伊豆大島木村五郎・農民美術(あんこ人形)資料館

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大島を描いた画家や文人

2004年06月23日
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角野判治郎の作品は出身地である兵庫の美術館が多く所蔵していた。作品を売ることは余りなかったようだが、大島にあるということは、お礼の気持で置いて行ったものだろうか。「海景」がどこから描かれたものなのか、海の岩場の形、利島の島影が絵のように見える場所をたどって行けば見つけられると思う。差木地の海岸を調べて見よう、兵庫の美術館からカタログを3冊戴いたお礼に島の情報としてお届けしよう、そうすれば「海景」の製作年も推定できるかもしれない。カタログには大島に来て絵を描いた、という記述はまったくない。






最終更新日  2004年06月23日 18時19分57秒
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2004年06月16日
島を書いた2作品は大島で知り合い後に結婚することになる上野山清貢としづとしづの母親の3人で借家から三原山山麓の湯場(湯治場のような場所)に行った時のことだった。上野山の目を通して3人を描写している。「こころ」は浜辺を散歩するふたりの姿を書いたという。小品のため作品集に収録されていないのでまだ読めない。






最終更新日  2004年06月16日 18時01分08秒
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2004年06月15日
しづが静養した短い間にいろいろなことがあった。大島での出来事は「蒸風呂へ」「白霧のなかに」「こころ」に描かれているという。全集の形で出版はされていないようだが、この3篇に大島がどんな島として登場しているのか、早く読んでみたい。






最終更新日  2004年06月15日 18時38分53秒
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2004年06月14日
大正3年にまだ無名だったふたりが出会っている。画家の上野山清貢は放浪の旅で大島に来て牛ばかり描いていた、しづは療養しながら絵や小説を書いていた。昨日図書館で借りてきた沖藤典子著「薄命の作家素木しづの生涯」に知り合った頃のことが詳しく書かれている。まだふたりが描いた大島の絵に出会えていない。東京で二人展をやっているがどんな大島の絵を描いたのだろうか、見てみたいとずっと思っている。






最終更新日  2004年06月14日 17時47分48秒
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2004年06月08日
大島を描いた画家は沢山いるが、差木地に逗留して絵を描いた画学生角野判治郎は村にあった「タメの木」を描いてサインをして世話になった旅館に置いて行ったという、大正初期のこと。最近この画家の「海景」という作品に見なれた島が描かれていることがわかった。大正の初期の作品なら大島で描いた、ということになるのだが。






最終更新日  2004年06月08日 17時57分18秒
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