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晴ればれとBlog

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全5件 (5件中 1-5件目)

1

「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ

2020/08/01
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​​​​​​​​紙上教学研さん「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ
第5回 難を乗り越える信心 <上>
 萩本主任副会長

 「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第5回では、萩本主任副会長と共に、「創価学会 永遠の五指針」の中の「難を乗り越える信心」について学んでいきます。(〈下〉は15日付の予定。前回は7月18日付に掲載。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)

 池田先生の指導
 「嵐は誉(ほま)れ」です。
 その勝利の鍵(かぎ)となるのが、
 難と真正面から向き合う、
 師子王(ししおう)の如(ごと)き信心なのです。

1 人類の羅針盤となる哲学
 未曽有のコロナ禍の中、世界中の同志が教学を根本に敢然と立ち向かい、学会創立90周年の「11・18」へ、勇んで前進を開始しています。私たち人類は今、未知のウイルスからの歴史的な「挑戦」を受けていると言えましょう。この「挑戦」に人類はいかにして「応戦」すべきか──その羅針盤(らしんばん)となる哲学こそ、今回学ぶ「難を乗り越える信心」です。池田先生は講義で、次のように語られています。

■ 池田先生の講義
 人間は、思わぬ事に直面した時、どう対応するかが大事となる。まさに挑戦と応戦です。
 信心の実践から言えば、難や試練に遭(あたから)った時に、信力、行力を奮い起こして、仏力、法力を引き出す。その応戦で積んだ「心の財(たから)」は大きい。崩(くず)れない。そして、多くの人を幸せにする力となります。
 “大切な仏子を一人ももれなく幸福に”との恩師・戸田城聖先生の切なる願いが込められた指針が、「難を乗り越える信心」です。
                   ─◆─
 近年、災害などの苦境や困難から立ち上がる力として「レジリエンス」という概念が用いられています。これは、「回復力」「抵抗力」のことで、「困難を乗り越える力」を意味します。
 池田先生は、毎年の「SGIの日」記念提言や、2018年に発表された、ノーベル平和賞受賞者のペレス=エスキベル博士との共同声明「世界の青年へ レジリエンスと希望の存在たれ!」でも、その重要性を訴えられ、世界の識者から賛同が寄せられています。 ​​​​​​


 今、先行きの見えない不安が社会を覆(おお)っています。感染予防と社会経済活動を両立させる「新しい日常」を構築するに当たって、仕事をはじめ、自身や家族の病気・介護、自然災害などへの対応で、誰もが新たな課題に直面しています。
 困難の壁が眼前に現れた時、嘆(なげ)き、諦(あきら)めるのか、乗り越えようと立ち向かっていくのか──その一瞬の心が、その後の人生を決めます。ひいては、全人類の未来をも決していくのです。
 草創以来、学会の同志は「難を乗り越える信心」を貫いてきました。この「創価の賢者(けんじゃ)の生き方」に、人類が求めてやまない哲学があると確信します。

幾多の試練を見事な芸術へと昇華した同志に最敬礼──世界的ジャズ音楽家のハービー・ハンコック氏(左から2人目)、ウェイン・ショーター氏(左端)を激励する池田先生ご夫妻(2006年10月、東京牧口記念会館で)

​​​​​​​​
2 「難即安楽」の不屈の生き方
 池田先生は「御義口伝」を拝し、「難即安楽(なんそくあんらく)」の法理について講義されています。

【御文】
 御義口伝に云く妙法蓮華経を安楽(あんらく)に行ぜむ事末法に於て今日蓮等の類(たぐ)いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来(なんきた)るを以(もっ)て安楽と意得可(こころうべ)きなり(御義口伝、750ページ3行目~4行目)

【現代語訳】
 御義口伝に仰せである。妙法蓮華経を安楽に修行するとは、末法においては、いま日蓮と門下が妙法蓮華経を修行するのに、難が起こってくることを「安楽」であると心得るべきである。

■ 池田先生の講義
 「安」とは、何があっても揺るがない信心であり、「楽」とは、何があっても憂いなく生き抜いていける信心です。
 戸田先生は、「試練の山を一つ切り抜けるたびに、成仏という、崩すことのできない境涯となっていくのである」と、一つ一つ、乗り越えていくことの大切さを教えられました。「一つ一つ」です。信心が深まるのを待って、それから難に向かうのではありません。難に向かっていく中で生命が磨かれ、金剛の信心が鍛え上げられるのです。
                   ─◆─
 「難即安楽」の法理は、一見、正反対の事柄が「即」でつながれています。この「即」とは“何もせずにそうなる”という意味ではありません。“必ずそうしてみせる!”という不屈の信心の一念と行動にほかなりません。
 新型コロナの感染拡大によって、多くの同志が経済的苦境に立たされています。そのご苦労はいかばかりでしょうか。
 建設会社を経営する、東京の壮年リーダーの体験です。これまでも事業の危機をたゆまぬ唱題の実践で乗り越えてきました。しかし、今回のコロナ禍で、予定していた工事がことごとく延期や中止となり、資金繰りが逼迫(ひっぱく)し絶体絶命のピンチに。落ち込みそうになる心を鼓舞(こぶ)し、夫妻して強盛に題目を唱え抜きました。すると、大きな受注が入り、何とか当面を乗り切れる状況になったとのこと。
 青年部時代から池田先生の激励を受けてきたその方が「必ず仕事で実証を示し、先生にお応えします」と意気軒高に語られる姿に、「難即安楽」の不屈の生き方を垣間見る思いがしました。


 かつて先生は「苦悩が何もないことが幸せなのではない。負けないこと、耐えられることが、幸せである」「一番、苦労した人が、最後は一番、幸福を勝ち取れる。幸福は、忍耐という大地に咲く花であることを忘れまい」とつづられました。
 大事なのは「勝つこと」よりも「負けないこと」です。「真の安楽」とは「どんな苦難にも負けない」との確信であり、そこに、「絶対的幸福境涯」が開かれていくのです。

機中からアルプス山脈を望む。人生の“困難の山々”に挑み、乗り越えていこう!──その闘争の中に「人間革命」がある(1994年5月、ドイツ─イタリア間、池田先生撮影)

3 学会と共に大歓喜の人生を
 苦難に直面した時、絶大な支えとなるのが師匠と同志の存在です。先生は、学会と共に歩む人生がいかに素晴らしく、尊いかを教えてくださっています。

■ 池田先生の講義
 私たちは、いかなる障魔(しょうま)が競(きそ)い起(お)ころうとも、強き信心で、御本尊に祈ることができます。そして、共に励ましあえる同志がいます。
 したがって、学会とともに歩む人生、それ自体が、最高の「難即安楽」の人生を歩んでいることになるのです。
 いたずらに難を恐(おそ)れて、“ほどほどに”小さく固まって生きる──そうした臆病(おくびょう)な姿勢では、「歓喜の中の大歓喜」は得られません。日蓮大聖人の仏法は、消極的人生とは対極にあるといってよい。
 「大難来(だいなんきた)りなば強盛(ごうじょう)の信心弥弥悦(いよいよよろこ)びをなすべし」(御書1448ページ)、「賢者(けんじゃ)はよろこび」(同1091ページ)です。
 「さあ何でもこい!」「難があるからこそ、人生を大きく楽しめるんだ。多くの人を救えるんだ」という、究極の積極的人生にこそ、真実の安楽があると教えられているのです。
                    ─◆─
 2000年(平成12年)7月、第2総東京長に任命された直後、先生から「戦いの要諦(ようてい)は家庭訪問だよ」とのご指導をいただきました。ご自身の“大阪の戦い”を通して、「私は徹底して家庭訪問に回った。自転車を3台乗りつぶして、8000軒、回った。君は1万軒、回りなさい」と。
 同志のお宅に伺う際、私は必ず「先生との思い出」を聞いてきました。かつて記念撮影会に参加した方や、直接の出会いがなくとも、伝言や激励をいただいた方など、皆さん、必ず師弟の絆があります。さまざまな理由で思うように学会活動に参加できていない方も、先生との原点を語る時は、本当に喜びにあふれた顔をされます。一人一人に、それぞれの、師匠との原点がある。これこそが学会の強さの秘訣であると実感してきました。


 今、小説『新・人間革命』の研さん運動が全世界で展開されています。
 山本伸一の振る舞いや言葉に触れて師弟の精神を学び、各自が“自分自身に向けられた指導”をつかみとっています。ほかの誰でもない、「自分と池田先生」との一点を、今再び生命の中心に据えることが、広布の推進力となることは間違いありません。
 池田先生は、徹底して一人を大切にされてきました。その振る舞いによって築かれたのが麗(うるわ)しい創価の連帯です。
 師の心をわが心として、どこまでも学会と共に!──この一念に、難を乗り越えていく力が湧き上がっていくのです。

​4 悩める友の勝利を開く
 続いて先生は、難の正体を喝破(かっぱ)された「三沢抄」を拝されます。

【御文】
 それに叶(かな)はずば我(われ)みづから・うちくだりて国主(こくしゅ)の身心(しんしん)に入りかわりて・をどして見むに・いかでか・とどめざるべきとせんぎし候なり(三沢抄、1488ページ1行目~3行目)

【現代語訳】
(第六天の魔王が一切の眷属に命令して「各各(おのおの)の能力にしたがって、彼の行者を悩ましてみよ。それで駄目(だめ)だったなら、彼の弟子檀那(でしだんな)および国土の人々の心の中に入り代わって、あるいは諫(いさ)め、あるいは脅(おど)してみよ」と言い)「それでも駄目だったなら、私が自ら降りていって国主の心身に入り代わって脅してみれば、どうして止められないことがあるだろうか」と評議するのである。

■ 池田先生の講義
 第六天の魔王は、民衆が正法に目覚めて立ち上がることを阻もうとするのです。法華経の行者にとって、勝利とは、自分だけにとどまりません。
悩める友、さらには、未来の友の勝利の大道を限りなく切り開いていく、尊き挑戦なのです。
                    ─◆─
 同志の体験に共通するのは、苦難に立ち向かい、題目を唱えていく中で大きく一念を転換されていることです。“自身が苦難を乗り越えることで、同じ苦難に悩む友の希望になる”との、「願い」から「誓い」への大転換です。これは、あの東日本大震災の時、被災地で激励に歩く中で深く感じたことでもあります。

 東北のある壮年リーダーは震災直後、妹夫妻の行方が分からない中でも、“心の財は壊されない”との池田先生の万感の激励を自身の支えとして、不眠不休で友を励まし続けました。「自分が踏ん張れたのは同志のおかげです。
 自分にどんなことがあっても、苦難を共にする同志の最後の一人が立ち上がるまで励ましを送ろう、と決意しました。ただ先生にお応えしたいという一心でした」と。
 その後、妹夫妻の鮭鱒(さけます)養殖業を継いでマイナスからの再建に踏み出し、一昨年は過去最高の出荷量になったそうです。
 コロナ禍で会社は大変ですが、震災の時に高校生だった次男が立派に成長し、一緒に働くことになったとの明るい話題もあり、「もう一回、新しい決意で出発します」と力強く語ってくれました。
 こうした同志の姿には、苦難に負けず、妙法の功力を証明しゆく「地涌の菩薩」の尊い生命が光り輝いています。

■ 池田先生の講義
 地涌の使命を自覚すれば、偉大な力が出る。難は、民衆を救うために、自ら願って受けた難となる。そして、それを乗り越えることで、人々を救うという願いを果たすことができる。使命を果たすために難はあるのです。
 「なぜ自分が」という嘆きから、「だからこそ自分が」という誇りへ、難に対する姿勢の大転換を教えられているのです。

さらなる研さんのために
 本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。​​​​​​​​​​


(2020年8月1日 聖教新聞)







Last updated  2020/08/01 10:39:39 PM
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2020/07/18
紙上教学研さん 「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 

第4回 幸福をつかむ信心 ​ <下> 杉本総合婦人部長

「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第4回は、前回(4日付)に続いて「幸福をつかむ信心」について、杉本総合婦人部長と共に学びます。(第5回は8月1日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)​​


池田先生の指導


​​​​​​「(き)とは自他共(じたとも)に喜(よろこ)ぶ事なりと。
 自分も、他者も共に喜ぶ。
 そこに真しん)の歓喜かんき)と幸福があるのです。​​​​​​

​1 世界第一の「富める者」の誇り​

 それでは、前回に続いて「幸福をつかむ信心」について学んでいきましょう。


 池田先生は、講義の中で“世界第一の富める者”との日蓮大聖人の宣言の意義について、教えてくださっています。
​

【御文】

​​​​​​​​​​​​​​​
 日蓮は世間(せけん)には日本第一の貧(まず)しき者なれども仏法を以(もっ)て論(ろん)ずれば一閻浮提(いちえんぶだい)第一の富(とめ)る者なり、是(こ)れ時の然(しか)らしむる故(ゆえ)なりと思へば喜び身にあまり感涙押(かんるいおさ)へ難(がた)く教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)の御恩報(ごおんほう)じ奉(たてまつ)り難(がた)し​​​​​​​​​​​​​​​(四菩薩造立抄、御書988ページ14行目~16行目)
  


  
 ​

【現代語訳】


 日蓮は世間的に見れば日本第一の貧しい者であるけれども、仏法の上から論ずるなら、一閻浮提(世界)第一の富める者である。これは(末法という)時がそうさせる故であると思うと、喜びは身にあまり、感涙(かんるい)は抑(おさ)えがたく、教主釈尊の御恩は報じ奉りがたい。
  
  
 

池田先生の講義


 大聖人は迫害によって、何度も命を狙(ねら)われ、流罪も二度に及び、さらに日本中から悪口罵詈(あっくめり)されました。「四菩薩造立抄」で仰せのように、世間的に見れば「日本第一の貧しき者」かもしれません。しかし、仏法の明鏡(めいきょう)に映(うつ)してみれば、「一閻浮提第一の富る者なり」――“世界第一の富める者”であると宣言されています。


「喜びは身にあまり、感涙は抑えがたく」と、大聖人は仰せです。いかなる権力の魔性(ましょう)にも侵(おか)されない、金剛不壊(こんごうふえ)の幸福境涯の実像が、ここに拝されます。
  

                   ―◆―
  
 

 人間としての最高の「喜び」と「幸福」は何か――。それは、人生における自身の本然の「使命」を知ることだと思います。


 私は今、小説『新・人間革命』を生命に刻む思いで精読しています。第5巻の「歓喜」の章で、戸田先生が「われ地涌の菩薩なり」と覚知(かくち)した戦時中の獄中闘争(ごくちゅうとうそう)を振り返って、こう語られる部分があります。
 

「使命を知るとは、自分の生涯を捧(ささ)げて悔(く)いない道を見つけたということだ。そうなれば人間は強いぞ。恐れも、不安もなくなる」と。


​ 私たちもまた「地涌の菩薩」として、妙法を弘め、人々の幸福と平和を実現するために、この世に生まれてきました。この「使命」を深く自覚した時、命の底から喜びと力が湧いてきます。そしてどんな逆境にも、決して負けない希望が、わが胸中に広がっていくことを実感します。

海外の婦人部の代表を励ます池田先生ご夫妻。偉大なる婦人部の奮闘ありて、世界広布は拡大。さあ、きょうも朗らかに希望の前進を!(2002年3月、八王子市の東京牧口記念会館で)

2 「師弟不二」で嵐に打ち勝つ

 池田先生は、幾多の嵐を乗り越えた、戸田先生との「師弟不二」の闘争について、講義の中で記されています。
  
  
 ​

池田先生の講義


 戸田先生は、戦時中に獄中から家族へ送った手紙に、こう記されていました。
 ――今どんなに苦しくても、貧しくても、私の生きている限り「富める者」との自信を失わずにいてください――と。


 不惜身命(ふsyくしんみょう)の戦いを貫(つらぬ)いた先生は、牢獄(ろうごく)にあっても魂の王者でした。「富める者」との大確信の上から、自身に連なる一家眷属(けんぞく)もまた「富める者」なりと叫ばれたのです。


 この偉大な師匠の不二の弟子である私も、嵐の中を、広宣流布一筋に突き進んできました。妙法のため、師匠のため、同志のために捧げきった命です。大難はもとより覚悟の上でした。「嵐(あらし)は誉(ほま)れ」と、一切を乗り越え、尊き草創の父母たちと共に世界広宣流布の道なき道を切り開いてきました。
 

 今度は、わが同志が、わが後継の青年諸君が、われ世界一の幸福者なりと、この誉れの大道を勝ち進んでいただきたいのです。
  


                   ―◆―
    


 池田先生が、私たち弟子のために、未来のために、どれほどの大難に耐え、勝利の道を切り開いてくださったか。


 1979年(昭和54年)4月24日、第1次宗門事件の嵐の中、池田先生は会長を辞任されました。本部職員になったばかりの私は、大きな衝撃(しょうげき)を受けました。悔(くや)しさでいっぱいでした。


 翌日、重い気持ちで信濃町に出勤すると、偶然、先生とお会いしたのです。先生は烈風(れっぷう)のただ中におられたにもかかわらず、未入会だった私の父の状況などを聞き、温かく激励してくださいました。


 そして、厳然と言われました。「先生は強いよ」と。その師子王のごときお姿は、今も胸に深く刻まれています。


 81年、正義の反転攻勢を開始された先生は、大分を訪問されました。私も同行させていただきました。会館の庭で先生の姿を見るなり、駆け寄ってきた年配の婦人部がいました。宗門の非道な仕打ちに耐え、同志を守り抜いてきた草創の母だったのでしょう。先生は言われました。「おばあちゃんは勝ったんだよ。心配ないよ。勝ったんだよ!」と。


 師匠が命を懸けて守り、築いてくださった学会です。その学会、そして大切な同志を断じて守り抜いていくのが、青年の使命、そして私たち弟子の責任です。

色鮮やかに咲き誇るヒマワリの花々。小さな太陽のごとき姿は、見る人の心に勇気の光を送る(2011年4月、池田先生撮影)

​​3 「自他共に」が真の幸福

 先生はまた、「御義口伝(おんぎくでん)」の一節を通して、「歓喜」「幸福」の真の意味について、講義をしてくださっています。


【御文】


​​​​​​​​​​​​​​​ 喜とは自他共に喜ぶ事なり(中略)(しか)るに自他共(じたとも)に智慧(ちえ)と慈悲(じひ)と有(あ)るを喜とは云(い)うなり所詮(しょせん)(いま)日蓮等の類(たぐ)い南無妙法蓮華経と唱え奉(たてまつ)​​時必ず無作三身(むささんじん)の仏に成(な)るを喜(き)とは云(い)うなり​​​​​​​​​​​​​​​(御義口伝、御書761ページ14行目~17行目)
 ​ 


 

【現代語訳】
 

(随喜の)「喜」とは、自他共に喜ぶことである。(中略)
 すなわち、自他共に智慧と慈悲があることを「喜」というのである。所詮、今末法において日蓮大聖人とその門下が、南無妙法蓮華経と唱えたてまつる時、必ず無作三身の仏と成ることを「喜」というのである。

  
  
  
 

池田先生の講義


「喜とは自他共に喜ぶ事なり」と。自分も、他者も共に喜ぶ。そこに真の歓喜が、幸福があると言われるのです。
 幸福とは、各人が自らつかむものであり、自身の生命で感得するものです。しかし同時に、自分一人だけの幸福もありえません。自分さえ幸せなら後は関係ない――それでは、利己主義です。だからといって“自分はいいから、他の人が幸せに”というのも、仏法の理想とは異なります。そうではなく、“自分も人も一緒に!”“自他共の幸福を目指す”というのが、本当の幸福でしょう。
  

                   ―◆―
   


 他の人の幸福を願い、友の幸福のために行動する――その地道にして偉大な実践を、私たちは、日々の学会活動の中で行っています。


「あの人が悩みを乗り越えられるように」と祈る。「あの人は元気かしら」と電話をかけ、手紙を書く。日々、他者を思いやり、「人のため」にと行動することが、人間として、どれほど尊いことであるか――。

 今、さまざまな分断が広がる世界の中で、このような学会員の生き方は大きな輝きを放ち、人間と人間を結ぶ偉大な力になっています。


 池田先生は「『心の財(たから)』は、分かち合えば合うほど、増えるのです」と言われました。本当にその通りだと実感します。


 友の悩みに同苦し、その友の蘇生(そせい)のドラマに涙し、歓喜する――私たちの友を思う行動によって「自他共の幸福」は社会に広がっていきます。


​ そして「一人の人間の幸福」を全ての原点とする、人間主義の思想が人々の心に浸透(しんとう)していく時、世界の「立正安国」の道は開かれると、先生は教えてくださっています。

​4 世界に歓喜の花園を広げる​

 最後に先生は、学会は「価値創造の団体」であることを強調されています。
  
  
 ​

池田先生の講義


 創価学会は、「価値創造の団体」です。
 美(び)・利(り)・善(ぜん)の価値の創造は、「自他共(じたとも)の幸福」の内実です。私たちは、一人一人の信心の勝鬨(かちどき)の発露(はつろ)として、この幸の花を豊かに多彩に咲かせながら、地域に、社会に、そして全世界に、幸福と勝利と平和の歓喜の花園を広げていくのです。


 大聖人は、「随喜(ずいき)する声(こえ)を聞(き)いて随喜し」(御書1199ページ)と仰せになりました。


 今、「幸福をつかむ信心」の歓喜の波動が、国境を越え、民族や言語などの差異を越えて、グローバルに拡大しゆく世界広布新時代を迎えました。それは、全人類が共に幸福をつかむ、民衆凱歌の世紀を開く挑戦です。
 


                   ―◆―
  


 池田先生は、“広宣流布は、妙法の大地に展開する大文化運動である”と言われています。仏法の光に照らされた私たちの力強い生命は、生活を潤し、豊かな文化を育み、地球を喜びで包むことを教えてくださっているのです。


 先月10日付の聖教新聞で、77年に池田先生が各地の婦人部総会へ贈られた真心のピアノ演奏を動画で聴くことができ、全国の婦人部に大きな感動と喜びが広がりました。また、先生は自ら、音楽隊・鼓笛隊の結成をはじめ、文化祭の開催などを推進してこられました。


 文化は人間性の発露であり、苦難を乗り越える力となるからです。


 コロナ禍の中にあっても、各国の創価の友は、音楽を通して「師弟の心」「負けない心」を世界に発信してくれています。ブラジルイケダヒューマニズム交響楽団は、「母」の曲や学会歌「今日も元気で」をオンラインで“合奏”しました。インドでは外出規制の中、新愛唱歌を作成し、同志を鼓舞しています。


 生命の共鳴に国境はありません。この麗(うるわ)しい姿自体が、学会が世界宗教であることの一つの証(あか)しであると思います。


 これからも先生と共に、世界の同志と共に、幸福の連帯をさらに大きく広げていきたいと決意を新たにしています。
  
  
 

池田先生の講義


 幸福とは、日々の着実な積み重ねです。


 そして、私たちが幸福を目指す人生の根幹には、日々の最高の「祈り」があります。


 私は今日も真剣に祈り抜き、そして、いつまでも祈り続けます。


 大切な皆様が健康・長寿であるように!


​​ 所願満足(しょがんまんぞく)で、現世安穏(げんせあんのん)であるように!​​

​​
 使命を成就(じょうじゅ)し、後生善処(ごしょうぜんしょ)であるように!
​​

 一人も残らず、幸福であるように!


 大勝利の人生を勝ち飾れるように!


さらなる研さんのために
 本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。

(2020年7月18日 聖教新聞)







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2020/07/04

​〈紙上教学研さん 「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ〉第3回 
 幸福をつかむ信心〈上〉 杉本総合婦人部長


 「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」では、今回から2回にわたり、「創価学会 永遠の五指針」の一つである「幸福をつかむ信心」について、杉本総合婦人部長と共に研さんします。(〈下〉は18日付に掲載の予定。前回は6月20日付に掲載。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)​


 池田先生の指導


 祈りとは、負けじ魂です。


 祈りとは、無限の希望です。


 祈れることが最大の幸福であり、


 人間としての最高の尊厳なのです。

1 「与えられる」ものではない
 今、各地で教学や小説『新・人間革命』の研さんが活発に行われています。


 日本だけでなく各国の婦人部、そして各部の同志が、研さんを通して信心を深め、さまざまな困難と戦っています。


 私たちは、今こそ池田先生のご指導を真剣に学び、絶対的幸福境涯(ぜったいてきこうふくきょうがい)を築(きず)く仏法の「人間主義の哲学」を心に刻(きざ)んでいきたいと思います。先生は、今回学ぶ講義の冒頭(ぼうとう)で、次のように言われています。
  


  
 

■ 池田先生の講義


 日蓮大聖人の仏法の目的は何か――。


 人間は、幸福になるために、この世に生まれてきました。不幸になりたくて生まれてきた人は誰一人としていません。ゆえに「幸福」は、古来、哲学の根本命題でした。そして、宗教は、本来、人間の幸福のためにこそ存在するのです。


                     ◇ 


 戸田先生は、「幸福をつかむ信心」と言われました。この「つかむ」という一言には、深い深い哲学があります。


 幸福は、他の誰かから与えられるものではない。自分の意志や努力とは無関係に、いつか突然やって来るのを待つのでもない。究極は、各人が、自分自身で「つかむ」しかありません。必ず「つかむ」ことができる信心なのです。
  

                    ―◆―
   


 大聖人の仏法は、誰かに「救ってもらう」ものではありません。「幸福にしてもらう」ものでもありません。


 全ての人に金剛不壊(こんごうふえ)の仏の生命が具(そな)わっており、自らがそれを輝かせていくことを教えています。幸福を開く力は、自分の中にあるのです。


 各国のSGIメンバーとお会いすると、多くの方が、「宿命転換」「人間革命」の哲学に感動して入会したという話をされます。「自(みずか)らを卑下(ひげ)し、不幸や苦難を『運命』と諦(あきら)めていた自分が、仏法に出合って変わりました。幸福になりました!」――そう語る笑顔は、まぶしいほど輝いています。
 

「自分は変えられる。自分の家庭も、地域も、社会も必ず変えていける」
 この人間革命の哲学こそ、世界の人々の希望であることを実感します。

全世界の尊き同志が、一人も残らず幸福であるように!――いずこにあっても、友の勝利を祈り、真心の励ましを送り続けてきた池田先生ご夫妻(1997年2月、香港総合文化センターで)


2 相対的幸福と絶対的幸福
 池田先生は「幸福」の意味について、御書を通して教えてくださっています。
  
 

【御文】


​​​​​​ 法華経を持(たも)ち奉(たてまつ)るより外に遊楽(ゆうらく)はなし(中略)苦(く)をば苦とさとり楽(らく)をば楽とひらき苦楽(くらく)ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ​​​​​​(四条金吾殿御返事、御書1143ページ3行目~6行目)
    
 ​

【現代語訳】


 法華経を持つこと以外に、遊楽はない。(中略)苦しいことがあっても、苦は避(さ)けられないと見極(みきわ)め、楽しきことは楽しきことと味わい、苦も楽もともに思い合わせて南無妙法蓮華経と唱え続けていきなさい。
 

 

■ 池田先生の講義


 私たちが「つかむ」べき幸福とは、いかなる幸福でしょうか。


 戸田先生が教えてくださった仏法の幸福観の要諦(ようてい)は、二点ありました。


 一つは、「相対的幸福(そうたいてきこうふく)」に対する「絶対的幸福(ぜったいてきこうふく)」という幸福観です。


 これは、生活の豊かさや健康などの相対的幸福を否定しているのではありません。仕事も大事、健康も大事、生活の向上も大事です。それらを勇敢に勝ち取りながら、仏法の実践によって、何ものにも壊されない、「生きることそれ自体が楽しい」という絶対的幸福境涯を開き、「常楽我浄の人生」を築いていくことを呼び掛けられているのです。
  


                    ―◆―
   


 幸福の内実は、外からは見えません。幸せそうに見えても、そうではない人もいます。心から満足し、充足感を持って日々を生きているかどうか――それは、本人にしか分かりません。


 長い人生には、つらいことも、悲しいこともあります。信心で幾山河(いくさんが)を越え、絶対的幸福の大境涯を開いてきた“創価の母”が、学会には大勢おられます。


 北海道の夕張で、病と闘う婦人部の大先輩も、その一人です。かつて訪問した折、先生と共に戦ってきた夕張(ゆうばり)の歴史を、誇り高く語ってくださいました。


 ご主人は炭鉱の作業員でした。爆発事故も経験しました。以来、地下1000メートルにまで染み込ませる思いで題目をあげ、夕張広布に生き抜いてこられました。


 今は、がんで闘病中ですが、「毎日、感謝、感謝なんです」と言われます。


 「大丈夫。御本尊様は解決できないことを絶対に出さないよ」「早く学会活動がしたいなあ。人に会って、話を聞かせてもらうの。がんは私の武器ですから。『大丈夫』。その一言を届けてあげたい」


 信心への不動の確信。「友のために」との太陽のような温かな心。こうした姿にこそ、「絶対的幸福」の実像があると思えてなりません。

泥の中から高貴な花を咲かせるハス。その姿は、いかなる苦難も乗り越えて、幸福の大輪を咲かせゆく地涌の友のごとく(2016年7月、池田先生撮影)
3 苦しい時も楽しい時も題目
 先生はまた、「強い生命力」こそが幸福の源泉であり、「祈り」こそが一切の根本であることを示されています。
  
  
 

■ 池田先生の講義


 法華経は、この世界を「衆生所遊楽(しゅじょうしょゆうらく)」と説きます。しかし、苦悩多き娑婆世界は、弱い生命力では遊楽していくことはできない。ゆえに信心で仏界の生命を涌現(ゆげん)し、生命力を強くするのです。強い生命力を発揮すれば、起伏(きふく)に富んだ人生の坂も悠々(ゆうゆう)と楽しみながら上っていける。さまざまな困難や苦労も“お汁粉(しるこ)に入れるひとつまみの塩”のように、人生の喜びを増してくれるものに変えていくことができるのです。


 こうした人生の醍醐味(だいごみ)を、皆が味わってほしいと、恩師は常に願われていました。



                     ◇ 

 どんなに苦しくとも、ひたぶるに御本尊に祈り抜けば、そこから必ず活路は開かれます。
 祈りとは、負けじ魂です。


 祈りとは、無限の希望です。


 祈りとは、絶対の安心です。


 祈りとは、不屈の前進です。


 祈れることが最大の幸福であり、人間としての最高の尊厳なのです。


 次に「自受法楽(じじゅほうらく)」とあります。法楽(法の楽しみ)を自由自在に自ら受けきっていける、まさに仏の境涯です。


 絶対の法に則り、揺るぎない確信に立った幸福な人生を歩める。他の誰でもない、自分自身が必ずそうなるのです。
 

                    ―◆―
  

 
祈りの力が、どれほど偉大か――。多くの同志の姿、また、自分自身の体験を通して、そのことを実感してきました。


 私は中学生の時、人材育成グループ「未来会」の一員として、初めて池田先生とお会いしました。その頃から現在まで、ずっと「題目ノート」を書き続けています。もう23冊になりました。


 ノートには唱えた題目の時間と、その日にあった出来事を記しています。見返してみると、「60分」「120分」と書いた日もあれば、「5分」「10分」という日もあります。空白の日もあります。


 また、うれしかったことの記述もあれば、悲しかったことが、涙の跡と一緒に書き残された日もあります。


 音楽大学の学生だった女子部時代、進路について悩み、池田先生に質問をしたことがあります。先生は言われました。


 「大音楽家になっても、必ずしも幸せになれるとは限らない。また、退転しては何にもならない。大事なことは、福運を積むことだ。それが幸福になる道です」と。


 私にとっての原点です。福運の源泉こそが、題目です。学会活動です。


 偉大な師匠と共に、多くの尊き同志と共に、広布の道を歩めることが、どれほど幸せなことか。そのことに、感謝の思いは尽きません。

4 一番、苦しんだ人が一番、幸福に
 今、コロナ禍による不況で、経済的な困難に直面している方もおられます。また、病気や家庭の問題などで悩んでいる方もいると思います。先生は、“学会は永遠に、苦しんでいる人の味方である”と訴えられています。
  

  
 

■ 池田先生の講義


 生活の変革に勝る真実はありません。


 宿命の転換に勝る証明はありません。


 先師・牧口常三郎先生が明察された通り、仏法は「生活法」です。人生の荒波を勝ち越える力です。無上最高の幸福に至る道です。


 戸田先生は、呵々大笑(かかたいしょう)されていました。


 「貧乏人と病人の集まりの何が悪い。一番、不幸な人びとに寄り添い、その人たちを救ってこそ、本当の力ある宗教ではないか! 学会は一番の庶民の味方だ」


 恩師の師子吼(ししく)は、いわゆる“貧(ひん)・病(びょう)・争(そう)”という民衆の不幸の因(いん)を根絶(こんぜつ)せんとする偉大なる人権闘争(じんけんとうそう)の大宣言でありました。


                    ―◆―
  


 かつて「大白蓮華」に掲載された婦人部の方の体験が、忘れられません。


 その方は1953年(昭和28年)に入会。しかし、和楽の家庭とはほど遠く、5人の子どもを抱えた生活は苦しいままだったそうです。


 深い悩みの中、学会本部を訪れ、初対面の青年から励ましを受けました。3時間も身の上話を聞いてくれた後、その青年は言ったそうです。
 

「あなたのお子さんは、皆、いいお子さんです。お子さんに希望を持って頑張ってください。家のいたるところに、『希望』『希望』『希望』と書いて、貼ってください」


 60年5月3日、池田先生の第3代会長就任式に参加して驚きました。なんと、新会長はあの時の青年だったのです。


 以来、どんなに苦しい時も、池田先生の「希望!」との言葉を胸に生き抜いてきました。
 5人のお子さんは立派になり、多くの孫やひ孫に囲まれ、最高の幸福境涯を築かれました。


 先生の真心の言葉、温かな励ましが、どれほど多くの人の人生に光をともしてきたことでしょうか。


 今、世界には宿命に負けず、「大丈夫! 私は勝てる!」と、希望を胸に困難に立ち向かう同志がたくさんいます。

 私たちもまた、悩み、苦しむ友に希望を送る存在でありたいと思います。


  
  
 

■ 池田先生の講義


 一番、苦しんだ人が一番、幸福に!
 誰人も、幸福になる権利がある。仏法は、最も苦しんでいる人の最大の味方です。


 我ら創価学会が「永遠に民衆の側に立つ」ことは、民衆を不幸にする根源の悪と戦い続け、万人を幸福にする信念の証(あかし)なのです。


さらなる研さんのために
 本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。


(2020年7月4日 聖教新聞)







Last updated  2020/07/04 01:08:30 PM
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2020/06/20

〈紙上教学研さん 「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ〉

第2回 一家和楽の信心   <下> 長谷川理事長


創価学会 永遠の五指針


一、一家和楽の信心


一、幸福をつかむ信心


一、難を乗り越える信心


一、健康長寿の信心


一、絶対勝利の信心

「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第2回は、前回(6日付)に続いて、「一家和楽の信心」について、長谷川理事長と共に学びます。(第3回は7月4日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)

 池田先生が講義で示された
 一家和楽を築く要諦


 一、自らが「家庭の太陽」となって


     慈悲の陽光で皆を包もう


 二、親子、夫婦の絆は三世の宿縁


     互いに尊敬し、励まし合おう


 三、社会に貢献していくとともに
 

    未来を創る人材を送り出そう


1 子を亡くした母に寄り添う
 それでは、前回に続いて「一家和楽の信心」について学びましょう。
 池田先生は、講義の中で、愛する息子を亡くした女性門下に送られた御書を拝して、次のように教えられています。
  
 

【御文】


​​​​​​ 光日上人(こうにちしょうにん)は子を思うあまりに法華経の行者と成(な)り給(たも)ふ、母と子と俱(とも)に霊山浄土(りょうぜんじょうど)へ参(まい)り給うべし、其の時御対面いかにうれしかるべき・いかにうれしかるべき​​​​​​(光日上人御返事、御書934ページ7行目~8行目)
​

  
 

【現代語訳】

 光日上人は、わが子を思うあまり、法華経の行者となられた。母と子がともに霊山浄土に参ることができよう。その時の御対面は、どんなにかうれしいことであろう。どんなにかうれしいことであろう。

  
 

■ 池田先生の講義


 仏法は「人間のための宗教」です。いかなる生死の悲しみをも乗り越え、家族が永遠に幸福の軌道(きどう)を進みゆく希望の哲学です。


 誰しも死を迎えるゆえに、大切な家族を失う悲しみは避(さ)けられません。


 とりわけ、子どもを亡くし悲嘆(ひたん)にくれる門下に対し、大聖人は、長年にわたって、その心に寄り添われ、大激励を続けられました。


 その一人が、光日尼(こうにちあま)という安房国(あわのくに)(千葉県南部)の女性です。光日尼には弥四郎(やしろう)という息子がいました。真摯(しんし)に師匠を求めた弟子であり、また母親思いの孝行息子でした。
  
 

 
                   ―◆―
 


 なんという日蓮大聖人のお心でしょう。大聖人は“無常の現実”に悲しむ母に、どこまでも寄り添われました。


 池田先生は、御聖訓を拝しつつ、一人一人を包むように励まし続けてこられました。お子さんを亡くした両親に「おつらい気持ちは痛いほどわかります。ご家族の方が幸福になることが、息子さんの厳然たる成仏の証しです」と、「親子一体」「生死不二」の成仏の法理の上から激励されたこともあります。先生の真心に、誰もが心に希望の太陽を昇らせます。
 創価学会は、どこまでも一人の人間のために尽くし切る宗教です。

2 妙法の絆は三世永遠
■ 池田先生の講義


 大切な家族を失うことは、あまりにもつらく悲しい出来事です。頭ではわかっていても、感情や心の次元で肉親の死を受け入れるまでには、時間がかかるでしょう。


 心が落ち着くまでの時間は、人それぞれです。心が及ぶまで追善の題目を唱えなさい、という御文もあります。


 病気で亡くなる場合もある。災害や事故で突然、命を失う場合もある。しかし、「心の財」は壊(こわ)れることはありません。広宣流布の途上で亡くなった場合は、断じて今世の宿命転換を果たし、悠然(ゆうぜんたる境涯で霊山(りょうぜん)へと旅立っているのです。自らは信心していなくとも、家族の題目に包まれた方も同じです。
 

「生死不二(しょうじふに)」の仏法です。


 大聖人は、妙法の絆で結ばれた家族は、死してなお、再び巡り合えると仰せです。親子、夫婦は三世の宿縁です。ゆえに、どこまでも信頼し、互いに成長していこうと励まし合うことで、妙法の絆はますます深くなっていきます。これが「和楽」の第二の要諦です。


 「生も歓喜、死も歓喜」の仏法の眼から見るならば、「生も和楽、死も和楽」の大境涯を必ず開いていけるのです。
  

 
                   ―◆―
   


 東日本大震災の後、先生の激励を伝えるため、各部のリーダーが被災地を訪ねました。私も、大切なご家族を亡くされた方々と何人もお会いしました。


 先生は、「悲しみに負ければ、故人が悲しみます。『生も仏』『死も仏』なのです。いつも、一緒なのです。一体なのです」と励まされました。この先生のお心を伝えるとともに自分自身の体験を話し、相手の方と同苦し、共に涙しました。


 私は、4歳の時に東京大空襲に遭いました。火の海の中、母が私を布団にくるんで逃げたこと。布団の隙間から入ってくる火の粉の熱かったこと。母はさぞ熱かっただろうと思います。全てを失い、私はその後、親戚、知人の家に6年間預けられました。寂しいこと、つらいことがたくさんありました。おかげで、人の苦労がわかる自分になれました。やがて学会に巡り合うことができました。全て苦労のおかげ、と思います。


 東北の方々は、一日一日、一年一年と歯を食いしばり、“負げでたまっか”と前に向かって生き抜きました。


 先生は、何度も教えてくださいました。“悩みがあるから不幸、悩みがないから幸せ、そうじゃないよ。大事なことは悩みに負けないこと。信心根本に負けなければ、必ず幸せになるよ”と。


 苦難から立ち上がれば、「生も歓喜、死も歓喜」「生も和楽、死も和楽」の大境涯になれる。亡くなられた家族ともども、「一家和楽」という勝利の姿を示すことができる。妙法の絆は三世永遠なのです。


3 後継の人材を育てよう
 わが子を立派な後継の人材に。それは、皆が願っていることでしょう。しかし、現実は違う場合も多い。子どもがなかなか信心をしないと悩んでいる人も多いと思います。後継を育てゆく大切さについても、先生は教えてくださっています。
  
  
 

【御文】

 ​​​​こうへのどのをこそ・いろ(色)あるをと(男)こと人は申せしに・其(そ)の御子(みこ)なればくれないのこきよしをつたへ給えるか​​​​(上野殿御返事、御書1554ページ9行目~10行目)
  
  
 ​

【現代語訳


 亡くなられた上野殿(南条兵衛七郎)こそ、情(なさ)けに厚い人と言われていたが、(南条時光は)そのご子息(しそく)であるから、父のすぐれた素質を受け継がれたのであろう。
  
  
 

■ 池田先生の講義


 「和楽」の第三の要諦は、“開かれた家庭”として、社会へ貢献し、未来を創る人材を送り出すことです。


                     ◇ 


 兵衛七郎(ひょうえしちろう)が亡くなった時に時光は7歳でした。その後、時光は家督を相続して地頭(じとう)となり、父母からの信仰も受け継ぎました。


 大聖人が身延に入山された文永11年(1274年)、16歳の凜々(りり)しい青年に成長した時光は大聖人のもとへ訪ねていきます。


 大聖人はこの再会の折、立派に育った後継者に、「(父の兵衛七郎に)姿も違わないばかりか、お心まで似ていることは言いようもありません」(御書1507ページ、通解)と愛でられています。
  

 
                   ―◆―
 

 
信心する以前は、誰もが自分のことだけで精いっぱい。人を思いやる心の余裕などなかった。学会に入って、いつの間にか、人の幸せを祈り、人に尽くす自分になっていました。“励まされていた自分”が、“励ます自分”に成長していました。私もその一人です。一人一人の「人間革命」です。


 先生は語られました。


 「この世に生まれて、いったい、何人の人を幸福にしたか。何人の人に『あなたのおかげで私は救われた』と言われる貢献ができたか。人生、最後に残るのは、最後の生命を飾るのは、それではないだろうか」


 学会員は、自分がどんなに悩んでいても、どんな状況であっても、人の幸せのために、社会の安穏と平和のために、祈り、励まし、行動し続けている。「心の王者」です。「人間王者」です。


 その皆さんの姿を、必ず子どもは見ています。必ず子どもの心に響いています。「わが子を、わが未来部を、広布と社会に貢献する人材に育てたい」との尊い心自体が素晴らしいと思います。

4 私たちは、皆、創価家族
 今は、多様な価値観の時代です。家庭の在り方も大きく変わりました。しかし、「一家和楽」の価値は不変です。それを最後に学びましょう。
  
  
 

■ 池田先生の講義


 互いに和楽の信心を築く中に、慈悲の生命が強く育まれます。青年が親を愛する中に、他者を思う心もこみ上げてきます。


 一人暮らしの方、結婚されていない方もいます。お子さんのいない夫妻もおられます。ひとり親のご家庭もあります。家族の在り方は千差万別です。


 しかし、私たちは、皆、創価家族です。久遠元初(くおんがんじょ)からの誓願という最も深く、最も麗(うるわ)しい生命の絆で結ばれています。


 苦労を分かち合い、困難を克服し、互いの成長をたたえ合い、感謝し合う。愚痴を祈りに変え、非難を励ましに変え、苦楽を共にする価値創造の家族から、地域や共同体を変革する希望が生まれます。和楽の家庭が築かれてこそ、真の平和社会が創出されていきます。
 

 
                   ―◆―
 

 「これからは、私をお父さんと思っていきなさい。負けては、いけません。強くなるんです。ご両親の分まで幸せになっていくんです」――先生は、両親を亡くした女子部員に激励をされたこともあります。
 先生が手作りで一人一人の同志を抱きかかえるように励まし、築いてきたのが、創価学会です。創価家族です。一人暮らしであっても、お子さんがいなくても、学会の庭には、温かい父母や仲間、たくましい青年や未来っ子がいます。皆が励まし合い、互いの幸福を祈り合いながら前進しています。信心で結ばれた創価家族ほど温かい世界は、ほかにありません。


 今、コロナとの闘いの中で、人々が「大悪(だいあく)をこれば大善(だいぜん)きたる」(御書1300ページ)と立ち上がっています。会えない場合があっても、電話やSNS等を使って友を勇気づけています。


 多様性の社会の中で、あらゆる人を、友を大切にしていく。一人一人が地域・社会に貢献していく。この人間性の振る舞いにこそ、私たちの目指す「和楽の信心」「価値創造の家族」の真髄があるのではないでしょうか。
  
  
 

■ 池田先生の講義


 今、世界中で妙法の和楽の家族が陸続と輝き、そこから、友情と調和と平和の連帯が幾百万、幾千万にも広がっています。家庭革命こそ、人類の宿命転換に直結するのです。


 社会に安心を与える生命のオアシス――それが、私たちの「一家和楽」の実証によって、この地球のいたるところに誕生しています。
 まさに、創価の「和楽」の家庭こそ、人類宗教の希望の太陽なのです。


さらなる研さんのために
 本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。


(2020年6月20日 聖教新聞)







Last updated  2020/06/20 10:58:11 AM
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2020/06/06

​​紙上教学研さん 「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ
第1回 一家和楽の信心<上> 長谷川理事長


 会合自粛が続く今こそ、学会精神を心肝に染めよう――。新連載「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」では、「大白蓮華」に掲載された池田先生の「世界を照らす太陽の仏法」の中から、「創価学会 永遠の五指針」についての講義を学びます(各テーマごとに上下2回。合計10回連載)。最初は「一家和楽の信心」について、長谷川理事長と共に研さんします。(<下>は20日付に掲載の予定。先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)​


創価学会 永遠の五指針


一、一家和楽の信心


一、幸福をつかむ信心


一、難を乗り越える信心


一、健康長寿の信心


一、絶対勝利の信心


1 師が示された「全同志の目標
 きょうは、創価学会初代会長・牧口常三郎先生の生誕149年の記念日です。今や学会は、世界平和と人々の幸福の実現を目指す、世界宗教となりました。牧口先生も、さぞお喜びのことと思います。​


 学会では、牧口先生の獄死、戸田先生の事業の挫折(ざせつ)、池田先生への不当な弾圧等、三代会長が迫害や苦難と戦いながら、全同志に、いかなる困難をも乗り越えて、希望の人生を生きていくことを教えてくださいました。


 「永遠の五指針」こそ、全ての人々の夢であり、目標です。その淵源について、池田先生はこう語ってくださっています。  
    
 

 池田先生の講義


 指針の淵源は、1957年(昭和32年)12月に遡(さかのぼ)ります。戸田先生は、75万世帯達成という生涯の願業をついに果たされました。その先生が、衰弱(すいじゃく)した体をおして、熟慮(じゅくりょ)されていたことがあります。


 全同志を、一人ももれなく幸福に導くために、一人一人が目指すべき信心の在り方を、また、そもそも、何のための信心なのかを、明確に示し留めておこうとされたのです。


 そして、同月末の本部幹部会の席上、75万世帯の達成と共に、「学会の三指針」として発表されました。以来、一人一人が、この永遠の指針を深く胸に刻み、幾多の苦難や困難を乗り越えて前進してきたのです。


 時を経て2003年(平成15年)12月、私は、21世紀の広宣流布を展望し、新たに2項目の指針を加えることを提案しました。(『創価学会 永遠の五指針』9ページ~10ページ)
  

  
                                                           ―◆―
  
  


 現在、新型コロナウイルスと全世界が闘っています。目に見えない敵との闘いであるからこそ、今こそ、「太陽の仏法」で闇を照らしていきたい。


 自然災害も含め、いつ何が起こるか分からない時代です。加えて、私たちの周りには、自身や家族の病、とりわけ子どもの病気、経済苦、家庭内暴力、幼児虐待、ひきこもりなど、さまざまな課題と戦っている方も多い。


 しかし、私たちの信心に“諦め”はありません。必ず宿命転換(しゅくめいてんかん)、変毒為薬(へんどくいやく)できる。「冬は必ず春となる」の勝利の信心です。
 


わが願いは、全学会員の勝利の人生――同志に励ましを送る池田先生ご夫妻(2003年12月、八王子市の東京牧口記念会館)。この本部幹部会の席上、池田先生は「学会の三指針」に新たに2項目を加えた「創価学会 永遠の五指針」を発表された

2 家庭は社会の繁栄の基盤
 それでは、先生の講義の第1回である「一家和楽の信心」をともどもに学んでまいりたいと思います。
  池田先生の講義


 家族は、日蓮仏法の信仰において、かけがえのないテーマです。ゆえに「一家和楽の信心」が一番目に掲げられているのです。


 戸田先生は、「社会の基盤は、家庭にある。そして、盤石な家庭を建設していく源泉は、一家和楽の信心である。それこそが、一家の幸せのためにも、社会の繁栄のためにも、不可欠な要件といってよい」と構想されていました。

 地域や社会の繁栄といっても、その基盤はどこまでも家族や家庭にある。家庭という最小単位において、一人一人が互いに尊重し、励まし合い、成長して、調和の世界を築いていくことが平和の起点です。


 「和楽」という、世界平和の縮図を実現するために、いかにあるべきか。


 第一は、自らが「家庭の太陽」となって、慈悲の陽光で皆を包むことです。


 第二は、親子、夫婦という家族の絆は、三世の宿縁であることを知って、互いに尊敬し合うことです。


 そして第三は、社会に貢献していくことと、その後継の流れを創り出すことです。(同11ページ~12ページ)


  
                                                           ―◆―
 

 
学会の草創期は、戦後で多くの庶民が苦しんでいる時代でした。その頃に入会したわが家にとって「一家和楽」は、夢のような世界です。母が学会に入ったのは、1951年(昭和26年)。当時、私は10歳でした。両親の仲は悪く、けんかの絶えない家庭。やがて離婚しますが、その後も生活苦や母自身の病気など、言いしれぬ苦労が続きました。


 そんなわが家が、信心で一転しました。苦労した母が、学会のおかげで元気に、幸せになっていく姿を見ながら、私は育ちました。そうした母を、池田先生は、何度も何度もたたえてくださいました。


 「苦労をたくさんしたことで、信心できた。学会のおかげで私は最高の幸せ者になった」。母のこの言葉こそ、わが家の「一家和楽」の実証です。


 先生が、一貫して励まし、教えてくださったこと――。


 「大聖人の仏法は、不幸な人のためにある。悩んでいる人のためにこそある。まじめに働き、生きている人のためにある。逆境にある人が、幸せになる宗教だよ」「『生きた宗教』とは、民衆の苦悩と真正面から対決し、さらに、その苦しみを生み出す悪と戦う宗教だ」


 これほど温かく、力強い励ましの言葉があるでしょうか。
  
「広宣流布の闘士」の殿堂である東京牧口記念会館。軍部政府に不当逮捕され、3畳間の独房で最後まで戦い抜かれた牧口先生の尊い生涯を顕彰(1996年4月、池田先生撮影)

3 本当の「親孝行」とは
 先生は、親孝行について、「兄弟抄」を拝して講義してくださいました。
  
  
 

【御文】

​​
 ​一切は・をやに随(したが)うべきにてこそ候へども・仏になる道は随わぬが孝養(こうよう)の本にて候か​​​(兄弟抄、御書1085ページ7行目~8行目)
   
 ​​

【現代語訳】


 一切のことは親に随うべきではあるけれども、仏に成る道においては親に随わないことが孝養の根本なのではないだろうか。
  


  
 

池田先生の講義
 

 大聖人は本抄で、真の孝養の在り方について教えられています。


 親の言うことを聞き、安心させることが親孝行であることに違いないけれども、成仏への道についてだけは、たとえ親に反対されたとしても、貫き通すことが最高の孝養になると示されているのです。


 もとより、親子なのですから、いたずらに反発するようなことがあってはなりません。


 大聖人は、釈尊が父・浄飯王(じょうぼんおう)の心に随わず出家したことによって、真実の報恩の道に入ったというエピソードも紹介されています。すなわち「孝養」か「信仰」かといった二者択一ではなく、万人成仏の妙法を持ち続けることで、必ず真の孝養の道を開いていくことができると教えられているのです。(同14ページ~15ページ)
  


                      ―◆―
  


 親孝行といえば、忘れられないシーンがあります。それは、創価学園の卒業式でした。創立者である池田先生が、壇上に立った瞬間、学園生に呼び掛けました。


 「親孝行している人」(「ハーイ」との返事)


 「しようと思っている人」(「ハーイ」)


 「後悔している人」(「ハーイ」)
 

「みんな正直だね。みんな親孝行しようね。約束しようね」


 「お父さん、お母さん、苦労しているからね。偉くなって両親を海外旅行に連れていってあげて。頼むよ」


 また、創価大学に行かれた時のことです。車で構内を回られる創立者を、学生が見つけ、近寄ってきます。


 先生は窓を開けられ「どこから来たの? お母さんは元気? お父さん、お母さんによろしく。親孝行頼むよ」と。先生は出会う学生に、よく親のことを聞かれます。


 こうした励ましは、日本中、世界中、どこに行かれても、誰に会われても、同じように続けられています。


 親の苦労が分かる子。子の成長を、幸せを願う親。その当たり前の人間愛、家族愛を自然な中で教えておられる。その先生の大きい、深い心にいつも感激、感動です。
 

​ 
4 自身が「一家の太陽」に
池田先生の講義


 (戸田先生は)未入会の親がいる青年をよく励まされていました。
​

 「慌てて、信心の理屈を話す必要はない。時間がかかっても、かまわないから、まず自分自身が立派になって親を安心させていくことだ。そして本当に親を愛し、慈しみ、親孝行してもらいたい」と。


 私も19歳で入信した時、父親は信心に猛反対でした。父と私の間に立って、母親も大変に苦しんでいました。この私自身の体験の上からも、未入会の家族を持った方々の苦労は痛いほどわかります。


 だからこそ、信心のことで、感情的になって争ってはならないし、焦ってもならないと申し上げたい。(同16ページ~17ページ)
  
 

  
                                                           ―◆―
 


 ご主人が未入会で、悩んでいる方もいるでしょう。お子さんが信心の活動に参加していない、という家庭もあるでしょう。家族の中で、自分だけが信心している、という人もいると思います。


 親をはじめ、身近な人に信心を理解させることは難しいものです。「全員が入会することが一家和楽」ということでは、決してありません。自分自身が成長することが大切であり、自分が家族のこと、一家全員の幸せを祈っていけば、状況は必ず変わっていきます。


「一人」が大切です。私たちは、どこまでも「一人」を励ましてまいりたい。


 先生の変わらぬご指導があります。


「いつでも、どこでも、誰でも、目の前に苦しんでいる人がいれば、親身に声をかける。悩みを聞き、共に泣き、共に祈り、共に喜び合う。この『一人を大切にする』人間主義の行動が、あらゆる人に無条件に開かれているところに、創価学会が世界に広がった理由があるのだ」


 戸田先生の時代は、みんな貧乏。みんな病気。みんな悩みのどん底でした。そうした学会員を戸田先生は励まされます。


「今はみんな辛いだろう。苦しいだろう。今のうちにうんと貧乏の味、苦労の味をかみしめておきなさい。後になって懐かしくなるよ。本当だよ。戸田はウソをつかないよ」


 苦労や悩みは、今の時代もこれからも、形は変われ、さまざまあるでしょう。しかし、信心さえあれば、今の苦労は、やがて全てが功徳、福運となります。私たちの苦労の先には希望があり、幸福があり、勝利があります。
  
 

 池田先生の講義


 御書に仰せの通り、誰か一人でも「仏になる道」を貫いて信心に励んでいくならば、それが家族への真の孝養の道となります。


 信心をしている一人が、どこまでも家族を愛し、大切にしていくことです。家族に希望の光を贈っていく光源へと、自分自身を磨き「人間革命」させていくことです。


 自身が「一家の太陽」となることが、一家和楽を築いていく直道にほかならないのです。これが「和楽」の第一の要諦です。(同17ページ)
<下>に続く


さらなる研さんのために
 本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。


(2020年6月6日 聖教新聞)







Last updated  2020/06/06 12:00:05 PM
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