであります。
 (小説『新・人間革命』第6巻「加速」)


 
〈偉大なものを「広く」「宣伝」〉


 広宣流布の「広宣」とは、「広く」「宣伝」する戦いといえる。


 折伏も、仏法の偉大さを宣(の)べ伝える。「宣伝」である。


 偉大なものを偉大であると語り、広く伝える。堂々と、声高らかに正義を語り抜く。これこそ、勝利の力だ。そうやって、学会は世界中に発展してきた。


 何も言わない。行動しない。それでは、仏法は広まらない。


 御書には「法自(ほうみずか)ら弘(ひろ)まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(856ページ)と仰せである。


 仏法を語るのに、何も躊躇(ちゅうきょ)することはない。遠慮(えんりょ)など要らない。
 (各部合同協議会 聖教新聞2008年6月28日付)







Last updated  2020/06/14 02:34:47 PM
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