伊豆大島木村五郎・農民美術(あんこ人形)資料館

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大島を描いた画家や文人

2018年05月07日
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大好評だった画家不染鉄を特集した「日曜美術館」が再放送されますから、と番組に出演された時得先生のところに連絡があったそうです。反響が大きかったのだろうと思います、アンコール放送です。

時得先生が多くの人に見てもらいたいと、PRのチラシを作って届けてくれました、見逃した方はどうぞご覧くださいませ。

 5月20日朝九時からEテレ にて放映
 5月27日夜八時からEテレ にて放映






最終更新日  2018年05月07日 17時06分17秒
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2018年04月04日

私は伊豆大島文学・紀行集の編集員をしています。
第1巻の詩歌編は既に昨年の3月末に発行されています、第2巻は納品され、まもなく頒布がはじまる予定です。
第2巻は「小説編」です、長編小説が多くあり総ページ数は800ページを超すことになりました。

頒布がはじまりましたら、ここでお知らせいたしますのでいましばらくお待ちください。







最終更新日  2018年04月04日 20時57分55秒
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2018年03月07日



画家の企画展があるといつも案内を下さる京都の星野画廊さんから

「没後40年/幻の画家 不染鉄遺作再見展」のハガキが届きました。

まだ一度もこの画廊には行った事がありませんが、無名の画家の発掘や作品の収集を積極的にされている画廊です。

これまで画壇では無名に近かった不染さんの作品も多くお持ちです、不染鉄が描いた大島波浮港の作品も所蔵されています。日曜美術館に出て何かしゃべらないかな、と思っていましたが出ていませんでした。

 

案内のハガキの一部です

 

昨年夏に東京ステーションギャラリーで開催された不染鉄の遺作展は、会場を訪れた数多くの美術愛好家に大きな衝撃として受け止められました。

「日本にこんな画家がいたなんて、知らなかった」「凄い絵描きだ!」

そうした評判はまるで不染鉄の描いた波の如く関東平野へ浸潤していった。会期中に展覧会図録が4000部も売れ、同館開館以来最高の観客が押し寄せたという。画家人生の大半を過した奈良の県立美術館での展観では、新発見の作品が勢揃いしたこともあり、正倉院展を押しのけてこれまた新たな感動を呼び起こした。

この2月25日に日曜美術館での放送があり、3月中には求龍堂から『不染鉄画集』の刊行が予定されている。・・・

 

今回の星野画廊では画廊所蔵作品30点を展示するそうです。







最終更新日  2018年03月07日 16時53分25秒
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2018年03月05日


不染鉄の代表作のひとつが「山海図絵」。
大島の野田浜海岸から見た伊豆半島富士山の絵です。
日曜美術館の取材班が見えた時に、この絵のように見える場所がないかと探してみたがなかった。それから数日経ってもう一度探しに岡田の港が見える丘、ゴルフ場、野田浜海岸を回ってみた。
富士山の裾野の奥に雪を被った山がかすかに見えるが、もっと高いところでないとその奥は見えない。
高いところと言えば、乳が崎のてっぺん、そこから見たらどうだろうかと思ってSさんに教えてもらった山道を登ってみたが、ご覧のとおりだった。今にして思えば標高が一番高いのはゴルフ場だった。
結局のところ、見えていない景色をそれも日本海までも想像力でもって野田浜から見通すことがこの画家にはできたのだということだろう。
哲学者の井上円了は「富士を見るなら大島に来たれ三保や竜華寺の比ではない」とか「富士を見るなら大島に来たれ三保や竜華寺はまだ規模ちさい」と詠んでいる、いっときそんな歌を想いながら富士山を見てきた。


岡田 港が見える丘より


ゴルフ場から


野田浜から


乳が崎岬の頂上から見えた富士山






最終更新日  2018年03月05日 13時06分35秒
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2018年03月04日
本日夜の8時からEテレビ​「日曜美術館」で不染鉄の特集番組​が再放送されます、見逃した方は是非ご覧ください。
また、日曜美術館のHPにブログが掲載されています。​若い頃に大島に3年間住んで漁をしながら絵を描いた不染鉄のことや藤井工房などが写真で公開​されているので検索してみてください。

3月終わり頃に「不染鉄の画集」が美術書の求龍堂から出版されるようです。こちらも楽しみです

夏に企画展がおこなわれた東京駅のステーションギャラリーから送っていただいた不染画伯のカレンダーの3月の絵画作品は「思い出の岡田村」です







最終更新日  2018年03月04日 15時23分34秒
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2018年02月23日

Eテレビ(昔の教育テレビ)2月25日(日)朝9時から放送の日曜美術館で画家不染鉄の特集番組が放送されます。再放送は3月4日(日)の夜8時からです。

メインの番組で30分近く放送されると思われますが、盛り沢山の番組なので大島がどのくらい映るのか、よくわかりません。それでも間違いなく大島の時得先生がお話しする場面が映ると思いますので、よかったらご覧ください。番組表に名前が出ています。

「芸術はすべて心である~知られざる画家不染鉄の世界~」 







最終更新日  2018年02月23日 16時46分13秒
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2018年01月27日





画家であり詩人でもあり、何より生まれ故郷の「伊豆大島」が大好きで、中南米やイタリアで暮らしていても「大島を忘れたことがない」と面と向かって話してくれた中出那智子さんの笑顔をはっきりと覚えています。

早くに御主人を亡くされました、子供がいなかった事も有り晩年は大島に戻って暮そうか、などと考えた時期もあったようですが、最後まで石川県片山津の地にお住まいでした。

 

「最後の時が来たら、私の資料などは大島町で引き取ってもらえないか、そんな流れで藤井君が進めてみてほしい」と言われた事も有りました。それっきりになっていました。

 

那智子さんは島を離れても大島、特に生まれ育った「元町」のことが

脳裏に強く有ったようで「元町ノスタルジーマップ」を作られています。石川のご親族から遺品を整理したところこのマップが60枚以上出て来たので、大島へ送るので役にたててほしいから、と島のご兄弟の所に送って来たそうです。

そのマップが「お世話になった人や欲しいという人があればあげてほしいから」と私のところに届きました。

A1くらいの大きさのマップです、子供の記憶で描いたものなので正確な地図というより「画家の思い出マップ」と思ってください。
ご希望の方がありましたら元町の藤井工房へお寄りください、50部用意しております。

なお、大きな版のマップなので島内の方を優先させていただきまして、もし島外の方でも四つ折りにした郵便(郵送料着払い)でよければお送りいたします。

  藤井工房 メールアドレス qqxt3tz9k@room.ocn.ne.jp です







最終更新日  2018年01月27日 11時52分55秒
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2018年01月24日

伊豆大島出身の洋画家中出那智子さんとご縁を得て15年ほど経ちました、工房併設の資料館を開いてから5年目の頃にはじめて知り合いました。直接お会いしたのは多分3回くらいで、あとは電話と手紙のやり取りでした。
気が向くと私のHP用に短い文章を寄せてくれました。

その中に、私が那智子さんに会った時の話を書いてくれています、20も年が離れてはいますが意気投合したよき姉であり大きな援軍であり同志でした。

藤井工房との出会い(平成15年8月9日) 中出那智子記

 出会いと言えば色々あったけど、去年の7月、大島での兄弟会の折、島の観光パンフレットを見て藤井工房なるものを知った。船が出るまでに少し時間があったので、藤井工房に寄ることになり、兄弟ゾロゾロお店の中に入って行った。外観はミドリの丸屋根で、入り口も外国の昔の建物のように少しあがって入って行く形式でなかなかシャレているが、島の人から言わせると、それが入りにくい原因らしいが、中にいる藤井虎雄さんがとても気さくで、純真な人柄と知れば、いつも寄る人はたまらない魅力を感じている筈だ。この藤井さんが私に「ここで展覧会をやってください」と、一番簡潔にして真実ある言葉を吐き出して言って下さった時はビックリした。その時から正真二人は大島という郷里を仲介にして、またお互いに父親を尊敬しているという共通点のために生涯を通じての信頼し合い協力し合える同志のような存在となった。もともと自由が好きで、少しでも束縛があると息苦しくなる性質の私だが、ここに来て寄る年波と自分の画の道の協力者欲しさに、ついつい甘えや寄りかかりが出来てしまって、申し訳ないことばかりだが、今年の1月から4月上旬にかけてのふるさと個展開催のロングラン中に思ったことは、驚くばかりの藤井工房の力が発揮されて何と20枚もの絵が売れ、絵を描いて生活している私にとって、恐ろしい不況から思いがけず脱出出来た。
 工房の中で見た色々の心暖まる彼の作品の展示やホッとする飲みものなど、大島にとってなくてはならない観光の大切なスポットになって来ている。大島に行く人は必ずここに寄って大島に関する芸術家たちの足跡を感じて下されと思う。私が立ち寄った折、アンコ人形の素彫りを教わりたい若者たちが何人かテーブルに寄って眼を輝かせて彫っている光景を垣間見たが、世の中色々あるけどホッとする空間がここに展開されていることを想い、これは私のよろこび、藤井さんのよろこびでもあり、大島の先人たちのよろこびであることに間違いない。支庁に勤めていた彼がある日ふと自分の生き方の選択肢として、この工房建設を思い立ち、退職してそれを実践した行動の美学こそ素晴らしいと思う。家族に支えられて彼はひたすら島の民芸や美術にかかわる調査や資料を集め、ただの一日も無駄にせず自分を捧げている。彼はパソコンを酷使してたった一人で店番から資料作りまでやっている、私とは全く思いは一つでも性格は正反対で、見ていれば見ている程感心する。おそらくこれで一番相棒としてバランスがとれているのだろう。そんな訳で、私の資料もいずれ藤井さんに送ることになると思う。多くの人々の多くのご支援をどうぞ宜しくお願い致します。








最終更新日  2018年01月24日 11時22分33秒
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2018年01月23日
那智子さんは小学2年3年の時に描いた絵日記を大事に持っていました。
たまたま大島に牛の写生で見えた宮本三郎画伯がこの絵日記を見て「大人が苦しんでやっていることを子供の貴方がなんのてらいもなくやってのけている」と絶賛。
これがご縁となって宮本画伯と生涯の師弟関係が結べた、と那智子さんは描かれています。

わが身に置き換えて小学生時代を振り返って見ても「何か光るものがあっただろうか・・」残念ながら心当たりはなにもない。





大島に来ていた知り合いのおばさんを送って桟橋に行った時の写生



小学3年生10月に描いたもの






最終更新日  2018年01月23日 11時10分27秒
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2018年01月22日
洋画家中出那智子さんが絵画の世界に進んだ若い時の代表作とそれから40年が経ってから描かれた作品が2点、伊豆大島木村五郎・農民美術館(藤井工房)で今も展示している作品を見ていただきます。

どちらの作品が若い時のものだと思われますか。



右が1962年の「島娘」、左が2002年の作品「島娘」です。
大島で2003年に作品展をさせていただきました、その時の展示作品について「伊豆大島を題材とした作品を新たに描いていただきたい」とお願いして実現した展覧会でした。
並べてみると感じるのは、左が若い時の絵で右が経験を積んだ作品だと思ってしまいます。
私は右の作品が大好きです。
何でこんなに描き方が違うのですか、と聞いたことがあります。「右は何も知らなかったので怖いもの知らずでかけた絵だけど、40年も経っていろいろわかってくると若い時のようには掛けないものよ」と話してくれたことを覚えています。






最終更新日  2018年01月22日 15時42分30秒
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