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『コアから生きる日々』~コーチ&NLPトレーナー大江亞紀香のブログ

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ミッションにつながるもの

2009年07月09日
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 「ながれをただよいくだりながら・・・

 金いろのひかりのなかにためらいながら・・・

 いのちとは、夢でなければ、なんなのだろう?」

                ルイス・キャロル


 






Last updated  2009年07月10日 21時50分11秒


2009年06月15日

 一昨年4月から、昨年2月まで、10ヶ月にわたって受講していた、CTIジャパンのコーアクティブ・リーダーシップ・プログラム。

 このプログラム、以前はCTIというコーチ養成機関の応用コースまでを受講した方が受講対象でしたが、今年から、全くCTIでコーチングを学んだことがない方も参加できることとなったそうです。

 このプログラムからは、ほんとうにかけがえのないものをいただきました。兄弟のような仲間たち。未来永劫につづく自分の中に存在する芯のようなもの。多層に理解できていく体験からの学び。その場での気づきにとどまらず、何年も、何十年も後になって理解できることもそこには含まれています。

 体験を主体とした学びで、体を使います。だからといって体育会系かというと、そうでもなく、意外と室内での学びが多いです。

 しかし、教えてもらうことや、レクチャーはとても少なくて、ともかく体験です。その振り帰りから、深く学んでいきます。

朝


 内容はお伝えすることができないのですが、私はこのプログラムの案内がメールで届いたとき、タイトルと見た瞬間に、これだ!
 と思い、年間のスケジュールをすべて押さえました。

 直感のとおり、揺るぎない自分へのつながりを得ることができました。

 当時、NLPトレーナーとして9ヵ月後にコースデビューすることとなっていました。

 しかもNLPラーニング。私にとって師匠である山崎啓支トレーナーのされるコースを、私がする。。
 

 そんなハードルの高いゴールが9ヵ月後に迫っていました。どうやってわたしはそこまで成長したらいいのだろうか?

 と思っていたときでした。

 
 はじめは、NLPトレーナーとして活動していける自分であることを、自分に許可するために、受講を決めたリーダーシッププログラムでした。

 しかし、改めて世界に向かって、どんなリーダーシップを発揮していきたいのか?と事前に問われたときに、それは私にとって大切なことであることを認識しました。

 誰もが自分の捉え方次第で、幸せにも不幸にもなるということ。幸せになるための視点を持つことができるということ。
 自己尊重感が高まると、人はコミュニケーション力も高まり、思いやりも高まり、幸せを感じることも増えると思われること。
 自己尊重感の高い人は、自ら選択し、自分の人生を生きることができるということ。

 そのために有効な関わりや、情報や、体験があるということ。そしてそのことを一刻も早く広めて生きたいと思うこと。

 こうしたことを思いながら活動をしていた時期でした。そしてその考えは今も変わっていません。

 つまり、このために活動したい、という思いがあり、しかしたった一人で活動していては、今社会に起こっていることに比べたら、焼け石に水に感じられていました。

 したがって、もっと仲間を増やしたいと思っていました。私の伝えたいことをともに協力して伝えていける人たちと手を結んで、一人でも多くの方に、自己を回復してもらいたいと考えていました。

 つまり、自己を回復するとは、失った自信を取り戻すということです。自分への信頼感、自分への愛情を取り戻す。見えないけれど、育つ過程で、悪意のない社会や地域や先生や親から奪われてしまったものを取り返す。


 そしてこれは奪った側が悪いのではないということ。偶発的に起こった出来事であり、人間の脳の仕組みから来るものであり、誰をも批判することではないということです。



 NLPラーニングでトレーナーとして活動することは、まさにそのことを大切にしていくことであり、私の進みたい道に合致した道でした。


 リーダーシッププログラム中に、NLPトレーナーとして活動を始めた初めの日、とても不思議な感覚がありました。1日目も、2日目も、体が疲れませんでした。

 一日中、これがわたしの進む方向なんだ!という実感があり、変な表現かもしれませんが、宇宙の軌道に乗ったような、うれしい気持ちがしていました。


 
 コーアクティブリーダーシッププログラムで、自分に自信を持ち、NLPトレーナーとしてコースをしてもいい、と自分にOKを出すことができたこの成果は、大きかったです。


 そして、NLPのコースが始まってからも、リーダーシッププログラムは続きました。


 更に、奥深い世界へと学びが続きました。

 世界に望ましい未来をつくりだすために、リーダーとしてどのように世界を捉え、どのようにすべてから創りだしていくのか?


 仲間たちと揉まれながら学びました。



 終わったとき、なんて愛されていたことだろうか、と思いました。


 ものすごい愛情と、エネルギーを注がれていたことを感じました。


 そして、言葉では決して教えてくれなかったけれど、態度でリーダーたちが示し続けてくれていたこと。


 それをいただいて、私は私の現場である、NLPラーニングでのプラクティショナー、マスタープラクティショナーコースのトレーニングで、また、それ以外のワークショップで、実践を続けています。

 

 他者を巻き込んで、世界を望ましくしていく。ほんとうにパワフルな自分に出会うことができます。


 言葉では言い表せないほどの一生の財産となる学びだと思いました。

 

 コーアクティブリーダーシッププログラムは、今年9月から始まるそうです。もうほんの少しだけ、席が空いているそうです。

 ご興味のある方は、CTIジャパンに問い合わせされてみてはいかがでしょうか。


 トップページを下へスクロールすると、案内が載っています。




 






Last updated  2009年06月16日 20時51分34秒
2009年05月14日

 日本を知る。

 日本語を知る。

 日本という国がどのようにしてできてきたのか?を知る。



 最近はそのことにとても感心があり、学んでいます。


 今日も、日本語のもつ言霊について、学びました。

 
 私は短歌を15年ほど詠んできました。

 日本語には「調べ」があります。

 日本語独特のリズムです。

 美しいことば、やまと言葉がたくさんあります。

 ながれるような調べ。


 細やかな四季の移ろいを感じてきた文化があります。二十四節季。1年を24もの区切りを付けて、2週間に1度、季節の移ろいをあらわす言葉を持ちました。


 五十音。母音を発する言語は意外と少ないそうです。


 先日訪れた高野山では、「阿字観瞑想」をしましたが、宇宙は「あ」の音で始まったともいわれ、「あ」の音が宇宙をあらわす、ともいわれています。


 音。そして色。


 それらはいずれも波動であり、聞こえる波動が音となり、見える波動が色となっています。


 見えない色は「紫外線」「赤外線」といわれたりします。


 われわれ人間には聞こえない音も世の中には存在しています。


 あるヨーロッパの交響楽団が日本を訪問したときに、秋だったこともあり、宿泊先のホテルが気を廻して、こおろぎを庭に放ったのだそうです。

 すると、楽団員から「あの騒音を止めてくれないか?」という苦情が出たのだそうです。



 ある方が、フランスからのお客様を夏に接待したときのお話を聞きました。

 お座敷の個室で食事をとっているときに、部屋には風鈴が涼しい音を鳴らしていました。

 「あれ、いい音でしょ?」というようなことをその方がフランスのお客様に伝えたとき、

 フランスのお客様たちは、まったく風鈴の音が耳に入っていなくて、何か音がしますか?と驚かれたのだそうです。




 言葉を越えて、音の感覚、聞き取る感覚、秋の虫の鳴き声や、風鈴の音を聞いたときに感じる心地よさを、この国に暮らしている人たちは共通に持っているのかもしれません。



 日本という国について、もっと学んで行きたいと思っています。

 私にとっては、特に言葉、言霊


 NLPでも、「言語」を大切にしています。言語が人に与える影響は大きいのです。

 英語を母国語とする国で生まれたNLP。それを、日本語を話す人が受け取って、それを活用していくとき、どんな広がりや深みが増すのでしょうか。



 今この時代に、この国に生まれてきた目的を、問いながら、実践していきたいと思います。









Last updated  2009年05月19日 11時15分32秒
2009年04月05日
 このブログ、タイトルが変遷を続けています。

 約2年ぶりにタイトルを変更します。

 魚が成長に合わせて名前を変えるように、武将が幼名から名前を変えるように、というわけでもないのですが、私の中でのブログの位置づけの変化に応じて名前も変化しているようです。
 india2

 はじめのタイトルは、おかしいです。「アンドロメダ葉月の木もれ陽の中にいる」

 次のタイトルは「自分の人生を生きる」そして3つ目が「マイライフ・コーチング」でした。

 
 大事にしていることは、以前も今も変わりなく、生まれてきた自分そのものとして生きる、生まれた後に身に付けた、本来の自分から発せられるものとは異なる価値観や習慣に合わせて生きるのではなく、もともと持って生まれたものを発揮して、毎日を生きることです。


 自分の中心、コアにあるものにしたがって生きる、そのことは、実は自分の中心ではなくて、地球の中心、宇宙の中心にもつながることなのかもしれません。


 本当にそうなのかどうか?ではなくて、自分がもっともいきいきと輝いて、しっくりくる生きかたができていたら、幸せだと思いませんか?


 毎日の瞬間瞬間を、自分のコアから生きているかな?と耳を澄ませてみる。

 自然や地球のサイクルと一体化しているのかな?と観察してみる。

 体の声を聞く。体の感覚を大切にする。


 変化の時代だからこそ、改めて、よりどころは自分の外にあるのではなく、内にあるのだということを思い出しながら進んでいきたいですね。


 ということで、本日より「コアから生きる日々」というタイトルとなります。どうぞよろしくお願いいたします。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

4月14日(火)19:00~NLPの基本がわかる2.5時間セミナー

5月3日(日)~6日(祝)高野山ワークショップ
5月10日(日)9:30~ NLP入門セミナー








Last updated  2009年04月09日 12時34分36秒
2009年02月25日

 チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ。
                         (本田 宗一郎)


 あなたは今、何かすることにためらっていることはありますか?
 
 何かを先送りにしていることはありますか?

 
 行動を起こす時期が来ているように思っています。
 これまで温めてきた何かを、実行する。

 大きなチャレンジかもしれないし
 これまで未だ経験したことのない事かもしれません。

 常に行動している人のように見られる私ですが

 まだできていない事はたくさんあります。

 いよいよ、実際に、行動を始める。

 コアからクリエイトする。

 
 いつもと変わらぬ行動に見えても

 新しいサイクルに向かっている。


 私を育んでくれた社会や地域や、地球に何か

 お返しが出来るように

 私を最大に使いきるには

 私の中にある通路を最大に開放して、中を通り抜けようとするエネルギーのために蛇口を最大にひらく

 そんなことを思ってみたりしています。

 






Last updated  2009年02月27日 19時05分05秒
2009年02月08日

自分たちで、自分たちが学び成長する場をつくる。


金曜日から続いた自主リトリート。


どれほど自分たちが成長したかを実感したのでした。


そして、本当に大切なもの。それは、「つながり」なんだということ。
このことを体験から深く実感しました。



人と人との心のつながり、このことほど、かけがえのないものはないのではないだろうか、と思いました。



ふと顔を上げると、ほんとうに深く繋がっている仲間たちがいて、ああ、なんてすごい仲間たちと一緒にいるんだろうかと思いました。


一人ひとりがどのようにすごいとかそういうことよりも何よりも、細胞の一つ一つに深く、家族のように深いつながりがあるという実感を持てる、そのことがどれほど、幸福であるか、そして、この仲間たちと、わたしはほんとうに安心して一緒にいられる、自分を出せるし、なんでも言える、そしてここに帰ってこられる、という安堵のような喜び、それを実感しました。


ベトナム出身の仏教の僧侶ティクナット・ハンの言葉に「次なるブッダは、人として現れるのではなく、コミュニティの形をとって現れるだろう」というような記述があるのを読んで、わたしも全くその通りだなと思っています。


この、奇跡のような、仲間とのつながり、関係性。この関係性を、世界に広げていくこと、これをしていくことが、ほんとうに大切な事だと思います。


ひとりひとりの行動も大切ですが、何をするかよりも、どんな関係性をそこに生み出せるか?ということが、目に見えないし形がないけれど、ほんとうに必要なんだろうなと思っています。


そして、今回の自主リトリートで実践した、自分たちで学びを生み出し、自立して成長し続けるということ、これこそが、世界の望ましい縮図なんだろうとも思います。


ひとりひとりの市民が、自立して、自らの力で、住みよい環境をつくり、廻りの人たちと心のつながりを持ち、自らの力で生きていく。

この力を、ひとりひとりの人の中によみがえらせていく、ひとりひとりが自覚を持って、こうした環境を作り出すことができれば、

わたしたちは本当の意味で「生きている」存在になれるんだろうなと思いました。



学んだ事2つ

1.持続可能社会の実現。

 お互いの得意なものや、各自らしさの出るワークショップを、リードしあい、受けあう。これは、野菜や米の物々交換と同じ。お金のいらない社会を実現する。そして、だれかがやってくれるという受身ではなく、自立した関係でありつづけられる。この感覚で、食べものやエネルギー、技術などを交換していくといいんだな、と思いました。

2.クリエイト・フロム・アワーセルブズ(自分たちから創る)

 自分たちの手で、この地球で生きるということを創造する。このことの縮図を体験したように思いました。




ひろいひろい青空。

毎日姿を見せてくれた富士山。

風に吹かれて飛んでくる雪。

くっきりと浮かび上がる月光の影。

暖炉の前でのおしゃべり。


  豊かな時間でした。





 常に自分を満たしてあげる。そのことが、人を支援する仕事に携わる者に必須鵜の状態コントロールなのだと思っています。

 そして、それ以外の立場の方にとっても、周りの人を大切にするために、必要な事であるように思います。


 何より、自分が心地いいですものね。



  あなたが自分を大切にする時間は、一ヶ月のうちどの位ありますか?



 
そしてこれからも私は、人と人とのつながりの場を、創り出すサポートをしていきたいと思っています。






Last updated  2009年02月13日 02時40分58秒
2009年02月06日
 約一年ぶりに、リーダーたちが集いました。

 2007年4月から、2008年2月までの10ヶ月にわたるリーダーシップ・プログラムを受講した仲間たちと、富士山を望む清里KEEP牧場にて自主合宿(
リトリートといいます)です。

 今夜は晴天。頭上高く真っ白に明るく輝く月と、周りに広がる広い星空のもとで、影ふみをしました。


 影を踏まれたら、鬼は逃げる側に回るのではなく、増えていきます。増殖影ふみ、ともいいます。


 久しぶりに全力疾走したという仲間がいました。
 平らではない土の原っぱに足を取られて転んだ仲間もいました。
 転ぶ様子も、月の明るい光の下で、よく見えるのです。
 
 だんだんと鬼が増えて、角に追い詰められてわたしも鬼になりました。


 そして、追う側になって走ります。


 子どものように歓声を上げながらひろいひろい原っぱを走り、ついに全員が鬼になってしまいました。


 そして、全員でひとりひとり、寝転がって夜の空を眺めました。



 背中には大地。真上にはいっぱいの星空。そしてこうこうと照る月。

 星たちと、太陽の光を反射している月と、大地と、宇宙と繋がる静かな時間。


 そしてふと思うのでした。

 鬼は恐ろしいと感じて逃げるけれど、それは、変化と同じだなあと。

 鬼を「変化」と置き換えてみると、変化は、初めは恐ろしいもののように感じ、避けようとしたり、逃れようと抵抗するけれど、いざ変化してみると、全く違う視点を得ることができる。

 単に未知の世界を恐れているに過ぎないのに、変化することを鬼に追われるかのように恐れているのかもしれない。

 こうして鬼が増殖するように、望ましい変化を起こしていく。決して恐れるものではない、大地や天、自然や人とつながりを持つということに向かって。


 
 北極星につながる小熊座も、シリウスのひときわ明るい大熊座も、オリオン座もカシオペア座も、皆静かに、空に貼り付いているように見えながら、確かに昇り、沈んでいく。


 どんなときにも地球は自転してくれていて、そして夜があり、昼がある。

 どんなときにも公転してくれて太陽の周りを回ってくれているから、四季があり、やがて冬が春になる。


 豊かでダイナミックな変化し続ける世界に私たちは生かされている


 そんなことを思いながら、くっきりと浮かぶ自分の影を踏みながら、懐中電灯なんて不要なあかるい月の林の道を、上気したからだを冷ましながら歩いて戻りました。


 






Last updated  2009年02月13日 02時24分00秒
2009年01月28日
  「多くの人が自分の可能性よりずっと低い次元で生きている。
   それは、常に自分らしさを他人に手渡しているからだ。
   世界に対して、力を発揮したかったら、自分自身でいなさい。
   あなたの魂の中のもっとも崇高な部分に忠実になりなさい。
   そして世の中の習慣や月並みな因襲や、宇宙の法則にのっとらずに、
   人間が勝手に作った規則などに、支配されないようにしなさい。」 

                ラルフ・ウォルド・トライン


 自分自身でいる、とはどんなことなのでしょう。

 世の中の習慣や月並みな因習にとらわれない、乗っ取られないこと
 人間が勝手に作った規則に、支配されない事


 言うは易く、行うは難し、ですね。


 知らず知らずのうちに私たちは、自分自身を、世の中の習慣、月並みな因習、人間が作った規則に明け渡していることがあります。


 真理、本質、最も大切な、崇高なものこそが、あなた自身であるはずなのに


 たくさんのノイズが邪魔をします。


 情報化社会。日ごとに爆発的に情報は増え続けています。

 情報は、ノイズに過ぎない。

 本当に大切な事は、私たちはもう既に知っているのかもしれません。


 ただ、自分自身でいる、

 その時間さえつくれたら、無限の智慧を思い出せるのかもしれません。



 そんな静謐な時間を体験し、掴むことこそが

 忙しく動き回るよりも、ずっとずっと必要であるように思っています。


 瞑想。ヨガ。自然の中にいる。ただ淡々と生きるための作業をこなす。禅。


 それらあらゆるものに、繋がる回路を、私に開かせてくれたのは、私の場合はNLPでした。


 トランス。無意識へ繋がる。私の知らない智慧が湧く。

 世界との一体感。全体感。

 どんな方法でもいい、ただ思考を停止して「無」になれる時間があることほど、豊かなものはないように思えています。





 
●2月3日(火)NLPプラクティショナーコース説明会


●2月28日(土)NLPの基本がわかる2.5時間セミナー

●3月14日(土)~月2日間 5ヶ月10日間コース 米国NLP協会認定プラクティショナーコース






Last updated  2009年01月31日 12時47分58秒
2009年01月19日
 昨年夏に沖縄に行って、やんばるの森を歩いたときのことを思い出していました。

 色々な植物が、群生していました。

 日本の本州の森によく見られる、植林された杉の木立を中心とした生態系ではなくて、もともとの自然のままの、ありとあらゆる植物、昆虫、鳥類たちが同居しています。

 古い木が腐食して倒れた空洞にも、たくさんの種類の植物の芽吹きと、昆虫や小動物の棲み処がありました。倒れた木の周りにも、木の幹からも、さまざまな植物が芽吹いています。

 鳥の声、虫の音、風の渡る音。どれひとつとっても、同じ音はありません。

 木の葉の香り、花の香り、木の手触り、とげの痛さ、去ってゆく蛇の背中のうねり。

 どれをとっても まるで、てんでばらばらのようにみえながら、一つの美しい調和がもたらされている。


森の生き物たちは、当たり前ですが、決して、生存するために、生まれてきた存在そのものを忘れて、何かにあわせるなんていうことはしない。


 生まれてきた本来の生き方で、花は花らしく、つる植物はつる植物らしく、昆虫は昆虫らしく、鳥は鳥らしく、成長していく。




 人間社会に目を向けてみると

 
 ”変化の時代”といわれて久しい、こんなときこそ、いかに自分の軸を持っていられるか?自分そのままでいられるか?はほんとうにシンプルかつ重要な事であるように思います。



 これまで生きてきた判断基準は、ほんとうに自らの内なる価値観に沿っていたのかどうか?

改めて問いかけてみるのもいいかもしれないなと、思います。


 ほんとうに自分として存在して来ていたのか?

 改めて、変化している時代に、問われているようにも思います。


 改めてもう一度、自分がこれだけは人生に欠かせない、と思えるものや、自分自身たる由縁を明確に見出し、つかんでみる。


 そのことこそが、この時代を自分らしく、幸せに、または楽しみながら、すいすいと泳いでいくために必要なのかもしれません。

 そして、またそのことが、真に「生きている」といえることにつながるのではないかと思います。



 世の中の価値観が揺らぎ、変わっていくときこそ、内なる軸を大切にして生きていきたいものですね。

 激しい海風に倒れてもなお、木は木であり続けていました。


 倒れても、根が部分的に大地と繋がっていて、木として生きつづけている、その自分に微塵も疑問を持たず誇りを持ち、一貫して自分であるということを体現している、沖縄やんばるの木の姿を、ふと思い出したのでした。



 あなたが、倒れてもなお、人生でこれだけは譲れないと思えるもの、それは何ですか?


 






Last updated  2009年01月30日 16時57分09秒
2009年01月13日

 年末に妹の赤ちゃんが誕生して、

 数日間姿を見ていたのですが、

 生まれたての赤ちゃんは、この世のすべての事、そしてこの世をこえて生きる事をこえた
 宇宙の偉大な智慧をすべて知っているかのような、尊い存在に思えました。


 じっさい、意識が芽生えるまでの10歳くらいまでの間は、真実につながっていて
 何でも知っているのかもしれないなと、思いました。

 その頃を過ぎると、人間として生まれてきた社会に適応するための情報が入ってくることにより、制限されて、真実とのつながりや記憶が薄らいでくる、のかもしれないと想像しました。


 じっさい、おなかの中にいたときの事や、生まれるときのことを、話が出来るようになった3歳くらいの頃に尋ねると、子どもは答えてくれたりしますね。

 ただ、人の言葉として話せないだけで、赤ちゃんはすべてのことをわたしたち以上に知っているのではないか、と思えてきました。


 kurumi

 姪のくるみちゃんです。

 この世では、わたしの妹の子どもという立場、関係性ですが、本当のところの関係性は、どうなのでしょうね。

 
 単純にかわいくて仕方がないという感覚と同時に
 生まれたての赤ちゃんや、小さな子どもは、更に深く、なんらかの尊さ、本質を教えてくれる存在であるように思えています。







Last updated  2009年01月16日 11時49分05秒

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