テーマ:戦争反対(1190)
カテゴリ:平和
久々の日記になりました。
明日で春休みも終わります。 少しはゆとりがでるのかな? イラクの状況を伝えるニュースを見るたびに、やっぱり一つの命でも無駄に失われることがないようにと祈るばかりです。 何度も書きましたが、私は、戦争じゃない道を探したい。 今、あちこちのサイトで、戦争に反対することを書いてあると、戦争じゃない道を探すのは難しいと思われるいろいろな情報を投げかけてくれる人々がいる。 そういう情報の交換はとても大事だし、どれほど難しい条件の中であろうとも戦争じゃない道を探そうよ・・・という気持ちもみんなに持ちつづけて欲しい。 戦争反対が単なる感情論だという意見も同感する部分もある。 戦争に対して本能的に反対するというのは、どんな理屈を持ってこられても否定できないと思う。「嫌だと思う」自由を犯されたら、洗脳とか独裁恐怖政治と同じでしょう。 戦争反対を望む人々が、感情論から一歩踏み出して、この世の中で、本当に戦争じゃない道をどうやって実現していったらいいのか、あれこれ模索していく場がなければ、いつまでたっても「他にいい案はないけども戦争反対」という感情的戦争反対から発展できない。 だから、「戦争しかないんだよ…」と思っている人も、戦争に反対する人の検討の場を大事にしてくれるといいんだけど。 戦争に反対する人が、いっぱい検討して、「そうだね、難しいね。やっぱり戦争しかないか」と思えばそれは自ら研鑚した上での納得になる。 教えてくれることはありがたいんだけど、それに答えることに必死になっちゃって、戦争じゃない道がありうるかどうかを検討する機会がなくなっていくのは困るのです。そういう話が、堂々と自由に掲示板で出来てこそ、本当の納得につながるんじゃないでしょうか? 本当は、普段から、平和や安全についていっぱい考えてこなければいけなかったんだけど、今度、イラク攻撃のことを考えてはじめてそういうことに自分の気持ちが向いた人だっていっぱいいるわけです。 だから、そういう人が、「感情だけでない戦争反対論」が言えるようになるかどうか、検討する場を大事にして欲しいんです。 前から何度も言ってるように、本当は、智恵もお金も権力もある人が、「戦争じゃない道」を求めて、必死で考えて欲しい訳です。でも、今まで関心のなかった人が、これを機会にでいいから、自分の言葉で、「戦争じゃない道」への思いを語れるようになるために情報交換していかなければ、えらい人の考え出す道が「大丈夫」かどうか見極めることもできないじゃないですか? 「戦争反対は絵空事」「日本の安全保障の対案を出してから戦争反対を叫ぶべし」と思ってる人たち、まずは、戦争反対をちゃんと考えようと思ってる人のところへ、事実を示して「この点はどうなんだ」と、どかどか詰め寄るのは止めてもらえないものでしょうか? そういう議論になる以前に、「戦争に反対」するための検討がしたいんだから。 と、こういうことを書くことすらすごく勇気がいるわけです。 HPに物を書くということは、世界に向けて自分の考えを発信することなんだから、自分の言葉には自分で責任を持つ姿勢はあたりまえです。 だけど、「こんなこと書くと誰かに何か言われちゃうかな?」と心配しながら物を言うというのは、すごく窮屈です。 お金も権力も持たない私などにすれば、思っていることを語れることが唯一の自由ではないですか。そういう自由はみんなで大事に守っていきましょうよ。 「戦争やむなし」と思う人たちも、戦争をしない道を探している人に疑問や知識を投げかける時は、「戦争をしない道を探している」という立場は尊重しましょうよ。 もちろん逆もですよ…。戦争反対!の人もいばりくさらないように。そして、本能が欲する「平和」をどうやったら守れるのか、たえず勉強していきましょう。さらに、わかったことは私にも教えてね。 私、変なこと書いているのかなぁ? なんだか日々あわただしいので、書き込みへのお返事が遅れても怒らないで下さい。 しかも、だらだら長く書いちゃって、これまた呆れないでね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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