黒い家・その住人私は日本舞踊を習っています。 週に二回行っています。 毎回、非常に勉強するところが多く、まだまだこれから頑張らなくてはなりません。 なのに。 どうしてこんなにも行きたくないのか・・・。 先生のお稽古場は古風な一軒家。 昼も薄暗ーーい、ちょっとそれだけでも怖い雰囲気のお宅。 ガラガラと昔ながらのとびらを開けると、愛らしい可愛いワンちゃんがお出迎え。 ・・・このワンちゃんが曲者なのだ。 親の敵のように私に向かって吠えまくり、ついには私にダッシュして体当たりをくらわす。 その姿はまるで刑事ドラマで、鍵のかかったアパートの扉に突進していく刑事そのもの。 すきあらばがぶっとやられる。 その奥には。 先生のお母様(推定75歳)がいらっしゃる。 私は身構える。 お母様はわざわざ出迎えて下さり、にこやかに「いらっしゃい」と挨拶をして下さる。 私はこのお母様に異常に気に入られている。 ある日。 お母様が着替え途中の中途半端な姿の時に、部屋に入ってこられておっしゃった。 「あなたね、うちの親戚の○○(勿論知らない)のお嫁さんにそっくりでね。お顔見てるとあまりにそっくりでねえ、懐かしくなってしまって」 「そうなんですか、それは光栄です」 私は嬉しくなってそう言った。 するとお母様は、 「そうなのよ。そのお嫁さん、今、胃がんの末期でね、もう寝たきりであと数ヶ月ってところかしら。だからあなたがそっくりだから・・・」 だから私も胃がんになりやすいのではないかとしきりに強調しつつ。 それから先生のお母様は、私が着替えで丁度下着一丁になった頃合を見計らったかのように入ってくるようになった。 「おせんべい、食べる?」 「これ、頂き物のすいか、食べて」 「お茶飲んでね」 「みんなにはあげられないけど、これ、あなたにだけ、長野のおみやげのお菓子」 「あら、いらっしゃったの、掃除しようと思って、ちょっと失礼」 「着付け出来る?大丈夫?」 それが何故、私が下着一丁の時なのか(T_T) 「す、すみません、こんな格好で」 私は別に私が悪いとも思えないのだが、何しろ一番無防備な姿をさらしているので謝ってしまう。 そしてお母様が部屋に入ってくると同時に必ず、怖ろしい犬が一緒に入ってきて暴れ出す。 私が脱いだ洋服の上を、爪を立てながらグルグル回り、ガンっと体当たりし、噛み付き、狂ったように吠える。 すると私の先生が飛んできて「これ、いけません!!」と叫び、パカーンと頭を叩くのだが。 その音はまるで野球場でホームランを打ったかような、ある意味気持ちがいいくらいの凄まじい音。 いつもはおしとやかに舞を舞っている先生とは思えない顔付き。 これもホントに怖い。 お弟子さんは10人ちょっといらっしゃる。 でも毎回顔を合わす人はほんの数人。 何故かみんな入院してしまうのだ。 私も入院こそしてはいないが、原因不明の大きな病気を患い、今も通院している。 青白い顔で舞を舞うお弟子さんたちをみていると、言い得ぬ不安がこみ上げてくる。 私も・・・もしかして・・・。 そして先生の具合が悪い。 いつもいつも具合が悪い。 腰が痛い、喉がちょっと、セキが出る、今日は熱っぽい、胃が痛いので今日は10時で終わりにしましょう・・・など、とにかく元気な日がない。 やっぱり、私も・・・もしかして・・・。 相変わらず先生のお母様は着替えの時に入って来られる。 「あら、あなたしかいないの」 「誰もいないかと思った」 など、最近の理由づけは乱暴になってきた。 そして最近、お母様のオナラが止まらない。 話していてもずっとずっとオナラをしている。 無言で私の目をじっと見詰めながら、出し切るまでずっと。 どんな顔をしてそのオナラを聞けばよいものか。 「あら、あら、オナラがね」 なんて言いながらずっとずっと私から視線をそらさない。 まるで「このオナラ、見届けてくれ」と言わんばかり。 その間も犬は暴れ、私に唸り、噛み付き、体当たりを食らわせながら大騒ぎしている。 私は思っている。 あの家には何かがある。 暗雲立ち込めるあの家を思う時。 私はため息をつく。 そして今日も。 私はお稽古をさぼってしまった。 |